前回のあらすじ
おはー!
「
波朧院フェスタを二日後に控える中、我が南宮家のリビングに凪沙の掛け声と共に、火薬の爆ぜる音が鳴り響いた。
これから夏音の退院を祝うパーティが始まるのだ。残念ながら那月ちゃんはどうしても外せない仕事があるので参加できないが致し方ない。
「あ、あの」
全身あちこちに紙吹雪をくっつけたまま、夏音が恐縮した表情で周囲を見回した。
「すみませんでした、皆さん…私なんかのためにこんな」
そんな夏音を力づけるように、凪沙が一際明るい声を出す。
「何言ってんの。今日は夏音ちゃんが主役なんだから。はい、座って座って。食べて食べて。このサラダ、自信作なんだ。クルミとピーナッツとゴマを使った自家製ドレッシングと。こっちは棚屋の絃神コロッケ・デラックス。そっちが凪沙特製レッドホットチリビーンズ・グランドフィナーレ。もうすぐハイブリットパスタも茹で上がるから。あ、それといっくんが作ったボルシチとかもあるよ」
テーブルには、大盛りに盛りつけられた料理が所狭しと並んでいる。凪沙と俺にアスタルテがそれぞれ作ったのだ。
「あ、ありがとう」
凪沙の勢いに引きずられ、夏音もぎこちなくだが微笑んだ。やはりこういう時、ムードメーカーである彼女の存在は大きいな。
そんで基樹が、さっそく料理に箸を伸ばしていた。
「おー、美味いなこれ。さすが凪沙ちゃん。また腕を上げたんじゃないか」
「ほんとね。古城の妹にしとくのはもったいないわ」
冷静スープを口に運びながら、浅葱が幸せそうに頬に手を当てる。
「どういう意味だよそれ!?」
傷ついた様な顔で古城がツッコミを入れていた。実際お前には勿体無いくらいよくできた子だよね。
「勇このスープは何ですか?」
「ああ、それはバクテーと言うシンガポールの料理だよ。ご飯やこの揚げパンを浸しても美味しいよ」
「ほんとだ美味しい。勇君って何でも作れるよね」
リアや委員長も俺の作った料理を食べて喜んでくれている。今日のためにいつも以上に腕を振るった甲斐があったね。
「何でもって訳じゃないけど、代表的なのは一通り作れるよ。ちっこい頃はそれくらいしかすることがなかったからね」
母さんが亡くなってからは、父さんも那月ちゃんも仕事で忙しかったこともあり、俺が家事を引き受けていて自分の作った料理で二人が喜んでくれるのが嬉しくて、色々と勉強したんだよね。
「お前本当に男なのが残念だよなー」
「よかろう。あの女にちくってくれよう」
「すいませんでした。それだけは勘弁して下さい」
顔面を床に叩きつけんばかりの勢いで土下座する基樹。まあ、冗談だけどね。あの女に関わるのは勘弁だし。
「ところで先日勇の部屋を漁っていたらアルバムを見つけました!目的の薄い本はありませんでしたが」
「おう、自白しおったな。つーか、ねえって言ってんだろ」
ここまで清々しいと怒る気にもならない訳、ないとでも思った?後でじっくり話し合おうじゃないか。
とか考えている内に皆興味津々と言った感じで、リアの周りに集まっていた。
「これは、小学生くらいか?」
「つーか、写真多いな!?」
「大体そんくらいの時のだねぇ。量については父があれだから」
『ああ…』
皆さんあの親馬鹿を思い浮かべて納得して下さった。ちなみに小学生だけで30冊くらいある。
「お兄ちゃん可愛いです!」
「撫で回したいですねぇ。うふふふふ」
「こえーよリア」
笑顔が怪しすぎるぞ王女。
「う、美しい…」
「うん、それ褒めてないからねティナさん?」
女装させられている写真を見ながら言われても嬉しくないし、そもそも男に言うことじゃないからね?
そんな中委員長が何かに気づいたかの様にんーと唸っていた。
「でも、何かに隠れてるのが殆どだね」
「その頃は極度の恥ずかしがり屋だったからねぇ」
自分に自身が持てなかったこともあって目立つのが嫌だったんだよねぇ。
「今のお前からは想像できねーな」
「全くだねぇ。人生何が起きるか分からんもんだよ」
4年前アヴローラに出会ったことで俺の、いや俺と古城の人生は大きく変わった。最も古城はある理由でそのことを覚えていないが。
「那月ちゃんも写ってるけど…」
「「「変わってねぇ(ない)…!」」」
今と全く変わっていない那月ちゃんを見て、クラスメイト三人が声を揃えて驚いている。
「本人の前では言わない方がいいよ?補習させられるから」
ちなみに俺が言った場合、鎖で巻かれてベランダに干される。
「この一緒に写っているそっくりな方は?」
「ああ、俺の母さんだよ」
「この方が”破魔の巫女”と呼ばれた神代志乃さんなんですね」
姫柊が憧れの眼差しで写真に写った母さんを見ていた。
確か母さんはあらゆる魔を払う力を持った、藤原と言う日本有数の退魔の家系の生まれなんだそうだ。その中でも特に抜きん出た力を持っており、本来僅か先の未来しか視えない筈の霊視で、限定的だが遥か先の未来まで予知できる程だったらしい。
巫女を目指す者なら誰にでも知られているくらいの有名人が、家出同然で父さんに嫁いだと当時かなり話題になったそうだ。理由は「退屈しないから」と話していた。
「デカイ…」
アスタルテが母さんと自分の胸を見比べて悲観に暮れていらっしゃった。
「あーまあ、大きさだけが全てって訳じゃないと思うよ?俺はそこら辺は気にしないから」
そう言うと晴れやかな顔になるアスタルテさん。いや、何か目が妖しく光ったわ。
「ならば是非、その証明を…」
「そういや古城。フェスタの時は誰かと回るの?」
迫ってくるアスタルテをさらっと流しつつ、古城に気になっていたことを聞いてみる。
昨日の朝からクラスメイトから様々な勧誘を(姫柊目当て)先客がいるって断っていたんだよね。
「ああ、ユウマって言う幼馴染とな。親戚のツテで招待チケット貰ったから案内してくれって」
「それじゃ仕方ないわね。ね、浅葱」
「いいわよ。どうせそんなことだと思ってたから」
委員長が励ますと、ムスっとした顔でやけ食いを始める浅葱。これはドンマイとしか言えないわ。
瞬く間に料理が無くなっていくのを眺めて、凪沙が喜んでいる。
浅葱がふと食事の手を休め、隣にいる姫柊に顔を寄せて小言で話し合うと、二人同時に溜息をついた。
「そう言う奴よね」
「…ですね」
妙に共感のこもった言葉で慰め合う二人を。何なんだ一体、と不安そうな顔で眺める古城。気づけニブチン。
時間はあっという間に過ぎ、良い子は完全に眠っている時刻に、俺はベランダの手すりにもたれながら夜景を眺めていた。
パーティは和やかな盛り上がりの中で終了した。
主賓の夏音は途切れることのない凪沙のお喋りや、基樹の馬鹿話を、嫌な顔一つせずに嬉しそうに聞いていたし、俺がジェンガでリアに嵌められ、ティナさんとアスタルテがNA○UTOのコスプレしたりと実に楽しかった。
浅葱と姫柊はヤケクソ気味に対戦型のビデオゲームに熱中していた。超人的な反応速度を誇る姫柊と、圧倒的なコンピューターアルゴリズムの知識と天性の勘を持つ浅葱。二人の対戦は白熱した結果、見たこともないハイスコアを多数叩き出した。動画にしてサイトに投稿すれば物凄い再生数を稼げるだろう。
終電間際に古城達は帰宅していき、委員長はフェスタの間家に泊まっていくこととなっている。リアが国に帰る前に少しでも思い出を作りたいとの話があったからだ。
「眠れん…」
皆も寝たし俺も寝ようとベットに潜り込んだけど、どうにも嫌な感覚がして寝付けないのだ。
こういう場合確実によからぬことが起きるのだ。それに――
「那月ちゃん大丈夫かな?」
電話で暫く帰れないって言ってたけど、それだけの事態になってるってことかな?無理してなければいいんだけど…。
「勇君?」
あれこれ考えていると、背後から声をかけられたので振り向くと寝巻き姿の委員長がいた。
「ありゃ、委員長どうしたの?」
「パーティーの時たまに考え事してたから。南宮先生のこと?」
そう言って隣まで歩み寄る委員長。
うーん、気づかれない様にしてたんだけどなぁ。流石付き合いが長いだけあってすぐに分かっちゃうか。
「うん、厄介事に巻き込まれてるんじゃないかってさ…」
「心配な訳か、勇君南宮先生のこと大好きだもんね」
「自慢の姉だからね」
俺が小さい頃は仕事が忙しくて、家を空けることが多かった父さんと母さんに代わって面倒を見てくれたからね。
だから少しでも恩返しのために、仕事を手伝える様にってのが攻魔官になった理由の一つなんだよね。
「他の人の心配するのはいいけど、自分のことも考えないと駄目だよ?最近入院してばっかりなんだから」
「うぐっ」
確かにここ最近やたら物騒なことばっかり起きてるから、病院送りになることが多くなってきてるんだよなぁ。その度に見舞いに来てくれるし、休んでいる間の分の勉強を教えてくれる委員長には本当に感謝している。
「心配ばかりさせてごめん…。でも、必ず皆の所の帰るから」
「うん、信じてる」
安心させるために頭を撫でると、嬉しそうに目を細める委員長。暫く撫でていると、委員長が何か考えついた様にあ、と声を漏らした。
「ねえ。おまじないしてあげよっか?」
「おまじない?」
「うん、無事に帰ってこられますようにって」
それはありがたい、ぜひお願いしたいね。
「いいけど、どんなの?」
「それはね――」
そう言いながら両手を俺の頬へと添える委員長。予想外の動きに戸惑っていると、こちらへと顔を近づけると頬にキスをした。って、え?
「ちょ、委員長!?」
素っ頓狂な声を上げて慌てふためいている俺を見ながら、悪戯が成功した子供の様に笑う委員長。
「ふふ。じゃあ、おやすみなさい」
そう言って部屋へと帰っていく委員長を、間抜けな顔で見送ることしかできなかった。
「あうっ」
やばい身体が熱い!頬に残る唇の感触を思い出しちゃう!早く寝よう!そうしよう!
気が動転し過ぎて転びそうになりながらも、自分のベットに潜り込むために部屋に戻るのであった。
パーティーの翌日。太陽が少し始ずつ昇りめた時刻、部屋からラ・フォリアが瞼を擦りながら出てきた。
完全に覚醒していないのか、少々危なげな足取りでトイレへと向かっていくが、あることに気がつき足を止める。
「あら?勇の靴が…」
そう、この時間ならいつも鍛錬のために出かけている勇の靴が玄関にあるのだ。寝坊でもしたのだろうか?いや、勇に限ってそんなことはないと断言できる。
嫌な予感がしたので、勇の部屋に向かいドアをノックする。
「勇、ラ・フォリアです」
いくらドアをノックしても返事が返ってこない。それどころか人がいる気配すらしなかった。
不審に思ったラ・フォリアがドアを開け中に入ると、そこに勇の姿は無く愛刀である獅子王がベットに立てかけられているのみであった。
「勇…?」
主のいな部屋に、ラ・フォリアの声だけが虚しく響いた。