やっぱり、日向と言う男は いつも話題には事欠かないな、と思うのは火神である。
つい先ほどまで、日向の事は 清水と話題に上がっていたのに、また話題のネタが増えそうだ、とも思った。
それと体育館から追い出されるなんて、今時の高校生なら……いや、今じゃ無くても、早々いるもんじゃないと思う。
古き良き時代?
そんな体育会系にはあったのかも知れないが、生憎火神は2度目の高校生活だけど、上下関係は勿論、その他諸々色々ときつい学校で部活だったと思うけれど、それでも実際に遭遇したことはない。
それも2人同時にともなれば、更に希少だ。
間違いなく見知った場面ではあるが、いざ現実に目の当たりにするとやっぱり色んな意味で凄い。
「う、うわあああ!! ど、なっ【仲間の自覚】ってなに!? どうやんの?? そんなの試験勉強にもなかった!!」
「うるせえ! 知るか!!」
「うわああああああ!! 入れてください! バレー、やらせてください! お、おれ影山とも ちゃ、ちゃんと仲良くしますからあああ」
「おいコラ! そこどけ!」
「あたっ! な、何すんだよ! 今俺が話してんだろ!!」
「うるせえ! 主将! すみませんでした! コイツともちゃんと協力します。部活に参加させてください」
本当に目を背けたくなるような状況。まさに阿鼻叫喚。……とまでは言わない。
何度も言うが、これは火神にとっては、知っている光景かもしれないが、知っていることと実際に見てみるのではまるで違った。
まさに百聞は一見にしかず、である。
今四字熟語を使うのなら、或いは唖然失笑が正しいかもしれない。
「ちょっとちょっとお2人さん。今 盛り上がってるとこ悪いけど、そこ、通してくれ」
とりあえず、入り口前を陣取られてしまったら、火神は兎も角 清水に迷惑が掛かるので、まだヒートアップしていて回りが見えていない2人の肩をたたく。
「ッ、ああ! せいやーっ!!」
「よっす。さっきぶりだ。でもやっぱ、いつでも何処でも騒がしいな、翔陽は」
「うわぁぁん、せぇぇいやぁぁぁ! たすけてくれーーー!」
「って、うわわっ! いきなり抱き着いてくるな! お、落ちるって!」
号泣しながら突っ込んでくる日向。
そして 清水から半分託された荷物をどうにか落とす事だけは回避した火神はファインプレイ。
「はぁ……、すみません。清水先輩。先に行ってもらっても大丈夫ですか? 少し話したい事があるので」
「……ふふ、了解。それじゃ、荷物貰うね。ここまでありがとう」
清水は、呆れ顔ではあるものの、何処となく楽しそうな気もする火神を見て、軽く笑った後に、火神が持つ荷物に手を掛けた。
「いえ、こちらこそ。何だか、騒がしくてすみません」
「いい。これは元々私の仕事だし。騒がしいのには慣れてるから。じゃあ、中で待ってる。澤村達にも伝えておく」
「よろしくお願いします。後で自分も改めて言いますんで。あ、清水先輩」
「ん?」
火神は荷物を渡す際に、清水に向かって笑っていった。
「これから、もっともっと騒がしくなると思いますが、どうかよろしくお願いします」
「……みたいね。覚悟しとく」
チラリと日向の方を向く火神。まだ日向はじたばたして、影山とじゃれている。
そして、清水は火神が言った意味を理解してまた笑った。間違いなく、今までで一番だろうから。
その後、清水は第2体育館の扉へ。
固く閉ざされていそうな感じがするのだが、鍵がかかっている訳ではないので普通に開けて中に入る清水。
清水が入った事で、少なからず体育館内が賑やかになったようだが、とりあえず今は置いておいた。
その後やれやれ、と頭を数度振った後に、火神はもう一方の影山の方を見た。
「よ! 久しぶりだな。影山。中学の公式戦以来だ」
「
影山の笑みを見た日向は、身震いしていた。
「お前が笑うのこえぇよ、なんか」
「ッ、うるせぇ!!」
恥ずかしかったのか、単純に日向の事がむかついたのかわからないが、とりあえず日向を投げ飛ばす事が出来るという事は、筋力は相当アップしている様だ。
幾ら日向が小柄とはいえ、いい飛びっぷり。
「さてさて。翔陽」
「いてて……、んん、なんだ? せいや」
「翔陽にとって良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
火神はにやりと笑ってそう言う。
日向は少しだけ不安そうな顔を見せていたが、その中の良いニュース、と言う言葉だけは早く反応したようなので、目を輝かせながら火神に詰め寄る。
「良い方だけでいい!! 良い方!!」
「わかったわかった。頼むから、飛びつきそうな勢いで来るの今は止めて。……っと、こほん」
火神はわざとらしく咳払い。腰に手を当てて少しだけ胸を張る様にすると、高らかに宣言。
「この度、俺火神誠也は 烏野排球部に入部する事に決めました」
「……へ??」
「はぁ? 何言ってんだ? お前がバレーしないとかありえんのか??」
あくどい笑みを浮かべた後は、ずっと眉間に皺を寄せていた影山。火神が言っていた事の本当の意味を知らないから、ただただ呆れているようだった。
だが、日向は違う。
「うわぁぁぁぁ、ヨカッターーー! ばかやろーー、心配かけやがってーー!」
また、日向は抱き着いてきた。
まるで、コアラ(日向)とユーカリの木(火神)だ。
頬ずりまでしそうになったので、流石に火神は振りほどいた。
「はいはーい、ステイステイ。んで、お待ちかねの悪い方のニュースです」
「せいやー………、き、聞きたくないが、こいっ」
「(悪い方のニュース? 気になるな……)」
日向だけでなく、影山も少なからず興味がある様子。
ただ、良いニュースの内容も影山にとっては大したことの無い、当たり前の様な事なので、悪い方も大したことないだろう、と思っていたのだ……が。
「うん。悪いけど、先行くな? お2人さん」
ベストスマイルで、手をひらひらと振りながら、火神は第2体育館の前に立った。
「「……はっ!?」」
火神が登場した事で、どうやら置かれている立場を忘れ去っていた様だが、ここへきてようやく思い出せていた。……部活には参加させない、と言われていた事に。
【みすてないでーー】
と聞こえたが、申し訳ないが自分の一存じゃどうにもならないので、軽く手を振って返すだけにとどめた。
火神は、扉を軽くノックをしてみる……すると、直ぐ開いた。
「おおお! 火神だな! よく来たなぁ」
先ほどまで、怖かった筈(日向と影山視点)の主将 澤村が満面の笑みで迎え入れてくれた。
がらっ、と大きく開く扉は、もう1人2人は入れそうな感じがする。
じり、じり……と間合いを測るかの様に、餌に向かって飛び出す獣の様に、構えている日向と影山だったが。
「……互いがチームメイトだって自覚、したのか?」
そうはいかない。
笑っているんだけど、笑ってない。目が笑ってない澤村。
自分自身に向けられているわけじゃないのに、親に叱られる時の様な威圧感を凄く感じた火神は、軽く委縮した。
真っ黒で、真っすぐな目を向けられ……、日向は怯んだ様だが、影山は一歩前に出た。
「すみませんでした!! 俺、コイツともちゃんと協力します! 部活に参加させてください!!」
改めての影山の宣言。
それを聞いた澤村は、数秒間……じぃぃぃっと影山の目を見た。本当に真っ黒で笑ってない瞳というのは、何処か吸い込まれそうな恐怖感を与えてくれる。なので、思わずビクついてしまっている様だった。それを見た澤村は。
「本音は?」
ただの一言返しただけだった。
それを聞いて、更にその後にも続く無言の圧力を受けた影山は、とうとう白状してしまう。
「……試合で、今の
「はぁ!? ナニ言ってんのオマエっ! つか、いらねーって、ひどいっ!!」
「……それと、さらっと名前出して、俺巻き込むのやめてくれない?」
見るのと聞くのとではまるで違う影山の名言を頂きました。1人バレー。不可能バレーである。
「はっはっはっは!! なんで本当に言っちゃうんだよ、本音を! ま、良いと思うよそういうの。と言うか、火神とは、ついこの間まで戦う相手、敵同士だったってのに、凄い信頼してんだなー。ま、あの試合見てたら俺でも判るけどな。この男の凄さってヤツ? そりゃ信頼の1つや2つ、できるよなー」
「あ、ありがとうございます」
想像以上の歓迎っぷりに、少しばかり照れてしまうのは仕方ないことだ。ここまでの歓迎は今までで無かったかもしれない。日向に喜ばれた事はあったけど、主将直々というのがやっぱり、インパクトがあった。
「……でも、最悪なタイミングで名前呼ばれたって思ってもいます」
「それも判るよ。バレーやらせない、やらせる、みたいな会話の中で、自分の名前出てきたら困るよなぁ。当事者じゃないんだし。ま、チームでやるスポーツだから、連帯責任ってのも場合によればあるけど、今回のは安心していいよ。……確実に、完璧に、この2人だけが起こした事だ」
澤村の説明を聞いて 一安心、と簡単にはいかなかった。
「(澤村さん、全然笑ってない。目が笑ってない……。教頭の件 相当堪えたんだろうなぁ……)」
遠い目をする火神。知っているとはいえ、実際に【あんなこと】が起きてしまって、その起こした連中の責任者が自分だったら、と考えたら、笑うに笑えない。でも、それがキャプテンの宿命というヤツだろう。
「というわけで、だ」
澤村は腕を組み、改めて問題行動を起こしてくれた2人の方を見て言う。
「影山。お前が火神を信頼しているのも判ったし、その理由も判ってる。日向がまだまだ足りない、頼りないって事も判る。でもさ、そんな中でも繋いでくのがバレーだ」
それは極々当たり前の事。
バレーに限らず、チームプレイを主とする競技全てに通じる。1人でどうにかできる、やろうとする事は、個人競技に限るだろう。
それならば、必要最低限の
バリバリのチームプレイだ。
「【アイツは、認めてるから良いけど、コイツダメ】みたいなのがまかり通っていたら、チームが成り立たなくなる。……お前なら、わかる筈だろ? バレーはボールを落としたらダメ、持ってもダメ、1人が続けて二度触るのもダメ。影山、それでどうやって戦っていくの?」
最後は笑顔で締めた。
澤村は今回はちゃんとした笑顔だった。
その笑顔のまま―――ぴしゃり、と扉は固く閉じられた。
「翔陽……。まぁ、頑張って」
流石に擁護する気はないので、そのまま火神は澤村と一緒にバレー部の皆が待つ方へ。
日向は、影山の衝撃発言に度肝を抜かされたみたいで、今回はなにも火神に言うことはなかった。(言うのを忘れていたのかもしれない)
そして、烏野バレー部。
本当にやってきたと、体育館に入って改めて実感した火神。
アップを一時止めて皆が集まった所で、チームの自己紹介。
それは、言うまでもない、火神はよく知っているつもりだ。
いつも新顔、敵、誰かれ構わず睨みつけ、威嚇する習性のある田中。
実は、激情家っぽさもあるが、基本温和でやさしく、安心できる笑顔の副主将の菅原。
普段は凄く優しいが、怒ると怖い。でも頼りになるチームの大黒柱澤村。
名前がその人の本質と姿勢を表している、次期主将候補縁下。
実はビビリ、でもやるときはやる男でもある木下。
存在感がない、と言われてるみたいだけど、しっかり存在している成田。
そして、紅一点、高嶺の花、才色兼備、美しさを現している名を持つ、マネージャーの清水。
まだ他にもいるけれど、今いるのはこのメンバー。
感動ものだ。
「えー、もうわかってると思う! 俺が期待してた超大型新人君の火神だ。皆、宜しくしてやってくれ」
「ちょっ、……っ~~」
感動してて、反応に遅れてしまった。またまた非常に恥ずかしい紹介のされ方をされてしまった。
「ははっ、火神ってかわいいとこあるなぁ? 田中。あのチームを纏めてたし、結構堅物っぽいイメージも持ってたんだけどな」
「そーっすかぁ? まだまだわかんねぇっスよぉ……? 実は違った一面があって、そいつを調教しなきゃなんない時だってあるかもしれないんスよ、スガさん。そん時こそ、3年の威厳ってヤツを見せてやってくださいよ??」
田中がもの凄くにらんできた。それも知っている火神。寧ろ嬉しくも思ってしまっている。(もちろん、彼はMって訳ではないが)
「そろそろ止めときなさい。火神は良い子だってわかるだろ?」
「ッッ~~」
ぽんっ、と田中の肩に手が置かれる。その手の主は澤村。威圧、威嚇を繰り返している田中。ほんの少しでも戦力を失う可能性があるのは回避したい澤村は、軽く田中を注意した。
ついさっきまで激怒の表情を見ていた田中だからこそ、今日はいつも以上に澤村に圧倒された様だ。良い子って説明はちょっとどうかと思ったが、何も口を挟まなかった。
「んじゃ、火神。名前―――簡単な自己紹介を頼む。皆知ってると思うけど、改めてな」
「了解! 1年5組、雪ヶ丘中から来ました火神誠也です! ポジションは特に決まってません。大体の場所、出来ます」
火神の説明を聞いて、おぉぉ、と感嘆の声を上げる者が多数いた。
「そりゃ凄いな。オールラウンダーって、紹介するヤツ今まででいたっけ?」
「………ほぉ~ 是非やってみてもらいたいもんだなぁ」
「田中ステイ」
ぐいっ、と田中を抑える菅原。
「いえいえ、必要だったので、必要に迫られて覚えたって感じですよ。どこが得意って訳でもないので器用貧乏って感じじゃないでしょうか?」
「謙遜すんなって。あの試合みたぞー。やばいじゃん。あんな寄せ集めみたいなチームでしっかりやってて、田中だって、今こんなだけど、めちゃくちゃほめてたから。な?田中」
「す、スガさん……! あーそうっスね! 確かに、ナイスガッツではあった。あのチビもへたくそだったけど、すんげー飛んでたし。お前ら二人、ほんとやべーよ。あーでも、チビの方は問題起こして今外だけど」
威圧モード気味だった田中も、ほめる所はほめてくれる。裏表のない人間なのだ。感情がすぐに前に出るから。だからこそ、褒める所にも嘘偽りはない。
「ありがとうございます。菅原先輩、田中先輩! それに皆さんも、これからどうぞ、よろしくお願いします!」
火神の屈託のない笑顔は、日向とは何処か違った種類の無邪気さを感じた。心底バレーが好きで、それでいてあれだけのプレイが出来、そして何より繋ぐ事が重要なバレーにおいて、チームを纏める事が出来る。期待は決して間違いではなかった、と澤村は感じた。
「いやぁ、ほんと、良い子が来たよなぁ……うんうん。未来は明るい」
「ははは。保護者かよ。ま、さっき問題児がいたばっかだからわかんなくもないけど」
澤村の苦労を知ってるからこその、菅原の感想、である。
「………(田中、先輩 せんぱい、せんぱいせんぱい~……) うはははは! これから良くしてやろう! なんせ田中、先輩だからな!」
そして、田中は 火神がいった【田中先輩】を只管頭の中でリピートした。
田中の中で、いけ好かない(暫定)後輩だったのが、可愛げのある(確定予定)後輩へと変わった瞬間だった。