王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

134 / 182
第134話 超える

 

春高一次予選。

 

8/11,12の2日間かけて全ての試合が終了。

 

 

宮城県代表決定戦、全16チームが出揃った。

 

 

 

 

 

烏野高校、夏休み終了から数日後。

それぞれの壁をそれぞれが感じつつ、充実した日々を送っていた。

 

だが、どれだけ練習しても十分とは言えない。

 

 

「おーし! こっから自主練だ!」

【アス!!】

【ウェ――イ!!】

 

 

練習も全力で取り組んでいる。

問題点・改善点を洗い出し、常に前を向き、上を見続けている。

 

勝つ、と言う想いを胸に、進み続けている―――が。

 

 

「飛雄は、個人練習だけど、どうする? 翔陽とのセット集中的にやるか? それともサーブ?」

 

 

火神は、自分自身が伸ばすべき所。

もうあまりない時間の中でも短期的に伸ばせるであろう事は既に頭の中に入れていた。故に、自主練内容もそれなりに決めていたのだが、何処となくソワソワしていた影山が居たので、声を掛けたのである。

 

 

「―――いや、自主練も当然大事だが、今日は別の事(・・・)をするつもりだ。……そん代わり明日、4時起きで朝練するから火神も付き合え」

「よ、4時か……。うん。善処するよ」

 

 

4時と聞いて、まだ薄暗い時間帯に練習―――と聞いても断らない火神も火神で十分ヤバイ奴、である。

当然ながら、日向も便乗してくるだろう。基本的に朝練は7時からだが、貪欲さに関してはトップを争う程だから。

 

やるべき事が多過ぎて、幾ら時間があっても足りない、と言う事情があったりもする。

 

影山はシューズを脱ぎ、片づけを始めた。

別の事――――それをしに行く為に。

 

 

「どうしても見ておきたいチーム(・・・・・・・・・)があるんだ」

「ん。了解。その間オレはオレでしっかりやっとくよ。その間に、飛雄に差つけたらすまんな」

「ッ、負けねぇよ!」

 

 

ニシシ、と笑う火神に憤慨する影山だったが、とにかく時間が惜しい、と言う事で着替える為に部室へと戻っていった。正直、一緒に行きたい~~と思ったりもしたが、流石に2人で見に行くのは目立ちすぎる。

なので、今回は影山を見送る事にしたのである。

 

 

「……? アレ? 珍しいね。影山が個人練せずに出ていくの」

 

 

影山が外へ行き、それを見送る火神。

 

影山が烏野へきて、初めての事ではないだろうか?

 

普段は、練習開始から終わりまで、時間ギリギリまで練習する。

その練習時間でさえ、競っていると言うのに。

 

 

「どうしても、外で見ておきたい事があるそうです」

 

 

清水の疑問に、火神が答えた。

正確には言っていないが、火神には解っている様な気がするのは気のせいなどではないだろう。

 

 

「へぇ。―――心当たりあったりする?」

「ハイ。そうですね。大体見当はついてますよ」

 

 

笑顔で頷き、親指を立てる所作をする火神を見て、正直 その火神の見当内容が気になる所ではあるが。

 

 

「うぉーーい、誠也ぁぁ! サーブ打ってくれ! ジャンフロ、今日もジャンフロ中心で頼む!」

「! アス!」

 

 

話を聞く前に西谷に呼ばれていたので、詳しく訊く気は失せた。

邪魔する訳にはいかないから。

 

 

「では、行ってきますね、清水先輩! 今日も仕事ありがとうございます」

「――ん。仁花ちゃんも頑張ってくれてるしね。それにその分、しっかり練習してくれてれば、それで良いよ」

 

 

(ボール)を手に、駆け出す火神の背を見送りつつ―――清水もマネ仕事の残りを片付けにかかる。

 

 

 

 

 

「行きます!」

「おっしゃーー!!」

 

 

火神のジャンプフローター。

無回転+打点の高い位置からの強打。ブレ幅が増大しているのでは? と思ってしまう程、とにかくブレる。まるで、狙って操作しているかの様なタイミングで、ブレる。

如何に烏野の守護神と呼ばれ、レシーブ力では間違いなくトップである西谷であっても、苦手分野を攻め込まれたら仕方ない。

 

 

「フッ―――……ッシャ!!」

「んがっっ!! やっぱ、オーバー苦手……ッッ!!」

 

 

それを克服する為に、今日も只管(ボール)に食らいつくのだ。

そして、火神自身もまだまだ憧れであるリベロ西谷から苦手なオーバーとはいえサーブで勝つ事が出来て嬉しい。自信にもつながると言うモノだ。

 

 

「ノヤっさん! 次、オレのサーブ受けてくれ!」

「んん―――っしゃぁぁぁ、来い龍!!」

 

 

そして、当然ながら触発される。

同じサーブ練習をしている者たちにとっては。

 

田中も持ち前のジャンプサーブ強化に勤しんでいる。

集中力。周りから見ても、集中していると言うのが伝わる程だからこそ―――火神が清水と話していても、気付かなかった様だ。(話すくらいは勘弁してあげて―――と思うが、それはそれ、これはこれ、である)

 

勿論ながら、それは西谷にも言える事。

 

田中の強烈な全力ジャンプサーブ――――は、西谷に華麗に拾われてしまった。

 

 

「ふふんっ、ナイッサー!」

「んがぁぁ!!」

 

 

綺麗にAパスで。

負けじと、東峰、山口も参戦し、今回の個人練習はサーブに熱が入っている様子。

 

 

「―――――……ふふ」

 

 

普段、ちょっとした事でもすぐさま喧しくなる西谷や田中。

でも、今は違う。

喧しい事は同じかもしれないが、その中身はまるで違う。直向きに上を目指そうとしている。

 

火神を中心に(勿論、バレー関係のみ)、現を抜かさず、練習に没頭する姿勢を見せているのは良い事だ、と清水は仄かに笑うのだった。

 

 

だが、笑ってばかりは居られない。

自分達(マネージャー)には自分達(マネージャー)の戦いがあるのだ。

 

 

 

 

「じゃあ、仁花ちゃん。ビブスの洗濯宜しくね」

「ハイっス!」

 

 

激務を熟す為、そして谷地と言う後進を育てる為にも日々奮闘する。

選手達が全力で、空高く飛ぶ為にもその一翼を担う気持ちで、同じく身体を動かすのだった。

 

 

谷地も谷地で、そろそろ運動部特有の空気も、典型的なインドア派だった身体も慣れを覚え始めた様で、汗を流しながら、懸命に仕事に取り組んでいた。

 

ビブスも1枚くらいなら何でもないが、まとまった洗濯となると、相応に重いが、自らに任せられた仕事、と言う事で気合を1つ入れて運んでいた―――その時だ。

 

 

「ひぃっ!!?」

 

 

如何に慣れた、とはいっても彼女の小心者(ビビリ)な体質が劇的改善されたワケではない。日向と同等クラスの属性を持っている以上仕方のない事。

 

 

だが、それでも―――突然視界に怪しい姿を見かけてしまえば驚き、声を上げてしまったとしても仕方が無い。

 

フード付きのパーカーに身を包み、だがフードは被らず帽子を付けている。

おまけにサングラス姿。……これにマスクでも加われば完全に不審者、痴漢者、犯罪者だ。

 

谷地は、強烈な威圧感、恐怖感、様々な負の要素をその身体全体で受けていたのだが―――直ぐ、その正体に気付く。

 

いつもなら、怖すぎて顔面など見れるワケも無いが、一瞬、ほんの一瞬見る事くらいは出来る。

 

そして、一瞬見ただけで充分だった。

 

 

「? かっ、影山君(・・・)!? 一体どうしたの!?」

「!!! オレってわかるのか!?」 

 

 

そう、影山飛雄その人なのである。

不審者の様に見えた? 人は明らかに。

 

本人はバレてないとでも思ったのか、谷地以上に驚きの表情を作って仰天していた。

 

 

「……え、まぁ……? あれ? ひょっとして、今の変装のつもりだった?」

「!! くそっ………!!」

「あ、あ……えーーっとっ」

 

 

図星を突かれた、おまけに一目見られただけでバレた、と言う事実が、影山を更に焦らせる結果になってしまう。

 

当然ながら、この変装モドキには理由がある。

影山を知る者なら、殆ど名札付けて歩いているだけ。目立つ分解りやすい、と言うべきだが、そこまで辛辣な言葉は、谷地はかけない。

 

変装している―――のは一先ず置いといて、影山は真剣そのものだと言う事が解るから。

 

 

「……代表決定戦で、当たるかもしれない相手。どうしても見ておきたいチームがあって―――」

 

 

居ても立っても居られなくなった、と言う事なのだ。

あの練習の鬼である影山が、中断をしてでも、見に行かなければならない相手。

 

 

「! ナルホド。ビデオとか撮るんですな!」

「いや、そういうのは基本公式戦だけっつうのが、暗黙のルール? だ。……だから、見たところでどうなる訳でもないけど、夏休み終わって代表決定戦まで二月切ったし、どうしても見ておかなきゃいけない気がして……」

 

 

でも、谷地にあっさりバレてしまった、と言う事が影山に二の足を踏まされる。

そのまま突入! とまではならない様だ。日向だったら、関係なく突撃していきそうなのに、影山は躊躇している様子。

 

 

「ん?」

 

 

そんな時、谷地の足元に(ボール)が転がってきた。

 

 

「あ、谷地さん。ごめんごめん」

「ハイっス!」

 

 

谷地は(ボール)を拾い上げると、取りに来た火神に投げ渡した。

駆け寄ってきた火神は、影山がまだいる事に気付いて声をかける。

 

 

「アレ? もう行ったのかと思ってたけど飛雄、まだいたんだ」

「うっ……、ケチがついちまったから、一先ず作戦考えてんだよ」

「ケチ?」

「あーー……。えっとね? 火神君……」

 

 

谷地が火神にこれまでの経緯? を説明。

経緯とは言ってもほんの一瞬の出来事だ。説明するのも簡単。

 

影山は、対戦相手に成り得る他校へと偵察に行きたいのだが、変装が上手くいかない、との事。

 

 

「はははは……。飛雄、木を隠すなら森、って分かる?」

「???」

「ごめんごめん」

 

 

慣用的な言い回し―――結構簡単な分類だと思っていたが、影山を甘く見過ぎていた様だ。(結構失礼)苦笑いしてストレートに伝えようとしたその時だ。

 

 

「えっと、ほら。木を隠すなら森……、つまり同じモノや人の群がりに、隠したいモノや人を紛れ込ませるのが一番良い、って事だから。影山君の場合、学校に行くんだから、フツーの運動部っぽい恰好で行くのが良いよ、まだ部活とかで残ってる生徒いっぱいいるだろうし―――って火神君は言いたいんだと思うよ? かくいう私も。目立たない為には……?」

「…………」

 

 

懇切丁寧に、解説をしてくれた谷地。

影山は、茫然としていたが、チラリ、と火神の方を見直すと、ぶんぶんと縦に首を振っていた。

 

 

「流石谷地さん解りやすい。先生だね」

「や、やーー、それ程でもない、と思うような……」

 

 

そんな難しい事説明したっけ? と谷地は思いつつも、火神に褒めて貰えるのは光栄極まれり、なので、若干身震いしていた。

 

 

「次いでに言うと、妙に力込めない様にね? 自然に自然に」

「――――おう。……ナチュラルにだな、ナチュラルに」

「はい、アウトー」

 

 

まだ現場についてないと言うのに、既に眉間に皺が寄り、更に表情が険しい……と言うか、あくどい顔してるので、何だか威圧している様にも思える。

 

影山の場合は考えすぎると逆効果な様だ。

 

 

「なんでだよ!」

「ほらほら、眉間に皺。フツーで良いんだって。ぐんぐんヨーグル飲んでる時とか」

「む……………」

「ま、まだ力入ってるね……」

 

 

影山の自然表情(ナチュラルフェイス)講座。

威圧しない睨みつけない表情を柔らかく。

 

全て、無自覚でやってるので、無理ゲー状態になってしまってる。

 

 

「んん――――――、飛雄」

 

 

火神は、自然な表情を作ってる? 作ろうとしてる?? 改悪してる??? 影山に向かって人差し指を立てて下に向け、軽く振った。

 

 

「Bクイック」

 

 

脊髄反射で答える影山。

そう、これはハンドサインの仕草である。

 

続けざまに、火神はあらゆる指を立てては下ろし、向きを方々へと変えてひっくり返し、様々なパターンを見せてみると、もう即答で影山は答えていく。

 

 

A、C、時間差、1人時間差……――――etc

 

 

 

火神は、手先はサインを送りつつ、視線は影山の表情を見続けていた。

思った通り、あっと言う間に、自然な顔になってる。

ただ、サインの事だけを考えているから、余計な命令が脳内からされてない様だ。

 

 

「シンクロ、バックアタック―――」

「飛雄、今の顔。今の顔筋覚えといて」

「??」

「―――サイン答えてる間は、かなり自然な顔になってたから」

 

 

そう言うと、火神は笑って見せた。

 

 

「ま、見つかった所で、多少怒られても、逮捕されるワケでも無ければ、取って喰われる事も無いよ。―――まぁ、揶揄われる(・・・・・)可能性は高いとは思うけど。……肩の力抜いて、偵察してこいよ」

 

 

火神はそう言うと笑顔で影山の肩に拳を当てた。

影山は、火神に言われてる事が解ったのか、解ってないのか……複雑そうな納得しかねる様な、そんな顔をしつつ、目的の場所へと向かうのだった。

 

 

 

「―――はぁ、あの影山君があんなに必死になってでも見たい相手って、どんな所なんだろ……」

 

 

谷地は、頭の中で常日頃見てきている影山の姿を思い浮かべる。

誰に対しても物怖じせず、自信の力量・技術を信じて、それを裏付けるだけの努力も惜しまず……自信満々の塊の様な男が目に浮かぶ。(時折、ボゲボゲ言いながら)

 

それでも、あんなに真剣な顔をして、下手な変装まで手掛けてでも見たい相手とは……?

考えれば考える程、谷地は身震いしてしまう。

 

そんな谷地を見て大体察した火神が答えてあげた。

 

 

「谷地さん。飛雄の師匠(・・・・・)だよ。見ときたい相手、って言うのは」

「………へ? し、ししょー?」

「うん。………青葉城西。オレ達がIH予選で負けてるトコ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――青葉城西高校。

 

 

 

「ぶえ――――っくしょいっっっ!!」

 

 

 

何やら、盛大にクシャミをしている及川が居た。

 

「う゛~~~、なんだろ……? なんだかスゴク悪い事したような感じが………」

「あ?? なんだそれ。つーか、この時期に風邪なんかひいたらブットバスからな!!」

「それは散々すぎる!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

敗北を思い返した火神。

 

やはり険しい表情になるのは仕方ない事だろう。

当然憧れている、尊敬している、心底楽しかった。全て嘘偽りのない感情だ。

 

だけど、だからと言ってあの時の敗北の味を忘れられるワケが無いのだから。

 

 

「ぁ………」

 

 

谷地は、火神の言葉を聞いて、それに険しくなった表情を見て、察した。

察すると同時に、ガタガタと震え出す。

 

 

「あ、あわわわ……、わ、わた、私はなんて事を聞いちゃったんだっ!?」

「へ?」

「負けちゃった事、なんて……、そ、それも公式戦(IH予選)……っひ、人様のトラウマを思い出させちゃうなんて、火神君のなんて―――――、ご、御免なさいです!! 走ってきますっっ!!」

 

 

180度くるりと回れ右をした谷地は、一目散に駆けだしていく―――が。

 

 

「わーーー!! 谷地さん谷地さん!! ビブス、ビブスが飛んでる舞ってる!!」

 

 

洗濯籠をわきに抱えたまま、勢いよく駆け出したものだから、中身が大惨事。

それなりに量が合って、重い筈なのに ここ一番での谷地の瞬発力(スピード)筋力(パワー)は、侮れないものがあるな、と……考える火神だった。

 

 

 

因みに、その後は 清水が【何事!?】と、駆けつけてくれた事もあって、特に時間かからず迅速に対応してもらい、谷地と火神は夫々頭を下げて謝罪&礼を言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、月島!」

「………なに?」

「月島だったら、ウシワカ止めれるか!?」

「………………」

 

 

個人練習の最中、日向は月島の元へと向かっていた。

真剣な顔つきをして、珍しいな(鬱陶しいな)と思っていた月島は、半ば呆れる様な視線を日向に向けつつ、答える。

 

 

「……フツーに考えて無理デショ。相手は全国トップ3のエース。マグレならまだしも。……って言うかさ、そんな如何にも子供っぽい質問、おとーさんにするんじゃないの?」

「子供っぽいって、何だ――!! 誠也は聞かなくてもする(・・・・・・・)から良いんだ! でも、オレ達はMB(ミドル)じゃん! オレ達が止めなきゃな場面、絶対出てくる! 負担かけてバッカじゃいられないじゃん!」

「…………」

 

 

日向の脳裏には、恐らく青葉城西戦の時の事。

あの日の光景が頭を過っているのだろうな、と月島は思えた。

 

偶然の事故、不幸で不慮な事故であるのは間違いないが、体力が万全で、集中力もあった序盤に似たような場面があれば、火神は怪我をしていただろうか?

 

咄嗟に避けたり、何等かの方法で回避していたのではないだろうか?

 

負担をかけ過ぎているのではないか?

 

 

それは決して口には出さないが、月島さえも、あの試合では感じていた事だ。

 

 

だが、今は話が違う。

 

 

 

「そもそも、もう県のトップとの事考えてるなんて、随分ヨユーなんだね? おとーさんだったら出来るから聞かない(・・・・・・・・・・)んじゃなくて、聞いたけど怒られた(・・・・・・・・・)から、オレのトコに来た、んじゃないの? 目の前の一戦一戦に集中しろ、みたいな感じで」

「うぐっっ!!」

「まさかの図星――――」

 

 

 

白鳥沢ばかり気にしていて、他が疎かになってはいけない。

それはそれとなく、火神に言われた事でもあったから、日向は思わず顔を顰めて、月島は更に呆れた。

 

 

 

「でもっ――――全部倒すんだから、どっちにしたって同じだ! 別に余裕だったから、ってワケじゃない」

 

 

 

怒られたのは事実でも、決して侮ってる訳ではない。

全部倒す、と言うのも本気。

 

常に上を見続けている。

 

 

それを感じさせられるだけの圧を、日向に感じた。

 

 

「………なんか、腹立つ」

「!! なんでだよっ!! 兎に角、オレだってやってやるんだ! 月島が無理だって、って言っても、ぜってーー止めてやる!!」

「………ちょっと待って」

 

 

日向が立ち上がり、拳を握り締めて宣言した後、遅れる形ではあるが、月島も立ち上がった。

 

 

 

「……自分で無理、って言うのはともかく、他人に言われると腹立つよね。特に、甘えたな君には」

 

 

 

月島は、人差し指で日向の頭頂部のある部分を激しく突いた。

すると、日向は転がった。

 

 

 

「ギャアアアアアアア!! 下痢ツボ押したなぁ!! 月島このヤロォォォ!!」

「………帰る」

「ハァ!?」

 

 

七転八倒、頭を抑えながらうめき声を上げる日向。

そして、それには目もくれず立ち去ろうとする月島。

 

 

「――――ったく、またケンカして。ツッキーもたまには翔陽に対して手加減、ってのを覚えて欲しいよ」

「そんなの必要ないデショ。極々一般的な意見、ジョーシキってヤツを言っただけだし」

「……一般的、ねぇ……?」

 

 

 

そんな時、(ボール)を追いかけてきた火神とバッタリ出くわした。

まるで狙ったかの様に感じた月島だったが、そんなわけないか、とその考えを一蹴。

 

 

「あれ? もう帰るの?」

「……行く所(・・・)が出来たから」

「!」

 

 

前までの月島なら

 

 

【ガムシャラにやれば良いってモノじゃない】

【君らみたいな体力オバケと一緒にしないで】

 

 

と言ってそうだが、あの合宿を超えた月島の口から、そんな意見はもう出ない。

何処となく寂しさを覚えると同時に、頼もしさ、新たな楽しみが生まれる気分だ。

 

 

 

怪我(・・)だけは気を付けてくれよ?」

「――――――――……ふん」

 

 

 

知らない筈なのに、解ってるかの様な口調。

そんな感じがしたが、月島は軽く笑って否定すると、懐から携帯電話を取り出し、外へと向かったのだった。

 

 

立ちはだかる壁。

壁……それはブロックだけとは限らない。

 

 

月島にとっても、超えなければならない壁は存在する。

 

 

 

超える為にも。

 

 

 

 

「―――もしもし。蛍だけど、今日から行くから」

 

 

 

 

ただただ、前へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――暫くたって。

 

 

ガラッ、と体育館の扉が開いた。

入ってきたのは影山だ。

 

先に気付いたのは比較的扉の近くに居た火神と日向である。

 

 

「生還影山! どうだったよ!?」

「飛雄、お疲れさん」

 

「……………」

 

 

無言のまま、体育館に入り、シューズを履くと、ゆっくりとした口調で、それでいて影山ははっきりと言った。

 

 

 

「オレは、一生―――及川さんに勝てないのかもしれない」

 

 

 

それは、唯我独尊、横暴な王様あるまじき発言だ。

当然、日向は驚く以上に憤慨した。

 

 

 

「!!? ふざけんな!! 何言ってんだ!!」

 

 

影山を倒すのは自分だ、と公言してるのが日向だ。

だからこそ、最初から敗北宣言している影山が許せなかったのだろう。

思わず、飛び付こうとする勢いで。

 

 

――――それを止めたのは火神である。

 

 

「どうどう、翔陽落ち着いて」

「落ち着いていられるかっっ!! なんだよ、なんなんだよっっ!! 誠也だって、怒らねーーのか!? やる前から負けるなんて、見ただけで、勝てないなんて!! 何しに試合しにいくんだ! って話だろっっ!!? 昔、思い出作りとか、オレに言ってきといて!!」

 

 

日向の言い分も尤も。

だけど、火神は影山をよく知っているし、何より見ている。

 

 

 

今の影山の顔を見ている。

 

 

 

「………翔陽。飛雄の顔見ろよ。敗北宣言してる様な顔に見える? 情けない顔してるか?」

「!?」

「……だから、取り合えず話を聞いてみよう」

 

 

言われて初めて、影山の顔を改めて見た。

普段と変わらない強面である以上には解らないが―――――確かに、敗北した、負けた、なんて一切似合わない顔がそこにはあった。

 

 

そして、火神は一歩前に出て、聞いた。

 

 

「青城、凄かったんだな」

「………ああ。多分、OBの居る大学と練習試合やってた。オレが行ったときには一区切りついてて、休憩中にメンバーを変えた、【違う試合】が始まったんだ」

 

 

 

影山は当時の事を思い返す。

 

成るべくナチュラルに、自然に、青葉城西の生徒である、と溶け込もうと躍起になり、頑張って、周囲に近寄りがたいオーラを撒き散らせて、バレー部が練習している体育館へと到着して―――確かに見た。

 

 

途中から、及川が大学生側へと入っていくのを。

 

 

 

 

「大学生の中に、及川さんがセッターとして1人で入ってた。初めて会った人も多いみたいだった」

 

 

 

 

時折聞こえてくる、及川の印象の話。

それを聞けば、顔見知りかどうかくらいは解る。

 

 

バレーはチームプレイだ。

 

全員で繋ぎ切った方が勝つ。連携は必要不可欠。

 

即興で作ったチームに入って、……直ぐに影山は理解した。

自分ならどうするのか、それを頭に入れながら、考えながら凝視して……思い知ったのだ。

 

 

 

「……及川さんは、ほんの数プレーで 完全にチームに溶け込んだ。スパイカーが活き活きしてるのが、オレにも解った。後で、火神。お前の意見も聞いてみたい。ウシワカも、及川さんも、火神には似たような力がある、って言ってた」

「……あの2人は物凄く評価してくれてる様だけど、オレは大層な事はしてるつもりないよ。中学時代は顔見知りで信頼関係はあったから、ただ思いっきりやって貰って、そのフォローをしただけに過ぎないし。………何も知らない、顔も知らない人達の所に入って、その和を乱さず、溶け込んで、更には周りをも活かすなんて、早々出来るもんじゃない」

 

 

 

周りを活かすプレイヤー。

及川徹と同じ属性である、と確かに火神は言われていたが、本人の自覚としては、それがあるとは思っていない。

 

 

バレーを全力で楽しんでいるだけだった、と言うのが本人の根幹にあるモノ。

 

 

ただし、火神プレイの精度、あらゆる面が凄くて、結果仲間たちを、否―――全体を引っ張る事になっているのである。

 

故に及川のソレ(・・)とは似て非なるモノ、と言うのが正しい。

 

 

 

「……………いや、火神は やってたよ。日向(コイツ)もオレも、それは良く知っている。きっと、どんな選手でも癖のある選手でも、嫌っている選手であったとしても、お前は、……及川さんは自在に使いこなすだけの器量も技量も備わってる」

 

 

火神が否定しても、影山も否定してくる。

 

これは、否定しても意味が無いな、と火神は悟って頭をかいた。

 

 

 

「それで、大王様を見て改めてビビッちゃったのかよ、影山クンは」

「はははっ! 何言ってんだよ、翔陽。飛雄の(それ)、絶対ビビってるヤツじゃない。言動と顔が全然一致してないし。……寧ろさっきから笑ってる。―――――ワクワクしてる、って感じだ」

 

 

 

火神の事を話しても、及川の事を話しても、影山の目の奥は笑っている。

炎が燃え盛っている。

 

超える高さを知った。

それが高ければ高い程、より燃えるのが影山だ。

 

 

 

影山は、否定する事なく、ただただ口端を釣り上げて、笑った。

 

 

 

 

「ビビったのは間違いじゃねぇよ。ただ、その及川さんの3年間、全部を詰め込んでるチームとヤれる。……戦える唯一のチャンスだ。――――壁の高さを知ったなら、超えて勝つしかねぇ。心底、楽しみだ。――――チームとして、絶対に勝つ!」

 

 

 

 

影山が真の意味でビビった訳でも、敗北を受け入れたワケでもない。

日向にもそれが解る瞬間だった。

 

影山は笑っている。

凶悪な笑みだ。

 

バレーを極限まで楽しみたい、そんな笑みだ。

 

 

 

 

 

 

「うおおおお!!! 打倒大王様だーーー!!」

「オレのセリフだバカヤロー――!!!」

「勝つ、今度こそ勝つ。……絶対勝つ。それだけ、だな」

「!」

 

 

 

 

 

 

 

両手を上げながら飛び去って? 行った日向を尻目に、火神は影山に拳を向けた。

そして、影山もそれに応える様に拳を合わせた。

 

 

 

「オレは、火神。お前にも負けねぇ。絶対に負けねぇからな」

「おう。受けて立つ! なんて言える側だって思っちゃいないけど。――――オレも負けない」

 

 

「誠也がセッター志望じゃなくて良かったね~~、影山クン!」

「負けねぇつってんだろうがボゲェ!!」

 

 

いつの間にか、戻ってきてた日向にケンカを売られて、影山は買う。

 

 

そして話を聞いていた周りも次第に笑みをこぼし始めていた。

 

後輩たちが前へと全力で走ってる。

それを眺めているだけで、満足できるような者は居ない。

 

 

 

 

「―――――火神までセッターだったら、オレが絶望してんべ」

 

 

 

 

ただ、菅原だけは、ポジション・セッター志望! な火神を想像して、入部してきたあの日、オールマイティーだと言わず、セッターと言っていたら……? と想像して、ただただ苦笑いするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラスト30本!!」

「んじゃ、サーブ(コッチ)も同じタイミングで!!」

【オス!!】

 

 

サーブ練習している者、レシーブ練習している者、大体良い時間が来たので、終了する目安を伝えた。

澤村はレシーブ練をしているから、レシーブ練をしているメンバー中心に。東峰がサーブ練をしているから、同じくサーブ練をしているメンバー中心に声をかけて、ラストスパートを計る。

 

 

最後の最後まで振り絞る様に、全身全霊で身体を動かし続ける。

空気を斬り裂くような轟音、破裂したかの様な渇いた音、一際大きく体育館中に響き渡る。

そして、動き回ってるレシーバー陣からは特に落ちた汗にシューズの鳴る音も、負けないくらい響いてくる。

 

 

 

「すごっ……」

 

 

 

ビブスを、自分の仕事を今度こそしっかりと終えてきた谷地は、体育館の外にも響いてくる彼らのラストスパートに圧倒されかけていた。

外でもコレ(・・)なのに、中に入った日には、華奢な自分は吹き飛んでしまうのでは? と戦々恐々な気分だったが、個人練を終える笛の音が鳴り、【あざっしたーーー!!】と言う運動系部活動独特の挨拶の声も響き―――それを聞いた途端に、戦々恐々としていた谷地だったが、直ぐに気を取り直して扉を開けた。

 

仕事はまだまだ残っているからだ。

 

ビブスを入れていた洗濯籠の代わりに、持っているのはドリンクホルダーである。

両手に持ち、それなりに重さも十分あるにはある……が、先ほどの失態(ビブスばら撒き)を考えたら、このくらいはやらないと、と谷地は一念発起。

 

体育館に駆け込み。

 

 

「みなさん、お疲れ様デス!!」

 

 

負けじと、大きな声で元気よく声をかける。

そして、更にその後ろには清水が控えていた。

 

清水の方が、重たいドリンクを~~と言っていたのだが、それは谷地が丁重にお断りを入れていたのである。

その代わり、清水が持っているのは冷たく絞っているタオル類。

 

 

「谷地さん、ありがとー!」

「谷っちゃーーん、こっちもこっちも!」

「うっひゃっ! ツメテ~~~!! 生き返るぜーーッ!!」

 

 

汗だくの部員達は、精も根も使い果たし――――てはなく、水分と涼しさを求めてマネージャー達2人に群がり―――そして、とうとう力尽きた様に倒れ込んだ。

 

 

「ありがと、谷地さん」

「いえ! 先ほどは粗相、申し訳ないっす!」

 

 

遅れて、火神がスポーツドリンクを受け取って、勢いよく喉に流し込んだ。

火照った身体に、冷たいスポーツドリンク、塩分水分が身体の中に染みわたる。生き返っていくのが良く解る―――気分。

 

谷地は谷地で、先ほどの一件があるからか、妙な負い目を感じている様子。

特にそんなつもりは無かった火神は、両手を振って大丈夫だと言うが、中々収まってくれてない。

 

 

谷地と火神が何やらコント? みたいな事をしているのを尻目に、床に溶けてしまいそうな皆が口々に感謝を言う。当然忘れない。

 

 

「タオルもドリンクも冷え冷えで気持ちいいや! ありがとー!」

「流石、谷っちゃんだ! 気が利いてるねぇ!」

 

 

口々に感謝の言葉を言われる谷地は、顔を赤くさせていく。

【イエイエイエイエイエイエ!】と大慌てで首を振っていたが、そこに火神が追撃を入れた。

先ほどの一件をゼロ? にする為にも。

 

 

「ほら、皆感謝こそしても、粗相した、なんて思わないって。―――それに、次勝てば良いだけだから」

「! ハイッス!!」

 

 

次は勝つ、と言う言葉。

影山や日向から、毎日のように聞く言葉だ。正直耳タコ……感が否めないが、火神から聞くと何だか違って聞こえてくるのが不思議だ。

 

普段火神が言わないワケではない。

 

主に影山や日向の中心にいる事が多い火神だ。勝負を吹っ掛けられる事だって多数。全戦全勝の戦績を残せるワケでもなく、常に受けて立つ側であるワケでもないから。

 

でも、ふとした時。ここ一番、と感じる時の火神のその言葉と表情は、あまりにも深みがある様な、そんな感覚がするのである。

 

 

「ふふ」

 

 

清水も谷地の傍に居たからか、火神の言葉を聞いて、朗らかに笑っていた。

 

 

「―――繋ぎきる。……でしょう?」

 

 

笑みを含んだまま、谷地の隣に立ち、火神にそう伝えると、清水の声に気付いたのか、改めて火神は清水の方を向いて、歯を見せながら笑うと。

 

 

「勿論です! ―――その、恐縮ですが スゴク、スゴク期待して頂いてる様なので」

 

 

火神も清水に言われた言葉は一言一句全て―――は、やや大袈裟かもしれないが覚えている。心に刻み込んでいる。

 

清水が期待してくれている大型新人(スーパールーキー)。思い出すと、照れてしまいそうになるが、しっかりと胸に刻むのだった。

 

 

 

 

「我らが潔子さんの笑顔を奪おうとしている輩は、何処ガーー」

「我らが女神の抱擁を独占しようとする輩は、何処ガーー」

「ッ!!」

 

 

 

 

先ほどまで、ぐったりと倒れていた筈の田中&西谷。

気付けば、まるでゾンビの様にフラフラと両手を前に出してゆっくりゆっくり~~~、そして火神が気付いたと同時に。

 

 

「「ゆるさーーーん!!」」

「うわわわ――――っ!」

 

 

飛び出して捕まえられて、火神は頭を揉みくちゃにされるのだった。

 

 

 

そんな光景を見ていた澤村はと言うと、冷えタオルで汗を拭いながら、呟く。

 

 

「まったく。何処にあんな力が残ってんのか―――。練習でも手ぇ抜いてんじゃないだろうな?」

「ははっ、流石にそれはねーべ。―――そんな器用な真似、アイツらには出来っこない」

 

 

澤村の疑惑に菅原が真っ向から否定する。

 

火神や田中、西谷―――だけでなく、少し離れた位置で仰向けになって倒れながらドリンク飲んでる日向。額に冷えタオルを当てて、天井を見上げる様に固定して涼んでいる影山。

 

 

練習で手を抜く事なんか、あり得ない、と断言できる。

 

以前の合同合宿の際は、諸事情で手を抜いた―――と影山は日向に思われた例外はあったが、それ以外は全くと言って良い程無い。

体力オバケ。1年なのに先頭争いを常に続けている。寧ろ、こちらが追いつかないと……、付いて行かないと恥ずかしいと思ってしまう程なのだから。

 

 

「それもそうだな。でも、火神には申し訳ないが、止めるだけの体力残ってないわ………。さて、この後アイスでも食って帰るか」

「おっ、いいね。大地のオゴリ!」

 

 

何気ない菅原の言葉を聞きのがさず、下級生たちがパッと立ち上がって元気に声をそろえた。

 

 

「主将! ありがとうございます!!」

「澤村さん、ありがとうございます!!」

「大地、ありがとう!!」

 

 

一部を除いた全員が集まってきた。

 

 

「んなっ……! スガ、お前余計な事を……!」

「ゴチになります!」

 

 

ちゃっかりしてる菅原。両手を合わせておどけてみせる。

 

 

「ほ、ほらほら、2人とも。澤村さんがアイス奢ってくれるんですって!」

「潔子さんの残り香~~!」

「潔子さんの微笑み~~!」

「うぇっ!?」

 

 

因みに、除いた一部には、当然ながら田中や西谷、捕獲されている火神も該当する。

 

重要度が彼らにとっては桁が違うとの事で、解放されるのはもう少し後になるのだった。(止めたのは結局 澤村)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……、また、ひどい目に遭った。いや、禿げるんじゃないかなぁ、そろそろ……」

「はっはっはっは! なーに夏に散々やられたけど、ハゲてねーからだいじょーぶだって」

「ったく、他人事だと思って……。今んとこ、どうしようもない、避けられない災害みたいなもんなのに」

「大体それは、誠也がモテモテなのが悪いんですーー!」

「んな訳あるか! つーか、理不尽だ! ……んでも、翔陽だって同じくらい話しかけられてた癖に……」

「む……、お、オレも同じ……かな?」

 

 

 

 

それは、日向と火神の2人で、烏養前監督の家へと向かっていた時の事。

 

アイスを奢ってもらう~と言う話になっていたのだが、まだまだ練習したい事、それに烏養前監督に弟子入りした事も有り、アイスより優先する、と今回は遠慮したのである。

 

他人よりも(ボール)触った時間がまだまだ少ないので、2~3倍くらいは頑張らないと追いつけない。

武器を増やす為にも……。

 

 

「そうじゃん。中学ん時とか」

「オレも誠也と同じ同じ……。……中学、中学……? んん?? ――――って、中学時代(ソレ)はマスコットみてーーに扱われた時じゃんか!! 女子バレー部とか、色々と! 全然意味が違うっっ! 誠也みたいなのと全然ちがうーーー!」

 

 

日向とてお年頃。

綺麗なお姉さんに声を掛けられたらドキドキするし、谷地は同学年だからまだ大丈夫だとしても(結構失礼)、清水に声を掛けられるのは、いまだに慣れない。

 

でも、火神は慣れている様なので、半ば羨ましくも思っていた。……モテる、つまり大人の様だ、と日向の脳内で変換されて。

 

 

だが、火神の口から中学時代の話が出て、途端に憤慨。

 

小さく素早く動き回る日向は、目立つ事は目立っていた。火神の引き立て役? みたいな役柄では無かったのは事実―――だが、中学の中でも一番身長が低かった事、小心者的なキャラだった事も合わさって、同年代、果ては後輩まで、女子たちに揶揄われたり、遊ばれたり、と散々だった記憶が鮮明に蘇って抗議、である。

 

 

「ま、体育館使わせてもらえたんだし、そのくらいは甘んじて受けてたじゃん? オレも練習最後まで付き合ったり、助っ人したり、色々大変だったけど」

「う―――なーんか、納得いかない」

「ほれほれ、納得しなくても前は向いて自転車漕いで。安全運転第一」

 

 

一山二山超えるのが当たり前な日向の脚力。

そんな日向に幾度となく付き合い、家にも何度も遊びに行っている火神。

 

普通な人なら息を切らしてしまいそうな、それも部活終わりだと尚更体力的にキツイと思われそうな道のりも、顔色1つ変えず、お喋りしながら余裕を見せつつ―――2人は烏養前監督の家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「願いシアーース!」

「お願いします」

 

 

到着するや否や、日向はお預けを喰らっていた小動物かの様に突撃していった。

何だか尻尾が見えてる気分だったが、兎に角日向に遅れる事のないように、火神も隣に立つ。

 

初めての場所だったら、色々と自重させるが、最早ここでは恒例にもなりつつあるので、最早何も言うまい、なのである。

 

 

「お、翔くん、誠くん。いらっしゃーい」

「ね、ねがいしあす……!」

 

 

先ほどまで元気いっぱいだった日向だが、女子大生、綺麗なお姉さんを前にすると、やはり固まってしまう。

だが、しっかりと礼儀は弁えている。

練習に付き合って貰ったり、入れて貰ったりしているのだから当然。

 

その辺りは、中学時代の経験が活きていると言うべきだろうか。

 

 

「今日も、長くなっちゃうかもですが、よろしくお願いします、山下さん」

「はーい、このお姉さんにまっかせなさい! って言いたい所だけど、流石に翔くんのエンドレス? サドンデス? には最後まで付き合えないかなぁ……」

「あ、あははは………。最後まで、オレが面倒みますんで、その辺りは大丈夫ですよ」

「お? 流石おとーさん、って言われてるだけの事はあるね~♪」

「……お父さん(その件)は忘れてくれた方が良いです」

 

 

今日も、みっちり烏養前監督―――は、今トイレとの事だから居ないケド、兎に角 この場所でみっちり練習を積み上げる。

 

残り時間はもう僅か。

出来る事は全てやる。

只管に研ぎ澄ます。

 

 

 

それは恐らくどこのチームも同じ事だろう。

一次予選を通過したチーム、二次予選から始まるチーム、どのチームも同じ。

 

 

ライバル達も勝つために……春高へ、先へと進む為に牙を、爪を研ぎ澄ませている事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わる。

 

 

 

「オイ!!」

 

 

 

そう―――この場所(・・・・)でもまた、新たなる()が備わろうとしていた。

 

 

「久々に来たんなら、マトモに挨拶くらいしろよ!!」

 

 

牙は極めて鋭い。

だが、あまりに鋭い牙は、時には(チーム)をも傷付けてしまう事になる。

団体競技であるバレーにおいては致命的ともいえる不和となってしまう。

 

 

 

だが、この場所には それをも受け入れるだけの器を持つ男もいる。

 

 

「まあまあまあまあ、矢巾、落ち着いて~~」

 

 

飄々とした態度でやってきた男―――主将。

 

王者を追い続け、その背中に手を伸ばし続け―――これが最後のチャンス。

 

 

 

「及川さん!」

 

 

新たなる牙。

新たなる戦力。

 

それはここ―――青葉城西にあり。

 

 

 

「久しぶり~~! 待ってたよ~~?」

「……………」

 

 

 

及川(主将)が来ても、何ら態度を変えず、触れるモノ皆傷付けると言わんばかりの視線を周囲にまき散らし続ける。

鋭い眼光のまま、手に持った購買部で買ってきたチキンを貪る姿。

 

 

 

「オカエリ、狂犬(・・)ちゃん」

「…………」

 

 

 

及川が、狂犬と呼ぶ男。

 

諸事情により、青葉城西のバレー部を離れていた男。

 

 

 

 

 

2年 ()()太郎。

 

 

 

 

 

――――――参戦。

 

 

 

 

 

 

 




狂犬君出ました!

これからも頑張ります!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。