あなたが生きた物語   作:河里静那

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51話

地より放たれた雷光が天を翔け、凄乃皇を貫き通す。

通信回線に響き渡る鑑純夏の悲鳴。そしてそれが途絶えた時。

重力を操る力を失った人の希望が、抗う術もなく、地へと堕ちた。

 

悪夢はそれにとどまらない。

凍りついた人類の前に現れた、新たな竜。

地より這いずりだしたそれが、口から数多の異形を吐き出す。

 

刻が、停止した。

先の戦いで、無傷でハイヴ一つを陥落せしめた、明日を切り開く剣。それが折れ、砕ける様を目の当たりにして。

常識の枠外にある巨体と更に、自らを磨り潰さんと押し寄せる群れを前にして。

誰もが、思考する能力を失っていた。

 

 

 

 

 

「ヴァルキリー01よりHQ、AL弾だっ! AL弾をありったけぶちかませっ!!」

 

迫り来る絶望の中、最も早く行動を起こしたのは、A-01を率いる戦乙女の頂点、伊隅みちる中佐であった。

 

「A-01各機、何を呆けているっ! 隊列を組め、迎え撃つぞっ!」

 

その声に、我に返る。

そうだ、何をしている。このような不測の事態の時のために、自分達がいるのではないか。

佐渡で無双ぶりを魅せつけたあの凄乃皇が、陥ちるはずがない。勝手にそう思い込んでいた。

BETAとの戦いでは何が起こるかわからない、それは判っていたはずなのに。

 

一瞬前までの己自身を恥じる。心に炎を燃やす。

ここは、私達が守る。日本は、人類は、私達が守りぬく。

決意を新たにA-01が、それに続いて斯衛の、そして本土防衛軍の精鋭たちが歩み出る。

連合艦隊より飛来した無数のAL弾の全てをヤマタノオロチが撃ち落とし、戦場が重金属の雲に包まれる。

人と、異星よりの侵略者との、生き残りをかけた戦いが始められた。

 

 

 

 

 

定めていた策が敗れ、戦いが泥沼へと傾きつつある中、蒼也は何をしていたのか。

機体に搭載された量子伝導脳を起動させ、システムに組み入れられたXM3搭載機に予言という名の指示を出すべきであろう彼は、それを出来ずにいた。

 

呆けていたのではない。

取り乱していたのでもない。

 

この戦いに生き残るため、人類の勝利を成し遂げるため、何をすべきか。

思考をクロックアップさせ分割し、並列に幾つもの事象を検討した結果、出された結論。

それは、オモイカネシステムとしてこの場を勝利に導くことではなかった。

己が今、成すべきこと。それは。

 

 

 

──ヤマタノオロチを、僕が屠る。

 

 

 

それしか、ない。

僕はあれの事をなめていた。強敵には違いないが、凄乃皇がいれば問題なく倒せると、そう高をくくっていた。

だが、実際は。

 

全ての首を束ねて放出されるあの大出力レーザー。

あの火力は、凄乃皇の荷電粒子砲に匹敵するか、下手をしたらそれ以上だ。

現在の人類に、あれを防ぐ術はない。

僕の予言の元に束ねられた戦術機部隊だろうと、光線級からの攻撃にも壁となれる耐久力を持つ艦隊だろうと、あれの前には無意味。薙ぎ払われれば、全滅という結果だけしか残らない。

 

しかも、速度は遅いとはいえ、奴は移動する。

補給の必要もなく、ただ人類を滅殺するために活動し続ける機動要塞。

更に、この場に母艦級が現れたことから推測すれば、他のBETAに対する指揮権と、連携を取れるだけの知性すら持っている可能性もある。

はっきり言って、あれを倒すのは、ハイヴ一つを陥とすよりも難易度が高いだろう。

 

しかし、今なら。

今なら、これ以上の犠牲なく倒せるかもしれない。そして、その機会はこれが最初で最後だ。

今、奴はあの大出力レーザーを撃ってくる気配がない。撃てばそれで終わるにもかかわらず、だ。

おそらく、あれを撃つにはインターバルが必要なのだろう。

次が来るまで、後どれくらいの時間がある?

10分以上の余裕があるかもしれない。数分後には撃ってくるかもしれない。それはわからない。

だが、僕に予知できる範囲において、奴は照射してくるのは通常の重光線級程度の火力のもののみ。それも、発生した重金属雲により威力は減衰できる。

だから、やるなら今しかない。

 

だが、どうやって倒す?

鑑は無事だ。かかりすぎた負荷により自閉モードに入っただけ。表現は悪いが、ブレーカーが落ちている状態だ。入れなおせばすぐに起動する。

けれど、凄乃皇は使えない。

大破こそしていないから、修理すればまた活躍してくれるだろう。だが、この戦いでの運用は絶望的。

 

昨夜に導き出された、二択の手段。

遠距離からレーザーでは撃墜不可能な手段で狙撃する。それが出来ないなら、もう一方を選択するしかない。

つまり。レーザーの雨をかい潜り、触腕の森を掻き分けて、奴に接近してレーザー照射膜を破壊するのだ。あとは、艦隊からの砲撃で片がつく。

残された手段は、それのみ。

 

 

 

 

 

「伊隅中佐。指揮をお願いします」

 

既にBETAの群れとの交戦中。間断なく指示を飛ばし続けている伊隅に、敢えてそう告げる。

 

「……やるんだな、少佐?」

「ええ。僕が単騎で光線級吶喊を行います。成し遂げるまで、耐えぬいてください」

「わかった、ここは任せろ。……蒼也少佐、ご武運を」

 

単騎でなど、無謀。フリッグス辺りをつけるべき。伊隅の中の常識は、そう意見する。

だがもう一方で、それでも不可能。例え護衛をつけたとしても成し遂げられない。そうという判断も下している。

レーザーが減衰しているとはいえ、合計100本以上の、自在に振り回される鞭のような触腕を掻い潜ることなど……出来るわけがない。

だが、この男がやると言ったのだ。

今のA-01の中では、碓氷と並んで自分が最も彼との付き合いが深い。不可能を可能としてきた彼のこれまでの戦いを、誰よりもよく知っている。

 

ならば、信じろ。

彼なら、蒼也少佐なら、この窮地を切り抜けてくれると。

既に息をつく間もなくなりつつある戦闘の中、伊隅は視線のみでの敬礼を捧げる。

万感の想いを込めて。

 

 

 

 

 

──まるで、おじいちゃんの時みたいだな。

 

京での戦いで、斯衛の残存勢力を生かすため、そして真耶を守るため。単騎での吶喊を見事に成し遂げた、祖父の最後が思い浮かんだ。

祖父の気持ちが、今ならよく分かる。

僕も、守りたい。人類と、そして。

 

──真那ちゃんは……真那は、僕が守る。

 

ここで僕がやらなければ、真那が死ぬ。

そんな世界に……意味は、ない。

僕は、僕のエゴを通し切るために、この戦いに勝つ。

 

だが。

だが、しかし。

 

──だけど、僕では……無理か。

 

未来が視えない。

触腕の壁を貫いて奴の元へと辿り着く未来が、どうしても視えない。

奴と自分とでは、相性が悪すぎる。

 

蒼也の戦いは基本、後の先をとるもの。

己は動かず、敵の攻撃を刹那の見切りで躱し、生じた隙に一撃を振るう。それが蒼也の培ってきた剣技。

 

だが、この戦いに必要とされるのはそれではない。

自らが貪欲に前進し、斬り込み、勝利をもぎ取る。いわば先の先を取る戦法が求められる。

それは、蒼也とは真逆の戦い方だった。

 

この場にいる中で最もその適性が高いのは、白銀だろう。次点で碓氷、速瀬といったところか。

だが、今の彼では不可能だ。

将来的にはその境地まで行き着くことだろう。だが、今の白銀には圧倒的に経験が足りていない。そして仲間や恩師の死を経験しておらず、本当の意味での覚悟も定まっていない。

 

ならば、どうする?

最も可能性の高い自分ですら、不可能。この現状をどう打破する?

 

──出来る人間がいないなら……連れて来るまで。

 

僕の能力は、並列世界を覗き見る力。

この力を使って、並列世界の白銀を、戦い続けて極みに達した世界の白銀を、この身に宿す。

理論上は可能。何度も検討してきた。

生身の体では、負荷に耐え切れずに脳が焼き切れる。だけど、この00ユニットとしての体なら。この量子伝導脳なら。

 

僕は、運命を信じよう。

僕がこの体となったのは、必然だった。

今日この日のために、この体を手に入れたのだと。

 

ならば、成してみせろ。

ならば、勝ち取ってみせろ。

鋼よりも固いタングステンの魂を、見せつけろっ!

さあ……いくぞっ!!

 

──因果を、結べ。

 

自分と白銀との間に結ばれた因果、彼の記憶を繋ぎ止める。

 

──世界を……繋げっ!!

 

意識を拡大させ、拡散させ、世界と世界の壁を壊す。

 

──来いっ! 白銀っ!!

 

そして。

蒼也の意識が、世界を渡った。

 

 

 

 

 

無限に引き伸ばされた刹那の時。

那由他の彼方まで続く道の両側に、無数の扉が連なっている。

その一つ一つが、他の世界への扉。

蒼也は、それを一つづつ開け放っていく。

 

──どこだ、どこにいるんだ、白銀。

 

十の扉を。百の扉を。千の扉を。

 

──どこなんだっ!

 

万の、億の、兆の扉を。

 

──頼む、僕の世界を守るため、僕の大切な人を守るため、力を貸してくれっ!

 

無限の数だけ存在する並列世界。

ここに並ぶ世界は、自分と何らかの因果が結ばれている世界。

その多くに、白銀はいた。

 

或いは衛士として、或いは民間人として、或いは武家として。

或いは死者として。或いは鑑と同じく捕らえられた標本として。

 

──お願いだっ!

 

京、垓、杼、穣、溝、澗、正、載、極。扉を開く。

 

だが、いない。

衛士としての極みに達した、あの窮地を救えるだけの力を手にした白銀が、どうしても見つからない。

 

──……お願いだ……白銀……

 

一体、どれほど歩き続けたのか。

一体、どれほどの扉を開き続けたのか。

一体、どれほどの時を過ごしてきたのか。

 

擦り切れた魂が、遂に膝をつかせる。

所詮、タングステンは白銀の偽物でしかないのか。

真に強さを手に入れた、本当の本物との因果など、結ばれてはいないのか。

 

──だけど……だけどっ!

 

まだだ。

まだ、諦めてたまるものか。

挫けてなんて、やるものか。

扉はまだある。

恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数。……無限の彼方まで。

 

必ず見つけ出してみせる。白銀を。

いや、白銀じゃなくてもいい。僕の世界を救える力を持つ、誰かを。

悔しいけど、僕一人じゃ駄目なんだ。

だから、必ず。その人を連れて帰ってみせる。

 

摩耗した心に再び光を宿し、顔を上げる。

膝に力を込め、立ち上がる。

そして、再び一歩を踏み出そうとした……その時だった。

 

 

 

 

 

──……どうした?──

 

 

 

ふと。

 

 

 

──よくわからんが……何だか、随分と困っているみたいだな──

 

 

 

ひどく懐かしい、とても優しい声。それを、耳にした。

そんな気がした。

 

 

 

──……俺で良ければ、力を貸そうか?──

 

 

 

ぽん、と。

大きく、温かい手。それが、頭の上に置かれた。

……そんな、気がした。

 

 

 

 

 

その変化に最初に気がついたのは、A-01の前衛中隊を率いる碓氷桂奈少佐だった。

BETAに押され、乱戦の様体を示し始めた戦況の中。何か胸騒ぎのような、良くない気配を感じた碓氷。彼女は目の前のBETAを処理しながらも視界を広く取り、戦場全体を俯瞰していた。そして、見つけたのだ。

一匹の要撃級が思兼へと近づき、その金剛石よりも固い前腕を振りかぶっているのを。

 

蒼也を救うべく、右手に構えた突撃砲の銃口を、それへと向ける。

……だが。

 

──少佐っ!!

 

間に合わない。

音よりも早く銃弾がBETAを襲い、その生命を刈り取ったとしても、その時には既に、手遅れ。

意識が拡大し、時間が引き伸ばされる。スローモーションのように、コマ送りの映像のように、薙ぎ払うように振るわれた一撃は思兼の管制ユニットへと達しようとしていた。

しかし。

 

──少佐が、アクロバットっ!?

 

それは、全くの予想外の光景。

思兼は、上体を逸らすようにして横薙ぎの一撃を躱す。当然のように機体は後ろへと傾きすぎ、重力に引かれて大地へと誘われる。だが地へと叩きつけられる音は響かない。機体が両手に構えていた突撃砲を一瞬の判断で投げ捨て、頭上へと伸ばした両腕を大地に付き、そのままトンボを切るように一回転。再び二本の脚で立ち上がったのだ。

しかも、誰かが投棄していたそれを、手をついた時に同時に拾うという神業も見せている。右手に一振り、左手にも一振り、その時には二振りの長刀を構えていた。

 

その軽業師のような機動はそれだけで終わらない。

己を襲った要撃級の腕が虚空を薙ぎ払うのに合わせ、それとは逆向きに回転した機体が、その勢いのままに長剣を後ろ薙ぎにし、一瞬前まで完全に優位に立っていたはずの異形の生命を刈り取った。

 

すごい。

Gに弱いはずの少佐が、あんなアクロバティックな動きを見せるなんて。

もしかしたら、少佐のG耐性の低さは彼を襲っていた病が原因で、それが完治した今、本来の機動ができるようになった……とか?

 

まあ、いい。

何にせよ、少佐は無事。そして、これまで以上の力を手に入れている。

よくわからないけど、それでこそ蒼也少佐だ。

蒼也の復活した姿を見て、碓氷の心がこれ以上もないほどに昂ぶった。

 

 

 

 

 

だが、碓氷の考えは違っていた。

G耐性を克服したのは、彼が00ユニットという機械の体を手に入れたからである。

そして彼が、らしくもない軽業じみた機動を見せたのには、また別の理由があった。

 

 

 

 

 

──あれは、無現鬼道の剣……では、ない?

 

立ちすくんでいたかと思えば一転。思兼が暴風のように、BETAの群れへと斬り込んでいく。

その動きは円を描く。死角となる背後を一方的に晒さぬよう、回転することを基本として、そして生じた慣性力を薙ぎ払われる刀に乗せ、死を運ぶ竜巻となって荒れ狂う。

だがその姿は、斯衛軍中尉月読真那には違和感を持って写った。

 

それは、幼いき頃より共に指導を受けた師、紅蓮醍三郎の剣ではなかったのだ。

だが、どこか見覚えがある。確かに、あの剣を学んだ記憶がある。

……そうか。

 

──あれは、お祖父様の剣。

 

無現鬼道流の門を叩くより以前、初めて剣を手にした時に手ほどきを受けた。

あれは、月詠瑞俊の剣。

何故、師ではなく祖父の剣を用いて戦うのか。疑問は、すぐに氷解した。

 

なるほど、理にかなっている。

一対一を重視し洗練されてきた無現鬼道流とは違う、荒削りながらも乱戦の中でこそ輝く剣。

多数のBETAとの戦いでは、それこそが求められているもの。

そして、自分の知らぬ、戦場での蒼也が辿り着いた答えがこれなのだろう。

 

──頼もしいではないか、我が婚約者殿は。

 

真那の顔に浮かぶ笑み。

愛する者の獅子奮迅の戦働きを見て、彼女も負けじと剣を振るう。

 

 

 

 

 

だが、それも違った。

蒼也の振るう剣を、祖父である瑞俊のものだとした真那の考え。

それもまた、正しい答えではなかった。

 

 

 

 

 

一人。

この戦場の中にあって、たった一人。

彼女だけがその剣を、その機動を操る者の正体を、正しく悟っていた。

 

ひと目でわかった。

何故なら、ずっと、見ていたから。

誰よりも近いところから。ずっと、ずっと、その舞を、見続けてきたから。

 

 

 

 

 

「鞍馬ぁっ!!」

 

響き渡る、セリスの叫び。

その声に思兼がこちらへと振り返り、一瞬だけ交錯する視線。

そこに彼女は。かつて愛し合い、そして今も尚、愛し続ける者の姿を。

確かに、見た。

 

 

 

やがて、思兼が気持ちを振り払うように、視線を外す。

新たに向けた先は、九つの首をもたげし異形の竜。

それは、地球を取り戻すための、最後にして最大の試練。

 

思兼の右手には一振りの長刀。そして左手にもまた一振り。

二振りの刀を、翼を広げる鳥のように、構え。

 

そして、ただ一騎が、駆け出した。

人類の怨敵の、首魁の元へと。

神楽のように、巫女舞のように。優雅さすら感じさせ舞い踊る、剣の舞を、魅せながら。

 

 

 

この世界においては、ボパールの地下で散った命。

だが、ある世界においてはそこから生還し、尚も戦い続け、今日この日まで研鑽を積み続けた、一振りの刀。

 

それが、その大望を叶えんがため。

人の未来を、青い空を取り戻さんがため。

愛する者を、守らんがため。

今、再び。

 

人類の斯衛が、戦場へと降り立った。

 

 

 


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