目の前でこけた女の子が横から来ていたトラックに轢かれそうになっていた。
体がとっさに動いて女の子を突き飛ばしたのは覚えている。その次の瞬間にトラックに突き飛ばされたのも覚えている。
ならここはどこだろう。
ある漫画の内気な少年なら知らない天井だとでも言うだろうか、白い天井が見える。
ただあの漫画の少年と違うのは俺はベッドではなくて地面にあおむけでいるということだろうか。
上半身を起こす。
「起きましたか?」
後ろからかけられた声に反応して首を声のした方に向けた。
そこにはこの白い部屋と同化してしまいそうな白いワンピースを着た白い肌、白い髪の、そう、一言で表すなら白とでもいうべき10歳ほどの女の子だった。
俺は立ち上がりながら
「ねえ、君、ここは「御免なさいっ!私のミスであなたを死なせてしまいましたっ!」
へ?
死んだ。
まあ、それはそうか、トラックに轢かれて生きているわけないもんね。
「じゃあ、ここは天国?」
我ながらなんと鈍いのだろうか。案外驚いたりはしないものだ。
女の子は首を横に振りながら答えた。
「いえ、ここはまだ天国じゃないんです、あなたのいた世界で言うところのキリスト教でいう最後の審判までの待合室みたいなところです」
「ってことは俺は最後の審判で天国行きか地獄行きか決まるってことか」
俺の最後の死に方からしてきっと天国なんだろうな、っといかんいかん。こんなことを考えていては地獄に落ちる理由になってしまうかもしれない。
「でも、あなたは私の不注意でしんでしまったんで最後の審判をまだ受けません」
ああ、最初に謝ったときにいっていたな。
少女はそのまま続ける・
「本当はあの時トラックに轢かれた後偶然通りかかった医者に奇跡的に助けられるはずだったんですけどなぜかその医者が別の人を助けにいってしまって、それで、そのせいで、ううっ」
少女が涙ぐみながら続ける。
「なので、償いとしてあなたには転生してもう一度新しい人生を続けてもらうことにしました!」
つまり、転生するってことか。
それにしてもなんか口調が安定していない子である。
「更に、IQ200の知能と、なでるだけで相手が惚れる力や、空間を捻じ曲げる魔法に、その他いろいろとつけちゃいます!」
少女がえっへんとない胸を張る。
俺は少し考えてもらえるものは貰っとくべきと考えついた。
「いいよ、それで許してあげる」
「はい、でしたら、私の手を握ってください」
少女は右手を俺に差し出した。
俺はその手を握り返す。
小さいながらはかなさを感じない手。
「ところで君、いわゆる神様?」
女の子の手を握る力が強まる。
「いままで、気が付かなかったとでもいうんですか?」
「いやいや、聞くタイミングがつかめなかっただけだよ」
女の子はあきれたとでもいうかのような顔をした。
「では、目をつぶってくださいね、次に目を開けたときには転生してますから」
「うん、ありがとうね神様」
俺は目をつむる。
そう、まるで眠りにつくかのように目をつむり、そして女の子とつないでた手の感触もなくなり、意識を手放した。
「あ、あと第一声はオギャーですからね!」
「おぎゃー、おぎゃー」
俺はいま赤ん坊として新しいお母さんからちょうど生まれてきたところだ。
うん、転生して意識がある状態で生まれてくるとこういう経験ができるのか。
へその緒が切られるのは少し痛かったから即座に魔法で痛みを和らげた。
体格の関係上重い頭を右に向けて生んでくれた人の顔を確認する。
うん、きれいな人だ。
ブロンドの髪に大きい、だいたいEカップは超えるだろう胸をもち母親と言われなければグラビアモデルができそうな具合の人だ。
きっとあの神様は生んでくれる人とかも選んでくれたのだろう。
あの神様にさっそく感謝しよう。
俺は助産師に掴まれて籠に入れられた。
たしか未熟児とか用の新生児室だったか。
まあ、なにかあっても魔法で死ぬことはないだろう。そう高をくくる余裕がある。
そこで部屋の扉が開いてスーツ姿の男が大慌てで入ってきた。
きっと俺の新しい父親に違いない。俺の出産に間に合うように仕事を抜け出して急いできたとかそういう感じだろう。
父親は俺の方を向くやいなや俺の方に歩いてきた。
ふと医者の顔が目に入った。
なにか残念だとでも言うような顔をしている。
母親の顔も青ざめていた。
「へ?」
俺は赤ん坊であることを忘れて声を出してしまう。
それはそうだ、目の前まで来ていた男の手には銃が握られていたのだから。
なんで?なんで?なんでっ!いきなり銃を向けられてるの俺!
普通の転生テンプレとかって9歳とかになったらこの魔法の力で悪を裁いたりする展開が待ち受けているはずなのになんで今拳銃をくけられているの?
俺は急いでテレポートをしようと意識を集中させる。
しかし現実は非常であった。
俺がテレポートするよりも早く、男が引き金を引くほうが早かった。
「・・・・・処置、完了」
男は苦虫を噛むような顔で口にした。
それはそうだ、いつだって赤子に引き金を引くのはなれるものではない。
幸いなのは赤子がいた空間にはもうなにもないということだ。
「いつ見てもなれるものではないね」
医者もまた悪態をつくかのように口にする。
転生者は死体を残さない。
それゆえ血が飛び散っていることは無いし、今男が拳銃を向けている先には銃痕しかない。
男は拳銃を懐にしまい、女性に話しかける。
「・・・・・二人目の出産でしたか。残念なことです」
男から見ても転生者を生んだ女性は美しかった。
だからこそ、いいや、こういう人に限ってまるで狙ったかのように転生者は生まれてくる。
二人出産して二人とも転生者であったこの女性の人生。
本来生まれてくるはずだった子どもたちと暮らす人生は転生者という寄生虫のせいで二度も無に還ってしまった。
まるで気味の悪い寄生虫だ。
そして転生者はその寄生虫にすら寄生する菌性類ですらあった。
女性は口を開く。
「いつになったら私はわが子を抱けるようになるんですかね」
それは処置をした男へ対する言葉か。
それとも二人目すら転生者が生まれてしまったことに対する人生への恨みか。
「少なくともどこの子かすら分からない化け物を抱くよりは抱かなくてすんだと思った方が精神上は楽ですよ」
医者が転生者に対してよく言うアドバイスを口にする。
男は男であるから分からないが、自分の体から人の形をした異物が出てくるというのは想像に絶することであろう。
それも前もって転生者が体内にいると分かっていたという上でだ。
医者はコールで看護師を呼び出して女性を病室へ移動させ始める。
男は入ってきた看護師たちとすれ違うようにして部屋を出た。
転生者。
理由は知らないが40年ほど前から現れ始めた前世の記憶を持つ人間。
本来生まれてくる存在に入れ替わって生まれてきたり、ある日突然他人と入れ替わっていたりして生まれてくる存在。
過去に行われた会話からするに彼ら曰く彼らの世界の漫画で使われた異能を使うことができる存在。
大抵の場合ではこちらに転生するときにいわゆる神様によってされるということ。
それだけならまだいい。
こんな処置をする必要は危険性こそあれ存在はしない。
だが、問題なのは彼らが存在するということは必ず人知れずにしろそうでないにしろ大抵の場合において災いがもたらされるということだ。
異星人同士の戦争しかり魔法により少しずつ大陸の地盤が崩れていくなどにしろさまざまなことが起きる。
そして転生者はそれを手に入れた力でもって解決していく。
そう、まるで本来誰かが犠牲になってでも必死で止めようとした一つの未来を否定しているかのように鮮やかに華麗にハッピーエンドをつかみ取ってくる。
しかし、だがしかしだ。
転生者さえいなければ災いは起きることは無い。
転生者が生まれてくるとそのためのおぜん立てをするかのように戦争などは起きたことになっているし、まるで最後までシナリオがあるかのようにものごとは進んでいく。
過去に記録として後世に残したいと言って転生者を言いくるめて記録に残したものの一部始終を見るとまるで漫画そのものであった。
実際に漫画家に書かせて売った結果100万部売れたのだから間違いない。
ある転生者はこの世界は○○と××がクロスした世界だといい、またある転生者は××と△△のクロスした世界だとかいう。
その上で自分はその世界の主人公とともに世界を救うんだから邪魔しないでほしいとの武器を突き付けてたまう輩もいた。
そういうやつには消えてもらったが。
そして知識人たちも可能性としてこの世界もまたシナリオに書かれた、他の世界からすれば小説の中のようなものであると示唆したこともある。
だが一ついえるのはこの世界は、この世界の人間は転生者のための踏み台では決してない。
転生者が転生者として大きくふるまうための舞台でもないし小説でも漫画の中でもない。
転生者によってこの世界の人に危険が訪れるなんて間違っている。
そう、この世界の人間が舞台の脇役なんてものではなく人が人であるために。
そう、人が人として他の誰でもなく己として生きるために。
他の誰かに入れ替わられることもなく一人一人が己の人生を歩み続けるために、この世界の人間は転生者を殺める。
この世界の人が生きるために、転生者に入れ替わられて消えてしまった子どもや大人のために、転生者が暴れるための舞台づくりのために生まれてしまったものたちのために。
なにより次は我が身かもしれないという恐怖を打ち消すために。
男は病院側からあてがわれた事務所に戻ってきた。
男は転生者を殺す寡黙な機械から人に戻る。
拳銃を持っていた腕が今更ながら震える。
あれを放置していては危険だと分かっていてもやはり人の姿をしていたのだ。
撃つのにためらいがないはずは、ない。
いつだって人にもどったときは震えが止まらない。
机の上に前もって置いておいた精神安定剤を服用する。
今日は今の時点で転生者に入れ替わられてしまった赤ん坊はいない。
机に備え付けられた転生現象がおきたかわかるセンサーにも反応はない。
頼むからこれ以上は入れ替わりとかやめてくれよと思いながら男は椅子に座る。
男の机には一枚の名刺が置いてある。
霊長類安定課
古都内 満
自分の名前を確認する行為がこの男がまだ自分は自分であると自認できる安心感をもたらしてくれる。