王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第103話 再び東京へ

「おーし、来やがったな、誠也ぁぁ、今日はお前、ブロック入れ。チビ助とマッチしろ。今日はネット上げてあるから、思う存分跳べ」

「アスっ! 遅れてすみません!!」

 

 

場所は 烏養(一繋)家。

 

本日、やや遅れてやって来たのは火神である。

 

少々日も落ちてきているが、屋外コートとはいえ、簡易照明があるから大丈夫なのだ。

 

だから、時間の許す限りではあるが、此処を使わせてもらえる間は、限界ギリギリまで練習をする所存、である。

 

 

「うぅ……、誠也【デカ助】からアッと言う間に【誠也】に昇格した……。つーか、そもそもデカ助の方が何倍も良いし……。チビ助より………」

 

 

火神への一繋からの呼称が僅か1日で【デカ助】から【誠也】になってる事にやや不満気味なのは日向だ。

 

 

一繋の所でも練習初日……日向にとってはいつも通り、普通(・・)の火神なのだが…… やはり初めて見る者にとっては違うらしい。

 

 

「ははっ。昇格したきゃ、頑張るこったな。ヘタクソはチビ助で十分だ」

「せいや兄は、こっちのアタック普通に取っちゃった! すごーい!」

「レシーブすげーー! オレもオレも!!」

「トスも上手――! おしえてーーー!」

「ブロックしたボールも拾っちゃったもんね~。んでも、外のコートで飛び込むのは危ないと思った」

 

 

口々に返されて日向はぐうの音もでない。

火神は火神で、何度か見せた時、コートに飛び込む勢いでダイブしちゃったので、大方露出部が血だらけになる所だったが―――とりあえず大丈夫だった。

 

怪我に関しては、清水の存在もあり、火神は ちょっぴり敏感になっているから。

 

 

因みにぐうの音も言えない状態だった日向はと言うと。

 

 

 

「うぐっ……」

 

 

どうにか日向は、【うぐっ】くらいは言えていた。

 

 

ネットを挟んだ向こう側で、ちびっ子たちの人気者になってしまってる火神を見て 日向は苦虫を噛み潰した様な顔をしている。

 

 

自分自身には味方がいないのか、同じ境遇のモノは居ないのか、周りは最早敵なのか、四面楚歌とはまさにこの事なのか……と言った様子だ。

 

 

―――日向に難しい四字熟語を言っても理解出来ないだろうけれど……。

 

 

 

 

「解ってますよーー!! そーですよねーーー!! ずっとずっと付き合ってきたんですものねーーー!! だーーー! オレだってやってやるっっ!!」

 

 

何だか口調が変わった日向を見て大笑いしながら近づいてくるのは、初めて見る年配者。

 

 

「わっはっはっは! 上手くなるには練習しないとね? 今日は私が上げてあげるから、しっかり頑張りなっ!」

「!! しあっス!!」

 

 

 

 

【チーム:軽鴨ママさんズ】

 

そこのセッター梅沢 道子。

一繋の所には、集まる年齢幅が異様に広く、子供から大人まで誰からも慕われているのがよく解ると言うものだ。

 

田中から聞いた

 

 

【凶暴な烏を飼ってる……】

 

 

と言う、云々かんぬん。

それらが、本当にあるなら、正直寄り付かなくなりそう……と思うのが通常思考な気がする日向。だが、バレーが出来る事、上手になれる事、そして、高校生に教えていた時の姿は現在封印しているのだろう、と判断。

 

以前、初めてここに来た時、孫の繋心が一繋は退院して早々に暴れている、と表現しているが、どうやら、これでも まだまだ暴れている内に入らないのかもしれない。

 

コート内に入って直々に教えているというのにも関わらずに、だ。

 

 

―――年齢を考えたら、やっぱり末恐ろしい。

 

 

それは兎も角、折角 こちら側に来てまでの練習なのだから切替はしないといけない。

 

 

「オラっ、翔陽! 何固まってんだ! 時間は無いんだぞ! 無駄にするつもりか??」

「!!」

 

 

日向は、練習中だと言うのに何処か上の空……とまでは行かずとも、集中力が少々欠けている様なので、発破をかける火神。

 

 

発破をかけられ、ネットを挟んだ先に居る火神を見る日向。

 

 

まだ、手を伸ばしても届かないかもしれないが、見える先に、……この先(・・・)に居る事は間違いないと再認識した。

 

 

今の練習は 頼りになり過ぎる相手がネットの先に居る。追いかけ続けている相手が居る。

 

ブロックと言う、超えるべき相手として前に立ちはだかってる構図。

 

 

 

ならばする事は1つだけだ。

――――超えるしかない。

 

 

 

「ッしゃあッッ!! ねがいしアス!!」

 

 

日向も両頬をパチンッ! と叩いて闘魂注入。

気合を最充填した所で、色々と考えていた事を今は一蹴し、目の色を変えて練習に打ち込む。

 

 

2度、3度とひたすら打ち込む。

 

 

「ほりゃ!! 相手意識し過ぎて、バランスが滅茶苦茶になっとるぞ!!」

「っっ!! アスっっ!!」

 

 

時折、一繋の激もこの場に…… いや、背後に聳える山にまで木霊する。

 

その度に、返事を返し、可能な限り修正をし、日向はただただ汗を拭いながら走り、跳び続ける。

 

 

無論、火神もただの(ブロック)要員なわけが無い。

 

 

時折、梅沢は 日向だけでなく、練習しに来た女子大生や背がやや高めな中学生にも上げる事があるから、ブロッカーとして立ち塞がらなければならない。

 

ただ日向に注目するだけではない。

元々存在感ある日向だから、目がいきがちではある、がそこをどうにか冷静に勤め、必要最低限の情報を読取り、そして最善の動きをする事に着手。

 

ブロックは火神1枚だけではあるが、だからと言って スパイカーに負けて当然、と言うつもりは毛頭ない。

 

 

丁度今も、女子大生のスパイクを見事にブロックする事に成功する事が出来た……が、跳ね返った(ボール)が、彼女の頭に当たってしまったのは計算外。

 

 

「あたっ!!」

「っ!? す、すみません!!」

 

 

直ぐに頭を下げるが、笑顔で問題ないよ、と手を振ってくれた。

 

 

「あはは、いーのいーの。……むぅ、どっちかと言えば、1枚ブロックに止められる方が腹立つ」

「あー、いや…… あははは……」

「あっ、今、笑って誤魔化したね!」

 

 

真剣に楽しむ(・・・・・・)事が出来ている、壁を乗り越えようと打つ側も当然気合がより入っている。そして、(ブロック)側も何度も止めてやる、と相乗効果。

 

 

女子大生側も濃密な練習になるから、まさしくWINWINだ。

 

 

火神クラスの女子大プレイヤーは居ないと言えるから、持って帰れるモノは相当だろう、と一繋は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

その後も、何本か重ねていくと、スパイクを止める回数が増えてくる。

 

ファーストテンポの攻撃を、1枚ブロックで反応して見せる事に、やはり舌を巻く一繋。

ほんの数本だが、凄まじいバネ・反応速度を持つ日向も、流石にファーストテンポの速攻には 追いつく事が出来なかったのにも関わらず、だ。

 

火神の身体能力に関しては、速度の領域においては まだこの小さい日向の方が上。

 

だが、それを補う様に頭をフル回転させているのが解る。

 

 

【誰とでもファーストテンポ】

 

 

これを掲げて練習しているから、セッター役は当然一繋を含めてローテーションでぐるぐる回している。1人1人の癖があって、誰一人として同じセッターは居ない。

 

なのに、火神は直ぐに順応している。

必要最低限度の情報を脳内で処理し、その都度 各セッターに合わせ最適な選択をする。

 

 

脳の指令に寸分違わず、応えるだけの身体を、実現できるだけの身体を持っている、と言う事だろう。

 

 

仮に日向と火神の2人を評価、それを数値化するとすれば、日向はかなり尖った評価になる。この尖り方が極端なのが日向にしかない武器、と言う事で良い所でもあり、現状の様な問題点が出てくる悪い所でもある。

 

その点火神の場合は満遍なく高く、穴が無い。

ブロックやレシーブだけでなく、聞く話によると、2種のサーブを操ると言う。決して猿真似の様な生半可なモノではなく、十分完成された武器だと言えるモノで、更に改善・改造を施しているとなるのだから、驚きモノだ。

 

 

「(繋心には ああ言ったが…… ここまで極端な連中がいて、それも、もう1人(・・・・)ヤバイ奴がいる、と来るか……。……部員は多くは無いと聞いたが、今年の1年は豊作だと言って良いな。繋心自身も入って日も浅いとなりゃ、多少は、しゃーねぇか……?)」

 

 

何回も繋心をポンポン放り投げといて今更感はあるが、一繋も同情の余地は多少あるだろう、と思い直していた。

 

 

―――勿論、一繋は繋心に直接言う事はないのである。

 

 

時には練習に加わり、時には外で檄を飛ばし……見続ける。

今の烏野は、実戦形式練習や公式戦では、どれ程までにやるのだろうか、と一繋は年甲斐もなく胸を湧き踊らせる。

 

 

 

―――また、全国の舞台で烏が空に舞う姿を見られるのではないか? と。

 

 

 

そして、期待に胸を躍らせる理由は 勿論それだけでなく………。

 

 

 

 

 

 

「翔陽、ちょっと合わないくらいで、手をバタバタさせない。空中で不安定になると、力の伝わり方もバラバラになるぞ。後、ミスるのは仕方無いにせよ、せめて、(ボール)をコッチに入れろ」

「ぅっ、ぅおすっっ!!」

 

 

合わないだけでなく、目の前に火神()がある。大きな大きな火神()がある事を考えれば……、それだけでもかなりのプレッシャーになってしまうのだろう。

特に日向の場合は。……時間も無く、色々と追い込まれてしまってる日向の場合は。

 

 

「面白いよね、あわあわ~~って感じで手足動かすの」

「っ! うっせーな!」

「でもそれが事実だっつーの。ほれ、翔陽、次来るぞ。時間は有限、ほれほれ、手足頭動かす!」

「くっそっっ、次こそはっ!!」

 

 

日向は、かなりのプレッシャーになっているのは間違いない。……が、裏を返せばそれだけ実りある練習が出来ている、と言う事だろう。常に緊張感を持って練習する事はそう簡単な事ではない。

 

勿論、自分達のチームの正セッターと合わせる練習がこれからチームでプレイしていく以上、最も効果的で効率が良い練習であるのには変わりないが、目下、日向は【誰とでもファースト・テンポ】を掲げて練習に励んでいる。緊張感を持って。

 

 

色々と失敗が目立つが……。

 

 

「ほう………」

 

 

千里の道も一歩から。

1度目、2度目……どんどん繰り返す事に向上していってるのは間違いない。

基礎能力値が低かろうが、素材はまさに一級品。身体を自在に、そして何より(ボール)を自在に操れる様になった時、飛躍的に力は増していくだろう、と一繋は感じていた。

 

 

「(チビ助が来だしてたったの2日目。それでコレ(・・)か。まだまだなのは違いないがな。それに――――)」

 

 

そして、一繋は次に火神の方を見た。

 

元々、一繋が言う様にまだ練習を見て2日程度ではあるから、全てわかる……とまでは言えないが、素のままで極めてレベルが高い選手と言える事は理解している。

 

今一繋が、特に注視して見ているのは、プレイそのもの、と言うよりは火神が自主的に鍛えようとしていた手首、指に注目。

 

 

効率的で効果的なトレーニング方法を教えたが……、当たり前の事だが 筋力と言うモノは一朝一夕で培えるモノじゃない。

 

 

継続は力。

日々の積み重ね。

 

 

こればかりは、例えどんな天才だろうが、一晩で全てを覚えて 直ぐに体現できるような超人であろうが、肉体を育てる事には、本当の意味ででも近道はない。

どれだけ日頃から鍛えているか次第だ。

 

 

普通なら――

如何に 力はまだ弱い中学生だったとしても。

男子と比べたら劣る女子大生だったとしても。

 

あの位置、あの当たり方だったら、まず間違いなくブロックアウトコースだろう、と睨んでいたスパイク(ボール)が、こちら側に居るレシーバー陣が十分追いつく事が出来る距離で収まっている。見事なワンタッチだ。

 

 

 

【自分の手を狙われた時。やられる側はやっぱり苦手で……】

 

 

口ではそう言っていたが、火神と言う男は実にタヌキだ。化かされた気分だった。

 

 

いや、能ある鷹は爪を隠す。いや、()ではなく()だろうか。

 

 

烏とは、どんな環境でも生き抜こうとする。どんな強さをも自分達のモノに取り込む。そんな雑食性。そして何よりも飽くる事の無い探求心・向上心。全て兼ね備えている。

 

 

火神誠也は、苦手(・・)だと認識しているのなら、もう言う前に既に克服へと歩を進めている。かなり進んでいる。

 

 

火神が言っていた真意は、これから 鍛えておこうとしている(・・・・・・・・・・・)のではなく、元々強かった所をより強固にしておく(・・・・・・・・・)、と言う事なのだろう。

 

 

別に長所を伸ばすと言う意味では、何らおかしい話ではないが、こうも色々と見せられると単純な事の全てが新鮮に見えてくるのが不思議だった。

 

 

無論、それは火神だけでなく、日向もそうだ。

まだまだ雛鳥なのは違いないが、間違いなく進化へと真っ直ぐに向かっている。

 

 

「ぅおりゃっ!!」

「おっ!?」

 

 

ファーストテンポ、少々長過ぎた(ボール)を日向はめいっぱい手を伸ばして、どうにかこうにか相手コートに返す事が出来た。

あわあわしていた矢先の事である。

 

 

「ごめんごめん、今の高かったね。でも、ほんっとよく届いたわ。すっごいジャンプ!」

「アスっ!! 何度も何度も言われてきた事だけど、オレ、もっともっとしっかり(ボール)見ないといけない、って今更ながら思って」

 

 

日向は、梅沢とハイタッチをした後、気恥ずかしそうに続けた。

 

 

(ボール)以外にも、する事いっぱいで……、空中の姿勢とかも、色々と考える事が多いから、まだ安定はちっとも出来てないっス! 今のはガムシャラに手を伸ばしたら、届いたーー! って感じで」

「意識出来ただけでも十分収穫だって。現にオレのブロック飛び超えて、見事なフェイントになってたぞ? ……まぁ、【また空振りだ!】 って思っちゃってたオレの先入観が悪いってのもあるけど」

「うぐぐっっ、つ、次からは、空ぶる事なんかねーからな!! ぜーーんぶ入れてやるからな!!」

「そこは、入れてやる! じゃなく、打ってやる! って言って欲しいなぁ」

「ふぐっっ!」

 

 

火神からナイスプレイ‼ と言われていた気がしたのに、途中からは、どうやら侮られていた様子。……無論、日向は 否定はしないし、ミスもしていたから仕方ないとは言え、日向がより奮起する切っ掛けにもなるだろう。

 

火神もその辺りは解っていて敢えて煽ったのかもしれない。

 

 

「おーい、チビ()助。(ボール)を目で追うのは良かったが、今のは そもそも意識し過ぎて、最初(助走)から問題あったぞ。歩幅、歩数。改善していきゃ、あの(ボール)でも十分打てる高さが出る」

「!! ……アス!」

 

 

一繋から呼ばれる呼び方が変わった。

ほんのちょっぴりだが。

それに反応するのは当然小中学生たち。

 

 

「おーー、チビ助(・・・)からチビ之助(・・・・)!」

「字数増えた! 昇格だっ!」

「昇格なの?」

 

 

またまた、日向ネタで盛り上がりを見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方烏野では。

個人練習も終えて、月島と山口は帰宅中。

 

 

「(……パターンはまだ掴めてない。でも、威力はあの梟谷のエースと比べたら劣るけど、読み合い、技術に関しては火神も引けを取ってないって感じ。……火神に東峰さんの様な力が合わさったら……、あんな感じになるのか? いや、そんな事より、ブロックを。火神のゲスブロックは、個人技頼りなトコがあるから、基本リード・ブロックは守って、裏を掛かれない様に。……ネックなのはやっぱり、ブロックアウトとコースの打ち分け……か)」

 

 

梟谷戦で木兎とマッチアップを何度かして、更に最近では個人練習の他でも、火神相手にブロックをする練習が増えた事もあって、より明確に比べる事が出来るようになっている。

練習相手としては理想的だと言って良い。

 

 

「あっ、そうだ、ツッキー!」

「…………」

「ツッキー??」

「……………」

「おーい、つっきー!」

「…………………」

 

 

深く考え込んでいるのだろう。山口の声が月島には届いていない様だ。

 

山口は、そんな月島の顔を覗き込む。

 

如何にも、な表情をしていた。THE・集中。これ程までに周りが聞こえてないであろう顔はなかなか見ない。それが月島なら尚更だ。

意図的に無視する事は多々あっても、ここまで考え込んでいる所は、山口もあまり見た事が無いから。

 

だが、良い。それが良い。

 

山口は、笑顔を作ると まるで前に跳び出る様に月島の進路を塞ぎつつ、声を再度かけた。

 

 

「つっき―――っっ!!!」

「っっ!? うわっ、なに!?」

「オレ、嶋田さんのとこ、サーブ練してくるね!! だから、今日はここで!!」

「? ああ、うん。………なんで、そんなハイテンション?」

「べっつに~! んじゃ、また明日!」

 

 

山口は、月島を誘おうか? とも思ったが、嶋田の所で行う練習はサーブがメイン。

月島が考えている事は、山口でもわかる。……まず間違いなくブロック関係の事だろう。若しくは、相手スパイカーの事。

火神か、合宿時の各校のエースたちの事か。

 

どちらにせよ、月島が如何に気合が入っていたとしても、嶋田の所に来た所で、有意義な時間がえられるとは思えない。

身体を只管に動かす事が練習とは限らない。頭の中で常に考え、何をすべきか、何を省くべきかの最適化を図り、後々に繋げる。

間違いなく月島は、そちら側の方が得意そうだから。

 

 

「?」

 

 

月島はよく解らない、表情を浮かべ、山口のハイテンションに理解が出来ず、そのまま帰路に就くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ 1st,2nd,3rd,各テンポのおさらい。

□ 同時多発位置差(シンクロ)攻撃。

□ 止まる(・・・)トス。

□ サーブ&ブロック強化。

□ 誰とでもファーストテンポ。

□ リベロのトスワーク。

 

 

 

 

 

―――etc

 

 

各々が伸ばすべき所を、今出来うる最善の道を、突き進み続ける。

時間は有限である。後少ししかない事を頭に入れつつ、決して無駄な時は作らない。

 

勿論、それは学業でも同じ。

烏野高校では、部活を頑張ってるから学校の授業免除! と言う制度があったりはしないから。

 

とはいっても、赤点組だけ注意する様に言い聞かせる事で次回も突破は出来そうな気配はする。

赤点組の中でも、特に影山や日向。実際に赤点を取った今回の遅刻組に関しては、たまたま(・・・・)田中の姉、冴子が乗せてくれる事になったから参加出来た形にはなったが、当然、いつもそうだとは限らない。

もしかすると教科数によっては、参加不可の可能性だって十二分にあるのだから。

 

その辺りを脅しに使って発破をかければ………赤点回避くらいは何とかなりそうだ、と言うのが、学業(も)担当気味な火神と、そのアドバイザー的な立ち位置の谷地。更に煽りスキルはトップクラスの月島である。

 

 

 

 

 

学業に部活に、日々無駄にする事の無い充実した時を過ごし―――――2週間後。

 

 

 

 

 

 

「夏!! 休み!! だーーーっっ!!」

 

 

とうとう始まるは夏休み。

学業はフル休み。補習の類も一切なく、提出物・宿題忘れによるペナルティの様なモノも無い。発破かけが功を成したとはこの事。

 

 

(夏の)始まりと(とりあえず学業の)終わりを告げるかの様に田中が大声で、祝砲を上げた。因みに2度目だったりする。最初は部活のスタート時。……次に午前練習終了後、即ち今である。

 

 

当然、暑苦しい中での大声だから非難あり。

 

 

「田中暑苦し過ぎぃ……」

「ゲンキ過ぎぃ……」

「まぁ、無事に夏休み過ごせる、ってだけでも良かった良かった。またなんかやらかした日には、どうしよう(・・・・・)かと思ってたトコだ」

「大地。お前のソレは怖すぎ……」

 

 

3年生たちの酷評を受けながらも、田中のテンションは留まる事を知らない。

今日から学校を忘れてバレーに全てを打ち込む事が出来るのだから、とテンションは抜群にアップだ。

 

「ん? あれ? 西谷……? どうかしたのか?」

「あ、力? いや……なんでも」

 

それは、日向や西谷にも言える事なのだが……、どうやら西谷は様子がややおかしい。

縁下は、普段ならば田中と気兼ねなく大絶叫してそうな気がするのに静かな西谷にぎょっとしていた。

 

西谷は神妙な顔つきを変えない。

縁下は、どうしたものか……、と思案していた。何か悪いモノでも食べたのか? と。

 

だが、その心配は杞憂となる。

丁度、菅原が前に来た時に、西谷が動き出したから。

 

 

「あの……、スガさん……」

「ん?」

 

 

意を決した様に、西谷は菅原に声を掛けていた。

 

田中がテンション増し増しなのに、西谷が大人しい……のには、勿論理由がある。

縁下もぎょっとして、目を白黒させていたが、西谷のやり取りを聞いて納得する。

 

 

「この後…… ト、トス教えてもらえませんか……! オレ、オーバー苦手だと再確認しました……、空いてる時間でいいんで……!」

 

 

ここ2週間、西谷が東峰と一緒に、個人練習で、スパイクの練習をしているのは知っている。影山や菅原から上げて貰うのではなく、西谷のセットアップだ。

 

そして、練習すればするほど…… アンダーではまさに鉄壁! とも言って良い程の護りを見せていた西谷だったが、オーバーを練習しだしてからは雲行きが怪しい。狙った所に飛ばないし、何よりオーバーハンドの形からして不自然。ドリブルの反則を取られないかの心配も付きまとってくるのだ。

 

 

「おー!! やるべやるべ!!」

 

 

勿論、全てを知っている菅原は軽く了承。

オーバーと言えば影山、それに火神もスペシャリストと言っても良い程の技量の持ち主だが、後輩である事と、それ以上に影山も火神も一心不乱に凄い集中力で個人練習をしているから、中々声が掛けづらい。

これから自主練スタート! な筈なのに、もうずっとしていた? と思える程だ。

 

 

今もまだ、影山は延々とトス練習をしている。

レシーブ役は居なくとも、一先ず逆回転や(ボール)を殺す感覚を必死に手に覚え込ませようと続けていた。

 

火神は、あのリストウェイトを付けたまま、只管壁打ちを継続している。

右を2回、左を2回、3回、4回……と一体何度打ち付けるつもりだ? と言いたくなる程只管打ち続けていた。

 

 

 

そんな2人に負けない様に各々が練習を! と行動に移そうとしたその時だ。

影山や火神を含む、全員の動きをピタリっ! と止めた猛者がきたのは。

 

 

 

「皆………」

 

 

 

いや、厳密には猛者()である。

 

清水・谷地・武田の3名。

 

先頭に居るのが清水その後ろには、谷地、そして武田と続く。

清水は仄かにではあるが、後ろの2人は満面の笑みだ。

 

そして、それぞれの手には、大きな大きな大皿にめいっぱい詰め込まれた出来立てほやほやのおにぎり。

武田の手にはお茶・スポーツドリンク等の飲料水。

かなり、食欲がそそられる光景である。

 

 

 

「自主練の前に、おにぎり。――――要る?」

 

 

 

現在は、暑い暑いお天道様がほぼ真上まで顔を出してるお昼時。

 

育ち盛りであり、動き続けて疲れて、そろそろ腹の虫が鳴りそうな全部員。

 

清水が先頭に立っている、と言う破壊力。それもサイドテールに決めてるサラサラな髪が夏の風に揺れていて……、男達は釘付け。(主に田中&西谷)

 

 

 

【要りますっっ!!】

 

 

 

腹ペコペコなメンバー達は、清水効果も極まって、わおーーんっ♡ と、最早犬の様になっていた。清水の忠犬軍団誕生である(冗談)。

 

 

 

「影山くんも火神くんも、差し入れだよー!」

「……無くなる前に、どうぞ」

 

 

 

谷地、そして清水も火神と影山の2人を呼ぶ。

 

少し離れた位置で練習していた為か、やや反応が遅れていた。

でも勿論、一心不乱に練習をしていたとはいえ、離れていた場所で練習していたとはいえ、ほんの少しでも空腹を思い出させ、更に目の前に美味しそうな食糧が揃っているともなれば……三大欲求である食欲に抗える筈もない。

 

 

 

「「あざす!! いただきますっ!!」」

 

 

 

2人とも、ぴたっ! と手を止めて、我先にと駆け寄るのだった。

 

ここで珍しい影山と火神のちょっとした競争が勃発――――だったのは別の話。

※結果は同着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も、只管練習。

 

 

「うわっ!! しくった!?」

「スガ! ちょい高い!」

「わーー、フォローが誰もいねーー!?」

 

 

只管練習練習……。

 

 

「ッシャア!!! 次、お願いします!!」

「よしきたっ!!」

 

 

 

練習練習練習………。

 

 

「翔陽、良かったな。チビ之助(・・・・)からチビ太郎(・・・・)だ」

「ッ! ぜんぜん嬉しくねぇ!! それに満足だってしてねぇ! こっからもっともっとだ! 空中でもっと対処できる様になってやる!!」

「おう! オレもだ。……オレも、負けてらんない……」

 

 

 

様々な場所で練習練習。

机上ででも練習。

 

 

 

 

無駄な日など 一日足りとて無い時を過ごし―――そして、とうとうあの日(・・・)がやってくる。

 

 

 

「――さて、明日から再び東京遠征です!」

 

 

 

そう、東京遠征。

 

前回は勝ち数は多少獲得したものの、全体を通してみれば負け数の方が多い、あの梟谷グループとの合同合宿の日。

それも前回の様なほんの少しじゃない。たった2日程度じゃない。

 

 

「今回はなんと、まるっと1週間!」

 

 

学校も無い。

ただただ部活漬けの毎日を過ごす事が出来る。それも最高の環境で。

 

 

「長期合宿は春高予選前最初で最後です」

 

 

烏養一繋が育み、繋いできた縁。

一繋が病に倒れてから烏野は衰退の一途。……縁は途切れた、と思われていた。

 

武田が落ちかけた(ボール)を拾い上げ、懸命に繋ぎ続けた。

そのおかげで、今がある。

烏養繋心と言うコーチにも巡り合え、そしてこの合宿にも参加する事が出来る。

 

 

 

「悔いの無い様、このチャンスを貪り尽くしましょう」

 

 

 

武田の言い方は少々引きそうになっているが、それでもまたとないチャンスなのは違いない。

 

 

 

梟谷 音駒 生川 森然

 

 

 

また、彼らと練習を試合を重ねる事が出来るのだから。

火神は、目を閉じて想像してみただけで、口端が緩む。表情筋も緩む。あまり見られたくない顔になってると思うが、どうしても緩んでしまう。

 

 

この先に間違いなくあるであろう進化の二文字。

そして―――今度こそ辿り着いて見せる、と言う気概。

 

 

火神は、楽しい(・・・) と言う感覚を十全に残しつつ―――これからの合宿に思い馳せるのだった。


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