あなたが生きた物語   作:河里静那

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23話

 

「ついにここまで来たか」

「そうっスね」

「お前にも随分と頑張ってもらったな」

「そうっスね」

「今じゃ准将閣下だもんなあ」

「そうっスね」

「だのにその話し方もどうかと思うが」

「そうっスね」

「俺は一応、お前の部下なんだけどなあ」

「まあ、隊長は隊長なんで」

「いつまでもそれもないだろう?」

「良いじゃないスか。まだ、借り返しきれてませんし」

「いつまでそのネタ引っ張るんだか」

「もちろん、返しきるまでですよ。……ちゃんと、全部返すまで生きてて下さいよ?」

「……ああ、もちろんだ」

 

 

 

 

 

1992年、1月。

インド亜大陸戦線。

 

血と、鉄と、硝煙の日々。

政威大将軍斎御司経盛との謁見を終え“ハイヴ・バスターズ”と合流した鞍馬とセリスは、彼等の日常へと帰って行った。

数々の戦場を駆け、様々な人と出会い、そして別れを繰り返す。

 

時は流れる。

時代は、1990年代を迎えていた。

 

1986年にフランス領リヨンへのハイヴの建設を許して以降、人類は多大な犠牲を払いつつもそれ以上の侵攻を死守し続けてきた。

敗北は即ち死に繋がる。個人の死ではない、種族の死だ。兵士達は世界そのものを支えているような重さを背負い、懸命に、文字通り命を懸けて戦った。

だが、ついにその抵抗に陰りがさす。

1990年、インド領において13番目となるボパールハイヴが建設される。

欧州から撤退した人類は喀什ハイヴ攻略に備えてインド方面を重視、徹底抗戦の構えを打ち出した。

しかし、同時に喀什よりBETAが本格的な東進を開始。

ユーラシア北東部においてはソ連が、東アジアにおいては統一中華戦線が、そして東南アジアにおいてはその地の各国軍が激しい防戦を繰り広げることになる。

だが、引き伸ばされた防衛線全てを守りきることなど到底不可能であり、その圧倒的な物量の前に戦線は徐々に後退していった。

 

1991年、BETAの東進を自国の危機と判断した日本は、ついに東アジア戦線への帝国軍派遣の決断を下す。

彩峰萩閣少将の下に大陸派遣軍が創設され、戦術機甲部隊を中心とした大兵力が戦いの舞台に立った。

後方に位置していたはずの日本の民が、ついに直接BETAと銃火を交える時が来たのである。

 

そして1992年。

時代は、また新たな転機を迎える。

 

 

 

 

 

「ハイヴ攻略作戦?」

 

この日、人類の徹底抗戦の構えを受け、インド亜大陸で激しい戦いを続ける鞍馬の元を訪ねる者があった。

彼から聞かされた言葉をそのまま返す鞍馬の眉間には、不快感を表す皺が深く刻まれている。

人類が最後にハイヴの攻略を試みたのは、1981年11月のロヴァニエミハイヴ攻略戦である。それ以来、既に10年以上ハイヴ攻略戦を行なってはいない。

それには、度重なる防衛戦や間引き作戦で戦力を削られ、本格的な攻略戦を起こすだけの体力がもはや前線には残されてはいないという切実な訳がある。

 

だが、バンクーバー協定の下に国連加盟各国が集えば、攻略戦を行なうだけの戦力も掻き集められないことは無い。

侵攻が始まって日が浅い統一中華戦線や東南アジア各国はまだ多少なりと余力を残しているし、アメリカ、オーストラリア、日本、アフリカ連合、南アメリカ諸国といった未だ直接には侵攻に晒されていない国家の支援も期待できる。

それだけに、各国軍の中には声高にハイヴ攻略を求める主戦派も多く存在している。

だが、国連軍統合参謀会議はそれらの声を抑え、頑なに攻略戦実行の許可を出さずに来た。

 

理由は明白である。勝算が無いのだ。

過去のハイヴ攻略戦から人類が学んだのは、現状の戦術、現状の兵器では決してハイヴを落とすことは出来ないであろうという、無慈悲な現実であった。

鞍馬もまたそれを事実だと認識しており、参謀会議より攻略の是非に関して意見を求められる度に「否」と言い続けてきた。

 

無謀な賭け、いや賭けとすら言えない、一部の人間の自己満足の為に戦力を減らすことは出来ない。命は、もっと効率的に使われなければならないのだ。

ハイヴを攻略する為には、より多くの戦術機をより迅速にハイヴ内へと送り込まなければならない。その為にはより大量でより効率的な支援砲撃も必要となってくる。

現状、その方法はまだない。いや、方法はあるがいくつかの理由により行なえないでいる。

それを何とかしない限り、ハイヴ攻略戦など行なえるわけが無い。

 

「ええ、ボパールハイヴ攻略作戦っスね」

 

にもかかわらず彼は、しれっとした顔でこう返した。

喉の辺りまで出掛かった巫山戯るなという怒鳴り声を、口を噤むことで押し殺す鞍馬。

 

「准将、もう少し場に相応しい言葉遣いをなされるべきかと。

 ……それはさておき、命令とあらば従うより他はありませんが、何か策はあるのですかな?

 策も無くただ兵を悪戯に殺すだけでは士気の意地もままなりませんし、統合参謀会議の立場も悪くなるかと」

 

不貞腐れたように黙ったままの鞍馬に代わり、ラダビノッドが言葉を継いだ。

言葉こそ丁寧だが、やはり不快感を隠しきれていない。鞍馬の後ろに控えるセリスの表情もまた同じだ。

3対の咎めるような視線を、彼は何故だか少し嬉しそうに受け止めると、右手を顔の横に持っていき、人差し指を立てて見せた。

首を傾げるラダビノッドに構わず、そのまま腕を伸ばして天を指す。

その動きから意図を読み取った鞍馬、その不機嫌な顔が笑顔に変わる。

 

「本当かっ!?」

「ええ、7月を予定してます。随分時間が掛かりましたけど、ようやく話が纏まりましたよ」

 

左の掌に拳を打ちつける鞍馬。

浮かれている場合ではないのに駄目だ、笑い顔が戻らない。

 

「それで、俺達は何を?」

「……ハイヴに突入してもらいます」

「反応炉破壊が目標か?」

「いえ、“ハイヴ・バスターズ”の任務は護衛となります」

 

そう言った彼の顔に、微かな、ほんの微かな痛みが浮かんだ。

それに気付いたのはセリスのみだったが、彼女がその真意を探る前に話が進んでいく。

 

「護衛?」

「はい。オルタネイティヴ3直轄の特殊戦術情報部隊、ハイヴ内で調査を行なう彼等を護衛し、生きて地上へと帰すのが任務となります」

「……オルタネイティブ3……」

「詳細は明かせませんが……ようやく、その成果が形となる時が来ました」

 

パシンと、再び拳を打ちつける音が響いた。

ついに、ついに、人類の反撃が始まる。

その事実に喜びに震える鞍馬、そしてラダビノッドとセリス。

それを見つめる彼の瞳に再び、ほんの小さな陰りがよぎったのには、今度は誰も気付かなかった。

 

 

 

 

 

スワラージ作戦。

スワラージとは、インド諸語で自己の支配・統治を意味する。しかし近現代インド史においては一般に“民族の政治的独立”を指すといってよい。

即ち、インド亜大陸におけるBETA支配からの脱却、人類の勢力圏挽回を求めて発動された、国連軍、アフリカ連合軍、東南アジア諸国各軍が共同作戦を張ったボパールハイヴ攻略作戦である。

その戦略目的としては他にも、カシュガルハイヴ近辺の橋頭堡確保、東進するBETAに対する牽制、インド亜大陸への兵力増援等、複数存在する。

だが、一般には知られることの無いその最優先目的は、オルタネイティヴ第三計画直轄の特殊戦術情報部隊によるハイヴ内の情報収集にあった。

 

またこの作戦においては、より多くより迅速な支援砲撃と戦術機投入という課題に対する人類の一つの答えが示されることになる。

それは、宇宙からの進軍。

衛星軌道上の国連低軌道艦隊による軌道飽和爆撃、戦術機の軌道降下突入戦術など、宇宙軍がハイヴ攻略に本格的に参加した初の作戦なのである。

 

宇宙軍の有用性はおよそ10年程前から提唱されており、実験や訓練も繰り返し行なわれ技術的には既に実用段階までに至っていた。

にもかかわらずこの構想が今まで実現していなかったのは、首都を瓦礫の山に変える程の火力を持った艦隊が自国上空を飛び交うことに、アメリカが不快感を示したからである。

だが、これは表向きの理由に過ぎない。

実際には、ソ連主導のオルタネイティブ3に代わる対BETA戦略として、大量のG弾による飽和攻撃をもって、オリジナルハイヴを含むユーラシア中心部のハイヴを一掃するという次期オルタネイティヴ計画をアメリカが案じていたことが理由となる。

この案を通す為に、オルタネイティヴ3には一定以上の成果を残させたくはなかったのだ。

 

世界の命運よりも自国の利益を優先する大国のエゴに振り回された形となるが、国連はあまりに尖鋭化過ぎる計画に不快感を示したアメリカ内の別勢力やユーラシア各国と協調し、1989年、この次期オルタネイティヴ計画案の不採用を正式に決定した。

 

それから3年。

アメリカが表向きには静かになった後にも存在した様々な各国の思惑を、国連統合参謀会議は時間が掛かったものの調整し、ついに宇宙軍の実戦投入が現実のものとなったのである。

 

しかし、ようやく邪魔者を蹴り落としたかに見えるオルタネイティヴ3もまた、後が無いところにいた。

計画の副産物としていくつかの功績を残してはいるが、その真の目的、国連上層部においても極一部にしか知らされていない、BETAとのコミュニケーションを取るというその目的は、何一つとして成されていないと言っても過言ではないのだ。

おそらく、この作戦で結果を出さなければオルタネイティヴ第三計画はその数字を一つ増やすことになるだろう。

 

スワラージ作戦。

この作戦の成否によって、その後の人類の行く末がどのように変化していくのか。

それを知る者は、まだいない。

 

 

 

 

 

1992年7月26日、08時56分。

インド領ボパールハイヴ。

 

「……そろそろだな」

 

通信機の向こうで誰かが呟いた。視線の先には天高く聳える歪なモニュメント。

その声からは緊張の色が見え見え見え隠れくらいの割合で漏れ出しているが、それを責めるのは酷と言うものだろう。彼等“ハイヴ・バスターズ”はこの戦いの中、あのハイヴへと突入するのだから。

反応炉の破壊が目標ではないとはいえ、魑魅魍魎渦巻く奴等の巣の中に飛び込むのだ、緊張しない方がおかしい。

それは、この作戦が人生で4度目のハイヴ攻略戦、そして2度目のハイヴ突入となる鞍馬とて同じことだった。

いや、むしろ経験しているからこそ、あの穴の中の恐ろしさを身を持って知っているからこそ、それはより大きいものとなるのかもしれない。

 

喉が渇く。

掌にじっとりと汗をかいている。

 

──怖えなあ。

 

それが正直な思いだった。

けれど、それを表に出すわけには行かない。鞍馬が恐れていることを悟られれば部隊に動揺が広がる。少なくとも表向きは平静を装っておかねばならない。

……隊長の辛いところだ。

 

「この中で、手に汗をかいてる奴ー?」

 

声に震えが出ないよう、それでいて感情のこもっていない平坦な声にならないよう、気をつけてそう言う。上手くいっただろうか?

 

「あ、俺ぐっしょりですよ」

「……私も」

 

網膜投影で映し出される数名の隊員達からそんな答えが返ってきた。

優しい笑みを浮かべ──引き攣ってないだろうか?──、ゆっくりと、言い聞かすように言う。

 

「怖いと感じるのは悪いことじゃない。むしろ当たり前だ。

 問題なのは、その恐怖に捕らわれて普段の力を出せないことだ。怯えている自分を認めて、その上で恐怖を従えろ。

 この半年の訓練を思い出せ。繰り返したヴォールクデータを思い出せ。いいか、お前達なら出来る。俺達なら出来る。自分と、仲間を信じろ」

 

こんな奇麗事一つで恐怖を従えることなど出来はしない。

だが、それでも自身を律する機会の一つくらいにはなるかもしれない。

だから、言う。

一人でも多くの仲間に生き残って欲しいから。

 

F-16の首を回して、周りにいる仲間たちを見回す。その後方、違う種類の戦術機が12機、待機していた。

ロークサヴァーという聞きなれぬ名のその機体を初めて目にしたとき、何者かの思惑が複雑に絡み合っているかのような、そんな嫌な気持ちが胸に込み上げてきたことを鞍馬は思い出す。

オルタネイティヴ3直轄特殊戦術情報部隊、フサードニク中隊。

国連軍に所属しているとはいえ、実際に搭乗する衛士はソ連軍の人間で、機体名もロシア語で名づけられている。

にもかかわらず、それはどう見てもF-14 トム・キャットの改修機なのだ。

ソ連主導の計画、その集大成とも言うべき作戦に使われるのがアメリカ製の戦術機。無論、トム・キャットの性能、信頼性は折り紙つきであるが……やはり、何らかの政治的な思惑が絡んでいるのだろうかと勘ぐってしまう。

 

フサードニク。

騎兵を意味する名のその部隊の隊長と初めて顔を会わせたとき、握手を求める鞍馬の手を無視して彼はこう言った。

 

「貴官は大佐、私は大尉であるが……スワラージ作戦中においては、私に“ハイヴ・バスターズ”に対する優先命令権が与えられることになる。

 無論、横から口出しをして部隊運用を阻害する気は無い。

 無いのだが……これだけは覚えていて欲しい。我々の、邪魔をするな」

 

彼等は、本来なら自分達のみでハイヴへと赴くつもりであったのであろうか、ハイヴ内での進軍の際にはフサードニクを先に立たせるよう言ってきた。

BETAの群れを感知したら、ぎりぎりまでそこに止まって“調査”を行い、接敵する寸前に“ハイヴ・バスターズ”と場所を交代するという。

 

無茶だ。

そんなやり方で彼等を守りきることなど出来はしない。

しかも、十分な連携が取れていたとしても犠牲が出ること容易に想像出来るというのに、彼等は連携訓練どころか隊員の顔通しすら拒否したのだ。

今も、先程の遣り取りは彼等にも聞こえているはずなのに、そちらからは一切の反応が返ってこない。

 

機密に関わることが多いのだろう。その複座の機体に誰が座っているのかすら教えられないというのだから。

自分も軍人だ、それは理解できる。

だが、手足に枷を付けられた状態で敵の巣へと飛び込まざるを得ない隊員達に申し訳なさを感じる。

 

──やめよう。それでも、彼等は人類の希望なのだから。

 

隊に犠牲が出ることは避けられないだろう。だが、そうと分っていても進まなければならない。

ならば悩むな。人類の未来の為、自分に出来ることをするだけだ。

彼等の挺身を犬死に変えないことだけを考えるのだ。

 

瞳を閉じて決意を新たにする。

その鞍馬の耳に、秘匿通信を求めるサインが聞こえた。セリスからだ。

 

「どうした?」

「さっきの言葉、なかなかかっこよかったわよ」

「なんだ、突然。……それだけか?」

「いえ……鞍「セリス」……はい」

 

セリスの声を遮るように言葉を発する。

彼女の言いたいことはわかっていた。

 

「必ず、生きて帰るぞ」

「……ええ、もちろん」

 

そして、HQよりスワラージ作戦の開始が宣言された。

 

 

 

 

 

同日、09時00分。

 

衛星軌道上に待機していた国連低軌道艦隊より飽和爆撃が行なわれる。

再突入型駆逐艦から放たれた無数の多弾頭再突入体が、音速の20倍を超える超速度で地上へと襲い掛かった。

神々が愚かな人間へと向けて落とした雷の如く天空から降り注ぐ光の軌跡はしかし、地より伸びる光線によって次々に打ち落とされる。

再突入体に満載されていたAL弾頭弾が蒸発して汚れた雲を作り出し、太陽の光を遮られた地上に影を落とす。

 

だが、それらは全て計算の内。

軌道爆撃の第二波が降り注いだ時、厚い雲に遮られた光線はその目的を果たすことが出来ず、一瞬遅れてやってきた轟音と共に異形の群れを薙ぎ払う

その光景を目にした全軍が興奮の渦に包まれた。

インド北部中央に位置するこの地に、歓喜の叫びが沸き起こった。

 

人類の反撃が始まった。

 

 

 

重金属雲の発生を確認し、光線属種の反応がある程度消えた後、作戦はフェイズ2へと移る。

ハイヴモニュメントから離れた位置に配備されている無数の自走砲、MLRSから砲撃が放たれる。

地平線までは約5km、狙うはその彼方。山なりの軌跡を描いて飛ぶ砲弾がBETAの群れを襲う。

地球の丸みを味方に付けた位置からの砲撃、ここからならばレーザーに狙われる恐れはない。

一国の総備蓄量に匹敵するほどの弾薬が惜しみなく注ぎ込まれ、やがて地上に展開していた全てのBETAの掃討が確認された。

 

だが、これで戦いが終わるわけではない。まだ、あくまで地上にいたBETAを屠ったに過ぎないのだ。地下にはその数倍、或いは数十倍にも達する数が控えている。

作戦は次の段階、フェイズ3を迎え、ついに戦術機が戦場へと投入される。

モニュメントの周辺に存在する数々の門、そこから湧き出してくるBETAの増援群を相手取るのだ。

光線属種を優先的に排除しつつ、砲撃部隊と連動して敵を殲滅。そして、徐々に徐々に群れをハイブから引き離していく。

この段階での目的はBETAの掃討だけではない。それだけなら、ひたすら支援砲撃を繰り返していれば良く、戦術機の運用は最小限でいい。

しかしこれは間引き作戦ではなく、ハイヴ攻略作戦なのだ。

大隊、連隊規模ではなく、多数の師団規模で戦術機が投入される理由、その役割とは、ハイヴへの突入口──門の確保にある。

突入門の周囲から一切のBETAを排除後、軌道降下に伴う再突入殻の落下に備え戦術機部隊が退避、BETAも人もいない空間を作り上げる。

それ以外の門は熱硬化性樹脂で充填封鎖、あるいは設置型自動機関砲と少数の部隊で包囲。これらの作業を迅速に行なえるのは戦術機しか存在しない。

 

門の確保が完了したならば、ついにフェイズ4、軌道降下部隊の登場となる。

軌道降下開始まで後300秒。

しかしここにきて、ここまで順調に、順調に行き過ぎていた作戦内容に警報が鳴らされた。

 

 

 

「重金属雲の濃度が足りませんっ!!」

 

モニターを凝視していた一人のCPが悲鳴を上げた。

 

「どういうことだ?」

「重金属雲が爆風で吹き飛ばされた模様。おそらく、先程までの支援砲撃が有効に働きすぎたものと思われます」

 

……なんて初歩的なミスをっ。

司令が指揮机に拳を打ちつける。

 

「光線属種の反応は?」

「突入門から這い出してきた光線級の集団がいます……その数12っ!」

「砲撃部隊に通告。弾頭をAL弾に換装、即時発射せよ」

「駄目です、降下開始まで後240、換装間に合いませんっ!」

 

作戦司令官の顔が苦く歪んだ。

光線級にAL弾を撃ち落してもらえば新たな重金属運が発生する。

だが弾頭の換装が間に合わないというなら、その光線級を排除しなくてはならない。

軌道降下の次の機会は84分後……とても待てない。

 

「光線級の排除が可能な部隊は?」

「突入門周辺からは戦術機部隊の退去が完了しています。一番近いのは……第二次突入部隊、“ハイヴ・バスターズ”です」

「……バスターズは駄目だ、彼等には護衛の任務がある。突入前に危険に晒すわけには行かない」

「降下開始まで、後210」

 

12体の光線級、それだけならば降下部隊の全滅はない。無論、何割かの犠牲は免れないが……このまま降下させるしか、ない。

司令が非情な決断を下そうとした時、HQに通信が入った。

 

「バスター01よりHQ。

 ……やらせてくれ、軌道降下部隊は今後の作戦の試金石となる。突入前に数を減らす訳には行かない」

「駄目だ。数を減らせないのは君たちも同じだ」

「しかしっ!」

「降下開始まで後180」

 

奥歯が砕けそうなほどに歯を噛み締める鞍馬。

命令違反を犯してでも……いや、駄目だ。俺がそんなことをすれば塁は隊全体にまで及ぶ。

 

「……バスター01……了か」

「HQよりバスター01、統合参謀会議の名において許可します。……任せました、隊長」

 

──あいつっ!

 

司令ともCPとも違う声、聞き慣れたその声が今は天上の調べに思えた。

 

「バスター01了解っ!!

 聞いてたな、バスターズ。俺が飛んでレーザーを誘発させる。その間にブラボー隊が吶喊してしとめろっ! アルファ、チャーリー隊はその場で待機っ!」

「隊長っ、危険すぎますっ! 俺が飛びますっ!」

「却下する。もう時間がない、俺を信じろっ!」

 

──そうだ、信じろ。自分を、信じろ。不完全とはいえ、俺はレーザーを躱したことがあるんだ。

 

思い返すは東欧からの撤退戦。

管制ユニットを貫くはずの2本のレーザーを、宙で剣を振って機体の向きを変えることで躱した。

完全にとはいかず左腕と跳躍ユニットを破壊されたが……確かに、躱したのだ。

あの時とは機体が違う。信じろ、このファイティング・ファルコンを。

あの時とは腕が違う。信じろ、戦い磨き続けてきた自分の腕を。

 

──自分を……信じろっ!!

 

鞍馬は右手の突撃砲を投げ捨て、背中に納めていた長刀を抜き放つ。

左手には既に一振り、そして右手に新たな一振り。

左右に構えた二刀を下段へ、八の字のように、戦闘機の翼のように構え……

汚れた空へと、飛び立った。

 

 

 

人は大きな事故などに遭遇すると、その瞬間に起こった出来事を、時間が引き伸ばされたかのように遅く感じるという。

今の鞍馬がそうだった。

目に見えるものが、ゆっくりと動いている。

空気が水に、更に密度の濃い何かに変化したかのように、スローモーションで動く世界。

その中、鞍馬は見た。

自身に襲い掛かるレーザーの、光速で迫り来るその軌跡を、確かに“視た”。

 

宙を切り裂く一筋の光、それに触れないように機体を動かす。

伸ばした長剣を航空機の動翼のように使い、姿勢を制御する。

 

──……1本……2本……3本……

 

この感覚は何なのか?

人に光速のレーザーを知覚することなど出来はしない。だが、確かに見えている。

……まて、光条が伸びていく様子ではなく、既に伸びきった一本の線に見えるということは……これは、既に放たれた後のものなのではないか?

なら、俺が見ているものはいったい何だ?

 

──4、5、6本……

 

機体をバレルロールさせ、続く光を躱していく。

いや、詮索は後だ。今は、見える、その事実だけで良い。

 

──7、8、9……10本っ!

 

目の前を通る最後の光を、上体を起こし速度を落とすことで回避する。

 

──これで12本っ!!

 

「隊長っ! 新たに2体の重光線級がっ!!」

 

ラダビノッドか? 部隊の誰かが上げた悲鳴が聞こえた。

だが、問題ない。

 

──それも……“視えて”いるっ!!

 

先ほどまでとは比較にならない強さの光。

剣を振って横を向き、2本の光の間に機体を滑り込ませるようにしてその隙間をすり抜けた。

 

全ての光線の回避に成功し地面に辿り着いた時、空気の密度が元に戻った。

不思議な感覚だった。疑問は尽きないが、今はまだやることがある。

 

「吶喊っ! 蹂躙せよっ!!」

 

鞍馬の叫びに、ブラボー隊が歓声を上げながら光線級へと踊りかかった。

 

 

 

 

 

同時刻。

直轄特殊戦術情報部隊、フサードニク中隊専用HQ。

 

──吶喊っ! 蹂躙せよっ!!──

 

フサードニク01のメインカメラが捉えた光景を映し出したモニターの前、興味深そうにその映像を見つめる複数の人間がいた。

 

「光線級のレーザーをあのように空中で躱すことなど……我が軍の衛士に可能なのかね?」

 

国連軍ではなく、ソ連軍高級士官用の軍服を身につけた男がそう問いを発した。

その立ち居地と怜悧な雰囲気から、彼がこの一団の指揮官であることが伺える。

 

「はっ! ……現在開発中の第三世代機を用いるという前提で、入念にシミュレーターで訓練を重ねた上であれば……成功率は低いでしょうが、あるいは」

「つまりは、あの条件では不可能と言うことかね?」

「……そう言い換えて差し支えないかと」

 

指揮官らしい男より、おそらくは一回りは年上であろう、歴戦の貫禄を持つ男がどこか恐縮した風に答える。

その言葉に、指揮官の顔に笑いが浮かぶ。不吉な笑みだった。

 

「これは、思わぬところに“素体”がいたものですな。

 自然発生型のESP発現体は貴重な存在です、彼にも実験に“協力”を?」

 

3人目の男が感情のない声でそう言った。

軍人というよりは科学者といった雰囲気を持っており、おそらく事実その通りなのであろう。

 

「……いや、流石に国連を代表する部隊の隊長に“協力”願うのは難しいだろう」

「そうですか、残念です」

「そうでもない。おそらく彼は“無自覚な未来視”といったところだろう、我々が求める能力ではない。それに……」

 

男はモニターに映し出されるモニュメント、そしてその下に見える突入口へと目を向け、再びあの笑みを浮かべる。

 

「……それに、どちらにせよあの穴から戻ってこないことには、な。

 あそこから無事に帰って来られる程の因子を持つというなら、そのときには……」

 

その男の呟きに答える者はいなかった。

 

 

 

 

 

同日、15時38分。

ボパールハイヴ中層。

 

戦術機が立って歩けるほどの巨大な洞窟、その天井や壁が淡く光り輝いている。

幻想的な、美しいとさえ言って良い光景だろう。

時折現れる、無残に破壊されたF-15 イーグルの残骸がなければ。

散発的に襲い掛かってくる、異形の姿が見えなければ。

……ここが、ハイヴの奥深くでなければ。

 

先行する国連軍軌道降下部隊、オービット・ダイバーズ達が道を切り開いてくれているおかげか、彼等フサードニク中隊、そして“ハイヴ・バスターズ”は比較的穏やかな進軍を続けている。

穏やかとはいっても、あくまでもハイヴ内にしては、である。戦闘は地上で行なわれているものよりも尚激しく、立って歩けるとはいえ戦闘機動をとるには狭い坑道内では回避もままならない。

そこに更に加わる悪条件が、フサードニクとバスターズの連携の悪さだ。

先頭に立つことを頑として譲らないフサードニクに、彼等が下がってからでなければ戦闘を行なえないバスターズ。

フサードニクが下がるのが遅れれば彼らの中に犠牲者が出る。立ち位置の入れ替えが円滑に行なえなければ、双方共に、だ。

 

現在の深度は500mを超え、既に中層に達して久しい。

仮にここがフェイズ2のハイヴであれば、既に反応炉にまで到達していることになる。

素晴らしい戦果といえる。やはり、宇宙軍の参入、機動からの爆撃と降下戦術はハイヴ攻略において有効な手段だった。

仮に、仮にだ、この作戦が失敗に終わったとしても。この経験は今後のハイヴ攻略戦において必ず生きてくる。

 

だが、それでも鞍馬の心に喜びの感情が湧き上がることはなかった。

センサーに映る味方を表す光点を数える。

フサードニクのもの5つ。そしてバスターズのものが19。

共に、既に突入前の半数ほどにまで人員を減らされているのだ。仮に、双方の連携が十分にとれていたとするなら、おそらく死者の数はこの半分程度に収まっていたに違いない。

 

──皆、すまない。これは俺の責任だ……。

 

フサードニクが、オルタネイティヴ3が頑として聞き入れなかったとしても、それでも連携訓練だけは何としても行なうべきだった。

それが実現出来ず貴重な命を悪戯に失った責任は、隊長である鞍馬にある。

 

裁きは受けよう。

だが、今は駄目だ。今は、フサードニクを無事に地上へと返すことを考えなくてはならない。

既に部隊は半壊している。ならば、そろそろ引き返すべきか。

 

「バスター01よりフサードニク01。

 帰還を考えるべきだ。この戦力で来た道を引き返すなら、ここが限界だ」

「……バスター01、その意見は却下する。まだ調査は不十分だ」

「しかし、全滅してしまっては今までに手に入れたデータすら残せない。繰り返し要請する、ここで帰還すべきだ」

「バスター01、我々は……」

 

言いつのる鞍馬にフサードニクが更に反論を返そうとした、その時。

坑内が激しい振動に襲われた。

ここに来るまでにも何度か感じた、S-11の爆発──恐らくは、自決によるものだろう──による振動。

しかし……今回のものは、近い。

今までになかった激しい揺れと爆音が彼等を襲い、否応なしに湧き上がる不吉な予感が脳裏を走る。

やがて揺れが収まった後、こだまのように響く爆発音の名残だけが遠く近く聞こえていた。

 

「バスター04よりバスター01。音響センサーによると、この先しばらく行ったところに広間があるようね。おそらく、そこで……」

「……フサードニク01よりバスター01」

「……なんだ?」

 

網膜投影される視界に現れたフサードニク01のウインドウに、その顔は映し出されない。

ただ事務的な声だけが聞こえるその通信から、彼の真意を思い計ることは出来なかった。

 

「その、広間までだ。そこの状況を確認した後……帰還する」

「……バスター01、了解」

 

 

 

同日、15時47分。

 

「この地下深くに、ここまで広い空間が存在するとは……」

 

思わず呟くフサードニク01。その声からは、彼の感情というものが初めて感じ取れた。

深度計に表示される数字は、ここが地下511mであることを示している。

フェイズ4ハイヴの到達深度としてはこれまでで最深となるその場所には、戦術機が飛びまわれるほどの広大な空間が広がっていた。

現在の人類の力では作り出すことが出来ないであろうその光景。ある種の感動を味わいながら、しかし警戒は緩めずゆっくりと進む。

天井と壁までの距離が伸びた為、そこに宿る淡い光も届ききらない闇の世界。

センサーに反応するBETAの姿は……ない。

 

やがて、先行するフサードニク01が、広間の壁際近くにそれを見つけた。

恐らく広間中心方向から吹き飛ばされてきたのであろうそれは、かつては戦術機と呼ばれていた鉄屑の塊だった。

 

「フサードニク01よりフサードニク各機、この機体のデータ回収を試みる。何か残されているかもしれない。

 バスターズは周囲の警戒を頼む」

 

そう言うと、フサードニク01はイーグルの残骸の横に片膝をつき、その頭部へと鋼鉄の手を伸ばす。

周囲には他の4機の騎兵達が控え、更にそれを取り囲むようにバスターズが展開しようと動き出した時……。

 

──なんだ?

 

鞍馬の心臓が、ドクンと、大きく脈打った。

 

──なんだ、何を見落としている?

 

沸き起こる不安、不快感。視界が不安定に歪んでいく。

 

──また、あの感覚だ。

 

自我が凝縮され、時間が引き延ばされていく。

 

──まずい……そこは、まずいっ!!

 

そして、鞍馬は“視た”。

 

「そこからはなれろおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

地面が、爆発した。

 

 

 

鞍馬の叫びに、フサードニク01が何事かと振り返る。

それが、生きている間に彼が行なった最後の行動だった。

偽装縦坑。

崩れ落ちたF-15の残骸の下にあったそこから、BETAが溢れ出す。

地獄の蓋が開いたかのようなその光景に、一瞬硬直するフサードニク達。

一瞬で、十分だった。

BETAが、彼等を残骸に変えるには。

 

鞍馬が走る。

彼の武装は、前衛に特化しすぎた長剣3本に突撃砲1丁というもの。そしてその突撃砲は遥か地上に捨ててきていた。

 

一歩。一機のフサードニクの管制ユニットが貫かれた。

二歩。二機目の機体の上半身と下半身が泣き分かれた。

三歩。次の機体の厚みが半分以下に押し潰された。

 

残された最後の機体、フサードニク04まで、後一歩。

 

──あと一歩……届かないっ!!

 

BETAはバスターズにも襲い掛かっている。

彼等を信頼している。彼等ならばこの一瞬で全滅することは有り得ない。

だが……その手も自己を守るのに精一杯で、フサードニク04には届かない。

 

鞍馬自身にも死神の鎌が振り下ろされる。

精一杯に手を伸ばすその横、要撃級がダイヤモンドよりも硬いその腕を振り上げた。

それを防げば、防いでしまえば、この手は決して届かない。

 

──フサードニク04を、残された人類の希望を、失うわけにはいかないっ!!

 

鞍馬は、右手に握った長剣を──投げつけた。

最後の一歩を届かせる為、その身を守る武器を手放した。

長剣はフサードニク04へと迫っていた要撃級に突き刺さり、彼は亡者の手を振り払うことに成功した。

 

剣を手放し、がら空きとなった鞍馬めがけて、頑強な前腕が振り下ろされる。

少しでも損害を抑えるために横に飛びつつ、空になった右手でそれを受ける。

広場の中央へと向けて、錐揉みするように回転しながら吹き飛ばされる鞍馬。

見えない何かに引きずられるように、地面を削るように地に落ちた。

右手はもう動かない。

赤と黄色のシグナルがコンソールを彩る。

 

──はやくっ、立ち上がれっ!

 

このまま寝ていては戦車級の餌食となる。

軋む機体を奮い立たせ、何とか二つの脚で地を踏みしめた鞍馬の目に、広間の奥からにじり寄る、視界を埋め尽くすほどの奴等の姿が映った。

鞍馬の名を呼ぶセリスの叫びが、どこか遠くから聞こえてきた。

 

 

 


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