あなたが生きた物語   作:河里静那

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11話

 

「鞍馬おじちゃん、遊ぼうよー」

「蒼也とばっかりでずるいよー」

「ははっ、ごめんごめん。それじゃ、蒼也もお昼寝しちゃったし、少し遊ぼうか」

「かくれんぼがいい!」

「あたし鬼ごっこ!」

「それじゃあ……缶蹴りだな。かくれんぼしながら鬼ごっこが出来るぞ」

『それがいいー!!』

 

「二人とも、ひとつ、おじさんからのお願いを聞いてくれないかな」

『何ー?』

「もうすぐ、おじさんはまた出かけなくてはいけないんだ。しばらくは帰ってこれないと思う」

「えー」

「いやだー」

「大事なお仕事なんだ、我慢してくれ」

『……はーい……』

「良い子だ。それでな、俺がいない間、二人とも、蒼也のお姉ちゃんになってくれないかな」

「なるー! 真耶、お姉ちゃんだよ!」

「真那もなる!」

「二人とも、ありがとう。よろしく頼んだぞ」

『はーい!!』

 

 

 

 

 

1979年、5月。

帝都、月詠邸。

 

残りわずかとなる帝都での日々。

鞍馬はその時間を可能な限りセリスと蒼也と、3人で過ごすよう決めた。

川の字となって同じ布団で眠り、蒼也の食事は手ずから食べさせ、それが終わると手遊び積み木遊び。

どうやら、蒼也は屋外で体を動かすよりも、部屋の中で絵を画いたり本を読んだりすることのほうが好きなようだ。

真耶、真那の影響なのかとも思ったが、実際のところ、あの二人は下手な男の子以上に活発である。

晴れた日には外を駆け回り、雨の日までも庭に飛び出し。

木登り、鬼ごっこ、かくれんぼ。

縄跳び、缶蹴り、何でもござれ。

毎日毎日、服を泥だらけにしては母に叱られている。

ならばもって生まれた個性か。

どこかに自分と同じように剣を学んで欲しいという望みはあるが、無理強いすることは出来まい。父親らしいことなどろくに出来ないというのに、生き方に口を出せようはずもない。

それに、例え望んだとしても蒼也は斯衛にはなれないのだ。にもかかわらず剣を学ばせるのは酷というものか。

 

ちなみに、真耶と真那は瑞俊より剣の手ほどきを受け始めている。

体を動かすのが大好きな二人とも、早くものめり込みつつあるようだ。

二人とも筋が良い、将来の斯衛の若獅子となること間違いないとは無論、眦を下げた瑞俊の弁である。

 

鞍馬は考える。

自分に出来ることは、誇り高く、後悔無く生き、その背中を見せることのみ。その上で、蒼也が自分で選んだ生き方を祝福してやろう。

とはいえ、もし自分の背を追って戦術機乗りになりたがったとしたら。

出来得るなら、ささやかでも穏やかな一生を過ごして欲しいと思う。地上の地獄を目の当たりにはせずにいて欲しいと願う。

随分と勝手なことばかり考えているものだ。でもまあ、親というものはそういうものか……

思い悩む鞍馬より蒼也の将来について相談されたセリスは、こう一言切って捨てた。

 

「まだ、蒼也は一歳よ」

 

母は強し、である。

 

 

 

 

 

「鞍馬さん、国連からお手紙が届いていますよ」

 

ある朝、雪江がそう言って一通の封書を届けてきた。

内容は分かりきっている。ついに戦場へと帰る時がやってきたのだ。

それはこの家に暮らす皆と、蒼也との別れを示していた。

8ヶ月。随分と長居をしてしまった。だが、これでまた戦える……

はっと気付いて頭を振る。暗い感情に引きずられそうになっていた。違うだろ、俺はBETAを倒しに行くんじゃない。人類を護りに行くんだ。

その手をセリスがしっかりと握り締めてくる。

 

「大丈夫だ。君がいる限り、俺は死に急ぐような真似は決してしない。

 ……後を追われては堪らないからな」

 

痛っ。

抓られた。

頬を膨らますセリスに、ごめんごめんと笑いかける。

ああ、大丈夫だ。セリスがいてくれる限り、俺は死なない。

生きているということは、それだけでこれほどにも素晴らしいことなのだ。それを教えてくれた、彼女を悲しませるような真似が出来るものか。

 

「……あのー、姉さん、ちょっと寂しいんですけど……」

 

見詰め合い自分達の世界に浸る二人に、控えめな抗議の声。

ごめんなさいっ! と、セリスの顔が羞恥に染まる。

鞍馬は動じない。国連軍軍人はこの程度でうろたえない。

耳が真っ赤になっているのは見逃して欲しい。

鞍馬はひとつ、わざとらしい咳をすると、雪江の目をしっかりと見つめゆっくりと頭を下げた。

 

「雪江姉さん、今までありがとうございました。

 蒼也を、よろしく頼みます」

 

今生の別れじゃないんだからよしてよね、そう笑う雪江。

心の内では悲しみにくれているだろうに、それをおくびにも出さない。

強い人。私も見習わなくては。

セリスは思う。

母として、妻として、女として、この人からは色々なことを教わった。私に出来る恩返しといえば……

姉さん──そう、呼ばせてください──、鞍馬は私が必ず護ります。

涙の別れにはしたくなかった。

だから、そう、声には出さず誓いをたてた。

 

 

 

 

 

自室に戻り、封書を前にしばし考える。

中には新しい配属先がかかれているはずだ。おそらく、大隊を任されることになるだろう。

セリスはこれより三ヶ月間の再訓練に赴く。訓練完了の後には自隊に呼べるよう手配をしておかなくては。

少佐ともなると、部下に対するある程度の人事権は持ち合わせている。その程度の公私混同は許してもらおう。

 

任地は何処になるだろうか?

やはり欧州か。彼の地の状況は混沌としている。

昨年末、自国領スルグートに7番目となるハイヴの建設を許してしまったソ連は国家体制の崩壊を恐れ、その基幹機能をアラスカへと移転させることを計画しているらしい。

これは国家上層部の事実上の逃亡であるとされ、ソ連を構成する各邦国やワルシャワ条約機構各国との軋轢が増していた。

移転が現実となれば、盟主ソ連よりの経済的、軍事的援助が滞り、欧州に取り残される形となるワルシャワ条約機構各国には崩壊の危機が訪れるだろう。

その為、新たなる盟主として東ドイツを担ぎ、西側諸国に歩み寄る動きもあるという。

彼等は鞍馬にとって初陣より肩を並べた戦友だ。出来得ることなら力を貸したい気持ちが強い。

北欧戦線もまた決して油断の出来る状況には無く、人類の最前線は未だ欧州にあった。

 

インド亜大陸方面の可能性もある。

喀什から南下するBETAは長大なヒマラヤ山脈に阻まれ、未だこの地は深刻な局面に晒されていないとはいえ、散発的な侵攻は常に起きているのだ。

欧州が陥落するようなことが無い限りこの方面へのBETA侵攻が本格化することは無いだろうというのが一般的な予測ではあるが、誰一人としてBETAの思考など分かる者などおらず、その行動の根拠を示せない以上、これは楽観的、希望的予測であると言わざるを得ない。

その為、今のうちから軍備の増強を図ろうとする動きがあってもなんら不思議は無い。

 

不思議と、喀什から東進するBETAには勢いが無い。

これもまた理由は不明であるのだが、東進が起きた際に真っ先に標的となることになる中国は原状を楽観視している節が見受けられ、侵攻に備えるよう忠告する国連上層部やアジア各国と諍いが絶えないようだ。

もしこの方面に派遣されるようなことがあれば、BETAとの戦い以外の場所で神経をすり減らすことになりそうだ。日本に近いというのは嬉しいが、正直御免被りたいところである。

 

さて、いつまでもこうしていても仕方が無い。

そろそろ中身を確認することにしようか。

期待と不安とが入り混じりながら書面を確認した鞍馬とセリスは、その予想外の内容に顔を顰めることとなった。

 

 

 

 

 

1979年、6月。

ニューヨーク。

 

何故、俺はここにいるのだろう。

飛行機を降りた後、出迎えに来ていた車の中、鞍馬は苦悩する。

国連からの書類に書かれていた内容は、アメリカはニューヨークに存在する国連軍本部への出頭命令であった。

まさか、後方勤務が割り当てられるとは……。

上層部は、左腕を擬似生体とした衛士に前線勤務は任せられないと判断したのだろうか。

隊長職に事務仕事は付き物であり、鞍馬とて決して苦手としているわけではないが、やはり落胆を隠し切れない。

せめて、事務方ではなく、教官職として戦いに関われることを願おう。

心残りはあるが、セリスと蒼也のことを考えればそれで良かったのかもしれない。

それともいっそ、国連軍を除隊して欧州連合軍へと任官を求めようか。

……いや、とりあえず命令を受領しに行こう。身の振り方を考えるのはそれから、セリスと相談してからでも遅くは無い……

 

思考の迷路に陥りかけた意識が、車が停まる感覚で現実へと引き戻される。どうやら、本部ビルに到着したようだ。

運転手に礼を言って車を降りた鞍馬は、小さく溜息をつくと歩みを進めた。

 

 

 

本部受付にて来訪を告げた鞍馬は、案内された先が何処であるかを知って驚愕に見舞われた。

何が何だか一体分からない。

何故、俺はここにいるのだろう。

この本部内の何処かに勤務するのだと、その部署へと案内されるとばかり思っていたのだが。

そこは、国連安保理事会の組織である統合参謀会議、その議長の執務室であった。

全国連軍の総司令官の元へと呼ばれたのである。

俺、何か問題でも起こしたかな……

誰しも、思い当たる節も無く自分より随分立場の上の人間に呼び出されると、どうしても悪い方へと考えが及んでしまうものである。不意打ちならなおさらだ。

それは鞍馬とて例外ではない。

ある意味、初陣以上に緊張しつつ扉をノックし、許可を得て入室する。

 

「黒須鞍馬少佐、出頭いたしました!」

 

執務中であったのだろう、デスクにてなにやら書き留めていた初老の男が立ち上がり、にこやかに出迎えた。

襟には元帥の階級章。間違いない、この方が国連軍最高司令官たる参謀会議長だ。

 

「待っていたよ、黒須君。そう堅くならないで欲しい。

 今、君は自分の置かれている状況が良く分かってはいないだろうが、君にも決して悪い話ではない。安心して欲しい」

 

どうだろう?

大変失礼な話だとは思うが、無条件に信用は出来ない。完全な軍務の範囲に携わる人間の言葉ならまだしも、参謀会議長ともなるとある意味政治家と同じだ。

そして、政治家の言葉ほど額面通りに信ずることが出来ないものは無い。

おそらくこれは万国共通の認識だろう。

 

「まずは、これを読んでくれたまえ」

 

そう言って、議長は一枚の辞令を机から取りあえげ、鞍馬に手渡す。

それを読んだ鞍馬の顔が驚きに彩られる。

 

「中佐……で、ありますか……」

 

そこには、本日付で鞍馬を中佐へと昇進させる旨がかかれていた。

どういうことだ? 負傷療養前に少佐になったばかりで、当然それから軍功等何もあげてはいないというのに。

戸惑いを隠せない鞍馬に、議長が畳み込む。

 

「これはある種、こちらの都合によるものだ。将来、君には大佐にまでなってもらう必要があるかもしれないのでね」

 

大佐だと? 連隊長だぞ、大佐は。

将来連隊を率いる可能性があるということか……。

一体、何処に配属されるというのだろう?

 

「君には寝耳に水の話で納得出来ないところもあるだろうが……まあ、昇進は昇進だ、受けてくれたまえ。

 そして、これが君をここに呼んだ理由、そして昇進の訳だ」

 

二枚目の辞令。

そこに書かれていた内容こそ、本日一番の驚きであった。

 

「本日付けをもって、黒須鞍馬中佐を新設される統合参謀会議直轄対BETA特殊作戦部隊、“ハイヴ・バスターズ”大隊隊長へと任命する」

 

予期せぬ驚愕と、また戦線に立てる感動と。

震える鞍馬へ、悪戯成功と悪餓鬼の顔をした議長がウインクを飛ばす。

意外にお茶目な人であるようだった。

 

 

 

 

 

問題なのは、大隊に所属している隊員が、鞍馬以外にはまだ誰もいないということだ。

また、使用される戦術機も決まっていない。

見切り発車もいいところだと言いたいが、どうやらこれらの選定も鞍馬の仕事となっているらしい。

議長は言う。現場の意見を尊重したいのだと。

最前線を生き抜いた者の意見が重視されるというのは、上から色々と押し付けられることと比べて健全であるには違いない。非常にありがたいことである。

ではあるのだが、些か貧乏くじを引かされた感が拭えないのも事実だ。

思わず溜息が漏れそうになるが……まあ、愚痴を言っていても始まらない。出来ることからやっていこうか。

 

 

 

鞍馬が最初に手をつけたのは、大隊で使用する戦術機の決定であった。

まず、愛機であったファントムが候補に挙がったが、この機体には一つ欠点があった。砲撃戦を重視した設計となっており、近接戦闘に重きを置かれてはいないのだ。

最前線においては夥しい数のBETAを相手取る必要があり、必然的に近接戦の頻度が多くなるため、この点において前線の衛士から不満の声が上がっていた。無論、誰よりも近接戦の頻度が多い鞍馬にとっても同じである。

各国にてライセンス生産が行なわれているファントムはその辺りが考慮され、関節の強化や近接用固定武装の装備等、多くの近接向け改修が行なわれている。日本の撃震が良い例だ。

 

前線において、F-4 ファントム系よりも評価の高い機体がある。それがF-5 フリーダム・ファイター系の戦術機だ。

もともと、ファントムの需要に対し供給がまったく追いつかないために製造された、いわば廉価版と言えるものであったのだが、最低限にしか施されていない装甲が逆に有利に働き、結果として軽快な運動性を得るに至った機体である。

確かに防御力は低下し、BETAの攻撃を受けてしまうと一撃でスクラップと化すことにはなった。だが、同じ打撃をファントムが受けても行動不能となり、何も出来ぬまま追撃によって破壊されるのを待つだけだ。死ぬのが多少伸びるかどうかの差でしかない。楽に死ねる分良いという意見すらある。

それならば、回避率が高い方が生存率が上がるのは当然のことである。F-5が前線の衛士たちから非常に高い評価を得ている理由がこれであった。

この思想は現在各国において開発中、あるいは試験配備中となる第2世代の戦術機に受け継がれている。

この第2世代機を大隊に配備できるならそれが理想ではあるのだが、未だ開発国においてすら実戦配備がなされていない機体だけに、流石に諦めざるを得なかった。

 

鞍馬が最終的に選択した機体は、F-5の発展形である F-5E タイガーⅡであった。

F-5Eは跳躍ユニットが出力向上型の物に換装されると共に、アビオニクスの改良により機動性が上昇し、準第2世代の性能を獲得するに至った機体である。

フリーダム・ファイターと共通している部品も多く、整備性においても優秀である。世界中を転戦することになる部隊にとって、これは大きなメリットだった。

後日、国連ブルーに彩られた最新ロットの36機のタイガーⅡが並ぶ格納庫にて、大きく満足気に頷く鞍馬の姿があった。

 

 

 

次に行なったのが隊員の選定であるが、戦術機の選定で各所を渡り歩き、疲れ果てていた鞍馬は多少の手を抜いた。

まず、セリスを任命。

次に東欧にて共に戦った大隊の生き残りである7人の戦友を小隊長として招聘。

膨大な国連軍衛士データベースから他の隊員を選ぶのは、彼等に一任したのである。

責任放棄と呼ぶ向きもあるかもしれないが、全てを一人でこなすのは不可能というもの。喜びも苦労も共に分かち合ってこそ仲間といえるのではないか。

書類の山とにらめっこをする隊員達にそう鞍馬は嘯いたものである。

 

こうして部隊の大枠が完成したのであるが、副隊長に誰を任命するかが悩みどころであった。

当初はセリスをと考えていたが、彼女の現在の階級は中尉であり、副隊長となる大尉には足りない。

考慮の末、彼女は鞍馬の副官として就任してもらうこととなった。同じ小隊で2機連携の相棒も務める。戦場においても事務においても、鞍馬の能力を最大限に引き出す為にはそれが最適であったのだ。

 

この結果、小隊長が一人足りなくなってしまった。

だが、隊長職を全て仲間内で固めてしまうと、隊を私兵化しようとしていると取られかねない。

副隊長は外部から招聘したほうが健全であろう。

そう結論付けた鞍馬は、これは流石に自身でデータベースを探り、一人の人物を見出す。

国連印度洋方面軍で「BETAを喰らう虎」と呼ばれ、勇猛果敢かつ冷静沈着という評価を受けている人物だ。

彼ならば、おそらく人類の最前線を転戦する激務にも十分に応えてくれるであろう。

 

国連軍本部ビルの鞍馬の執務室に出頭した彼の第一印象は、獰猛でありながら、慎重。まさに虎であった。

彫の深い顔立ちに浮かぶ瞳が、鞍馬を射竦めるように見つめてくる。

彼を服従させるのは難しそうだ。だが、彼より仕えるに値すると認められた時、これ以上ない味方となることは間違いないであろう。

 

「パァウル・ラァァダビノッド、大尉ぃ。只今ぁ、着任、いぃたしましたぁぁぁ」

 

母国語訛りなのだろうか?

なんとも独特な口調で、彼は名乗りを上げた。

 

 

 


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