あなたが生きた物語   作:河里静那

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46話

10月28日。

 

夕食時のPX。それは地上に地下に様々な施設がひしめき合う横浜基地の中でも、最も人で溢れかえる空間だ。

体が資本の軍人たちが、一日で最も待ちわびている瞬間。日中の訓練で体を酷使し、腹をすかせ獣と化した者たちが、糧を求め我先にと集うのだ。その混雑ぶりは言わずもがな。

PXの主である京塚曹長が、誰がどう手を加えてもマズイものはマズイとまで言われる合成食材すらそれなりに食べられる物へと昇華させる、神の腕を持つこともその一因であろう。

 

とはいえ、流石に基地関係者の全てが同時に食事を取るというわけではない。例えば士官と下士官、訓練生など階級の区分で時間をずらしているし、大所帯の隊では交代で休憩に入るのが普通だろう。

それ故に、席が足りずに食いっぱぐれるような事態は、ほぼ起きない。それでも無秩序にその時の気分のままに席を専有していけば、自然と空席も飛び飛びとなってしまう。後から来たグループがバラバラに食事を取らざるをえない状況も生まれてしまうのだ。

その辺りを考慮されてか経験則からの判断か、各々が座る席は毎回、同じ場所。半ば暗黙のうちに指定席となっていることが多い。

 

今、食事をしながら談笑している一角もその例に漏れず。誰が定めたわけでもないのに、そこは彼女らの専用スペースとなっていた。ちなみに、調理場から程近い料理の冷めないうちに食べ始められる位置で、PX内でも特等席となっている。

荒くれ者が多い環境だ、その場所を貸せと難癖をつけてくる者がいてもおかしくはないように思える。だが実際のところ、そういった事例は皆無。彼女ら、A-01所属の衛士がささやかな特権を行使するのに反論のある者など、この基地には存在しなかった。何故なら、A-01部隊とはXM3教導の任を請け負った、横浜基地はおろか全国連軍においても屈指のエリート部隊であり、彼等の憧憬の的であったのだから。

 

「白銀あんたねえ、いつまでその『あ~ん』っての続けさせる気なのよ」

「いや待ってくれ委員長、これは俺がやらせてるわけじゃなくてだな、霞が……」

「タケル、言い訳など見苦しい。男らしくないぞ」

 

彼女等の会話へと耳を澄ますと、そんなやりとりが聞こえてくる。

有事に備えて休憩は交代でとっているのだろう、現在は第一中隊ヴァルキリーズの面々のみが席についていた。

 

指揮小隊である右翼側A小隊所属が伊隅みちる中佐、榊千鶴少尉、珠瀬壬姫少尉、鎧衣美琴少尉。前衛となるB小隊に速瀬水月中尉、御剣冥夜少尉、彩峰慧少尉、白銀武少尉。そして左翼側のC小隊には宗像美冴中尉、風間祷子少尉、涼宮茜少尉、柏木晴子少尉。以上に加えて、CPの涼宮遙中尉。

これは二周目の世界の中で、白銀と共に戦った伊隅ヴァルキリーズと全く同じメンバーである。

 

A-01の編成に関しては当然、指揮官である伊隅の考えも大きく関与する。

ただし、ヴァルキリーズに関してだけは蒼也の独断で決められた経緯があり、自身の隊であるにもかかわらず伊隅の意見は考慮されていない。

正直に言ってしまうとこれには、伊隅としては不満が残った。彼女を除いた中隊員の全てが、A-01再結成以降の新任たちで占められているのである。

 

確かに彼女らはA-01の中でも選りすぐりの才能を持つ者達であり、経験はともかく能力面に関しての不安は少ない。将来性という意味では間違いなく、ヴァルキリーズが随一だろう。

だが、伊隅としては再結成以前からの仲間たち、明星作戦や大陸での激戦を経験したベテランもいてくれたほうが安心感があるというのが本音だった。

 

このような編成を蒼也が行った理由として、感傷という感情の影響を否定し切ることは出来ない。だが無論のこと、それのみで決められたわけではなく、相応の理由もある。

再結成以降に任官した者たちを出来るだけ一纏めにしておく。逆に言えば、かつて蒼也が鍛え上げた衛士のみで構成された部隊を用意しておく。そうするべき理由が、確かにあるのだ。第二中隊フリッグス及び第四中隊デリングスが後者にあたり、その二つの中隊は古参のみで編成されている。

 

詳細に関しては、現時点ではまだ明かせない。ただ、その時には必ず納得してもらえるはずだ。蒼也からそう、説明になってない説明をされた伊隅は、最終的にそれを聞き入れるしかなかった。

現在の階級は伊隅のほうが上であり、蒼也も基本的には伊隅を立てている。だが彼女にとって蒼也とは、神宮司軍曹と同じく未だに何だかんだと頭の上がらない存在であるのだ。更に、より深くオルタネイティヴ4に関わっているのは彼の方である。その辺りの機密だと察してしまえば、引き下がらざるをえない。

 

何となく喉の奥に小骨が刺さったような、そんな気分の伊隅であるが、遂にヴァルキリーズ編成に関する秘密を明かされた時には、なるほどそういうことだったのかと、すっきりと胸のつかえが取れることになる。

それと同時に、疎外感とでも言おうか。非常に悔しい気持ちもまた味わうことになるのであるが……それはまだ、もう少しだけ先の話。

 

「……白銀、鬼畜」

「タケルさんて、そういうのしてもらうのが好きなんですかー?」

「あはは、タケルってばプレイボーイだねえ」

「だからお前ら、そういうんじゃないんだって!」

 

伊隅に伝えることがあってPXへとやってきた蒼也が目にしたのは、白銀をいじって遊ぶ戦乙女たちの姿だった。昨今では希少な存在となってしまった若い男性衛士という物珍しさに加え、着任の翌日には既に始まった社のあ~ん攻撃と、話の種には事欠かないようだ。

それにしても、まだ隊に加わって数日しか経っていないというのに何だろう、この馴染み方は。特に、元207B訓練小隊との距離が近い。彼女らの任官は比較的最近ということもあって同期扱いということなのだろうが、それにしてもだ。既に委員長呼びとか、タケルと下の名前で呼ばれていたりとか。流石は、恋愛原子核。

 

おかしいな。記憶では、ここまでわかりやすい好意は受けていなかったんだけどなあ。やっぱり、主観と客観では見えているものが違うんだろうか。

……というか、白銀が鈍感すぎるのか。ほんと、女性の敵だな、こいつは。

そんなことを思い、思わず苦笑いを浮かべる蒼也。

 

「おや。珍しいな、蒼也少佐。今日はPXで食事をとるのか」

 

まったく若い奴等は元気があると、どこか過ぎ去った遠い日々を見るような目で白銀らを眺めていた伊隅。呆れたように頭を振った時、こちらへと歩いてくる蒼也に気がついた。

歩きながら砕けた敬礼をする蒼也。堅苦しいことが嫌いというのは今更だが、新任たちの前くらいではもう少し何とかと、苦笑しながら答礼を返す。

隊員たちが立ち上がって敬礼をしようとするが、座ったままでいいと蒼也に制された。

 

伊隅の言う通り、蒼也がPXに出入りすることはあまりない。普段は香月の執務室や、その近くにある自室で事務仕事をしながら、その場で済ますことが多い。時には、真那の部屋まで出向いて食べることなどもある。何を、とは言わないが。

あまり騒がしい雰囲気を好まないというのもあるし、単純にゆっくりと食事を取る暇が少ないという悲しい現実もある。だが一番の理由は、出来るだけヴァルキリーズとは会わないようにしていたからだ。彼女らは白銀の思い入れが深い分、記憶に引きずられかねない。

 

それでなくとも、白銀の大切な一人である霞との、彼の記憶を見せるという触れ合いが増えたことが原因となって、頭痛が発生しているのだ。

時に、彼女に痛みを共有させてしまうこともあった。大丈夫です、と。健気に耐える霞には可哀想なことをしたと思う。避けられるリスクは避けたほうが良い。何より、自分が消えてしまう引き金になるのは困る。

 

「いえ、食事はまた後ほどに。少しよろしいですか、中佐」

 

そう言って、伊隅の隣りに座る。

何やら話があるようだが、場所を変える訳でもない。そう混みいった話というわけでもないのだろうか。

 

「明日から数日ばかり、基地を離れることになりまして。その間、自分に連絡が取れなくなると思いますので一応、お知らせしておこうかと」

「そうか。また出張か? 大変だな」

「いえいえ、実戦担当の皆さんに比べたら、自分なんて」

 

その言葉を聞いた伊隅の表情に生まれた、微かな翳り。

戦術機から降りざるをえなくなった蒼也が、それを負い目に感じているのではないか。そう思ったのだ。

 

仮にそうだったとしても、そんなことを気に病む必要などない。努力してどうにかなるという問題でもない以上、本人に責を問うような話ではない。何よりこれまでの功績を顧みれば、もう十分以上の貢献がなされているのだ。

そう、蒼也に伝えたかった伊隅だが、その言葉を口に出す前にぐっと飲み込んだ。こんな同情じみた言葉をかけられて、彼が喜ぶなどとは思えない。

だから、別の形で感謝を表現する。

 

「我々が戦いのことだけを考えていられるのは、少佐のような後方を守る人間が環境を整えてくれるからだ。それなのに自分の仕事の成果を謙遜するなど、我々に失礼だぞ」

 

そう言って、にいっと笑う。目の前にいる人間がよく見せる、そんな笑み。

釣られるように、蒼也の顔にも笑みが浮かぶ。ありがとう、中佐。貴方は本当に、得難い存在だ。白銀にとっても。そして、僕にとっても。

 

「それじゃあ、僕はこれで。……そうだ、御剣少尉」

 

急に話を振られて驚く冥夜。

A-01において彼女と蒼也との接点は少ない。同じ部隊に属しているとはいえ、司令部付きになった後の蒼也はヴァルキリーズのこともあってあまり現場に顔を出さず、所属の衛士たちと関わる機会はさほど多くないのだ。彼女等からしてみれば、蒼也は副司令と一緒に悪巧みをしている変な人、という認識である。

とはいえ、冥夜にとって蒼也は知らぬ間柄ではなかった。無現鬼道流の同門として切磋琢磨した仲であるし、姉とも思っている月詠真那の婚約者でもあるのだ。

冥夜ちゃんと呼ばれるのは未だに照れがあるのだが、御剣少尉と呼ばれることにはどうにも違和感を感じてしまう。その程度には親しい。

 

「何でありましょう、少佐」

「いやちょっと、少尉にお願いというか……勤務時間終わってるし、冥夜ちゃんでもいいかな?」

「いえ、その。基地内でもありますし、よろしければ少尉とお呼びいただければ……」

「わかったよ、冥夜ちゃん」

 

……まったく、こういうところは昔からちっとも変わらない。

向きになって抵抗すると、その分いいようにからかわれるのは目に見えている。さっさと用件を聞いてしまうのが正解だ。

 

「それで、お願いというのは?」

「うん、月詠中尉をお借りできないかなって」

 

五一五事変の顛末により、将軍はかつての権勢を取り戻した。その結果、帝国武家社会に様々な変化が訪れたが、その中でも大きなものが御剣冥夜の存在だ。

双子は忌み子として生まれて間もなく煌武院家から里子に出された冥夜だったが、彼女の存在を将軍である煌武院悠陽が公にしたのである。そして、帝国と国連の友好の証として、国連軍へと入隊することとなったのだ。

同時に、日本帝国内閣総理大臣榊是親の息女である榊千鶴。首相の信任も厚い政府高官、鎧衣左近の娘である鎧衣美琴。大戦の英雄として名誉を挽回した彩峰萩閣の娘、彩峰慧。国連事務次官、珠瀬玄丞齋の娘である珠瀬壬姫もまた、同様の理由で国連軍へと道を定めている。

 

冥夜の色は、次期将軍候補を巡って無駄な争いが起こらぬようという意味も込めて赤のまま。御剣という姓にも変化はない。だが、いずれ斯衛軍に復帰した後には、将軍の名代として軍務を取りまとめることを期待されている。

その為、御剣冥夜は国連軍少尉という肩書でありながら、斯衛から護衛がつく立場となっている。その護衛頭が月詠真那中尉だ。

 

ちなみに先日のことであるが、煌武院悠陽の鶴の一声より、斯衛軍に新たに最高位の階級として元帥が加えられた。政府が定めた戦時にのみ存在する臨時階級であり、次期将軍候補の政争に使われることの無きよう青の者はなることが出来ない等、様々な制限が存在する。実質的に、御剣冥夜専用の階級と言って良いだろう。

 

「月詠中尉……で、ありますか。それならば、私に斯衛軍の軍務に関して意見する資格はありませぬゆえ、断りを入れる必要などございませぬが」

「まあ、そうなんだけど。君から了承をもらわないと中尉は動いてくれなさそうでさ」

 

護衛として横浜基地に来ているのは4名。交代で任務についているのだが、現在は真那の担当のよう。少し離れたテーブルについてこちらを凝視している姿が確認できる。

尚、真那ちゃんと呼ばずに月詠中尉ときちんと呼んでいるのは、彼女が任務中だからだ。彼女の仕事をないがしろにするような態度を取ると、後が怖い。普段、空気を読んだ上で掻き乱すのを好む蒼也だが、超えてはならない一線というものはわきまえている。志半ばで死にたくないし。

 

「そういうことであれば……月詠、少佐はこのようにおっしゃっておられるが、この後の護衛を誰かと代わることは可能であろうか?」

 

仕える主よりそう言われた真那は、一礼すると無線機を取り出し、何やらやり取りを始める。

やがてやってきた神代巽少尉に一言二言指示を出すと、改めて冥夜に深々と一礼した後、PXから退出していった。その間、蒼也のことは完全に無視だ。

 

「……少佐、よろしいので?」

「あー、怒らせちゃったかな? まあ、了承はしてもらえたようだし、どこへ向かったかはわかってるから」

 

蒼也といえば、指先で頬を掻きつつ、少し困った風。

だが次の瞬間には楽しそうな笑みを浮かべると、それじゃ僕はこれでと、彼女を追って去っていった。

 

「……いいなあ……」

 

幼なじみの恋人と逢引とか、なんて羨ましい。その背を見送る伊隅から、意図せずそんな呟きが漏れ聞こえてきたのを幾人かが耳にしたが、武士の情けと聞かなかったことにしておくのだった。

 

 

 

 

 

そこは随分と簡素な部屋だった。

調度品といえば机と椅子、小さなタンスにベッド、それで終わり。

そのベッドに腰掛けた蒼也は、自分の隣をポンポンと叩き、座りなよと目の前に立つ人物に促す。

 

「……ここは私の部屋だ。ノックもなしに入ってきたかと思えば、いきなりそれか」

 

ふうっと、溜息一つ。

それでもそれ以上文句を言い募ることもなく、肩が触れ合いそうなその場所にぽふんと腰を落とした。

 

真那の言う通りに、ここは彼女の部屋。

赴任当初に、間借りする以上は4人で一つの部屋で十分と言ったのだが、結局は個室が割り当てられた。

 

「斯衛の方にそのような礼のない真似はできませんし、僕も困る」

 

とは、出迎えてきた基地側のとある少佐の弁である。僕が困るって、何が困るんだ、何が。

 

「だって、僕の部屋はセキュリティが高い所にあるから、真那ちゃん入ってこれないし」

 

だから、私が入れないと何が困るんだ、何が。

そんなやり取りをしたのをよく覚えている。

……まあ、この件に関してのみは、彼の言い分のほうが正しかったとは思うのだが。

理由? 乙女に何を聞く。

それはさておき。

 

「それで、用件は何だ? 明日に回さず、任務中なのをわかっていながらわざわざ時間を取らせるだけの理由なのだろうな?」

 

同じ基地にいるとはいえ、二人きりで過ごせる時間は実際、そう多くない。

なので、降って湧いたこの瞬間を喜ばしく思う気持ちも真那には確かにあるのだが、だからといって任務を蔑ろにしていい理由にはなろうはずがないのだ。

 

「うん、それは大丈夫。用件は二つあるんだけど、どちらも真那ちゃんも興味あると思うよ」

 

刺すような視線も暖簾に腕押し。

斯衛という異物ながら、横浜基地において敬意と恐怖、それに一部からの好意を集めている真那の凝視も、蒼也にはどこ吹く風。

 

「一つ目はね、白銀のこと」

 

……ほう、と。真那の目がすぼまれる。

白銀武。それは、現在のところ真那の興味を最も引いている人物だ。

何の前触れもなく現れて、主と崇める冥夜と同じ隊へと所属した人物。当然のように経歴を洗ってみたのであるが……それは全くの黒であった。

 

「白銀はBETAの横浜侵攻の際に帝国軍に救助され、そのまま疎開先で訓練を受けて衛士となった。任官と同時にXM3に関連した特殊任務についたため、それ以降の経歴は秘匿。その後、腕を見込まれてA-01へと転属」

 

読み上げるように蒼也が言う。

そして、それを真那が引き継いだ。

 

「国連軍のデータベースではそうなっているな。だが、城内省に残された記録においては……横浜襲撃の際、死亡とされている」

 

真那の瞳に輝く、強い意志の光。

冥夜様を脅かす危険は、必ず排除なされなければならない。

 

「……蒼也。死人が何故、ここにいる?」

 

記録に残された、二つの過去。どちらも正しいということはありえない。

国連軍の物が正しいとするなら何故、死んだという記録が残されている?

また、城内省の物が真実ならば……今この基地にいる白銀とは、何者なのだ?

 

「真那ちゃんが白銀のことを不審に思うのは、記録に食い違いがあるからだよね?」

 

当然だ。

経歴を改竄するなど、何らかのやましいことがあると言っているようなものではないか。

 

「じゃあ、月詠真那という個人から見た白銀武とは、どういう人物に見える?」

 

その言葉で、真那の顔に苦味が浮かぶ。

もし白銀に、実生活においても不審な点があったら。冥夜に危害を加えるような兆候が見えたら。そうであったなら、話はもっと簡単だったのだ。

 

「冥夜様に対して馴れ馴れしすぎる点には、矯正が必要だ」

 

初めて会って早々に呼び捨てとか、他人との距離感がおかしい。悪い虫なら駆除せねば。

……だが。

 

「……だがまあ概ね、裏表のない……というより、腹芸の出来無い好意的な人物……であるように、思える」

 

そうなのだ。

データが語りかけてくるほどには、実際の白銀に怪しい点は見られない。

青臭さが過ぎるようにも思える立派な理想を持ち、そしてそれを叶えようと自分に出来る限りの努力をしているように見える。

まだ観察した日数が短いために結論は出せないが、あれが演技だというのならそれこそ、情報省の鎧課長もかくやという食わせ者ということになる。

流石にそうは思えない。

 

「真那ちゃんの見る目は正しいよ。白銀は、悪いやつじゃない。むしろ、人類の救世主にもなりうる男さ。……僕が、保証する」

 

どこかおどけたようにも聞こえるその言葉。

だが、長い付き合いだ、真那にはわかる。蒼也が本気で言っていると。

 

「ようは、お前と副司令の計画に関わっている、ということなのだな。そしてその関係で、何故かは知らぬが過去を隠す必要がある、と」

 

なら、最初からそう言っておけというのだ。そうすれば思い悩まずに済んだというもの。

私とて今はもう、それなり以上に計画のことを知る立場にいるのだから、その程度知らせてくれるに問題などなかろうに。

 

「最初から説明しておけばよかったんだけど……前知識無しで見て欲しかったんだ、真那ちゃんに。白銀武っていう男のことを」

 

蒼也はあの男のことを、随分と高く買っているようだ。

意外だな。確かに善良な人間であろうし、これからの成長にも期待できるとはいえ、現時点においてはそこまで入れ込む程には重要な人物には思えないのだが。

 

「僕はね、白銀のことを尊敬しているんだ。父さんや、おじいちゃんと同じくらいに。……まあ、まだまだ半人前だから、もっと鍛えないと物にはならないと思うけど」

 

将来的にはあの二人に並ぶほどの人物になると、そう見ているというのか。

 

「……不本意ながら、その名前を出されてはもう、納得するしかないな。お前が叔父様やお祖父様の名を軽く扱うような真似だけはしないと信じているし」

 

そう言って、手を蒼也の頬に伸ばす。

瞳と瞳を向かい合わせてじっと覗き込み、その光に曇ったものがないことを確認した。

……うん。なら、これでいい。これでこの話はおしまいだ。

そして、背伸びをするように顔を近づけて……そっと軽い、触れる程度の口づけを。

微笑みを交わし合って、体を離す。

 

「……あー、うん。白銀の話はわかった。それで、用件はもう一つあるのだったか?」

 

父と祖父のことを語る蒼也を愛おしく思ってついつい、自分から接吻をしてしまった。

耳が熱い。赤くなってるのがまるわかりだろうか?

今更この程度で恥ずかしがるような間柄ではないはずなのだが、照れるものは照れるのだから仕方ないではないか。

 

だが、二つ目の用件を聞いた時、赤くなっていた真那の顔は、一気に氷のように青ざめることになる。

 

「二つ目の用件はね……明日、手術をうけることに決まったんだ」

 

…………。

遂に、この時が来てしまったのか。

真那は大きく息をつくと、力強く蒼也の体を抱き寄せた。瞳から溢れる涙を隠すように。

 

オルタネイティヴ4が日本帝国とより深く関わるにつれ、真那にも斯衛の中枢に近いものとして、そして蒼也に近しいものとして、ある程度の情報を明かされることとなった。

 

計画の目的が、00ユニットと呼ばれる生体コンピュータを完成させることであること。

それがあればBETAから情報を入手することが出来て、戦いを優勢に進められるようになるであろうこと。

その生体コンピュータの材料は生きた人間の脳であり、被験者となったものは機械の体を持ったケイ素系生命体として生まれ変わること。

そして、その第一候補が……蒼也であるということ。

 

蒼也の体を蝕んでいる病魔を駆逐することは不可能であり、生き残るためにもそうせざるをえないという。

わかっている。これは悲しむようなことではなく、むしろ喜ばしいことであると。

だが……だがっ!

 

「……僕のために悲しんでくれて、ありがとう。愛しているよ、真那ちゃん。でも、これは必要なことなんだ。人類の為にも。僕の、為にも」

 

わかってはいた。いずれ、この日が来ると。

蒼也には人のままでいて欲しい。だがそうしなければ人類は滅ぶし、蒼也にも人類の命運にかかわらず死が訪れることになる。これは、しかたのないこと。むしろ誇るべきこと。

だが、理性では納得していても、心がそれに追いついていかない。

 

ぐるぐると巡る思考。

何度も何度も自問し、自答してきた。

選択を間違っていないのか。他に方法はないのか。

……蒼也は本当に、これでいいと思っているのか。

 

出口のない迷路の中で、やっと一つの言葉を導き出した。

 

「……いつか、言ったな。お前がお前であること、それが大事なんだと。容れ物なんてどうでもいいと」

 

涙で濡れた顔を蒼也の肩から起こし、覗きこむように瞳を見つめる。

震える声で言葉を紡ぎだした。

 

「それは本当だ。例え蒼也がどのような姿になろうとも、私はお前を愛し続ける。だが……それでも……それでもっ!」

 

それでも……悲しい。

耐え切れぬように、胸の中に顔を埋める。

揺れ動く理性と感情の間。溢れ出る想いに耐え切れず嗚咽を漏らす真那を。

 

そっと、蒼也は抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

翌日。

白銀が元の世界から持ち帰った理論を元に完成に至った、量子伝導脳。

人格をそこへと転写する第一回目の実験が行われ、被験体第一号の脳が使用される。

実験は無事に成功し、オルタネイティヴ4はその目的である00ユニットの完成へと遂に至った。

 

さらに翌日。

第一号実験の成功を受けて行われた、被験体第二号の転写にも成功。

精神に異常をきたしていた被験者を00ユニットとして実戦投入可能とするため、白銀武による調律が開始された。

 

 

 


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