王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第一セット終了までもうちょっと……、頑張ります!


第156話 和久谷南戦⑥

 

 

中島の二度目のサーブ。

 

 

 

狙いは当然、穴と見定めた縁下。

田中も途中出場で火神との交代選手、と言う事もある様だが、あの気合の入り方とこっちに打ってこいと言う強過ぎる挑発めいた視線も合わさり、狙いを絞ったのである。

 

そして、その中島の判断は正解だろう。

 

二度目、縁下はサービスエースこそ許さなかったが、受けたレシーブは相手コートへと返り、そのままチャンスボールとして献上してしまった。

故に、流れる様なレシーブからトス、そしてコンビネーションバレーで瞬く間に得点。

 

 

「おおっ! あっと言う間に1点差だ!」

「烏野やべーんじゃねーか? 勢い付いたら、早々ひっくり返すのって難しいしよ!」

 

 

21-20。

交代して直ぐこれだ。

 

 

「くっそ……!!」

「ドンマイだ! 俺がもう少し広く守る!」

「悪い、西谷」

 

 

あのサーブに触れて、解った事がある。

威力は火神や影山、それに強打サーブで言えば東京グループ、そして青葉城西の及川の方が上。その中島の体躯を考えても納得が出来るし、間違いじゃない。

ただ、そのサーブの精度が極めて高い。狙った所に、苦手意識を視た所に打ち込んでくる。

 

 

 

 

「ふぅ――――――」

 

 

 

 

2本目、自分が入ったと同時にコレ。

イヤになってしまう、悪い感覚が頭の中を駆ける。

 

 

澤村と言う大きな背の代わりに入った自分自身。どう考えても技術で敵うとは思えない。

 

 

 

「(今の俺じゃ、大地さんに敵う訳もない。己惚れるなよ。………でも)」

 

 

 

縁下は、両膝を叩いた。

直ぐ横では声を更に張り上げて、溢れんばかりの体力の全てを出し尽くそうとしてる田中の姿や声も頭の中に入ってくる。

 

2人が復帰したら、恐らく替えられるだろう。その為のその場しのぎ役……と傍から見ればそうかもしれない。

だが、そんなのは関係ない。交代させられたら、その時に考える。今は、この場所に立った以上何も関係ない。

 

 

 

 

 

―――コート(ココ)に立った以上、そんな逃げ思考、言い訳なんてなんの意味もない。

 

 

 

 

 

コートに立った以上、もう控えじゃない。

コートの中全員が主役であり、そしてその内の1人だ。

 

 

この場所に立ち、改めて縁下が思い馳せるのはコートの外で見守っているであろう後輩(火神)の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【―――えっと、やっぱり縁下さんじゃないですか?】

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時(・・・)―――、後輩は、火神はハッキリと言い切った。

同年代は他にもいるから、少なからず申し訳なさも含まれていたが、それでもハッキリと自身を名指ししたのだ。

 

 

何をそんなに自分自身の事を買っているのか正直今でも解らない。

だけど、……情けない姿を見せたくない。

ちっぽけかもしれないが、それが先輩の意地でもある。

 

そして、何よりも、それ以上に何よりも――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【逃げる方が、絶対後からしんどいって事は―――もう知ってる】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サッ、こぉぉぉぉい!!!」

 

 

今日一番。

ほんの少ししか試合には出れていないが、それでも今日一番の声が、腹の底の底から出したかのような縁下の声がコート中に響いた。

 

 

「「!!」」

 

 

それは熱くなり過ぎてる田中や人一倍やかましく熱い西谷でさえも注目させる程。

そして、自分達の代表でもある縁下と田中を特に熱く見守っている成田や木下と言った外の同期達も。

 

 

「へぇ!」

 

 

勿論、和久南側にも伝わっている。

中島にも十分過ぎる程届いている。その声量だけでなく、覇気ともいえるその圧を感じている。

 

2発とも、完璧なサーブだったし、掴んできた感はあった。そして穴だと言う認識もある。

でも今、そんな見下しにも似た感覚は捨て去った。

 

 

 

「良いじゃん! 烏野キャプテン代理!」

 

 

 

メンバーチェンジしたのは、澤村⇒縁下 火神⇒田中

だからこそ、中島は縁下がキャプテン代理、と評した。

単純だったかもしれないが、認識は改めなければならないだろう。

まだ決まったのはたった2点。しかもまだ1点ビハインド。1セット目の終盤。

 

レシーブの穴だと舐めてかかって良い相手じゃない、と。

 

 

 

「(でも、やる事は変わらない―――!!)」

 

 

 

認識が改まったからと言って、何かする事が変わる訳じゃない。手加減をしていた訳でもないし、ここから更に本気を出す、と言った事もない。

 

ただただ、1球1球全力で打ち抜くのみだ。

 

 

 

 

 

中島から放たれた強烈なサーブが迫ってくる。

不思議と、縁下は落ち着いてみる事が出来た。

1本目より、2本目よりも或いは強くなってるのかもしれないが、それでも。

 

 

目に焼き付けてきた筈だ。

根性なしでも、やれる事くらいはある。

凄い人達と同じにはなれないかもしれないが、それでもやれる事はある。

 

1度逃げて、それでも帰ってきた。

数ある部活動の中でもトップクラスに苦痛を伴う排球部から解放され、暫くは悠々自適、快適な生活だったが……それも長くは続かなかった。

 

 

あの頃の無痛は、何よりも痛かった。

 

 

 

だが、当然二度目はない。

だからこそ、(ボール)を追いかけ続けた。

追いかけ続けて、追いかけ続けて――――ここまでやってきた。

凄い人達の背を追いながら。

 

 

 

「力ぁァァ!!」

「ッッッ―――!!!」

 

 

 

西谷の反応と同時に、縁下はあの(ボール)を完全に捕らえた。

獲れなかった1本目、獲れたが返ってしまった2本目、そして3度目の正直。

 

 

「上がった!!」

「ナイスだ! 縁下!!」

「フォロー!! 飛雄――――ッッ!!!!」

 

 

どんな凄いサーブでも、ここ一番で最も盛り上がるのは、レシーブ。

それも、サーブ相手が強力であればある程に、比例していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、3度目、(ボール)を獲る事が出来たこの瞬間、縁下はある事を考えていた。

それは ほんの少し前、春高予選が始まる前の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もしんどい練習を終えた後、その帰り間際 烏養に言われた事。

 

 

【春高までは3年が仕切るって形で変わんねぇけど、一応 2年の中でもそれとなく考えとけよ? ―――次の主将】

 

 

まるっきり考えてなかったわけじゃなかった。

当たり前の話だ。いつかは必ず引退する。それはどんなに凄い選手だったとしても、選手である限りは、いつか必ず引退するのだ。

そして、後進に想いの全てを(ボール)と共に受け継がれる。

その先頭に立つべき男は……。

 

 

「うーん……、今2年でパッとするヤツっていないよなぁ」

「情けないかな、3年生はそうだけど、1年も強烈なのが多いし……」

「今日の練習でも、あの3人笑ってたよ……。めっちゃくちゃハード、ハード中のハードだったってのに」

「引っ張ってくってなると、なぁ……? 順当に言えば西谷か田中……でも、西谷はリベロでゲームキャプテン不可だし」

 

 

それとなく集まっていたのは田中と西谷を除いた2年の3人。

正直に言えば試合の出場回数は少ない。練習試合にこそ出場は満遍なくしているし、特別ヘタクソ!! と言われる者はいない。(……日向があまりにも言われ続けているので。普通は面と向かってそんな事言わないと思えるが……)

 

 

「田中と西谷にも聞いてみるか……」

「だべ」

「つーか、もう火神で良いんじゃない? ほら、梟谷の副将って確か赤葦だったし。アイツも2年で、早くに主将候補じゃん?」

「……まぁ、向こうは木兎って言う手のかかる大きな大きな子供がいるから、それを御せる赤葦じゃないと難しいし、皆イヤだ、って言ってたの聞いたわ……」

 

 

当然、主将の話となると、入部して直ぐに1年リーダーを任されて、更にはお父さんの異名まで持って、時折田中や西谷まで操縦して……と十分過ぎる程の資質を持ってる男、火神の話題が上がるのだが。

 

 

「………でもまぁ」

「うん。実力云々はさておき……、全力で拒否する姿しか浮かばない、かな?」

「ここまで来たらイジメになっちゃうかもだ」

「……2人の前に本人にそれとなく聞いとく?」

 

 

丁度、体力オバケな1年たちは自主練の真っ只中。

何処にあんな体力が残っているのか……、普段の練習でも手を抜いてる様には当然見えないのに、全くと言って良い程パフォーマンスを落とさないのは驚愕を通り越してる。

 

でも、見慣れた光景なので今更何にも云わないが……。

 

 

 

「いたたた………」

 

 

そんな時に視界に入ってきたのは火神の姿。

丁度トイレに行っていたのだろう、ガラっ、と体育館の中に入ってきたな~と思えば頭を押さえてた。

 

 

「アレ……」

「絶対にバカ2人に絡まれたな。―――今回のお題は~【清水先輩からタオル受け取った罰】とかかな? たぶん」

「それはそれで理不尽過ぎるなぁ………」

「でも、火神ってなーんか本気で嫌がってる感じはしないんだよなぁ……気、使ってる?」

「あ、それ俺も思った。あんな田中&西谷(ヤツら)でも、他人の心情には敏感に反応するし、割とマジで行ってたら、こうも恒例行事か? って言われる程やらない筈だし」

「それに清水先輩も何となく楽しそうだしなぁ。……ある意味悪循環? でも火神は平気だから好循環? ―――よくわからん」

 

 

恐らくは腕を回されたり、頭をわしゃわしゃされたり、飛び掛かられたり、と簡単に想像が出来る。田中や西谷の清水好き好きアピールが火神弄りに移行した形の様なモノで、烏野の日常となってしまってるからだ。

 

まぁ、男として高嶺な花の清水と良い雰囲気になられたら(田中&西谷アイ参照)、羨ましい、けしからん! と思わなくもないが、それ以上に火神は頑張ってるし、凄いし、謙虚な所もあるし、礼儀も正しい。…………おまけに、問題児たちを請け負ったお父さん。

 

 

――――隙なしか!!

 

 

 

 

「なぁ、火神ちょっと良いか?」

「! アス! どうしました? 縁下さん」

 

 

頭を摩っていた様だが、呼ばれたら直ぐにそれを忘れて素早くやってきた。

演技、とまでは言わないがやっぱりそれほどでもないのだろうか。

 

縁下は、取り合えず火神に意見を聞く事にした。

無論、烏養に言われた事だ。新主将について。

現3年が引退した後、部を率いる人材について。

 

 

 

「…………。まさか、とは思わなくもなくもないですが…………、違いますよね(・・・・・・)?」

「あー、違う違う。割と真面目な相談事。―――つーか、後輩にこんな相談するのって結構情けなさ出てるな、俺ら」

「「うんうん」」

 

 

 

でも、火神なら~~~と思っちゃう所も正直情けない感丸出し。それでも立ち止まるよりは良いし、何か行動を起こした、と言う面ではきっとプラスに向かうと信じている。

 

 

因みに、当然火神はひょっとして【新・主将よろしく!】と来るのでは?? と身構えていた。それっぽいやり取りは、他でも何度かした事があったから。

でも、縁下や木下、成田の3人と一緒にその手のやり取りをする事は無かったから、本気で身構えてたか? と聞かれれば嘘になる。

 

 

「次の主将に相応しい、って思う人……ですか」

「うん。あ、あんま深く考えたりするなよ? 気楽にコイツだ~~って指さすくらいな感覚で良いから。まぁ、大いに参考にさせてもらうつもりではあるが」

 

 

後輩である火神が先輩を選ぶなんて―――と、少なからず委縮気味になってるのは縁下でも解る。そういう事を気にする男である事も知ってる。

バレーをしている最中は余計な遠慮をしていたら大きなミスに繋がる事だってあるし、言わなければならない場面ではしっかりと言わないといけないので、声を張り上げたりもするが―――こういった場面では話は別。それが火神。

 

だから、縁下は先制を打つ、と言う事で気を楽にする様にと言った。

 

 

そして―――火神の口から返ってきた答えだが、正直全く想像してなかった。ある程度は考えていたのだが、その予想を大きく外す。

 

 

 

 

 

「―――えっと、やっぱり縁下さんじゃないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、少し時間は進み……帰宅時。

 

2年が集まって帰る~のは結構久しぶりかもしれない。

 

 

「お前らなぁ、そろそろ手加減ってヤツ覚えた方が良いんじゃないか? ただでさえ殺人的な練習熟した上に、お前らの相手までさせられた日には、火神も潰れちまうかもしれないぞ?」

「何を言う! あれは聖なる施し、その恵みを授かる重要な儀式の1つなのだぞ、力!」

「そうともだぜ、龍! それに力! 俺たちは優しく、そして慈しむ様に……、独占してる潔子さんの香りを誠也から受け継ごうとしてるだけだ!! これを許した日には誰もが許さねぇ! 全てが森羅万象に詫びなきゃならねぇ!」

 

「全てがって、一緒にせんで欲しいなぁ……」

「まぁ、見てるだけな分は楽で良いケド」

 

 

話が脱線しそうになったので、火神の説得は一先ず置いといて。

 

 

「はぁ、話がとてつもなく長くなるからこの辺で。烏養さんが言ってた話に戻してくれ」

「ん? 次の主将って話か?」

 

 

しゃくっ! っと西谷はアイスのガリガリくんに一気に噛みつく。

凡そ半分を食いちぎった所で、縁下に言った。

 

 

「そんなもん、力でいいんじゃねぇの?」

「!!? お前もか! だから何で俺なんだよ!?」

「ん~~、なんとなくだ!」

 

 

最後の一噛! 

それを終えると、後は咀嚼するだけ……。最初はスルーしていたのだが、よくよく考えたらこれもまた驚きの光景が1つ。

あんなキンキンに冷えたアイスを―――。

 

 

「~~~~ッ(つーか、西谷2口で全部食った? アイスを)」

 

 

割とどうでも良い分類に入るが、正直現実逃避の1つや2つ、したくなると言うモノだ。

火神に続いて、西谷からも指名されてしまったのだから。

 

 

「ん~~、あれだな。ルールじゃリベロはゲームキャプテン出来ないし、ノヤを除けたら確かに縁下か。縁下主将だな」

「おう! だろ? 龍!」

「しっくりくる」

「だから、何でだよ!? って聞いてんの!」

 

 

理由がいまいち把握出来ない。

火神に関しても、まだまだ個人練習真っ只中だった、と言う事もあったから、細かな理由までは聞けてないのだ。

何せ、影山やら日向やらに呼ばれたら、なかなかにジッとしてられない。今日もお父さんは大変なのだ。

 

 

それは兎も角、木下と成田が田中や西谷よりも先に理由について考察しつつ、自身の考えも答えた。

 

 

「まぁ、田中も向いてるとは思うんだけど、レギュラー1年のラインナップを見るとやっぱなぁ……」

「ああ、あの日向&影山(単細胞コンビ)やら月島(ひねくれ)やらをどうにか束ねてくれてるのが現時点で火神な訳で、そんな時に田中が選ばれたとしたら、主将にいじめられるお父さんな構図が出来上がる。やっぱ、冷静なヤツが上になった方が良いわ。新2年にぜーんぶ世話やかす訳にもいかないだろ? 同級として」

 

 

うんうん、と頷いてる2人組。

納得出来てないのは田中だ。

 

 

「縁下主将には賛成だ! だが、釈然としないぞ! なんでこの俺がいじめるんだよ! 俺は火神のヒーローと呼ばれた男なんだぞ!!」

「あ~~、試合中は頼りになるんだけどなぁ~~~~……」

「哀愁漂わせながら言うのヤメテ!」

「………こういう時に限って、田中って結構難しい言葉使うよな。【釈然】とか【哀愁】とか……」

 

 

と言う訳で、満場一致? で田中主将はモツものもモタない、と言う事で廃案。

縁下政権が有力だ。

 

 

「いやいや、ちょっと待て。つーか、お前ら自分自身に投票しろよ。何で立候補しないんだ?」

「「いやいやいやいやいやいやいや、むりむりむりむりむりむりむり」」

「そこまで拒絶せんでも―――」

 

 

全力で手を振る成田&木下。

実力的に足りてないのは認めるし、まだまだ頑張る所存。意地だって当然持ち合わせてみるけれど………、無理なものは無理。得手不得手と言うものは存在する、と立候補しない。スタートライン自体に乗らない、と言う方向でまとまった。

 

 

そんな中で、縁下は声を出す。

 

 

それは拒否や否定、やりたくないと言ったモノじゃない。

 

 

「―――でも、俺は逃げただろ。そりゃ、2年だし、付き合いだって長いんだからそれなりにフォローは出来る。……でも、全国を目指して、勝負する様なデカいチームのトップなんて、出来るワケないだろ」

 

 

それは、火神にも言いかけた縁下の内情だ。

火神が何を想って自分に入れてくれたのかはわからない。ただ、単に田中や西谷の件も然り、現1年たちも十分過ぎる程曲者で大変だから勘弁して!! と言った類でもない。(ちょっとくらいはあるかもだが)

 

だから、聞いてみたかったし、情けないが、心境も吐露したかった自分もいる。まさに根性なしだ。

 

 

 

以前、火神を含めた1年全員にハッキリと告げた事がある。

烏野合宿の時だ。一度逃げ出したことを告白した。今も尚覚えている。……忘れる事はないだろう。

 

 

あの灼熱の様な夏―――今よりも暑いのでは? と思える様な夏の体育館。

動けなくなるまで、立てなくなるまで、……違う、拾うまで動かされ続けた。

全国を知り、烏野を全国まで導いた名将。

凶暴な烏を飼ってるとまで噂された烏野の原点。

 

烏養 一繋が監督として戻ってきた時、突然 普通の部活動が全国を目指す排球部へと変貌を遂げた。

 

 

次の日から部員が減り始めた。1人、1人……軈て、縁下自身も。生まれて初めて仮病を使って休んだ。

罪悪感はあるが、開放感もあった。バレーに打ち込む間出来なかった事が出来た充実感もあった。何より、炎天下の中の練習……ではなく、冷房が強くかかり、常に冷風を起こしてくれるクーラーの下が最高過ぎた。

次の日、次の日――――仮病はまるでより強く強くなり、バレー部に向かわせる足を奪っていった。

 

 

澤村が来た。菅原が来た。東峰が来た。

田中や西谷は毎日の様に来た。

 

同じく部を離れた木下と成田とも会った。

 

怒られない、暑くない、しんどくない、走らなくて良い。

それは甘い蜜。

 

 

でも、甘い甘い蜜は軈て毒へと変わる。

時間が経てば経つ程強い猛毒となって身体を蝕んでく。

 

 

目を開けばバレーをしていた頃の記憶が蘇る。

目を閉じてもバレーをしていた頃の栄光の瞬間が蘇る。

 

 

そう、知っていた筈なのだ。あまりにも環境が変化し過ぎて身体が驚いただけで、本当は自分自身が知っていた筈なのだ。

だから、これは毒などではない。解毒(・・)だ。

身体を蝕んでいたのは、この甘いと錯覚した蜜の方だった。

 

 

 

あの一瞬を知っている。

あの一瞬が忘れられない。

何も暑くなく、苦しくなく、吐きそうな訳でもないのに。全く痛みも苦しみもない筈なのに―――痛い、苦しい。

 

 

ただただ、自分の頭上で唸るエアコンの送風の音、機械の音だけがむなしく部屋の中に響いていた。いつもより、大きく……そして、長く感じた。

 

 

あの無痛の苦しみを感じた次の日には、部に戻っていた。

当時の主将には軽くだが説教を頂いたが、周りは皆優しかった。

自分は実はドが沢山つくMなのでは? と割とどうでも良い事に悩んだのも、今では良い思い出だ。……あの無痛に比べたら、何でもない。

 

 

 

そして練習をボイコットした当時の1年の5人中3人、縁下、成田、木下の3人はバレー部へと戻り、残り2人はやめた。

 

辞めた2人は前より活き活きしている様に見えたから、多分どちらが良いのかは人によるだろう。

でも、自分はこれで良かったんだと確信している。

あの時に比べたら、なんでも出来るとさえ思えてしまうから。……苦しい練習についていく、なんて普通の事で当たり前な事に過ぎないのかもしれないが、歯を食いしばってついていける。

 

あの無痛は、当然消えた。―――でも、それでも消えないものはある。

 

 

 

それは、逃げた、と言う負い目。

 

 

 

 

 

 

「おう! だから(・・・)だと思うぜ!」

「そうだそうだ! 今は戻ったんだから良いじゃねーか! むっ!? アタリアイスだっ!!」

 

 

ガリガリクンを追加する為に駆け出して行った西谷を見送りつつ、田中にどういう事か? と視線を戻す。

 

 

「運動部だからって、猪突猛進タイプばっかじゃねぇだろ? それこそ日向みたいなヤツもいるし」

「稀過ぎるだろ……。いきなり日向って」

「兎も角、だ。俺自身は自分以外のタイプの事はわからねぇ。他人の事なんて解らないのが当然だ! ……でも、お前は多分どっちも(・・・・)解るヤツだ! だから、縁下主将なんだよ。火神だって、きっとそう思っただろうぜ! なんたって、火神のヒーローが俺で、田中先輩の後輩が火神! 考えくらい読めるわ! カッカッカッカ!」

 

 

自信満々にいう田中。

不思議だ、と縁下は思った。

こういう時の田中は、変な説得力と言うモノがある。

日向の名を出して、自分の事を棚に上げたが、田中も勿論猪突猛進タイプだ。考えるより先に突っ走れ! だからこそ―――。

 

 

「………考え読めるんなら、清水先輩関連で絡んでくの、そろそろ止めれば?」

「それだけは止めちゃなんねぇんだ!! 一生モノの傷になっちまうんだっっ!!」

 

 

ちょっと火神と清水の姿が視界の中に入ったら、猪突猛進していくのだ。

 

 

「―――どさくさで、主将って呼んだけど、まだ先の話だろ? つーか縁起悪いから考えるの止めとくわ」

「まーな! 春高、行くんだもんな。引退した時なんざ、考えてる暇ねーわ。―――あ~~腹減った」

 

 

 

 

縁下は思った。

田中に西谷、そして火神。

 

こんなにも自分自身を推してくれるけど、どうしても思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【なんだろうとどの道――――根性無しには務まる筈ないよ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、場面は元に戻る。

縁下が見事に上げて見せた。

気合の咆哮を上げ、技術が見劣りする分は、身体そのものを使い、気力で上げて見せた。

和久南の主将であり、最も警戒すべき男でもある中島の強烈なサーブを上げて見せた。

 

 

それこそ―――根性無しには出来ない(・・・・・・・・・・)芸当だ。

 

 

 

「寄越せ!!」

 

 

縁下に呼応される様に、続いて東峰が吼える。

気合の入ったプレイを魅せられた。繋いだのだ。

ならば、決めなければエースとは言えない。

 

 

「東峰さん!!」

 

 

影山も迷う事なく東峰に上げた。

多少乱れていても、関係ない。正確無比、精密機械な影山の美しいアーチのトスは、東峰が最も得意とする場所、ネットから離れた高めのトスを上げた。

 

 

全てを背負い、エースがゲームを切る。

 

 

「「ッッ!!」」

 

 

ブロッカーは二枚ついていた。花山と鳴子がついていたが、相手に威力があり、勢いがあり、尚且つ気持ちも入ったスパイクに吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

「――――よしっっ!!」

「ナイスキィィィ!! あさひさーーーーん!!」

「よっしゃあああ!!」

「ナイスです!! ナイスキー! ナイスレシーブ!!」

 

 

流れを絶つには十分過ぎる一発だった。

 

22-20

 

いよいよ大詰め。

 

 

次は烏野のビッグサーバーの1人、東峰。

流れに乗っている、気合も乗せている、その身に任せて全てを打ち抜くだけだ、と東峰は集中。

 

 

「――――フッッ!!」

 

 

サーブの一連動作の全てが完璧。

 

こういう時によく思うのは、やはり勝負には流れと言うモノが存在する。それをどう自分達へと寄せるのかにかかっている、と。

 

 

寄せた流れは、その勢いに乗って、東峰の強烈なサーブに伝わり―――相手コートを穿った。

 

 

「クソ―――! がぁぁぁ!!」

 

 

川渡が入っていた。

だが、寸前で伸びてきた。威力も上がってる様に思える。東峰のサーブを殺しきる事が出来ず、そのまま相手コートの方へと大きく飛ばされ……アウトとなった。

 

 

 

「ナイッサ―!!!!」

「やったぁぁぁぁ!!」

「よし、よしっっ!! このままだ!! このままの勢いだっっ!!」

 

 

続いてエースの連続得点に烏野も大盛り上がりだ。

日向は思わず走ってしまいそうだったので、思わず止めにいこうと火神はして……、清水に止められてしまった。

 

 

「くっそっ、すまんっっ!!」

「オッケーだ。タビ。次次、切り替えるぞ」

 

 

23-20。

 

 

徐々に見えてくるのは第1セット敗北の瞬間。

だが、そんな悪い気はとっとと払拭する。

邪な考えを持っていては、あのサーブを獲る事なんて出来る訳がない、と思ったからだ。

 

 

 

「あさひ!! もう一本!!」

「ナイッサ―! あさひ!!」

「ぶち抜け!! あさひ!!」

 

 

大きな声援を背に、東峰は三度(ボール)に力を込める。

自分で終わらせてやる、と言う気概を持って。

 

 

だが、流石にそれは許さない。

 

 

「に、ど、めは――――やるかぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

川渡が今度は気合のレシーブ。

軌道がほぼ変わってなかった。威力も変わってなかったが、殆ど変わらないサーブでもう一本献上するなんてプライドが許せなかった。

 

 

「オラァァァァ!! 俺が決めぇぇぇぇぇ――――えるっ?」

「!!? 前っっ!! 月島ぁぁっ!!」

 

 

気合の咆哮と共に助走距離確保し、ツッコんでいこう! とした時だ。

まさに冷静沈着、そして視線誘導。

川渡が騒ぎ、そして自身が必ず打つと言う気迫も見せ、皆の意識が川渡に集中したのを見計らって―――花山は、このタイミングでツーアタックを選択した。

 

 

同じく、騒いでテンションを上げる以外にも、頭は冷ややかに、冷静に、現状を見極めていた火神が外から声を上げた。

 

僅かに上がった顎とあの手の形、高確率でツーアタックである、と見極めたから。

だが、ほんの一瞬でも川渡に目を奪われたら、追いつけない。

声は出せても、身体が追い付けない。

 

 

「く――――っ!!」

 

 

どうにか月島だけは跳ぶ事が出来たが、1枚ブロックで止めきる事が出来なかった。

 

 

「!!!(俺が打つ!! って言っちまった!?? はっずっっ!!)」

「ナイスはなやん!! ほら、タビもナイスだぞ! アレで皆釣られたんだから!」

「ッ!!? お、おうよ! 当然だ!」

 

 

23-21。

まだまだ、和久南は負けていない。

まだ、追いつける。ここから逆転だ、と意気込む。

 

 

「ひえぇぇ! あの金髪の人が打つって思っちゃいました……!」

「アタシも同じく! いい具合に気合入ってたしねー!」

「……ああ。何処までも冷静、って事だろうな。和久南は。………最後の最後まで油断するんじゃないぞー!」

 

 

外から見ても、なかなか見破るのが難しい、と嶋田は唸る。

谷地と田中冴子も同じく。

 

1セット目はもう獲れる! と言った雰囲気だったが、それはまだ早いと首を振っていた。

 

 

 

 

「っしゃ! 鳴子ナイッサ―!」

「ナイッサ―!!」

「落ち着いてけよ!」

 

 

鳴子のサーブから始まるラリー。

だが、ここで次に魅せるのは。

 

 

「え、ん、の、し、たに、負けてられるかぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

気合の咆哮と共に、前面に出てきたのは田中である。

 

田中自身が、見事レシーブを成功させて、そしてすぐに切り込んだ。

縁下の様に強烈なジャンプサーブを上げた!! と言う訳じゃないが……とは言わないでおこう。

 

兎に角、気合十分レシーブで拾い、そして拾うだけでは終わらなかった。

 

 

「影山ぁぁぁ、こいっっ!!」

「! 田中さん!!」

 

 

東峰の時と同じだ。

選手の状態を見て、最高のトスを持っていく。

今、この場面、明かに相手は田中を警戒しているが、それでも溢れんばかりの持て余したパワーをここで使わないのはあまりにも勿体ない。

 

 

田中はその勢いのまま、2枚ブロックの更に内側、インナーに打ち込んだ。

 

 

ブロックに掠りもせず、相手レシーバーにも拾わせない一撃。

 

 

「しゃあああ!! オラァァァァ!!」

 

 

そして、雄たけびを上げる。

 

 

「マジかよ……。つーか、烏野控えも結構ヤバいんだな。選手層は薄いって勝手に思ってた」

「うん。去年の戦績とかIH予選とか。ちょっとでも崩れたら~~って、勝手に思ってすまんでした」

 

 

田中・縁下と、活躍の回数こそ少ないが、それでも周囲を魅せるには十分過ぎる程の仕事を熟して見せた、と言える反応だった。

 

カウント24-21。

セットポイント。

 

「―――うっし、清水、山口呼んでくれるか?」

「! わかりました」

 

 

そして、烏養は次なるカードを切る。

 

 

「ひぇっ!!?」

 

 

当の本人はやっぱり慣れない。

 

 

「大丈夫! 山口なら絶対!」

 

 

がちがちの状態でやってきた山口に声をかけるのは火神だ。

清水と同じ場所に居たから、発破をかける事が出来た。

 

 

烏野(ウチ)で一番サーブ練してるのが山口だ! ―――ヒーローになって戻ってこいっ!」

「うひゃいっ!」

 

 

ばちんっ! と山口の背を叩いた。

緊張している相手に闘魂注入は逆効果……かもしれないが、それでも背を押したかった。

縁下の頑張り、田中の気合、全てが心地良く、いつまでも見て居たい気持ちになるが、それ以上に試合に戻りたい、と言う気持ちも全面に出てくる。

出られなくて悔しい、大事無くて良かったのは事実だけど、やっぱり試合には出たい。

 

そんな思いの全てを、山口の背に乗せたかった。山口の性格を考えたらきついのかもしれないが……。

 

 

「~~~~~ッ!! いって、くる!」

 

 

想いを受け取ったのかどうか、定かではない。

 

だが、これだけは言える。

 

 

山口は根性無しじゃない。

縁下もそう。

 

 

烏野に、根性無しはもういない。

 

 


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