あなたが生きた物語   作:河里静那

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8話

 

「俺さ、子供が生まれたんだ……」

「隊長いけないっ!」

「……なんだよ、突然でかい声出して。子供の話がそんなにいけないか?」

「いや、すみません。なんだかすごく嫌な予感と言うか、妙な気配がしたような気がして……」

「なんだそれは? まあいい、この戦いが終わったら俺、休暇を取って子供の顔を見に行くんだ……」

「少佐マズイッっ!」

「……いったいなんなんだよ、お前まで」

「すみません、俺もなんていうかこう、首筋の辺りにゾワゾワと嫌な感じがして……」

「……お前等な、子供の話を聞かされるのがそんなに嫌か?

 不愉快だっ! 今日はもう自室で休ませて貰う!」

『それもダメだーーー!!』

 

 

 

 

 

1978年、9月。

東欧戦線。

 

朝の優しい日差しが差し込む部屋の中、椅子に深く腰掛けた鞍馬は、妻と二人で撮った写真を見ている。

普段は軍服のポケットに、戦いに赴くときは戦術機の管制ユニットに、肌身離さず持ち歩いているその写真はすっかりボロボロとなり、そこに写る鞍馬の顔は擦り切れて判別がつかなくなっていた。

パスケースか何かに入れておけばよかったな。そう思ったが、既に後の祭りだ。

日本に戻ることが出来たら、今度は蒼也を抱いて新しく撮ろう。月詠翁や三姉妹、真耶と真那にも一緒に写ってもらおうか。

皆、鞍馬にとっては実の家族のようなものなのだから。

それに、セリス……。

 

もう半年以上、彼女の顔を見ていない。

会いたいな。

心の中でそっと呟く。

会ったらどんな話をしよう。

蒼也を無事に産んでくれてありがとう、かな。

心配かけてごめん、かな。

それともやっぱり、愛してるよ、か。

写真の中の彼女はその表情を変えないが、鞍馬の心には笑ったり怒ったり……泣いたり。色々な顔をしたセリスの顔が浮かぶ。

泣かせたくは、ないな。

しっかり者ではあるが、ああ見えてセリスは結構良く泣く。人前ではそう見せないが、鞍馬と二人でいると素を出してしまう。

出来れば、彼女の泣き顔はもう見たくない。そんな顔はさせたくない。

でも……。

 

時計の針が予定の時刻を指す。そろそろ行かなくてはならない。

鞍馬は立ち上がり、写真を胸ポケットにしまおうとして……

一つ首を振ると、写真を机の上へと置いた。

 

「行ってくるよ」

 

写真の中には微笑むセリス。その向こうに、悲しい顔でこちらを見つめる彼女の姿を見た気がした。

想いを断ち切るように、部屋を出る。

閉じる扉に舞い上がった風が、写真を床へと導いた。

 

 

 

また一つ、人の生きる場所が奪われた。

今年六月、まるでパレオロゴス作戦の報復であるかのように、BETAの大侵攻が始まる。

喀什より吐き出された軍勢は当初、数を減らしたミンスクハイヴへの補充かと思われた。

だが、その群れはマシュハドよりのものと合流して北上、更にはウラリスク、エキバストゥズから湧き出た群れもそれに加わり、夥しい数が津波となってソビエト及び東欧へと押し寄せたのである。

まるで、今まで遊んでいたBETAが本気を出したかのように。あるいは、初めて人類を排除すべき対象と認識したかのように。

ワルシャワ条約機構軍、北大西洋条約機構軍、そして国連軍。先の戦いで疲弊しきっていた人類勢力に、それを食い止めることは不可能であった。

三ヶ月に及ぶ砂漠に水を撒くかの様な戦闘も徒労に終わり、ついにソ連は東西に分断される。

人類は、ユーラシア大陸北西部を失った。

東欧戦線は全面的に瓦解し、取り残されたものたちは、生きるものもそうでないものも分け隔てなく飲み込まれていった。

 

せめて救える限りの民間人と非戦闘員だけでも無事に逃がそうと、北欧スカンジナビア半島へ向けて撤退する一団を護る為、これより絶望的な遅延戦闘が行なわれようとしていた。

迫り来る、旅団規模3000体のBETA群に対するは、2個中隊24機を残すのみとなった大隊一つ。

支援車両は無く、十分な補給も無く、先行した部隊が安全圏に至るまでの時間を稼がなくてはならない。

その部隊の隊長は、黒須鞍馬少佐である。

 

作戦を拝命した際、これまで戦時階級である臨時少佐として指揮を執っていた鞍馬は、正式な少佐へと任じられた。

これには二つの意味がある。

一つ目は、外部から新しい隊長が来ることはない、つまり補充や応援の兵は存在しないということ。

二つ目は……手向けという奴だろう。

司令部は、決して悪意からこのような命令を下したわけではない。

単純に、兵力に余裕がないのだ。むしろこの時点で2個中隊を揃えている鞍馬の隊こそが異常であると言うべき程であったのだから。

それが良く分かっているからこそ、鞍馬はそれは見事な敬礼を持って答えるのだった。

 

 

 

ハンガーにて、衛士強化装備を纏い、愛機の前に立つ鞍馬。

補修品が間に合わず、ところどころ塗装すらされていない地金むき出しの装甲。

その鋼の足にそっと触れる。

 

「お前とも、もう随分一緒に戦っているな」

 

初陣よりずっと行動を共にしてきたこのファントムも、そろそろ最後の時を迎えようとしていた。

見栄えの悪い装甲だけでなく、もう何処も彼処も耐久限界一歩手前、スクラップ同然の状態なのだ。

結果がどうなろうと、鞍馬がこの機体を駆るのはこれが最後となろう。

任務を達成できたとしても、これ以上の戦闘は無理だろう。戦っている最中に分解しかねない。

達成できなかったら……言わずもがなだ。

 

「どうしたんスか、何だかしんみりしちゃって」

「……いや、この機体ともそろそろお別れだと、な」

 

陽気な口調で、部下の一人が声をかけてくる。

部隊の中で、鞍馬が最も信頼するうちの一人だ。陽気で豪快な性格とは裏腹に、広い視野を持って繊細な機動をする。

セリスに似たタイプである為、現在の鞍馬の2機連携の相棒を務めている。

 

「日本人ってのは、やけに物を大切にしますよね」

「九十九神といってな、長い時を経た物には意思が宿るそうだ。それが大切に扱われたものなら人に益を、そうでないなら災いをもたらすという」

「そりゃあいい、こいつがBETAと戦ってくれるっていうなら、俺も毎日磨き上げることにしますよ」

 

そう言ってHAHAHAと笑う部下。

これから死地に赴くというのに、普段と変わることのない様子が頼もしい。

 

「お前が俺のことを落武者と呼んでからもう2年か。お前とも長い付き合いになったな」

「うお、ひでぇ。まだそのネタ引っ張りますか、少佐」

「お前から少佐と呼ばれると、なんだか背中がムズムズとする。今まで通り隊長と呼んでくれ」

「了解、隊長。何だか酷いことを言われた気もしますが、気がつかなかったことにしておきます」

 

にやりと笑う二人。

そして、ごつんと拳をぶつけ合い、それぞれの機体へと歩みを進めようとしたとき、部下は鞍馬が何も手にしていないことに気付いた。

 

「あれ、隊長、写真はどうしたんスか?」

「……ああ、この戦いには連れて行きたくなくてな」

「あー、なんだかわかりますよ、それ。俺も含めた古株の奴等は、副長がここにいなくてよかったって思ってますからね」

「今の副長はお前だろうが。ところで、それはどういう意味だ?」

 

鞍馬の瞳に剣呑な色がちらつく。

長い付き合いだ、この男が今から言うことに予想がついた。

こいつも、察されていることを分かりつつ言うのだろうが。

 

「いやー、なんていうかー、人妻に横恋慕っていうかー。みんな、副長のことが好きなんスすよ。

 ああ、一応、隊長のこともね」

 

そう言ってウインク一つ。

ある意味予定調和のその言葉に、呆れた口調で鞍馬は返す。

 

「人の女房に懸想するとは良い度胸だ。この戦いが終わったら修正してやるから覚悟しておけ」

「あー、余計なこと言っちまったー。わかりましたんで、隊長もちゃんと戻って来て下さいよ」

「ああ、了解した」

 

そして起動する24機の戦術機。

やれることはやり、後は祈ることしか出来ないと「Good luck」と呟く整備兵たち。

あるいは彼等こそが、機体を駆る衛士たちよりも尚、その無事を願っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

「全機、砲撃を維持したまま微速後退! 下がりすぎるなよ、BETAの目を釘付けにしろ!

 レーザー属種はいない、場合によっては上空への退避も視野に入れておけ!」

 

BETAの一番槍は突撃級。

正面からの攻撃はその強固な外皮に無効化される。迫り来る巨体を左右に、あるいは噴射跳躍で上に躱し、がら空きになった臀部へと36mmをばら撒く。

人的被害なく殲滅できたのは僥倖だった。

突撃級を残してしまった場合、この後の戦術に大きな負担がかかることになる。

 

続いて襲い来るは要撃級と戦車級。

十分に引き付けた後、24機による一斉射撃。攻撃しながら少しづつ弧を描くように後退し、敵の進軍方向を捻じ曲げる。

注意すべきは最後尾に控える要塞級。部隊が敵の側面に移動することにより、奴等に挟撃される恐れがある。後退速度を調整し、長く伸びていた敵の戦線を一つの集団に変えていく。

 

ここまでは順調だ。

BETAに戦術は存在しない、ただ闇雲に前進するのみ。故に、その行動を手玉に取ることは比較的容易い。

距離を保ったまま砲撃を繰り返していれば、こちらの被害は最小限に抑えることが出来る。

それなのに、一見こんなに組するのが楽な相手にもかかわらず、人類は何故勝てないのか?

理由の一つはレーザー種の存在だろう。強力で回避が非常に難しい飛び道具を持つ奴等は、人類側の行動を大きく制限する。

そして、もう一つの、もっとも大きな理由といえば。

 

「隊長、36mmの残弾300! もう持ちません!」

「分かった! A中隊は抜刀せよ! 俺の小隊が吶喊し、敵の目を惹き付ける、その隙に背後から斬りつけてやれ! B中隊は援護せよ!」

 

これだ。

つまりは、その数にある。

3000体のBETA、それは小型種も含めると10000体を超える。単純に、弾数が足りないのだ。

やむなく近接戦を行なうことになるが、これはBETAの距離でもある。

自然、損害は大きいものとなる。

そして、一機が倒れたならば、その分他の機体に負担がかかり、後は加速度的に被害が連鎖していくのだ。

攻撃せず、距離を保って誘導し続けることは出来ない。

こちらが無力だと悟ったBETAは元の進軍ルートへと戻っていくことになる。

例え陽動であろうとも、血が流れることは避けられない運命だった。

 

近接戦においては、隊の中で鞍馬が随一の腕を誇る。

衛士養成学校で付け焼刃のように長剣の扱いを学んだ者達とは違う、幼少の頃よりの、その身に染み付いた長年の鍛錬が戦術機を動かす際にも生きてくるのだ。

そして、BETAとの戦いの日々が、鞍馬に新たな力を与えていた。

戦術機とは生身の延長でありながら、それ以上の動きを行なうことも可能である。

即ち、跳躍ユニットの存在である。

思い描くは、鞍馬山の天狗か。あるいは、九郎判官の八艘飛びか。

初陣での失態より磨き続けてきた、剣と対を成す鞍馬のもう一つの武器である。

生身では不可能な、己の身長を超える高さへの跳躍。レーザー属種がいないことが条件ではあるが、基本的に射程の短いBETA相手に対しこれは非常に有効な戦術であった。

空より要撃級の顔のような感覚器を切り落とし、更に飛び上がったかと思えば要塞級の頭を切断し、着地と共に戦車級を踏み潰す。

鞍馬の舞に見惚れるBETAを、他の隊員が薙ぎ払う。

 

間もなく、目標としていた時間が経過する。

だが、このままなら、2個中隊のみで旅団規模のBETAを殲滅できるかもしれない。

そんなことを誰かが思った。

このままなら、隊の誰も命を落とすことなく最上級の形で任務を果たすことが出来るかもしれない。

そんなことを誰かが考えた。

そして、そうした心の隙を死神の手は決して逃さない。

 

崩壊は呆気なく訪れた。

死角より飛来した要塞級の触手、それに貫かれる機体、断末魔の悲鳴、思わず動きを止める僚機、その管制ユニットを貫く要撃級の腕、僚機の抜けた穴から忍び寄る戦車級、集られ恐怖する叫び、途切れる連携、瓦解する戦線、挫ける意思、そして。

 

(レーザー警報!!)

 

宙より救援に向かわんとする鞍馬に衝撃が走る。

馬鹿な、この場にレーザー属種はいないはず!

その思い込みもまた、心の隙。有体に言えば、調子に乗っていたのだ。

照射源を探ると、そこには要塞級の腹より這い出した2体のレーザー級があった。

照射する光の出力が上がり、鞍馬の視界が白く染まっていく。

 

(……セリス!……蒼也!……)

 

己の命よりも大切に思う女性の、まだ見ぬ己の半身の、その姿が脳裏によぎる。

……そして、鞍馬は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

「まだだっ!!」

 

俺は、蒼也の顔すらまだ見てはいないんだ!

レーザーに貫かれんとするその刹那、鞍馬は宙で剣を大きく振り、その反動で強引に機体の向きを変える。

管制ユニットへの直撃こそわずかに逸れるも、左腕は根元から吹き飛ばされ、ユニットにも亀裂が走り鞍馬の顔が外気に晒される。

更に2本目のレーザーが跳躍ユニットに突き刺さり、爆発を防ぐ為に自動的にそれを切り離した機体は推力を失った。

落下する機体の先にはレーザー級。

残った右手に長刀を逆手に握り、雄たけびと共に突き立てる。

更に横薙ぎにもう一体を切り裂いたとき、限界を超えた機動に戦術機の足がもげた。

ついに動きを止めるファントム。ステータスチェックを行なうも、示される結果は赤い灯火のみ。

周囲には闖入者を喰らいつくさんと迫り来る異形の群れ。

 

「……大隊各機に告ぐ。もう十分時間は稼いだ、各自最大戦速にて離脱せよ。

 副長、生きているな? 後は任せたぞ」

 

覚悟を決め、後のことを託さんとした鞍馬機の横に2体のファントムが降り立つ。

そして左右から鞍馬機を挟みこむと、それを抱えたまま宙に飛び上がった。

 

「なーに、かっこつけてんスか。ほら、レーザー級も隊長が倒したし、後は逃げるだけなんだから、とっとと行きますよ。両側から挟んで飛べば十分帰れますって」

「……本当に、お前は俺を貶すのが好きだな。さっきの台詞の後にこの状態だと、俺はただの間抜けじゃないか」

「それくらい我慢してください。隊長を置いていくと副長が悲しむでしょ。惚れた女を悲しませるような真似は出来ませんって」

「……わかった、お前、やっぱり帰ったら修正な」

「あー、また余計なこと言っちまったー。しっかし、また随分とやられましたねー。電子系もほとんど全滅か。バイタルチェックも出来ませんよ」

「お前な、上官のバイタルを無断で確認しようとするなよ」

「緊急事態ですから。堅い事言いっこなしってもんですよ。あ、どうやら外部モニタも死にましたね」

「……まったく、お前はきっと長生きするよ」

「おー、初めて隊長にまともに褒められたー」

「褒めてないっ!」

 

まったく、本当に頼りになる奴だ。

それにしても……流石に疲れた……。

少し……休ませてもらうか……

鞍馬は、その瞳をそっと、閉じた……。

 

 

 

先行する部隊に合流できたのは、鞍馬機を含めても8機を数えるのみであった。

戦果に比して少ない損害とはいえ、更に16人の仲間を失ったのだ。

おそらく大隊は解散されることになるだろう。

心が悲しみに包まれるが、だがその顔は上を向く。涙が、零れないように。

仲間達の戦果を誇らなくてはならない。生き様を語らなくてはならない。

それが衛士の流儀なのだから。

いつか俺達がそちらに行くそのときまで、待っていておくれ。そのときには酒でも酌み交わそう。

それが、BETAと戦うということなの、だから。

 

 

 

隊長機を優しく下ろし、お疲れ様でしたと声をかける副長。

しかし鞍馬よりの返事は無い。

意識を失ったか? 嫌な予感がする。バイタルのチェックが出来ないのは困り物だ。

レーザーを受けた際の衝撃で、ユニットの緊急射出は不可能になっている。早く解体して中を確認しないと。

機体の脇に衛生兵を待機させ、工兵が作業に入ろうとしたその時、管制ユニットに生じた亀裂より赤い液体が滴り落ちているのを彼は目の当たりにしてしまった。

予感が確信に変わる。

装甲の切断など待っていられない。戦術機のナイフを亀裂にそらせ、人が通れる隙間を無理矢理作り出す。

その向こうに、見てしまった。無残な、敬愛する隊長の姿を。

その左腕は半ばから千切れかけ、流れ出した血は全身を赤く染めるに止まらず、床を伝って外にまでも流れ出している。

鞍馬の、その姿はピクリとも動かない。

土気色に染まった顔には、やけに穏やかな表情が浮かんでいた。

 

「……隊……長……? 隊長っ!!

 たいちょおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

衛生兵が鞍馬に緊急の処置をほどこす中。

副長の叫びが周囲一帯に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

「あれで死んでりゃ、感動的だったんスけどねー」

 

ベッドに横たわる鞍馬の横で、合成林檎を剥く副長。

巧みな包丁捌きが兎を作り出す。何でそんなに器用なんだ、こいつは。

何故か理不尽な不満を感じる。

 

「ほら、日本人はこれを作ると喜ぶって聞きましたよ。

 隊長、嬉いっスか?」

「……野郎に剥いてもらった兎なんぞ美味くも無いわ」

「あ、ひでぇ」

 

せっかくいい嫁さんになれるかと思ったのにな、などと訳の分からないことを言いながら、兎を、しかし鞍馬に渡すことは無く自分で食べ始める副長。

鞍馬の目に軽い怒りの火が灯るが、美味くも無いなどといった手前何も言えない。

 

「左腕、擬似生体が移植されました。

 処置は上手くいったそうですが、また戦術機に乗れるかどうかは五分五分だそうです。

 リハビリ頑張ってくださいね。このままじゃ修正も無理ッスからね」

 

更に追撃の如く言葉を浴びせかける。

これがこの男なりの心配の仕方なのだろう、きっとそうに違いない、俺の心の平穏の為にもそういうことにしておこう。

 

「大隊は、やはり解散になります。

 残った隊員も各部隊に割り振られ……隊長とも、これでおさらばスね」

 

今ここに副長がいるのは、見舞いの他に鞍馬が入院中に決まったあれこれを報告する為だ。

飄々と軽口を叩く中、最後の言葉のときだけ少し表情が翳った気がした。

 

「いろいろと、世話になったな」

「いえいえ。今回の貸しは15ポイントってところですが、隊長からはこの2年間で600ポイントくらい借りがありますから。

 まだまだ返しきれていないんで気にしないでください」

 

そう思ったのも束の間、またこんなことををのたまう。

まったく、いつまで経っても掴みきれない奴だ。

 

「あ、リハビリには時間がかかりそうなんで、北欧の軍病院じゃなくても、望むなら何処か好きなところでやっていいそうスけど……

 希望ありますか?」

 

この野郎。

もちろん、あるに決まっているじゃないか。

随分と不本意な帰国になるけれど。心配させてしまうだろうけど。

……もしかして、泣かれてしまうかもしれないけれど。

 

「ああ、日本で頼む」

 

会いに行くよ、セリス、蒼也。

鞍馬の顔を見ていた副長が、得たりと満足気に頷いた。

 

 

 


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