あなたが生きた物語   作:河里静那

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16話

 

「戦って、戦って。ここに来て、ようやく何とか勝ちを拾えるようになってきたか」

「そうね。まだ人類の反撃なんて言えないかもしれないけれど……大丈夫、人間は結構しぶとい生き物よ。最後にはきっと勝てるわ」

「……なあ、セリス。俺は最後まで戦えるかな?」

「鞍馬?」

「不安なんだ。俺のこの人類を護りたいという気持ちは本物なのかって。俺の力で誰かを幸せにすることが出来るのかって。……本当はもう血を流したくない、君と蒼也と静かに暮らしたいと思っているんじゃないかって」

「……鞍馬」

「勝てるようになってもこれだ。本当に、俺は心が弱いな」

「大丈夫。貴方のことは私が一番良く分かってる。貴方は英雄って言う柄じゃないかもしれないけど……貴方のしてきたこと、これからしていくことは決して無駄じゃない。

 歴史に名を残すようなことは無いかもしれないけど──貴方は間違いなく、人類の救世主の一人よ」

「随分と持ち上げてくれる。……でも、ありがとう、気が楽になったよ」

「ううん、貴方の背中を護るのが私の仕事だから」

「……セリス、俺が救世主というなら、俺を救ってくれた君こそが本当の救世主だ」

「……鞍馬」

「これで何度目かな、この台詞は。でも、何度でも言うよ。

 セリス、愛してる。……共に、戦おう。共に、生きよう」

「はい……よろこんで」

 

 

 

 

 

1987年、12月。

インド亜大陸戦線。

 

イラク領アンバール。

いまより3年の前、この地で行なわれた人類の生存を掛けた戦い、瀬戸際でのハイヴ建設は阻止することが出来なかった。

その後のフェイズ1ハイヴ攻略作戦も失敗に終わった。

いまこの地に屹立する醜悪なモニュメントを見やる者達の瞳に灯る炎は、自らの身を焼きつくさんとするほどに熱い。

家族の、友の、自分自身の、仇。

ここ中東方面に住まう民の血気盛んな民族性もあり、集結した将兵の戦意は止まる所を知らず、開戦の狼煙が上がるのを今か今かと固唾を呑んで待ちわびていた。

 

「やれやれ、これは手綱を握るのに骨を折りそうだ」

 

今回の作戦はハイヴ攻略戦ではなく、大侵攻を未然に防ぐ為の間引き作戦だ。高すぎる戦意はむしろマイナスに働く怖れがある。さて、どこぞの部隊が暴走しないように見張っておかなくてはな。

作戦司令に任命された、国連軍所属の将官がそう呟きを漏らす。欧州戦線で古強者の指揮官として名を馳せていた彼は、BETAの南進を抑えるべくこの地に派遣されてきた。

無論、欧州の現状が楽観の方向に傾いたわけではない。むしろその逆。85年にハンガリー領ブダペストに、86年にはフランス領リヨンにハイヴ建設が成された今、彼がいようといまいと関係のない、最早陥落を待つだけの状態だ。イギリス、アイスランドといった島国への上陸を防げれば御の字といったところか。

それならば、インド亜大陸を欧州の二の舞にさせぬ為、まだ侵攻の初期のうちに対策を施そうと国連軍統合参謀会議は決断を下したらしい。

彼の他にも、名だたる名将、歴戦の勇者がインド亜大陸戦線へと呼び寄せられていた。

例えば、今作戦においてBETA誘導の役割を担った、国連軍随一と謳われる大隊もそう。彼等は84年、アンバールハイヴ建設と前後してこの地に派遣され、戦い続けているそうだ。ここインド亜大陸戦線においても、その前の北欧戦線においても、苛烈な戦いぶりで名を馳せているが……同時に悪い噂も色々と聞こえてくる。

彼らが今まで生き残っているのは臆病が故、そんな噂だ。それが退くべきときは退くという理性的な判断をさしたものであればなんら問題は無い。前進しか出来ない猪に長生きが出来るはずも無いのだ。だが、そうでないなら……。

 

「ご心配ですか、司令?

 大丈夫、彼等は定められた役割をこなしてくれますよ。これ以上もなく、ね」

 

作戦参加部隊一覧をみて渋い顔を作っていた司令に、一人の参謀がまるで心でも呼んだかのような言葉を掛けてくる。

ふん、なんともやりにくい。どうも、この男は苦手だ。

彼付きの司令部に所属する者ではなく、今回の作戦に限り統合参謀会議から派遣されてきた男だ。

まだ若いのに大佐という地位にある辺り、確かに優秀な人間なのであろう。その戦略眼と事務遂行能力には司令も随分と助けられた。

だが、飄々としてつかみ所の無いところがなんとも軍人らしくなく、司令のような古参の人間からすると胡散臭く感じられて仕方がない。

だが、個人的な好き嫌いで善悪を判断するほど司令は子供でも無能でもない、彼の立案した作戦は理に叶っており、それにゴーサインを出したのは司令自身に他ならないのだ。

参謀へ向けていた視線を再び手元に戻し、もう何度も見返した部隊名を確認する。

国際連合安全保障理事会組織、統合参謀会議直轄対BETA特殊作戦部隊。

“ハイヴ・バスターズ”の名がどれほどのものか、お手並み拝見といこうか。

そして、作戦開始を知らせる言葉が参加全将兵へと向けて発せられた。

 

 

 

 

 

「彼らは一体何を考えているのかね?」

 

司令は、堅実で常識的な作戦を好むタイプの軍人だった。必要な時、必要な場所に、必要なだけの戦力を配置し、勝てるべくして勝つ。それが理想だ。

確かに欧州では負け戦ばかりであったが、それでも一定の成果は残してきている。

だが、支援部隊からAL弾が放たれた後、衛星からモニターされる戦術機部隊の動きは彼の常識の範囲外にあった。

彼が想定していた作戦は、戦術機部がBETA群からある程度の距離をとって砲撃してその目を惹きつけ、その距離を保ったまま支援砲撃座標へと誘導していくものだ。効率は悪いかもしれないが、損耗を可能な限り避けるためには仕方ない。

だが、この部隊は楔形よりも更に鋭角化した、槍型とでも言うべき隊形を取り、BETA群へと向けて吶喊しようとしている。

彼の目には自殺行為としか見えなかった。

臆病という評判は何処へ行ったのか? あの隊の指揮官は日本人と聞く。或いは、これが噂に聞くバンザイ・アタックなるものなのだろうか?

死にたがるのは勝手だが、部下を巻き込むような真似を許すわけにはいかない。

兵の無駄な消耗を避けるべく、突撃中止の命令を下そうと指揮官との間に回線を開こうとした司令だが、傍らに立つ参謀がそれを止める。

 

「何も問題ありません、全ては予定通りです。まあ見ていてください」

 

“ハイヴ・バスターズ”の名は伊達ではないことを証明してくれますよ。

そう言って微笑を浮かべる参謀。

この男を信ずるべきか。それともやはり自身の判断を信ずるべきか。迷ったのは一瞬だったが、その一瞬で事態は既に変化を見せていた。

 

「バスターズ、接敵します」

 

何という用兵の速さか。

オペレーターの声が、最早中止命令の間に合わないことを悟らせた。

思わず口汚く神を罵る言葉を吐きそうになるのをぐっと堪える。

よかろう、ことここに至っては最早流れに任せるしかない。

奴が醜態を演じた時は、他部隊にまで被害が及ばぬよう指揮を取らねばなるまい。或いは、作戦の中止も考えるべきか。

もしそうなったら、必ずや軍法会議に掛けてそれ相応の罰をくれてやる。

もっとも、生き残っていればの話ではあるが……。

 

 

 

 

 

「バスター1よりバスターズ、掃除の時間だ。蹂躙せよっ、俺に続けっ!」

 

勇ましい声と共に、槍の先頭がBETAの群れへと飛び込む。

一本の長剣を両手で握り、迎え撃たんと立ちはだかった要撃級を擦れ違いざまに2枚に下ろし、その横合いから飛びかかろうとしていた戦車級を、左足を支点に機体を半回転させ、右手に移した長剣でなぎ払う。

更にその背後から振り下ろされんとする要撃級の腕は、背面担架から居合いとばかりに抜き放った左手の長剣によって斬り落とされた。

それで終わりではない。死角からの攻撃を防ぐ為に回転を止めないその機動は、やがて2刀を構えた竜巻となって新たな獲物を求め荒れ狂う。その刃圏に入ったものは抗う術も無く、血で出来た花を次々に咲かせていった。

 

「バスター4よりバスター1。速すぎよ、ちょっと浮かれすぎじゃないかしら?」

 

呆れたような声は、わずかに遅れて付き従う僚機から掛けられた。

その口調とは裏腹に、2丁構えた突撃砲から放たれる弾丸は相棒の剣で処理しきれない敵の全てを撃ち倒していく。

まあ、気持ちもわからなくはないけどね。

諌める彼女自身、興奮を抑えきることが出来ないのだから。

それ程までに、この機体は素晴らしい。

 

彼等が駆るはF-16 ファイティング・ファルコン。

部隊設立から長きに渡って共に戦い、寿命が近づいていたタイガーⅡの代替機として配備されたのは、昨年実戦配備されたばかりの最新第2世代機だった。

名機として名高いF-14 トムキャット、F-15 イーグルはその高性能故に製造コストが高い。それを補う為に対策として生まれたのが「Hi-Low-Mix」構想であり、そのLowにあたる普及機である。

Hiにあたる機体に比して小型で軽量故に拡張性、兵器搭載量こそ乏しいが、各部に革新的技術を多く採用しており、総合力においてはイーグルと比べてもなんら劣るところはない。

むしろ、機動性、運動性に優れ、格闘戦能力が高いこの機体はまさに、彼等にとって現在最良の機体であるといえよう。

そう、彼等。黒須鞍馬とセリス、そして“ハイヴ・バスターズ”にとって。

 

バスターズの誇るツートップの後には、一糸乱れぬ陣形を組み、二人が打ち込んだ楔を広げんと他の隊員が続く。その指揮を執るのはラダビノッド少佐だ。

指揮官としての手腕は自分よりラダビノッドのほうが優れている。そう考えた鞍馬は、作戦行動中の部隊運用を彼に委ねた。

結果、自身はセリスと共に先陣を切ってBETAを屠ることに集中でき、隊全体の動きもより洗練されることとなった。

暴れまわる2機が囮となってBETAの目を惹き付け、そこに残る34機が槍となって突き刺さる。知らぬものが見れば常識外れとも取られる布陣であるが、その圧倒的な突破力は他の部隊の追随を許さず、目の当たりにした者を驚愕させた。

この戦いの総指揮を執る司令もまた例外ではない。

 

「……彼らは、一体何者なのだ……?」

「国連軍が誇る人類の剣、“ハイヴ・バスターズ”ですよ、司令」

 

呆然とする司令に、ニヤリと笑みを浮かべる参謀が答える。

モニターの中のバスターズは、ついに敵陣を完全に突破、その背へと槍を貫通させることに成功していた。

しかし、彼らはまだ止まらない。

 

「全機健在だな。よし、BETAどもがまだ足りないと言っている。お代わりを喰らわせてやれっ!」

 

槍は弧を描くようにその軌道を変化させると、BETA群の背後から再び突き刺さったのだ。

繰り返される蹂躙。

そして再び槍がその体を貫いた時、果たしてBETAにも混乱という感情はあるのか、攻撃対象を見失って右往左往するばかり、完全に統制を失ったかのように見えた。

 

「BETAどもの動きが止まったっ! 彼等の戦いぶりに応えろっ! 全砲門開けぇぇぇっ! 発射ぁぁぁっ!!」

 

砲撃部隊の指揮を執る指揮官の威勢の良い号令を受け、配備されていた各自走砲、MLRSからBETA群へと向けて金属と火炎の雨が降り注ぐ。

死を与える豪雨を打ち落とさんと放たれるレーザー属種からの光の矢も厚い雲に遮られ、十分な効果を発揮できてはいない。そして、その隙に眼前に現れた2本の刀を持つ死神の手によってその命を刈り取られていった。

 

「光線属種の殲滅を確認。攻撃ヘリ部隊が出撃します」

 

CPが作戦の最終段階に入ったことを告げる。

圧倒的優位を誇る上空からの砲撃に、BETAは自身の持つ最大の武器である、その数を瞬く間に減らされ、やがて戦場に動くものは何一つ存在しなくなった。

歓声が沸き上がる。

これほどまでの完全なる勝利は、一体いつ以来だろうか。或いは初めてのことなのかもしれない。

兵達は戦いの勝利を、互いの無事を、涙を流して喜びあい、勝利の立役者である“ハイヴ・バスターズ”の名を誇りをこめて連呼する。

自分達を称える声を耳にした鞍馬は、確かな達成感に拳を握り締め、満足気に頷いた。

 

 

 

 

 

“ハイヴ・バスターズ”は、84年を境に戦いの場をインド亜大陸へと移した。

任務内容は、各基地を巡り対BETA戦術の教導を執ること。及び、間引き等の大規模作戦への参加。

そして、BETA襲撃の際には戦線の弱いところへと投入される、いわゆる火消し部隊の役割を担って。

これらの戦いの中、彼らは臆病者という汚名を確実に返上していった。

彼らと共に戦えば、その戦いぶりを目の当たりにすれば、腰抜けと言う評価が如何に誤ったものであるか一目瞭然であったのだから。

 

統合参謀会議からの扱いも随分と変化したものだ。“ハイヴ・バスターズ”に敗戦の責任を押し付けるのではなく、敗北こそ続いているものの、国連軍はこれだけの成果を挙げているという主張に、徐々にではあるが変わっていっているのである。ファイティング・ファルコンへの乗り換えもその結果であろう。

そして、それを全世界へとアピールする為に、彼らを北欧からインド亜大陸方面へと移動させた。

鞍馬にとって喜ばしいことは、これが鞍馬からの意見具申によるものではなく、純粋に統合参謀会議よりの命令であるという点だ。

そう、腐敗の温床であった統合参謀会議は変わりつつある。国連軍の最高指揮組織としての役割を十全に果たすようになったのだ。

これは、「その方が議長の株も更に上がりますよ」というある新入りの意見と、いつの間にか会議内の空気がその方向に誘導されていったことによるという。

その新入りは統合参謀会議の一員でありながら各地の前線へと出向し、上層部と現場との橋渡し役を担っている。

 

奴もまた、戦っている。

その話を耳にした時、鞍馬は感謝のあまり涙を零しそうになった。

そして気付いた。

また、たった一人で人類を救おうと、出来もしないことで悩み続けていたことを。

 

「まったく、何度同じ間違いを繰り返すんだか、自分に呆れたよ。

 人類の意思をひとつにまとめることが目標だったはずなのに、いつの間にか自分一人で何とかしようとしていたなんてな」

「責任感が強いといえば聞こえはいいけどね、あなたの場合、単に抱え込みすぎなのよ」

 

戦勝の喜びにざわつく基地内、PXの一角に陣取り食事を共にするバスターズの面々に向けられる眼差しは尊敬の念に満ちていた。

今回の闘いの最大の功労者は間違いなく彼らである。

自分の役割を再認識した鞍馬は、北欧にいた頃とはうって変わった朗らかな笑みを浮かべるようになった。それに毒付くセリスもまた、嬉しそうに微笑む。

鞍馬が自分を取り戻したことで、どこか陰鬱な雰囲気の漂っていた隊内の空気もすっかり入れ替わった。

隊員皆、死と隣り合わせの日常にありながらも笑い合い、喜びを分かち合い、そして明日を目指して生きている。

組織の顔となる人間は、決して弱音を見せてはいけないのだと、鞍馬は身をもって思い知った。本当に、自分は人の上に立つ器ではないなと苦笑する。

 

「本当ですよ。ついて行く者の身にもなってくださいよね」

「でもまあ、うじうじ悩んでるのも隊長らしいって言うか」

「まー、いざとなったらセリス大尉がいれば大丈夫だし?」

 

セリスに続き、隊員たちが口々に鞍馬を弄ってくる。

言葉には棘を乗せて、心には温もりを乗せて。

その棘だけは抜き取って、残りを鞍馬は心のファイルに保存した。

まだまだやるべきことはある。一戦勝ったからといって、人類の劣勢が覆ったわけではない。

だが、今日くらいはゆっくりと休ませて貰おう。

匙を取り食事を口へと運ぶ。いまだに慣れない、独特の香辛料の効いた料理だが、それでも勝利の後の飯は格別に美味い。

この味を再び楽しめますように。この安らぎを護れますように。そして勝利を、平和を掴み取れますように。

この基地の人間が、この戦線の人間が、この世界の人間が、力をあわせれば、それはきっと出来ることだ。

そして、未来を。

 

鞍馬は、一人の人物を心に思い浮かべる。

それは正確なものではないかもしれない。なぜなら、鞍馬が知るその顔は、まだ赤ん坊のままなのだから。もう赤子ではなく、少年となっているはずだ。

蒼也。

君の育つ未来を、きっと平和なものにして見せる。

だから、もう少し待っていておくれ……。

 

 

 

 

 

翌日からは、またいつもどおりの慌しい日々が始まった。

いつまでも勝利の余韻に浸っているわけには行かない。

確かに昨日は勝ったが、人類全体の戦況は悪くなる一方であるのだから。

84年にイラク領アンバール及びソ連領ノギンスクに、85年にはハンガリー領ブダペストに、86年にはフランス領リヨンに、それぞれハイブの建設を人類は許した

ようは、負けっぱなしである。地球上のハイヴは12を数えるに至っているのだ。

インド亜大陸においても、アンバールから東進するBETAの対処で精一杯というのが現実である。とはいえ、この地を欧州の二の舞にはさせないと意気込む各国軍の戦意は高く、バスターズが施した教練の成果もあり、おそらく数年はこのまま持ちこたえてくれるに違いないと、鞍馬は考えている。

……もっとも、それは同時に人類勢力がBETAを駆逐できることはないであろうとの考えをも表しているのだが。

 

俺に出来ることはあるのか?

そう、暗い感情に引きずられそうになるのも幾度目か。

だがしかし、いい加減に同じ過ちを繰り返すのは止めにしよう。

俺は、俺に出来ることを、全力でやるだけのことだ。

後方においては戦いの中で培ってきたものを後進へと伝え、前線に立っては誰よりも勇敢に戦い人類の希望の火を灯す。

そう、人類は負けない。

自分でそう信じずにいて、誰にそれを信じさせることが出来るというのか。

 

だから、信じる。

彼を、彼女を、人類を愛するこの気持ちを。

俺の力で、人を幸せにすることが出来ると。

何処かの誰かの明日の為に血を流す勇気を、まだ持っていると。

そう、信じよう。

 

 

 

 

 

「直接顔を合わすのも久しぶりっスね。ずいぶんと、吹っ切れた顔をしていますよ。

 うじうじした顔も悪くはないスけど、隊長にはそっちの顔の方が似合ってますよ」

 

そう言ってウインクするのはかつて部下だった、今では階級こそ同じだが上官の立場にある男。

彼がいなくなり、随分と隣りが寂しくなったと感じる。

きっと、彼もまた同じであろう

 

「ああ、久しぶりだ。魑魅魍魎が跳梁跋扈する世界はどうだ、楽しめているか?」

「ええ、楽しすぎて胃に穴が開きそうっスよ」

「嘘おっしゃい。胃も心臓も毛が生えてるくせに」

「セリス大尉、酷いっスね。でもその言葉が堪らない……」

「そちらの世界にいると、何やら変わった属性が付随してくるようだな」

「……ラダビノッド少佐もお変わり無いようでなによりっス」

 

同時に噴出すように笑い声を上げる4人。

戦う場所は変わっても、確かに彼は戦友だった。

昔も、今も。

 

「それで、今回はどうしたんだ? 同窓会がしたかったって訳でもないだろう?」

「ええ。“ハイヴ・バスターズ”のインド亜大陸における教導もあらかた終了したと思いまスんで、新しい地に移動してもらおうと。これ、辞令っス」

 

懐から、一枚の紙を取り出し鞍馬へと手渡した。

その内容を一読した鞍馬の顔に、驚きと喜びが浮かぶ。

 

「かねてより国連が派兵を要請していたんスけど、こちらの戦況が悪化していくのを見て、ようやく重い腰を上げてくれました。常任理事国入りしたことで、これ以上ごねれなくなったってのもあるようスけどね。

 ……まあ、まだ本決まりではなくて、検討の段階スけど。

 将来のBETA侵攻に備えて、色々と準備を始めたようでもありますし、教導の要請が来てるんスよ。

 そこで、バスターズが赴いて、BETA大戦の現状を赤裸々に語ってきて欲しいという訳でして」

 

話が見えず不思議そうな顔をしているセリス。

鞍馬は説明しようとして……いや、見せた方が早いと手にした辞令を彼女に渡す。

 

「ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントっス。人生、たまには休まないと過労死しますよ。いやほんと」

 

辞令を持った手が震える。視界がぼやけてくる。足に力が入らない。

そこには、“ハイヴ・バスターズ”に日本帝国へと赴き、帝国軍への対BETA戦術の教導を施すようにとの指示が書かれていた。

 

 

会える……生きて、再び蒼也と会える。

1979年に帝都を発って以来、二人は一度も日本へと帰っていなかった。

戦況がそれを許さなかったのはもちろん。だがそれ以上になにより、会わす顔が無かった。

鞍馬を死なせない為とはいえ、自分は蒼也を捨てたのだ。

そのことを後悔はしていないはず。でも、だからといって我が子を想わない日など無かった。

あれから8年。蒼也も、もう9歳になっている。

会いたい。

罵られてもいい、ひと目でも、会いたい。

 

「……ありがとう。最高のプレゼントよ」

 

会いに行こう。

母親の資格などありはしないかもしれない。

けれど、後悔しない為に。

悔いなく最後の日まで戦い続ける為に。

 

鞍馬が不敵な笑みを浮かべ、無言で拳を彼へと向ける。彼もまた同じく拳を握り、それにゴツンとぶつけて返した。

二人にはそれで十分だった。

 

「……美しいものだな。女性の心からの涙というものは」

 

ラダビノッドがなにやら場違いな言葉を呟く。

それに反応し、変わらない軽口を叩いてみせる彼。

 

「何言ってんスか、少佐。セリス大尉は、いつだって美しいっスよ。

 でも、彼女は自分が先に目をつけたんスからね」

「……彼女は大佐の妻であろうが」

 

いつかもこんなやり取りをしたような。

ああ、それは言わないでと笑う彼が、拳を差し出してきた。

ラダビノッドもまた自然と浮かぶ笑みをそのままに、それに応える。

 

本当に、良い仲間を持った。

この場にいる3人、そして他のバスターズの面々も。

彼らに出会えたことに感謝を。

そして、鞍馬は東の空を見上げる。

雲ひとつ無い星空に、顔も知らぬはずの我が子の姿が見えた気がした。

 

 

 


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