あなたが生きた物語   作:河里静那

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44話

2001年10月22日。

 

「はい、注目ー。こちら、今日から僕たちと一緒に働くこととなりました、白銀武少尉です。皆さん、仲良くしてあげてね。少尉、こちらA-01の皆様方」

 

……何だ、この状況? A-01って? いや、先に説明をしておいてくれよ。

それにしてもこの人、随分と嬉しそうだな。明らかに嫌がらせして楽しんでるよね?

何だか知った雰囲気だと思ったら、ノリが夕呼先生と一緒だ。明らかに、危険人物。マジか、あれが二人かよ。

 

案内された到着したブリーフィングルームの中、白銀は当惑している心を隠して、冷静な表情を作るのに必死になっていた。

まずは、落ち着こう。もう俺はこの世界について何も知らないガキじゃない。どうしてこうなっているのか、もう一度考えてみようじゃないか。

ざっと50人ばかりからの好奇の視線に晒されながら、白銀はこれまでの経緯について思い返し始めた。

 

 

 

基地の前で門兵に拘束され、連れて行かれた取調室。

前の世界ではここで、拷問まがいの尋問をされた。自白剤まで使われて、途中から意識が混濁して自分が何を言っているのかも把握できなくなったっけか。

またあの経験をするのは勘弁して欲しい。何とか、自分が真実を話しているとわかってもらい、かつその内容を夕呼先生にそのまま伝えてもらえるような手段はないものか。機密を盾に、オルタネイティヴ4という単語を先生に伝えてくれと押し通してみるのはどうだろう。上手くすれば、直接回線越しに会話ができるかもしれない。

 

そんなことを考えていると、入口の扉が開かれて軍服姿の一人の男が入ってきた。

こいつが尋問官か。前とは違う人間のようだが、MPではないのだろうか? 男の襟を確認すると、予想外に高い少佐の階級章。

この基地において、佐官以上の階級を持つ人間はそういなかったはず。基地司令が准将、夕呼先生が大佐相当で、他には駐屯戦術機大隊の指揮官として少佐が何人かいたくらい。その辺りは接点があまりなかったし会話も交わしたことはないが、顔くらいは何となく覚えている。だが、この男の顔を見るのは初めて。

改めて思う。やはり、過去に戻ってきたというわけではなさそうだ。

 

男は白銀の後ろに経っていた警備兵に声をかけ、部屋から出るように指示を出す。警備兵は一瞬だけ抗議したそうな顔をしたが、実際に何か反論するようなことはなく、敬礼だけ残して退出していった。

 

随分と不用心だな。白銀がそう思ったのも無理は無い。

白銀の手は後ろ側で拘束されてはいるが、逆に言えばそれだけなのだ。足は完全に自由だし、椅子に縛り付けられているようなこともない。普通に歩き回れる状態であり、成功するかどうかは別にして、男に危害を加えることも脱走を試みることも出来なくはないのだ。

こういう場合、抑止力として複数の人間を用意するか、武力をちらつかせるかするのがセオリーだと思うのだが。

 

「さてと。はじめまして、君が香月副司令に会いたがっているという人かな? 名前は……」

「白銀武です」

「そう、白銀君だったね。僕は黒須蒼也、よろしくね」

 

クロス・ソーヤ? いや、黒須蒼也か?

純粋な日本人には見えないが、かと言って欧米の人種でもなさそう。混血だろうか。年は20代前半といったところか。

ニコニコと浮かべている笑みが、何とも胡散臭く感じる。こういうタイプは信用しないほうがいい。何より、じっとこちらを見つめてくる瞳が、笑っていない。重たい金属の輝きとでも言おうか、冷徹な強い意志が光っている。

それなのに、どうしてだろう。その光の中に、何故か自分に好意的な色を感じるのは。

 

「君も知っての通り、だと思うけど。香月副司令は世界的な要人で、とても忙しい方だ。会いたいと願ってすぐに会えるような人じゃない。正式なルートで申し込んだ上で、副司令が会ってもいいと判断した人間でなければ顔を見ることも出来ないのが普通だよ」

「……それは、そうなんでしょうけど。でも俺には、どうしてもすぐに先生に会わなくちゃならない理由があるんです」

 

どうやら、夕呼先生に会える会えないは別にしてとりあえず、この人はある程度は友好的に相手をしてくれるつもりのようだ。いきなり暴力に訴えられた前回よりは遥かにマシな状況といえる。

 

「うん、きっとそうなんだろう。何か理由があるんだろうね。何せ、白銀武という名前で調べたところ、その人物はBETA横浜侵攻の際に行方不明となっているんだから。……君は、死んでいるはずの人間なんだよ?」

 

自分を見つめてくる瞳に宿る、意思の力が強まった気がした。月詠中尉に言われた、死人が何故ここにいるという言葉が思い出される。

……甘かった。思いっきり、不審人物扱いだ。というか、そりゃそうだよな。そのまんま不審人物なんだから。

 

「さて、白銀武君。君が何者であるのか、副司令に何を伝えたいのか。……君が、何を願っているのか。その全てを、包み隠さず洗いざらい話してもらえるかな」

 

どうするべきだろう。

出来れば、直に先生と話しがしたい。それが一番手っ取り早いのだし、何より因果律量子論に精通していない人間に不用意に別の世界のことを話しても、狂人扱いされるのが落ちだろう。

とはいえ、そのためにはこの男を説得する必要がある。だったら……。

 

「……オルタネイティヴ4。そう、伝えてもらえませんか? これ以上は機密に関わるので……」

 

とりあえず、さっき思いついた手段を試してみよう。

機密に関わると言われれば、軍人である以上は無視することは出来ないはず。

ところが、返ってきた言葉は白銀の望むものとはならなかった。

 

「……なるほど。白銀君はオルタネイティヴ4の存在を知っているわけだ。君がどれほど深く関わっているのかは分からないけど、とりあえず。その言葉を聞いてしまった以上は、否が応にも君の全てを聞かなくてはいけなくなったね」

 

あれ?

なんか俺、まずった?

 

「……何故なら、僕もオルタネイティヴ4の一員なんだから」

 

あ、完全に藪蛇だった。これで拒否したら、間違いなく拷問コースだよなあ。

……仕方ない。もとから、あまり取れる手段はなかったんだ。

この人がオルタネイティヴ4の人間だって言うなら、自分の言うことがまるっきりの妄想ではないと、きっとわかってくれる。そう信じるしかなさそうだ。

 

白銀はふうっと一息つくと、これから話すことは全て真実ですと、そう前置きをして語り始めた。

元の世界のこと。ある朝に目が覚めると、この世界に飛ばされていたこと。横浜基地で訓練兵として過ごしてきたこと。そして、クリスマスに全て終わり、世界の終焉が決定づけられたこと、を。

 

 

 

その後は、トントン拍子だった。拍子抜けするくらい。

全てを話し終えた後、何が決定的だったのかは分からないが、黒須少佐は自分の言うことが真実だと信じてくれたようだ。

じゃあ、行こっかと。あっさりと地下19階まで連れて行かれ、夕呼先生と対面。他人事ながら、そんなんでいいのかと。さっきまでの警戒心はどこへ行ったのかと。

 

そして先ほど話した内容を、先生にも繰り返す。そして、じゃああんた、これからあたしの部下ね、だそうだ。これまたあっさりというか、世界が変わってもやはり夕呼先生は夕呼先生なんだなと。思わず苦笑いが漏れた。

 

世界が変わっても彼女は彼女といえば、それを感じさせる出来事がもう一つあった。

地下19階の執務室の中に、不釣り合いにも何故か置いてあった、ホワイトボード。そこに書かれていた難しい式は確か、いつだったか元の世界で先生が黒板に書き連ねた式と同じものだった。これはもう古いとか言って、式にバツをつけていたやつ。

世界が変わっても同じ人は同じことを考えるものなんですねと、その出来事を語ったところ、先生の目がキラリと光っていた。

その話、詳しく教えなさいと。待ち構えていたように、罠にかかるのを待っていたかのように迫られたのだけれど……俺、また何かやっちまったんだろうか?

 

 

 

その後は、黒須少佐から腕を見たいと言われて、シミュレータにしばし揺られて、食事をとって。

そして、ブリーフィングルームに連れてこられ、大勢の前で紹介された訳だ。

……つまりはこの人達、全員が夕呼先生の部下で、オルタネイティヴ4の一員……なのか?

てか、そもそもオルタネイティヴ4ってなんなのか説明してもらってないよな。いつか聞かせてくれるんだろうか?

 

「白銀少尉は、A-01とは別のXM3慣熟プロジェクトに参加していた衛士です。残念ながらそのプロジェクト自体は成果無しとの判断のため消滅していますが、少尉自身の適性は非常に高いものがあったため、うちに合流する形になりました」

 

ああ、俺はそういう扱いになるのね。

いきなり何事かと思ったけど、A-01というのが部隊名で、ここに配属……部隊? 少尉? 最初は訓練生からじゃないのか?

 

って、あそこにいるの冥夜たちじゃないか!

……冥夜……委員長……彩峰……たま……美琴……。ヤバイ、あいつらの顔見てると涙が出そうに……というか、207Bってもう任官してるのかよっ!

そういう大事なことは先に言っておいてくれよ、本当に。

 

「それと、白銀少尉には香月副司令の助手的な仕事も請け負ってもらっており、そちらの仕事がA-01の通常業務よりも優先されます。また、その関係で同じく助手である社霞嬢とは同室となっているので、白銀君を襲いたくなっても彼の部屋で事を致すのはよした方がいいと思うよ」

 

いや待て、待て。

助手的な仕事とか、襲うとか致すとか、よろしくない単語も気になるけどそれよりっ! 霞と同室ってどういうことだよっ!

いや、いくら純夏がいないからって、霞に手を出すような真似はしないけどさっ!

 

「白銀少尉。A-01連隊は現在、伊隅中佐のヴァルキリーズ、碓氷少佐のフリッグス、セリス大尉のトールズ、鳴海大尉のデリングス、平大尉のエインヘリヤルズ、以上の5個中隊から構成されている。君の所属はヴァルキリーズだ。隊長は怖いお姉さんだから……あんなこと、しちゃ駄目だよ?」

 

あんなことってなんですかっ!?

よくわからない濡れ衣着せないでっ!

ほら、中佐の目が笑ってないから、怖いからっ!!

何なんだよこの人はさっきからもうっ!!

 

「今日のこの後の予定は特にないから、白銀少尉の歓迎でもしてあげて。後日に影響でない範囲なら別に何してもいいよ。……そうそう、少尉はとびっきりの腕利きだよ、期待してね」

 

煽るなよっ!

何だか何人か、獲物を狩る猛禽の目になっちゃったからっ!

 

「それと少尉は、色々と聞かれるだろうけど、ポロリと機密を漏らさないように気をつけること。いいね? それじゃ、解散」

 

……おい。いや、おい。

マジか。このまま放置していく気か。俺、未だに状況がよくわかってないんだけど。

説明をっ! せめて説明だけでもっ!

 

引きつった顔をし、言葉も出せないまま、ここまでの案内人に視線で助けを求める白銀。

その無言の訴えを察した蒼也はポンと、白金の肩を叩く。

 

「……頑張れっ」

 

いや、何をだよっ!

ひらひらと手を振りながら去っていく蒼也の後ろ姿へ、縋るように伸ばした白銀の手が空を切る。

 

「ようこそ、A-01部隊へ。我々は貴様を歓迎する」

 

伊隅中佐だったか、連隊指揮官らしき女性が代表して声をかけてきた。

 

「色々と、互いに言いたいことも聞きたいこともあるだろうが、まずは白銀少尉。……慣れろ、この環境に」

 

何だろう。お前も大変だなという、同情の視線が。

夕呼先生と黒須少佐の間に挟まれてるんじゃ、この人も苦労してるんだろうなあ。

 

引き戻した手に視線を落とし、じっと見つめる。

何か、前の世界でより扱いが酷いような。俺、やっていけるのかな……。

 

──……いや、そんなことはないか。

 

さっきの少佐の雰囲気に巻き込まれて、何だか随分な扱いだと思ってしまったけど。冷静になってみれば、良く良く考えるまでもなく、これは思いつく限りでもかなり良い状況なのではなかろうか。

 

兵の士気は高く、委員長と彩峰の仲はまだわからないとはいえ、207Bも既に任官済み。俺も既に少尉で、すぐに戦いに赴ける状態だ。オルタネイティヴ4終焉までのタイムリミットがある中で、これだけでも前の世界より良い前提なのは間違いない。

 

それに何より、XM3。さっき体験したあれは、本当に素晴らしいものだった。コンボ、キャンセル、先行入力。こういう機能があったらいいのになと、思っていたものが全て詰め込まれている。というか、そのまんまバルジャーノンだ。むしろ、ゲームバランス的な制限がない分、より高性能で実戦的とも言える。

 

これなら、きっと。

この世界でなら、きっと人類は勝利できる。後は、俺に出来ることに全力を注ぐだけだ。

白銀はぎゅっと拳を握り締めると、力強く前を向き、勝利への誓いを込めて宣言した。

 

「白銀武少尉でありますっ! 只今をもって着任いたしますっ!!」

 

 

 


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