あなたが生きた物語   作:河里静那

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47話

 

横浜基地の、地下深く。

オルタネイティヴ4の中枢であるこの基地内には、特別な権限を持つ者でなければ立ち入ることの出来ない箇所が多々ある。そこは、その中でもひときわ機密性の高い場所だった。

もっとも、その名前だけは何故か、広く知られている。本来の意味としてではなく、基地に勤める者達の間に伝えられる怪談話として。

90番格納庫。その飾り気のない名前が、この場所を指し示す言葉だった。

 

──また、生きて再び。この機体を、目の当たりにする時が来ようとは。

 

男は、その格納庫内で、ある機体をただ見つめていた。

それは、多数の戦術機が戦闘行動を取れるほどに広大な空間の中でもひときわ目を引く、二つのの巨大な機影……ではない。その隣にひっそりと佇む、一機の戦術機だ。

基地で使用されている不知火や撃震改といったものよりも大型のそれは、戦術機史に名を残す、名機と呼ばれたとある機体。それをベースに、改良が施されたものであると見て取れる。

 

元となった機体は、長く衛士を務めているなら、その名を知らぬ者はない。男もまた、そうである。だが彼の目に宿る光は、かつての傑作機に対する懐古の念ではなかった。

それは、畏敬。或いは、郷愁。或いは……憎悪。

とても一言では言い表せない、心に渦巻く様々な想い。

 

やがて男は、ゆっくりと右手を上げていく。そしてその指先をピンと伸ばし、己の額へと導いた。

見るものがいれば思わず見惚れるほどの、見事な敬礼。

その男──極東国連軍横浜基地司令パウル・ラダビノッド准将は、湧き上がる想いを飲み込むように。ただ、ただ、それを見つめ続ける。

その眼尻から、きらりと一筋。光るものが、流れ落ちた。

 

 

 

 

 

11月3日。

 

第一ブリーフィングルーム。

そこは横浜基地内に大小含めて多数存在するブリーフィングルームの中でも、特別な意味を持つ場所だ。

A-01部隊の専用となっており、他の部隊が使用することは許可されていない。そして他部隊に対する教導等、通常の任務の際に使用されることもない。

つまり、この場所に集合がかけられたということは、BETAに対する作戦行動が行われるということ。

それが分かっているだけに、その場に集った者達の顔には真剣な表情が浮かんでいた。

 

室内に通ずる扉は二種類。一つは、所属衛士達が入室するための通常の大扉。そして奥側にある、機密区から直接繋がる扉。

指揮官である伊隅みちる中佐以下の全衛士。司令部要員である涼宮遙中尉やイリーナ・ピアティフ中尉といったCP達。彼女等が見守る中、その扉から入室してきたのは香月夕呼副司令と、それに付き従う黒須蒼也少佐。そして最後に、パウル・ラダビノッド司令。3人が奥の壁側に設置された椅子へと腰を掛ける。

 

張り詰めていた空気がより一層、引き締まる。

副司令だけではなく、基本的にA-01の任務には関わっていない基地司令までもが、この場に姿を見せた。それが、これから伝えられる内容がいかに重大なものであるかを表している。

 

「総員、敬礼っ!」

 

伊隅中佐の号令に、総員が一糸乱れぬ統率を見せる。

その様子に満足気に頷いた香月が立ち上がり、ブリーフィングの開始を宣言。そして、日本国民の全てが待ち望んでいたであろう言葉を、紡ぎだした。

 

「本日未明、オペレーション・アイスバーグ──甲21号作戦が発令されたわ」

 

甲21号目標。それは日本帝国において佐渡ヶ島ハイヴを示す呼称である。

遂に、この時が来た。

日本の喉元へと突きつけられたナイフ、佐渡ヶ島を攻略する時が。日本をBETAの恐怖から開放する時が、遂に来たのだ。

歯を食いしばり、拳を握りしめ、全員が熱のこもった視線を香月へと注ぐ。

 

「作戦目標は当然、佐渡ヶ島ハイヴの無力化。作戦目的は極東防衛ラインの安定化。交戦勢力は国連軍、日本帝国軍、斯衛軍、アメリカ太平洋艦隊。……その中でも、主役を張るのはあんた達よ」

 

挑むように、睥睨する。

 

「あんた達はこのあたしが見込んで集めて、まりもが鍛え上げ……ここまで生き残った精鋭よ。親の顔に泥を塗るような真似はしないと、期待しているわ」

 

言われるまでもない。

我々は、A-01。人類を代表する、闇を斬り裂く剣なのだから。

いい顔ね、と。不敵に笑う香月。そして、作戦の概要が語られ始めた。

 

 

 

 

 

「まず、本作戦の第一フェイズ。これは過去の汚点の掃除から始められる」

 

随時スクリーンに映しだされていく行程表を指揮棒で指し示しながら、香月の説明が続けられる。

 

「それは、これまでにアメリカが作り出した合計57発のG弾。その一斉投棄よ」

 

予想外の切り出しに、隊員たちの目が見開かれた。

 

「明星作戦の後にあたしが発表したレポートね。その最終結論が出たのよ。概ね以前のものと同じだけれど……より酷い結論ね」

 

覚悟を求めるように、一拍のためを置いて。

 

「アメリカが主張していたように、G弾を使ってハイヴを攻略していった場合。人類は……いえ地球は、BETAによる脅威とは関係なく、滅亡するわ」

 

昨日、世界へと向けて発表された、香月レポートの最終稿。00ユニットとしての驚異的な演算能力を使用して、蒼也が完成させたそれ。そこに記されたカタストロフは、五一五事変によって第五計画派の勢力が著しく弱まっていたこともあり、各国首脳に遂にG弾の使用を諦めさせるに十分なものだった。

そして事態は香月と蒼也の望むままに、推移していく。

 

「投棄場所は、中華人民共和国新疆ウイグル自治区カシュガル地区。後腐れの無いように、宇宙からの投下で全て爆発させるわ。その一帯は今後、生命が生きていける場所ではなくなるでしょうけど……あそこを故郷にしている人たちには悪いけど、それだけで地球が守られるなら安いものよ」

 

そう言ってにやりと笑う。

隊員たちの間に広がる動揺。何故なら、その場所は。

 

「……もしかしたら、巻き添えでオリジナルハイヴが消滅することもあるかもしれないわね」

 

その場所は、人類の怨敵であるBETAの、総本山のある場所なのだから。

00ユニット誕生後の情報漏洩に対して、香月と蒼也が用意した策。これがその一つである。

BETAが手にした経験は反応炉を通じてオリジナルハイヴのあ号標的へと伝わり、問題があれば対策が講じられ、それが全BETAへと伝達される。00ユニットのODL浄化の際に漏洩する情報もまた、しかりだ。ならばオリジナルハイヴの攻略は、全てのハイヴに先駆けて行われなければならない。

さもなくば、たとえBETA駆除に有効な方法を人類が見出したとしても、いずれ無効化されてしまう。

00ユニットに関してのみならば、バッフワイト素子で構成されたフィルターを通して浄化する等、他にも幾つかの対策を用意している。とはいえ、原因を元から断つのが一番なのだ。

 

凄乃皇を使用してのオリジナルハイヴ攻略も、もちろん検討された。だが、より安全で手っ取り早い方法を、最終的に二人は選択した。それが、大量のG弾の一斉投入による殲滅である。

オルタネイティヴ5と同じ方法を採用したようにも見えるが、全てのハイヴにG弾を使うのではなく、これが最初で最後という点で異なっている。オルタネイティヴ4の思想から言えば全く使用しないのが理想ではあるのだが、効率を求めることも必要だ。どちらにせよ、G弾の処分は必要になることであるし。その為、一応は危険物の投棄であると体裁を整えてはいる。

もちろん、これにより地殻の変動やその他の不具合が起きぬよう、また発生した重力場によって後続のG弾の起動が捻じ曲げられ、結果としてあ号標的の殲滅に失敗することなどの無きよう、全ての投下は蒼也による演算と未来視によってコントロールされることになる。

 

「その後はこれまでのハイヴ攻略戦と、そう変わりはないわね……一点のみを除いて、だけど」

 

そして、隊員たちに投下される、新たな爆弾。

 

「この戦い、佐渡ヶ島へと上陸するのはA-01のみ、よ」

 

その威力は途方も無いものだった。

 

「副司令、発言をよろしいでしょうか」

 

ざわめきの広がる隊員たちの中、A-01副隊長、碓氷桂奈少佐が手を挙げた。

指揮官である伊隅は既に概要を聞いているのだろう、沈黙を守っている。なら、ここで隊員たちを代表するのは自分の仕事だ。

 

「それはハイヴへと突入するのが我々のみということではなく、佐渡ヶ島に蠢くBETAを駆逐し、突入までの道を切り開くのも我々自身が行う……ということでありましょうか?」

 

常識で考えるなら、そんなことは不可能。

確かにXM3や凄鉄の開発等により、A-01の戦力はかつてとは比較にならないものとなってはいる。とはいえ、BETAの数の暴力に対して対抗するには限界があるのだ。その巣に乗り込んで全てを駆除するなど、夢物語に等しい。

 

「上陸するのがA-01のみなんだから、当然そうなるわね」

 

だが、香月からの返答は残酷なものだった。

ざわめく声が大きくなる。

 

「艦隊による支援砲撃はあるのだと思われますが、とはいえ我々5個中隊のみでハイヴを攻略するなど、現実的とは思えません。何か策がお有りなのでしょうか?」

 

当然、何もないわけがない。碓氷はそう考える。

香月副司令は厳しい要求をしてくる人ではあるが、それは言われた人間の能力において可能な範囲のことに限られる。精神論が不可能を可能にするなどと考える人ではないのだ。

ならば、A-01のみでの攻略を可能とする何かが存在するはずである。

尋ねずともこの後それを語ってくれるのであろうが、部下に恐れの感情が芽生えているのなら、上官としてそれを取り除かなければばなるまい。

そういう思惑で重ねて尋ねる碓氷に、香月は待ってましたとばかりに答える。楽しくて仕方がないと言わんばかりの、いい笑顔で。

 

「当然よ。あんた達には、幾つかの新兵器を用意してあるわ」

 

そう言って、スクリーンに映る画像を切り替える。

そこに映しだされたのは、戦術機用の突撃砲をより大型にしたような、これまでに見たことのない武器だった。

 

「まずは、99型電磁投射砲。戦術機用のレールガンね。砲身が巨大なのと専用のバックコンテナを背負わなければならないから、機動力が削がれることになるけど、これ一丁で防衛線が張れるほどの速射力と貫通力があるわ。9丁用意したから、トールズの撃震改に持たせなさい」

 

日本帝国国防省が発注、帝国軍技術廠によって試作された、電磁投射式速射機関砲。100%の速射性能を保障するためには一射毎の完全分解整備、更には数多くの損耗部品の交換が必要であり、そのままでは欠陥兵器でしかなかった。

それを、香月の手によって実戦投入可能レベルまで引き上げたものが、完成品となる99式電磁投射砲である。

 

これは試作品のものだがと断りを入れられ、アラスカで行われた試射だという映像がスクリーンに映し出された。

それは、驚異的な破壊力。通常の突撃砲では全く歯が立たない突撃級の装甲であろうとなんであろうと、射線に入った全てを貫く暴風。

衛士たちから歓声が上がる。速瀬など大はしゃぎだ。碓氷もまた、血が滾るのを感じた。

だが……。

 

「確かに素晴らしい兵器のようです。弾丸が無限にあるのであれば、横陣を組んで前進するだけで地表全てのBETAを駆逐することも不可能ではないように思えます。……ですが」

 

だが、碓氷の表情から翳りはなくならない。

これだけの速射なのだ、当然その分、弾薬の消費も激しいものとなる。バックコンテナいっぱいに詰まったそれで、一体どの程度の時間が保つのだろうか。

 

「流石、副隊長ね。あんたの言う通り、この武器は継続戦闘能力という点においては、改良を施した今も欠陥品よ」

 

やはり。

間違いなく一級の武器には違いないだろう。だが、拠点に据え置くなど、どちらかと言えば攻めるよりも守ることに向いた武装なのではないだろうか。碓氷はそう判断したのだ。

さらに、問題はそれだけではないようだ。

 

「しかもこれに使われているコンピュータは、大きさに比するなら人類の最高峰のもの。高度な計算機に惹きつけられるというBETAの特性上、真っ先に狙われるはずよ」

 

なんということ。それでは、拠点防御にも向かないではないか。

強力な反面、運用するのが非常に難しい。どこかしら尖った武装はそういう側面を持つものではあるが、それにしても極端に過ぎる。

 

「だけどね、今回の場合はそれでいいの。先に佐渡に上陸した部隊が囮となって、電磁投射砲でBETAを惹きつけるだけ惹きつけて、その後に島の反対側からこいつが襲いかかるのよ」

 

そう言って、画像を切り替える。

そこに映し出されていたもの。それは、先の電磁投射砲の試射映像の衝撃すらも霞ませるものであった。

 

「戦略航空機動要塞、XG-70d 凄乃皇・四型」

 

開いた口がふさがらないとは、こういうことをいうのか。場所がこの場で、言ったのが香月でなければ皆、冗談としか思えなかっただろう。

それは、それだけの。明らかに想像の枠外に存在するものだったのだ。

 

「全高180m。一般的な戦術機のおよそ10倍ね。主動力はムアコック・レヒテ型抗重力機関。そこから発生する重力場、ラザフォード・フィールドで機動制御を行い、さらにそのフィールドでレーザーを含むBETAの攻撃を無効化することも可能よ」

 

まいった。もう何を言っているのか全然わからない。

 

「主砲は、重力制御の際に生じる莫大な余剰電力を利用した荷電粒子砲。理論上はハイヴ地表構造物だって一撃で破壊せしめるわ。他の武装として2700mm電磁投射砲2門、120mm電磁投射砲8門、36mmチェーンガン12基、S-11弾頭弾搭載大型ミサイル発射システム16基、小型ミサイル発射システム36基。

 ……単騎でハイヴを攻略するというオーダーから生まれた、今の人類に生み出せる最強の矛よ」

 

開いた口がふさがらないどころか、そのまま顎が外れてしまいそうだ。

これが全て事実なら……いや、香月副司令がこのような場で冗談を言うとも思えない、たしかに事実なのだろう。ならば確かに、A-01のみでのハイヴ攻略も夢物語ではないということか。

 

「凄乃皇自体は、もう随分と昔から開発されていたんだけどね。これを動かすには特殊な才能が必要なのよ。だから、今までずっとお蔵入りになってたの。けれど……」

 

香月が機密区へと続く扉へ視線をやる。

 

「鑑、入ってらっしゃい」

 

扉を開けて、一人の少女が現れた。

年の頃は先日入隊した白銀や、その前の榊や御剣といった者達と同じくらい。おそらく、まだ二十歳に届いていないくらいだろう。

長い髪を大きなリボンでまとめた、可愛らしい少女だ。

 

「紹介するわ。今日からA-01に所属することになる、鑑純夏。その特殊な才能を持つ、凄乃皇専任衛士よ」

「鑑純夏少尉。只今をもって、着任いたします」

「ちなみに。鑑は白銀のオンナだそうだから。……平、手を出すんじゃないわよ」

「何で俺ですかっ! そういう心配は鳴海にしてやってくださいよ」

 

隊員たちに、笑いのさざなみが生まれる。こういう時にいじられる役は平が多い。というより、他にいないのだ。

かつては男性も多くいたA-01の衛士も、現在は鳴海孝之大尉、平慎二大尉、白銀武少尉の3名しかいない。偏った男女比率が、長きに渡る戦争の爪痕を感じさせる。

だが、凄乃皇。これがあるなら、人類は遂に勝利できるのかもしれない。そう感じさせてくれるほどの何かが、スクリーンの映像からは感じられた。

ちなみに、速瀬や涼宮姉妹、それに旧207B分隊あたりの笑みはやや引きつっていた。まあ、気のせいということにしておこう。

 

「凄乃皇の直掩はヴァルキリーズが努めなさい。トールズの掩護がエインヘリヤルズ。その前衛にフリッグス及びデリングス。これが基本陣形よ。地表のBETAを薙ぎ払った後は、最終的に凄乃皇とヴァルキリーズがハイヴ内へと突入する予定となってるわ」

 

大役を任せられたヴァルキリーズの面々に緊張が走る。だが、それに押し潰されるような弱さは、既に卒業した。かつてはここ一番という時に弱さを露呈していた珠瀬ですらが、瞳に炎を燃やしている。榊と彩峰が目線を交わし、拳をごつんとぶつけ合う。彼女らに、不安な点はないようだ。

 

そして、他の中隊の面々もまた、同じ。

この背に、肩に、人類の未来という重みを背負って戦う。それに押し潰されるような者はA-01には存在しない。自らこそが人類のエースであると、彼女らはそう自認しているのだ。

 

概略はわかった。後は、電磁投射砲や凄乃皇との連携に万全を来すよう、作戦決行日まで訓練を重ねるだけ。

ならば、今は時間が惜しい。それこそ、一分一秒までもが。昂ぶった気持ちに、ブリーフィングの終了を今か今かと待つ。

 

だが、香月の悪戯心は、未だ満足していないようだ。むしろ、これから。

次に落とす爆弾に、この子たちがどういう反応を示すのか。それが楽しみでたまらない。

 

「あら、何だか忙しない様子ね。いいのかしら、秘密兵器はもう一つあるんだけど?」

 

何だって?

意外な言葉に、隊員たちの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

副司令のことだ、後から出すものにはそれまで以上の驚きが含まれるのだろう。

だが、凄乃皇という化物を提示しておいて、その上でこれ以上の物が存在するのか?

 

たっぷりと溜めを作り、もったいぶるようにスクリーン表示を切り替える香月。

そこに示されていたもの。それは、一機の戦術機だった。

 

「……トムキャット?」

 

誰かが、そう呟いた。

散々に期待させておきながら、随分と拍子抜け。確かに、そこに映しだされている機体はF-14トムキャット。衛士なら当然知っている、名機と呼ばれる機体だ。

……いや、よく見ればフェニックスミサイルが搭載されていない。代わりに幾つかのセンサー類が追加装備されているようだ。

だが、それだけ。いかな名機とはいえ、第三世代機が活躍する現在においては過去の代物でしかないはずなのだが。副司令の思惑とは、一体。

 

「思兼。それがこの機体と、搭載されている戦域戦術支援システムの名称よ」

 

思兼、オモイカネとは日本神話に登場する知恵の神の名だ。天の岩戸に篭った天照大神を外に引っ張りだす策を講じた神として伝えられる。

その神の名と戦域戦術支援システムという名称のイメージは繋がるものがある。おそらく、戦域情報を共有させるなどの役割を持つのだろうか?

 

「それと、この機体はトムキャットじゃないの。その改修機で、かつて重要な役割を持ってハイヴへと突入した機体。F-14 AN3マインドシーカー、もしくはロークサヴァーと呼ばれているわ」

 

聞かぬ名だ。

だが副司令の物言いから察するに、機密として扱われた機体なのだろう。

 

「これはその実機。実際にボパールハイヴの奥から生還した機体に、さらに改修を施したもの。もっとも、量産なんて関係ない一品物で、さらに採算度外視でチューンしまくったから、ほとんど中身は別物だけれど。ステルスは必要ないからつけてないけど、射撃戦ではラプター、接近戦では武御雷に匹敵するわ」

 

なんだそれ。

それだったら、わざわざ旧式の機体の殻だけ使わないで不知火なり、それこそラプターなりをベースにしたほうが良かったのでは?

 

「あんたたちの疑問もわかるけどね。まあ、簡単に言うなら、これに載せるコンピュータとこの機体との相性が良かったのよ。それで、そのコンピュータ、戦域戦術支援システムがどういうものかというと……」

 

にいっと笑う。

悪戯っ子の、誰かを想像させる笑み。

 

「未来予知、よ」

 

その言葉を聞いた者達の反応は、二種類に分かれた。

一つは、何を言っているんだという。小馬鹿にしたいけども言ったのが副司令なのでそれも出来ないしどうしたものかという、今ひとつ要領のつかめない反応。速瀬等の再結成以降にA-01に所属した衛士達のものがそれだ。

 

そして、もう一つは。

碓氷の拳が握りしめられる。鳴海の目が見開かれる。平の歯が噛み締められる。

それは、大陸での戦闘や明星作戦を経験した者達。彼等にとっては、未来予知とは決して荒唐無稽なものではない。何故なら確かに、そうとしか思えないようなことを経験したことがあるのだから。

 

「XM3搭載機が入手した戦場の情報が思兼に送られ、それらを多角的に検証することで、その瞬間毎に最適であると思われる行動を指示するシステム。それが戦域戦術支援、オモイカネシステムよ」

 

……まさか。まさかっ!

碓氷の瞳に、ゆっくりと、透明な雫がたまっていく。

 

「鑑の場合と同じく、オモイカネシステムを操るには特殊な才能が必要。……紹介するわ。思兼専任衛士……」

 

速瀬らの視線が奥の扉へと向けられる。だが、先任達のそれは、別の場所へと。

その先には。その先に、いる者は。

 

「……黒須蒼也少佐。顔と名前は知っているわね。今日から、こいつもA-01の衛士よ」

 

耐え切れず、碓氷の瞳から涙がこぼれ落ちた。

速瀬は、視界の端にいる鳴海が、嗚咽を漏らすのを必死にこらえているのに気がついた。

いや、鳴海だけではない。平も、他の先任達の全員もだ。

異様な雰囲気に包まれる中、蒼也がゆっくりと一歩進み出た。

 

「黒須蒼也少佐です。只今をもって、A-01実戦部隊へと合流します。オモイカネシステムの特性上、戦場においては伊隅中佐に代わって僕が指揮を執ることもあるかと思われますが、皆さんどうぞよろしく」

 

そう言って、笑う。

先任達にとって、かつて見慣れた、共に戦った、信頼していた、尊敬していた、憧れていた、崇拝すらしていた、笑み。

 

ブリーフィング中だというのに、碓氷が立ち上がる。そして一歩、進み出た。気持ちを抑えきれなかった。

何かを伝えたいのに、溢れ出る感情が多すぎて言葉にならない。

無言で、蒼也の前に立つ。

 

「……ごめん。随分、待たせたね」

 

その言葉に、ぶんぶんと首を振る。

そして、嗚咽に喉をつまらせながら、やっと言葉を紡ぎだした。

 

「……フリッグの……フリッグの名を、お返しする時が、やっと……やっとっ!」

 

だが、蒼也はゆっくりと首を振ると、碓氷の肩にポンと手をおいて、言った。

 

「今まで、それを守り通してきてくれてありがとう、碓氷。だけど、その名はもう、君のものだよ。……僕のことは、これからは別のコールサインで呼んで欲しい」

 

それは、何と?

視線で尋ねる碓氷に、そしてその背に立つ全員に聞こえるように。

 

「タングステン。黒須蒼也少佐、これからのコールサインはタングステン01です」

 

そう言って笑う蒼也。

そして、茶目っ気を加えて、さらに一言。

 

「さあ、みんな。反撃開始だよ」

 

耐え切れぬように、抑えきれぬように上げられる歓声。

興奮の極みにある先任と、それに取り残されたかのような新任と。

 

「……なんだ、この状況」

 

そして、さらに置いてけぼりの。

白銀の呟きは、誰の耳にも届いていなかった。

 

 

 


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