この作品を書き始めた時は、まさかここまでいくとは思いませんでした。これからも皆様の期待に応えられる様に頑張ってまいります!
日が明けたばかりの早朝の公園に、小鳥が一日の始まりを告げるようにさえずるが、その音に紛れて木と木が打ち合う音が響き渡る。
公園の中央で木刀と槍と同じ長さの棍棒を持った少年と少女がいた。
木刀を持った少年、神代勇は絹のような黒髪を一つに纏めており、少女と言ったほうが妥当ではないかと思える程の美しい顔立ちをしていた。
しかし、その動きは獲物を仕留めんとする獣の様に荒々しく、風を切る音が遅れて鳴る程の速度で相対している少女、姫柊雪菜に打ち込んでいく。
対する雪菜はそれを棍棒で受け止めるのではなく、身体を回転させながら棍棒で木刀を滑らせる様にして受け流していく。その動きはまるで舞を踊っているかのように優雅であった。
そして怒涛の打ち込みの僅かな隙を突いて、槍のリーチを活かし間合いを取ろうと反撃を試みるも、軽々と避けられて逆に攻撃後の隙を攻め込まれてしまう。
「うおらぁ!」
勇が剣戟だけでなく手足の打撃も加わえると、完全に防戦一方となる雪菜。
やがて捌ききることができなくなり、振り上げられた蹴りを受け流せず受け止めると、ミシッと棍棒が軋む音と共に両腕から全身へと走った衝撃で感覚が麻痺してしまう。
「ッ!」
雪菜の力が緩んだ隙に受け止められた脚で棍棒を弾くと、無防備になった首筋に木刀を添える勇。
「…参りました」
「うっし、今日はここまでにしますか」
右手に持った木刀を肩に担ぎながら一息つく勇。
その間に弾かれた棍棒を拾いに行った姫柊が戻ってくる。
「まだ霊視に頼ってはいるけど、知り合った頃よりはましになってきてるねぇ」
「はい、神代先輩の指導のおかげです。本当にありがとうございます」
そう言って礼儀正しく頭を下げる雪菜。
雪菜が絃神島に来て初めて解決した聖遺物を巡る一件の後、彼女にお願いされた勇はこうして早朝に鍛錬に付き合っているのだ。
雪菜を始め剣巫は霊視と呼ばれる一瞬先の未来を予知し、先手を取る戦法を基本としているが、それに頼り過ぎると相手に動きを制限されてしまうことがある。
勇も先程の模擬戦でわざと隙を作り、姫柊に攻撃の隙ができたように予知させ逆に誘い込んだのだ。
ただ予知された通りの行動をするのではなく、時にはそれ以外の選択をすべきか判断できる様になる、と言うのが今の姫柊の課題として挙げられる。
「ん~指導って言える様なことはなんもしてないけどねぇ」
「いえ、先輩と手合わせして頂くだけでも学ぶことが多いです」
雪菜は基礎はしっかりとしているので、必要なのは経験を積んでいくことである。なので、鍛錬もひたすら模擬戦しかしていない。
人間がいくら身体を鍛えても魔族には到底かなわないので、感覚と動作を徹底的に鍛えるのが基本である。勇と言うより神代の血筋の場合、そこら辺は人を辞めているので当てはまらないが。
「酷いことを言われた気がするでござる」
「はい?」
「いや、何でもないや。そろそろ帰んないと那月ちゃん達が起きるから、またねー」
そろそろ帰宅して朝食を作らないと、同居人達が起きるまでに間に合わなくなってしまう。そうなったら機嫌を損ねてしまい面倒なことになるのだ。
「はい、それではまた後で」
姫柊と別れ、今日の朝食のメニューを考えながら帰路に着く勇であった。
西区の住宅街にそびえる高級マンション。ここが俺が住んでいる家である。
父さんと母さんがこの島に住み始めた時、本当は一軒家を買いたかったが、仕事柄命を狙われことがあるので、無関係な人を巻き込まない様にとこのマンションをまるまる買い取ったそうだ。なので今は父さんは忙しくて余り帰ってこないが、名義は父さんで代わりに那月ちゃんが管理している。
最上階までエレベーターで移動し、エレベーターを降りて少し歩いた所に我が家の玄関に繋がるドアがある。最上階全てが一つの家となっており広い無駄に広いとにかく広い、父さん母さん含め四人で暮らしていた時でも広く感じていたから、こないだまで那月ちゃんと二人で暮らしていた時は少し寂しさすら感じられる程だった。そう、こないだまではね。
「ただいま~」
「おかえりなさいませ勇さん」
ドアを開け帰宅した俺を、しばし前に家族となったアスタルテが出迎えてくれた。
彼女が来てくれてから家事を始め、何かと手伝ってくれるのでとても助かっている。最初こそ危なっかしかったけど、教えればあっという間に覚えていき、今では一流のホテルマン顔負けの働きをしてくれている。
「お風呂にしますか?それとも私にしますか?または私にしますか?」
「うん、シャワーで」
家に来てから彼女のキャラがとんでもない方向に進んでいるけど、個性があっていいと思うんだ。決して現実逃避している訳ではない。
残念そうな感じのアスタルテを置いて浴室へ向かおうとしたが、俺の部屋に何者かの気配を感じた。いや、誰か分かったわ。
部屋の前まで移動しドアを開けて中へ入ると、いつも通りの我が部屋が視界に入る。そのまま気配のある場所、ベットまで歩くと下を覗き込む。
「あ」
するとベットの下に潜り込んでいた不審人物と目があった。
「お、おはようございます勇」
「おはようリア」
ラ・フォリア・リハヴァイン。北欧にあるアルディギア王国の第一王女で俺の婚約者、ということに一応はなっている。
ちなみに彼女が今着ているパジャマは母さんが使っていたものである。この島にやって来た時に乗っていた飛行船が墜落してしまい、着替える物すら失くなってしまったので、念のためにと残し置いたのを貸してあげたのだ。
何で彼女がここにいるのかと言えば、この前の事件の後、彼女の帰国準備が整うまでの間家に身を寄せることになったのだ。
普通は政府が用意したホテルなんかに泊めるべきなんだろうけど、アルディギア側から是非家にして欲しいとの要望があったそうだ。
まあ、俺としてもリアといられる時間が増えるのは嬉しいからいいんだけど、そのことを伝えてた父さんが何やら企んでた様な気がしてたのが怪しいが…。
「で、何してるのこんなところで?」
「えーと、気がついたらここに…」
「ふ~ん。寝ぼけていたと?」
目を泳がせながら言っても説得力無いけどね。
「どうせ俺がエロ本持ってないか調べてたんだろう?で、俺が帰ってきたから慌てて隠れたと」
「やはり婚約者としてあなたの趣向を把握しておくべきだと思ったのです」
凛とした声で言ってるけど、そんなベットの下に潜り込んだままじゃカッコつかないよ。
「悪いけど俺はそういうの持ってないよ。姉が厳しくてね」
持ってるのが見つかったら干されるからね。
「そうですか。てっきりそういうのに興味がないのかと危惧しましたよ」
「俺もそこら辺は普通の人と同じってこったね。つーか、いい加減に出てきなさい」
覗き込んだまま話すの疲れるんだけど。
「もう少し勇の匂いを堪能したいのでこのままキャー」
色々と危ないことを言っているので、足を掴んで引きずり出した。てか、何をしてたんねんおのれは。
「勇様!姫様がいずこにおられるかご存知…」
そんなこんなしていたら、リアの護衛として一緒に泊まっていたティナさんが入ってきた。リアが部屋にいないことに慌てたのか、ノックし忘れてますぞ。
そしてなぜか、俺達を見て固まっていらっしゃる。
「し、失礼致しました!どうぞ、ごゆっくり!」
「待てや」
顔を真っ赤にして出ていこうとするティナさんを呼び止める。絶対なんか勘違いしてるよこの人。
「今、俺達を見て何を考えた?」
「いえ、これから夫婦の営みをなされるのかと」
「まあ」
「まあ、じゃねえよ!赤らめた両頬に手を当てて照れんなリア!」
余計にティナさんが勘違いするだろうが!てか、この状況を楽しんでんじゃない!
「そうとは知らずとんだ無礼を!許せないとおっしゃるなら、腹を切ってお詫びを!」
「せんでいい!違うからね!朝っぱらからんなことするか!」
ホントこの人なら切腹しかねないから怖い。真面目過ぎるのも考えものである。
「なら夜なら構わないと?」
「うん、少し黙ろうかリア?」
目を輝かせるな目を。ただでさえ姫柊との鍛錬で疲れてるんだから、これ以上体力を消費したくないんだよ。
「だいたい、式も挙げてないのにそんなことしちゃ不味いんじゃないの?」
王族ってそこら辺のしきたりにうるさい筈だけど。
「いえルーカス様が、隙あらばどんどん狙っていけと姫様におっしゃっていましたので、問題ありません!」
「あのオッサン…」
目眩がした顔に手を置く、なぜかドヤ顔でサムズアップしている姿が思い浮かんじまったよ…。
「何やら聞き捨てならない話が聞こえてきましたが」
「来なくていいから、朝食の準備をしてなさい」
騒ぎを聞きつけたアスタルテが乱入してきた。お呼びじゃないからキッチンに戻りなさい。
「こうなったら四人でまぐわいたたたたた!痛いです勇!」
余計にややこしくなさろうとする王女に、軽く四の地固めを決めてさしあげる。流石の俺も我慢の限界があるよ?
「まぐわい?」
リアの言おうとしたことが分かっていないティナさんが首を傾げていると、アスタルテがティナさんの袖を引っ張る。
「む?どうされましたアスタルテ殿?」
「ちょっとお耳を」
ティナさんがに言われた通りに顔を近づけると、アスタルテがゴニョゴニョと話しかけている。すると、みるみる内にティナさんの顔が真っ赤になった。嫌な予感しかしない…。
「分かりました!勇様が望まれるなら私も覚悟を決めましょう!」
「いざ」
「だらっしゃああああああああああああああああああああああああ!!!」
服を脱ごうとするお馬鹿二人の頭に手刀を叩き込む。割と本気でやったので、二人共頭を押さえて涙目でうずくまった。
「勇そんなに照れなくても「あ?」あ、お顔洗ってきますね!」
余計な口を挟もうとしたリアを睨みつけると、流石にやり過ぎたと感じた様で、そそくさと部屋から出ていった。
「で、では、自分も失礼します!」
「そう言えば味噌汁を火にかけたままでした」
ティナさんとアスタルテも同じ様に退散していった。つーか、火をつけたまま離れるんじゃないよアスタルテ危ないな。
「はぁぁぁぁぁぁ」
どっと出た疲れを吐き出す様に深い溜息を吐く。
もうこのままベットに潜り込んで寝たいけど、これから学校なんだよなぁ。ま、楽しいからこういった日常の方が好きだけどね。