あなたが生きた物語   作:河里静那

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39話

 

2000年、1月。

帝都城、離れの一室。

 

「これで終わりだ」

 

ペシリと。

蒼也の二の腕を平手で叩く。湿布の上からなのに随分といい音が響いた。

 

細身に見えて、服を脱ぐと意外にしっかりと筋肉のついた蒼也の上半身は、白い湿布で継ぎ接ぎだらけのボロ布のようだ。

そんな有り様でも、捻挫や骨折は一切なし。後日にダメージが残ることはないだろう。その辺りは、流石に師匠。

 

「あいたた。真那ちゃん、酷いよ」

「酷いものか。治療してやったんだ、ありがたく思え」

 

仏頂面で抗議を受け流す真那。

自業自得だ、この馬鹿。

お前がもう少し私の……私達の、周りのことを考えていてくれれば、こんな目には会わなかっただろうに。

それなのに、何が酷いだ。コイツはまた、ヘラヘラと。

ああもう、腹が立つ。

 

「まったく。お前にはやはり、きちんと言っておかなくてはならないようだ。いいか蒼也、よく聞け」

 

空気を切り裂く音と共に腕をずいと伸ばし、人差し指を蒼也の鼻先へと突きつけた。

そしてその体勢のまま、しばし固まる。

 

えーと、だな。

あれだけ啖呵を切って帝国軍に進んだというのに、何で今は国連軍なんだっ!? ……って、第四計画に参加したからだな……うん。

なら、何で一言の相談も断りもなく……相談できるわけがないな、極秘計画なんだから。

だったら、一度位は顔を見せに来ても……本土侵攻の中、そんな暇はない、か。……明星作戦、蒼也も参加してたのかな……。

それなら……えーと……えーと、だな……。

 

「な、名前っ! 僕とちゃん付けは止めろと言ったはずだっ!」

 

勇ましく啖呵を切ったは良いが、それ以上の言葉が出てこない真那。

めまぐるしく表情を変え、しばし百面相を披露。ようやく、そんな理由を見つけ出した。

国連軍へと進むために課した条件。

蒼也が出征する前に、二人で交わした約束。

そりゃあ、取ってつけたようなものだし、自分も本気で言ったわけでもないけど。でも、約束は約束だ、うん。

 

「だがな、真那。俺が突然こんな口調になっても……違和感ないか?」

「何でいきなり呼び捨てかぁっ!!」

 

ふ、不意打ちとは卑怯なり。

少しだけ、叔父様みたいでかっこよかった、なんて。……そんなこと少しも思ってないからなっ!

 

「ちゃん付けは駄目、呼び捨ても駄目。注文が多いな、マナマナは」

「……お前はそうやっていつも、いつもいつも、私のことを小馬鹿にしてっ!

 ……いいだろう、蒼也。その喧嘩、買わせてもらおう」

 

ぷちんと。

真那の中で何かが切れた。

ゆらり。風雪を受け流す柳のような、無造作でいながら無駄のない動きで立ち上がる。

そのまま、流れるように構えをとった。

舞にも似た、完成された動き。そこに確かな美を感じる。

……って、見惚れてる場合じゃない、真那ちゃんてば目が本気だよっ!

 

「無現鬼道流、月詠真那。……推して、参る」

「待って真那ちゃん、角出てるからっ! 鬼の道が現れちゃってるからっ!」

「問答無用っ!!」

 

冬寂の夜に似つかわぬ、烈気と悲鳴が鳴り響いた。

 

 

 

数分後。

一度は片付けた救急箱を再び開き、治療に励む真那の姿が、そこに。

 

「これで仕舞だっ!」

 

バシンッ。

敢えて湿布の貼られていないところを狙い、平手で一撃。

蒼也の胸板に紅葉が咲いた。

ふんっ。いい気味だ。

 

「っつぅぅー。……もう、真那ちゃんは乱暴だなあ。夜も遅いのにそんなに騒いでたら、寝てる人たち起こしちゃうよ?」

「誰のせいだ、誰の」

 

じっとりと湿った、責めるような視線。

わざとらしく首を竦めて見せていた蒼也が、ふと。何かを思い出し口元を綻ばせた。

 

「……この状況で何が可笑しい?」

「いやさ。何か、懐かしいなって」

「何がだ?」

「子供の頃、修行を始めたばかりの頃はさ、よくこうやって湿布を貼ってもらったな、って」

 

幼い頃から無意識の内に能力を使い、試合においては勝てずとも無敗を誇っていた蒼也であるが、剣を習いたての頃は流石にそうもいかなかった。

いくら見えていても、どこを打たれるか分かっていても、剣の扱い方をろくに知らねば防御が間に合わないのは当然。当時の蒼也の体には常に痣が浮かんで消える間もなく、使い慣れぬ筋肉を鍛えはじめたことによる筋肉痛も相まって、よく泣き言を漏らしていた。

そんな蒼也を慰め、優しく湿布を貼ってやるのは、真那の仕事だった。

互いにまだ子供だというのに、蒼也の面倒を見るのは自分の仕事だと、お姉さんぶって世話を焼いていたものだ。

 

思えば、当時から真那には甘えてばかりだ。そして、それは今も変わらず。

今日、これから伝えようとしていること。それを伝えることは、自分の甘えに他ならない。本当は、抱えたまま墓まで持っていくつもりだったもの。

 

僕の話を聞けば、優しい君のことだ。きっと、苦しむ。

でもどうか、許して欲しい。どうか、聞いて欲しい。

後悔しないために、前に進むために、僕なりのけじめを付けさせて欲しい。

……いや、違うか。結局はそれも甘え、我儘、いや……逃げか。

 

それでも、僕という人間を、君の心の中に残しておいて欲しいんだ。ほんの、少しだけでも構わないから。

ようは単純な、とても簡単な話なんだ。

 

──僕は、真那ちゃんが好きだっていう。ただ、それだけのこと。

 

姉として、肉親としてではなく、一人の女性として。

黒須蒼也は、月詠真那のことを愛している。心から。

それが嘘偽りのない、自分の本心。

 

一体、いつからだったのだろう。もう、自分にもわからない。

ただ、気がついた時には、大人になった真那の隣に立っているのは自分だと、自然とそう思っていた。

いつか月詠蒼也となり、斯衛として真那と共に生きていく。そう、信じていた。

世界が変わったのは、あの夏。

あの時、自分は選択した。真那とは、別の道を行くと。

後悔なんてしてはいない。未練なんてなくしたつもりだ。でも、それでも。この気持だけは、消すことが出来なかった。

 

「子供の頃、か。そんなこともあったな。まったく、お前は私に手間ばかり掛けさせる」

 

真那が笑う。

月の光りに照らされて、眩しいくらいに輝いた、優しい笑み。

しばし、見惚れた。

言葉もなく、ただ白痴のように地上の月だけを見つめていた。

 

「さて。言いたいことはまだ山程あるが、そろそろ……ん? どうした?」

 

幼い頃の日々を思い返し、記憶の海をたゆたっていた真那。

このまま昔語りに花を咲かせるのもいいが、流石に今日はもう遅い。楽しみはまたの機会にとっておこうと、立ち上がろうとした時。

自分を呆と見つめる、蒼也の視線に気づいた。

 

「……ううん。ただ、綺麗だな、って」

「な、何だ突然っ! 綺麗って、その、なんだ。……何がだ?」

 

そっと、真那へと手を伸ばす。

左手の指先が、顔の横を流れる艶やかな髪に触れた。

そしてゆっくりと、梳く。髪が指の間を、水のように流れ落ちていった。

 

「真那ちゃんは、綺麗な髪をしているな、って」

 

……なんだ、髪の話か。

褒められ嬉しいながらも、どこか落胆したような気分。だが、それでも自分の頬に朱がさしていくのを止められない。

 

「……私だって女だ。髪の手入れくらいはする。それより、許可無く人の髪に触れるとは失礼だぞ」

 

照れる気持ちをごまかすように、そんなぶっきらぼうな言葉を返す。

そんな様子が蒼也には可笑しくもあり、そして愛おしくもあり。

 

「じゃあ……触ってもいい?」

「……もう、触れているだろうが」

 

そっぽを向いて、真那が小さく呟いた。

不器用な求めに応じ、髪を梳き続ける。ゆっくりと、何度も。何度も。

 

そのまま、しばしの時が流れ。

ふと。蒼也の手が翻り、真那の頬に触れた。

その指先が、白磁のような肌の上をなぞる。

 

「本当に、綺麗だ」

「……そ、蒼也。そこは……その、髪じゃ……ない……」

 

見つめ合う、瞳と瞳。

互いの心臓の音が聞こえそうなほどに、胸が鳴る。

やがて、真那の手が躊躇いがちに動き、頬を撫でる蒼也の手の上に、そっと重ねられた。

 

「……そう……や……」

 

迷うように、そしてそれを振り切るように。

真那の口が動き、蒼也の名を小さく呼んだ時。

 

ぽたりと。

蒼也の瞳から一滴の涙が零れ、頬を伝って畳の上に染みを作った。

 

「……ごめん、真那ちゃん」

「……どうした、何を謝る?」

 

別に触れられて嫌だったわけじゃない、と。

謝る必要なんてどこにもない、と。

そう言葉にしようとした真那だったが、それ以上を口にすることは出来なかった。

続く、蒼也の告解を聞いてしまったから。

 

「本当にごめんね、真那ちゃん。……僕、もうすぐ死ぬんだ」

 

真那の動きが止まった。

自分は今、何と言われたのか。蒼也の言葉が、上手く飲み込めない。

冷静に噛み砕き、理解しようとする。

その様子を見つめる蒼也の瞳から、再び涙が溢れだした。

 

状況はよくわからない。

蒼也の言葉を信じたくない。一笑に付してしまいたい。馬鹿なことを言うなと、怒鳴りつけてやりたい。

だが。

真那が、自分が取るべきだと、そう選んだ行動は違うものだった。

 

分かってしまったのだ。今の言葉が、紛れも無い事実なのだと。

普段、冗談ばかりで本心を中々見せない蒼也だが、今見せた弱さは真実なのだと。

なら、自分がすることは一つだけだ。

大切な人が、助けを求めている。だったら、それに応えるだけだ。

 

涙に濡れる蒼也の顔を、そっと自分の胸へと引き寄せる。

そして、両腕で優しく包み込んだ。

蒼也の身に何が起こっているのか。それは分からない。でも。

真那は、抱えた蒼也の頭を、そっと撫で続ける。

優しくも、悲しい抱擁。

真那の瞳からもまた、月の雫がこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 

「……これ、なんか男女の役割が逆だよね」

「仕方がないだろう、蒼也なんだから」

 

しばらく静かな時が過ぎ、やがて真那の体から身を離した蒼也が呟いた第一声。

どうやら、元の調子を取り戻したようだ。

たとえそれが仮初めのものでも、単なる強がりであっても。あんな弱気な姿よりは、こちらのほうがよく似合う。嘯いて韜晦しているほうが、ずっと蒼也らしい。

 

「それで、だ。詳しい話は聞かせてもらえるのだろうな?」

「うん、もちろん。というより……真那ちゃんには、知っておいて欲しいんだ。機密で話せないことも多いんだけどね」

 

そして肩をすくめ、困ったような笑みを浮かべる。

……まったく、変わり身の早い。

先程の姿は月の光が見せた幻だったのではないかと、そんな気すらしてきた。

ん? ……先程の。

 

……蒼也の顔を、胸に抱いてしまった……。

思い返して、頬が赤く染まる。

い、いや、あれはそんな不埒な気持ちでやったんじゃなくてだな、単純に蒼也のことを心配して、だな。

だから何の問題もない、そうだそうだ。

 

心の中で、言い訳。一体、誰に対してのものなのか。

……いけない。今はそれどころではないのだった。

一つ小さく咳をして、気持ちを切り替える。

 

そんな様子が、心の中が、蒼也には手に取るように分かってしまった。

真那ちゃんてば、顔に出すぎだよ。

でもまあ、今は話を進めよう。気恥ずかしいのは……僕も同じなんだから。

さてと、何から話そうか。

……あれ?

 

「まいったな。何も話せないや」

「……いっそ、私が殺してやろうか?」

「待ってっ! 真那ちゃん早まらないでっ!!」

 

えっと、白銀のことは当然、秘密。

明星作戦とG弾のことも、あの時のA-01は秘匿部隊だったから話せない。

と、なると。

 

「えーっと。話せない原因によって僕の体に秘密の異変が起きていて、その結果として秘匿事項か或いは禁則事項になることが予測されてて……まあ、死ぬ、と」

「よし、腹を切れ」

「待ってっ! 落ち着いてっ! 介錯の用意しなくていいからっ!!」

 

ああもう、まいったな。

こんなドタバタな喜劇にしたかったんじゃないのに。

 

「ごめん、本当にごめん、真那ちゃん。今の僕に言えることは、近い将来に僕は死ぬか、もし死なずに済んだとしても僕という存在ではなくなる……ってことだけだ。

 僕にはまだやることがあるから、数年は何とか頑張るつもり。でも、その先がどうなるかは……」

 

じっと、真那の瞳を見つめる蒼也。

それを睨むように見つめ返していた真那の肩から、ふっと力が抜けた。

 

「……まったく。難儀な商売だな、軍人というものも」

「ははは、そうだねえ」

「人事のように笑うなっ!」

 

片手で顔を覆い、嘆息。

まったく。こういう顔のほうが蒼也らしいとは思ったが、こんな時くらい、もう少しシャンとしてくれてもいいんじゃないか。

 

「それで、このことは真耶やセリス叔母様たちには伝えなくても構わないのか?」

「……うん。言ってどうなるものでもないし。どうしようもないことで、母さんや真耶ちゃん……姉さんには苦しんで欲しくないんだ。

 僕は普通に戦死した。勝手だけど、そういうことにしておいて欲しい」

 

ちょっと待て。

今の言葉、聞き捨てならないぞ。

 

「……蒼也、お前にはもう一人姉がいたように思うんだが?」

「ああ。だって、真那ちゃんは姉じゃないから」

 

貴様、それはどういう……。

問いただそうとした真那を、唐突な蒼也の言葉が遮った。

 

「ねえ、真那ちゃん。月詠の家は誰が継ぐのかな?」

 

何だ、突然?

そんなことより、さっきの言葉の意味は何なんだ?

怒気の強まる真那の視線。だが、それに蒼也は真っ向から見つめ返してきた。

 

……何だかよくわからないが、大切なこと、なのだな。

まったく、本当に。何から何まで勝手な奴だ。

 

「……おそらく、私が継ぐことになるだろう。真耶は崇継様のことを憎からず思っているようだしな。斑鳩の意向ももちろん伺わなくてはいけないが、縁談としては悪くない。いずれ、嫁に行くのだろう」

「それで、真那ちゃんは婿をとって、月詠を継ぐ、と」

 

それが、どうし……た?

……えっ?

もしかして、これは。もしかして、そういう話なのか?

気がついた。

蒼也が何を言おうとしているのかに、やっと気がついた。

 

「姉じゃ、困るんだ」

 

あ、まずい、緊張してきた。

喉がカラカラだ。

自分の気持は自覚していた。もう、ずっと昔から。

きっと、蒼也も同じように思っていてくれている。それも、なんとなく分かっていた。

多分、互いが互いに、この人しかいないだろうと。そう思い続けてきたはずだ。

それが、やっと。

やっと、言葉にしてくれるのか。

さっきの蒼也の告白を聞いたばかりだというのに。もう先のない、結ばれることのない縁なのかもしれなのに。

それでも。

それでも、嬉しい。

 

「姉じゃ、一緒にはなれないから」

 

鼓動が早鐘のように鳴り響く。心臓が口から飛び出しそうだ。

頬が熱い。恥ずかしい。きっと顔中真っ赤になっている。

 

「好きだよ、真那ちゃん。心から愛してる」

 

そしてついに、運命の言葉が放たれた。

それは一言だけにとどまらない。蒼也は言葉を紡ぎ続ける。

訥々と語る静かな口調にもかかわらず、それは叫ぶような、叩きつけるような。感情の渦に飲み込まんとするような。

そんな激しい、想いだった。

 

 

 

──子供の頃から、ずっと思ってた。月詠の家に入って、真那ちゃんと一緒に生きていく、って。その気持は、今も変わらない。ううん、ずっと大きくなって、僕の心を掻き乱してる。

 

──ごめんね、真那ちゃん。僕がいくらそう思っても、例え真那ちゃんが僕の気持ちに応えてくれたとしても。もう、僕には誰かを、君を幸せにする時間が残されていないというのに。

 

──それなのにこんな話をしたのは……僕の弱さだ。僕の我儘だ。僕の勝手だ。

 

──真那ちゃんが苦しむのは分かっているのに。黙って消えたほうがずっと君のためになるのに。

 

──それでも、伝えることを選んでしまった。後悔なく、死ぬために。君の心の中だけにでも、僕を生かしたかったんだ。

 

──真那ちゃん、勝手なことばかり言って、本当にごめん。もう、これで悔いはないよ。

 

──……どうか、幸せになって欲しい。それを願ってる。

 

 

 

「最後まで聞いてくれてありがとう。そういうことだから……真那……ちゃん?」

 

積み重なった想いを全て、語り終え。

蒼也が大きく一つ、吐息をついた、その時。

隣に座り、無言で話を聞いていた真那が、蒼也の体を抱きしめてきた。強く、優しく、包み込むように。

真那の顔は見えない。だが、首筋に零れ落ちた涙が一滴。

そのまま、耳元で囁くように。

 

「……もっと早くに、伝えて欲しかったな」

「……うん、ごめん。僕は臆病だから、追い込まれないと勇気が出ないんだ」

「……馬鹿」

 

真那の鼓動と、呼吸と、温もりを感じながら、蒼也は思った。

ああ、僕はなんて幸せ者なんだろう、と。

 

愛してる、真那ちゃん。

そして、さようなら、真那ちゃん。

願わくば、君のこれからの人生に、幸多からんことを。

 

やがて、名残を惜しむようにゆっくりと、真那の体が蒼也から離れた。

立ち上がり、乱れた髪と着衣を整える。

この部屋から出て行くつもりなのだろう。

これで、お別れだね。

でも、ありがとう。これで僕は、最後まで戦うことが出来る。

 

口を開けば、涙まで零れてしまいそう。

だから、無言のまま、見つめる。

月の光りに照らされる真那の姿を、目に焼き付けようとするかのように。

 

……と、その時。

蒼也の目が、大きく、まんまるに見開かれた。……驚きのせいで。

 

「黒須蒼也殿」

 

身なりを直した真那は、徐ろにその場に正座をすると、畳の上に三指を立て、こう言ったのだ。

 

「私、月詠真那。貴方の求婚、お受け致します」

 

……えっ?

……ええっ??

 

「って、なんでよっ!」

「不束者ですが、何卒よろしくお願いいたします」

「だからっ、なんでよっ!」

 

僕はもうすぐ死ぬって、そう言ったばかりじゃないっ!

 

「治せ」

 

無茶言うねっ!!

 

「どんな手を使ってもいい。お前の背後には、かの横浜の魔女がいるのだろう? 魔女に薬を調合してもらえ」

「……魔女の薬なんて飲んだら、化け物になっちゃうかもよ?」

「構わん。鬼の血が流れる月詠と化け物の夫婦。中々に趣があるではないか」

 

趣あるの、それ?

……化け物じゃなくて、機械の体だったら。まあ、当てはなくもないんだけど。

 

「ようは、お前がお前であること。それが大事なんだ。見てくれや容れ物などどうでもいい」

 

……ほんと、心読まないで欲しいなぁ。

 

「それでも、どうしても駄目だったら、その時は」

 

その時は?

 

「……その時は、私がお前の最後を看取ってやろう」

 

ははっ。

ははははっ。

 

「あははははっ! 真那ちゃん、君って人は、本当にっ!」

 

なんだこれ。

本当、なんなんだよ、これ。

散々悩んでいた僕がまるっきり馬鹿みたいじゃないか。

 

真那ちゃん、君は本当に。

どこまでも強くて、どこまでも真っ直ぐで、どこまでも、優しい。

僕の心の中の黒い雲なんて、あっという間に吹き飛ばしてくれる。

 

ありがとう。今迄、僕とともにいてくれて。

ごめんね。いつも甘えてばかりで。

そして、よろしく。どうやら、これからも迷惑をかける。

僕の大切な、一番大切な、人。

 

白銀。君のことは、心から尊敬している。

君と一つに混ざり合うのなら、少なくとも最悪の結末ではないかな、なんて。

そう思ったりもしたけれど。

でも、ごめん。やっぱり、この体を譲り渡す訳にはいかないよ。

僕は蒼也。黒須蒼也だ。他の誰でもない、僕は僕として。最後の時まで、生き抜いてやる。

 

「愛してる、真那ちゃん。僕と、結婚してくれますか?」

「ああ、もちろんだ。……幸せにしろよ?」

 

互いの体温を感じるように、寄り添う体。

躊躇いがちに、求めるように、交わされる口吻。

重なりあう二つの影を、月の光が照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

オルタネイティヴ第四計画は、斯衛の協力を取り付けることに成功した。

しかし、それがそのまま日本との協力関係の構築を意味するかといえば、そのようなことはない。

日本は帝政国家ではあるが、皇帝及びその代理人である将軍の力とは、大きく制限されたものなのだ。現状、その権限は無きに等しいと言っても過言ではない。

そして、将軍の直下となる斯衛もまた、然り。

 

では、蒼也と香月の計画の成就に必要な物はなにか?

それは、帝国議会の協力である。だがそれを手に入れるためには、またひとつの課題を解決しなくてはならない。

即ち、議会の一角を占める親米派、オルタネイティヴ第五計画派の排除である。

その為に民意に語りかけ、選挙を持って第四計画派の勢力を高める。これが正しい手順だ。

だが、その正しい手順こそ、限られた時間しか持たない蒼也にとっては悪手でしかない。

 

最小限の時間的コストで議会を掌握するために、蒼也が選択した手段。

これより数ヶ月の後、その成果が黒い花を咲かせることとなるのであった。

 

 

 


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