あなたが生きた物語   作:河里静那

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12話

 

「副長、ごぶさたっス。相変わらず綺麗スね。とても子持ちには見えませんよ」

「この隊の副長はラダビノッド大尉ですよ。それに、今は貴方の方が上官です、大尉殿。あまりおふざけにならないでください」

「いやいや、セリス副長にぞんざいな扱いなんて出来ませんて。作戦中訓練中はちゃんとやりますんで、オフの時は勘弁してくださいっス」

「もう……仕方ないわねえ」

「……こら、お前、セリスにばかりで俺に挨拶は無しかよ」

「あ、隊長いたんスか。今、副長口説いてるんで、修正だったら後でも良いスか?」

「お前は相変わらず……決めた。お前のTACネーム、今日からオチムシャな。お前何ざ、それで十分だ」

「あ、ひでぇ。ってか、それは隊長の……」

「あら? 私の愛しい旦那様に、何か?」

「……いえ、何でもないっス……」

 

 

 

 

 

1979年、10月。

ニューヨーク、“ハイヴ・バスターズ”戦術機格納庫。

 

「人類は、危機に瀕している」

 

国連ブルーに彩られた36機の真新しいタイガーⅡ。

その前に整列する、衛士強化装備に身を包んだ隊員へと向け、鞍馬より言葉がかけられる。

今日、ついに“ハイヴ・バスターズ”の発足式が行なわれる運びとなった。

隊長の辞令を受けてより約半年、やっと、ここまでこぎつけた。

沸き上がる感動に目頭が熱くなるが、今涙を流すわけには行かない。目の前には部下達が並んでいるのだ。耐えろ、鞍馬。

 

「地球を侵すBETAの暴虐に、ただ敗北を重ねる日々。

 諸君等も、辛い思いを、悲しい思いを、悔しい思いをしてきたことだろう」

 

しかし、長い道のりだった。

戦術機選定から始まり、衛士や整備士、CPに事務官等といった運営に関わる人員の選別、彼等の原隊との折衝、拠点となるハンガーの確保、戦術機やその装備、補修品等の発注、納品される品々の管理、それらに伴う各部署や開発元との交渉、他にも細かい仕事があれもこれもそれも。

あまりの忙しさに目どころか、体全体が回る日々。

再訓練を終えて合流したセリスは、鞍馬の目の下に浮かぶ隈を見て、「前線にいた頃の方がまだ良い顔をしていたわね」と同情したものだ。

事務処理に秀でた彼女とラダビノッドの手助けが無ければ、本気で途中で投げ出していたかもしれない。

俺の本分は衛士のはずなのに。

何故、ここまで俺がやらなくてはならないんだ

……やっぱり、貧乏くじを引かされた。

そんなやり場の無い怒りと苦しみを抱えながら過ごす日々に、ようやく報われる時が来たのだ。

あ、まずい。本当に涙が零れそう。

 

「だが、ついにこの日が。

 我々、人類の尖兵がついに立つ時が来たのだ」

 

上を見上げ、瞳を堅く瞑り、堪える。

隊員達には発足の喜びを噛み締めているように見えるだろう、多分。

発足の喜びを噛み締めている……それに間違いは無いのだが。

セリスが少し呆れた顔で見ているのが分かる。彼女には全てお見通しか。

さて、少し取り乱してしまった。いい加減頭を切り替えねば。

 

「私は、かつて考えた。

 BETAの暴虐に対抗する為には、全人類が一つにならなければならないと。

 足を引き合うことをやめ、協力し合わなければならないと。

 今、その願いを叶えよう。

 我々が、その旗頭となり、人類を勝利へと導くのだ」

 

それに、これで終わりではない。

新しい機体への慣熟訓練や、隊員同士の連携訓練。それらに評定を下し、正式なポジションの決定。

他にも、まだまだやらなくてはならないことは山程ある。

発足したとはいっても、実際に稼動が可能になるのは来年になってからになるだろう。

 

「諸君、右手に剣を取れ。闇の時代を切り裂く剣を。

 その左手に盾を持て。牙無き者を護る盾を。

 立ち上がれ、戦士達よ。千の覚悟を身にまとい、雄々しく羽ばたくのだ」

 

だが、今ここに立ち並ぶ者達は、まさに人類の力の結晶。

必ずや、BETAどもに一矢報い、人類の反撃の狼煙を上げることが出来よう。

そう……人類は、負けない。俺が、いるから。俺達が、いるから。

パレオロゴス作戦での誓いを、決意を、形にすることが出来たのだ。

 

「しかしながら、知っての通り、BETAとの戦いは決して甘いものではない。

 ここに居並ぶ者の中から、傷つく者、力尽きる者が出るのは避けられないことだろう。

 しかし、諸君等の挺身は決して無駄にはならない。

 必ずや、明日の平和への礎となり、時を越えその名を胸に刻まれることになるのだ」

 

隊員達の瞳に光が灯る。握る拳に力が込められる。

死が怖くないわけでは決して無い。

だが、彼等とて、この隊に呼ばれたことを誇りに思い、人類の為に戦えることを喜びに思っているのだ。

 

「最後に、これだけは覚えていて欲しい。

 諸君等は、BETAを倒すことを目的としているわけではないことを。

 それは手段でしかない。

 我々の目的は、人類を護ることだ。

 BETAへの憎しみに取り付かれて、戦いに喜びを感じてしまってはいけない。

 最後まで、最後のその瞬間まで、人としての尊厳は無くさないでいて欲しい。

 以上だ」

 

「総員、敬礼っ!」

 

ラダビノッド副長の号令に、全員が一糸乱れぬ敬礼を施す。

注がれる視線を受け止め、鞍馬は大きく頷いた。

と、その様子ががらりと変化する。

先ほどまでの威厳ある顔は何処へ行ったものか、にやりとした笑みを浮かべ、楽し気にこう言ったのだ。

 

「さて、らしくもない堅い話はこれで終わり。

 ここからはレクリエーションの時間だ」

 

豹変した大隊長の表情と口調に、鞍馬のことを良く知らぬ隊員たちが戸惑いの仕草を見せる。

セリスをはじめとした、東欧戦線からの付き合いのある小隊長達は、やっぱり来たかと苦笑い。

 

「顔を見知った相手がいる者達もいるだろうが、大半は初対面の者達ばかりだろう。

 これから同じ釜の飯を食う仲間だ。早めに打ち解けておいた方がいい。

 俺の生まれた国では、相手のことを手っ取り早く知るためには、剣を交えることが良いとされている」

 

そして不適に笑って言い放った。

 

「さあ、シミュレータールームへ行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

実際のところ、まだ20代であろう若い中佐に不審の念を抱いていた者達も多かった。

東欧戦線から招聘された者達の中には「国連の侍」の名を耳にしたことがある者もいたが、それでも実際に共に戦ったことがあるのはラダビノッドを除いた7人の小隊長とセリスだけだ。

故に、鞍馬のこの台詞には全員が一斉に手を挙げることになった。

 

「エレメント毎に組んでの勝負と行くか。

 俺はセリス中尉と組むが……俺達と戦いたい奴はいるか?」

 

初対面の者達は、鞍馬の実力を計るために。

旧知の者達は、久しぶりに会う隊長に胸を借りるつもりで。

更に、鞍馬がこんなことを言い出したものだから、隊員達のやる気が鰻登りに。

 

「よし、俺を含む中隊長組に勝った奴には、負けた隊長から天然物の酒でも奢ろうか」

「……面白い、承知した」

「うげっ、本気っスか。勘弁してくださいよ」

 

不適に笑うラダビノッドと情けない顔のオチムシャとが、随分と対照的だった。

 

 

 

 

 

仮想空間上の街並みの中を、タイガーⅡが疾駆する。

機体を駆るはインド亜大陸にて腕を磨いていた衛士。まだ若いながら数度の実戦にてその才能を見込まれ、将来を期待されている者だ。

彼は視線を動かし、右後方に僚機が着いてきているのを確認する。

即席のエレメントだが、こちらと一定の距離を保ち、如何なる状況にも対応できるようにしている様子に頼りがいを感じる。

彼女のことはまだ良く知らない。

だが、ここまでの動きを見る限り、また欧州で戦っていたと言う言葉からも、能力面に問題はなさそうだ。

その他に関しては……ゆっくりと知っていくことにしよう。彼好みの美人だが、随分と性格がキツそうだ。

ここで良い所を見せておけば、今後に色々と期待が持てるかな?

そんなことをふと考えた時、前方30m程の距離に突如として敵機が現れた。

 

待ち伏せっ!?

こちらの反応できないうちに蜂の巣にされるのを覚悟するが、良く良く見れば相手は突撃砲を構えていない。右手に長刀を持つのみだ。

典型的な遭遇戦といえた。

タイガーⅡは優秀な機体だが、電子装備に弱い面がある。レーダーの効果範囲が随分と狭いのだ。

優秀な運動性と量産性を両立させた結果、その辺りの装備が安価なものとなっているのがその原因である。

もっとも、対BETA戦においてはレーダーはさほど重要視されない。

地中からの侵攻を感知するための振動センサーは必要だが、地上を移動するBETAは衛星からの監視情報でその位置が丸分かりであり、CPとの連携さえしっかりとしていれば自機で確認する必要が無いのである。

よって、入り組んだ都市部における対戦術機戦においては、このような鉢合わせの状況がまま生まれることになるのであるが……それにしても長剣しか装備していないというのは如何なる理由からだろうか?

相手は隊長機。鞍馬隊長は近接戦に秀でているとは聞いているが……はっきり言って、なめられているとしか思えない。

心の奥より怒りが湧き起こる。だが、彼はそれに流されるような新米衛士ではない。

相手の意図がどうであれ、自分は自分の戦いをするだけのこと。

冷静に頭を切り替え、手にした突撃砲から牽制の弾をばら撒くと……撃墜されていた。

 

「胸部に致命的損傷、大破」

「……はっ?」

 

思わず間抜けな言葉が漏れる。

CPより伝えられる状況が信じられない。

今、一体何が起きた?

まるで自分だけ時間が消し飛んだかのよう。何をされたのか、何故撃墜判定が下されているのか、彼はまったく把握できていなかった。

 

「あれ、喰らう方は見えないんだよなあ」

「まったく、俺も何度撃墜されたことか。それにしても、前より早くなってねえか?」

 

モニタールームでは小隊長達がそう笑いあっているが、それ以外の隊員達の表情は驚愕に彩られていた。

何なのだ、あの動きは?

モニター越しに引いた位置から見ていたから何が起きたかが分かるものの、もし自分が相対していたら同じ運命をたどったことであろう。

それは怖れにも似た確信であった。

鞍馬は相手の機体の挙動、銃身の動きから36mmが放たれる瞬間を正確に悟る。

そしてその寸前に右足を引いて半身となり、そのまま止まらずに回転しつつ腰を落として射撃を躱し、さらにその勢いのまま一歩踏み込み、胴を横に薙いだのだ。

後回し斬りとでも言おうか、回避、移動、攻撃が一体となった雷光のごとき神業。

技の名を“月影”という。

月詠瑞俊より教えを受けた、相手の視界とその意識から剣を隠し放つ、見えない斬撃。鞍馬の十八番である。

言ってしまえばフェイント技なのだが、剣技というものに縁のない人間からしてみれば、まさに魔法のような印象を与えた。

 

通常の衛士は、剣を武器と捉える。

衛士養成校でその使い方を学んではいるが、あくまでもBETAを倒す為の手段の一つであり、それのみを追求して鍛えるといったことはあまりしない。

敵へと肉薄し、振り上げ、振り下ろし、離脱する。それぞれの動作が一体化してはおらず、それだけに隙も大きい。

アメリカ製の戦術機には基本的に長刀が装備されていないのも、取り回しの容易な短刀を好む衛士が多いのもこの理由からだ。

BETAの群れに対して近接戦が必須とは言っても、その技術はまだまだ発展の途上といえるのかもしれない。

対して鞍馬の場合、刀は己の魂であり、体の一部である。

更には、戦術機に幼少の頃より学んだ剣の動きを体現させるよう、只管に研鑽を積んできた。

その差が、この結果である。

 

この距離はまずい。

僚機の撃破された様子を、一歩引いた場所から見ていた彼女はそれを悟る。

とにかく、距離をとらなくては。

焦る心のままに跳躍ユニットを全開にし、その場の入り組んだ地形から脱出しようと飛び上がった時……開けた視界の中にセリス機が突撃砲を構えているのを見てしまった。

 

「胸部に致命的損傷、大破」

 

セリスはこの一連の流れを最初から予測していた。

ならば、自分は物陰に隠れ、敵が自ら遮蔽を捨てて罠の中に飛び込んでくるのをじっと待つだけのことだ。

状況が始まってから、ここまでおよそ2分。

鞍馬等の戦いを始めて目の当たりにする者達は、背中に冷たい汗が流れるのを止めることが出来なかった。

 

 

 

鞍馬等が次々にエレメントを撃破していく中、健闘を見せたのは大隊副隊長たるラダビノッドであった。

彼は鞍馬に対しての近接戦を避け、間合いを取って射撃のみで仕留めようとしたのである。

鞍馬の射撃の腕は、実のところ並よりは上といった程度だ。

実際、この戦術は有効といえるであろう。

その為に邪魔なのは、鞍馬のエレメントを勤めるセリスの存在である。なによりも先に、彼女を排除せねば。

彼の作戦はこうだ。

まずは2機連携を崩さず鞍馬へと向かい、セリスに挟撃を誘う。

鞍馬等に挟まれる形となったとき、急速反転してセリスへと襲い掛かり、一時的な2対1の状況を作り上げる。

そして全力射撃でセリスを仕留め、後はゆっくりと鞍馬を料理すれば良い。

鞍馬はどうやらこの戦いでは長刀以外を使う気が無いらしい。力を見せ付けるつもりなのかもしれないが、それを利用させてもらおうではないか。

この作戦は途中まで、セリスに2機で襲い掛かるところまでは上手くいった。

しかしそこまで。

ある時は射撃の寸前に移動されてタイミングを外され、ある時は遮蔽物を巧みに利用され、更には射線に自軍の一機を誘導され射撃を封じられ……ついに仕留めきることが出来ず、鞍馬の参戦を許してしまった。

そして、それまでのエレメントと同じ結果を辿ることとなったのである。

 

 

 

ここに至って、その事実に気がついた者達がいた。

 

「なあ……あの副官、何者だ?」

「あ、あたしも気になってた」

 

そう、鞍馬の派手な剣舞に隠れがちだが、セリスの機動もまた尋常のものではない。

動作の合間に発生するはずの硬直が極端に短く、最小限の射撃で最大限の効果を上げ、広い視界で敵の動きを捉え思い通りに操る。

その動きの全てに、とにかく無駄が無い。戦術機の持つ能力を最大限にまで引き出している。

それもそのはず、セリスは元アメリカ軍テストパイロット。

その戦術機適正からF-4 ファントムの開発担当に抜擢された内の一人だったのである。

ファントムは人類史上初の戦術機である。そのテストパイロットであったということはつまり、人類の中でもっとも長い時間──出産に際してのブランクはあるが──戦術機に乗っているという事実を示していた。

そして、それを実戦、人類の最前線で磨き続けてきたのである。

この場にいる者が全国連軍から選抜された精鋭揃いとはいえ、その熟練度に大きな差があるのも、むべなるかな。

機動の正確性に関してならば、鞍馬をすら遥かに上回るであろう。彼の戦術はセリスの援護があって始めて成立するものでもあるのだ。

事実、セリスが予備役となっている間、鞍馬は戦術機4機、小隊での運用という原則を決して崩そうとはしなかった。その背中を任せるのに、セリスの代わりに3機を必要としたのである。

セリスと旧知の間柄の者からそれらを、何故か自慢げに説明された隊員は、思わず声を上げてしまったものである。

 

「何でそんな人がこんな所にいるのよー!」

 

こんな所とは酷い言い草だが、その疑問ももっともだ。

本来、セリスは国連軍に所属していて良い人間ではない。

多数の機密に触れるテストパイロットという立場上、本人が希望したとしても除隊は許されないか、もし許されたとしても当局の監視が付く立場となるはずであった。

だが、運命の悪戯が彼女を導くこととなる。

ファントムの需要に対し供給がまったく追いつかず、他国をBETAの防波堤と位置付ける国防上の立場から、アメリカは断腸の思いで各国にファントムのライセンス生産を許したのだ。

結果、彼女の知る機密は、機密ではなくなった。

 

歴史にもしは禁物ではあるが……

もし、アメリカが個人の自由を尊重する国ではなかったら。

もし、ファントムの量産が間に合ったら。

もし、ファントムのライセンス生産をアメリカが各国に許さなかったら。

もし、F-5の生産がもう少し早かったら。

もし、テストパイロットとしての任務に空白が開き、教導官として日本へ派遣されなかったら。

もし……鞍馬と出会わなかったら。

彼女はおそらく、今もテストパイロットとして新たな戦術機──おそらくはF-15 イーグル──の開発に携わっていたに違いない。

 

「……勝てるわけ、ないんじゃない?」

 

隊員たちが虚ろな目で顔を見合わせ、乾いた笑い声を上げるのも仕方の無いことであったろう。

 

 

 

隊員の半ばが戦意を喪失する中、意外──といっては失礼だが──な事に最も善戦したのが、C中隊を率いる中隊長、TACネーム“オチムシャ”であった。

彼はセリスのことを良く知っていた。鞍馬に至っては、2機連携を勤めていた時期もある。

つまりは二人の癖を知りぬいた人物。

彼はセリスと鞍馬を結ぶ線上に自身らを配置し、鞍馬の機体を盾とすることでセリスを封じたのだ。

セリスがラダビノッド戦で使った回避の技を常時行なうという、無謀ともいえる策である。

本来、このようなことは神懸り的な先読みが無ければ成し得ない事である。

二人と共に死線を潜り抜け、生も死も分かち合ったオチムシャなればこそ、可能な芸当であった。

 

しかし、それも長くは持たないであろう。

如何に迅速に鞍馬を沈めることが出来るか、それが勝利の鍵であった。

鞍馬の射撃が今ひとつであるように、セリスの近接もまた同じ。

ならば、全ての弾丸を鞍馬に使ってしまっても構わない。

形振り構わないとも見える、その豪雨のごとき弾幕を……しかし、その全てを鞍馬は見事躱し切った。

 

「……嘘でしょ、隊長。どんだけ化け物っスか」

 

オチムシャが二人の癖を知り抜いているように、鞍馬もまた彼の癖を知りぬいていたのだ。

更には、偽の左腕を我が物とするための訓練の日々。そしてそこから生まれた先読みの能力。

今の鞍馬には、数瞬先の未来を予測することが出来るかのような、異能ともいえる力が備わっていた。

右に、左に、流れるような動きで舞い踊る。

無骨な戦いのための道具に過ぎない戦術機。だが、その動きには確かな美が感じられた。

思わず、見蕩れる。

モニタールームから見やる隊員達も──そして、オチムシャもまた。

 

しまった。

思った時にはもう遅い。

視界からセリス機の姿が消えていた。

僚機に乱数回避の指示を出そうとするも、目を向けたときにはその管制ユニットが既に打ち抜かれていた。

射撃元を探ると、ビルの屋上に片膝を着いて狙撃の姿勢をとるセリス機。そこからの撃ち下ろしなら、鞍馬機が射線に入ることは無い。

己から注意が逸れた一瞬の隙を付いてビルの裏側に回り、噴射跳躍で飛び上がって狙撃ポイントへと辿り着いたのである。

 

「……ここで、勝負有りにしてもいいんスけどね」

 

大きく溜息をつくオチムシャ。

諦めたかのように、手にした突撃砲を投げ捨てる。

だが、その瞳より力強い輝きが消えていないのは何故か。

しかし、その言葉とは裏腹に右手に長刀を構えるのは何故か。

彼もまた、激戦を生き抜いたつわもの。戦いの中、勝利を諦めることなど出来様はずも無かった。

 

「隊長! お覚悟!」

「来いッ!」

 

雄たけびとともに駆け寄る2機。擦れ違い様に一撃を交し合う。

オチムシャが歩みを止めた時、その視界に切断され舞い上がった鞍馬の左腕が写り……そしてそれが地に落ちるのと同時、腰より断たれた彼の上半身がゆっくりと崩れていった。

 

 

 

 

 

「おまえ、よりにもよって左腕を狙うなんて、やっぱり俺のこと貶めるのが好きだな」

「偶然っスよ、偶然。隊長が避けた結果じゃないスか」

 

鞍馬の言うレクリエーションが終わり、今はPXで大隊全員が食事を取っている。

馴染みから弄られている今の隊長を見ると、先程まで戦っていた相手だとは到底信じられない。

朝の演説の時もそうだったが、なんとも落差が大きい。

いったいどちらが本当の隊長なのか。だが、そんな姿が不思議と頼りになりそうだと感じてしまう。

それにしても、先程までの鬼気迫る隊長は本当に凄まじかった。

 

結局、今回の戦いは鞍馬とセリスが見事17連勝を飾った。

この結果と、そしてその強烈な戦いぶりは、隊員達に鞍馬に対する強固な信頼を植えつけることになる。

この部隊にいる限り、楽な戦いなど決して無いであろう。

実戦に赴く度、常に死の瀬戸際で過ごすことになるだろう。

しかし、この人の下でなら、この人達と一緒なら、なんとか戦っていけそうだ。

それに……。

 

渋い顔で責める鞍馬に、彼を弄って遊ぶオチムシャ。

それを見て楽しげに笑う小隊長達。

自身も笑いながらも、控えめに諌めるセリス。

次は負けぬと呟くラダビノッド。

それらにつられて、他の隊員達にも次第に笑顔が浮かんでくる。

ああ、間違いない。

この部隊は、きっと良い隊になる。

神経を、魂をすり減らすような日常でも、彼らとならきっと戦い抜いていける。

戦おう、人類の為に。この素晴らしい仲間達の為に。

そして鞍馬もまた、同様の思いを抱いていた。

ああ、こいつ等となら……。

 

 

 

 

 

しかし、鞍馬自身が語ったように、BETAとの戦いは決して甘いものではない。

人類の剣“ハイヴ・バスターズ”。

彼等の能力も、その志も、紛れもなく人類の粋を集めたものである。

だが、それでも尚。

彼等の行く手は苦難に彩られ……ついに勝利の2文字をその手に掴むこと、あたわなかったのである。

 

 

 


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