あなたが生きた物語   作:河里静那

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エピローグ
あなたが生きた物語


「これで、おばあちゃんのお話はおしまい」

 

日当たりの良い縁側に座り、集まる子供達に長い昔語りを聞かせていた一人の女性。

齢にして、80を数えるだろうか。その顔に刻まれた深い皺が、それまで積み重ねてきた人生の重みと、その慈しみを悟らせる。

彼女の周りには、生きた戦場の話に目を輝かせる男の子や、幾つかの悲しいエピソードに涙を浮かべる女の子。

浮かぶ表情こそそれぞれであるが、その口からは次々に同じ文句が紡がれる。

 

「えー、このあとはどうなるのー?」

「つづきがきになるよー」

 

彼女は少し困ったような顔を浮かべると、子供達を優しく諭す。

 

「もうすぐ、夕御飯の時間ですよ。今日はもう、おうちにお帰りなさい。お父さんとお母さんが待っているわ。

 それに、この話の続きは学校でも教えてもらえるわ。もう、習った子もいるかしら?」

「ぼく、しってるー!」

「えー、ずるいよー、わたししらないー」

 

得意げな顔をする男の子に、涙目の女の子が詰め寄る。

それがさらに優越感をくすぐるようで、僕は知ってるもんねーと囃し立てる男の子。

 

「こらこら、意地悪しちゃダメでしょ。……もう、仕方ないわね。じゃあ、続きは簡単にね」

 

そして再び紡がれる、彼女の話。

思い出すように。思い出を、語り継ぐように。

 

「人類はオリジナルハイヴと佐渡ヶ島を攻略したけれど、それでBETAの脅威がなくなったわけではなかったの」

 

「それはそうよね、あいつ等は新しい戦術なんて覚えなくったって、元から十分、強かったんだから」

 

「それでも、人類は少しづつ。たくさんの痛みを抱えながらも、地球を取り戻していったわ」

 

「このお話から20年が経ったとき。ようやく、地球にいた全てのBETAを駆逐することが出来たのよ」

 

「そして、その10年後ね。人類は、月までも取り戻したわ。そうして、ついにBETA大戦の終結が宣言されたの」

 

「その長い戦いではね、ヨコハマという名前が人類の希望になったわ。知っているかしら、ヨコハマ? ……そう、偉いわね」

 

「カシュガルや佐渡ヶ島をはじめとしたハイヴ攻略の立役者であり、その後の世界を導いた“聖母”香月夕呼博士。

 彼女の後継者とされながら、その小さい体で前線にまで赴いた社霞。

 人類最強の部隊A-01を率い、聖母に最後まで付き従った美しき戦乙女達。前島みちる、鳴海遙、鳴海水月、宗像美冴、風間祷子、鳴海茜、柏木晴子、築地多恵。乙女ではないけど、同じくA-01の勇士である鳴海孝之、平慎二」

 

「ヨコハマから旅立ち、自分の道を歩んだ人達もいたわ。

 将軍、煌武院悠陽殿下の名代として世界中を駆けまわった、御剣冥夜帝国斯衛軍元帥。そして生涯、彼女に仕え続けた、月詠真那中将。

 父の後をついで政治の道に入り、日本再生の旗頭となった、現日本国首相、榊千鶴。

 その最高の部下として、そして友として主に外政面で彼女を支えた、帝国情報省長官、鎧衣美琴。

 鎧衣とともに榊首相の助けとなり、内政面での支柱となった、黒須桂奈。

 国際調停の場に立ち、第三次世界大戦を未然に防いだ、国連事務総長、珠瀬壬姫。

 国連軍に全面的に協力し、数々のハイヴ攻略の原動力となった、帝国陸軍大将、彩峰慧。

 国連軍全体を指揮するため、立場にもかかわらず前線に立ち続けた、統合参謀会議議長、月詠蒼也元帥。

 佐渡ヶ島以降の全てのハイヴ攻略戦に参加した、戦略兵器凄乃皇専任衛士、白銀純夏少佐。

 そして、彼女と共に佐渡ヶ島以降の全てのハイヴを攻略した、BETA大戦最大の英雄と謳われる“ハイヴ・バスターズ”二代目指揮官、白銀武国連軍大佐」

 

「地球が救われたのは、彼女等、英雄達の功績によるところが大きいわ。……でもね、それだけじゃないの。

 あなた達が今幸せに生きていられるのは、彼等、英雄達のおかげだけじゃない。

 歴史に名を残した偉人も、そうでない人も、必死に、戦ってきたのよ。今があるのは、その人達のおかげ。あなたたちが知っている英雄達だけではなく、名前を知られてはいないけど、人類の為に一生懸命戦った知られざる英雄達がいてくれたから。それだからだということを、あなたたちには知っていて欲しいの」

 

「うん、おぼえたー」

「わたし、わすれないよー」

 

「……そう、良い子達ね。

 それじゃ、ほら、お迎えが来てるわよ」

 

見れば、子供たちの親たちが、屋敷の入口からこちらを見ていた。

小さな背中を、そっと押して、その元へと向かわせる。

口々にありがとうや、またねと挨拶をし、去っていく子供たち。

その様子を目を細めて、見送った。

 

 

 

静けさを取り戻した縁側に、一人。彼女は座り続ける。

その瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。

 

……だめね、思い出しちゃうと。

でも……。

 

脳裏に、最愛の半身であった黒須鞍馬の姿が浮かぶ。

彼の顔は、優しげな笑みに包まれていた。

その表情は今も昔も、彼女の最も愛するものだ。

 

もう少しだけ、待っていてね。多分、もう近いうちに、私もそっちに行くから。

そうしたら、色々な話をしましょう。

あ、月詠翁達も仲間に入れてあげないと拗ねちゃうかしら?

 

いじけるおじいちゃんの姿を想像して、くすりと笑う。

そして、その頬に残る涙を拭き。その顔に、晴れ晴れとした表情を浮かべた。

 

 

 

ありがとう、鞍馬。私と出会ってくれて。

ありがとう、蒼也。世界を護ってくれて。

そして、全ての仲間達……。

あなた達と知り合えて、あなた達と共に生きることが出来て……

 

 

 

「私は、幸せでした」

 

 

 

セリスは、天の彼方へと。

きっと、そこにいる彼等へと。

万感の想いを込めて、そう告げた。

 

見上げれば、遥かなる蒼穹。

一筋の飛行機雲が、流れていった。

 

 

 

 

 

Muv-Luv Fan Story

“セリスばあちゃんの昔語” あなたが生きた物語   完

 

 

 


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