王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第111話 再起動

 

―――合宿遠征 3日目 正午。 最高気温:34.0℃

 

 

 

それは、烏野マネージャー、谷地の心情。

 

遠く、東北で帰りを待つ母親に向けての……。

 

 

 

 

 

 

☆拝啓――お母さん様。

東京(埼玉だけど)は涼しい場所と言えど、東北より暑いです。

そしてまる1週間の合宿遠征、3日目。もう直ぐ折り返し地点。

 

流石の皆もバテつつある様です。

 

 

 

 

 

「オラァァァ!!」

「ソラァァァ!!」

「ヌギっっっ!!」

 

 

 

お母さん様。ごめんなさい……訂正します。

極一部を除いた皆……なので、殆ど皆、と訂正させてください。

 

惜しい試合も沢山沢山して、やっぱり最後に負けちゃった試合も沢山あって…… 見てる私自身も気持ちが入ったり抜けちゃったりで、疲れる程です。

 

中でバレーを全力でしている皆は、きっと私なんか想像もつかない程。

34℃という高気温に加えて、このハードな練習。 きっと―――物凄く、想像を絶する地獄を体験しているんだと思います。

 

 

「………ふぉぉぉ」

 

 

 

と、谷地の心情はここで途切れる。

自分自身もマネージャーの仕事、体力仕事も有り、流れる汗が止まらない状況だった。

皆と違って走ってる訳でもないのだが、ちょっとした運動エネルギーが、体温を向上させて、発汗作用へと導いてしまっている。

 

こんな環境で運動(バレー)……谷地の中では、想像を絶する責め苦を味合わされてる焦熱地獄を連想してしまい、ますます身体が暑くなる感覚に見舞われていた。

 

 

そんな中でも、違った意味で熱く熱く思ってしまうのは、やっぱり 坂道ダッシュの時、先頭を走ってる3人だろう。

 

 

「あっちぃぃ……、あいつら、おかしい、ぜったい、おかしい、からだ、おかしい」

「【暑い】禁止!! カタコト語話す暇あったら追いぬけ!」

「すがさん、ムチャ。ヤバイ。アレ、おいつく? おかしい」

「喧しい!」

 

 

先輩としての矜持は当然あるだろう。

負けまいとしている気持ちだって当然の如くある。

田中も勿論それを持ち合わせているし、虎視眈々と力を付けているつもり――――だったのだが、その気概を、底知れぬ田中のポジティブさをも呑み込んでしまう程の暑さだった様だ。

菅原は田中の背と肩をバシバシ叩いて……、自分自身にも発破をかけるつもりで付いて行っている。

 

確かに、前に3人が出ているが……、決して周回遅れは勿論、そこまで離されたりもしていない。

ただ、大股3~4歩分くらい……、ほんのちょっとだけ前に突き出てるだけだ!

 

 

――――そのほんの少しが、果てしなく遠い事は自覚しているが、考えない様にして走り続けていた。

 

 

 

(ペナルティ)もしっかりと終えて、息つく暇も無く次の試合。

暑さ故にバテバテであるとか、(ペナルティ)の回数の差などは、言い訳にはしない。試合が始まれば全身全霊を持って、望むのみ、である。

 

 

 

「うおおお! 東峰さんのサービスエース!」

 

 

 

合宿開始頃から、いや 合宿開始より以前から、火神や影山のサーブに一番感化され、磨き続けてきたのが東峰だ。

東峰は 元々パワーは火神や影山よりも強い。故に一番難易度が高いスパイクサーブを習得出来れば、技術さえ伴えば、すぐさま烏野のビッグサーバーの仲間入りである。

 

威力は強力でもアウトだったり、コースを意識し過ぎて、威力が伴わなかったりと、試行錯誤はし続けているが、それでも形になりつつある。

 

 

「うん。少しずつだけど、上達してると思う。ミスも減って来たね。……でも、やっぱり 音駒や梟谷と差があるのは事実だから。ここで、どう抜け出るかが、ポイント……だと思う。苦手意識・負け癖なんていらないから」

「ですね。生川高校や森然高校は、寧ろ勝率が………ぅっ!!!」

 

 

谷地は、生川や森然よりも上である、と言おうとしたその瞬間、一瞬悪寒が走った気がした。

自分等が他校を格下だと認適する等、何事か!? 暑さのセイで頭がやられたのか!? と自分で自分を責めに責め。

 

 

「す、スンマセンっっ! 走ってきます!!」

「!! ひ、仁花ちゃん、待って! 今外走るの、ほんと危ないから!!」

 

 

谷地の奇行もそろそろ見慣れてきた頃ではある清水だが……、流石に現在の気温、炎天下の中で猛烈ダッシュは頂けない。如何に面白パワーが出ていたとしても、熱中症で倒れでもしたら大変だ。

清水にとって、谷地は火神とはまた違った期待の新人なのだから。

 

 

下手な負担にならない様に、余計な負担にならない様に……、それに あの3人組(・・・・・)にもあまり接触させたく無かったり、と清水の面倒見の良さが、更に増していくのだった。

 

 

 

そして、試合も大詰め。

 

 

 

 

「(くそっ……! また短い!!)」

「(ッ、今の、左手もっと伸ばしてたら、届いてたッッ!!)」

 

 

 

皆のスキルは上がってきている……が、余り宜しくない者たちもいる。

そう、日向&影山の【変人速攻・改】である。

 

元々の難易度が他と比べたら遥かに高い事、そして見様見真似、見取り稽古が出来ず、自分達オリジナルとして磨いていかなければならない事等が重なり、この新しい速攻は上手くいっていない。

 

 

「ふっっ、ぎぃっっ!!」

「誠也、ナイスフォロー!」

 

「戻ってきた、下がれ下がれ!!」

 

そんな時に、支えるのが彼らのお父さん……ではなく、火神。

火神に限らず、これまでの変人速攻は最も強力な武器。

そう言って良い程、烏野は変人速攻の世話になっていると言って良い。……でも今は新たなる速攻のいわば創世記だ。

故に当然ミスが一番目立つ為、目立つのは西谷や火神、澤村等の守備力トップ③だが、基本全員がフォローに回るつもりでプレイしている。

 

 

烏野の誰一人、それを文句を言ったりはしない。

必ず、より強力な武器となって戻ってくる事を信じて疑わないから。

(月島はそこまで感情移入はしてないが。……火神の事ではないから)

 

 

だが、だからと言ってもこの暑さだ。

今回見事フォローしてみせた火神の流れる汗の量が、彼の運動量を物語っており、少々見ていて心配になってしまう面もある。

何せ、パフォーマンスを一切落とさずに走り続けているから。あるとすれば、汗によって滑ってしまう事くらいだろうか。そうならない様に何度も何度も汗を拭っては、タオルを絞る光景が目に入る。

 

 

「翔陽、飛雄。一旦クールダウン。暑いの我慢して、頭ん中はクールに、慌てず落ち着け。なんせこれ、超高密度な連携プレイなんだから、その辺も頭ん中に入れとけよ。一番難しい事(・・・・・・)にチャレンジしてんだから」

「ぅ……おう!!」

「クソっ……、ったりめーだ!」

 

 

 

火神が良い具合に2人に落ち着かせ且つ、やる気も上がる様に誘導しているのは傍から見ていてよく解る。

 

 

「……一番難しい事、って言った途端、日向の目の色が変わった……。さっきまで、苦しそうに歯をくいしばってる様に見えたのに。影山君も同じ」

「うん。流石、だね。押さえるべきポイントがしっかり解ってるからこそ。他の皆のプレイも決して簡単ってワケじゃないけど、どうしてもあの2人の速攻は、頭1つ抜き出てるから。………失敗を重ねて、相当ストレスも溜まってると思うし、ほんと、周りをよく見てる」

 

 

心強そうに、それでいて見守る様に、何処か慈愛の籠った視線を火神に向けている。

 

火神は、本当に大人びている所もあるが、時には 年相応の顔を見せる事もあった。

他の強豪校、梟谷の木兎や音駒の黒尾等と絡む時、一緒になって練習・試合等をする時、子供の様に目を輝かせてる時がこの合宿であった。

 

違った一面を知れた事に対して、清水も何処か嬉しく思えたのだ。

自分を律して、仲間(チーム)優先。……そんな姿が良く目に映る気がするから。

 

清水に似た感覚を覚えているのは、恐らくは、澤村や菅原、それに東峰。つまり3年の皆だろう。

 

 

「ふぅ……(まだまだ力不足かもしれないが……)」

「(土台(・・)くらいは、きちっと作ってやらないとな。……必ず、火神(あいつ)も日向の様に、自由(・・)にやらせられる様に)」

「(出来る事、オレにも出来る事を………ッ)」

 

 

守備面でも攻撃面でも、頼る事が多い現状。

引っ張られている感覚(・・・・・・・・・・)がまだまだ拭えず鮮明に感じているこの現状。

 

 

そんな中でも 少しでも支える事が出来る側(・・・・・・・・・)になれる様に。

 

 

 

 

 

 

それぞれの思いを胸に、試合を重ねていく。

試合が重なっていくと言う事は、その回数分だけ 自分たちの伸びしろを手繰る事が出来る。

 

 

 

だが、それでもあの速攻だけは、糸口を掴む事さえ出来ない状況が続いた。

 

 

 

「(こればっかりは、どうしようも無い……な。いや、まずは自分の事だ)」

 

 

火神は、2人を見ながら汗を拭う。

 

 

こうすれば成功する。

ああすれば成功する。

これをやれば成功する

あれをやれば成功する。

 

 

と言った口で言って直ぐに再現できるような安いモノであれば、幾らでも火神は口を出す……が、この速攻ばかりは難しいとしか言えない。アニメや漫画では大した時間を取らせなかったが、生憎ここは現実(リアル)

諦めなければ辿り着く場所は同じでも、その過程の部分がとんでもなく大変で難解だ。

 

 

火神は、何度も何度も声掛けをしては落ち着かせては、時には強めに発破をかけ、清濁を織り交ぜて背を叩き続けてきたが、日向の顔が激しく歪む機会の方が多くなってきていた。

 

出来ない自分が歯がゆい事が、その表情からよく解る。

 

技術的に置いていかれているのがよく解る。

そして、火神自身もコートの外に出たからこそ、コートの中では気付けなかった日向の様子が良く見える。

 

 

「……翔陽、イラついてるな。明らかに」

 

 

下唇を噛みしめている。

(ボール)を1つ落とす度に、顎の力が増していってる様で、血が滲み出るのももう時間の問題……と思えてしまう。

 

 

「あそこまで、イライラしてる日向、火神は見た事あるか?」

 

 

心配しているのは、菅原も同様だった。

交代で入っていて、出てきたばかりだと言うのに。疲れて、膝も正直ガクガクだった筈なのに、日向を見て、自分のことを忘れてしまう程に。

 

 

「―――いいえ。悔しそうにしてる姿、顔は何度も何度も見てきてますが、あの手の顔を見せるのは初めてです。鬼気迫る、って言葉が今の翔陽にはよく似合う」

「火神が言う程……か。明らかに肩に力が入り過ぎてるもんな。……オレが言っても説得力に欠けるかもだけど、ベスト・パフォーマンスって、力みからは遠いっていうらしいし」

 

 

菅原の自虐的なコメントを否定しながらも、力みに関しては火神も同じ意見だ。

余計な力を変えてしまえば、そこに無駄が生まれる。無駄が1つでも生まれてしまえば、あの神業とも言える超速攻は成立しない。

トスとスパイク、どの分野も欠けてはいけないのだ。

 

 

「多分、日向のヤツ さっきの月島見てから、より一層変わった感じがする……。表情が」

「あ、それはオレも思った。月島が自己主張した時も驚いたし、あの梟谷の4番も逃げた(・・・)って言われてたから」

 

 

菅原の隣で日向を見ていた2年の木下と成田。

実に的確に日向の心中を突いている。

 

 

先輩(2年)としては、正直、情けない気分にさせられる程、トンデモナイ向上心だな……」

「そもそも、オレら自身が前科有る(逃げた事ある)しなぁ……。触発される前に正直眩しすぎる。直射日光かよ」

 

 

苦虫を噛み潰した様な顔になる2人だが、その目付きは決して自虐的なだけでは終わらない決意も見えている。

 

 

「…………」

 

 

今全力で練習をしているのだから、過去の事をいつまでも悔やまない事~ と菅原がフォローしようとしたが、する必要なし、と判断する程だった。

 

情けない気分のまま、終わらないと言う決意。

それはそうだ。成田も木下も、そして縁下だってそう。同学年にあの田中や西谷がいる。その背を見ている筈なのだから。立ち止まってる暇は無い事くらい、解っている筈だから。

 

それは影山を含む1年達が、火神の背を見ている感覚。

それと同種のモノである。

 

 

 

「くっ……そっっ!!」

 

 

 

 

日向は大きく肩で息をしながら、叩き落された(ボール)を睨みつけた。

いや、睨みたいのは自分自身だろう。

 

各々がこの合宿で目を見張る程上手くなっていってるのは間違いない。

 

元々のバレーのレベルが他よりも低い日向の唯一他を圧倒していると言わしめるのが、あの速攻。

 

変人速攻が使えない今の日向は、ほぼ間違いなく……。

 

 

 

 

「バカ野郎……」

 

 

火神は小さく、そして日向の様に歯を喰いしばりながら呟いた。

 

それを聞いた控えメンバーは皆一様に火神の方を見た。火神自身も、小さな声でつぶやく様に言ったとはいえ、聞かれていた様だ、と察して続けて言う。

 

 

「今、翔陽のヤツ、絶対【自分だけ何も無い】って思ってますよ」

 

 

火神は、日向の一本一本、そして変わっていく表情を見てそう結論させた。

それを聞いた成田も木下も、勿論菅原も納得した。

 

 

「イラついている原因は、自分自身……か。向上心の塊なのは良い事だけど……」

「この場では正直、悪循環になりかねません。もう一度、頭を冷やした方が……」

 

 

火神はそう結論すると同時に、烏養や武田の方を見た。

最初こそ、身振り手振りのジェスチャーで伝えようとしていたのだが、丁度同じ考えだったのか、何やら行動を起こしそうな雰囲気だった。

 

この攻防。点を獲るにしろ、獲られるにしろ、タイムか若しくは交代となるだろう、と思っていたその時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイ!! 今、手ェ抜いたな!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日向の怒号が、体育館中に響いた。

怒りの視線を向けている相手は……影山だった。

 

 

「……あ、あれ?(これって……)」

 

 

試合を見ていなかったせいもあり火神は、日向の声で漸く気付く。

一体何が起きたのかを。

 

 

「今、日向が点を決めた……筈なのに、何か怒り始めた。影山のトスに、日向がフォローした形になったんだけど……」

「なら、なんでだ? オレも解んない」

「???」

 

 

 

日向が怒る理由が解らず、コートの外で見ていた者たちの殆どが首を傾げていた。

火神はあの一瞬の攻防を見逃していた様だ。

 

 

それは烏野の攻撃(強サーブ)が一発で帰ってくると言うチャンスボールの場面。

 

西谷が正確にオーバーで(ボール)を処理し、理想的なAパスを影山に返した。

即ち 速攻のチャンス。

 

当然、それを見た日向は、あの速攻を成功させよう、今度こそ決める、と意気込んで駆けだしたのだが――――……影山のトスは やや短かったのか、日向のスイングは(ボール)を完璧に捕える事が出来ず、半ばフェイントの様な形になった。

 

それは、日向自身が狙った攻撃ではない(・・・・・・・・・)為に、相手に十分な虚を突く事が出来て相手側のコートに落ち得点となった。

 

 

 

影山の新型のトス、未完成のトスを日向が空中でフォローしてみせた、ナイスカバー……な筈なのだが、日向が突如怒り出したのだ。

 

 

 

コートの中に居た、田中や東峰、澤村、西谷も理解が出来ず。

そして何より、言われた側の影山も同じだった。

何を言われたか理解出来ない。

いや、脳はその言葉をはっきりと聞き取っていたが、理解するまでに時間を要したのだ。

 

 

影山は ゆっくり、ゆっくりと日向の言葉を頭の中で思い浮かべながら……、自身の口を使って言葉を発する。

 

 

 

「…………? ……手を、抜く?」

 

 

 

影山にとって、それはあり得ない事。

 

 

 

「……オレが?? バレーで???」

 

 

 

影山の譲れない芯の部分(プライド)に触る一言だった。

表情こそは、ほぼ変わらない真顔が、徐々に僅かに変化する。それは初めて見る者が見れば、怯えてしまいかねない程の凶悪なモノ。子供なら泣き出してもおかしくないモノ。

 

そして 日向に負けずと劣らない程の怒気をその目に込めた。

 

影山はストイックに、バレーに関しては一切驕らず、胡坐もかかず、取り組んできたつもりだ。これまでに練習不足なんて思った事はない。

 

他人に強制し続けたあの中学時代。

影山自身が誰よりも練習している事を知っているからこそ、ああいう形で反発するしかなかったとも言えるから。

 

 

バレーに関しては、手を抜くの(この言葉)は納得できるものでも許容できるものでもない。

 

 

 

 

 

「……もう一回、言ってみろよ……」

 

 

 

 

 

影山は日向の胸倉を掴み上げた。

身体が比較的軽い日向は簡単に影山に引き寄せられる。

 

 

それは、あわや手が出そうな寸前。

 

 

「コラコラ、お前ら」

「オイ、落ち着け!」

 

 

勿論、それを最後まで黙って見てる者はコートの中には居ない。

特に澤村と田中は直ぐに出動。2人の間に割って入ろうと近付いた。

 

 

外でも、中の異変に気付いた様で直ぐにタイムアウトを要求していた。

 

 

そして、日向は 【手を抜いた】と言う発言の代わりに、怒ってる理由を影山に告げる。

 

 

 

「今の 落ちてくる(・・・・・)トスじゃ無かった!!」

「!?」

 

 

 

それは、日向だからこそ感じたモノ。

 

何度も何度も打ってきたこの変人速攻のトス。

目を瞑っていても自分自身の全力全開のスパイクの打点ピンポイントに(ボール)を持ってきた神業。

 

目を瞑るのを止める、と宣言し、色々といざこざがあり……そして この合宿。影山のトスが、今までとは全く違う。打点付近で落ちてきたのを日向は驚愕した。

この明らかな変化を、いの一番に体感し、実感したのが日向だ。

 

だからこそ、気付けたのだろう。

 

これまでは、日向の打点付近で、合わないまでも トスの威力が殺され 落ちてきていた筈の(ボール)が、落ちてこなかった(・・・・・・・・)事を。

 

 

「え? ええ? 今のトスがそーだった?? ツッキーどう思う?」

「……わかんないよ。あんな一瞬の出来事で、落ちるか落ちないか、なんて。そもそも重力があるんだから、落ちてくるっていうのはお子様でも解る当たり前な事だし。………あれじゃない。動物的勘とか」

 

 

 

山口と月島がそう評する。

影山のトスの精密さに関しては、良く知っている。キモチワルイくらい正確で精密であると言う事は。

そんな精密機械が誤作動でも起こしたのか? そして、それを日向が動物的勘で気付いたのか? 

 

その辺りは、外から見ていた2人には全く理解出来てなかった。

 

因みに、今の一連の流れ、日向の言動、それらは月島自身も少なからず興味はある様で。山口との会話を切り上げると、火神の方を見て聞いた。

 

 

「んで、実際のトコどうなの?」

「ちょいちょいツッキーさんや。オレに正解求めるのって何か違うくない?」

保護者(おとーさん)なら解るトコも有るデショ」

 

 

互いに呼び方に関しては、軽くスルー。山口はちょっとビックリしていたけど、こちらは笑顔でスルー。

 

そして、最後に軽く苦笑いをしつつ、火神は2人の方を見た。

先ほどまでの日向の発言に対し、明らかに不快感満載、憤怒の顔をしていた筈の影山の表情が曇っているのを確認。

 

火神自身は、目撃していないが……十中八九間違いない事は確認出来た。

 

 

「さっきのスパイク。翔陽の肘が、曲がって(・・・・)なかったか?」

「へ? 肘??」

「…………?」

 

 

月島と山口は、しっかりと観ていたので、先ほどの一連の流れは直ぐに思い返せてる様子。

コートの外で、流し見、テキトーに観ていた、と言う訳ではないと言う事がここで解ると言うモノだ。

 

 

「ちょい、曲がってた……かも? ああ、うん。多分だけど……」

「王様のトスの距離が足んなくて、日向がセンターよりに曲げてたよ」

 

 

山口はやや自信なさげではあるが、断言。月島もとりあえず断言。

 

 

そして、2人の意見を聞いた火神はゆっくり頷くと……。

 

 

 

「これまでは、翔陽の打点付近で落ちてきてる(マジでヤバい)神業トスは、殺して落とす地点の精度が異常に高い影山のトスだから、翔陽は跳躍(ジャンプ)してフルスイングする時、大体肘は思いっきり伸び切っていた」

 

 

何度も何度も見ているのは、何も日向だけではない。

完成させる為に、フォローに回っている他のメンバー達もあの速攻は見ているから。

 

ただ、火神だけはそのトスの仕組み・真髄の様なものをズルで知っているので、より鮮明に明確に読み取る事が出来るのだ。

 

 

「遠かろうが、短かろうが、(ボール)打点付近(・・・・)で落ちてくるんだ。(ボール)に懸命に伸ばそうとする翔陽の肘は思いっきり伸びてる筈。……でも、今のは違うって事は、多分 新技のトスじゃなくて、放物線を描くトスだった、って事じゃない?」

 

 

放物線を描くトスであるからこそ、位置こそはズレないが、打点が下がり肘を、肩を落として対処した。日向だからこそ解るほんの僅かなズレだ。

 

 

「………外から見てるだけで、なんでそこまで解るの??」

 

 

山口は凄いを通り越して、半ば呆れていた。

言っている事は解るし、言われてみれば、と理解も出来る。

 

でも スパイクなんて、空中に居る時間なんて、文字通り一瞬。

肘云々は、言われたからこそ、思い返す事が出来たのだ。聞かれなかったら、そのまま記憶の彼方に消去される。

 

あの一瞬でそこまで解説出来る観察眼? 直感? が物凄い。

 

 

「そりゃ、保護者(おとーさん)だからデショ」

 

 

月島も以下同文。

同じ気持ちだった。

 

 

「………解説求められて答えただけなのに、何か解せない」

 

 

変な目で見られた火神は、質問に答えただけなのに、とそう愚痴るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、火神だけでなく、烏養も日向の訴える言葉の意味を理解していた。

武田に聞かれて……そうかもしれない? 程度だが。

 

選手のプレイの一挙一動を見逃さずに観ていたコーチだからこそ、導きだす事が出来た、と言って良いだろう。

影山の場合も重々承知。

そもそも、影山が精度が非常に高過ぎるから 変人速攻を打つ場合は、ドンピシャの打点に上げなければ即失点に繋がる。

フォローに何度か飛び込んで入った者も居るが、それでも100%フォロー出来るか? と問われれば首を縦には振れない。

 

最初からフォローする為に構えていたとしたら、早々に攻撃選択肢から外れる事になるし、日向へのマークも厳しくなるだろう。そうなれば 多彩な攻撃が持ち味である烏野の良さを消してしまう事に成りかねない。

 

勿論、影山は失点の事も考えていただろうが、それ以上に日向の事を観ていたのだろう。

スパイカーの調子を探るのもセッターの役目だから。

 

 

「……あれだな。ここ暫くは、日向は気持ちよく攻撃(スパイク)を決める事が出来てない。皆の足引っ張っちまってる、って思っててもおかしくねぇ。相当なストレスだと思うぜ。ストレス(それ)によって、日向が調子を落とす事を影山は無意識に危惧したのかもな」

「おお……! 成程……」

「!(確かに、日向はずっと苦しそうな顔してて……)」

 

 

武田も傍で聞いていた谷地も烏養の説明を聞いて納得していた。

 

 

だが、烏養は納得出来ない部分もある。

日向が言っている事の意味は何となくではあるモノの、理解出来るが、何故そこで怒る(・・)のかだ。

 

 

「(気付けた日向は正直スゲェ。あの一瞬で気付くなんて普通無理だ。……だが、なんでそこで怒る(・・)んだ?? 少なくともミスらずに済んだんだぞ? あの表情見てたら、ミスって失点する事にだって、フォローしてもらう事だって、アイツは十分ストレスを感じてた筈なのに)」

 

 

自分のせいで失点をしてしまった。

またミスをしてしまった。

 

上手く決まる決まらない以前に、ネットを超えなかった。

 

 

周囲のプレイが向上していく中で、ただ1人だけ置いていかれるかの様な感覚は恐らく想像を絶する。

なのに、日向はそれらを差し置いても、影山に怒ると言う選択肢を選んだ、と言うのに、烏養は驚きを隠せれない。

 

 

そんな時だ。

 

 

 

「飛雄!」

「!?」

 

 

 

声が響く。

それは、日向の怒声の後では一番大きな代物。

そして、コート内ではない。影山や日向を止めようとしている様な性質の声じゃない。

 

声を掛けたのは……火神だ。

 

 

 

先ほどまで、日向に負けずと劣らない程に怒っていた影山だったが、日向の指摘に思う所があるらしく、その表情は鳴りを潜め、沈んでいたのだが、名を呼ばれた事により、はっ、と我に返って声のする方へと視線を向けた。

 

 

そう言うの(・・・・・)は、翔陽にとっては余計なお世話だったみたいだな?」

「っ……!?」

 

 

ニッ、と笑顔で言う火神。

そう言うの―――、の言葉の意味がいまいち解らないのは、火神以外のメンバー。

 

 

「どーゆーこと? そう言うの(・・・・・)って?」

 

 

比較的傍に居た菅原が、その真意を聞く為に、そっと火神に耳打ちをした。

菅原の問いに火神はまた笑顔になって答えた。

 

 

「飛雄は翔陽に気を利かせた(・・・・・・)、って事です。これまで【オレの思い通りに動け!】って、アレだけ言ってた飛雄(アイツ)が、今、どうにか翔陽に打たせようとした」

 

 

そこまで言って一区切りすると、続けざまにもう1度輝いてるような笑顔を見せる。

 

 

「結果的に、翔陽を怒らせたみたいですが、なんか良いじゃないですか。より見る様になった気がするんで」

「ほ――……」

 

 

まるで、息子の成長を喜ぶ親の様な……、いや、それにしては少々幼さが有る。

それでも、火神のここまでの笑顔は、ここ最近 試合中以外には 随分久しぶりな気がする。

 

 

「………ふふふ」

 

 

その笑みを見ていた者の1人である清水。

他のメンバーは、言っている意味を何処か納得した、と言った表情だが、清水は自然と同じ様に笑みを浮かべていた。

 

いつもいつも、年齢を詐称しているのではないか、と思える程しっかりしている火神が時折見せてくれる、年相応のこの笑顔がとても心地良いから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切っ掛けは、怒声と言う一触即発な感覚ではあったが、何処か今は穏やかな雰囲気。

影山は影山で、その意味に気付いたのか、或いは気付いてないのか、解らないが 憤怒の表情は完全に霧散している。

 

そして、日向はと言うと。

 

 

「影山っっ!!」

「落ち着けっての!」

 

 

火神の言葉は頭に入ってない様子。1人だけまだまだ興奮していて、田中に抑えられていた。

 

 

 

「絶対、止めんな!!!」

「!」

 

 

 

 

 

最初こそ、日向の一言で怒りに染まった。

バレーで手を抜く事なんて考えられないし、あり得ない事だと憤慨した。

 

 

だが、日向の指摘を聞き 実に的確に的を射ていた、と自覚した。

 

 

無意識下だったかもしれないが、ほぼ打てていない日向が何度か目に入ったのは事実。

そして、生川や森然と言った、烏野と同格、互角以上に戦えるチーム相手であれば、どうにか数度勝つ事だって出来ているが、格上である音駒や梟谷には勝てていない現状。……良い勝負は出来ても、勝ち切れてない現状。

ミスをする()となってしまっている事だって自覚している。

 

これ以上、悪循環にならない様に……せめて調子だけでも上げられる様に、とトスを妥協してしまった。

 

火神は、影山の妥協を【気を利かせた】と表現した様だが、影山にとっては新型のトスより難易度を下げたのだから、そう簡単な事ではない。

ある程度レベルを落とした(・・・・・・・・・・・・)のだ。正直似て非なるモノだと言えるだろう。

 

 

 

そして、火神の言う【余計なお世話】と言う言葉も頭を過る。

 

何とか打たせようとした、と言う意識そのものが余計だった事を痛感した。

 

 

【止めるな】

 

 

日向のその言葉が、より顕著にそれを物語っている。

 

 

「(……スパイカーが欲しいトスに、100%応える努力をしたか……。……………余計な事をした、って事か)」

 

 

沈んでいた表情が浮上する。

その影山の顔は、視線は一切曇っていない。

 

ただただ、真っ直ぐに前を見据えていた。

 

 

 

 

それは、迷いの全てを払拭した。そんな表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、色々と遅くなったが漸くちゃんとした? タイムアウト。

 

 

「兎に角だ。もっと精度が上がるまで、試合での新しい速攻は封印しよう」

「えっ!?」

「練習を重ねる事だって大切だが、個々がもっと練りあがった状態で合わせた方が良い、って事だ。……この速攻に関しちゃ、何となくとしか言えねぇがな」

 

 

烏養の采配。

あの新型の変人速攻を封印する事だった。

 

日向は勿論だが、技術的に圧倒的に上である影山がまだ未習得な状態。2人ともが未完成なモノを幾ら掻き合わせた所で、完成とは程遠いモノだろう。

それに間違いなくあの変人速攻は個人技に頼る面のウエイトが大きいから。

 

 

「日向、それにお前は ジジイんトコで散々やらされてる筈だ。覚えてるよな? 【テンポ】」

「! ハイ」

「誰とでもファースト・テンポ。それをイメージした速攻を使え。影山だけじゃない。菅原、火神……どんなヤツが上げた速攻でも確実に決める。まぁ、お前らが言う【普通の速攻】100%の精度。そんでもって【狭義の】ファースト・テンポだ」

「?? きょーぎ??」

「後でベンキョーな」

「うげっ!」

 

 

狭義の意味がさっぱりな日向に、火神が後ろで勉強を促す。

ベンキョーと言う言葉を聞いて、日向は咽るのだった。

 

 

「そんでもって、火神。今日からお前さん式のセットアップも組んでやり込んでいきてぇから、影山・菅原・火神の3人セッターで回す。これは日向限りじゃねーぞ。全員が誰とでもファースト・テンポで打てる様にする為だ。2段トス用のツーセッター限定じゃ勿体ないからな」

「!!」

「アス」

 

 

火神セッターと言うのは、これまでに何度か行っている。……が、あくまでも火神のポジションはWS(ウインドスパイカー)であり、S(セッター)としてのフォーメーションはこの合宿初だ。

 

 

「負けねーぞ、火神!」

「! アス! オレも負けないっス」

 

 

ニヤッ、と笑みを浮かべて対抗心を向けるのは菅原だ。

技量じゃ確かに火神には敵わないかもしれないが、それで菅原は下を向く理由にはならない。

何より、引っ張られるのではなく、共に上っていく(・・・・・・・)を意識しているから。3年と言う事も有り、精神面(メンタル)は大丈夫だ。

 

 

ただ、1つあるとするなら――――。

 

 

「…………………(負けねぇ、負けねぇ負けねぇ負けねぇ負けねぇ負けねぇ)」

「わっはっはっはっは! ガン飛ばしてんじゃないよ、影山」

「あと、変なオーラ? みたいなのも抑えて抑えて。可視化させるのは大したもんだと思うけどさ」

 

 

 

菅原の数倍はある対抗心、負けん気、ライバル意識、それら類義語が合わさって出させる影山飛雄の凄まじい眼力。

 

背景に炎がバッチリ入り込む程、影山は火神に対して燃やしに燃やし、そして何より先ほどの迷いを吹っ切った表情に加えて、気合が120%に膨らむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日の夜。

始まるそれぞれの強化・自主練習。

 

 

「火神君、練習に行きたいのに、ちょっと時間くれてありがとう……」

「あははは、谷地さんに ああも言われたら……ねぇ? 大丈夫だよ、大丈夫」

「う、ウッス……」

 

 

いつもなら、第3体育館にて火神は木兎達と練習を……となる筈だったのだが、現在火神が居るのは、谷地と同じく第1体育館。

 

ここは、日向や影山が自主練習として使わせてもらってる体育館。

 

そして、谷地はその手伝いに残っている。

 

役割は セッターにAパスとして返球する係。

 

山なり(ボール)を排球する事は、もう太鼓判・プロフェッショナルの称号(火神・日向お墨付き)を貰っており、それを遺憾なく発揮する為に、皆の為にマネージャーとして残ってくれているのだ。

 

 

今日もいつも通り―――と思っていたのだが、何やら胸騒ぎがするとの事で、火神に少し残ってもらっているのである。

 

 

 

 

 

 

【つ、つぎ! つぎ、何かあったら、つぎ、なにかあったら……!】

 

 

 

 

 

 

と、何かうわ言の様に言う谷地を放置するのは可哀想だと言う理由もあるが、何より大丈夫である事を直接言い、そして証明もしたかった。

 

 

「あれ? 誠也は、その……、アッチ(・・・) 行かねーの? 結構、呼ばれるんじゃなかったっけ?」

 

 

そんな時、火神が残ってる事に気付いた日向は、羨ましい……嫉妬心をどうにか抑えつつ、聞いた。

 

 

「ああ、もう木兎さんの中では、オレが向こうに来る事は決定事項みたいで、今日からは わざわざ呼ぶ手間省くんだって。呼ぶ時間も練習に? って感じ?」

「へぇぇぇぇぇ………」

 

 

梟谷のエース、木兎に最早顔パスな火神を見て、更に嫉妬心が爆発しそう。

そんな日向を見た火神は、軽く拳を日向の右胸にあてて言った。

 

 

「……翔陽。目の前の事1個1個ケリつけなきゃだろ? 一足飛び足だったり、色々追っかけてっと、全部逃しちゃうぞ?」

「あ、【二兎を追う者は一兎をも得ず】ってヤツだね?」

「そーそー」

「ふぐ……(……にとろ、おう?)」

 

 

漢字もことわざも苦手な日向。

【狭義】に関しても、解らなかったから口に思わず出してしまったせいで、ちょっとした勉強会? みたいなのが開かれ、月島には 辛口を貰い、結構散々な目に合ったので、………自身が悪いのは解っているが、なるべく口に出すのは控える日向だった。

 

 

 

そして、そんなこんなで、影山が到着。

日向に一瞥もせず、ただただ、転がってる(ボール)の1つを拾い上げると、視線を交わす事なく告げた。

 

 

「今日の夜からオレはお前と練習しない」

「!!? なんでだよ!?」

 

「エ゛ッッ!?」

「!」

 

 

 

まさかの宣言。

日向は勿論の事、谷地もかなりの衝撃。

 

視線で火神の方に【だいじょーぶって言ったのにっっ】と言った訴えをしてくる。言葉に出さなくても火神には伝わってくる。

目をうるうると、うるわせているその表情は、やっぱり小動物のような愛くるしさがあった……が、からかうのは可哀想だし、安心もさせてあげたい。

 

だから 火神は 【大丈夫】と言う様に パチンっ、とウインクをし、2人の方を見る様なジェスチャーをした。

 

 

 

そして、火神がジェスチャーをしたのとほぼ同時に、影山が振り返ってはっきりと言った。

 

 

 

 

「オレがトスミスってるうちは、お前の練習になんねぇだろ」

「「!!?」」

「フフッ」

 

 

気を利かせる発言の後は、日向を尊重している様な発言。

影山の超絶上から目線な言葉を、谷地は覚えている。【お前の意思は必要ない】とまで言っていたのを覚えている。

 

 

「こ、ここまで読んでたの??」

 

 

だからこそ、驚く。

大丈夫だと断言した火神の事も同じくらい驚く。

未来を読んでるのか、若しくは、影山の事を完璧に把握しているほんとの保護者(お父さん)だと断言したい気持ちである。

 

 

「うん。大丈夫だったでしょ?」

「スゴイデス……、も、火神君が言えば説得力増シマス」

「いや、そこまで驚かなくても良いと思うよ?? それに変にカタコトになっちゃってるって」

 

 

 

火神と谷地がこそこそと話している最中。

同じく驚いていた日向は、影山の顔をまじまじと見つめながら言った。

 

 

 

「お前が気ィ遣うなんてコェェ~~! でも早く落ちるトスくれよ! 打ちたい!!」

 

 

 

反対に日向は影山の心情お構いなし。

思ってる事を全て発する。まさに、以前から火神が言う猪突猛進型そのものだ。

 

そして、目の前でちょろちょろ・くれくれ する日向をも尊重出来る程、影山は変わりきった訳ではない。―――寧ろ、そこまでは変わらない。

 

 

「だから練習するっつってんだボゲェェェェ!!」

「ぎゃあーーー!!」

 

 

あまりの鬱陶しさに痺れを切らせてぶん投げていた。

 

 

「あ、日向が昼間怒ったのって………」

 

 

谷地が何かを悟ったその時、火神は谷地の頭をぽんっ、と叩くと。2人の前に出た。

 

 

「あっはっはっは! 飛雄が当然の様に出来るのは翔陽にとっては最早決定事項、って事だな。と言うか、翔陽。昼間オレ、飛雄が翔陽に気を利かせてちょっとでも打ちやすく~ って言ってたのに、信じてなかったのかよ」

 

 

ぶん投げられた日向は、火神の話を聴くと、ぴょんっ! と飛び起きて言った。

 

 

「だって! いっくら誠也でも、気ぃ使うなんて 流石に信じにくい! 面向かって (影山から)色々言われたオレの身になってくれたら解る筈だ!!」

「あ―――、まぁ、そりゃ、そーだけど……」

「うっせえぇ!! ボゲェ!!」

「ほいほい、飛雄もドードー。つか、今日はまるで逆だな? お前ら」

 

 

火神は、にししっ、と歯を剥き出しにして笑うと、日向と影山を交互に見た。

 

日向と影山は、何の事か? と首を傾げている。

 

 

 

「翔陽や月島は、飛雄の事を王様王様言うケド、今日は翔陽の方が王様(・・・・・・・)だ。割とマジメな話。影山に トスを寄越せ、妥協一切許さん、最高のトスを寄越せ、って割と横暴気味に言ってる所みたらさ」

 

 

 

火神はそこまで言うと、堪えきれなくなり大笑いした。

 

影山は、王様発言そのものに、イラつき、日向は元々王様と言う異名は格好いいと思っていたので、満更でもない様子。

 

そして、谷地はまたまた驚いた。

日向に抱く印象……火神のそれと全く同じだったから。

 

谷地の目にもはっきりと見えた気がしたから。今の日向にこそ、王冠が見える……と。

 

一瞬の躊躇い・妥協は許さない、最高のトスも所望する、とマントと王冠が見えた気がしたから。

 

 

 

「その内、オレのトスにも、色々と要求(いちゃもん)してきそうで、ハラハラするよ」

 

 

 

3人ではしゃぐ姿を見て、あの時のケンカが……嘘の様だ。

 

 

 

 

「全然ハラハラしてる顔じゃねーぞ!! ぜってぇぇぇ、負けねぇからな!! セッターはオレだ!!」

「ぷぷぷっ、誠也の方が影山より早く落ちるトス使いそう!」

「!!! 負けるか!!」

「……オレにも他に色々と練習してる事があんの。それに最初の突き抜けるトスならまだしも、あんな無茶なヤツに手ェ出す予定はないっつーの! それに、他人の事より翔陽だ。【誰とでもファースト・テンポ】は大丈夫なのか?? 烏養監督(・・・・)の言いつけ守ってるか??」

「ふぐっっ、お、オレだってやってやるんだ! 絶対やってやる!!」

「……!? ちょっとまて! ジジイって誰の事かと思ったら、烏養監督(・・)!? お前らだけ、烏養監督に教わってんのかよ!!」

 

 

 

本当に楽しそうにはしゃいでる。

とても大変な筈なのに、本当に楽しそうに……。

 

 

「(あの速攻……烏養コーチは封印するって言ってたケド……。もっと精度上げてからって言ってたケド………)何だか出来る気がする。凄く。3人見てたら……直ぐにでも出来そうな……」

 

 

谷地の独り言。

それを聞いて、日向と影山は頷いた。

 

 

 

 

【当然】と言い切って。

 

 

 

 

まるで、何処か止まっていた2人が、本当の意味で再起動したかの様。

 

 

 

 

「ん? でも、あの速攻は翔陽と飛雄の2人の(・・・)速攻だから、オレ関係なくない?」

「ふふふ。でもでも、火神君が居るのと居ないのとじゃ、全然違うよ。うん、全く違う!」

「そう、かな?」

「うんうん」

 

 

 

火神は 何処となく嬉しそうな気がする谷地。

 

 

 

また怒られるかもしれないけれど、さっきは日向の王冠とマントが見えた気がした時とは違う光景が見えた気がした。

 

 

 

今は……日向と影山の2人よりもずっとずっと大きな大きな火神が、優しく2人の頭を撫でて、前へ進むように促してる風に見える。

 

 

 

 

本当のお父さん(・・・・・・・)の様な光景が見えた。

 

 

 

 

「(あははは。……なら、お母さん(・・・・)は誰なのかな?)」

 

 

 

 

 

世話をやいてるお父さんと子供2人。

そしてその更に後ろに―――谷地は 誰か(・・)を見た様な気がしたのだった。

 

 

 


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