絃神島が属する日本。その本島にある首都東京の一画にある廃工場にて、1人の青年が廃材に腰かけガラスの割れた窓から外を眺めていた。
市街地から離れた山間部に位置していることもあり、人口の明かりに照らされた夜間の町並みの幻想的な輝きを一望できた。
「先人から受け継がれてきた営みの結晶、美しいと思いませんか?個人的にはアルディギア王国にも遅れは取らないと考えているのですが」
そんな光景から視線を外し室内に向けると、鎖で頭部以外の全身を巻きつけられて床に転がされている初老の白人男性へ語りかける。
「ン~ム~!!」
魔術的刻印がされた札で口を塞がれている男性は、命乞いをするような情けない顔で呻いていた。
どこか威厳を感じさせられる風貌をしているも、
「グルルルルッ」
そして、男性の側には一匹の狼――一般的な種よりも一回り大型の魔獣が、男性を絶対に逃がすまいと意気込んでいるように威嚇していた。
青年の風貌が、任侠映画に出てきそうな凄みを感じるものであることもあり、傍から見ると人攫いの現場にしか見えない光景であった。
「ああ、そうだ。奥方からの伝言がありまして、『
「ふむゥゥゥゥゥゥ!?!?!?」
まるで死刑宣告を告げるような青年の言葉に、男性は本気で嫌そうにもがきだす。そんな男性の抵抗は、これでもかと言わんばかりに固められた拘束の前に、虚しく鎖の擦れる音を響かせるだけであった。
「流石は
面倒をかけさせやがってと言外に含ませるように言い放つ青年に、許しを請うように男性は咽び泣いていた。
そんなカオスな場に、サングラスをかけた数人の黒服が姿を現した。僅かな隙間から見せる肌色から、全員男性同様日本人ではないようであった。
彼らはやっと捕まえられたと安堵したり、手間をかけさせやがってと苛立ちを見せながら男性を囲んでいき。その中のリーダーと見られる男が、青年に歩み寄ると英語で語り掛ける。
「ご苦労だった藤原攻魔官。後は我々が引き継ごう」
「よろしくお願いします」
廃材から立ち上がった青年は、英語で応えながらまるで苦労を分かち合うように固い握手を交わし。黒服らは最後まで抵抗しようと足掻く男性を、そのまま担ぐと工場を後にしていったのだった。
連行されていく男性に対し、もう来んじゃねーぞ!!と言いたげに吼える魔獣を労うように青年が頭を撫でると着信音が流れ始め、青年は懐から携帯を取り出す。
画面には『神代勇』と映されており、予想通りといった様子で青年は通話に出た。
「よう、久しぶりだな勇」
『久しぶり光輝~。元気にしてる~?』
「ああ、お前も変わりないようだな」
気兼ねない友人のように話し合う青年。彼は勇の母方の兄の子であり、所謂従兄弟の関係であったのだ。
「すまんな立て込んでいてすぐに出られんで」
『仕事中だったの?』
「ああ、日本に逃げ込んだ不貞を働いた不埒者を捕えてくれとな。今しがた片付いたところだ」
そんな依頼も来るんだ~と興味を示しているが、実は彼にとって無関係とも言えないことだたりもする。最も守秘義務があるので黙っているが。
「で、世間話がしたい訳でもなかろう。仕事の依頼――近々本土を訪れる妹分と第四真祖の妹君の護衛だろ」
『うん、できれば気づかれないようにお願いしたいんだけど』
内容を言い当たられたことを気にした様子もなく話す勇。聡明な従兄弟ならそれくらい当然という信頼があるためである。
そして彩海学園では、中学3年のこの時期に、魔族特区という特殊な環境下にいる学生に一般社会を学ばせるべく、数日の日程で本土を巡回する宿泊研修という行事があり。妹分である叶音と古城の妹である凪沙も参加することとなっていた。
叶音は言うに及ばず、凪沙は第四真祖の身内というだけでなく、彼女自身が秘める事情もあり、いつ誰からを狙わてもおかしくない身であり。そんな彼女らの安全を護るべく、信頼できる光輝を頼ろうと勇は考えていたのである。
「安心しろ、もう獅子王機関の方から実家経由で依頼されている。俺なんぞを頼るとはあちらも相当人手不足らしい」
政府機関である獅子王機関だが。日本中で大小様々な魔導災害やテロがおきており、加えて今年は絃神島で数年どころか、数十年に一度起きるかどうかという規模の事件が立て続けに起ききているため、その対応にかなりの人員を割かれてしまっており。外部の人間を頼らざるを得ない状況であるというのが依頼者の言であった。
『そうなんだ。それじゃあ、2人のことよろしくね』
「ああ、任された――おう、ちょっと待てチロ、今変わってやるから」
助手役である狼型の魔獣――チロが恩人である勇の声が聞こえてから先程までと打って変わって、目を爛々と輝かせながら嬉しそうに尻尾をブンブンと振り回して代わって代わって!といった様子でじゃれついてきていたのだった。
『チロ?チロいるの!』
「おう。ほらよ」
「わう!!」
『チロ~元気~?』
「ばう!!」
携帯を向けると話かけるように鳴くチロ。その尻尾は喜びを示すように、残像が見えるくらいに激しく動いていた。
「悪いがそろそろ切るぞ、事務処理やらがあるんでな」
『うん、それじゃあね』
通話を切るとチロが寂しそうにくぅ~ん…、としょぼくれてしまう。そんな助手を慰めるように頭を撫でる光輝。
「そう落ち込むな、そう遠くない内に会うことになるだろうよ。ほら、今回は払いが良かったからな、美味いもんでも食いに行こう」
「ばうっ!」
わーい!と言いたげに嬉しそうに鳴くチロを連れ、光輝はその場を後にするのであった。
「♪~」
焼き上がった鯖を、グリルから取り出し付け合わせと共に皿に盛りつけていく。
波朧院フェスタでの騒動の最中に起きてしまった惨劇の傷跡も癒えたキッチンは、今日も我が家の食卓を支えるべく働いてくれている。
「あれ叶音は?」
いつもならもうリビングに顔を出している妹分が、今日は未だに姿を現す気配を見せない。
「はて?顔を洗いに洗面所に向かうのは先程見ましたが…」
朝食の支度を手伝ってくれているアスタルテに問うと、彼女も不思議そうに首を傾げた。
「ちょっと見てくるね」
「はい」
何かあったのかと部屋に向かうと、ドアをノックをする。しかし気配はあるもうんともすんとも返ってこない。強めにもう一度するも結果は変わらず。
ドアノブを回すと鍵はされていない。これはいよいよ異常事態を想定し、身構えながらゆっくりとドアを開け内部を覗き見る。
――結果を言えば、妹分は健全な姿で全身を映せるサイズの鑑の前に立っていた。
ただ、普段は着ることのない厚手のコート羽織っているという一点は、違和感として上げられることではあるが。
太平洋に位置するこの島では、四季は存在せず年中真夏であり、雨でも降れば多少重ね着する程度にしか寒さなど感じることはない。
「叶音?」
ポケ~と鏡に映る自分に見惚れてらってしゃる妹分に声をかけるも、相も変わらず反応は返ってこない。
こうも無視されると、ちょっと傷つくざます。
「叶音~?叶音さ~ん?」
「?」
めげずに繰り返すとようやくぴくりと反応が見られ、こちらを振り向いてくれました。
「お兄ちゃんどうしました?」
「うん、ご飯できるから呼びに来ました」
「あ、気づかないでごめんなさいでした」
「いや、いいけど。それ、こんどの宿泊研修のやつ?」
「はい。届いたので試しに着てみていました。凪沙ちゃんが選んでくれました」
全体を見せるように両腕を軽く開く叶音。清楚さを損なわないよう控えめな色合いだが、厚手故に、小柄な彼女を更に小動物のような愛らしさを引き出すデザインをしていた。
この島にいると実感が皆無だが、本島の方では冬季に入っているため暖房品が必須となるのだ。
「いいね。可愛いよ」
「あ、ありがとうございました…」
素直に褒めると、恥ずかし気に赤くなった顔を手で隠しながら縮こまってしまった。
「…朝食のご用意ができましたよお2人方」
ドアから顔を覗かせるアスタルテが、拗ねたようにぷくーと頬を膨らませながら声をかけてくる。
いかんいかん。すっかり何しにきたのか忘れてたざます。
「ありがとう。夏音も行こう」
「はい」
コートを脱いで制服姿に戻った夏音を連れてリビングに向かうと、椅子に腰かけて待っていてくれていた那月ちゃんと共にテーブルを囲んで朝食をとる。
ちなみにリアは用事があるからと早くに出かけており(やたら上機嫌に)、ティナさんはその護衛に着いている。
……というか彼女は国に帰らなくていいんかね?そこら辺聞いてみても、「そんなに私と一緒にいたくないのですか?」とかわざとらしく泣いて誤魔化されるのよね。まあ、王族としての責任感はしっかりしてるから、そこはちゃんと考えているだろうし問題ないんだろうけど。
「どうしましたお兄ちゃん?」
「ん~、リアのことをちょっとね」
「やっやっぱり、側にいなくて寂しいんですね」
「お熱いですねー。ひゅーひゅー」
「いや、そろそろ国に帰んなくていいのかなとかって意味ね」
何か顔を赤くしてわぁわぁと盛り上がり始めた妹分と、ひやかしてくるメイドを適度にいなしていると那月ちゃんが口を開いた。
「…まぁ、その辺は心配ないらしい」
「え、何か知ってるの那月ちゃん?」
意味深な口調で話す姉に問うも、心労を滲ませながら、すぐにわかるよ、としか答えてくれなかったのだった。
…朝のホームルームで、那月ちゃんの言っていたことが理解できました。
「アルディギア王国から留学生として来ました、ラ・フォリア・リハヴァインです。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
女子用の制服を身に纏い、教壇に立って礼儀正しいペコリと頭を下げるのは、誰であろうか早朝から出かけていたリアその人であった。
突然の転校生――それも留学生ともなれば、誰もが目を点にして騒然となるのは必然であった。
「え、アルディギアって北欧の?」
「てか、あの人テレビで王女様って言われてなかった?」
「はい、未熟ながら王族の一員として身を置いております」
その言葉にざわめきは最高潮となり、やっぱり!といった驚きややらめっちゃ綺麗~、といった羨望の声が木霊す。
そんなクラスの空気を一閃するように、担任である那月ちゃんがパンッパンッと手を打つと皆静まる。
「そういう訳でお前ら仲良くしろよ。それと、間違っても国際問題だけは起こしてくれるなよ。リハヴァインは空いている席に座れ」
「はい、南宮先生」
愉し気に先生と呼ぶリアに、勘弁してほしいと言いたげな顔をする那月ちゃん。何か最近疲れた様子を見せていたのは、このことで面倒なことをやらされていたかららしい。
「(おい、どうなってんだよ勇!?)」
「(知らぬ、ワシは何も知らぬ)」
後ろの席の古城がヒソヒソと問い詰めてくるが、ワイも教えてほしいくらいじゃい。
「どうですか勇、似合ってますか?」
ホームルームが終わると同時に、さっそくと言わんばかりにやってきたリアが、全身を見せるように、軽く両手を広げながらその場でくるりと回る。
早朝に似たような光景を見たばかりだが、何だかんだこういったところは血の繋がりを感じさせるざますね。
「いや、まあ…。似合ってますけど。それよりもまずは説明せいや、どういうことやねんこれは」
「せっかく日本に来たのですから、これを機に見分を広げるべく暫く留学することにしました。ちゃんとお父様とお母様、それにお婆様も許可して下さいましたし、私の分の公務はお婆様が代わりを務めて下さいます。何より…」
「何より?」
照れくさそうに、両人差し指の先端をチョンチョンと合わせながらいい淀むリア。誰が相手でも気後れしない彼女にしては珍しい姿に、何事かと不安になる。
「勇と、少しでも一緒の時間を過ごしたいですから…」
「――――」
口にして余程恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてもじもじするリア。その言葉と、普段の毅然とした態度と真逆の姿に。釣られるようにこっちまで顔に熱を感じながら固まってしまった。
「いいわね~青春ね~奥さん」
「何だよその口調は…。まあ、砂糖吐きそうだけど」
基樹と古城が暖かい目で茶化してきやがるが無視する。少なくとも古城には言われたかねぇつーの。
そんな仲、委員長が申し訳なさそうに両手を合わせながら声をかけてきた。
「ごめんね勇君。クラス委員だからって私は聞かされていたんだけど…」
「倫は悪くありません。私がそのようにお願いしたのですから」
「どうせ、その方が面白いからだろ」
「はい」
「おい」
テヘペロ♪とでも言いたそうに、ウィンクしながら可愛らしく舌を出すじゃじゃ馬娘を軽く睨む。
奔放なのもたいがいにせい。振り回されるこっちの身が持たんわ。
「ねぇねぇ。いつ王女様と仲良くなったの勇」
事情を知らない浅葱さんが、もの凄い興味深々な顔で問いかけてくる。というか他のクラスメートも同様に聞き耳を立てていた。
「今年の春に、父さんにアルディギアに連れられた時」
「ああ、そういや一週間くらいいなかったっけ。ていうか2人はどういう関係なの?」
「それについては私が」
目が怪しく輝いたリアに、本能的にヤバい気がしたので止めようとしたが。それよりも先に古城と基樹に羽交い絞めにされ手で口を抑え込まれた!!
「ムガ―!!」
「まぁまぁまぁ」
「こういう時くらい素直になれよ」
抜け出そうともがいている間にも、リアはしおらし態度から一転して、悪巧みする時のような生き生きとした口調で語り出しおった!
「勇とは…共に将来を誓いあった仲です――――親同士が決めた」
「フガァァァァァァァ!!!」
待て待て待て待て待て待て待て待てッッッ!!!照れくさそうに爆弾を投げ込むなッッッ!!!大事な部分だけボソッと言うなッッッ!!!おおー!!ってざわめくなッッッ!!!
「わ~!アニメ見たい~!」
「ロマンチックで素敵~!」
「この松田、ぜひ勇ちゃんになってもらって、一緒に踏んで罵ってもらいたいですぞ!!」
「こ、古城×勇が…」
「いや、王女×勇♀もいけるのでは!?!?!?」
オイッ最後の方はおかしいとしか言いようがねーよ!?ツッコミが追いつかねぇ、誰か助けてくれ!!!
「ちなみにお別れの日に、勇は何も言わずに帰ってしまったんです」
「えっ勇君そんなことしたの???」
「ふがふっ!?」
委員長に流石にそれはないわ、という目で見られてもう泣きたくなった。ホント助けて…。
「やかましいぞお前らッ!!問題を起こすなと言っただろうが!!!」
騒ぎすぎて苦情が入ったのか、この後大変ご立腹な那月ちゃんに滅茶苦茶怒られたざます…。