王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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少し早めに出せてよかったです!

そして、いつも誤字の報告ありがとうございます………。


何とか頑張ります!


第157話 和久谷南戦⑦

 

 

 

足を、一歩踏み出す。

 

やっぱり同じコート、同じ場所の筈なのに、感触が違う様に感じる。

まだ コートの中に入っていないと言うのに、それを強烈に感じる。

 

コートの向こう側とこちら側、ここまで違うのかと、……やはりそう簡単に慣れるモノではない、人間変われるモノでもない、と山口は感じていた。

 

ただ、それでも臆する事なく前をハッキリと向き、心臓の鼓動を最小限度に抑える事が出来ているのは、じんじん――――と痛い程痺れている背中の感触のおかげだろう。

 

現実感無い、とさえ思えていたこの状態で、その痛みがしっかりと自分を帰還させてくれるのだから。

笛の音と共に、呼ばれたカードの番号である月島がやってきた。

月島は山口と目を合わせると、ほんの少しだけ表情を変えた後告げる。

 

 

「へぇ……、前より少しマシになってるじゃん」

「!! ほんとっ!?」

「……そんなに喜ぶ? 少しって言ったのに?」

「少しでも良い! ……今は、まだ少しかもだけど、そんな高望みはしないよ。……少しでも、力を貸せる所まで来れたのなら」

「…………」

 

 

いつも、月島の傍に居て、度々おどおどしている山口は何処にもいない。

あの時―――合宿で格好良い、と評した山口の姿と同等ともいえるかもしれない。

 

あの後、直ぐに我に返ったのか、息をひそめていたけれど、ここ一番であの時の姿が顔を出すなんて、と月島は少しだけ驚きつつ……メンバー交代のカードを受け取った。

 

 

「気負い過ぎなくて良いって。前回とは状況が違うんだし。ここで獲れたらラッキー、程度に思えば。……ああ、そういえば確か、おとーさんでも(・・・・・・・)、サーブでセット決めた事無かったんだし?」

「ッ―――!!?」

 

 

正直、月島は意図した訳ではなかった。

 

あの日の山口―――プライド以外何がいる? と啖呵を切った時の山口とかぶって視えた気がした。

 

無論、言い方とかは全然違う。……ただ、月島の目にはただただ上を見続けて進もうとしている山口を見て、少しでも上へと向かいたい山口を見て、また格好良いと思ったのだ。

 

だからと言って、また安易に直接的な言葉を山口に送るつもりは流石にないが。

 

後は 山口が気負い過ぎている様にも思えたので、力を抜かす為のひょっとしたら月島らしからぬちょっとしたお節介だったのかもしれない。寧ろ、そちらの方が良い。

正直、月島自身は そう何度も臭い事を言わない。趣味じゃないし、単純に恥ずかしいから。

 

 

結果として言えば、大きなプラスとなった。

その言葉こそが山口の芯を貫く、脳にまで届くエールとなったから。

 

 

「ありがとう、ツッキー!」

 

 

山口としては、火神もそうだが、月島の事だって同じくらい背中を追い続けてきたつもりだった。昔から知っているその後ろ姿……格好良いとも思っていた。

今は火神の方に目標と言う意味では視線を向けているが。

 

 

「(………まぁ、日向みたいには流石に……アレだけど)」

 

 

日向ほどではない、と山口は苦笑いをする。

それでも、山口自身は大きな大きな目標の1つとして掲げてきたのは歴然とした事実。

 

嶋田と個人練習する時も口に出した。

 

遥か高見だぞ、と苦笑いをされた事も多々あったが、それでも追いつきたいと願った。

 

 

総合的な能力を考えれば、輪郭さえ見えない場所に居る事は確かだ。

だからこそ、サーブなのだ。

サーブだけでも……、否、サーブを自分の強力な武器にしてみせる、と。

 

 

 

「ふぅ―――――」

 

 

そして、気付けば身体の震えは何処かへ吹き飛んでいた。

後は自分次第。ヤル事は最初から決まっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、今のは励まし……なのか? 月島よぉ」

「いやぁ……、随分と捻くれた言い方したよなぁ。――――でも、見た感じ山口にとっては何よりのエールになったみたいで良かった」

「……っス、ね。負けてらんねーです」

 

 

田中と東峰も疑問符を浮かべる月島の山口に対する励まし(エール)

どちらかと言えば否定的だ。なぜなら、ほんの少し前に火神が背中をバシッ! と叩いてるシーンを見てるから。

それでも火神と月島、両方ともマイナスには働いていないのは山口の姿を見れば一目瞭然なので、特に茶々を入れる事なく、ヨシとする事にした。

 

 

「ははは。すげーな山口は……、俺も頑張らないと、だ」

「えっ! いや、そんな俺はちょっと前まで吐きそうになってた程緊張してましたし……。今は何とか、吐き気抑えれてますが」

「それがすげーの。――――だって、俺、今まさに吐きそうだから。全然抑えれてないから……」

「ええ!! だ、大丈夫ですかっ!?? そ、それに俺、サーブだけですし大した事ないですって!?」

 

 

青い顔しながら山口の事を凄い、と言ってくれる縁下。

だが、山口はピンチサーバー、片や縁下は澤村との交代だ。掛かるプレッシャーは自分とは比較にならない気がするから

 

 

「がっはっはっは!! 縁下ぁ そんな謙遜すんなってーの! お前だって十分すげーんだからよ!」

「いてっ! いててっっ! 痛いな田中! その溢れん力を俺じゃなくて、相手に向けて使えよ!」

 

 

 

そんな縁下に声を掛けつつ背中をバシバシと叩くのは田中だ。

自分よりも緊張している者を見ると、平常心を取り戻すと言うものだ。そういう法則があるのを田中は知っている。

火神・月島とバトンを託され、コートへとやってきた山口の精神面(メンタル)は大丈夫だ、と言って良い。それにダメ押しで縁下が声をかけたのだろう、と田中は判断したのだ。

 

 

 

 

 

「………忠の成長を喜ぶべきなんだと、胸を張って弟子の成長を見守れ、と自分では思ってるんだが………、なんか、俺今吐きそう」

「吐き気貰った!? うつった!?」

「だ、ダイジョーブですか!??」

 

 

 

縁下に釣られたのか、或いは山口の代わりに吐き気を引き受けたのか……、2階で見守っていた嶋田が一番青い顔をしていた。

山口のサーブ練をいつも付き合い、ひょっとしたら烏野のメンバーよりも倍は山口の想いを聞いているかもしれない。

 

これまでの集大成……とまでは、まだまだ言わないが、その成果を発揮する時だ、と思ってみたは良いが、その結果、物凄く自分自身が緊張してしまったのである。

 

 

無論、そんな心情を解る訳もなく、冴子と谷地は慌ててエチケット袋を用意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――山口は(ボール)を手にサーブ位置(ポジション)へと向かう。

 

 

 

「(大丈夫……、大丈夫だ。ツッキーも言ってた様にここで獲れたらラッキー程度で。……でも)」

 

 

欲が、出てくる。

欲は成長の源であり、原動力の1つだ。

欲があるからこそ、人は前へと進んでいけると言っても過言ではない。

 

決まればラッキー……な心構えの方が確かにリラックスして打てる気がする。余計な気負いがないのだから当然だ。

でも、月島が言ったもう一言が頭に、脳に刺さって抜けていない。

 

 

「(火神がまだ(・・)―――出来てないこと……)」

 

 

そう、火神はセットにしろマッチにしろ、現在サービスエースで公式試合を決めた事はない筈だ。

 

 

……正直に言えば、それは実力云々ではなく、運の要素が非常に高いと解っている。

何せ、サービスエースで決める、と言う事はつまり最後の25点目にサーブが回ってくる、もしくはデュースの場面でサーブで取り切る等が無ければそのチャンスさえ無いのだから。

例え、サービスエースは何度も取り、ノータッチエースでさえも何度も取ってきてる火神、そして影山も勿論例外じゃない。

 

 

でも、それでも……ほんの些細な事であっても火神が出来てない事を自分自身が出来たとすれば……、これ以上ない誉であり、誇りであり、何よりの自信にも繋がる。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

気合を入れる。

サーブ中に余計な考えは妨げになる、とは思っているが、以前の様に緊張しまくりで自分で自分の足を引っ張るくらいなら、こっちの方が断然良い。

そして、卑屈になるくらいなら、己惚れた方が何倍も良い。

 

 

「(……練習は、してきた。チームで1番って、言われた……っ!)」

 

 

そして、笛の音が鳴り響く。

以前はよくこの笛の音にビクついて慌てて打っていたが、今は余裕を持って聞く事ができ、余裕を持って行動に移す事が出来る。

そう、サーブの持ち時間は8秒あるのだ。落ち着いて、自分のペースで……。

 

 

「(ア゛ッ!!?)」

 

 

でも、落ち着いていたとしても、頭ではしっかり解っていたとしても、ミスする時はミスをする。それはどんな一流の選手だったとしても、例外ではなく、ミスが全くない人間なんて存在しない。

 

この時の山口のミスは、サーブトス。

(ボール)を上にあげる時、やや角度をつけ過ぎた。加えて少し低い。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――火神ってさぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、練習の時の記憶が山口の頭を過った。

 

 

 

 

 

【火神ってさぁ? サーブでめっちゃ点稼いでるけど……】

 

 

山口から火神へ。

汗を拭い、水分補給をし、小休憩の時に聞いた事。

 

因みに、直ぐ傍には影山もいてサーブの話、点を稼いでる、と言った部分に特に反応して。

 

 

【負けねぇぞ!!】 

 

 

と言わんばかりに鋭い視線を……、いやいや 実際口に出しつつ視線を向けつつ、距離を更に詰めていた。

凶悪な顔に加えて更に一段階凄みを与えた様な顔で………と言うのは山口の感想。結構ヒドイ。

 

兎にも角にも、ライバル認定している火神のサーブだ。いつも通り影山は睨みを利かせて絡んでいたが、当の火神は一先ず山口の方に意識を向けて、影山の方はやんわりスルーする事にした。

 

因みに、火神がスルーした後、日向も乱入してきて、結局影山・日向のやり合いに発展した。

流石にそれをスルーは出来なかった様なので、今日もお父さん大変です、と仲裁に入りつつ……。

 

 

「ごめんごめん、それでなんだっけ? サーブの話?」

「あ、ははは……。うん。サーブの話」

 

 

山口は苦笑い。

相変わらず同級生とは思えない、同年代とも思いにくい程の男に最早苦笑いしか出てこない。

でも、取り合えず聞きたい事はあるので話題を戻す事にする。

 

火神も火神で、ジャンプフローターサーブを主力として使ってる唯一の選手、と言う事でサーブ練習の時は山口と話す事は多いので、その事だろうと聞く姿勢。

喧しいのがいるけど、取り合えず山口に集中。

 

 

「サービスエースの本数……と言うより、サーブミス自体が火神は見ててめっちゃ少ないって思うんだよ。あってもぎりぎりアウト、みたいな。特にスパイクサーブとか、打つ云々よりも前に色々とミスしちゃいそうな要素が沢山あるのに。助走とかトスとか」

「ふんふん…………」

「なんていうか……、ミスしないコツ? と言うか……、火神がサーブの時どんな事考えたりしてる?」

 

 

サーブの話で結構褒められることはあるから、その都度謙遜し謙虚にふるまってる火神だが、山口からは火神を称賛、と言うより色々と悩んでる事が伝わってくるので、普段のテンプレな解答はせずに少しだけ考えた。

この自主練習の時山口はサーブの練習をしていた筈だ。ミスも沢山している様なので、その延長で聞いてみたい、と言う事なのだろう。

試合で結果を出せているから、より話を聞いてみたい、と。

 

 

「うーん……、スゲー山口が俺の事称賛してくれるのは光栄だけど……誰だってミスはするもんだし、って謙遜はさせてね……?」

 

 

流石に照れてしまう火神。

真顔で言われたから余計に。

だからこそ、一呼吸を置く為に謙遜し、恐縮する姿勢を見せて……続ける。

 

 

「ミスしない事にコツ……、正直無いって思うけどなぁ……。只管練習する事、しか言えないけど……」

「うーん。だよね……」

「でも、サーブの時に考えてる、と言うか心がけてる事は勿論あるよ。何処狙う? とか強いの打つ! とか発破的なのじゃなくて」

「! それってどんな?」

 

 

少しだけ考えて……山口の求めるものになるかはどうかは正直解らないが、火神は応えた。

 

 

「兎に角、慌てない事(・・・・・)……かな? 第一に」

「?? 慌てない?」

「そっ。例えば サーブ打つ前……そもそも調子が悪かったり、練習終盤とかで疲れが溜まっててジャンプが出来てなかったり、サーブトスが乱れたり……、打つ前に(・・・・)色々と失点につながる要素って沢山あると思うけど、どんな状況になったとしてもまずは落ち着いて慌てない、って事かな? 打った後は、もうどうしようもないけど 少なくとも一連動作する間はそう考えてる。ほんの数秒の世界だから、100%してる、って言うのは難しいけどね。心がけてる」

 

 

厳密に言えば、火神は相手とヤれる事が嬉しくて嬉しくて、最大級の敬意と尊敬、憧れ等を込めに込めて……と色々とあるのだが、それは当然説明はしない方向で。

兎に角、テンションが上がれば上がる程、成功率だって勢いに任せて上がる、と信じているから。

 

でも、常人には理解し難い感覚だと言う事は自覚しているから思ってても絶対に言わないが。

 

 

「【入れるだけ】サーブは勿論ダメだけど、それでもやっぱりタダで点を上げるのは嫌だからさ。だから、ミスしたらミスしたらで、その時の出来る範囲の最善を尽くしたい。最高を叩きつけたい。慌てなければ、落ち着いていれば、どんな状況でもやりようはある、って視えてくると思うから」

 

 

落ち着いていれば、戦い方は見えてくる。

これは、木兎に影響された事でもあった。

無論、この初めての東京合宿で影響された~~ではない。もう遥か昔……もう無くなってしまった世界での話だが。

 

 

この時の山口は、火神が言う様にサーブの一連動作を行うのは本当に一瞬の出来事。そんな中で、ミスった、でも落ち着いた、出来る事する! なんて器用な真似出来るものか? と懐疑的だった。無論、火神ならやるだろう、とは思うがそれはやっぱり特別なのではないか? と。

だから、自分もミスをしない様に兎に角打ちまくる、練習しまくるしかないのでは? とその時はそう結論付いて、サーブ練習に戻ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、今。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ミスった! ……でも、なんだ……? ―――落ち着いてる。全然、出来る、気がする)」

 

 

 

いつもより、時間の流れがゆっくりな気がする。

気のせいかもしれない、それでも山口にはハッキリと、ミスした事が視えて、そして考える事まで出来ていた。

 

即ち、【慌てず、落ち着く】事が出来たのだ。

 

 

 

 

ほんの少しかもしれないが―――近づく事が出来たのかもしれない。

 

 

 

 

 

それが証拠に、【結果】として目の前に現れたのだから。

 

サーブトスをミスしてしまった。

上がった先が、いつもよりも やや前気味、低いのであれば、より勢いをつけて打つ事にしよう。

ジャンプフローターサーブは、無回転が命かもしれないが、今回に限っては冒険し、いつもよりもやや威力重視で行こう。

 

この打ち方、これが今自分自身が出来うる最善にして、最高の形。

 

 

山口が放った(ボール)はネットの白帯に当たる。

威力重視をせずに、無回転を意識し過ぎていたら、ひょっとしたらネットに嫌われて跳ね返されたかもしれない。

威力重視したが故に、白帯を越えて……相手コートに落ちた。

 

 

 

「「「!!!」」」

「くっそ――――――!!」

 

 

 

即ち、ネットインサーブ。

 

 

身構えていた和久南の選手たちは皆反応に遅れる。

 

ピンチサーバーである山口の情報は少なかったから、どんなサーブを打ってくるのか、最後の最後まで身構えていた。

ジャンプフローターサーブが来る、と解ってからは、あの魔球とも呼ばれる無回転のサーブをどう拾いあげるか、それに意識が集中し過ぎた。

 

結果、どうにか飛び込んであげようとするが……ネット真下に落ちてしまった(ボール)には届かず。

 

 

 

カウント25-21

第一セット 烏野高校先取。

 

 

 

「……ネッッ!!」

 

「「「ネットイィィィィン!!!」」」

 

 

「「「よっしゃあああああああ!!!」」」

 

 

 

(ボール)が相手コートに落ちて一呼吸した後に怒涛の如く押し寄せる波。

それは会場を揺らした。

そんな気がした。

 

少なくとも、今結果として現れた山口にとっては、揺れた。心の底からの喝采が身体を揺らせた。

 

 

 

「た、た、た、た、た………! ―――――ただぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「お、落ち着けって! ほらほら、もっとゆっくり息しろって!」

 

 

それは2階席で応援していた嶋田にとっても同様。

サーブが決まるまで、サーブの始まりから、心臓が高鳴り続けていた。

結果、山口が見事点を決めた。セットを獲ると言う山口にとっても大快挙を成しえた。

 

それが、自分の事の様に嬉しく、言葉が上手く出ず、ただただ溢れんばかりの想いを口に出し続ける。

結果、冴子には心配されちゃうが、今はそんな事考えてられないだろう。

 

 

「や、山口くぅぅぅん!!! な、ないふぅぅぅぅっっっ!!?」

「ナイフって、あぶねーな、それ! でも、すっげーーーぞ!! ただしぃぃいぃいい!!」

 

 

谷地も同様。

面倒見の良い冴子が大絶賛を送りつつも、両隣の2人の介抱をする、と言う少々珍しい光景が2階席では広がっていた。

 

 

そして、眼下の烏野は当然お祭り騒ぎ。

IH予選のベスト4。昨今の大会においても必ず4強には食い込む強豪である和久谷南相手に、第1セットを先取したのだ。

相応のお祭り騒ぎ、と言って良いだろう。

 

中でも、当然ながら最後のサービスエースを決めた山口に対しての賞賛は極めてデカい。

 

 

 

「山口、ナイスッッ!! ナイッサ―!!」

「は、はいっっ!!」

 

 

 

暫くもみくちゃにされた後、最後に縁下が山口を称える。

そして、その後……山口と縁下の2人は息を合わせたかの様に、示し合わせたかの様に。

 

 

「「はああああ~~~~~~……」」

 

 

もみくちゃにされたのが疲れたのか、互いに張り詰めたモノが大きかったのか、漸く一息つけると思ったのか、或いはその全てか。

2人同時に大きく、長いため息が出ていた。

 

 

 

 

 

そして、2階席ではまだまだセットを獲った余韻に浸っていた。

嶋田は思わず涙ぐみながら山口の成長を喜び続けている。

 

 

「ぅぅ、忠……、成長したぞ。絶対、間違いなく……っ」

「すっごいね~~、アレって強運ってヤツじゃん!? ネット越えないかも!? って思ったのに、向こう側にポロっと落ちるなんて! まさに忠はラッキーボーイ!!」

「アレは、運ってだけじゃないんだ……」

「?? そうなん?」

 

 

今のサーブで、ラッキー以外の要素があるのか? と冴子は首を傾げたが、嶋田は自信をもって断言した。

 

 

(アイツ)は、自分自身の手でしっかりと掴んだ! 青葉城西戦の時が切っ掛け。これまで積み上げてきた練習。何処か頼りなく感じていた自分自身を信じる事が出来た。―――間違いなく、強くなってる!」

「えっと……スゲーー熱い!! ってのは解ったけど、つまり運も実力の内! って事?」

「ああ、悪い悪い。確かに運って言うのは重要だし、当然それもあるって思う。だけど俺はそれでも断言するよ。……後ろ向きな思考で、今と同じサーブを打ったら絶対にネットに阻まれてた筈だって。―――忠は、決める、決めてやるつもりでサーブを打った。結果、入った。つまり、攻めに行った結果のネットイン。だから、運だけじゃない」

「ホァーーー! そっか! そうだなっ!!」

「な、なるほど………つまり、凄いっっ! 山口君ナイッサ―!!!」

 

 

解らない様で解った。

実に頼りない感想ではあるが、冴子はそれでも理解したつもりだ。

攻めて、攻めて、攻めて―――その結果が今の現象、だと言うのなら【運】だけで片付けるのは忍びない。

山口のガッツを無下にする行為に等しい、と感じたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく、打ち切ったな! 山口!」

「は、はふぃっ!?」

 

 

ベンチへと戻った所で、笑顔で山口の背をバンバン、と叩くのは烏養。

ビリッ……と背中に来るものを感じるのは山口……だけでなく火神である。

 

それは勿論、受け取ったバトンをバッチリ繋げた山口に対する絶賛もあるが……それ以上に考えてしまうのは以前の時も要所要所で感じたこの第六感にも通じる感覚の事。

 

もう、恐らく見る事が無い場面(・・・・・・・・)、そのちょっとした喪失感。

後手後手に回ってしまい、意気消沈し、そこから這い上がってくる山口の姿が、霞んで見えてきた気がした。

だけど、それをも遥かに上回る程の歓喜の感情が湧き出てくるのも事実だ。

 

 

「サーブでどれだけ攻められるかが、勝ち上がっていけるかどうかを左右する。―――基本ビビりなお前が見事打ち切った。これで、烏野(ウチ)は更に強くなった、って思って良いぜ!」

「――――ッ!!」

 

 

褒めてるのか貶してるか、正直微妙な部分が有ったが、特に気にならない。

自分なんかがそこまで―――と、流石に恐縮する気分ではある、が。烏養の直ぐ隣に居る火神の顔を見ると、そんな気分も吹っ飛んでしまうから。

満面の笑みと共にぴんっ、と立てられた親指を魅せられたら。

 

 

「は、はいっ!!」

 

 

だからこそ、良かったと改めて安堵すると共に、新たな闘志も胸に抱いた。

この気持ちを忘れない。ただ、現時点で唯一皆と一緒に戦う事が出来る武器のサーブ。

これをもっともっと、研ぎ澄ませて行こう……と。

 

 

 

 

「大地さん! 大丈夫っスか!?」

「おう! もう、血も止まったし、痛いトコも無い。万全だ。因みに火神もな?」

「アス!」

 

 

出血で途中退場してしまった澤村と火神。万全の状態で控えている。

 

 

「うっし、澤村も火神も問題ない上に、良い流れで第1セット掻っ攫った。このままの調子で行くぞ、気ぃ入れ直せよ!」

【オス!!】

【アス!!】

 

 

主力と言って良い面子が2人同時に抜けたと言うのに、持ちこたえるどころか勝ち切った所を見ると、烏野全体の実力が底上げされているのは歴然とした事実だ。

 

烏養はコーチとして、常に全体を見ているつもり……だったのだが、まだまだ選手たちを見縊っていたのかもしれない。

 

練習試合で幾ら結果を出せたとしても、あくまでそれは練習(・・)本番(・・)で結果を出せなければならないから、公式戦の場で、4強に食い込み前評判も高い強豪和久南相手に結果を出せて漸くハッキリ出来た。

 

結果を出せなければ意味はない……と言い切るつもりは無いが、それでも本気で春高を目指している、必ず行く、と強い決意で臨んでる選手たち、特に今年で終わりである3年たちを思えば、そう言い切ってしまっても良い。綺麗事を言うのは性分ではないのもあるが。

 

 

「うっし、2セット目だが―――火神IN、縁下OUT。田中はそのままで行く。ローテはこんな感じ、だな」

 

 

ボードを使ってローテの確認をする。

縁下は、澤村と交代する―――と思ってたから、少々驚いていた。そして、何処かほっとしてる自分もいる事には気付けていない。

 

 

「――――んでだ縁下。外出たからって気ぃ抜くなよ。そんでもって澤村。常に臨戦態勢。忘れんなよ」

「!!」

「はい!」

 

 

それを思いっきり指摘されて、思わず縁下は背筋を正してしまう。

澤村は田中と交代する事はこれまででもあったし、スターティングに名が無い事に思う所が無かったわけじゃないが……言われるまでもない、と力強く頷いた。

 

烏養は返事を聞くと全員を見渡しながら告げる。

 

 

「お前らは間違いなく強い。基本能力の底上げ、レベルアップってヤツが成ってきてる。烏野ってチームの層の厚さ、重厚になりつつある。試合中にだって成長してくんだ。……いつだって一番大事なのは目の前の試合だけだ、ってのは嘘じゃねぇが、こっから仕掛けていくぞ。―――全員(・・)で勝つ。コートにゃ6人しかいられねぇが、1人1人が主力だ、主戦力だ、コートの中に自分もいる! って常に意識しておけ。バンバン使ってくぞ」

【!!】

 

 

 

烏養のその言葉を聞いて、全員の顔が一段と険しくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面はサブアリーナ。

白鳥沢の試合の後に、青葉城西と伊達工業の試合が始まる。

 

 

「「前の試合、白鳥沢があと5点で勝ちます。そろそろです」」

 

 

勝負は最後まで解らない―――とはよく聞く言葉ではあるが、絶対王者を相手に、その精神論が通じる程甘い相手ではない。

事実、白鳥沢のスコアを見る限りは番狂わせは起こらない。

 

セットも取り、先に20点台に入り―――後5点で勝敗を決する。

 

 

その事実が青葉城西・伊達工業ともに伝わり……。

 

 

「行くか」

「うっす」

 

 

「っし。行くぞ」

「おう!!」

 

 

アップを終えて、コートへと向かい準備に入った。

 

 

「烏野・和久南の試合は、烏野が優勢ですね。一時は主力の2人が抜けて流れが変わるかもと思いましたが、上手く立て直してました」

「!」

 

 

烏野の試合も当然気になってない……と言えばウソになる。

少なくとも、注目しているし、今年こそは打倒を意識しているとはいえ、十中八九結果が視えた白鳥沢よりは、烏野―和久南の試合の方を注目している。

 

 

「ほぇ~~。火神とあの主将が居ない状態で上手く、ねぇ……。正直見縊ってたわ」

「……まっ、気持ちは分からなくないよ花巻(マッキー)。主将君の守備力の高さは十分知ってるし間違いなくリベロくん、せいちゃん、主将くんは烏野のトップ3だ。レシーブなんて一朝一夕で上達するもんじゃないし、当たり前の様に来てた(ボール)に綻びが生まれれば、チームのリズムも崩れやすくなる……地味に効いてくる、って思ってたんだけどね」

「そういや、それ偉そうに指摘してたよな? お前。どうよ? 完全に当てが外れたぞ?」

「って、なんで俺を煽ってくんのさ! 岩ちゃん!! そ、それにあの時のはインハイまで~のつもりだったし!!」

 

 

岩泉に痛い所を突かれた! でもいい訳出来る部分はある、と抗議する及川。

確かに、練習試合の時は守備力がガタガタだ、と言ったが、それでもあの時とは状況が違う。

インハイまで、と言うのも嘘ではないし、練習試合の時はリベロである西谷もいなかったし………と、色々と。

でも、それを一から十まで説明されると長くなるし、及川のながったるい話をいつまでも聞いていたら、時間が無くなる、と判断した岩泉は。

 

 

「おら! とっとと行くぞ!」

「いたぁっ!! 岩ちゃんが先に煽ってきたのに!!」

 

 

及川のケツを蹴っ飛ばしつつ―――コートへと戻る。

 

 

そう―――次の相手は伊達工業。

 

 

決して油断して良い相手じゃない。

確かに伊達工業は3年は春高まで残らないと言う話は知っているが、それでもあの鉄壁は健在。主力の2年の迫力は岩泉は勿論、及川も知っているから。そして、他のメンバーも勿論。

 

前回は烏野が下馬評を覆して下し、その前は白鳥沢が下し、昨今では戦績が残せてない……と言う見方もあるかもしれないが、全くあてにならない。

 

ただ、解るのは、唯一絶対なのは 強い方が勝ち残る、と言う事。

強い所が先へ先へと進み―――全国へと進む事が出来ると言う事だけだ。

 

 

 

 

【お願いしアーース!!】

 

 

 

 

当然、伊達工業側もそれは解っている。

そして青葉城西の事も。……対戦回数自体も多いし、何より自分達を下した烏野を破り、白鳥沢を県で一番追い詰めたチーム。

過去最強の相手、と言っても良いかもしれない相手だから。

 

 

青葉城西の及川、伊達工業の二口。

両高校の主将同士の顔合わせ。サーブ権・コートを決める前。

互いに相手の目をハッキリと見て、固く交わす握手。

 

 

「……しァス」

「まぁまぁ、そんな気張んないで! 君らは来年だってあるんだし?」

 

 

そんな時でも及川はいつも通り飄々としている。

聞く者が聞けば、それは挑発。まだ試合は始まってすらないのに、来年の事を言うという事はつまり、もう自分達が勝つと言っている様なモノだから。まるで決まっている、と言わんばかりに。

 

だが、二口がそれに動じる事はない。

 

 

「全然関係無ぇっスよ。立場とか、そういうの。――――コートに入ったら、一切関係ない」

 

 

歴然とした事実。

それだけを叩きつける。

鋭い眼光のままに、及川の先制口撃を迎え撃つ。

 

だが、及川の態度を変えるまでには至らない。

 

 

「うん、知ってるよ。だよねだよね。当然だよね」

「…………」

 

 

流石に、それにはムカッとしたのか、二口は青筋を立てていた。

 

軽く返している及川だったが、表情に見せないだけで、表情に出さない様にしているだけだ。

重々身に染みている。

 

 

「(シンプルな話さ―――)」

 

 

主審からコイントスについて、いつも通りの説明を受けている間も及川は考えていた。

 

 

 

 

「(3年だろうが1年だろうが強い方が強い。……ただ、(ボール)を落とした方が負け。……それだけの事だ)」

 

 

 

 


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