あなたが生きた物語   作:河里静那

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53話

撃たれれば、死ぬ。

伊隅が、碓氷が、鳴海が、平が、セリスが。A-01の仲間たちが死ぬ。

冥夜が、榊が、彩峰が、珠瀬が、鎧衣が。白銀の大切な人が死ぬ。

 

帝国軍の衛士たちが死ぬ。斯衛軍の武士たちが死ぬ。

帝国の国民たちが、護るべき市民たちが死ぬ。

 

真耶が死ぬ。雪江が死ぬ。月乃が死ぬ。花純が死ぬ。

紅蓮が死ぬ。ラダビノッド司令が死ぬ。香月副司令が死ぬ。

 

そして……真那が死ぬ。

 

死ぬ。死ぬ。死ぬ。

死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。

 

死ぬという、その二文字が頭の中で乱舞し、ゲシュタルトが崩壊していく。

心の中が、暗い色に塗りつぶされていく。

 

──……そんなこと……させないっ!

 

死なせない。

死なせて良いはずがない。

仲間も、家族も、衛士たちも、これから明日を築き上げていく民たちも。

自分の命よりも大切な、愛しい人を。

死なせて良いはずなんか、ないっ!

 

考えろ。追い求めろ。

奴にこれ以上、あの破滅の光を打たせない方法を。

導きだせ。探しだせ。

護るべき人たちを救う手段を。

 

蒼也の知覚に、可能性の未来の様子が次々と映し出されていく。

今いる世界と重なり合うような、近しい世界から。似ても似つかぬ変化を遂げた、完全なる異世界まで。

頭蓋のうちに収まったものと、それにリンクする思兼のもの。二つの量子伝導脳を、焼け付いても構わないとばかりに、限界を超えて稼働させる。

 

あるはずだ。

必ず、あるはずだ。

この窮地を救う方法が。この暴竜、ヤマタノオロチを屠る方法が。

あらゆる可能性を検証しろ。

 

 

 

どうすれば、真那達は死なない?

ヤマタノオロチを倒せばい。

 

倒すのは難しい。次善の策は?

レーザーを撃たせなければいい。

 

レーザーを撃たせないためには?

照射膜を破壊すればいい。

 

 

 

そんなことは、もう分かっている。

それだけでは、駄目なのだ。

だから更に、その先へ。

引き伸ばされた時間の中で、自問自答を繰り返す。

 

 

 

照射膜を破壊しても再生されてしまう。どうすれば?

再生させなければいい。

 

再生を防ぐ方法は?

再生を司る器官を破壊。もしくは再生に必要なエネルギー供給を絶てばいい。

 

その司令を出している器官は? エネルギーを供給しているものとは?

BETAにとって、司令塔と動力炉とは同じもの。

 

それは?

頭脳級。反応炉と呼ばれる、BETAの現場指揮官。

 

 

 

そうだ。

香月副司令が導き出した答え。

ヤマタノオロチの胸にある器官こそが小型の反応炉であり、奴の頭脳であり、エネルギー源だ。

ならば。

 

 

 

それを破壊すれば再生は止まる?

止まる。無制限のレーザー照射も不可能になる。

 

破壊するための方法は?

…………。

 

支援砲撃による重点爆撃?

不可能。レーザーで撃墜される。

 

近接武器による破壊?

不可能。戦術機の通常装備で破壊できる強度ではない。

 

再度、問う。破壊するための方法は?

…………。

 

方法は?

…………。

 

 

 

──……これしか、ないか。

 

 

 

出来れば、この手段だけは選択したくなかった。

だけど、これだけが。たったひとつの冴えたやりかた、か。

 

外界から切り離された狭いコックピットの中。

蒼也は、ふっと。澄み切った、笑みを浮かべた。

気乗りしない方法だけど。だけど、これしかないのなら……しかたない。

 

左手を伸ばし、指先でコンソールをそっと、なぞる。

感謝しているよ、思兼。きっと、君が僕と父さんを引きあわせてくれたんだね。

ボパールから、父さんの想いを持ち帰ってくれてありがとう。僕と出会ってくれてありがとう。共に戦ってくれてありがとう。

そして……ごめん。最後まで、付き合ってもらうよ。

 

 

 

 

 

「タングステン01よりHQ。香月副司令、聞こえますか?」

 

日本海に浮かぶ艦隊に設置された作戦司令部、通信でそこにいる香月を呼び出した。

 

「状況はわかってるわ、黒須。……何とかできる?」

「ええ。なんとかします。だから……」

 

そして、蒼也は笑う。

にやりとした、彼の代名詞ともなった、悪戯っ子の笑みを。

 

「だから、後処理はお願いします……夕呼先生」

 

驚いたような、意表を突かれたような香月の表情を見て、さらに笑いがこみ上げる。

ああ、満足だ。一回、そう呼んでみたかったんだよね。

 

それじゃあ、やろうか。

僕が、僕であるために。黒須蒼也として生きるために。この物語を、大団円で終わらせるために。

父さん、力を貸してください。皆、応援してください。

真那ちゃん、見守っていてね。……愛しているよ。

 

 

 

覚悟しろ、ヤマタノオロチよ。今から僕は、お前を倒す。

そう、不敵に笑ってみせる。覚悟さえ決まってしまえば、やることは簡単。

思考の海に沈みながらも、脳機能の一部を切り離して回避行動を取り続けていた意識を、元へと合流させる。

すべての思考と全能力をつぎ込んで、目の前の敵を討たんがため、一つのことに意識を集中させる。

 

左右の刀の重さを確かめるように握り直し、虚空へと踏み込み、宙を駆ける。

跳躍ユニットを最大限に吹かし、機体能力の許す限りの最速で。

目指す先は、ヤマタノオロチ胸部。そこに埋め込まれた反応炉。

襲い来るレーザーの連続照射と、迫り来る触腕の壁。しかし、そんなものは、今の蒼也には障害にもならない。

父と自分の、持てる限りの能力を最大限まで高めているのだ。今、世界は蒼也の手の中にあった。

 

そして。

加速した勢いをそのままに、反応炉へとめがけ、右手の刀を突き出す。

体ごと叩きつけんばかりの、平突き。

月穿ち。それは、祖父、瑞俊が最後に放った技。

スーパーカーボン製の刀身が柄元まで、折れよとばかりに深く突き刺さる。

 

更に。

右手の刀を突き刺すことで生まれた反動に、跳躍ユニットから生まれる加速を加え、その場で舞うように、時計回りに回転。

生じたエネルギーの全てを左手の刀に乗せ、刀身の先端が交差するように、貫き通す。

月影。父、鞍馬が最も得意とした剣技。

 

二本の刀が反応炉へと突き刺さり、そこに挟まれた部分が、パリンと。

ガラスが割れるような澄んだ音を奏で、砕けた。

それは、ヤマタノオロチの、反応炉の巨大さと比較するなら、ほんの些細な傷。

その程度、人に例えるなら指先を少し切った程度のもの。ダメージといえるほどのものではない。

だが……それで、十分。

 

例えば、ダイヤモンド。地球上の鉱石で最も固いそれは、しかしある方向からの衝撃に弱く、ハンマーの一撃でたやすく砕けるという。

それと、同じ。

蒼也の未来視は、この生じた僅かな傷こそが、巨竜を倒すための最初の一打ちだと、告げていた。

 

そして、次の。最後の一撃を、放つ。

二本の刀によってによって穿たれた楔へと。思兼が装備していた、最後の武器を右手に持ち、腕ごと抉るように、突き入れる。

そして、その武器が外れぬよう、その破壊力が最大限に高まるよう、腕自体を蓋として、その亀裂を塞いだ。

 

そして……。

 

 

 

「僕の勝ちだっ! BETAっ!!」

 

そして蒼也は、高らかに。

 

「人間を……無礼るなああああっ!!」

 

己の勝利を、宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

仮称超重光線級、ヤマタノオロチ撃退作戦戦闘記録より抜粋。

 

2001年12月6日、10時18分。

ヤマタノオロチ、新潟沿岸へと上陸。

XG-70d凄乃皇が荷電粒子砲をもって迎撃を試みるも、直前にヤマタノオロチよりの極大出力レーザーの照射を受け、凄乃皇擱座。

尚、このレーザーは重光線級の10倍以上の出力であったと推定される。

 

10時19分。

ヤマタノオロチ上陸地点近辺地中より、未知の巨大BETAが出現。

全高、全福共に180m程度の円筒形の形状をしており、その全長は不明。

以降、同ベータを母艦級と呼称する。

 

10時20分。

母艦級の体内より、要塞級を含む多数のBETAが出現。

母艦級はBETAを移送するための個体であると推定される。

 

10時21分。

新潟沖合に展開していた帝国連合艦隊より、AL弾頭を含む支援砲撃が行われ、重金属雲が発生。

ヤマタノオロチ上陸地点に展開していた国連軍A-01部隊、帝国斯衛軍、帝国本土防衛軍が、母艦級より出現したBETA群との交戦に入る。

 

10時23分。

A-01部隊所属、黒須蒼也少佐がヤマタノオロチへと向け光線級吶喊を敢行。

 

10時25分。

ヤマタノオロチ、放射節3本を束ねた大出力レーザの照射。

重光線級の3倍程度の出力であると推定される。

 

10時27分。

黒須少佐搭乗の思兼に搭載されたS-11の爆発を確認。

ヤマタノオロチ胸部、動力源と推定される小型反応炉の損壊を確認。

 

10時28分。

連合艦隊よりヤマタノオロチへと向け支援砲撃開始。

一部をレーザーにより撃墜されるも、飽和攻撃によりヤマタノオロチ殲滅に成功。

 

 

 

同時刻。

黒須蒼也少佐を、KIAと認定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002年7月17日。

極東国連軍横浜基地。

 

 

 

──旅立つ若者たちよ。

  諸君に戦う術しか教えられなかった我等を許すな。

  諸君を戦場に送り出す我等の無能を許すな──

 

 

 

ラダビノッド基地司令の演説が風に乗り、遠く近くに響く。

香月はそれを、基地裏手に広がる小高い丘の上で、耳にしていた。

 

この場所は、白銀と鑑にとって思い入れの深い場所だという。

以前に黒須からそう聞いて、機会があるようなら一度くらい足を運んでみようかと思っていた。特に、何らかの意図があってのことではないが、そんな無駄も時には悪く無い。

香月にそう思わせる程度には、現在の人類を取り囲む環境は安定した様子を見せていた。

 

もっとも、再びこの場所に来るというのなら、もう少し体力をつけてからにしよう。ここまでの道程は、決して険しいというほどではないのだが、体力のないこの身にとってはそれでも些か厳しいものがあった。

間違っても親友のしごきを味わうような事はご免だが、時に基地周辺を散歩する程度のことはしてもいいだろう。

研究畑一筋の人間にそう思わせる程度には、未来に対する希望が見え始めていた。

 

昨年12月の、あの日。

あの新潟での戦いにおける勝利から、人類を取り囲む空気は明るい。

超重光線級、ヤマタノオロチの撃退に成功して以降、新たな同型種が出現することはなかった。鉄原をはじめとした各ハイヴに対し、あらたなる未知の脅威が生まれていないか厳重な監視が続けられたが、その活動は通常通りの、予測できる範囲のもののみであったのだ。

 

無論、BETAの通常活動とはそれだけで多大な脅威ではある。XM3の普及により人的損害は大きく減じてこそいるとはいえ、人が死なないわけでは決してない。侵攻を食い止める度、間引き作戦を行う度に、誰かが命を落としている。

それでも、オリジナルハイヴのあ号標的に変わる新たな司令塔の登場もなく、その一体だけで展開したすべての人類戦力をなぎ払う圧倒的脅威の出現もないという事実は、未来に対して確固たる希望をもたせるだけのものがあったのだ。

 

そして、今日。

人類の勝利へと向け、また新たな段階が踏まれようとしている。

佐渡ヶ島に続く、G弾を用いない、人が住める大地を取り戻すためのハイヴ攻略作戦の発動である。

作戦目標は、因縁深き鉄原ハイヴ。凄乃皇の能力を持ってすれば、佐渡ヶ島要塞から通常航路で攻め込める距離にあるのだが、今作戦においては今後の大陸内部に存在するハイヴ攻略の試金石として、軌道上からの降下作戦が行われる。

ラダビノッド司令の演説は、天へと舞い上がる凄乃皇と、その直掩としてハイヴに突入するため軌道へ打ち上げられるヴァルキリーズへと向けた言葉だ。

 

我等を許すな。

その言葉には、地球を取りもどせなかった自身への怒りと。重荷を背負わせる若者たちへの詫びと。そして、散っていった輩の悲願に報いる気持ちと。様々な想いが込められている。

 

胸を打つ、良い演説だ。

香月ですらが、そう思う。これで終わりではない。だが、これで。ようやく、一つの節目を迎えることが出来たのだ。

それが素直に喜ばしく。そして、物悲しい。

 

「……あんたの子どもたちが、征くわよ」

 

電磁カタパルトより、再突入型駆逐艦が宇宙へと向けて旅立とうとしている。

その、荘厳とも言える様相を見て、香月は傍らに立つ人物へと声をかけた。

 

「あの子たちはもう、私の子どもじゃないわ。それぞれが、立派な大人よ。明日を背負って立てるだけの、力と志しをもった、立派な」

 

横に並ぶのは、香月にとってかけがえのない親友である、神宮司まりも軍曹。

彼女も、ラダビノッド司令の言葉と同じく、若い世代に申し訳無さを感じる人間の一人だ。……いや、その一人、だった。

今、彼女には、その想いを彼等へと託すことに、託せることに。この未来を築きあげてくれた者達に、感謝の気持ちしかない。

 

伊隅。速瀬。宗像。風間。涼宮。柏木。榊。御剣。彩峰。珠瀬。鎧衣。白銀。鑑。

……みんな、地球を、頼んだわよ。

 

──願わくば、諸君の挺身が、若者を戦場に送る事無き世の礎とならん事を──

 

その言葉で、演説が締めくくられる。

そして、HSSTが。遥か天空へと駆け上がっていく。

それは正しく、希望を具象化した光景だった。

 

──ねえ、あんた。残念だったわね、この光景を見られなくて。なかなか、壮観よ。

 

そして、心の中で。

今はこの場にいない、彼女の傍らに立っているはずであった人物へと。

言葉を、かけた。

 

 

 

 

 

 

 

同刻。

帝都、月詠家。

 

その部屋には、現在の当主である花純、家主とも言える雪江、そして月乃の月詠三姉妹が。そして4人目の姉妹であるセリスが集い、もう一人の人物の手を握り、声をかけ、必死に励ましていた。

中央に敷かれた布団に体を休めるその人物とは、真那。彼女の額には玉のような汗が浮かび、苦しげに顔を歪めている。

呼吸は荒く、漏れ出ようとする悲鳴をこらえ、必死に何かに堪えるようであった。

 

彼女へと呼びかけられる声も届いてはいないのか、苦悶の表情を浮かべ体を強張らせる。

やがて、一際大きく体をのけぞらしたかと思うと……彼女の体からは一切の力が抜け、力を失った肢体がただ、投げ出されているばかりであった。

 

周囲の人物の瞳に、堪えきれないように光るものが溢れ出る。

耐え切れぬかのように、セリスが言葉を漏らした。

 

「……真那さん……立派だったわよ……」

 

しかし、その言葉は真那の耳には届かない。

彼女が耳にしていたものは、ただ。

ただ、おぎゃあという、生まれたての赤子があげる産声のみであった。

 

「……子どもは、無事ですか?」

「ええ、もちろん。元気な声が聞こえているでしょう? とっても可愛らしい女の子ですよ」

 

雪江のその言葉に、ああ、と。

真那の顔に、安堵と、喜びと、幸せに満ちが表情が浮かぶ。

やがて、産湯にいれられ汚れを洗い流した赤子が、清潔な白い衣に包まれ、真那の横へと寝かせられた。

 

そっと、我が子へと手を伸ばす。

すると、小さな手が、真那の指をひしりと、握りしめた。

その赤子とは思えない、力強さ。

ああ、これが、私とあの人との。二人の結晶なのだ。

 

生まれてきてくれて、ありがとう。

そして、ようこそ、世界へと。

ここは、とても広く。とても美しく。そして、とても素晴らしいところよ。

 

きっと、幸せになれる。

生きることは、それだけで掛け替えのない喜びで。

貴方はこんなにも、祝福されて生まれてきたのだから。

 

綺麗なことばかりではない。悲しい思いをすることもあるかもしれない。

でも、大丈夫よ、貴方なら。

だって、貴方は、あの人と私の子どもなのだから……

 

「名前はもう、決めているのかしら?」

 

尋ねられたその言葉に。

ゆっくりと、けれど力強く頷き。

そして、告げた。

 

「……紅莉栖。この子の名前は、月詠紅莉栖、です」

 

真那が優しく、力強く我が子の体を抱きしめる。

眦から流れた涙が一滴。

それは紛れも無い、喜びの涙だった。

 

 

 

 

 

人の想いは、川の流れのように。

 

途切れることなく、続いていく。

 

親から、子へと。

 

子から、孫へと。

 

昨日より、今日へと。

 

今日より、明日へと。

 

 

 

────未来へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻。

鉄原ハイヴ、門SW15。

 

「……タングステン01よりHQ。突入予定のSW115、及び周辺地表のBETA殲滅を完了。こちらはいつでもOK、戦乙女たちを歓迎する準備は万端だよ」

 

国連軍横浜基地A-01部隊所属、戦域戦術支援システム統括機、思兼。その専任衛士、黒須蒼也少佐。

彼からのその通信を受け、洋上に浮かぶ艦隊に設置されたHQより、どこか呆れたような言葉が返される。

 

「HQよりタングステン01。降下予定時刻まではまだあります。無茶を言わないでください」

 

安全なのを確認してからの、おふざけなんだろうけど。

蒼也少佐は、ほんとうに、相変わらずだ。あの戦いで、一時は生死の境をさまよったというのに。

ヴァルキリーマムこと涼宮遙中尉。先ほど返答を返したCPの心によぎる、戸惑いと呆れ。

 

「予定よりもこんなに早く掃除が終わっちゃったのは、僕のせいじゃないよ。碓氷少佐が張り切り過ぎちゃったんだって」

「……フリッグ01よりタングステン01。馬鹿なこと言ってないでください。あんまり不真面目だと怒りますよ」

「怖いな。けど、そういうのは鳴海大尉に言ってやって。昨夜も不真面目に、何人もの女性と……」

「デリング01よりヴァルキリーマム。誤解だっ! 少佐が好き勝手言ってるだけだって!」

「ヴァルキリーマムよりデリング01。作戦後……待ってますね」

「神よっ!」

 

とはいえ。

いくら蒼也少佐の、思兼の能力を信頼しているとはいえ、あまりふざけてると他部隊からの目も痛い。この辺りにしておくべき。

軽口をやめて周辺警戒に戻るよう要請を出そうとしたとき。涼宮のもとに、一つの連絡が入った。

 

その内容に、思わず頬がほころぶ。本来、このような連絡が入ってくる環境ではないはずであるし、作戦行動中に伝えるようなことでもないのだろうとは思う。

けれど、それが今ここまで来ているということは。おそらく、香月副司令の差金。なら、かまわないだろう。

 

「ヴァルキリーマムよりタングステン01。……重要なお知らせがあります」

「タングステン01。何かな? お説教なら鳴海大尉が受けるよ?」

「少佐ぁ」

「いえ、それは後ほど私が。そうではなくて……元気な、女の子だそうです、少佐」

 

一瞬、呆けた表情。

そして直後、泣いているような、笑っているような。おそらく自分でも判別のつかぬであろう、顔。

 

そうか。

生まれたんだ。僕の、真那の、子どもが。

この体になる前の日、あの夜に授かったであろう子。

00ユニット、機械の体になった自分に、生身の子どもがいる。

ああ、なんて嬉しいんだ。なんて、素晴らしいんだ。

人生とは、喜びに満ち溢れている。そしてきっと、これからの世の中は更に。

更に、世界中で喜びの割合が増していくんだ。

 

「……タングステン01より各機。戻ったらお祝いに参加してもらうよ。だから、絶対、死ぬんじゃない。絶対、死なせないから」

『了解ッ!!』

 

本当に。

あの時に、死なずに済んでよかった。心から、思う。

そして、心からの感謝を。

生き残らせてくれた、父に。夕呼先生に。セリスに。真那に。皆に、捧げよう。

 

 

 

 

 

「僕の勝ちだっ! BETAっ!!」

 

あの戦い、あの瞬間。

蒼也が選択した、最後の賭け。

 

ヤマタノオロチを倒せることには、確信があった。

だが、それだけでは足りない。

自分が死んでしまっては、それは勝ちではない。

必ずやり遂げ、生き残り、真那と幸せになる。そうして初めて、勝利なのだ。

 

だから、蒼也には。己を犠牲にして勝利を掴み取るようなつもりは、さらさらなかった。

S-11をヤマタノオロチ反応炉に穿った楔へとねじ込み、思兼の機体そのもので蓋をし、その破壊を確実なものとする。

そして蒼也自身は、機体からの脱出を果たしていた。

 

ただ脱出しただけでは、死ぬことに変わりはない。S-11の爆発に巻き込まれれば、結果は同じ。

だから、その爆風の届かぬところへと逃げこんだ。

母艦級の、その体内へと。

 

地表90mからの落下。

脱出の際には強化外骨格が纏われるとはいえ、その衝撃に耐えきれるものではない。それは結局は死へと辿り着く選択だ。

外骨格はひしゃげ、潰れ、砕け。そして中身の体は潰れたトマトと化すだろう。

 

しかし、蒼也は敢えて、その選択をした。

そして、外骨格が砕けようと。00ユニットの体が引きちぎれようと。その量子伝導脳だけは無事に残される未来を、掴みとったのだ。

 

だが、そこから先の未来は不透明だった。

脳だけは生き残り、だがエネルギーが切れて自閉モードになる。そこまでの未来は見通せたが、その先は闇。

誰にも気づかれず、放置されてしまえば。結局は、死ぬ。

 

けれど……蒼也は、信じていたのだ。

香月夕呼が、黒須セリスが、月詠真那が。彼女らが自分の捜索を諦めるはずがない、と。

 

そして。その信頼は。

まごうことなき、その想いは。彼女らへと届いたのだった。

 

 

 

今の蒼也の体は、生身の頃から考えれば三つ目の体。

この思兼も、量子伝導脳内にバックアップされていた戦闘データを、以前に蒼也が搭乗していた不知火に移し替えた、二代目の機体。

まるで、脳だけしかない、体を乗っ取る空想上の化け物のようだ。

だが、そうだったとしても、構わない。

 

だって、そうじゃないか。

だって、今、僕は。

 

 

 

──間違いなく、生きているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

中国新疆ウイグル自治区喀什に、BETAの着陸ユニットが落下したのが1973年4月。

その時より人類は、長い、長い戦いを、繰り広げてきた。

 

多くの人々がその戦いへと身を投じ、そして散っていった。

そしてその人数と、同じだけの生があり、同じだけの物語があった。

 

長く人々に語り続けられる、誰もが知る物語がある。

未完で終わり、ひっそりと忘れ去られていった物語がある。

 

悲劇もあれば、時に喜劇もある。

恋愛物も、陰謀物も、成長物語も。

 

それぞれの人生の物語。

あなたが生きた物語。

 

 

 

──そして、彼の物語は。

 

 

 

「それじゃあ、みんな。行くよ」

 

 

 

黒須蒼也の物語は。

 

 

 

「地球を、取り戻そう」

 

 

 

──まだ、終わらない。

 

 

 

 

 


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