王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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ショーセツバンは、実は2万字くらい出来上がってましたので……、135、136話はショーセツバン中心に執筆しました。

次の話くらいで、漫画の方へと向かうかと思われます。


頑張ります!


第136話 頑張れ縁下力

 

セミがうるさい。

 

 

当然だ。外は真夏も真っ只中。セミが鳴くのは当然だし、それが仕事だと言っても良い。

たった1週間程で生を費やす、文字通り命を燃やしている鳴き声だ。敬意を示さなければならない………、と割と現実逃避気味な考えをしていたのは、縁下だった。

 

辟易している。間違いなく。ただ、それはセミに対してのモノじゃない。それは単なる八つ当たりに過ぎない事を縁下は知っている。

 

その根源が、間違いなくこの先に――――階段を上がった直ぐ先にある。

部室、と言う名の場所に……。

 

 

 

「うーす」

 

 

 

それはそれとして、取り合えずいつも通りに心掛けるのは忘れていない。

自身の気分次第で態度を変えるのは、正直後輩たちには見せられないモノだからだ。

 

ただ―――一部例外を除いて。

 

 

「あーー、セミがうっせーーな!」

「1週間と言う短い生には同情しよう! だがしかし、うるせぇ! 確かにうるせぇ!」

 

 

ロッカーの並ぶ部室の中央。

見慣れぬちゃぶ台に向かってダラリと座って外のセミに文句言っている異様な光景。

 

誰か? なんて聞かれるまでも無ければ言うまでも無い。……田中と西谷だ。

 

確か、そのちゃぶ台は、昨日の練習後の査問会? か何かを開くとか開かないとかで、何処からともなく用意された物だ。

 

例によって、査問会の中心人物は火神。

 

火神からトンデモナイワードが飛び出したらしい。……勿論ながら、2人にとってそのトンデモナイ(・・・・・・)ワードになるのは、清水を経由したら、になるが。

 

 

思い出しても頭が痛くなりそうな光景。

 

 

何でも、火神の身内―――兄が結婚を近々に控えているらしい。

それはめでたい事であり、何ら問題の無い事なのだが、巡りに巡ってソレは 厄災を運んできた。

 

 

最初は同じクラスの谷地に伝わり、軈ては面識のある日向へと伝わり―――当然、谷地からは清水にへとそれとなく伝わる。

 

清水は兄弟姉妹はいないから、あまり実感が沸いたりしないが、当然めでたいのは間違いない。

 

火神兄は、かなり破天荒な人らしく、その辺りは火神に似ても似つかないらしい。

ただ―――面倒見が良い兄貴分、と言う事で日向が結構懐いていた様なのだ。

 

家族構成で話題に上がるのは結構珍しい事だから、皆巻き込んで話が弾んでいた……が、清水の口から【結婚】と言うワードが出た事、タイミングを見計らったかの様に、丁度その頃に田中&西谷が参戦した事も相合わさって、査問会。

 

 

火神は何も悪く無ければめでたい事でもあるので、当然縁下が仲裁に入って終わりを告げた。

 

非常に面倒くさい。物凄く面倒くさかったのは言うまでも無く、そんな中で唯一良かった事は、火神に礼を言われて、何時かそのお礼を返す~~と言う言質を貰った事だろうか。

 

別に恩義(ソレ)を理由に何かよからぬ事をしようとかは企んでないが、何となく儲けた気分になってしまった縁下だった。

 

 

 

 

 

―――閑話休題。

 

 

 

 

 

縁下は、昨日の事を思い出して現在の思考停止に陥ってしまっていたが、その時間は凡そ0.5秒間程。

直ぐに現実と向き合い、状況を確認。

 

ちゃぶ台の上に置かれているのは、どう見てもアレだ。……夏休みの課題だ。

 

それを確認するや否や、一瞬で部室の中へと足を踏み入るのを止めた。

宙で止まっていた足は、部室内に踏み入る事なく、そのまま引っ込められ、身体もゆっくり引き戻し―――パタンっ と扉を閉めた。回れ右だ。いや、部活が始まるまで個人練習をするのも良いだろう。

 

今、体育館ではこんな早朝だと言うのに、声が、(ボール)の音が響いている。一体誰か? なんて、それこそ考えるまでも無い。影山・日向・火神が我先にとやって来て早々朝練習を始めているのだ。

底なしの体力である。

 

曲りなりにも先輩だ。付いて行くのは難しい……、否、無理なのかも知れないが、足掻いてみるのも悪くない。

 

部室の中へ踏み入るよりは、疲れない。……と縁下が回れ右をしようとしたその時だ。

 

 

その扉は、勢いよく中から開かれた。

 

 

「おいコラ!! 縁下! 何故逃げる!?」

 

 

田中の坊主頭が出てきて、猛犬の様に噛みついてくる。

そして、実に対照的に、座ったままの西谷は背筋伸ばして、キリッとした顔つきをして、縁下に言った。

 

 

「どうしました、力さん。オレ達は、真面目に夏休みの課題をやってるだけデスよ?」

「なんで敬語なんだよ、胡散臭い。そもそも、そのちゃぶ台、またどっから持ってきたんだ? あの(火神の)査問会が終わったと同時に消えるモンだと思ってたよ」

「何言ってるんだい? 力さん。物がそう簡単に出たり消えたりする訳ないじゃないか、HAHAHA!」

 

 

胡散臭い+忌々しそうに言う縁下。

田中&西谷は、これから始まる任務(ミッション)の難易度の高さを、その縁下の顔に見た気がした……が、決してここで諦める訳にはいかない。諦めたらそこで試合終了だ。

 

 

「あぁ~~確かにな! 縁下! 火神の件はめでたい話だった! うんうん、兄ちゃんが結婚だろ? そう、実にめでたい!! オレの姉ちゃんもいつか結婚したりすんのかなぁ!? …………ま~~~ったく想像出来んが」

「姐さんの相手ッツんなら、オレが認める様な強ぇ男じゃねぇとあり得ねぇぜ! 龍!」

「あ~~~…… いや、オレのねぇちゃんだぜ? ノヤっさん。言われるまでも無く、捕まえてくんだろ。強引に……」

「おい。良い風に纏めようとして、田中の姉(別の人)を絡めてるが、お前らの勘違いで、後輩イジメになってんだから、そろそろ自重しろよ。そんなだから、清水先輩に呆れられるんだろ。――――ああ~、お前らにしたら、それ自体がご褒美だったっけか……?」

「「!!!」」

 

 

縁下の言葉に、はぅっ!? 声を揃える田中&西谷。

 

 

「た、確かに、潔子さんのあの表情はオレにとって、ご褒美かもしれねぇ……超特大のよ……だが」

「お、オレもだぜ、ノヤっさん……だけどよぉ……」

 

 

 

「「火神が羨ましすぎるんだぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

 

2人して、同時に見合わせると突っ伏し、ばんばん、と部室の床を叩く。

 

今日が夏休みで良かった。今日がテニス部は休みで良かった。

 

何せ、バレー部部室の下が、彼らの部だから。身内が迷惑をかけるとなると……、外部(別の部活)にまで迷惑をかけるとなると、更に頭が痛くなる案件だ。

 

 

 

 

 

 

 

「火神が良いヤツだなんて、そんなもん、とっくの昔だ!! 解らねぇワケが無い!! あんな尊敬する様な目で見られる事なんざ、今の今まで無かった!!」

「練習超真面目! 礼儀超正しい!! 癖モンだらけの中の1年! きらりと輝く宝石も同然なんだーーーー!!」

 

 

 

「「だけど、潔子さん絡みは別モンなんだぁぁぁぁぁぁ!! うぉぉぉぉぉぉんっっっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

号泣してるのか? と思われる程の魂の慟哭が部室内に響く。

今日、夏休みで良かった。

バレー部が基本一番早い練習時間で良かった。

 

近所迷惑な奇声だから。

 

 

「力!! 潔子さんの美は皆平等な筈!!」

「どうすれば、その施しをオレ達も成就する事ができようか!?」

「「教えてくれ!!」」

 

 

縁下は、呆れた様に肩を竦めた。

そもそも、成就とは物事を成し遂げる事だ。……願いが叶う事でもあるから、強ち間違っちゃいないが、完全に他人任せな上に、平等と言うなら清水にだってその権利はある。

 

確かに不平等感は、感じると言えば感じる。でも、だからと言って清水が他を疎かにしている場面は一切ない。今まで通りに+αを加えただけだ。

 

 

それを延々と訥々と説明してやろうか、と思った縁下だったが、時間がいくらあっても足りない上に平行線なのが目に見えているから、早々に諦めると。

 

 

 

「取り合えず、土下座止める所から始めれば?」

 

 

 

当初に戻った指摘をするのだった。

 

だが、これはこれで話が逸れて良い、とも思う。

最初に見かけた時は、明らかに課題を手伝え、案件だった筈だった。

 

でも、火神の話題に代わるや否や、現在の状態。

 

 

「(火神に頼っちゃってるみたいで、なーんか気が引けるケド……、まぁフォローするからな、火神)」

 

 

火神の話題が生まれた事により、迷惑かからなくなった。間接的には火神のおかげであるのは確かだが……、先輩として思うトコはあるので、縁下は心の中で感謝をしつつ、またフォローを、とも思うのだった。

 

 

 

勿論―――この時 早々朝練をしている体育館内で、火神は盛大にクシャミをしていたりするのである。

 

 

 

それ以上の事は何もない、助言出来ない旨を伝えて、縁下は早々に着替えを済ませて、部室から脱出を図ろうとした時だ。

 

【はて? この紙は……】

 

 

と、背後から悍ましい(笑)声が聞こえていた。

清水ネタ、火神ネタで盛り上がっていた筈なのに、ちゃぶ台の上に積み重なってる紙の束が目の中に入ってきた様だ。

 

思い出さなくて良いのに……。

 

 

「力ぁぁぁぁ!!」

「縁下ぁぁぁ!!」

 

 

完全に思い出したのを悟った縁下は。

 

 

「課題なら手伝わないぞ」

 

 

先手を打った。

見事なまでのカウンターの一撃を受けた田中&西谷は、後方へと吹き飛ぶ? と同時に息を切らせながら言う。

 

 

「な、なぜだ……!?」

「何故バレた……!?」

 

「折角、別の話題で忘れたと思ったのに。これ見よがしに部室で勉強してる時点で見え見えなんだよ。一次予選ン時にも言ったよな? オレは絶対に手伝わない、って。自分達で勝手にやれよ」

 

 

完全に突き放す構えの縁下。

そのまま部室を後に―――としようとしたが、田中がすれ違いざまに優しく肩を叩いた。

 

先ほどの慟哭、魂の悲鳴は何処行った? と聞きたくなるくらい、慈愛に満ちた様な表情。……その中にはわずかに真剣味も帯びており、中々の役者だと思わずにはいられない。

 

 

「……なんだよ」

「そんな悲しい事言うなよ、縁下。オレ達はチームで、バレーボールはチームプレーだろ? 繋ごうぜ、課題(ボール)を」

 

 

臭いセリフを吐いてくるが、当然ながら縁下は感化されたりしない。

 

 

「ああ、そこにリベロがいるだろ? どんな(ボール)も拾ってくれるウチの守護神だぞ。適任だ」

 

 

縁下が指をさした先で、西谷は嬉しそうに胸を張った。

 

 

「おう!! オレに任せとけっ!!」

「おぉぉ、ノヤっさん……!!」

「わっはっはっは……、んん? あれ? どうした? オレ、何の話をしてたんだっけ?」

 

 

乗せられて煽てられて、田中は縁下を離してしまった。

西谷も視線を外してしまった。

 

スパイカーやビッグサーバーから一瞬でも目を離せば、強烈な(ボール)を捕まえる事など、無理に等しい事を知っている筈なのに……。

 

 

気付いた時にはもう遅し。縁下(ボール)は、とっとと部室を出て階段を下りて行ったトコである。

 

 

「最近、面倒は火神(お父さん)が引き受けてる感があるとはいえ、それでも面倒は面倒だからなぁ……」

 

 

縁下。

 

人知れず、火神をお父さんと呼ぶの巻……ではなく、兎に角2人に巻き込まれる事を回避する事に成功し、安堵の表情。

助け船を出すのは容易だが、完全に要求のベクトルが、自分自身に向いてる今回の案件は、非常に面倒で困難。

 

何せ、一番凶悪? なのは、気付いたら……下手したら、ごく自然の流れで、田中や西谷のペースに巻き込まれてしまう可能性が極めて高い事だ。

 

清水程徹底する事も出来てない縁下は、そこにやられる可能性が高い。

皆のお父さん、火神なんか、抗う事さえ出来てないのが現状。

 

上級生たちしか、看破出来てないのが現状なのだ。

 

 

それは兎も角、部室から声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「失敗か!!」

「いや、まだだ! まだ次がある!」

 

 

 

全くを持って諦めてない2人の声。

朝っぱらからのこのBGM。更に夏の焼け付くような暑さが合わさって身体を重くさせる。

 

 

 

「せめて、オレに聞こえない様にいえよな……」

 

 

 

縁下は、そう言って愚痴るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みは辛い。

ただの休みなら、満喫するだけだから、夏休みは最高かもしれないが……、部活をしている者にとっては別だろう。

 

それに恐らくどの部活動も……運動部も同じ悲鳴を上げる部員は大なり小なり居る筈だ。

学業が無いから、連日早朝から夜まで、1日中部活なのだから。

 

外の部活なら、夜暗くなったら、照明器だけじゃ心許ないから……と終わりになるかもしれないが、生憎、体育館系の部活にそんなものは無い。

 

夏は蒸し暑く、冬は凍えそうな程寒く……、それが体育館と言う建物。

 

 

「シッ!!」

「火神ナイスキー!」

「ナイスキー!!」

 

 

そんな中でもパフォーマンスを決して落とさないのが、我らがお父さんを筆頭にした、体力オバケたちだろう。

スパイクの1本1本威力が全く落ちない。それを見て触発されて、我もが! と向かうが、限度と言うモノがあろうだろう。

 

 

「暑っつ……」

 

 

言わない方が良いのは決まっているが、それでも言わずにはいられない。

スパイク打って、即座に別の場所でレシーブにまで加わっているバケモノ、それに食らいついていくバケモノ、負けじと張り合うバケモノ。……やっぱり限度と言うものがある筈だ。絶対。

 

 

「アッヂィィィィィィィィィィ!!!」

 

 

そんな中、張り合いに張り合っていた2年筆頭株の1人である田中がとうとう奇声を発した様だ。

 

ネットの前で、影山と交代でトスを上げていた菅原が思わず苦笑いする程の声。

 

田中はいつも通り脱いで上半身裸になっていた。

一目見た感想は当然ながら――――暑苦しい。

 

 

「脱ぐなよ田中。余計に暑苦しくなる」

「……縁下よ。一度脱いだシャツを着ろと言うのか? おまえは汗で肌に張り付くシャツをふたたび着ろ、そう言うのか!?」

 

 

汗で濡れ濡れなTシャツを掲げて寄ってくる田中に縁下がピシャリ。

 

 

「それ近づけるなよ。汚いだろ」

「んなっ……!!」

 

 

大袈裟に仰け反った田中。

だが、急にスッ、と優しい目になる。

 

 

「あぁ、さっきも思ったが縁下よ。……お前、もしや………?」

「ああもう、暑苦しいな。もしやなんだよ?」

「ふむ。ならば、彼に聞いてみようか。………我らが優秀で優しく、慈愛に満ちている後輩、火神君に」

「はい?」

 

 

キランッ! とロックオンされたのは火神である。

これまたタイミングが最悪。

(ボール)を清水から受け取ってる場面に出くわし、更にはその(ボール)を持って、スパイク側へと戻ってきている場面。

縁下は申し訳ない―――と思いつつも、暴走を止める手立てがないのも事実だから、心の中で合掌するだけに留まった。

 

そして、田中は火神を呼ぶ。

 

 

「火神君や?」

「!! ど、どーしました? 君?」

 

 

驚きつつも、………田中が変な呼び方をする時は決まって、何やら不穏な気配がするのは火神とて解っている。

そして、何より清水と対面したタイミングもある。……マネージャーなんだから、対面したり話したりするタイミングなんて腐るほどあるだろうに。

 

 

オレは(・・・)汚くないよな? 火神君!」

「へ? 田中先輩が?」

 

 

所がどっこい。

ちょっぴり身構えていた火神だったが、想定外の質問に対して目を丸くさせた。

 

そもそも、誰が先輩を汚いなど言う事があるだろうか? と言うのも置いといたとして、火神は即答(ノータイム)で返す。

 

 

「いえ、そんな事ないですよ?」

「ほら見てみなさい、縁下よ。……やはり、反抗期なのでは?」

「火神まで呼んで、引っ張りに引っ張った挙句が、反抗期かよ。も、さっさと打て。そんでもって、その菩薩顔もうざいからヤメレ」

 

 

スパイク順番を待っていると言うのに、田中のせいで中断させられている。

田中もいつまでも中断させるワケにはいかぬ、と言う訳で、半裸全力スパイクを叩きこんだ。

 

まだまだ元気である証拠だ。

 

火神は火神で【???】と頭に沢山浮かべていたのは縁下にも分かったから、【ごめん、気にしないで】と添えた。

 

 

その後、田中の次が縁下。

 

菅原のトスが上がる。縁下は軽く助走をつけて両足で踏み込んだ。

癪な話ではあるが、田中はバレーの練習においては熱心だ。レギュラー争いにも虎視眈々だ。スパイクの威力に関しても、と色々と尊敬すべき点は多くある……が、それを帳消しにしてしまいかねないのが、日頃の行い。

 

縁下とて、負ける気はない。根性無しだと自分で自分の事は思っていても、負けず嫌いさは持ち合わせてるつもりだ。

 

 

田中は勿論、その更に先のレギュラーたちの力量はとんでもない。

 

色んな感情をその手に宿し、跳躍しながら全力で打ち込む。

 

 

 

―――何が反抗期だよ!!

 

 

 

込めた感情の根幹は、やっぱり田中だった。

強烈なスパイク、鋭角なスパイクがコートに突き刺さる。

 

 

そんな力強い縁下のスパイクを見て、澤村は嬉しそうな顔をした。

今の一撃は、コースも読みにくければ、拾う事だって難しい。そんな一撃だったから。

 

 

「おおっ、縁下のやつ、なんか迫力出てきたなぁ。パワーも上がったか?」

 

 

オレも負けてられない、と澤村も手に力を籠めるのだった。

 

 

 

「おお~~、縁下さん。今の一撃やべーー! ……負けられんッッ!!」

 

 

そして、当然ながら日向も触発される。

縁下が放ったスパイク、その(ボール)を追いかけて、漸く拾い……そして思う。

 

 

「(西谷先輩や誠也だったら、アレも反応するんだろうな………)」

 

幾度もスーパーレシーブを見せられている日向は、その光景が目に浮かぶかの様だ。

 

縁下のスパイクを、目で追いかける事は出来たが、瞬時に判断してコースを読取り、更にはあんな強打を真っ向から受け止めるかの様に拾う事なんか出来るだろうか?

目の前に浮かんでいる光景の様に、鮮やかに華麗に拾い上げる事が出来るだろうか。

 

 

―――否! まだ(・・)出来ない。

 

 

 

 

「っしゃああ!! オレだってやってやるっっ!!」

 

 

(ボール)を強く両手で、バンッ! と挟み込むと大きく吼える日向。

ヘタクソならば、練習を重ねれば良い。烏養前監督の所でも練習している。影山が寝ていた時だって、自転車漕いである意味練習になっている。積み重ねていけばなんとかなる!

 

 

殆ど火神の受け売りではあるが、我が身に言い聞かせるように日向は吼えに吼え続けて――――後頭部に衝撃が。

 

 

「ボエエエエエ!!!」

「わーーー、翔陽っっ!!」

 

 

火神が打ったスパイクが日向の後頭部に直撃。

不意打ちだった為か、思わずダイビングヘッドの形で倒れてしまった。

 

ただ、勿論ダイレクト・ヒットではない。

 

鋭角に打ち下ろして、大きく撥ねた(ボール)が日向に当たったのだ。

 

 

 

「今、顔から行ったね……」

「今のは、どー考えたって、今そんなトコで背向けて考え込む日向が悪いデショ」

「日向ボゲェ、ボゲェ!!」

 

 

 

脳天直撃したと言うのに、日向の心配をしてくれる者は皆無だった。

 

 

 

 

「………最近、月島も何気に元気だよなぁ…」

「あ、木下も思う? オレもそう思う……」

「それに、縁下のさっきの一撃だって、ヤバくね? 化けた?」

「オレらも負けてられんな……」

 

 

忘れ去られそうな感じがする……。

嫌な感じが心の中でしていたが、2年生、目立たないかもしれないけれど、皆頑張ってます、と言わんばかりに、成田と木下は 目立ちに目立ってる超高校級な1年生達を見て、苦笑いをするのだった。

 

 

 

 

 

 

1日の練習ももう終わりを告げつつある。

最終メニューも終わり、後は自主練習主体のモノ、それももう終わりだ。澤村が音頭をとってラスト! の声もかかって、そのラスト、も終わりに差し掛かっている。

 

そんな中でもラストをエンドレスにさせてる者もいるが……。

 

こんな感じで、ラストの時間いっぱいまで練習して帰る者もいれば、早々に切り上げ、示し合わせて何処かへ立ち寄る相談をしてる者もいて……。

 

 

「アレ?」

 

 

ここで縁下は違和感を覚えた。

最近は、自主練習では、結構遅くにまで残って練習していく者しかいないのだ。

例外があるとすれば、日向が烏養前監督の所へ行くために、少し早めに上がるくらいで、基本的には自主練が始まったと同時に帰る者はもういなくなってる。

 

 

あの月島でさえ、残って練習をしていってるのだから。(結構失礼)

 

 

そんな感じなのに、一際喧しい田中と西谷の2人組が何処にもいない。

一番最初に居なくなっている。

 

何故だろう? 最後に見た光景は……2人して走ってる様子、だろうか。それがピンポンダッシュならぬ、帰宅ダッシュだったとは到底思えない。

 

何せ、あの2人は間違いなく部では上位に位置する程の体力持ちな筈。

東峰先輩を見る為~ と西谷は残ったりもしていたし、田中は田中で 常日頃から燃えてるから練習に対しては嘘はない。

 

時間が赦す限り練習はするだろう、帰るのは最後だろう、と踏んでいたのだが……。

 

 

「何か嫌な予感」

「あ……、多分あってると思いますよ、縁下さん」

「うぉっ! か、火神か。ビックリした……」

「あはは、すみません」

 

 

縁下の独り言を聞かれていた事に驚きを隠せれないが、それ以上に火神の言う【あってる】の部分が気になってくる。

 

 

「それで、多分あってる、ってナニが?」

「あ、いえ……、多分、田中さんや西谷さんの事、だと思いますが……」

「………エスパーですか? お父さん」

「違いますって」

 

 

唯一無二の先輩たちになって欲しい……と常々思ってるのが、縁下・木下・成田の3人だ。

確かに原作では絡みが少なかったかもしれない。影が薄い! と思われてたかもしれないが、そんな事は無い! と力強く断言できるのは火神だったりする。

濃密な時間を共に過ごしているからこそ、良く解ると言うモノだ。

 

何より、その唯一無二の2年生達は、自身の事をおとーさん呼び定着してない。

そのことは3人とも解っている様で、影で言うならまだしも、本人に直接は~~と、ちゃんと合わせてくれているのだ。………ただ、やっぱり稀に縁下の様にポツリと言っちゃう事は多々ある。

 

 

それは兎も角。

 

 

「さっき、西谷さんが【作戦Sだ】とか、【縁下カクゴ!】とか言ってましたので――……」

「………」

 

 

2人の企みをちゃっかりバラしてしまう火神も、それなりに、ちょっとした仕返しのつもりになっているのかもしれない。

勿論、楽しんでる前提ではある様だが。

 

 

「ナニ? 作戦Sって」

「さぁ……? そこまでは流石に解らないですが……」

「火神、ついてきてくれたりする? オレあの2人に追い回されてて」

「ええ!? ……戦力外じゃないですか? あのお2人相手なら……。バレーなら頑張ります! って言いたい所ですが、違うんでしょ?」

「………あぁ。課題だ。夏休みの」

「……………」

 

 

苦笑いをする火神と縁下。

 

実を言えば、恐らくは高校2年の勉強範囲位は、何となく覚えがある。前世でも、文武両道をモットーにしていた……様な気がするから。

 

でも、だからと言ってそこまでの力? を発揮させるつもりも、披露するつもりも毛頭ない。タダでさえ、結構目立っているのに、2年生の勉強まで見た日には、それどころじゃないだろう。

 

 

「やっぱ駄目でしょ。田中さんと西谷さんにもプライドがありますし。……後輩が勉強見る~~なんて」

「それもそっか……。ヘンな事言って悪いな火神。まだ練習して帰るのか?」

「アス! ほら、今も待たせてて……」

 

 

ちらり、と振り向いた先には影山と日向が居た。

どうやら、今はレシーブ練習をしているらしい。火神がサーバーの様だ。……交代で行うのだろう。

 

 

 

「オレは、何か腹減ったし……、もっ、限界だから帰るわ。お前らも長く残り過ぎるなよ? 大地さんに怒られない様にな」

「あ、アス! ちゃんと言っときます」

「ん。宜しく頼むな。(それにしても、作戦Sってなんだ?)」

 

 

 

 

 

そして――――その後、直ぐに縁下の疑問は解消される。

 

後輩が練習しているのに帰るのは心苦しくもあるが、体力には限界ってものがあるし、もう残ってるのは少数。……仕方ない、と言う事でその帰り道。

 

小腹が空いたので、いつも通り【坂ノ下商店】に立ち寄った。

 

烏養コーチには、ちゃんとしたメシを食う様に、と言われているが、勿論ちゃんとしたメシを食う事前提である。

 

家に帰るまでの繋ぎとして――――、商店内に入ると。

 

 

「うわっっ!!」

 

 

まるで、縁下が来るのを待っていたかのように、こちらを見ていた2人の客。

勿論、田中と西谷だ。

 

坂ノ下商店にある飲食コーナーのテーブルに、朝部室で見かけた様な光景が広がっていた。

課題のプリントの山、である。

 

 

「おまえら、なんか、作戦がどーたら言ってたが、この事かよ………」

「友よ! くると思ってたぜ!」

「作戦S、完了ってヤツか!?」

「Sってなんだよ……」

「そりゃ勿論、()かのした、商店!!」

 

 

どうやら、坂ノ下商店、その頭文字(イニシャル)から来ている作戦名らしい。

ガキか、と思ったのと同時に更に思ったのがこちら。

 

 

「ストーカーかよ。そこまで用意してるなら、さっさとやって終わらせればいいだろ。ぜんぜん手をつけてないだろうが、それ」

 

 

あくまで、2人のはやってるフリなのだ。

一切先には進んでいないのは見ていて明らか。

 

なんだけど……。

 

 

「力!! オレたちの夏には、お前の助けが必要なんだ!!」

「そうとも!! 縁下いなくして、オレ達はやっていけない!! お前しかいないんだ!!」

 

 

 

がばっっ、とまたまた土下座。

そこから止める様に言った筈なのだが、全くを持って聞き入れてない。

 

 

 

「………おまえらの土下座、安いんだよ。あ、コレください」

 

「な、なにっっ!?」

「辛口!?」

 

 

 

いそいそと、欲しいモノを調達。

店頭に居るお祖母ちゃんにお金を払って引き上げようとした

 

 

 

 

 

 

最終的に、田中や西谷は、自分の力でやる事は約束したが、その監督として縁下に見ていて欲しい、と懇願した。

断っても断っても、まるでゾンビの様に這ってやってくる。

長い付き合いではあるが、この時のしつこさは身に染みている縁下が、結局折れる形になって、縁下コーチの下で、田中と西谷は課題を終わらせるべく、一夜漬けと言う地獄の合宿を開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日。

当然ながら、練習休み日と言う訳ではない。

夏休みなのだから、当然練習も有る訳で……。

 

 

 

「お、お疲れ様です、縁下さん……」

 

 

何となく察していたのは火神だ。

 

早々朝練習の最中、トイレに向かう途中縁下と出会った。

田中や西谷も同じくだ。

 

2人は縁下とは実に対照的に元気いっぱい。

 

課題がどーのこーの、終わりを告げたがどーのこーの、潔子さん素敵どーのこーの。

 

 

縁下は、そんな2人に完全に生気を吸い取れた様な顔になってしまっていた。

 

 

「や、火神に比べたら……。ほら、引率沢山してる、だろ……?」

「いや、えと……否定したい所ですが、オレはオレで、バレー楽しんでやれますんで……。縁下さんは、楽しめました? その、課題の件」

「…………」

 

 

課題は、間違いなく楽しめなかった。当然だ。

自分の分はしっかり終わらせているのに、他のヤツのまで一緒に見る等、あり得ない。面白くない。

 

 

だが、乗り掛かった舟だったから……。

 

 

 

「まぁ……、童心に返れた気はするよ……。例え、1週間しか生きられなくても、その刹那の時間を奪うのが残酷かもしれない、と解っていても……、虫取りって結構楽しいもんなんだな……」

「え……?」

 

 

 

課題の話だったのでは?と思った火神。

縁下の気が動転した……という訳でもなさそうだ。

 

 

 

「おおーーい、誠也――っ! 次、次、別のパターンやんべーー!」

「さっさと来いよ。試合までもう時間ねーぞ!」

 

 

 

どうしたのか? と思っていた矢先、火神を呼ぶ日向と影山の声。

 

 

「火神も毎日大変だと思うが、頑張れ。……オレも根性無しなりに、頑張って付いて行くからよ」

「いえ。縁下さんは、そんな事無いです。絶対、無いですよ。少なくとも、オレはそう思ってます」

「―――はは。ありがとな」

 

 

火神はペコリ、と頭を下げた。縁下に見送られながら、火神は走る。

 

 

 

「さて、オレも行くか」

 

 

 

縁下も付いて行くと宣言した以上、もたもたしている場合ではないだろう。

課題を終えた事で浮かれてる2人に活を入れる為にも。……もうちょっとこのメンバーでバレーをしたい、長くしたい。……する為にも、練習あるのみだ。

 

 

 

「コラ、お前ら! 課題終わったんだから、こっからは、練習あるのみだろ!」

 

 

 

そう言って、西谷や田中の尻を叩くのだった。

 

 

 

 

 

 

「――――やっぱ、縁下さん強ぇよなぁ、ツッキー」

「今んトコ、縁下さんしかいないよね。ほんとの意味で手綱握れるのって。……おとーさんでも、そこまでは無理でしょ」

 

 

遠目から見ていた山口と月島はそう言いながら、互いに苦笑いをするのだった。

 


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