前回のあらすじ
まあいいや姉妹襲来
勇の姿が消えた南宮家のリビングで、ラ・フォリア達がテーブルを囲んで椅子に腰掛けていた。
「状況を整理しましょう。最後に勇を見たのは日付が変わる頃なのですね倫」
「うん。その時は南宮先生のことを気にしてたけど、それ以外に変わったことは無かった」
ラ・フォリアの問いかけに、その時のことを思い出しながら答える倫。そして自分のしたことに赤面してしまう。
「どうしました倫?顔が赤いですよ?」
「な、何でもないよ!うん、大丈夫!」
両手を顔の前で振りながら必死に誤魔化す倫。普段のクールビューティーな彼女からは、想像できない可愛らしさが溢れていた。
これは何かあったなーと感じ取る一同だが、一先ずそのことは置いておくこととした。
「それで朝の鍛錬に顔を出さなかったのですね雪菜?」
「はい」
今度は雪菜へと問いかけるラ・フォリア。
なぜ彼女がいるかと言えば、日課である朝の鍛錬の時間になっても勇が来ないので、不審に思い訪ねてきたのだ。
「1人で外出した形跡が無いとなると――」
『うむ。やはり空間の捻れに巻き込まれた様だな』
テーブルの中央に置かれたアスタルテのスマフォから勇太郎の声がした。
現在絃神島全体で空間に異常が発生しており、人が無差別に転移してしまう事態が起きているのだ。
『どうやら霊力や魔力が強い者程巻き込まれやすいらしい、まだ規模は小さいが――』
「真祖と同等の力を持つ勇さんは、モロにその影響を受けてしまったと?」
アスタルテの問いにうむ、と答える勇太郎。
そこで雪菜が不意にあ、と声を漏らした。
「どうかしましたか雪菜さん?」
「いえ、叶瀬さんのパーティが終わって家でお風呂に入っていたら、いきなり暁先輩が入って来て――ハッ」
そこまできて己の過ちに気がついた雪菜が、慌てて口を押さえるも時既に遅く、周りからおおーと感嘆の声が上がる。
「それで、そこからどうしたのですか!?」
『えらく興奮しとるねーラ・フォリアちゃん』
鼻息を荒くして雪菜に詰め寄るラ・フォリア。勇がいないので一応ツッコンでみる勇太郎。
「え?しばき倒してお説教しましたけど?」
「あらあら、せっかくのチャンスでしたのに」
『青春だねー!青春だねー!』
心底残念そうなラ・フォリアとやかましく騒ぐ勇太郎。そんな二人にえ?え?と困惑している雪菜。
「あの、すぐにでも探しに向かうべきなのではないでしょうか?このままでは、勇殿が丸腰の状態で敵に襲われてしまう危険性があるのでは?」
『ん~そうしたいのは山々なんだけどさユスティナちゃん。今あの子がどこにいるか分からんし、スマフォも持ってないから連絡取れんのよね。それに、この件をなんとかしないと、同じことの繰り返しになるんだよねぇ。』
「つまり、この事態を引き起こしている奴をぶちのめさないと、勇とデートできないと言うことですね」
そう言うラ・フォリアは笑顔だったが、全身からドス黒いオーラが放たれていた。
「kill youですね分かります」
アスタルテが手の骨を鳴らしながら言う。随分物騒な言葉を覚えてしまったものである。これも、主の影響を受けているせいだろうか。
『この騒動の犯人は、昨日の夜に侵入したLCOの魔女共だろうな。狙いは監獄結界にぶち込まれている”
「”
「監獄結界って実在していたんですね。と言うか私ここにいていいのでしょうか?」
『倫ちゃんならかまへんかまへん。他言無用してくれるならオッケーよ』
余りに軽すぎる勇太郎にそれでいいのだろうかと思う一同?仮にも治安維持組織の長なのだが…。まあ、本人がいいと言っているなら大丈夫だろう。
「それでお義父様。LCOが監獄結界を探すために空間を歪めていると?」
『ああ、あれはこの世界とは別の次元にあるからな。外部から干渉するには、高度な空間制御能力と膨大な魔力か霊力が必要だ。それをLCOがどうやって確保するかは知らんが、碌な方法じゃないだろうな』
迷惑極まりない連中だと、苛立ちを募らせた声で吐き捨てる勇太郎。ただでさえ忙しいこの時期に、面倒事を増やしてくれたからだろう。
「それで、勇太郎さん。今起きている空間の捻じれって、強力な霊力や魔力に反応して起きているんですよね?」
『そうだよ倫ちゃん。この絃神島には俺の他に馬鹿でっかい力を持ってるのが三人いるからねぇ』
「勇にアルデアル公、そして――」
「第四真祖である暁先輩…」
真祖とそれに連なる力を持つ者がこれだけ同じ土地にいると言うのは、それだけで何が起きるか分からないのだ。ある意味この世界で最も危険な場所であると言えた。
『君達もいつ捻じれに巻き込まれるか予測できん。勇の捜索とかはこちらでやるから余り動かないようにな。特にラ・フォリアちゃんや夏音ちゃんは飛ばされ易いから』
アルディギア王家の血を引く二人は、剣巫として優れた力を持つ雪菜よりも強力な霊媒なのだ。なので、空間の捻れに巻き込まれる可能性が勇達の次に高いと言える。
『ああ後、万が一に備えて皆携帯を肌身離さず持っていてくれな』
「はい、分かりましたお義父様」
『んじゃ、何かあったら連絡してくれ。…ん、どうした奴らが見つかったか?え、何で正座して膝にデカイ石を乗せながら電話してるのかだって?気持ちいいからに決まってんだろ――』
言葉の途中でアスタルテが通話を切り、スマフォをしまった。
何とも言えない沈黙に包まれる一同。そんな空気を払うようにラ・フォリアがわざとらしく咳払いをした。
「…では、雪菜は古城の方を頼みます。もしかしたらこの一件彼が関係してくるかもしれません」
本人にその気が無くとも、第四真祖と言う名と力は様々なものを呼び寄せてしまうのだ。今回の事件でも彼の身に何か起きる可能性は十分に考えられた。
「分かりました。それでは」
雪菜もそのことを危惧している様で、異論は無いみたいである。
南宮家を後にする雪菜を見送ると、現在ラ・フォリア達はある問題に直面することとなる。
「さて、朝食はどうしましょうか?」
そう、南宮家の家事は勇が担当しているのだ。その勇がいないのは死活問題と言えよう。
アスタルテもメイドとして手伝ってはいるが、まだ1人で全てを行うのは難しかった。
「ど、どうしましょう?」
「姫様!兵糧丸ならありますぞ!」
飼い主が急にいなくなった小動物の様にオロオロする夏音と、自信満々に小袋を取り出すユスティナ。取り敢えずユスティナの案は却下することは決定していた。
「せっかくなんで、皆で協力して勇をあっと驚かせましょう!」
愉しげに意気込むラ・フォリア。これが惨劇を生み出すとはこの時誰も知らなかった…。
時は少し遡り、絃神島十三号サブフロート。そこに勇は立っていた。
「どうなってんだ?」
少し前に黒死皇派と死闘を繰り広げた地を見回し首を傾げる。悲惨な程までに破壊され尽くしている光景は間違い様もなかった。
朝の鍛錬の前にトイレに行って出たらここに立っていた訳だか…。
「飛ばされたのか?」
いくら魔族特区と言っても、こんな現象が自然と発生するとは思えない。
となると何者かの仕業ってことになるけど、転移魔術の時と違う感覚だったし周囲に誰の気配も感じない。
他に考えられるのは、誰かが何かをしようとして偶発的に起きた自体なのかもしれないな。
「さて、どうするか?」
喧嘩売ってきたならぶちのめして目的とか吐かせるんだけど、そうじゃないとなると家に帰るしかないか。
「無事に帰れればいいんだけど」
連絡取ろうにも手ぶらだから無理だし、つーかパジャマに裸足だよ俺…。トイレが終わった後だったのがせめてもの救いかね。
「まずは自力で帰るかねぇ」
このままここにいてもしょうがないと考え歩き出すのであった。やっぱり歩きづらいなぁ。
「まいったねぇ」
市街地にある噴水広場のベンチに腰掛けて深々と溜息を吐いた。まだ日が明けたばかりだから人はいないけど、今の俺不審者にしか見えないよねぇ。あ、頭に雀さんが乗った。
「おはよう。いい天気だね」
挨拶すると可愛らしく鳴いて答えてくれた。そうだねぇ。今日は洗濯日和になりそうだ。
「早く家に帰って洗濯したいなぁ」
あれから家へ向かって歩いていたが、道路を曲がったり建物に入ろうとすると、全く別の場所に転移してしまっていた。
どうやら空間があちこち捻れて迷宮の様に繋がってしまっているらしい。それも魔力や霊力が強い程引き込まれるみたいだ。
「もぉどこの誰だよ、こんなメンドいことしてくれてるの?」
見つけたらキン○バスターしてやる。うん、そうしよう。
「にしても、転移する頻度がどんどん上がっていってるなぁ。」
時間が経つと空間の捻れが広がって、転移する回数が増えていってるみたいだ。
助けが来るまで待つべきか?いや、このままだと俺だけが転移するから意味ないな。となると元凶を潰すしか無いのか…。
「もっと派手に動いてくれれば楽なんだけどね。そしたらそれを辿って勘で行けるのに」
雀さんに言うと首を傾げられた。まあ、君に言っても仕方ないよねぇ。
「さてと、そろそろ行かなくちゃ。本当は君とゆっくり話したいけどごめんね」
そう雀さんに告げると、名残惜しそうに鳴いて飛び立って行った。バイバーイと手を振ると再び歩き出した。
もうちょっと歩いて駄目だったら、素直に助けが来るまでじっとしてよう。
「んーこっちに行ってみるかな」
勘に任せて曲がり角を曲がると、視界が霧に包まれた様にぼやけた。
「んにゃ、何これ!?」
これは湯気!?ま、まさかどこかの風呂場にでも入っちゃったか!?抜かった!こういう事態も想定しておくんだった!これじゃ完全に変質者じゃないか!
「ってやたら広いなここ…」
目を凝らして見ると、旅館とまではいかないが十数人くらいなら余裕で入れそうな広さだった。純白のタイルで覆われ豪邸にありそうな雰囲気を感じた。
「おや?その声は?」
ふと浴槽の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた途端に、本能が最大級の警鐘を鳴らし始めた。全身から汗が噴き出し、心臓がやかましく鼓動している。
浴槽から誰かが立ち上がる音がし、こちらへと歩み寄って来るとその姿が鮮明になっていき――
「やあ勇!ボクに会いに来てくれたのかい!」
まるで恋人が遊びに来たかの様に、満面の笑みを浮かべる全裸のヴァトラーだった。
「い、いぎゃあああああああああああああああああ!?!?!?」
ダレカタスケテェェェェェェェェェェェェェ!!!