王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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物凄く遅れました………
なかなか時間が取れず、暑さも大変で、ほんと大変で…… と言い訳させてください…… 苦笑


取り合えず、和久南戦はこの話で終了になります!
遅くなりました。

そして今後も頑張ります!


第161話 和久谷南戦⑪

 

 

 

 

【怪物】

 

 

その言葉が似合う者と言えば、今大会の関係者なら満場一致で違いない。

 

怪物の名に相応しい男、それこそがあの王者:白鳥沢の牛島若利である、と幾度となく思い知らされてきた。

 

何度か戦ったが、その度にその圧倒的な力の前にはじき返され、吹き飛ばされた。

何の小細工もない、ただただあるのは実にシンプルな力。

 

白鳥沢、牛島若利は、己の長所を磨き続け、研ぎ澄まし続けた。

その力は全国を沸かせる東北宮城が誇る三大エースの一角と呼ばれる域にまで登った。

 

たった1校しか出られないのが宮城県代表決定戦だ。

だからこそ、白鳥沢以外のチームは、その力の前に幾度も跳ね返され、屈し続けてきたからこそ身に染みて解っているし、そして今大会こそはと闘志を漲らせている。

 

 

 

 

 

 

 

だが、今ここにもう1頭―――怪物が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは決して想定外だったわけじゃない。

相手は今年に入ってから注目を集めてきたダークホース。

情報収集は怠っていなかったから、勿論知っていた。解っていた。

 

その筈なのに、次の瞬間にはその想定を、想像を超えてくる。

これを怪物と言わずなんと呼べば良いだろうか?

 

 

 

 

 

「飲み込まれるな!! 1本だ! 1本集中!!」

 

 

 

鬼首は、今日一番の大声、殆ど怒鳴る様に声を上げた。

程よく緊張感を保ち、どちらに転ぶか解らない程の好ゲームを魅せていた和久南選手たちをして、唖然とさせてしまう程の光景だったからだ。

 

その様子は、中からよりも寧ろ外から見ればより解ると言うものだ。

 

 

あの左打ちまでの今の一連の流れ。

立ち位置的に、空いたスペース的に言えば、咄嗟に左に合わせようと動いた……かに見えなくもないが、それにしては余りにも完成度が高かった。完璧だった。

 

思わず目を見開き、時間が止まった、と思ってしまう程に。

 

 

それは中で戦ってる選手たちの方が寄り顕著に表れているだろう。

共にアクセルを全開にして走り続けて、五分の試合をしていた筈なのに、ここに来て、この終盤で更にギアを1つも2つも上げてきた様な感覚。置いて行かれてしまう様な感覚。

 

 

 

それに加えて、ここ一番で、獲らなければならない場面。

チャンスの場面で、相手にはじき返された事。それも今の今まで見せなかった左搭載で返されてしまった事もあり、これらの情報量はあまりにも多い。

多すぎて思考が定まってなく、更に明らかに相手に流れが向いている最悪の状態だ。

 

 

 

そうだった、そうだと思った――――が。

 

 

 

「ハイハイハイ!! アイツがスゲーのはもうオレらも知ってただろ!?」

 

 

 

場に響いたタイミング、それは鬼頭と殆ど同時だった。

中島は大きく大きく手を叩く。その一撃は左手の腹を正確に強く叩いていた為、より大きく場に響き渡る。

意図してなのか、或いは偶然なのか、単なる手を叩く行為に留まらず、まるで空間が破裂したかの様な大きな音が場に響き、その音波・衝撃波は呆けたそれぞれの脳に叩き込まれる結果となった。

 

そして、それは途切れかけた意識を、再び場に戻すに足るモノ。

 

 

「さ、お前ら。取られたら次は何するか? そりゃ決まってるだろ? ヤベー1年の内の1人、あの影山(9番)の強烈サーブを上げる事。それしか無いべ。まだ帰るにゃ早い。もっとバレーやっていたい! だろ?」

 

 

中島の笑みは、安心感を与えてくれる。混乱した頭を正常に戻してくれる。

そして、何より主将が先陣切って前に出た以上―――。

 

 

【っしゃあああ!!!】

 

 

追いかけない訳がない。

後に続かない訳がない。

 

 

「っしゃぁぁ!! 体当たりしてでも拾ってやらぁ!!」

「いや、普通に上げてね。出来ればAパスで頼む」

「真面目か!! いや、頑張りますけれども!」

「あの9番のサーブ、威力もそうだが、コースも鬼だキレッキレだ。だから、アウトかセーフか微妙だったら、獲る方向で!」

「あの9番の後は、11番のサーブも来んのか……、嫌なローテだねぇ、全く」

「いやいや、ここで獲り返して、後はブレイク連発で2セット目奪取したらオケ!」

 

 

 

緊張の糸が切れ、まさに崩れかけていたチームを引き戻した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、和久南の一連の流れ、それは当然烏野側にも伝わっている。

火神の左打ち―――それも移動攻撃(ブロード)。これまで練習中にもあまり見かけない攻撃手段。

咄嗟に合わせた影山もさることながら、当然決めきった火神に対して称賛の嵐、日向は絶賛&教え乞い祭。

イケイケムードな烏野だった。

正直、口には出していないものの、頭のどこかではもう勝ちを確信した様なムードだった。

 

 

―――が、それはまだ早い。と横っ面を殴られる様な感覚が皆にあった。

 

 

 

「そりゃそうだ。どんだけスゲーヤベー一撃を、スゲー1年がやってくれたからって、それだけで勝ちになる訳がない。――――最後の1点を獲らなきゃ勝ちにならないし、相手に獲られたら逆に負けだ」

 

 

澤村が軽く手を叩いた。

中島の時の様な強烈なモノじゃなく、軽く二度・三度と叩いて、皆の注目を集めている。

 

 

 

「あいつらもオレ達も同じだ。―――絶対負けたくない。負けられない。……勝つぞ!!」

【ォあーーーイッッ!!】

 

 

 

慢心は無し。勝利確信もまだまだ早過ぎる。

 

(ボール)が相手コートに落ちるまで、あのスコアが烏野に多く刻まれるその瞬間まで、考えない。

 

烏野も円陣を組み、今日一番の声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慢心も過信も油断もない。

 

 

ただ、全身全霊で己が力の全てを賭けて最終局面の幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

影山の剛速球サーブから始まり、それを文字通り一丸となって守る和久南。

試合始まりからここまで、パフォーマンスを一切落とさない影山のサーブ精度も驚嘆だが、後がない絶体絶命の場で、今日一番の集中力を見せて拾い上げた和久南リベロもまた圧巻だ。

 

秋保は、絶対に獲れると言う確信と自信を持って、影山のサーブを上げて見せたのだ。

 

 

そして、最高の形で和久南最高のエースに(ボール)が託される。

 

 

「翔陽! リードブロック!」

「っしゃあ! (ボール)見てから(・・・・)動く!」

 

 

この場面で託されるのは、間違いなく中島。

優秀なエースだからこそ、それを囮に使って攻撃してくる、と言うパターンも頭の片隅に留めていたが、中島に来ると確信もあった。

矛盾した感覚だったが、それでもセンター線の囮を完全に無視。

火神は、頭で考えるよりも早く口にしていた。身体そのものが、確信を持って反応した様な感覚だ。リードブロックの筈なのに、(ボール)が上がるよりも早かったかもしれない。

そして、火神のおかげで最高の状態で迎え撃つ事が出来る日向。

運動神経・反射神経が抜群に良い日向は、その感覚に委ねて身体を動かしてしまう場面も多い。

一概にそれが悪いとは言わない。常人ならば追いつくなんて無理だと思われるルーズボールに追いつけたり、瞬間移動と見紛う動きで相手を翻弄したり、と利点は多いからだ。

 

だが、身体能力だけでは行き着く先に絶対の限界があるのも知ってる。

技術は勿論、時には冷静(クレバー)に戦況を見据える為に、考える力も養わなければならない。

ここ一番での日向が魅せる集中力は凄まじいの一言だが、やはりまだまだムラがあるのだ。

それを今、火神が補った。日向が絶対の信頼を寄せてる火神だからこそできた。そんな形である。

 

 

 

「いくぞ! せ――――――……のっっ!!」

「(烏野10番と――――11番!!)」

 

 

 

このほんの一瞬程度の時間、持ちうる全ての手札が出そろった。

攻めと守り。どちらに傾くか。

 

 

まるで時間が圧縮されたかの様な濃密な時の流れを感じる。

相手のコートが全て見える。相手の呼吸さえも見えている気がする。

 

 

それは、その現象は互い(・・)に起こっていた。

 

 

中島が見据えるのは日向の手の先。

火神か日向か、それを考えたらやはり選ぶ相手は決まっている。この絶体絶命の場面でなければ火神と勝負しても面白かったかもしれないが、後1点で敗北が決まるこの場面で、そんな冒険はしない。

最高の力で、相手の隙をつく事だけに集中していたのだ。

 

そんな刹那の時間、僅かな眼球の動き、筋肉の動きを日向は察知した。

 

 

「!!」

 

 

自分が狙われている。

 

これは、中島に何度もやられたスパイク。

この試合で何本も弾かれたブロックアウトの軌道だと理解した。

何本も受けたからこそ、身体が覚えたのかもしれない。或いは、直前の火神の激が良い具合に日向に作用したのかもしれない。

ただの偶然に過ぎないかもしれないが、それでも100%の集中力を発揮する事が出来たのは事実だろう。

 

これまで一度も試した事が無い、成功した事も無いが、日向は咄嗟に手を引き下ろそうとした。つまり、ブロックに当てさせない様に手を引いたのだ。

もし、手に当たらなければどうなるのか? 事前に検証したり考えた訳でもないが、脳裏に過ったのは、自分がホームランしたスパイクの光景。あそこまであからさまな展開になるとは思えないが、それでも大きく外に弾かれる、ひょっとしたら取れない勢いと角度で弾かれるよりはマシだと判断。

 

 

「!?」

 

 

そして、そんな一瞬にも満たない攻防の中で日向の行動、選択をハッキリと目で捕らえた者もいた。

そう、月島だ。

日向が考えての行動……に少々面食らったが、それでもハッキリと見えた。目を見開いていた。

この圧縮された時間の流れはコートの外にいる者にさえ伝染させる。

……或いは、コートの外でも集中力を絶やさず、一挙一動を見逃すまい、としていたから出来た芸当、と言えるかもしれない。

 

 

外に居る月島にも見えたのだ。

対峙している中島、それ以上に集中しているであろう中島がそれに気づかない訳がない。

 

 

「(もう遅い!!)」

 

 

スパイクを躱そうとしているのがハッキリと見えた。

だが、それでも躱せない、躱させない。絶対の自信を持って日向の手を打ち抜く。

 

下げようとした手は、完全に下がる事なく、そのままスパイクに当たってバチッ!! と乾いた音を奏でる。

 

避けようとした為、力の入る方向(ベクトル)が下がってしまった事もあり、より大きく弾かれてしまう結果となった。

 

 

「ッッ!!(くそっっ!)」

「ワンチっ!!」

 

 

当たった瞬間、横で空気が炸裂したかの様に感じた音を耳で聞いた瞬間、火神は大きく叫ぶ。

自分の手に当たった訳じゃないが、それでも何となく、感覚、勘で このスパイクの一撃は鋭角ではなく、より大きく後方へと弾き出される、と感じたからだ。

 

そして、何よりこの一撃は、この1点は、確実に相手に流れを生み出す。こちらの流れを阻み、その流れを変えるだけの威力を、執念を見た気がした。

 

負けられない、エースとして、主将として、託された(ボール)……絶対に決める。

 

そんな強い意志を。

 

メンタルが齎す影響は果てしなく大きい。

結果だけを見れば日向を狙い、弾く事が出来たようだが、火神が狙われていたとしても打ち切っていた可能性が高いと言える。

 

 

 

だが―――。

 

 

 

 

「ふんっっっ!!!」

 

 

 

 

決して負けられない。絶対に勝つ。

皆の背を守る。

前ばかりを向いて、燥いで、暴れ回って、突っ走らなければ気が済まない様なトンデモ1年、2年たちが安心して暴れられる様に、少しでも守ってやらなければならない、と思う。

 

 

それを証明する為に―――獲る!

 

 

 

「大地!!!」

「大地さぁぁぁあん!!」

「澤村さん!! ナイス!!!」

 

 

澤村渾身のワンハンドレシーブ。

データ的には決して良いとは言えない反射神経、跳躍力を十全に、それ以上に使い大きく弾かれた(ボール)に追いつく事が出来た。

プラスに働く要因となったものこそが、メンタル面。

 

 

 

そして、不安定な体勢だったのにも関わらず澤村のレシーブは綺麗に影山に返球出来た。

緩やかな回転、そして思考の猶予を齎す程よい高さ、全てが最高だった。

 

攻撃の猶予を与える、と言う事は相手にも守る為の猶予を与える、と言うのに同義だが、今回に関しては別だ。

カウンターであること、それも相手の渾身の一撃、エースである中島の一撃を跳ね返したこと、更に加えて現在のローテ、烏野の前衛には最高の点取り屋が控えている。

 

 

 

殺気とさえ思える程の圧が二つ。正面から迫ってくる。

そして、その圧に負けまい、我こそがと主張している圧もある。

 

 

「(――――最高だ)」

 

 

楽しくて仕方がない、と笑うのは影山だった。

余りにも贅沢。誰を使っても良い、と確信できる感覚。勿論、活かすも殺すもセッター次第、と言う程良いプレッシャーもあるにはあるが、それ以上に影山はこの状況を最高に楽しんでいた。

 

 

そして影山が選んだ最後の手――――それは日向。

 

 

素早く・早く切り込んできた日向、同等の速さでブロード、今度は右手(ライト側)に走る火神。

ワンテンポ遅れてバックアタックを狙う東峰。

どれもこれも一級品の囮を贅沢に不断に使って日向を選んだ。

単純に明らかなブロックの穴が見えた、そしてそれは、誘いの類ではないと察したから日向を選んだ。

 

 

結果――――見事に打ち抜いた。

 

 

幾度となく、和久南のピンチを救ったスーパーレシーブを連発した川渡も今度は届かず。

 

 

 

 

29-31

 

セットカウント

2-0

勝者:烏野高校

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数字だけを見ればストレート勝利、と言えなくもないが、当然そんな単純な試合じゃない。

見ている者は口を揃えて言うだろう。あまりにも濃密な時間だった。もっと見て居たいと思った。

 

苦しい試合だったからこそ、勝利した時。勝者はより強く大きく拳を振り上げて大歓声を上げる。

試合終了の笛の音、最後の挨拶を終えて、後はコートから撤収し応援席に挨拶……となるのだが、1人だけ動かない。

 

 

「翔陽、戻るぞ」

「………………」

「翔陽??」

 

 

日向だった。

ただただ食い入る様に、じっと和久南1番―――中島の後ろ姿を見ていた。

 

 

「凄かったな。中島さん。……最後の攻防、正直震えた」

「…………うん」

 

 

日向の心情は火神にも伝わってくる。

中島が日向を狙ったとはいえ、ブロック2枚、云わば同じゾーンに入っていたも同然だったから。あの一瞬、負けられない極限の場面でやり切って見せた姿を見た。

結果だけを言えばカウンターを返されたかもしれないが、持てる力の全て以上、120%を出して見せた場面に立ち会えたのだ。身震いの1つや2つするのも当然だ。

 

 

「ブロックも、まだまだやらなきゃなんねぇぞ。身体能力に頼り過ぎなんだよ。今のはお前が穴だったから、抜かれたんだろうが」

「解ってますーー!! そんなストレートにいうな!」

「ははっ! そりゃそうだな。……オレの方に打ってほしかった、って言うのは……贅沢か」

 

 

そこに割って入ってくる影山。

色々と余韻に浸っていた、強者にして好敵手だと思っていた余韻を見事に踏み荒らした影山に盛大な抗議を入れる日向。

そして笑う火神。最高のパフォーマンスを出した中島のスパイクを受けて見たかった、と。

 

 

「………オレだって、解ってんだよ。あの1番の人とやり合って……」

「あ? 何をだよ」

「………真っ向勝負、勝てなかった。あの人の方が、オレより【小さな巨人】だった」

 

 

体躯も負けてる。技術も圧倒的に劣っている。

勝ってる部分があるとすれば、それは先ほど影山が言った通り、まだまだ頼ってる節がある身体能力だけだろう。

それでも、最後の一連の攻防。そう悲観する事はない、と思うのは火神だ。

日向が考えに考え、最善を尽くそうとしたのは、知っているから。これ以上ないくらいに、直ぐ傍で見たのだから。

 

 

 

でも、当然ながら影山にとって、そんな事は知った事ではない。寧ろ、己惚れが過ぎると見下し、見下ろし。

 

 

「当っったり前だろうが。100年早ぇ」

 

 

嘲る様な目を、凶悪な顔と共に向けながら、トドメの一撃(一言)

 

 

 

「このボゲがっ!!」

 

 

 

中島のスキルの高さは、影山だって解ってる。

間違いなく、スパイカーとしては相手の方が何枚も上手。更にゲームメイクもそうだ。皆を率い、鼓舞し、魅せるやり方。いうならば、セッターでない及川―――と言っても良い。

 

そんな相手を前に、悔しそうにする日向を見ての行動・言動である。

 

 

「キーーーーー!!」

「しゃあっ!!!」

 

 

当然ながら黙ってる訳もなく、日向は持ち前の身体能力を活かし、試合の疲れを忘れたかの如く跳躍して、影山に跳び蹴り(ジャンプキック)

影山は影山で、そんなもん喰らうか! と言わんばかりに軌道をしっかり見切って防御(ガード)

 

今の激戦の最中でも、まだまだ余裕があったのか……? と思わずにはいられない光景だったのだが、この手の場面では試合で使う体力とは違うカテゴリー? のナニカ(・・・)が消費されて動いてる様なので、別に驚きはしない。

 

驚きはしないのだが……。

 

 

「はいはい、お前ら。戻って整列。挨拶まだ済んでない」

 

 

ちゃんと引率はしなければならない、と火神が手を叩く。

勿論、その後ろではしっかりと烏野の主将が黒い笑みを浮かべていたので、火神の対応が遅れても、影山&日向が大人しくなるのに時間がかかったとしても、最後はしっかりと纏める事は出来てる2段構えな様子。

 

 

 

「ほれほれ、お前らも。整列整列」

 

 

 

そして、勿論それは敗者側も行わなければならない事。

如何に負けた後で、悔しくてやるせなくて、情けなくて、どれ程涙を流そうとも、礼に始まり、礼に終わるのがスポーツだ。

 

中島は気丈に振舞いながら、自分自身の感情を押し殺しながら、選手たちを労いつつ、挨拶をする様にと促した。

 

 

 

「ありがとうございました!」

【したーーっ!!】

 

 

敵味方問わずに、大きな拍手喝采だけが場を支配する。

勝者と敗者に分かたれた今、それぞれ受け取るその拍手の印象も変わってくるかもしれないが、それでも出来る事はただただ賞賛することだけ。賞賛すべきなのだ。

 

 

好ゲームには賞賛。

 

 

何時如何なる時だってそれが常識だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和久谷南VS烏野

 

 

今、1つの試合が烏野の勝利で決着がついた。

これでベスト4の一角が決まり―――続いて、和久南‐烏野よりも遅れて試合を開始したゲームは、まだ勝敗はついていない。

 

あの試合の勝者こそが、烏野の準決勝の相手。

 

 

及川率いる【青葉城西】

 

 

鉄壁の名を持つ【伊達工】

 

 

 

今も和久南‐烏野の試合に負けずとも劣らない好ゲームを魅せて、場を沸かせている。

 

 

及川の強烈なサーブが決まったかと思えば、すぐさま伊達工の鉄壁、青根のブロックで叩き落とす。

夫々の持ち味を活かした好ゲームを魅せ続けている。

 

 

「……ふむ。3年が残ってる青城は、今がまさに集大成。正直新しいチームになって手探り状態っつってもおかしくない伊達工の方が分が悪い、って思ってたが―――――」

 

 

戦前の予想は、当然IH予選準優勝、更に県予選で唯一王者白鳥沢にセットを獲り、最も追い詰めた青葉城西が有利……だったのだが、改めて試合を見てみると印象が変わると言うものだ。

 

 

「………デカいのが居るな」

「ああ。同じ1年だと思う。少なくとも、IH予選の時はベンチ入りしてなかった」

 

 

 

青根のダイレクトブロックに燥ぐ日向を後目に、影山は1人の選手に注目していた。

見覚えの無い選手だった―――が、鉄壁の名を持ち、相応の背丈・体躯を持ち合わせている伊達工の中でも目立つ男。

 

 

 

「ほらほら、お前ら。試合は上で座ってみる。んで、ちょっとでも身体を休ませるぞ」

「澤村の言う通りだ。ちっとでも回復させて次に臨む! だから、とっとと上がれ。んで、座って見ろ」

 

 

 

澤村・烏養の号令の元、青葉城西VS伊達工の試合は一時お預けとなった。

 

 

そして、その後 最後尾で向かう縁下に澤村は手をかける。

 

 

「さっきの試合、マジでナイスだった。身震いしたし、気が引き締まったよ。……今更ながら、スガや田中の気持ちが解った気分だった」

「!!」

 

 

突然声をかけられて、縁下は少しだけ身体を震わせた。

 

 

「オレも、負けねぇからな。縁下」

「……ハイ!!」

 

 

まだまだ、実力的には澤村には届かない。それは認めている。きっと周りの評価だってそうだろう。経験や試合の実績、これまでの事。考えれば考える程浮き彫りになると言うモノだ。

 

だが、澤村の表情には、目にはそういったモノは一切ない。

コートの中も外も、同じ烏野。チーム一丸となって春高を目指す、と言う心情はそのままに………それでいて、勝負事に置いて、成長事に置いて、最も大事だとも言える常に向上心を持つこと。言うなら負けず嫌いな所。

 

主将としてチーム全体の事を考えつつ、縁下の成長を喜びつつ――――負けないと宣戦布告したこと。

 

 

まだまだ、恐れ多い部分が多くを占めていた縁下だったのだが、その澤村の一言が更なる高みへと昇らせる結果となる。

 

澤村と言う大きな大きな背を追いかけてるだけの筈だった。

多くの後輩たちに追い抜かれながらも、せめて見えなくならない様に追い縋るだけ、と何処かで思っていた自分が今、対等に、ライバルだと認識させてくれた事が。

 

澤村は少しだけ強めに縁下の背を叩く。

いつもなら、身体がよろけてしまう様な衝撃だったが、縁下はしっかりと受け止めた。

 

 

「―――次も、絶対勝つぞ!」

「ハイ!!」

 

 

力強く頷き、そして、同じ目線に立って前を見据えるのだった。

 

 

 

「変わった……な」

「ああ。今までで一番。この試合で一際。一段と」

 

 

 

そんな縁下を見ていたのは成田と木下。

正直、逃げた前科がある者同士の傷のなめ合い――――に最初はなっていた事は否めない。

凄い1年が加わって、春高行も決して夢ではなくなって……飛べないカラスを払拭できると確信出来て……遅咲きながらも、普段の意識から変わる、変える事が出来てきた、とおもっていたが、今日この試合で一際大きく、そして大きく一歩踏み出した縁下を見て、何処か感慨にふけって―――――。

 

 

 

「「ふん―――――――――ッッ!!!」」

 

 

 

いた自分の頬を2人同時に思いっきり挟み込む形で叩いた。

 

 

「絶対ついてくぞ。オレらも」

「……おう」

 

 

感慨にふける余裕がどこにある?

そんな後ろを向くに等しい表現をしている場合じゃないし、同期が飛躍していってるのを指くわえて見てるだけ、なんて出来る訳がない。

 

今は確かに試合には出る事は出来ないのかもしれないが、それでも何時・如何なる時であっても、出れる様に。自分が持てる全ての力を発揮して、貢献できる様に。

 

烏野の一員である事を胸に刻み―――前へと踏み出す。

 

 

「おお! お前ら気合十分だな!!」

「オレも負けん!! 次もかぁぁぁつ!!」

 

 

そして、自分達よりも数段早く、数段高く昇ってるもう2人の同期にもみくちゃにされながら、更に歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてまた、別の場所にて。

勝利し次がある。次を見据えて気を新たに持つチームが有れば、今日ここで終わりのチームもある。

 

 

何処までも高い空、痛い程青い空を見上げながら、終わりであることを噛み締める影が1つ。

 

 

 

「おーい、猛~~! これからミーティングだぞー!」

 

 

 

それは和久南主将、中島。

家族の皆からも盛大に拍手喝采を貰い、抱きしめられ、弟・妹にはおもちゃにされ……散々だったのから解放されて、空を見ていた。

川渡が呼びに来たのをちゃんと耳で聞くと、振り返る事なく続ける。

 

 

「………なーんかさ。最後の一瞬、凄かったんだ」

「あん? 最後の一瞬?」

 

 

突然何を? と思った川渡だが、直ぐに理解する。

 

 

 

「あの一瞬だよ。もう後が無くて決める以外に道は無くて、皆が繋いでくれた、託された(ボール)を打とうとした時」

「…………」

 

 

和久南高校の集大成、と言っても良い。そういう位置づけをして良い程の好プレーの連発。

当事者の1人である川渡が解らない訳がない。

 

 

「正直、11番から逃げたって思われても仕方ないけど、あの一瞬はアレがベストだと思ってた。ジャンプしてほんの一瞬しかいられない筈の空中でメチャクチャいろんな事考えてた。あんなに、圧縮されたのは初めてだった」

 

 

助走から跳躍し、スパイクする最後の一瞬。

時間にしてコンマレベルの世界。

 

相手のブロックの位置、ブロックアウトを狙う為の切替からレシーブ位置まで、考える事が多いのは間違いないが、紛れもなくそれ以上にあの一瞬には情報が集約し、それらを選び、演算する事まで出来た感覚があった。

 

 

「そんで、次だ。あの10番と目があった。……オレがブロックアウトでどこ狙ってるのか、アイツが分かったのが分かった。……体感共有なんて出来るモンなんだな、って思ったよ。同じ領域? ってヤツ。……心底ゾクっと来た。烏野(アイツら)とやりあって、こんなに高く飛ぶ事が出来るんだ、って思ってたら――――――………」

 

 

見上げていた空がまるでピントがずれたかの様にぼやける。

上手く見る事が出来ない。

 

何故なら、堪えきれなくなり、溜まっていった涙が、中島の目を覆ってしまっていたから。

留まる事無く、軈ては溢れて流れ出る。

 

 

 

「もう1回……って。もう1回………やらせて欲しい、って―――」

「……………」

 

 

 

川渡は何も言えない。

【もう1回】が無いのが3年の最後の試合、最後の公式戦で負けた試合だから。

どれだけ望んだとしても、高校バレーと言う舞台では、もう留まる事は出来ない。

 

 

コートの上では、懸命に皆を励ましてくれていた中島。

皆と少し離れたこの場所で……人目もはばからず涙を流し続ける。

そんな中島に、川渡は何も言えなかった。ミーティングの時間が迫ってるが、そんなのは関係ない。

 

 

ただただここまで、尽してくれて、引っ張ってくれた主将。誰よりも頼りになった一番の功労者の傍に黙って居続ける、と決めた。―――その涙が止まるまで。

 

 

 

 

春高宮城県代表決定戦 準々決勝

 

和久谷南高校 敗退

 

 

 

 


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