あなたが生きた物語   作:河里静那

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49話

 

佐渡ヶ島に、雨が降る。

国連宇宙総軍の装甲駆逐艦隊による軌道爆撃。そして、帝国連合艦隊をはじめとする各艦隊からの長距離飽和攻撃。対レーザー弾の雨。

レーザーの傘で妨げられた雫は重金属で作られた雲を生み出し、後からさらに続く雨粒と、そしてそこで戦う鉄の巨人を守る盾となる。

 

だが、巨人の出番はもう少し後のこと。

この雨が打ち砕くのはBETAだけではないのだ。それは鋼を砕き、大地を穿ち、受けるものに等しく死を撒き散らす。決して巨人も例外ではない。

故に雨が止むまでは、この地へと足を踏み入れてはならない。それまでは雨の降り注がないところで、じっと晴れ間を待つのが定石。

だが、しかし。

 

今、雨の具合を確かめるように空を見上げた光線級の一体を、飛来した36mmの弾丸が撃ち抜いた。いや、その一体だけではなく、周囲にいたものも同じ結末をもたらす。さらに範囲を広げ、光線級だけではない別種のBETAもまた、同様に。

鉄槌を下したのは、土砂降りの破滅の中を傘もささずに走り抜ける巨人。国連色に青く塗られた不知火たち。

 

雨の雫がその身に当たれば、巨人とてひとたまりもないのに、何故に彼等はやってきたのか。

犬死するのが怖くはないのだろうか。

 

……その通りだ。

彼等は、そんなものを恐れてなどいない。

何故ならば、彼等は知っているのだ。その雨粒が自らを穿つことなど、決して無いということを。

彼等を統率する頭脳が、雨粒の当たらない、それが穿った大地より飛来する飛礫すらも届かない道筋へと、導いているのだ。

故に、恐れなど無い。

今また、飛礫から逃げ惑う要撃級へと白刃が振るわれ、戦車級が貫かれた。

激しい雨の中、踊るように、舞うように。その不知火たちは敵を屠り続ける。

 

笑い声が聞こえてきた。

巨人を駆る一人の衛士の口から、耐え切れぬように漏れ出てきたものだ。

彼女は昂ぶっていた。心が弾んでいた。

BETAを屠ることに、ではない。勝利へ導いてくれる指揮官と、それに応えることの出来る、己自身がいることに。

この身に培ってきた。研鑽し積み重ねてきた。絶対とも言える彼の能力を真に活かすことが出来るのは、私達だけ。それが、この部隊。

一度は失い、それでも夢見て焦がれ続けた。いつの日か再びと、望み続けた。

それが遂に。この戦場で、遂に戻ってきた。

これを、喜ばずにいられるか。

 

見たか、BETA。

思い知ったか、化け物。

これがっ! これがっ!!

 

「これがっ、A-01だぁっ!!」

 

碓氷の叫びが、銃撃や着弾の爆音をさらに圧して、戦場にこだまする。

彼女は今、死と隣り合わせの戦場の中、歓喜に打ち震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

──碓氷の奴、ノッてるわね。

 

回線越しに歓喜の叫びを聞いた伊隅。呆れたような、苦笑いが口元に浮かぶ。

まったく、はしゃいじゃって。通信をA-01の全員が聞いているの、忘れてるんじゃないかしら。

……まあ、気持ちはわかるけど。

 

蒼也少佐の指揮は何というか……そう、癖になる。

全ての事象が手の平の上にあるかのような全能感に包まれ、これなら確実に人類は勝利できると思わせてくれる。あの感覚は、他にない。自分ですらそうなのだから、少佐に心酔している碓氷などにとってはもう、他に代えがたいものなのだろう。

そして、残念ながら自分にも詳細は明かされていないが、どうやらオモイカネシステムは少佐の予知を強化、ないし増幅するシステムのようだ。

 

伊隅のその推察は、間違いではない。

かつての蒼也は、戦闘中の全ての指示を口頭で伝えていた。それは極普通のこと。というより通常、他に方法がない。

だがオモイカネシステムを使用して能力を拡大させることにより、新たな手段が生まれる。衛士強化装備の網膜投影システムに指示を表示させることで、戦場に存在する全ての衛士に対し、同時に指示を出すことが出来るようになったのだ。

さらに、文章ではなく矢印や数字といった記号を使うことで、口頭で伝えるよりも直感的に判断しやすくなる工夫がなされている。

これにより、一つの生き物のように取れていたA-01の統率が、さらに洗練されることになった。

 

ただし、このシステムにも弱点はある。

蒼也からの指示に対し、半ば盲目的なレベルで行動に移れないことには、予知の価値は半減してしまうのだ。

例えば、目前に金剛石の腕を振りかざす要撃級が接近しつつあるとき、それに背を向けて離れた敵を射撃しろという指示が出された場合。それは一見すると、自らの命を投げ捨てるかのような行為だ。すんなりとそれに従うことは、一般的には難しいことだろう。となれば、そこで出された予知は意味を失ってしまう。

 

その為かつての蒼也は、指示に対して反射のレベルで従えるようになるまで、部隊が蒼也を頭脳とした一つの生き物となれるまで、徹底的に連携訓練を重ねたのだ。

そしてそれこそが、別働隊が新任のみで構成されている理由。そしてオモイカネの、蒼也の指示を受けるのが先任ばかりである訳。新任に新たに蒼也流の連携を教えこむよりも、経験のある古参に任せたほうが、作戦成功率が上がるとの判断だった。

 

さらに言えば、凄乃皇が新兵器である以上、当然それとの連携を部隊の誰も経験していない。誰もが新たに学ばなくてはならない。ならば、そちらに新任を回したほうが効率が良いという意味もある。

 

伊隅は凄乃皇と思兼についての説明を受けた時、説明さずともそれを正しく理解した。同時に、新任と凄乃皇の指揮を任されるのは自分だろうとも。

確かに、それが最も効率も確実性も高い。そして、その信頼を裏切るつもりなど、毛の先ほどもない。

だがそれでも、少しだけ。心の奥底で碓氷たちが羨ましいと思ってしまう伊隅だった。

 

 

 

 

 

 

 

「タングステン01よりHQ。橋頭堡を確保した。これよりトールズ及びエインヘリヤルズを上陸させる」

「HQ、了解。これより作戦はフェイズ3に移行します。ヴァルキリーズ、出撃に備えてください」

 

──あなた。見ていてくださいね。

 

直掩となるエインヘリヤルズに守られ、今作戦において凄乃皇を除けば最大火力を誇る、黒須セリス率いるトールズが真野湾より佐渡へと上陸した。

即座に、トールズを中心に翼を広げるように、フリッグス及びデリングスが展開する。古来より合戦にて用いられてきた、前進してくる敵軍を翼包囲する鶴翼の陣と呼ばれる陣形だ。

 

さらに、トールズの背後へ思兼が位置することにより、この陣は完成を見る。

BETAに対して強力な誘引力を持つ、撃震改装備の99式電磁投射砲。そしてそれ以上に奴等を惹きつける、オルタネイティヴ4の粋となる高性能計算機を二台も積んだ思兼。その鶴の体を目指し、島中のBETAが吸い寄せられるように雪崩れ込んできた。

 

通常であれば死を覚悟せざるを得ないその光景に、しかし嘆く者はいない。

今の彼等にとってその光景は、哀れな蛾が群れをなして炎へと飛び込まんとする姿に他ならなかった。

 

99式電磁投射砲が火を吹き、狙いすましたかのような支援砲撃がさらに群れを焼いていく。

瞬く間に薙ぎ倒されていく害虫たち。だが、次から次へと湧き出てくる個体は群体となり、さらなるうねりを持って押し寄せる。

電磁投射砲に付いて回る欠点、継戦能力の弱さが露呈し、やがてその弾丸も尽きんとする。

だが、それもまた、予定の内のこと。

 

A-01を押しつぶさんと押し寄せてきたBETAの群れの動きが一瞬、停止した。

そしてその向きを変えると、既にA-01のことは忘れたかのように、一斉に移動をし始める。

背を向けられたA-01から見れば、それは格好の的。喰い放題とばかりに次々と射抜いていくも、BETAはそれに構う様子も見せない。或いはそれだけの知性が存在しないだけのことなのかもしれないが、その様は何かを必死に求めている姿のようにも思えた。

では、それは何に対してなのか。

 

「さ、始めましょ」

 

旗艦最上の艦上で、香月が呟く。

そして、新潟より佐渡ヶ島南東部へと上陸した凄乃皇が、主砲、荷電粒子砲の封印を解き放った。

 

目を焼くほどのまばゆい光が佐渡を貫く。射線上に存在した全ての生物、無生物を問わず、全てを薙ぎ払いながら、目標へと突き刺さる。

それは、黒く尖った花弁がいくつもいくつも積み重なったかのような、巨大な建造物。人の目からしてみれば、歪としか言いようのない構造物。

 

それが、砕けた。

その光景に誰もが口をつぐみ、目を見開き。

そして次の瞬間。想いが、弾けた。

 

沸き起こる歓声。流れ落ちる喜びの涙。

凄乃皇から放たれた一撃が、モニュメントと呼ばれるハイヴの地表構造物を、根こそぎ吹き飛ばしたのだ。

この瞬間、この場に居合わせた者は。これを目の当たりにした者は。この光景を決して生涯、忘れることは無いだろう。

それは、希望。正しく、それを具現化した姿だった。

 

 

 

そして。

もたらされた希望は、これだけで終わりではなかった。

 

 

 

2001年11月25日。

この日は、人類にとって大きな節目となる、記念すべき日として記憶されることになる。

日本時間で、その日の遅くのことだ。全世界へと向けて、その事実が発表されたのは。

 

ある者はTVのニュースで。ある者は街を走り回り、それを知らせる政府の広報車から。またある者は、街にばらまかれる号外にて、それを知った。

彼等の全てに共通していたのは、言葉に出来ないほどの、抑えようとしても溢れ出る涙を堪えきれないほどの、感動が押し寄せたこと。

 

オリジナルハイヴ、消滅。

そして、G弾を使わない人類戦力のみでの、佐渡ヶ島ハイヴ攻略。

その偉業を耳にして、喜びに打ち震えない者がいようか。

1973年4月に中国新疆ウイグル自治区喀什にBETAの着陸ユニットが落下してより、およそ30年。

遂に、人類がBETAに対し一矢を報いたのだ。

遂に、人類の反撃が始まったのだ。

 

 

 

今作戦の最大の功労者である、国連軍横浜基地。

実質的にそれを率いる香月夕呼博士の名は、軍人と民間人とを問わず、全世界へと知らしめられることになる。

いつしか、彼女はこう呼ばれるようになった。

聖母、と。

 

 

 

 

 

 

 

2001年12月5日。

 

オペレーション・アイスバーグ、甲21号作戦。それが一切の汚点をつけることなく、たった一人の死者すら出すことなく、これ以上ない完全な形で達成されてから、10日。

未だ全世界がお祭り状態。誰もが戦勝気分に浸っていたが、当事者であるオルタネイティヴ4の基幹要員たちにおいては、その限りではなかった。

 

制圧した佐渡ヶ島の、ハイヴ跡地の奥底に存在する、反応炉。

それを守るための、そしていずれ大陸のBETAに対して打って出るための、佐渡ヶ島前線基地の建造が開始された。

 

そう。

佐渡ヶ島ハイヴの反応炉は、破壊されていない。

通常で想定されているハイヴ攻略戦においては、S-11をもって破壊されるはずの反応炉。佐渡のそれは、無傷で残されていたのだ。

凄乃皇と思兼の能力を最大限に活かし尽くした結果、反応炉を破壊することなく、佐渡に属していた全てのBETAを抹殺し尽くすことに成功したのだった。

 

BETAは、反応炉より活動のためのエネルギーを補給する。

その為、生きている反応炉はそれだけでBETAを集める誘引剤となる。

これまで、人類が手にした反応炉は唯一、横浜基地のもののみ。そしてこれまでに起こった佐渡からの侵攻の全ては、最終的にこの横浜を目指してのものだった。

これは、危険な状態だ。

 

横浜がそれだけでBETAを呼び寄せるなら、その近くにある人類勢力圏もまた脅かされる。

その中には帝都もまた、当然のように含まれている。

既に日本はかつての首都、千年の都を失っている。この上で東の京まで失うようなことがあれば、この国に住まう人たちにとってそれは如何ほどの痛手となるのか。

そして日本が受けるダメージは、直接オルタネイティヴ4にも影響する。

 

それを避けるために、香月は本拠地を佐渡に移すことを求めた。

佐渡の反応炉を生かしたままに要塞化することにより、鉄原を始めとするユーラシアのハイヴからの侵攻先を誘導し、かつその撃退を容易とする。

そうすれば、日本の防衛はより強固なものとなることだろう。

 

特に、鉄原ハイヴの動向には注意をはらう必要があった。

かのハイブには、もう随分と目立った動きが見られない。一見すれば喜ばしい事態に思えるが、過去のBETAの動きにある程度でも精通しているならば、これは逆に脅威としか映らない。

かつて当時のA-01を壊滅せしめた、そして日本を半壊せしめた、重慶ハイヴからの大侵攻。それを、彷彿とさせるのだ。

 

ならば、先んじて手を打つべきだろう。

それが香月夕呼の思惑だった。

 

 

 

しかし、全ては遅きに失したのだ。

彼女はそう、痛感することとなる。

 

 

 

佐渡ヶ島要塞の建造にある程度の目処が立つまでは、A-01の本拠地は横浜から動かすわけにはいかなかった。

基地に残している様々な機密はもちろんのこと、何より00ユニットのODL洗浄の必要があったからだ。

それ故に、佐渡には帝国本土防衛軍の精鋭を残し、香月とA-01部隊は横浜へと帰還していた。

 

その夜の事だった。

その通信が舞い込んだのは。

 

「……竜がっ! ヤマタノオロチがぁっ!!」

 

その言葉を最後に。

佐渡ヶ島仮設基地からの通信が、途絶した。

 

 

 




リアル個人的事情により巻き巻きですが、次話より最終局面へと突入します。

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