前回のあらすじ
マンホールからパンイチおじさん登場
「ママ見えないよ~」
「駄目!サナちゃんは絶ッ対見ちゃ駄目だから!」
突然視界を塞がれたことに驚いたサナが浅葱から離れようとするが、それを必死に阻止する浅葱。
あれは健全な少女には見せてはいけない。見た瞬間サナの全てが終わってしまうだろう。よもや助けに来てくれた人物によって最大級の危機に見舞われるとは思いもしなかった。
「あ、アスタルテ殿。へ、変質者です!変質者が現れました!」
「ええ。それも最上級のが…」
顔を真っ赤にし、手にしていた剣を落として両手で顔を覆うユスティナと、冷めた目で
「何、変質者だと!?どこだ?どこにいる!?」
「私達に目の前です」
周囲を警戒しながら見回す
アスタルテの言葉を理解しようと顎に手を添えて考え込む
「もしかして、俺のことか!?」
「他に誰がいるんですか?」
信じられないくらいに驚愕している
少女達の前でポーズを取るパンイチ男。どこからどう見ても現行犯逮捕されても文句は言えない光景であった。
「浅葱――――ッ!」
そんなカオスな空気を引き裂いて現れたのは、路上に停めてあったのを拝借した自転車に跨る古城であった。
吸血鬼の力を全開にして漕いだためところどころ白煙を吹き上げている。
「古城!」
「無事か浅葱って、わぁぁああああ変質者だぁ!?!?!?」
浅葱の無事を確認して安堵するも、即座に
「ゆ、勇太郎さん!どうしてそんな格好してるんだよ!?」
今この場にいる誰もが知りたいことを古城が問い掛けると、
「いやね。キリガ・ギリカに抱きついたら服が焦げちゃってさ。だから思ったんだ、『脱いじゃってもいいさ』と」
「どんな理屈だ!?!?」
いっそ清々しいまでのキリッとした顔で常人には理解不能なことをほざく
「だって熱かったんだもん…」
「子供か!?てかポーズを取るのをやめろ!」
次第には拗ねだす
次々とポーズを決めて筋肉を見せ付けてくる
「確保ぉぉぉおおおおおおおお!」
そんな
「ぐぁあ!な、何をするのだお前達!?あ、いやこういう強引なのも悪くない…」
「やかましい!ことあるごとに脱ぎやがって!対処するこっちの身にもなりやがれこの変質者!!」
「ぬぅおおう!別に好き好んで脱いでいる訳ではないぞ!状況的に仕方なくであって、決して変質者でぇはぬぅあィ!!」
「鏡見てみろ!言い訳のしようがないわ!」
取り押さえられながら必死に抗議する
「くっすまない少年!こいつを2、3発ぶん殴ってくれ!」
「わ、わかりました!」
今にも拘束を抜け出しそうな
一般人である少年をアイランド・ガードの恥部に関わらせるのは非情に心苦しいが、この
「ああ、古城よ!どうせやるなら全力で頼むッ!!」
「いい加減に反省しろぉぉぉぉおおおお!!!」
鼻息を荒くして期待の眼差しで見つめてくる
あふん!――
もてる限りの力を込めて拳を解き放つと、
「これは一体何が…」
古城を追ってかけつけた雪菜と紗矢華が、特に負傷もしていないのに座り込んでいる古城や、疲れ果てた様子のアイランド・ガードの隊員達を見て困惑していた。ラ・フォリアは何があったのか察しがついているのか、あらあらとどこか楽しそうに笑みを浮かべていた。
「あの、先輩大丈夫ですか?」
「姫柊か。ああ、大丈夫。大丈夫だ…」
雪菜が古城に話しかけると、彼は憔悴したような顔でやりきったオーラを出していた。どうやら精神的な攻撃を得意とする敵と遭遇したのだろうと雪菜は推測する。
「なかなか面白いことがあったようだね第四真祖」
「ヴァトラー!?」
暗闇の中から現れた吸血鬼の貴族に、古城は思わず立ち上がって身構えてしまう。この
「勇!?」
ヴァトラーの腕の中で、俗に言うお姫様抱っこされている血だらけの勇を見て驚愕の声を上げる。
「大丈夫だよ、ラ・フォリア王女。傷を癒すために眠っているだけだから」
すやすやと寝息を立てている勇を愛おしそうに見つめるヴァトラー。傍から見れば美青年が美少女を思いやるとてもいい絵面である。何もしらない者から見ればの話であるが。
「なんて羨ましい…!わたくしも抱きたいので、今すぐにその場所を変わりなさいアルデアル公!」
「本音がだだ漏れてすよ王女!?」
包み隠す気のないラ・フォリアに紗矢華のツッコミが入る。
「妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい」
「アスタルテさん!?」
ハイライトの無い虚ろな目で、ヴァトラーを今にも呪い殺しそうなアスタルテに冷や汗をかく雪菜。
「それはできないな。これは今回勇を助けたボクだけの特権だからね」
「そもそも勇がそこまで傷ついた原因はあなたにもあるのですから、そんな権利は認められません。速やかなる身柄の引渡しを要求します」
「あの。とりあえず勇を休ませてやるべきじゃないか?」
このままだと平行線を辿り続けそうなので、意を決して割り込む古城にアスタルテがそれならと言葉を紡ぐ。
「応急手当しますのでそこのベンチに横にさせて下さいこのホモや…アルデアル公」
何か国際問題級の発言をしそうになった気がしたが、古城達は聞かなかったことにした。
ヴァトラーも依存はないのか、素直に勇を近くにあったベンチに優しく横たわらせる。
「ユスティナさん手伝ってもらえますか?」
「承知!」
どこからともかく救急セットを取り出したアスタルテが、ユスティナと共に勇の治療に入る。
勇のことは彼女らに任せ。古城らがこれからどうすべきか話し合おうとすると、ヴァトラーが陽気な口調で告げる。
「勇は空隙の魔女と共にボクの方で預かろう。2人とも脱獄囚達に狙われているからね。連中は必ず襲ってくる。市街地にいるより一般人を巻き込まなくて安全だろう?」
「それはそうだが…」
この提案に古城は考え込む。
ヴァトラーは信用ならないが、彼が持ち出してきた条件はそれ程悪いものではない。
戦王領域の貴族が相手となれば、脱獄囚達も気安く戦いを挑むことはできないだろう。そうやって時間を稼げば勇が回復することもできるし、那月を元に戻す方法を探すこともできるだろう。
古城が確認の意味を込めてラ・フォリアを見ると、ラ・フォリアは不服そうだがやむをえないといった感じで頷く。
「わかりました。この場だけは勇をあなたに預けましょう。この場だけは」
念を押すように話すラ・フォリアに勝ち誇ったような笑みを浮かべるヴァトラー。
そんなヴァトラーに、アスタルテはチッと舌打ちしていたのは見なかったことにした古城であった。
話が纏まりそうな中、異議を唱えたのは浅葱であった。
「ちょっとまってよ!あたし話についていけてないんだけど!つか、なんで古城が戦王領域の貴族と知り合いな訳!?」
「色々と事情があったんだよ。それはまた今度、ゆっくりと説明するから――」
浅葱は古城が吸血鬼――それも世界最強と言われる第四真祖になってしまったことを知らない。そのことを彼女に知られた結果、今までの関係が壊れてしまうことを古城は恐れているのだ。
だが、この状況では、適当な嘘では勘のいい浅葱を誤魔化すことはできないだろう。そろそろ潮時なのかもしれない。
自分が第四真祖であること。そして、ここから先は普通の人間の出る幕ではないと彼女を突き放す。それだけのこと。そう、たったそれだけのことだ。仮令その結果、友人としての浅葱を失ってしまうとしても、彼女の安全には替えられない――
だが、古城がそれを口にする前に、浅葱が人差し指を勢いよく立てて宣言した。
「いいわ。条件つきで、サナちゃんのことをあんたに任せてあげる」
「…条件?」
猛烈に悪い予感を覚えて、古城がうめく。浅葱は
「古城達と一緒に行くからね。あたしも」
何。と絶望したように天を仰ぐ古城に、複雑な表情をしている雪菜と紗矢華。そんな彼らを見てあらあらと、笑みを浮かべるラ・フォリアに、腹を抱えて笑い出すヴァトラー。
魔物と人の邂逅の祭典――波朧院フェスタは続く。宴の夜は更けていく。