あなたが生きた物語   作:河里静那

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2話

 

「なぁ、知ってるか? 俺たちが配属される中隊の隊長な、サムライらしいぜ」

「サムライ? なんだそりゃ?」

「知らないのか? 日本のトノサマに仕える……まぁ、ナイトみてぇな連中だな」

「ここにはトノサマなんていねぇぜ?」

「あー……だったら、あれだ、オチムシャだな」

「……落武者は酷いな」

『た、大尉殿! 敬礼っ!』

「楽にしてくれて構わない。それより、せめて浪人と言ってくれないか」

「ローニン? なんですか、それは?」

「主を探している侍のことだ。落武者というのは、戦いに敗れて逃げ落ちている侍のことだな」

「それだったら大尉殿、俺たち全員オチムシャですぜ。なにせ、BETAどもに勝ったためしなんてないんですからね! HAHAHAHAHA……はぁ……」

「お前、自分で言って落ち込むくらいなら最初から言うなよ……」

 

 

 

 

 

1976年、7月。

欧州、東欧戦線。

 

中国新疆ウイグル自治区喀什にBETAの着陸ユニットが落下したのが1973年4月。

翌1974年10月、喀什より西進したBETAの進行を阻止することが出来ず、マシュハドにハイヴを建設される。

1975年、BETAは黒海沿岸を北上しソ連領カザフスタン州に侵入、ウラリスクにハイヴを建設。

東欧一帯を勢力下に収めたBETAは北進、今年にはヴェリスクにもハイヴが建設され、BETAの巣といえるハイヴは地球上に4つを数えていた。

BETAの勢いは止まる所を知らず、さらにその勢力を広げんと進軍を続けている。

人類とBETAとの戦争が始まって4年目に突入したが、その間人類は勝利の2文字とは無縁でいた。

そして、黒須鞍馬とその妻セリスは、人類の最前線で戦っている。

 

 

 

国連軍軍人としての研修を受け、東欧戦線に突撃前衛長として配属されたのが4月。

初陣はその直後に済ませた。

酷いものであった。

子供の頃映像で見た軍隊蟻を思わせるBETAの群れ。それに飲み込まれてゆく僚機達。

死の絨毯を切り裂かんと接近戦を挑めば剣を振るう間もなく蹂躙される。かといって距離をとって砲撃していても、前方を掃射している間に左右から肉薄される。

冷静に陣形を守り、横並びに砲撃を続けていた者たちもまた、銃弾に倒れる数をはるかに上回る数に押し寄せられ消えてく。

救援を求めながら潰されていく悲鳴、生きたまま貪られる恐怖と痛みに泣き叫ぶ声。

目に映る光景に、耳にする通信に、陽のものは何一つとして存在しない。

かつての月面戦争において、月面総軍司令官たるキャンベル大将は「月は地獄だ」という言葉を残した。

彼が今、目の前に広がる光景を見たならば「地球もまた地獄だ」とでも言うのだろうか?

 

その地獄の中、鞍馬は錯乱した。

突撃砲を忘却の彼方へと押しやり、ただ長刀をもってBETAの群れに吶喊したのである。

斬り、躱し、突き、跳ぶ。

その名と同じ山に棲むという天狗の如く、あるいはその天狗に教えを乞うたという遮那王の如く、それは見るものに畏れすら与える舞であった。

ただしそこには連携も何もなく、僚機の存在すら忘れ、ただBETAのみを見続け、殺戮し続けるのみ。

 

「撃震があればもう少し楽だったのにな」

 

そんなことを考えたのを覚えているが、他には断片的な記憶しか残っていない。まさに我を忘れていた。

そのままでは周りに散らばる戦術機だったものと同じ運命をたどることは間違いなかったであろう。さらには中隊、大隊の崩壊すら招いていたかもしれない。

それを防いだのは分隊長を務めるセリスであった。

彼女は孤立した鞍馬を救出するために仲間を犠牲に晒す愚は犯さなかった。

鞍馬をそのままに、囮として利用したのである。

無論、絶対に殺させはしないと言う決意こそ固かったが、自分のために斯衛すら捨てた愛する夫を危険に晒し続ける苦悩は如何ほどであったか。

 

彼女は怒っていた。

理不尽ともいえるBETAの暴虐に、感情のままに剣を振るう鞍馬に、怒り狂っていた。

それでも戦況を客観的に見る冷静さは保ち続け、突撃前衛の他2機を率いて鞍馬機を押しつぶさんとするBETAを狩り続けた。

結果として、この作戦は功を奏した。1機が囮となることによって他の3機は比較的安全に狩りを続けることが出来たのである。

そして、突撃前衛が十分に仕事を果たしているのであれば、中隊も機能する。

さらには大隊の統率も乱れることなく、鞍馬の所属する大隊はこの戦いを見事生き抜いたのである。

 

無論、犠牲が0と言うわけにはいかなく、鞍馬を率いた中隊長を含む12人が戦場に散った。

損耗率33%。本来この数字は決して良いとは言えないものである。それでもこの戦いにおいては奇跡とも言える生存率であったのだ。

とはいえ、このことからわかるとおり、この戦いにおいて人類の戦果は敗北であった。

当然だ。損耗率33%が奇跡的に良い数字、それはまさに地獄と呼ぶに相応しいものであったのだから……。

 

 

 

後方基地へと何とか撤退し、戦術機を降りたセリスが最初に行った行動は、鞍馬の頬をはたくことであった。

当然の如く拳で、ありったけの力を込めてである。

踏鞴こそ踏んだものの、倒れなかった鞍馬をこそ褒めるべきであろう、そんな強烈な一撃だった。

そして、その瞳に涙をたたえながらこう言った。

 

「生きていてくれて、ありがとう」

 

こうして、鞍馬は初陣、死の8分を乗り越えたのである。

 

 

 

大隊に補充兵が入り、部隊が再編されるにあたって、鞍馬は先任の小隊長を抑え、中隊長として迎えられることとなった。

先の戦いにおける奮戦が評価されてのことである。

本人からしてみれば、我を忘れて暴れただけのことであり羞恥の極みであったのだが、外から見れば孤軍奮闘して大隊を生存へと導いたと見られたのである。

無論、2機連携を無視した点は配慮すべきであったが、セリスが上手く手綱を握るであろうとの上層部の判断である。

 

国連軍へ中尉として入隊してわずか数ヶ月と異例のことであるが、もともと斯衛でも大尉として中隊を指揮していたので問題となることはなかった。

中隊長として鞍馬が選んだポジションは、突撃前衛であった。装備は強襲前衛を選択している。

本来、迎撃後衛として指揮を執る立場であろうが、斯衛の戦い方が染み付いている鞍馬にとって、長刀を振るって吶喊することこそが適職だったのである。

セリスもまた、突撃前衛として鞍馬と連携を組むことになる。装備は強襲掃討。本来前衛の装備ではないが、米軍仕込みの的確な射撃をもって、先行する鞍馬を援護するにはこのほうが都合がよかった。

 

これ以降、鞍馬とセリスの2機が吶喊して敵の多くを惹き付け、それを残りの2機の突撃前衛が適宜間引いて他の小隊と共に殲滅していく戦い方が、この中隊の基本戦術となる。

鞍馬の操縦手腕と剣の腕、そしてなによりセリスの正確な射撃支援があってはじめて取れる戦術であるが、隊全体の生存率を上げるのに大いに貢献した。

鞍馬は言ったものである。

 

「俺はこの先、一生嫁さんに頭が上がらない運命なんだな」

 

と。

 

 

 

鞍馬の初陣より3ヶ月。

BETAの進軍は止まらない。

これ以上地球を奪わせはしないとの誓いをこめ、ワルシャワ条約機構軍と国連軍はここミンスクに決死の防御陣を展開していた。

ここで食い止めなければ、新たなハイヴの建設を許すこととなろう。

決してそんなことをさせるわけにはいかないのだ。

押し寄せる夥しい数のBETAへ向け、面制圧が行われる。

 

「敵のAL弾迎撃を確認!」

 

あのときのような愚はもう起こさない。初陣を思い出し、鞍馬はそう誓う。

そして、人類が勝利するために、この身の全力を捧げよう。

鞍馬の想いは初陣よりの3ヶ月で変化していた。

国連軍に所属したのは、いわば消去法に過ぎないはずであった。

最前線にてBETAと戦うこととなったことも、積極的な理由からではなかった。

しかし今は違う。

 

「作戦区域に重金属雲発生!」

 

あいつ等を、あの人類の怨敵を、なんとしてでも殲滅しなくてはならない。

これはもはや欧州やソビエトのみの問題ではないのだ。

このままでは、遠からず人類は滅ぶ。決して日本も例外ではない。

決してそんなことを許すわけにはいかないのだ。

 

「アルファ大隊、突撃級と接敵まであと30秒!」

 

人類の未来の為に。

今も遠い空の下で国と民を想う殿下の為に。

この地に立つことを許してくれた月詠翁の為に。

そしてなにより、今も傍で支えてくれるセリスの愛に応える為に。

 

「いくぞ! 中隊各機、俺に続けええええええええええええ!」

 

鞍馬は戦う。

 

 

 

 

 

これより5日の後、ミンスクにおいて新たなハイヴの建設が開始された。

 

 

 


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