あなたが生きた物語   作:河里静那

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48話

 

「佐渡ヶ島ハイヴを我々、オルタネイティヴ4のみで攻略することを認めて頂き、感謝しておりますわ」

 

極東国連軍横浜基地副司令の執務室に据え付けられているホットライン。そこを舞台に今、狐と狸の化かし合いが繰り広げられていた。

回線を通じて香月と繋がっている相手は、国連軍統合参謀会議の議長。全国連軍を統率する総司令官、その人である。

 

使い出のある有能な男。彼のことを、香月はそう評していた。人物評に点の辛いことで知られる香月からすれば、相当な高得点だ。

理想や願望に囚われない現実的な思考をすることが出来、そうして導き出した結論を着実に実行出来るだけの行動力があり、そしてそれに見合うだけの手足の長さを持っている。

口だけが達者な若造や、保身にばかり励む年寄りとは一線を画す存在。そして何より、真に人類の勝利を願っている男。信頼まではできずとも、信用するだけの価値はある。

立ち位置も反第五計画派であると明確に示しており、彼が議長の座についてから第四計画の歩みは大きく前進することになった。五一五事変の際にも、彼の協力がなければ日本はアメリカの侵攻を許してしまっていたかもしれない。

 

だがそれでも、彼のことを計画のパートナーと捉えることは出来ない。

何故なら、彼はあくまで反第五計画派であって、決して第四計画派という訳ではないのだ。

敵の敵が一時的に味方についているだけであり、もし香月が何か大きな失態をしでかすようなことがあったならば、彼は躊躇うことなくその首を刎ねに来ることだろう。

それ故に、彼はいつも、会話の最後をこう締めくくるのだ。

 

「礼には及ばん。私はただ消去法の結果と、少々の個人的な事情から君に協力しているに過ぎん。もし、より勝利の可能性の高いと思われる第六計画が誕生したならば、私は喜んで君を背後から一刺しすることだろう」

 

繰り返されているやり取り。

伝えるべきことは伝え終えた。後は、承知しておりますわ、と。そう言って通話を切るだけ。

だがこの時、珍しく香月はさらなる言葉を口にした。00ユニットが完成し、後は戦場で敵を倒すのみとなったことで、彼女の心にも僅かながら遊び心が生まれたのだろうか。

 

「議長、よろしければその個人的な事情というものをお伺いしても?」

 

意外な言葉に、議長の思考が一瞬だけ静止する。この魔女からそんなことを尋ねられるとは思っていなかったのだ。

消去法の結果と個人的な事情。第四計画に肩入れする理由を問われた時、彼は常々そう答えてきた。軍政家としての彼ではなく、本来の彼が持つ茶目っ気からの言い回し。

その事情とは何だと尋ねられることもあった。それに対する答えは、単なる気分、或いはただの勘、もしくはまた別の曖昧な回答。その時その時によって返事は変わっており、尋ねた側も特に意味は無いのだなと、さらりと流す。そんな会話の潤滑剤。

 

けれど、この時の彼は些か様子が異なった。

それは、尋ねたのが香月だったからなのか。それとも、他に何か理由があるのか。

 

「……そう、だな。私はただ、借りを返したかっただけなのかもしれないな」

 

彼は事務机の上に置いてある写真立てを手に取ると、そこに飾られた懐かしい思い出を見つめる。

そして、ゆっくりと。心の内側を曝け出すように、言葉を口にした。

 

「決して返しきれることのない、大きな借り。それを、ただ」

 

瞳を閉じて、思い浮かべる。

あの、輝かしい日々の中で。いつも共にあった、その姿を。

そして、その血を受け継ぐ者の顔を。

 

 

 

 

 

 

 

11月25日。

 

その存在は、危機に瀕していた。

そのこと自体は今に始まったことではない。与えられた崇高なる使命を全うせんとする彼、もしくは彼女、或いはそれ以外の何かの前には、これまでも様々な壁が立ちはだかってきたのだから。

しかしその全てを、それは屈服させてきた。たとえ幾度かの敗北があったとしても、思考し、対処法を見出し、それを実践することで全ての障害を乗り越えてきたのだ。

……だが、今回のこれは。

 

天より災厄が降り注ぐ。

それに、新たな対応を見出すだけの時間は残されていない。

今、その場に存在する、これまでであれば何ら問題なく災害を排除してきた信頼すべき作業機械たちに命令を下し、もたらされる破滅から己を救わんとする。

 

一発。二発。

黒い光がはじける度に、堅牢な大地の鎧が削り取られていく。

幾つかの光は、蕾が開く前に散らすことに成功した。しかし、襲いかかる有り余る暴虐の前に、その程度の抵抗が如何程のものだというのか。

 

次から次へと絶え間なく、滅亡の花が咲き乱れる。そして、23輪目が花開いた時。その瞬間は、訪れた。

その、人とは別種の思考形態を保つ高度な知性も、恐怖を感じたのだろうか。いや、そもそも感情やそれに類する何かが存在したのだろうか。

最後の瞬間、それ辿った思考がどのようなものであったのか。知る術は、永久に失われた。

 

2001年11月25日08時12分。

月より地球へと送り込まれし、人の敵。人類に敵対的な地球外起源種、BETAの頂点に君臨する重頭脳級。帝国軍及び在日国連軍呼称"あ号標的”。

それが、その存在の消滅した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ号……あ号標的の、反応消失を……確認。オリジナルハイヴがっ、オリジナルハイヴがっ! 陥落しましたっ!!」

 

甲21号作戦旗艦である帝国海軍最上級大型巡洋艦一番艦最上の艦橋で、オペレーターを務めるイリーナ・ピアティフ中尉が涙に濡れた声で叫びを上げた。

それに続き、艦橋に詰める者達、戦闘配置につく各部署、作戦に参加する全ての艦、その通信を耳にした全ての者達から。大気を震わす、歓声が沸き起こる。

隣りにいる者と肩を組み、抱き合い、喜びの涙を流し合い。誰も彼もが、心の底より湧き上がる感動に打ち震えていた。

 

「……やりましたな、香月博士」

 

最上艦長小沢久彌提督が、隣に立つ香月へと語りかける。彼の瞳もまた、周囲の者たちと同様、熱い涙に濡れていた。

 

「いえ、提督。まだ作戦はフェイズ1が終わったばかり。オリジナルハイヴ陥落も、単に廃棄物を投棄した結果に過ぎません」

 

そう言って、不敵に笑う。

 

「これからですわ。我々の、オルタネイティヴ4の成果をご覧に入れるのは」

 

その言葉を聞き、小沢は軍帽をかぶり直した。

 

「……そうでしたな。これからが本番、ここで気を抜いてしまっては勝てる戦いも勝ちを逃すというもの。いやはや、年甲斐もなく熱くなってしまったようです」

「お気持はわかります。ですが、お覚悟なされたほうがよろしいかと。この先は、もっと熱くなっていただきますから」

 

それは、楽しみですな。

小沢の目に強い光が宿る。あの、佐渡が陥ちたその時の光景をまざまざと思い出し、そしてその雪辱を晴らす機会が遂に訪れたことを喜びに思う。

 

「これより、作戦は第二フェイズに移ります。……黒須、準備はいい?」

 

艦橋の大型モニターの一部が切り取られ、衛士強化装備を纏った蒼也の姿が映し出される。

 

「いつでもどうぞ、副司令。A-01各員、今か今かと逸っておりますよ」

「慌てなさんな。すぐに嫌ってほど働いてもらうわよ。……それでは、提督」

 

香月に促され、小沢が一つ大きく頷く。

 

「全艦隊に告ぐ。各砲門のトリガーをオモイカネシステムの管制下に。これより作戦第二フェイズ……佐渡ヶ島奪還作戦を開始するっ!」

 

再び、沸き起こる歓声。

兵達の高まりは、最高潮に達しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「タングステン01よりA-01各機。……少しだけ、いいかな」

 

佐渡ヶ島奪還のために上陸する戦術機甲部隊、A-01専用回線に蒼也の声が響いた。

 

「皆の中には、この作戦に不安を感じている者がいると思う」

 

静かに、いつもとかわらぬ口調で。

 

「それもしかたのないことだと思う。だって、僕たちA-01のみの一個連隊。正確に言うなら、それにすら満たない五個中隊のみで、ハイヴを陥とせっていうんだから」

 

新任たちの体が緊張で強張る。口の中がからからだ。

 

「これまでの人類の戦いから考えれば、そんなことは不可能だ。G弾の使われた横浜という例外を除き、これまでただの一度もハイヴ攻略は成されたことがない」

 

パレオロゴス作戦やスワラージ作戦。当時の人類戦力の大半を注ぎ込んだこれらの作戦ですら、遂に人類は勝利の二文字を手に入れられなかった。

 

「……この戦いに関して、僕が思っている本当の気持ちを、言うよ」

 

その物言いに、心にわだかまっていた不安が刺激される。……だが。

 

「正直、負ける要素が見つからない」

 

ぷっ、と。誰かが吹き出した。

そんなことだろうと思ったと、蒼也が何を言い出すのか、半ば予期していた先任たち。

対して、あっけにとられた表情の新任たち。

 

「今日を境に、BETAとの戦いは大きく様変わりすることになる。凄乃皇と、思兼。この二つがある限り、これからの人類に敗北はありえないよ」

 

そう言い放って、蒼也は自分の背後、複座型管制ユニットの後部席を振り返った。

そこにあるのは、子供の身長ほどの大きさの金属製の円柱。それこそが、オモイカネシステムの本体。

……そういうことになっている。

 

その中身は、人格の転写が成されていない量子伝導脳。金属の内側には、ODLの海にむき出しの人造脳がたゆたっている。

意識の存在しない素の状態であるため、思考することなど無い。もちろん並列世界から情報を集めることなど出来はしない、ただの計算機。

だがそれは、既存の全てのコンピュータを合わせたものよりも更に高い能力を持つ程の、常識外れの性能を誇る計算機なのだ。

 

そして蒼也がこの思兼に座するとき、それと蒼也の、二つの量子伝導脳がリンクする。

複数のCPUを持つコンピュータがより多くの処理を並列で行えるように、二つの脳を持つことになる蒼也の能力もまた、跳ね上がる。

デュアルコア量子伝導脳。それが、オモイカネシステムの正体であった。

 

「だから、信じるんだ。凄乃皇を。思兼を。僕を。そして、自分自身を」

 

何だろう、この高まりは。不安の影に脅かされていた新任たちの心にも、それをかき消すだけの炎が灯り始める。

いいように乗せられている気もするが、それでも彼の言葉がただの大言壮語でないことは、これまでの訓練で分かっている。

ならば後は、彼の言う通り、信じるだけだ。香月夕呼博士が生み出した切り札と、自分たちを。

 

先任たちには、不安など元より存在しない。今の新任たちの状況など、とうの昔に通り過ぎた。

何より、彼がいるのだ。再び、彼と共に戦えるのだ。これを喜ばずにいられるか。不安を感じる要素などどこに存在するというのか。

 

「伊隅中佐。指揮権をお預かりします」

 

モニター越しに伊隅の瞳を見つめ、いつもの崩れた敬礼。

それに不敵に笑い返し、伊隅が言う。

 

「ああ任せた、蒼也少佐。存分に、暴れてこい」

 

伊隅は凄乃皇とヴァルキリーズを率いて、第三フェイズから佐渡に上陸する。

蒼也と共に暴れまわるのは、またの機会にお預けだ。

正直、それを寂しくも思うが、信頼されて任せられた役割だ。これに応えなければ、彼と肩を並べる資格などない。

連隊指揮官としての初陣、あのクーデターの時に彼からかけられた言葉。それを裏切ることなど、決してありえない。

 

「A-01、隊規斉唱っ!」

 

伊隅よりかけられる号令。

それに、総員の声が唱和した。

 

『死力を尽くして任務に当たれっ!』

 

『生あるかぎり最善を尽くせっ!』

 

『決して……死ぬなっ!!』

 

「行くよ、A-01。地球を、取り戻そう」

 

蒼也の中の白銀の記憶とは少し違う、よりふてぶてしく、より逞しい言葉。

焚き付けられるように、全員の瞳が燃え上がる。

そしてそれは隊員たちの心に、戦術機の噴射口に。

湧き上がる昂ぶりを共にして。今、戦術機が佐渡へと向けて飛び立った。

 

 

 


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