コメントはなくとも前回の投稿内容にそぐわぬ高評価が入ったりと、応援して下さる方々が多数いらっしゃるとわかり、弱音を吐いていた自分が情けなくなりました。
作品の削除は行いません。
これまでよりも一話あたりの文字数が少なくなったりすることもあるでしょうが、暇を見て投稿も続けさせて頂きます。
もしよろしければ、今後ともお付き合いいただけると嬉しく思います。
皆様、本当にありがとうございました。
最新話の投稿をもって、お礼とさせていただきます。
43話
2001年10月22日。
横浜市街地。
「……またか」
目の前に広がる、瓦礫の街。
人も、動物も、植物すら存在しない、生き物の気配の消えた世界。
見覚えのある、その馴染み深い景色を目の当たりにし、少年は──
「俺は……過去に戻ってきたとでも言うのかよっ!?」
──白銀武は、慟哭した。
膝から崩れ落ち、拳を大地に叩きつけ、嘆き、叫ぶ。
何故だ。何故、なんだ。
この世界へと迷い込み、俺なりに何とか人類を救おうと必死にやってきて……そして、最後の駆逐艦が打ち上げられるのを見送って。
あの日々は、全て夢だったのか? あの悲しみが、あの怒りが、幻だったとでも言うのか?
そんな……そんな、馬鹿なことがあってたまるものか!
一体、どれほどのあいだ、そうしていただろうか。
やがて、白銀は顔を上げ、そして視線を空へと向ける。
今、この瞬間も。遥か頭上のラグランジェポイントでは、地球から脱出する為の移民船が建造されているはずだ。
そして、俺は知っている。その船に乗ることが出来たのは、たったの、十数万人だけでしかなかったことを。
俺は知っている。地球に残された人間が辿る、死の運命を。人類は負けない、絶対に負けない。そう信じて、散っていった人々の想いを。
本当に過去に戻ってきたとして。このまま時間が経てば、それがまた繰り返されるのだろうか? 俺の知るとおりに歴史は歩んでいくのだろうか?
……それだけは、許さない。
俺はもう、人類が滅びるところなんて見たくはないんだ。
なら、どうするか?
「……あの人に、会わなきゃ」
……確かめなくては。横浜基地が今、どうなっているか。そして夕呼先生、あの人に会わなければ。
オルタネイティヴ4を完成させられるのは、あの人だけなんだ。それにあの人なら、俺の今の状況について説明してくれるかもしれない。
その足に力を込め、立ち上がる。大地をしっかりと踏みしめて。
今度は必ず救ってみせると、その心に火を灯して。その瞳に明日を映しだして。
そして白銀武は、極東国連軍横浜基地へと向けて歩き始める。二度目の戦いを開始する為に。
「訓練生が外出しているという報告は受けていない。両手を頭の後ろで組み、地面に伏せろ」
そして、いきなり挫折しそうになった。
…………えっ??
第三章 あいと、ゆうきと、きぼうの、おとぎばなし
何から何まで記憶に残るあの日、初めてこの世界に訪れた日のままだなと、街の様子を観察しながら歩みを進め。
あんた達が俺を呼び戻したのかと、英霊の眠る桜の下で黙祷を捧げ。
やがて、良く良く見知った横浜基地が見えてきた。あのレーダーアンテナもあのままだ。
正面ゲートの前に、知った顔の門兵二人組が立っているのが見える。
前回、初めてここに来た時は、これが夢だと思って随分な行動をとってしまったっけか。その結果、何日も営倉にぶち込まれる羽目になった訳だ。今思えば、あれはない。自分で自分にちょっと引く。
今回は、あんな馬鹿な行動は当然、取らない。
とはいえ、具体的にはどうしたものか。とりあえず、副司令の名前を出して、何とか会ってもらおう。怪しまれるかもしれないが、前回だって最終的には会えたんだ。まっとうな態度を取っていれば、きっと何とかなる。
そんな甘い考えで門兵へと近づこうとして……いきなり銃を向けられ、先程の言葉をかけられてしまったわけだ。
……え、ちょっと待ってよ。この二人、こんなに真面目に門兵やってたっけか?
何というかもっとこう「外出していたのか? 物好きな奴だな。どこまで行っても廃墟だけだろうに」とか、そんな風にフランクに話しかけてくるようなイメージだったんだが。
それはそれとして、この状況は良くない。このままではまた、営巣へとまっしぐらだ。
こんなところで時間を無駄にしてたまるものかっ!
「俺の名前は白銀武。香月夕呼副司令に会わせて欲しい」
とりあえず、敵意のないことを示すために両手を上げ、基地訪問の目的を告げてみる。
不審な人物が自分に会いたがっていると知れば先生のことだ、きっと何らかの興味を示してくれる。何とか彼女に会えさえすれば、道は開ける。この世界では死んだはずの白銀武が、本来知りえるはずのないオルタネイティヴ4という言葉を知っている事実。それが因果律量子論の証明になるはずだから。
だが、しかし。
「言いたいことがあるなら、拘束後に聞かせてもらおう。繰り返す、両手を頭の後ろで組んで地面に伏せろ」
全く聞き耳を持ってくれない。
なんだよ、これ。畜生、こんなところでもたついている暇なんて無いのに。
このまま放っておいたら、世界が終わる。何もかもが、終わってしまうんだぞっ!
「……こんな……こんなことをしているから……」
「……何だ?」
「こんなことをしているから、BETAに負けるんだよっ!!」
僅かに記憶に残る、最後の駆逐艦が打ち上げられてからの戦いの日々。
そうだ、多分。俺は、あの戦いで死んだんだ。
俺だけじゃない。誰も、彼も、世界中の人間たちが。
「俺達が銃を向けるべきなのはBETAだろ! 人間同士で銃を突き付けあってる場合じゃないって、わかってんだろうがっ! こんな無駄なことをしている暇なんて無いんだよッ!!」
頭にきた。
何でこいつら、こんなに危機感がないんだ。佐渡が占領されてる今の状況でも、まだ対岸の火事だなんて思ってるんじゃないだろうな。
だとしたら……許せない。だとしたら、俺が……俺がっ!!
「無駄なこと、か」
怒りのあまりに、更に言い募ろうとする白銀に、ぽつりと言葉が返される。
銃を構えた門兵の、アジア系の顔立ちをした方からだ。
「三つ、教えておいてやる」
そして、白銀を睨みつける眼光も鋭く、語り始めた。
「一つ。軍隊ってのは巨大な組織だ。だから、BETAと戦う衛士や歩兵、整備兵や衛生兵と言った連中の他にも、色んな仕事をしている奴等がいる」
なんだ?
いきなりこいつ、何を語りだしてるんだ?
「例えば掃除夫。例えば食堂で働く料理人。大規模な基地なら教師や神父なんかもいたりするな。そしてその中には、正面ゲートを守る門兵なんて役割の人間もいる訳だ」
……それが、どうした?
それが、お前らが俺の邪魔をしていることと何の関係があるってんだ?
「二つ。お前の言う通り、門兵なんてのはつまらん仕事さ。基地に対して悪さをしようって輩は正面から侵入なんてしてこないし、仮にここまでBETAが攻めてくることがあったとしても、こんな小銃程度じゃ何の役にも立たないだろう。
門兵の役割なんてのは、酔っぱらいや意気がった若いのが無断で入ってこようとするのをたしなめる、そんな程度のもんだ。民間人がいないから、ここじゃそれすらないがな」
……自分でもわかってるんじゃないか、無駄なことだって。
なのに、何だこれは。自嘲するような物言いだっていうのに、何でこいつの声からこんなに圧力を感じるんだ?
「三つ。それでもな、万が一、億が一の危機に備えて、俺達はここにいる。この仕事を誇りに思っている。……人類の希望の砦、極東国連軍横浜基地を守るっていう、この仕事をなっ」
……畜生、何だこれ。
何で、俺が気圧されてるんだ。
「……お前みたいな若者は嫌いじゃない。頼む、指示に従ってくれ。……これが最後だ。両手を頭の後ろで組み、地面に伏せろ」
……おかしい、何か変だ。白銀の心に疑問が湧き上がる。
何故、この門兵はこんなに士気が高いんだ?
さっきも思ったが、俺が知ってるこの二人はもっとやる気が無いというか、緊張感に欠けていたように思う。……いや、この二人に限らず、横浜基地全体にそんな雰囲気があったはずだ。
それに、横浜基地が人類の希望の砦だって? 何だそれ、そんなの聞いたこともない。
……まさか。まさか、そういうことなの、か?
──俺は過去に戻ってきたわけじゃなくて、あの世界と良く似ている、また別の並列世界へと飛ばされたってことなのか?
もしそうなら、この状況にも納得がいく。
BETAや香月副司令という単語に対して疑問に思った様子はないから、その辺りの状況は変わらないんだろう。なら、この世界の夕呼先生はオルタネイティヴ4を完成させたってことなのか? それが何かはわからないけれど、それによって戦いが優勢に運んでいるとすれば、希望の砦という意味もわかる。
くそっ、情報が足りない。やはり、夕呼先生に会うのが何より先だ。
だが……。
白銀は、自分に向けられる銃口と、そしてそれを持つ男の目を見つめる。
この男、本気だ。これ以上指示に従わなければ、本気で撃つつもりだ。この後、事態がどう転ぶかはわからないが、これだけは言える。これ以上反抗すれば、俺の戦いは始まる前にここで終る。
──……俺はまだ、こんなところで死ぬ訳にはいかない。
白銀は覚悟を決めた。この場においては、負ける覚悟を。
指示されたとおりに両手を頭の後ろで組み、ゆっくりと地面にうつ伏せになる。
門兵の一人がどこかホッとした表情で近づいてきて、白銀を後手に拘束した。
──結局、また営倉か。
銃を突きつけられながら歩く白銀の気持ちは、出だしから躓いたことに暗く沈んでいた。
だが同時に、相反して高揚する気持ちもある。
希望の砦、横浜基地。それが何かはまだわからないが、そう呼ばれる以上はそれだけの理由があるのだろう。
だと、するなら。
──俺は今度こそ、世界を救ってみせる。
この世界はあの世界とは違うのかもしれない。
俺にはもう、あの世界を救うことは出来ないのかもしれない。
それでも、いい。それでも、白銀はそう誓った。
それは代償行為かもしれない。ただの感傷なのかもしれない。
だが、それでも。
あの終末をこの目で見なくて済むのなら。
皆が笑って暮らせる世界が来るのなら。
今度こそは、と。