あれから3日ほどたった日のこと。
古都内は朝、上司から呼び出しを受けていつもの病院にあてがわれた事務所ではなく、病院の会議室にきていた。
既に自分の上司であるストレスで42にして白髪が混じり始めた富浦さんと人事部の蔵田さんともう一人おそらく新人であろう女性がいた。
古都内は富浦さんに一枚の紙を渡される。
「人事異動ですか、この時期に」
2月17日。
一般的な人事異動にはまだ一か月ほどはやい。
蔵田さんが口を開く。
「3月とか4月は転生者が多くなる季節なんでな、それに対応するためには早めに人事異動しときたいのだよ、こちらとしては」
なるほどとなる。
この新人がこの病院で生まれてくる転生者を処理するのを引き継ぎ、自分は外にでて第36異区、一般的に赤石市での転生者騒動の処理を先任とともに対応することになる。
平時は未だに炭鉱ができる数少ない町であるこの赤石市ではあるが、転生者がくるとある物語の舞台として豹変することになる。
本来そこに住んでいた人たちは、転生による副作用で過去にさかのぼって何らかの意味を与えられることになる。
もともとから悪と戦う主人公であったり、はたまた悪そのものであったり、さまざまである。
そのあと転生者を殺せば原則としてそれまでの記憶を失うことになる。
住民たちはその変化に何かしらない限りは違和感なく受け入れてしまうようになってしまっているので問題はさほどないが、過去に保護樹林1か所がまるごと転生者の戦闘によって文字通り灰も残らず燃やされてしまったので証拠隠滅課の人たちが右往左往していた記憶がある。
「ああ、そうそう、紹介しとくよ。こちらは梅沢花蓮さん、もともとここで働いていたことのある子でね、そういう意味ではここに溶け込みやすいと思ってこっちに配属させてもらうことにしたよ」
蔵田さんに紹介されて梅沢さんが椅子から立ち上がり会釈をする。
「梅沢さんですか、まあ、そのなんですか。職場としては今までとやることは正反対ですが頑張ってください」
意図的に釘を刺しながら挨拶をする。
実のところ自分が配属された時もこんな感じであった。
罪悪感が強いのだ。
赤子を殺めるという行為が。
あと半年続けていたらこっちから移動を願い出るかもしれないほどにはきついものがある。
しかしそんな思惑とは違い、想定外の答えが返ってきた。
「いえ、やることは同じですよ、先輩さん。看護師の仕事もこの仕事も人を救うお仕事ですから」
変わらぬ顔でそう言われたので少し戸惑う。
梅沢さんの隣にいる上司二人は若干なるほどと理解した感じで目線を合わせた。
「人を救うためとはいえ、あまり銃を向けることになれないでくれよ」
念のためも少し釘を刺しておくことにする。
おそらくこの子はこの職場に的確だろう。
今日にでも変わってもらいたいほどだ。
しかしながら容赦なく銃を向けるその姿勢には、また別の恐怖を感じる。
「ああ、そんなことに慣れてはいけない。なれてしまえばそんなのはあいつらとなんら変わらない」
蔵田さんもそう続ける。
「はい、私だっていつかは母になるのですもの、こんなことに慣れてしまったなんてことにはならないようにしますよ」
「あーあ。すでに始まっているよこりゃ」
明日にある男が部下につくことになっているジージャンとジーパンという動きやすそうで動きにくい服装をした男、鴨内のスナイパーライフルのスコープ越しに見えているのは一人の15歳ぐらいの男が空に浮かんで同じく17歳ぐらいのはっきり言って不自然なぐらいに真っ赤な髪をポニーテールにまとめた女の子と剣をぶつけ合っているという景色であった。
マンションの屋上からスコープ越しからだとその顔までよく見える。
当然のようにうらやましく、そして憎たらしいほどの美形、美女である。
ただ胸はその身長に比例してつつましいものであるが、動きやすさでは動きやすいであろう。
男が一度後ろに下がり剣を大きく横なぎにふるう。
すると女の方は上方に急いで移動する。
女性がもといた位置の後ろの木々が一気に切り落とされていた。
おっかないことこの上ない。
ケース198 通称、炎の剣
赤い剣を持つ女の子が親敵を討つのために地球にある紅蓮石とかいう石を集めるため異界から地球にやってくるが、それを取られると地球の気温が下がっていき、最後は熱を失うという。
それを防ぐために巫女とよばれる石を守る存在が剣士に立ち向かい、そして最後は女の子自らが石になることで赤い剣の女の子の要求を呑む。
そしてその石で作った剣で親の仇を取るというお話だそうだ。
まあ、転生者から聞き出せた部分でしかないのでかなり物語としてははしょられているがそこはしょうがない。
おそらく転生者としては巫女も誰も死なないハッピーエンドを狙いたいのだろう。
しかしながら転生者にとってのハッピーエンドはこの地に住む人間からすれば迷惑のほかなんでもない。
毎度のことながら国立公園の木は燃え、なりふり構わず上空から攻撃を打ち下ろすために住宅にも被害がでている。
幸いまだ死者はでていないが攻撃に巻き込まれて腕一本持って行かれた民間人もいる。
なお、腕を持って行ったのはいわゆる敵に当てはまる相手ではなく転生者の攻撃である。
この世界のルールとして転生者が死ねば赤髪の剣士は役割を失い普通の女の子に戻る。
そして本来死ぬはずであった巫女も、生きている限りはなんの枷のない普通の女の子に戻る。
死んでいた場合は新しい転生者が来たときに過去にさかのぼり生き返ることになる。
それはあまりに人に対する冒涜である。
鴨内は転生者に照準を合わせる。
転生者が剣士に対してなにか叫んでいるが、あいにくここからでは聞こえはしないしこの世界の人間でもない異物の言葉なんぞ聞きたくもないし聞いても心に響くことなどない。
「なお恨むのであれば転生者としてここにいることを恨んでくれよ」
照準を頭に合わせたまま、叫んでいる間にトリガーを引く。
1発、更に急いで装填。その時もスコープからは目を離さない。
これで死なない転生者なんてざらにいる。
それでも狙撃による殺害は割かし安全であるので推奨されているのだ。
足元にサブマシンガンを確認してまだライフルは相手に向けたままにしておく。
スコープから転生者の男の顔が綺麗に飛び散るのが見えた。
そして次には既に死体は消滅していく。
「――――――――――――ッ!」
転生者が消えたことでその奥にいた剣士が何か叫んでいるのが見えた。
これもまた知ったことではない。
1時間もすれば役割から解放されて元の女の子に戻るだろう。
剣士が地面に降りて行ったのを見届けて鴨内もまた銃をしまい始めた。
しかしながら物語はこれで無理やり終わったとしても、やはりそこにいた人間には納得がいくものでないのは常である。
「お前か!あいつを打ち殺したのはッ!」
分解したライフルを車に閉まった鴨内に赤紙の剣士が斬りかかってきた。
ご丁寧に真正面からそう叫んできたので横なぎ一閃を後ろに飛んで避ける。
「ちっ、まだ役割から解放されていないからか」
転生者は殺してしまって構わないが、それ以外の人間は殺すわけにはいかない。
転生者が来ればまたよみがえるからいいというものもいるが、彼女らは転生者による被害者でこそあり鴨内としては危害を加えるわけにはいかないと思っている。
「なんで殺した!あいつは、クリムゾンは私に争うことを辞めろといってくれていたんだぞ!」
転生者の名前はクリムゾンというらしい。
なんとも暴虐無人な転生者のような名前だ。
つい吹き出してしまう。
「笑うだと!お前には命の大切さが分からないのか!」
役割を押し付けられているとはいえ、よくもまあこんなセリフを吐けるものである。
「親の仇を取ろうとしていた君がそんなことを吐くとはねッっと」
剣士が驚く顔をする。
「な、なんで知って」
鴨内はフラッシュバンを取り出し剣士の顔に投げつける。
剣士は剣士らしく、発言を辞めて、こちらからすればバカかと思うぐらいであるがフラッシュバンを真っ二つに斬る。
当然のことであるがフラッシュバンは正常に起動せず本来の仕様以上の閃光をもたらす。
この剣士は異界から来ているのでこの手の武器にたいする知識がない。
転生者が転生してくるのに好む舞台というのは大抵ファンタジーであるのでこういう武器は使いやすいのだ。
ただし転生者は魔法オンリーの舞台で容赦なく重機関銃を片手でもってヒャッハーしていることもあるので例外というのは必ずあるのであるが。
それはともかく鴨内はマンションの駐車場から駆け出す。
置き土産にもう一つフラッシュバンを投げつつ追加でスモークも投げておく。
鴨内は携帯を取り出しほかに待機させている部下に連絡を取る。
ワンコールもなくして通話状態になる。
「俺だ、処理は終了のはずだ、ちょっと隠れ鬼して帰るから」
曲がり角を右に曲がりそれから更におくの曲がり角を左に曲がる。
ちょうどそこに警官がいたので名刺を渡して自転車をパク、ともい借りる。
過去の記録によれば剣士にはテレポートとかできる能力はないのでこういう逃げ方でなんら問題ないのである。
あと40分ほどの隠れ鬼は続く。
少しづつなぜ追いかけてるのかすら忘れる鬼との隠れ鬼である。
怒りの矛先を鴨内一人に向けることでほかの人間に危害がいくのを防ぐという目的もあるので隠れ鬼をする必要はあるのである。
つまりはこんな風にふざけているようでもあるが、本人はいたって真面目に職務に服しているのである。
それから2時間後、部下から女の子は役割から解放されて家に帰宅したとの連絡が入る。
「古都内だったか、新しい部下は」
鴨内は公園でスポーツドリンク片手に先ほどの部下に電話を掛けていた。
「はい、それがどうしました?」
「え、いや、まあそのなんだ、今度こそ仲良くしてやってくれよ」
部下は追加でくるのだが毎度のことながらこの優秀すぎる部下の前では使い物にならなくて辞めていくのだ。
「ええわかっていますよ、な・か・よ・くですよね」
間違いなく本日最後にして最大の悩みを抱えることになった鴨内であった。