あなたが生きた物語   作:河里静那

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28話

 

その女性は一つの案件を抱えていた。

 

自分の指示の元、“計画”に関わることのみ、それに特化した作戦のみを遂行する専任の即応部隊。

作戦実行の為にはコストを問われず、それが正規軍が表立って関与できない類のものであったとしても超法規的措置により派遣出来る部隊。

95年に計画の総責任者に就任した際、その設立を目的として日本各地から適性を持つ若者を集め鬼軍曹に託して早二年、ようやく部隊として実戦に投入できるだけの力量が備わった。行動に移す時が来たようだ。

しかし、その道の専門家である友人、数少ない、いや唯一の友人に部隊の発足を告げたところ、彼女はどこか呆れたような顔と声をして言ったのだ。

 

「隊長職は誰がやるのよ?」

 

当初、女性はそれをそれ程大きな問題とは捉えていなかった。

訓練を終えた若者達の中には指揮官としての適正が高い者もいるし、彼等は実際に訓練生時代には分隊の指揮を執っていたのだ。正規兵となってもそのまま彼等を指揮官とすればいい。

訓練と実戦が違うというのはわかるが、それで死ぬようならそれまでのこと。というより、それで死ぬような者は……必要ない。極限の状況の中、それでも生き残る者、未来を掴み取る者。それが、彼女の求めている人材なのだから。

 

しかし、普段ならば最後には自分の言い分を諦めたように受け入れる彼女は、この時ばかりは常に無く言い募ってきた。

曰く、小隊長以上の隊長職、最低でも中隊長以上には実戦経験者を当てるべきだと。

訓練兵たちは皆、彼女の教え子である。手塩にかけた可愛い子供達を無駄に死なせたくない、情けない姿を晒してもいい、かっこ悪く恥をかいても構わない、それでも生き残って欲しい。厳しくも心から優しい彼女がそう思うのも当然のことだろう。

 

だが、自分は忙しいのだ。やらねばならぬことは、それこそ山の様にある。些細なことに脳のリソースを費やしたくはない。これを言ったら友人は怒るだろうが。

他にも理由はある。機密という面だ。彼女が主導する計画には敵が多い。外部から人材を招くということは、それだけ機密の漏洩が起こりやすくなる。友人を傷つけることになるのはわかっているが、やはりこのまま編成しよう。

……と、思ったのだが。思わぬところから意見をひっくり返されてしまった。

 

「それに、訓練校を出たばかりの人間に佐官をやらせるの?」

 

なるほど、それは盲点だった。我ながら迂闊だと思う。

麾下の部隊は連隊規模となる。名目上の指揮官は大佐相当官の肩書きを持つ自分自身であるが、実際に戦場で指揮など、立場的にも能力的にも出来る訳が無い。

自分は目的の為に軍を利用しているだけであって、軍という組織自体には興味が無いのだ。女性には、興味と専門の外の事に関しては考察が甘くなる傾向があった。それ故、こんな単純なことに気がつかなかった。

彼女の教え子達の中で特に優秀な者を中尉に昇進させるのは、まあ容易い。さらに二階級特進させて佐官の肩書きを与えることもやろうと思えばやれなくはない。

しかし、尉官と佐官では権限が全く違う。おそらく、この人事は批判を免れないだろう。批判自体は気にもしないが、対抗組織が嬉々として足を引っ張りにくるのが予測される。これはいただけない。そんな詰まらないことに手間を割くのは、それこそ脳のリソースの無駄遣いだ。

仕方がない。ここは友人の意見を採用して、熟練兵を招くとしよう。

とはいえ。とは、いえだ。

 

「あー、めんどくさい」

 

そもそもが専門外なのだ。興味の無いことに労力を割り振るほど疲れることは無い。

気分を入れ替える為に何か飲み物でも用意しようか。女性は手ずからコーヒーを淹れると、それを口に含むなり顔を顰めた。

……不味い。

やはり、妥協というものは良くない。モドキではなく、本物のコーヒーくらい用意しておこう。

ユーラシアが戦場となってより悪化の一途を辿る世界の食糧事情を賄う為、原産国ではコーヒー畑を潰して麦や芋を育てているところが多い。それ故、今となってはコーヒーは庶民には手の届かない嗜好品となってしまった。しかし、彼女にとっては数少ない娯楽の一つだ、それで作業が捗るならば決して高い買い物ではない。ちなみに他の娯楽としては、友人を弄って遊ぶことと、新車のシートのビニールを破くこととが挙げられる。

 

女性は気を取り直すと、膨大な国連軍、帝国軍のデータベースに目を通していく。詰まらなそうな顔だ。やる気のなさそうな顔だ。それでも、有望そうな人材をピックアップし、纏め上げていくその処理速度は常人の比肩し得るものではなかった。

やらねばならぬと決めたからには一切の手を抜くことが無い。それが、彼女──香月夕呼という人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

1997年、4月。

中国戦線、敦煌ハイヴ防衛線。

 

「B小隊、α2を先頭に座標C3に移動っ!

 α11、12、要塞級の壁の隙間にALMランチャー発射、即パージっ!

 AC小隊の残り、隙間の向こう、光線属種に一斉掃射っ!

 カウント3、2、1、GO!!」

 

指示が下された。或いは予言、が。

カウントが0になるや、与えられた役割を実行に移した衛士は、状況が予測通りに動いているのを確認する。

屹立する要塞級がB小隊に向き直ることでその壁に穴が開く。その先に鎮座していた光線級、重光線級が巨大な目玉をこちらに向けるのと同時、AL弾頭を搭載した多目的自律誘導弾が襲い掛かった。それ自体は大半がレーザーによって迎撃され、一部が辿り着けたに過ぎない。が、迎撃されることによって発生した重金属雲が衛士達の一時的な身の安全を約束し、躍り出た6機の戦術機から放たれた36mm、120mmが効果の上がらない照射を行なう目玉達と、ついでにその周囲に居たBETAも纏めて薙ぎ払った。

全ては予定の通りに。

指示を出したのはα3──黒須蒼也中尉。

これまで、彼の出す指示が見当違いだったことは一度としてない。今日もそうだったし、恐らくはこれからも同じだろう。

彼に対する隊員達の信頼は絶対的な、信仰とすらいえるものとなっていた。

 

 

 

蒼也が初の実戦を経験してから一年が経過した。

人類の滅亡への時を数える砂時計、その降り注ぐ砂は残り僅かなものとなっている。この年の始め、ウランバートルから侵攻したBETAはソ連領アムール州ブラゴエスチェンスクに新たなハイヴを建設。

既に名ばかりとなっていた敦煌ハイヴ防衛線は北、西、南の三方向からの圧力に押されて東へ東へと押し退がり、その最終防衛ラインは首都北京から僅か十数kmの地点という有様となっている。

ハイヴへの間引き作戦を行なう余裕など既に無い戦線、間断なく行なわれる小中規模侵攻に対する迎撃。現在の大陸では一年も生き延びられればもう一端の古参兵だ。

しかしこの絶望の中、戦う兵士達にはまだ一つの希望が存在していた。

 

帝国大陸派遣軍総指揮官、彩峰萩閣中将直下の戦術機甲大隊。精鋭とはいえ、本来であれば何処にでもある戦術機部隊。ほんの一年程の前までは話の種にも上らなかった、有り触れた大隊。

しかし今、その大隊の奇跡とも言える活躍が、彼等の瞳に光を灯していた。

 

 

 

蒼也の隊は担当する地区以外にも近隣地区へ、火消しとして毎日のように出撃を重ねている。既に総出撃回数を数えるのも馬鹿馬鹿しい。

しかし、それだけの戦闘を重ねながら、蒼也が看取った隊の死者は僅かに二名。一名は初陣で散った新任衛士、もう一人は前αC小隊長。蒼也は彼の後を継ぐ形で小隊指揮官の座についた。

養成校を卒業して数ヶ月で中尉へと昇進、そして隊長職に就任。年功序列の精神が未だ色濃く残る帝国軍においては異例中の異例といえる。だが先任を含めた大隊各員はこの人事を積極的に受け入れた。なぜなら、それが最も生き残れる確率が高いと、そう肌で感じとっていたからだ。

 

「部隊の中にCPがいるようなものだと思ってください」

 

初陣の際にそう語った蒼也。この言葉は誤りだった。戦いの中で部隊の人員は、それを知ることになる。大言壮語、そう言う意味ではない。言葉以上の、CPという言葉では括れない、それ以上の能力を持っていたのだ。

戦術機が単体で入手できる戦域情報など高が知れている。レーダー、振動センサー、それ等から入手できる戦場の情報。その何れもが、HQにて戦域を管制する、CPが手にする情報の精度には遠く及ばない。にも拘らず、蒼也はCP以上に戦場を支配する。そして、勝利への最適解を導き出すのだ。

何もいない虚空へと向かって放った弾丸は、そこにBETAが自ら飛び込む形で受け止める。BETAの壁へと撃ち込んだ銃弾は、途中に存在するBETAが自ら道を開くように避けることによって光線級へと到達する。

それはまるで鞭を振るう猛獣使いのように、BETAの動きを支配しているようにも見えた。

 

現在では、中佐は大隊長として部隊全体を取り纏める役割に徹し、α中隊の指揮は実質的に蒼也が執っている。それだけでなく、戦域管制という形で、時に残る二つの中隊へも口を出す。未来を見通す蒼也の言葉、それは彼等にとってまさに託宣であった。

 

「α1よりα3、光線級はこれで仕舞いか?」

「ですねー。……あっ、左翼C小隊、8時から戦車級の一群、来ます。3時方向に引き付けて、AC小隊で十字砲火行きますよ」

 

各小隊が迎撃の構えを取った後、予告通りに戦車級が群れを成してBETAの壁から突出してきた。

何故、そんなにも早く察知できるのか、それは分らない。残念ながら、蒼也自身の他には誰にも理解できない。モニターを見ていれば動きが予測できると蒼也は言うが、少なくともこの隊の中に彼の真似が出来る者はいない。

だが今の何気ない指示により、仲間が戦車級に喰らわれる未来が回避されたのは紛れもない事実なのだ。疑問が残るとはいえ、その事実の前では些細なこと。生き残れる、まだ戦い続けることが出来る。それが重要なのだ。

10門の銃口から解き放たれた36mmの嵐が、戦術機乗りにとって最も恐ろしいといわれているはずの存在を呆気なく駆逐した。

当座の危機が去ったところで、中佐が鬨の声を上げる。

 

「よし、大隊各機、噴射跳躍解禁だっ! 安全地帯からいたぶってやれっ!

 HQも最近じゃ弾が足りないって嘆いてるからな、今日は支援砲撃なしで行くぞ。戻ったら奴等に一杯驕ってもらいなっ!」

 

その言葉が、更なる戦意を燃え滾らせる。

こういった機微は、若い蒼也にはまだまだ足りていない。こればかりは経験が物を言う。人の上に立った月日の長い中佐が有利だ。

怒りと、喜びと。混在する感情に突き動かされる衛士達の手によって、虐殺が始められた。

 

空を飛ぶことが許された戦場では、戦術機は戦闘ヘリのような役割をこなすことが出来る。BETAの手の届かない空中から弾丸を撃ち続けることで、一方的な殺戮が展開されるのだ。注意すべきは66mの全高に加え、自由自在に動く50mもの長さに達する触手を持つ要塞級くらいなもの。それも数が少ない為、きちんと間合いを取って対処すればさして怖いものでもない。

戦術機の燃費効率は決して良くは無く、航空燃料を撒き散らしながら飛ぶといわれる戦闘ヘリの、その更に下を行く。とはいえ、それでもこの場のBETAを殲滅する程度の時間は十分にある。

 

無抵抗ともいえる相手に対する蹂躙。本来、この行為は人間としての倫理に反するものかもしれない。しかし当然のことながら、この場にそれを躊躇う者などはいない。自分の家に土足で上がり込み、家族と家財に破壊の限りを尽くす強盗に目こぼしを与える必要など、ありはしない。

歓喜の叫びを上げながらの駆除が終わった後、その場に動くものは機械の巨人の他に存在しなかった。

連隊規模、2000体のBETAに対する一方的な勝利。自軍に一機の損耗も無く、支援砲撃すら必要とせずに葬り去る戦術機大隊。

まさに奇跡。その存在は、この戦線に集う各国の兵士達に希望を与えずにはいられなかった。明日を取り戻せる、その夢を見させずにはいられなかった。

 

 

 

戦いを終え、北京の基地へと凱旋する彼等。それを迎える者達から、歓声が沸き起こる。

それに鋼鉄の右手を上げて応えれば、更なる喝采に包み込まれる。

戦術機一個大隊がもたらした勝利。それは、この戦線全体を左右するものでは、残念ながら、ない。

いくら無敵を誇っても、たかが一個大隊の手で戦況をひっくり返せるものではない。

しかし、人類は希望を必要としていた。所詮、泡沫の夢だと、そう分かってはいても。

それでも、彼等が掲げた松明は明るかったのだ。そこから目を逸らすことなど出来なかったのだ。

 

彼等を熱い視線で見つめる中には、ある大隊を思い出す者達がいた。

かつて同じように人類に希望を与え続けた部隊を。人類の剣として戦い続けた者達がいた事を。

 

 

 

 

 

 

 

1997年、4月。

帝国大学、応用量子物理研究棟。

 

香月夕呼博士の苦悩は続いていた。

宣言どおりに天然物のコーヒーを取り寄せ、その濃厚な香りと味わいに満足していたのも最初のうちだけ。カップの中の褐色の液体はその存在を忘却の彼方に押しやられ、机の片隅に寂しく佇んでいる。

 

「ほんっと、何でこんなことに時間取られなきゃなんないわけえ」

 

思わず口からついて出る苛立ちの言葉。

隣りの机でキーボードを叩いていた銀色の髪をした少女が顔を上げた。表情の無い瞳が夕呼を見つめる。

 

「別に、アンタに言ったんじゃないわよ。そんな心配そうな顔しなさんな」

 

まるで能面のような、表情筋が存在しないのではないかとも思われる少女の無表情を、夕呼は心配そうな顔だと表現した。

少女を見やるその瞳は、99%は科学者としての冷徹な観察眼。しかし残りの誤差とも取れる割合の中には、確かに暖かいものが存在している。それを彼女は感じ取った。

少女は夕呼の言葉に小さく頷くと、作業を再開する。

 

──この子に心配されてるようじゃ、魔女の名が廃るってもんよね。

 

夕呼は自嘲めいた笑みを浮かべると、再びデータベースを漁り始める。だがしかし、これぞという人物が中々見つからない。

隊長職に足り得る人物を探すといっても、もちろん誰でも良いと言う訳ではないのだ。

 

求める人材には、大きく3つの条件がある。

一つ目。衛士として優秀であり、且つ指揮官適正が高いこと。これは言うまでも無い。わざわざ無能を外部から招く意味など皆無だ。

二つ目。自身が主導する国連オルタネイティヴ第四計画、その目的に対する“適正”が高いこと。麾下の連隊の構成員の全ては、この適正が高い事を条件に集められている。その指揮官が低い適性しか持っていないのでは問題がある。

そして三つ目。日本人であること。これが中々に厄介な条件だった。

 

第四計画の誘致条件として、計画に費やされる人材や物資はその国が負担するというものがある。いくら魅力的な人材がいても、他国から引っ張ってくることは出来ないのだ。

しかし、国連軍に在籍する日本人はあまりいない。そしてBETAの本土上陸を瀬戸際で阻止している日本は、優秀な部隊指揮官を中々手放したがらない。

 

先日、大陸で奇跡の部隊と讃えられている大隊があると耳にした。連隊規模のBETAを戦術機一個大隊のみで殲滅するという、そんな離れ業をやってのけたその隊長を招こうとしたのだが、これもやはり、にべもなく断られてしまった。敦煌の防衛線に穴が開くのを恐れたというが、これだから先の見通せない人間は困る。

そもそも、誘致国がそんなことでは結局自分の首を絞めるようなものなのだが。結局、帝国議会も一枚板ではないということか。対抗組織、オルタネイティヴ5派の人間による有形無形の妨害が行なわれていると見るのが妥当だろう。

 

オルタネイティヴ4の本部施設に関してもそうだ。自身が所属していた、ここ帝国大学の応用量子物理研究棟を仮の本部としてから既に2年、未だ変わらず夕呼の執務室はここにある。本来は帝国陸軍白陵基地を接収して本部に当てるはずであったのだが、話は遅々として進んでいない。かろうじて計画直属の衛士訓練学校を設立するに留まっているのが現状だ。基地内は帝国軍と国連軍が混在しており、機密保持もなにもあったものではない。

こんな程度の低い嫌がらせで足を引っ張りに来る辺り、第五計画の程度が知れるというもの。だが実際に、ボディブローのように地味に効いているのに腹が立つ。

 

思考が脇道に逸れた。さらに、それによって苛立ちまで覚えるとは。

余裕が無い。どうやら少し行き詰ってしまっているようだ。夕呼は小さく溜息をつくと、机の片隅のカップの存在を思い出し、手を伸ばした。

……不味い。

冷え切ったコーヒーは酸味を強調するのみで、心を解きほぐしてはくれなかった。

自分は煙草を嗜まないが、喫煙者の気持ちが少しだけわかったような気がした。

 

切り口を変えてみよう。

夕呼はこの問題に、これ以上の時間が割かれるのを回避することにした。最善の策が取れないなら、次善の策を取ることも時に必要だ。

この際、条件の一番目、腕に関してはそこそこでいい。二番目、適正に関しては全く無くてもいい。自分が与える任務の中では長生きできないかもしれないが、見方を変えよう。計画の申し子達が実戦に慣れるまで生きていてくれれば、それでいい。

 

外部から招く隊長職を使い捨てにする方向に定めた夕呼は、さらに別のアプローチも試みる。

手に入れたはいいが必要がないと、仕舞いこんでいたデータ。前計画が残した人物ファイルをパソコンの画面に呼び出す。

オルタネイティヴ3が研究の為の素材候補として収集していたデータ、その中から日本人のものを検索する。

一件、該当があった。

 

「へえ、未来視ねえ」

 

これが事実なら、未来を掴み取る力、夕呼が求める資質も併せ持っているかもしれない。

資料の詳細を読み始めた夕呼だった。……が。

 

「なによ。もうこいつ、死んでんじゃない」

 

その顔に失望の色が浮かぶ。

都合が良く国連軍所属で、衛士としては全人類でもトップクラスの腕を持ち、指揮官として数々の戦場を渡り歩き、そして無自覚とはいえ未来を読み取る力を持つ男。

まさに理想的な人物といえたが、彼は既に5年前のスワラージ作戦で戦死していた。

そもそも、この作戦で命運を断ち切られた第三計画だ、全般的にデータが古いのも仕方がない。やはり、自分には必要の無いものだったか。

面白くもなさそうにウィンドウを閉じようとした夕呼だったが、何か引っかかるものを感じてその手を止めた。

 

──何? 何か見落としてる?

 

黒須鞍馬。

映し出されたその名、どこかで見た覚えが……

数秒の黙考。次の瞬間、弾かれたように、机の脇に退けていた資料に手が伸びた。

あの、敦煌の防衛線に配備されている、奇跡の部隊。その紙のファイルを引き千切るように捲る。

……あった。

α中隊C小隊長、黒須蒼也=クリストファー中尉。辿り着いたそのページの、家族構成の欄を指でなぞる。

 

──なるほど、これが奇跡の種、ね。

 

異能は、親から子へと引き継がれることがある。

第三計画の資料にも載っていた、その事実。

 

──悪いわね。その奇跡、あたしが貰うわよ。

 

魔女の顔が嗤いに歪んだ。

 

 

 


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