王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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遅くなりすみません……
4月は鬼……

でも、なんとか投稿出来ました!
これからも頑張ります!


第155話 和久谷南戦⑤

 

 

 

 

 

 

 

 

―――忘れるな。

 

―――忘れるな。

 

―――忘れるな。

 

―――忘れるな。

 

 

 

 

脳内に、魂に刻み付けろ。

あの時の記憶を、決して忘れるな。

未来は定まってなどいない、自分の手で、自分達の手で切り開くものだ。

 

傍から聞けば、訝しられてしまうかもしれない思想だと言える。或いは何かの影響を受けたのか? 映画や漫画、それらの影響を受けてしまったのか? と思われる事だろう。

 

だが、決してふざけている訳じゃない。大真面目だ。

 

 

【――――これ、世界が、止まってるんじゃない……】

 

 

思考速度が極限まで高まり、極限まで集中した事で、まるで世界が止まっているかの様に思える。宙で止まっているかの様に見えるあの感覚とも似ている。体感した事があるし、伊達工業戦では東峰の最後のスパイクで視た事もある。敢えて言葉にすれば【ゾーン】に入ったと言う状態か。

 

この止まった時の世界で1人だけ動けると言う某奇妙な冒険の様な能力を得たのなら、天下無双と言っても良いが、生憎そんなファンタジーな世界じゃない。

 

自分に、考える時間を、思い出すだけの時間を、その猶予をほんの少しだけ得ただけに過ぎない。だが、それこそが最大にして最高の効力。

 

コレをいつも体現できる訳がない。今回入る(・・)事が出来たのも偶然。……いや、或いは必然だったのか――――いや、一番は【幸運】だ。

 

何故なら、忘れてないつもりだった。

 

覚えている、胸に刻み付けている筈だった。

でも、幾ら楽しさが勝つ状況だとは言っても、人並みに緊張はするし、スタミナも削られる。それゆえに、気づかぬうちに刻み、誓った想いが頭の中からそれが消えそうになっていた。………最後の最後の瞬間まで忘れてしまっていたとは、己の横っ面を張り上げたいし、いや、張り上げられた気分にもなる。

 

 

そう、深層意識ではハッキリと覚えてくれていた自分自身が自分自身の頬を思いっきり張って、思い出させた。覚醒させた。

 

 

 

変えられない? 筋書き通り? 違う。世界(・・)のせいにして良い訳がない。

変えられる。あの日(・・・)から、ずっとそのつもりで来た。

実力不足で敗北するのなら、まだ受け入れられる。後々、負けない様に、次は勝てる様に練習を積み重ねていくだけだ。

 

だけど……、コレ(・・)は嫌だった。確かに仕方がないのかもしれないし、バレーに限らずスポーツをしていれば普通に身近にありふれているものだ。

それでも、嫌だった。

あんな想いはしたくないし、見たくもない。

 

 

 

だからこそ、変えられる。それを、証明しよう。

証明したい。証明しなければならない。

これまでも、これからも。

何より皆と共にあれば、きっとなんでも出来る筈だから。

この物語は、自分達で紡ぎ、築き上げていく。ならば、筋書きに無い事くらいやってのけなければならない。

 

 

 

そして、今まさにその瞬間だ。

 

 

 

止まった時の中で、()とハッキリと目が合った。

 

 

 

 

この息が詰まりそうなラリーの中、思考もまとまらず、ただ本能のままに身体を動かしていると言って良い極限の状態。

故に、例え見えていても、例えこのままじゃ当たる(・・・)と解っていても、身体が勝手に動いてしまう事はあるだろう。

 

 

 

【俺が捕ります】

 

 

 

その目に訴える。

位置的に考えても、明らかに自分の方が近い、捕るのは自分の役割だ。

 

 

 

【この(ボール)は俺が捕ります。だから――――】

 

 

 

言葉が出なくても、目力で何とか相手に訴えかける。

バレーボーラーとしての本能、(ボール)に飛びつく本能を自制するなんて非常に難しい事くらい解る。

追いかけ続けてきたから。ここに居る誰よりも。

 

だけど、それでも叫ばずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【こっちに来ちゃ駄目だ!! 来ないでください!! 澤村さん!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、再び世界は動き始める。

 

 

「ッ――――――!?」

 

 

強烈な圧を、彼は……澤村は感じた。

 

今まで、ただ只管にここは必ず獲る、このラリーは大事だ、と皆に発破をかけつつ 自らも率先して(ボール)に喰らいつき続けた。

 

疲労をどうにか忘れさせて身体を動かし続けた結果……思考が鈍る、だからこそ考えずに動く身体の本能に身体に身を任せて動き続けたが……、この瞬間、この圧をその身に受け、一瞬たじろいだ。

 

 

ほんの一瞬、躊躇った。

 

 

それでも動く身体は止められず、もう地を蹴り始めていたので、止まる事は出来ない。

 

 

「ッッ!!」

 

 

躊躇いに身を任せた方が良かった、身を任せるべきだった、と判断したのはその直ぐ後の事。

あの圧の正体、危険信号、警報の正体は紛れもなくコレの事。

 

ぶつかる!

 

目の前に居る男と正面衝突をしてしまう。

そう思ったその刹那、歯を食いしばり、身を捩り、何とか回避しようとする姿が目に入った。

 

決して楽ではないあの(ボール)を見事に繋いで見せた後の回避行動。

バレーボーラーとしての技術、そして(ボール)を追いかけるいわば本能のままに動いていた筈の身体を、強引にねじ伏せている。

一体何処にそんな余裕があるのか、と澤村は思わず身震いしてしまった。

 

 

そして、それと同時に……自分もそれに見習わなくてどうする? と感じた。

如何に技術で、体格で、上に行かれようとも……、それをヨシとして主将の肩書を背負うなんて、あり得ない。

 

 

 

「ぬっっ――――ガッッ!!」

「――――――ッッッ!!」

 

 

 

どうにか、左右に割れようとした。

瞬時に相手が避ける反対側に、強引に身体の軌道を変えた。

 

ざりっっ……、頭と頭が、頭皮1枚程で済んだのは奇跡と言う他ない。

あのまま何もしなければ、頭と頭がぶつかっていた。紛れもなく。

熱で火照っていた身体が、一気に寒くなる想いだ。

 

 

澤村は何とか身体を起こすと、火神の方を見た。

 

 

「火神!!」

「ッ――――!??」

 

 

他のメンバーたちも同じだ。

傍から見れば、2人が正面衝突をした様に見えなくもない。交差した瞬間はハッキリ見えたのだから。

特に正面で見ていた西谷も顔を顰めていた。この手のケガに関しては日常茶飯事だと言える代物であっても。

 

 

「誠也! 大丈夫か!?」

 

 

急いで火神の方へと駆け寄る。

 

一気にざわつくベンチ内。

点は取る事が出来たが、……それでも最悪の光景が再び頭の中を彩ったのは言うまでもない。

あの悪夢は……ほんのつい数か月前の事だったから。

それはコート内でも例外ではない。忘れたくても忘れる事が出来ない悪夢。

 

 

 

だが、その誰にとっても悪夢の展開を振り払うかの様に、グッ、と身体に力を入れている火神の姿があった。

身体を起こすよりも先に、腕を上げて、親指を立てる。

 

 

 

「だいじょうぶ、大丈夫です!」

 

 

 

頭を擦った為だろう、少し血が滲んでいて、滴り落ちている様だが、即座に立ち上がり、ふらついている所も無い。それを見ればただの擦り傷、切り傷程度だと思えるが………。

 

 

「おい、火神! 大丈夫か!??」

 

 

だからと言って、選手の言葉と行動だけを鵜呑みにして診断OKとする訳にはいかない。

そして、笛の音も響く。

烏養がタイムを要求する前に、主審の判断で試合を止めたレフェリータイムだ。

 

 

「無理すんな! ゆっくりだ! つーか、あんま動くな! 手を貸してやれ!」

 

 

澤村や、東峰、西谷に心配されているが、兎に角 問題ないと身体を動かして見せる火神だったが、一先ず動くな、と静止させる烏養。

 

 

「火神! どこ打った!? 何があったか解るか!?」

「はい! 大丈夫です! 打った、と言うより思いっきりコートに擦った、って感じで。頭が痛いじゃなくて、物凄く熱いです! 火傷しそうになりました! ………と言うか、ハゲてませんよね?」

 

 

ヘッドスライディング、昔で言う日向が顔面ダイブになってしまって良く擦って熱い!! と喚いていたが、それを火神がしてしまった、と言った印象。

でも仕方がない。澤村と交錯しかけて、おまけに躱そうとして無理な体勢で飛び込んだのだ。

あの状況下で頭の側頭部部分を強打せずに擦るだけで済んだのは不幸中の幸い所の話じゃない。派手に頭を打ち付けて、大惨事になっていたとしても何ら不思議じゃない。コートの固さは(ボール)の比じゃないから。

 

そして、それ程までに勢いが凄かったから。

 

 

「火神君! 大丈夫ですか!? 今いる場所、解りますか??」

「はい、大丈夫ですよ。武田先生。頭打ってる感じはしません。えっと、場所は仙台市体育館で、相手は和久南、試合は第1セット終盤で重要で佳境で、あと少しです……!」

 

 

一種の興奮状態とでも言うのだろうか。火神はいつも以上に饒舌に話す。或いは問題ないと言う事を強調している様にも見える。

ただ、本当に大丈夫なのか、その判断は難しい……が。

 

 

「―――ぁっ」

 

 

火神の視界が赤く染まる。

一瞬、ぎょっとした火神だったが直ぐに出血して、それが目に入ったのだろう、と判断した。

軽く頭頂部辺りを弄り負傷箇所を確認。どうやら、なかなかに嫌な音がしたかと思えば、少々切っている様だ。

血のにじみ具合から察するに、そこまで深いモノではないだろうから、大丈夫だとは思うが……。

 

興奮していた様に見えるが、出血した事に対して、冷静に自分自身を診断している火神を見て、武田は少し安心した様に強張らせていた表情を明るくさせる。

 

 

「――――大丈夫そうですね。っと、澤村君! そちらは大丈夫ですか!?」

「はい、俺は大丈夫です。肩を少々打ったのと、爪を少し。どちらも痛みも殆どなく、問題ありません。ただ、出血は見られます」

 

 

火神程ではないが、澤村も指先から血が出ている。

バレーのルール上、出血が発生すれば外に出なければならないので、まるっきり問題なし、とは言えないが、あれだけの事が合って、この程度で済んだのは紛れもなく幸運であり……。

 

 

「すまん、火神。お前が入ってきてるの解ってたのに、身体が……」

「勝手に反応した、ですよね? 俺も経験ありますし、スゴク気持ちは分かります。と言うより、あのタイミングで回避してくれて感謝です。正面衝突してても不思議じゃありませんし。2人とも大丈夫でした! ……それに」

 

 

心配そうにしつつも、大事ない事にホッとしつつ……それでいて、しっかりと戦う準備は整えている先輩たちが視える。

烏養と話はつけているのだろう、出血を止める間、2枚替えを行うと言う事。

 

そう、縁下と田中の両名だ。

 

 

田中&縁下(ヒーロー)な先輩たちが、いますから心配も皆無です」

 

 

澤村、火神の代わりを担う男として、これ以上ない。

澤村は、火神の言葉を聞いて一瞬だけきょとん、としたが直ぐに顔を綻ばせた。

 

 

「火神にそこまで言われるたぁ、アイツらの成長度合いも半端ない、って事になるんだろうな。しっかり把握出来てないのが主将として実に不徳を致す、と言った所だが」

 

 

澤村は、ガシッ、と火神の肩を取った。

 

 

「……一先ず、俺らは血を止めて万全の体勢を整え直そう。背中は、あいつらに任せて」

「アス!」

 

 

試合に一瞬でも出られないのは辛い。でも、それを含めて実力。

大人である部分と子供の様な感性が入り乱れ、火神は少々身体を震わせていた。

それは澤村も解っている。

大きなけががなく良かった、それだけで一蹴出来る程、払拭できる程、火神は大人ではない。

 

 

「すまん、皆。ちょっと血止めてくる。……このまま、血ぃ止めてる間に、第1セット取ってくれてても良いからな」

 

 

澤村は軽く笑うと、得点版の方を指さした。

カウントは21-17

4点の差をこの第1セット終盤に付けているのは大きい。圧倒的にこちら側が有利だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫そう、だね」

「ああ。一瞬、俺らとやった時のが頭過った。烏野(あいつら)は俺以上に感じただろうな。……それも澤村と火神の2人同時とか。肝冷やした所の騒ぎじゃねぇよ」

「うん。その辺は俺も岩ちゃんと同意見」

 

 

一連の流れを見ていたのは青葉城西の岩泉と及川。

あの衝突は上から見ていてもかなりの勢いがあったのが解ったし、何事も無かった様に立ち上がった火神にも澤村にも少々驚いた。

 

 

「……ひょっとしたら、あの一瞬でせいちゃん、まーた何かしたのかも、ね」

「あ? どっちかって言えば、位置的に澤村が火神にぶつかりにいった、って感じだっただろうが。アレで火神の方が何をどうすればどうなる、ってんだ? 当たりに来るってわかってた訳でもあるまいし」

 

 

(ボール)が上がったラストの1球。

位置的に言えば、火神の方が近いから、岩泉が言う様に澤村が思わず飛びついてしまって当たった……と言うのが一番しっくりくるのだ。

 

 

「ただ何となくだよ。………ほんの一瞬に満たない時間だったけど、あの一瞬、交錯する寸前、なんか目が合ってた様にも思うんだよね。主将君は(ボール)を追いかけるのに全力だったと思うけど、どっちかって言えば余力を残してるのは落下点から比較的に近いせいちゃんの位置だし。せいちゃんなら、短い時間でも最短最善の選択()を選んでても不思議じゃないし」

 

 

及川の考え、それは確信がある訳でない。直感に過ぎないが故に、多分と言う言葉を使った。

ほんの刹那な時間、あの一瞬で何かを考え、そして行動に移すなど出来るとは到底思えないが、それでも火神なら何かしたって不思議じゃないし、驚かないから。

 

 

「つーか……オマエ、火神好き過ぎだろ。他校の1年相手にそこまでとか……きもっ」

「ヒドイなっ!!? いきなりナニ言い出すのさ!」

「その万分の一でも、影山にやってくれりゃ、王様~なんていわれずに済んでたかもしれねーよなー。どっかの大人気ない野郎のせいで、あんな歪んじまって……」

「ここで何で飛雄が出てくんの!!? 幾らなんでも無理矢理過ぎるでしょ!! それに歪んでるとかもまぁまぁヒドイな岩ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かを感じたのか、影山が何やらクシャミをし出した時、丁度コート内で変化が生まれる

 

「よろしく頼みます! 田中さん!」

「っしゃああ!! 任せとけぇ!!」

「たなかーー、ここでは脱ぐなよーー」

「脱がねーーっすよ! スガさん!!」

 

 

火神と田中が。

 

 

「縁下。血止める間任せた。俺の代わりは お前しかいない、って思ってるよ」

「ッ―――――はい!」

 

 

澤村は縁下と、夫々交代を済ませた。

 

澤村と火神が抜けた、と言う大きな穴が開いてしまったと錯覚する者は、この体育館、この試合を見ている者の中には決して少なくない。

だが、烏野の士気は全く下がらない。

 

 

「お父さんや澤村さんなき後、って考えたら……やっぱり縁下さんですよね」

「……え?」

 

 

それは月島のちょっとした本音? から始まった。

 

 

 

【コラァァ! ツッキー! その言い方俺死んだみたいに聞こえるじゃないか!!】

【ついでに俺もな。殺すな殺すな】

 

 

 

外から聞こえてくるクレームの声も、自分の緊張を解してくれる。月島も飄々としている。

少しの間とはいえ、大きな背中、あの背中の代わりに出るのだ。相応のプレッシャーを感じていた縁下だったが、徐々に和らいでいく。

 

 

「縁下さん。最初から早い攻撃上げても大丈夫ですか?」

「あ、うん。しっかり身体はあっためてきてるし、使ってくれて大丈夫だ」

「力ァーー! 和久南(向こう)の1番、外に吹っ飛ばしてくるから、頭に入れとけよー!!」

「おう。そっちも大丈夫だ。……頭に入れてきた」

 

 

寧ろ、ヤル事が多くて、プレッシャーに感じている暇等ない。

出れない時も目に焼き付けてきた。自分ならどうするか、どう仕事するか、考えてきた。

凄すぎる1年達が居るのだ。今まで通りでいられる訳がない。いついかなる時であっても、出れる準備はしてきているつもりだ。………まぁ、緊張は仕方がないが。

 

それと情けないかもしれないが、直ぐ外に彼らは居る。何を恐れる事があろうか。

あの時の様に――――もう、出られないなんて事はない。

 

 

「(バカ。例えそうだったとしても、澤村さんがリタイアしてしまったとしても、やってやるって気になれよ、俺! ここで3年生を終わりにする訳にはいかないだろっ)」

 

 

縁下は、情けない考えを頭に浮かべていたのを一蹴させた。

こんな根性なしな自分でも、頼ってくれる事がある。

 

 

あの火神にも練習中にも、普段でも何度でも頼られたのだ……。

根性なしだ、といつまでも居られる訳がない。根性なし、をいつまでも言い訳にして良い訳がない。

 

 

「…………(とは言っても まぁ、主に田中と西谷(こいつら)関係だけども)」

 

 

人並に……、先輩としての意地と言うモノだって持ち合わせている。

 

 

「っしゃああああ!! 暴れるぞ、力!!」

「おう! ……って、余計に力入れすぎて空回る事だけは注意しとけよ、田中。この間の町内会チームとの連続サーブミス、アレ頭に入れといた方が良いぞ」

「ッッ~~~、わ、わーってるよ! 心は熱く! 頭の熱く、だ!!」

「どっちも熱くすんな。頭は冷やすもんなの。ほらほら、その熱ぶつけるのは相手なんだから。火神や澤村さんの手前、情けないプレイできないぞ」

 

 

自分も気合を入れつつ、田中にも気合を、そして適度なガス抜きも施す。

その顔は、もう大丈夫だ。

 

もう一度ここに宣言しよう。

烏野の士気は全く堕ちない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな2人のやり取りを見て、そして何より澤村・火神と言う烏野2大選手と言っても決して過言にはならない選手替えに、弱体化も否めない……、今の点差でどうにか逃げ切ってくれ、と考えていた外野はちょっとだけ拍子抜けしていた。

 

 

「へぇ……、なんか意外だな。パッと見、気が弱そうな気もするけど縁下って」

「あーーっはっはっは!」

「んん?? どったの??」

 

 

嶋田の言葉に、大笑いするのは冴子だ。

 

 

「力が気が弱い、って言うのは大きな間違いだ。なんせ、ウチに来てる時、ウチに2年共が来てる時、その場の【首領(ドン)】はどっからどう見ても、力だったからね!」

「おぉ……、田中や西谷を抑えて、か。そりゃ凄い」

「ま、主にベンキョーする時なんか特に」

「……あー、それは なんか納得も出来たし、光景も頭に浮かぶわ……」

 

 

バレーの技術等では、後塵に配する事だってあるだろうが、嶋田の中で、頭の中で連想させたその部屋の光景は……、何ら違和感はない。学生の本分は学業だ。疎かにしてればバレー処じゃないのは、以前の東京遠征の時にも聞いた。

だが、縁下が首領(ドン)で、あの2年の問題児を引っ張っていってるとなると……簡単に想像できるし、どことなく安心感も覚える。

 

 

普段から2年を見ている訳ではないのだが、しっくりきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「清水先輩、ありがとうございます」

「ん」

 

 

清水・武田は手分けして火神と澤村の傷の具合、その手当に当たっていた。

何とか血を止めなければ試合に出る事が出来ない……が、それでも焦っても良い事はない。万全を期すためにも、大人しくしていた方が万倍良いのだ。

 

 

「澤村君のは―――、爪以外にも唇も切ってるみたいですね」

「はい。(こっち)は大丈夫そうです。舐めてれば治ります。血の味もしなくなりましたし」

 

 

澤村は武田の指摘に対して再び軽く唇の血を舌でなめとって答えた。

最初こそは口の中に、血の味、鉄の味が染みわたる……が、この程度の切り傷はこれまで幾らでもやってきた。だからこそ、自己診断で解る。現在、最初に比べたらないも同然。

 

自分は大丈夫、後は所々の出血箇所をどうにか……と、それも時間の問題だと自己診断をしつつ―――清水と火神の方をチラリとみた。

 

少々妬ける気もするし、男心ながら羨ましい!! と思わなくもない。武田先生には非常に申し訳ないが、男子の性だから仕方ないし、先生も同性。解ってくれる事だろう。

 

だが、それは普段の調子であればの話。今の様な緊急事態の分類に入る様な場面で、その様な邪な考えは主将としてもあり得ない! ……まぁちょっとは仕方ないが。

 

それに、清水だからこそ良いともいえる。

ある意味、烏野のお父さんを御する事が出来る唯一の人材だ、と澤村は思っているから。

だから、清水に火神の事は任せ、自分は自分に集中、そしてコートにも視線を戻すのだった。

 

 

 

「……正直、肝が冷えた」

「ッ……お騒がせ、しました。すみません……」

「別に謝る事ない。だって火神も澤村も全力で頑張ってるから。……勝つために頑張ってるだけで、誰も悪くない」

 

 

頭、そしてそれ以外にも澤村と同じく指の爪、簡単な応急手当ではあるが、それだけで十分だと、安心して良いんだ、と自分で自分に言い聞かせつつ……清水の頭の中では、先ほどの光景が頭を過ぎていた。

 

清水にとっても忘れる事は出来ない青葉城西戦での事故。あの時の気持ちが全面に押し寄せてきた。

でも今は心底安堵している。

口に出さなければ、他人から見ればわかりにくいかもしれないが、清水は心の底からほっとしていた。

 

 

「……こればかりは、本当に仕方ない。私もそれはよく解る」

 

 

運動部(陸上)出身の清水も、スポーツとケガは付き物だ、と解っている。どんなに気を付けたとしても、どうしようもない事も解っている。

 

 

「でも、こう思わずにはいられない……」

「?? どうしました?」

「ん。何でもない。ほら、動かないで」

 

 

清水は火神の頭を、髪をかき分けて出血箇所を見つけるとふき取りつつ、応急手当をしていく。

 

 

 

「(無事で……本当に良かった)」

 

 

 

その傷を見て、心底そう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大地に火神。……そのメンツが抜けた後どうするか? って考えたら、やっぱ縁下だよな。何より、暴走2年の手綱握れてるのは縁下だし」

「ははは……、それに火神にもメッチャ相談されたり、ヘルプ受けたりしてましたよ。まぁ、オレらにも来ますけど、解決率で言えば縁下が圧倒的なので」

「情けなくもあり、縁下だから、って思ったら納得してる自分もいたり………」

 

 

縁下の背中をしみじみと見ながらそう評するのは菅原、木下、成田。

少々、情けない気もしなくもないが、それでも適材適所、得手不得手と言うものはある。

 

 

「心当たりあるんじゃない? 2人とも」

「……ありまくりです」

「確かに、って今更ながら……」

 

 

そして、縁下の印象については、今ベンチにいる残りの1年、日向や山口も同意していた。

よくよく思い返してみれば………結構火神の相談に乗ってるシーンが目立つ。何が影響しているのかは、言うまでもない。

 

 

「まぁ、熱すぎる田中と冷静沈着な縁下。ある意味理想的な2枚代えだよ」

 

 

 

菅原はそう言うと胸をそっとなでおろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、試合は縁下のサーブで再開される。

 

 

「縁下―――ナイッサーー!!」

「落ち着いてけよーー!」

 

 

いきなりの交代で、一番緊張するサーブ。視線も声援も、全てがこの瞬間は自分に集中する。大事な場面で重要な役割。緊張しない訳がない。

でも、縁下が打つサーブ種はフローターサーブ。威力こそはないがサーブ成功率、狙いの精度、それらが一番高いサーブだ。そして何より練習もしてきた。

緊張していたから外しました、なんて情けない事は言ってられない。

 

 

「――――フッ!!」

 

 

相手のエースを牽制する、と言う意味でも狙うは川渡・中島の両名。

お見合いでもしてくれたら最高だが……、流石にそこまで上手くはいかない。

 

 

川渡(タビ)!」

「オレが捕る!! オーライ!!」

 

 

声掛けをし、威力もそこまでないフローターサーブだ。問題なく処理されて、Aパスでセッターに返球された。

そのまま、流れる様な動きで、完成度の高い連携で、鳴子に上げる速攻(Aクイック)

烏野のブロックは1枚。これで止めれる可能性は極めて低い。

ならば、月島が、どうにかコースを絞ろうとブロック跳び……そして。

 

 

「ふんがーーー!!」

 

 

試合本日初出場。田中はあふれ出んばかりの気合に身を任せて、速攻の(ボール)に食らいついた。

まるで、固くなる事を知らないのか、緊張と言う言葉も知らないのか。出たばかりの選手とは思えない程の機敏な動きと反射で見事に(ボール)を掬い上げて見せた。

 

 

「ナイス田中!!」

「ッ―――!!」

 

 

そして、それに呼応する様に共鳴する様に、途中出場組が光る。

田中が見事に拾ったとはいえ、威力のある速攻を受けたのだ。拾っただけでもファインプレイ。(ボール)はサイドラインを割って外へとはじき出される。

 

それでも、縁下もあきらめずに(ボール)に追いすがった。

腕を伸ばし、絶対に捕る! と言わんばかりに気合一発のレシーブ。

 

 

「うおおお! つながった!!」

「ラス1!! 返せ返せ!!」

 

「返ってくるぞ! チャンスボール!」

 

 

最後は西谷が返球。

確実に決まった手応えだったのに返された事に少々驚きを見せるが、それも一瞬だ。

 

 

「こっちだ!! 花やん!!」

 

 

中島のレシーブ、そしてそのまま流れる様な動きで中島が自ら撃ちに行く。

今度は2枚ブロックが揃っているが、関係なく。

 

 

「!! クソッ―――!!」

 

 

影山の手が今度は狙われて、そのままエンドラインを大きく越えた。

今回の(ボール)には追いつく事が出来ず、そのまま和久南側の得点。

 

21-18

 

 

「気合の入ったレシーブ見せてくるな。……良いじゃん。烏野の控えの層も厚い。――――でも」

 

 

中島は、いきなり入ってきたばかりの両名の魅せるプレイ、意地ともいえる初っ端のプレイに驚き、賞賛を送る………が、今の状況を鑑みれば、それどころじゃない。

点差、劣勢、不利、何より場面は間違いなくチャンス。

 

 

 

「――――フッッ!!」

 

 

中島の強烈なジャンプサーブが炸裂。

狙われたのは、縁下。

気持ちも籠ってるのも解るし、出てしまった選手の想いを背負ってるのも十分感じる。

それでも、負けられない想いは自分たちも同じだ。

 

 

「!! くっ、そ!!」

 

 

(ボール)は視えた。

でも、威力が外から見ていた想像以上。

殺しきる事が出来ずに、そのまま相手のコートへと返り――――着弾地点はアウト。

 

 

カウント21-19

 

 

 

「悪いが、守備力は落ちた()に変わりない。……ここで一気に取り返させて貰う!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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