ストライク・ザ・ブラッド~神代の剣~   作:Mk-Ⅳ

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勢いでやった。反省はしていない。


短編その1

日が傾きかけた時間帯にオフィス街に立ち並ぶビル群の上を、二つの影が鬼ごっこをしているかの様に走っていた。

追いかけているのは神代勇である。

黒死皇派との件から数日、束の間の平穏を楽しもうとしていたが、捕まえ損ねた奴らがいるとのことで、その捕縛を行っている姉の南宮那月の手伝いをさせられているのだ。

そして現在、対象の一人の男をとっ捕まえようとしているのいだが、相手はチータータイプの獣人のため予想以上に足が速く、思っていた以上に時間がかかってしまっていた。

 

「だー!はええ!いい加減諦めるか戦うかしやがれー!」

「嫌だー!捕まりたくないし、勝ち目の無い戦いなんてしてたまるかー!」

「テロリストの癖にダダこねてるんじゃねー!」

 

くっそ、マジで面倒臭えなおい!だが、貴様の頑張りもここまでだ!

 

「アスタルテ!」

「イエス・マイロード」

 

相手の逃走経路を先読みして配置していたアスタルテが、背中から薔薇の指先の腕を生やして進路を塞いだ。

 

「くっしまった!?」

「往生せいやぁ!」

 

追い詰めようと男がいるビルに飛び移るも、なぜか着地点にバナナの皮が落ちていた。

 

「何でええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」

 

回避することなどできず、思っいきり踏んづけてしまった。いやいやいや!やばい!これマジでやばいって!

 

「チャンスきたあああああ!!!」

 

千載一遇の好機を逃すまいと男が襲いかかって来る。シャレになんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 

「ひゃあああ!?」

 

鋭く伸びた爪が振り下ろされるも、咄嗟に横に転がって避けるが、着ていた制服の上着に掠れ胸元がはだけてしまい、思わず両手で隠してしまう。よく考えれば隠す必要無かったよね。

 

「おお!」

 

何簡単の声漏らしてんだテメェ!どいつもこいつも俺で興奮すんじゃねえよ!

 

「ふん」

「ぐあぁ!?」

 

完全に俺に気を取られていた男の後ろから、アスタルテが薔薇の指先の腕で握り締めた。

 

「あなたはいい仕事をしました。安心して眠りなさい」

「ぐ、ぐぅ…。もっと見ていたかった…。ぐふっ」

 

何をだ?俺か?俺をか?お前もホモなのか?えっ男なら誰でもそう思う?やかましいわ!

後、アスタルテ。何でそいつを褒めたし。

 

「大丈夫ですか勇さん?」

「ああ、大丈夫だ。服が破れただけだから」

 

気絶させた男を地面に放り投げたアスタルテが、心配しながら歩み寄って来てくれたので、無事なことを伝える。

安心したかと思ったら自分のスマフォを取り出して、俺を激写し始めましたよこの子!

 

「ちょ!何してんの!?」

「いえ、せっかくなので記念に」

「何の!?ええい、消しなさい!」

 

スマフォを取り上げようとするも、普段の彼女からは想像つかない速度で逃げるアスタルテ。そんなに必死になることかよ!?

 

「何を遊んでいるお前達?」

 

聴き慣れた舌足らずな口調に振り向くと、いつもの様に忽然と現れた那月ちゃんが、追いかけっこをしている俺達を呆れが混ざった目で見下ろしていた。正確に言えば身長差ゆえに見上げているのだが。

 

「ふん!」

「痛っい!?」

 

脛!脛を思っいきり蹴られたでござる!

 

「下らんことを考えているからだ」

「心を読まんでちょーよ」

 

顔に出やすいのかねぇ。もっと精進せんとな。

 

「あー、そう言や制服の替えってあったけなぁ?」

 

ここ最近立て続けに事件が起こったから、制服の消費が半端ないんだよなぁ。新しいの発注すんのも忘れてたし。

明日学校あるし、どうしよ?

 

「那月ちゃん新しい制服もってない?」

 

教師である那月ちゃんなら持ってるかもと思い、聞いてみた。

 

「ああ、持っているぞ」

 

そう言って出現させた魔法陣に手を突っ込み漁り始めた那月ちゃん。流石頼りになるねぇ。

 

「ほら、これを使え」

「………女子のなんですが、それは?」

 

魔法陣から引っ張り出されたのは彩海学園高等部の制服である。ただし女子用のだがな!

 

「お前なら問題ないだろう?一日くらい我慢しろ」

「嫌だよ!それなら休むわ!」

「ほう。そんな理由で休ませるとでも思ったか?」

 

那月ちゃんが邪悪な笑みを浮かべて、俺の周囲に無数の魔法陣を出現させた。あかん!あかん!ガチで殺る気やこの人!

 

「監獄結界に放り込まれるか、学校に行くか好きな方を選ばせてやろう」

「分かったよ行けばいいんでしょう!チクショウ!」

 

あそこに放り込まれるなんてシャレにならん!何をされるか分かったもんじゃない!

 

「よし、帰るぞ。アスタルテさっき撮ったのは私に送っておいてくれ」

「無論です教官」

「何?そんなに俺の恥ずかしい姿を拡散させたい訳?」

 

俺を社会的に抹殺したいんですかね?とか思いながら、明日のことを考え憂鬱な気分で帰宅するのだった。

 

 

 

 

翌日の南宮家、朝食を終えた勇達は学校へ向かう準備をしていた。

 

「はぁ~」

「朝っぱらから溜息なんぞ吐くな、こっちまで幸せが逃げる」

「今吐かずしていつ吐けと言うのか?」

 

今から処刑される死刑囚の様な悲壮感を漂わせている勇。今にも泣き出しそうである。

 

「速く着替えろ。遅刻するぞ?」

「う~~い」

 

物凄く気の抜けた返事をしながら自分の部屋へと入っていった勇。数分してドアが僅かに開き、顔だけ出してきた。

 

「やっぱ、着なきゃ駄目?」

「駄目だ」

 

勇が懇願するもバッサリと那月に切り捨られ、しょぼくれながら部屋に戻るのだった。

さらに十数分後、再びドアが開きひょっこりと顔だけ出してきた。

 

「どうした?速く出て来い」

「う~やっぱり恥ずかしいよぉ」

 

もじもじしながらう~と唸っている勇。普段とは違う愛らしさを感じられる。

 

「いいから出て来い。引っ張り出されたいのか?」

 

うじうじしている勇に、自身の背後に魔法陣を出現させて威嚇する那月。

 

「ひぅ!?出るからやめてよ~!」

 

女子制服を纏った勇が、子犬の様に涙目になりながら部屋から飛び出してきた。

 

「あう~スパッツ履いてるけど、何か股がスースーする感じがする~」

「そんなことはどうでもいい。なんで胸が盛り上がっているんだ?」

 

勇の豊かなに膨らんでいる胸を、苛らただしげに睨みつける那月。まるで親の仇を見ているかの様だ。

 

「だって、深森さんにもらったパットつけてないと落ち着かないんだもん」

 

ちなみにこのパット、深森が勇のためだけに予算無視して特注し、感触を極限まで本物に似せた物である。そのことを聞いた息子が、悲痛な叫びを上げたのは言うまでもない。

 

「そのパッド余ってないのか?あるなら寄越せ」

「ないよ。って言うか那月ちゃん、姿自由に変えられるんだから必要ないよね?」

 

自分で幼児体型にしておいて、そんなにひがまれても困ると思う勇。

 

「後、アスタルテ。そんなに様々な角度から激写しないでくれる?そもそもそのカメラどうしたのさ?」

 

どこからか取り出したカメラで勇を撮影しているアスタルテ。普段は見せない機敏なその動きは、プロとして食っていけるのでは?と思える程であった。ちなみに使用しているカメラは、ひと目で高級品だと分かる代物である。そんな物をいつの間に買ったのやら。

 

「ミセス深森にこんな時のためにと渡されました」

「あの人は…」

 

ドヤ顔でサムズアップしている親友の母親を思い浮かべて、額に手を置く勇。恐らく始めてアスタルテを深森に会わせた時に渡し、その後時間をかけ自身の技を授けたのだろう。よく見ると、アスタルテの動きが彼女と重なって見えてきた。

 

「さて、私達は先に行っているぞ。くれぐれも遅刻するなよ」

「は~い、行ってらっしゃい~」

 

アスタルテを連れて家を出ていく那月を見送ると、脱衣場に向かい鏡の前に立つ勇。

暫く鏡に映る自身を見つめていると、可愛らしくウィンクしてみた。途端に恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染め自分の部屋へと逃げるのであった。

 

 

 

 

「ああ、眠ぃ…」

「情けない声を出さないで下さい先輩」

「そうだよ古城君!ほらほらシャキっとしなきゃ、人生損しちゃうよ!」

 

欠伸をかいて歩いている古城に、左右に並んでいた姫柊と渚が注意する。

吸血鬼となってから朝にめっぽう弱くなってしまった古城だが、最近では黒死皇派が起こした事件で親しくなった紗矢華が、毎晩の様に長電話してくるので慢性的な睡眠不足となっているのだ。

 

「はいはい」

「もう、先輩!」

 

気怠げに答える古城に姫柊が小言を言おうとするも、不意に古城が足を止めてしまった。

 

「古城くん?」

「どうしたんですか先輩?」

「いや、何かいつもより人が多くないか?」

 

辺りを見回している古城に合わせて見てみると、モノレール駅の入口に多くの人がおり、何かを見れている様であった。中には熱心に写真を撮っている者までいた。

 

「なあ、凪沙この光景に見覚えがあるんだが」

「奇遇だね古城君。私もだよ」

 

どうやら古城と凪沙にはこころあたりがある様である。

 

「二人共知っているんですか?」

「ああ、多分あいつだ」

「あいつ?」

 

歩き出した古城と凪沙に着いて行くと、いつもの待ち合わせている場所には勇がいた。女子用の制服を纏って…。

 

「やっぱりか。何で女装してるんだよ勇…」

「僕だって好きでしてるんじゃないよぉ古城」

 

呆れが混じった口調で古城が言うと、ふくれっ面で抗議する勇。

 

「か、神代先輩?その格好は…」

「学校に行きながら話すよ姫柊。ここで話すと遅刻しちゃうしさ」

「そうだな。つーか物凄い殺気を感じるんだが…」

「そりゃ雪菜ちゃんと今のいっくんと一緒にいればねぇ」

 

凪沙も入れれば、今の古城は美少女三人と一緒にいる状態なのである。周りの男から嫉妬の眼差しを向けられるのは、当然の理と言えよう。

ちなみに雪菜は凪沙の言っていることが分かっていないようで、可愛らしく首を傾げていたのだった。

 

 

 

 

 

その後、事情を説明したりしている内に学校に到着し、雪菜と凪沙と別れ教室に向かう勇と古城。

教室に向かう廊下を歩いていると、たむろっていたりすれ違う者は皆一様に勇を見ると、まるでアイドルが突然学校にやって来たかの様に、目の前の現実が信じられないと言った表情で固まっていた。

そんな異様な光景の中を進み1年B組の教室に入ると、既に基樹や浅葱に倫が楽しそうに談笑していた。

 

「皆おっはよー」

「おう、勇に古城おはよう…」

 

勇が元気よく挨拶すると、いつもの様に挨拶しようとした基樹達が勇を見て、三人共固まってしまった。

 

「勇お前その格好…」

「えっとね、昨日制服ダメにしちゃったんだ。それで、男用のが無いから今日だけこれ着とけって那月ちゃんが貸してくれたの」

「ちょ今松田が来たら…」

 

浅葱の言葉を遮るように、ドサッと鞄が床に落ちる音がした。

音がした方を見ると、太り気味な体型でメガネをかけている男子が勇を見て固まっていた。

 

「あ、松田おっはよー」

「き…」

 

勇がにこやかに挨拶すると、顔を俯かせ徐々に身体を震わせ始める松田。

 

「やべ、耳塞げ!」

 

基樹がこれから起こることに備え慌てて耳を塞ぐと、古城達もそれに続く。

 

「キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!」

 

突如両拳を握り締め顔を上げると、校舎が揺れんばかりの叫び声を上げた松田。

余りの声音に耳を塞いでいたにも関わらず、気絶しかける古城達。

彼は中学一年の時の球技大会で、チア部の人数が足りないからと、那月に無理矢理チア衣装を着せられた勇を見て以来、女装した勇を”麗姫”と呼びファンクラブを作り会長となった男である。

ちなみに中学からずっと、勇と同じクラスであると言う強運を発揮し続けているのだ。

 

「我が姫!是非踏んでください、お願いします!!」

 

続いて松田は勇の前で土下座をし、懇願しだした。

 

「ひぅ!?」

 

その行動に怯えた勇は、古城の背中に隠れ子犬の様に震えてしまう。

 

「おのれ暁!そうやって姫を独占するかぁ!うらやまいや、けしからん!代わって下さいお願いします!」

「そう言われてもなぁ。ほら勇、離れろって」

「う~やだ~」

 

そう言って古城に密着する勇。胸が押し付けられ、本物としか思えない柔らかい感触に、顔を真っ赤にして鼻血が吹き出そうになる古城。

そんなこんなの間に、クラス中の男女が集まり勇を撮影し始めた。

 

「古城~!」

「ちょ待て!それ以上引っ付くなぁ!」

 

すっかり怯えきっている勇が抱きついて密着度合いを高めると、遂に鼻血を吹き出した古城。

 

「古城あんた…」

「ち、違う浅葱!俺にそんな趣味は、って勇頼むから離れてくれぇ!」

「やー!」

 

古城を冷め切った目で見つめる浅葱に、勇を引き剥がして必死に弁解しようとするが、女らしい正確になっていても、力は変わらないのでとても引き剥せなかった。

強引に引き剥がそうとした瞬間、バランスを崩してもつれ込む様にして倒れてしまう勇と古城。

 

「いてて。――おい、大丈夫か勇?」

 

押し倒してしまった勇を心配して起き上がろうとすると、右手に柔らかい感触がした。

 

「ひゃん!?こ、古城そんなに強く握っちゃひゃぁ!?」

「うええ!?!?」

 

よく見てみると勇の胸を思いっきり掴んでしまっていたのであった。

何でそんなにパッドで反応してるんだよ!?と思ったが、以前母である深森が、感度もダイレクトに伝わる様に設計してあると話していたことを思い出した。

そんな母の所業に本気で泣きたくなったが、不意に鳴ったシャッター音で思考を中断された。

音のした方を向くと、浅葱が能面の様な顔でスマフォで写メを撮っていた。

 

『ケケケ。証拠写真はバッチリだな、これを突きつければ有罪確実だな』

 

浅葱の相棒であるモグワイが実に愉しそうに笑っている。

今の状況を第三者が見れば、古城が勇に襲いかかっているとしか思えないだろう。

これで警察沙汰にでもなれば確実に人生を詰むこととなる。最悪の事態に血の気が失せていく古城。

しかし、災厄はこれで終わらなかった。

 

「暁ぃ。貴様、我らの姫に何をしているかああああああ!!!」

 

松田を始めとしたクラスメートが、手の骨を鳴らしたり、釘バットや彫刻刀。更には鎖鎌何かまで取り出して古城へと詰め寄っていた。

一部の女子は、周りに花を咲かせて何かをノートに熱心に書き込んでいた。気のせいか花が腐っている様にも見えたが…。

 

「ま、待てお前ら!これは事故だ、話せば分かる!」

「じゃあ、いつまで胸揉んでるのよこの変態!」

 

浅葱に言われてハッとなり右手を見ると、余りの感触に無意識に揉みしだいてしまっていた様だ。

やり過ぎたせいか、勇は火照った顔で色っぽい呼吸をしながらぐったりとしてしまっていた。

自信が犯した過ちに気がつき、勇から飛び退き後ずさる古城だが、何かにぶつかってしまう。

 

「暁君」

「つ、築島?」

 

背後を向くと先程の浅葱と同じく、能面の様な顔で古城を見下ろしている倫がいた。

 

「麻酔無しで歯を抜くと、とっても痛いんだって」

「ひっ!?」

 

どこからか取り出したペンチを握り締めながら、冷え切った声で告げてくる倫に命の危機を覚える古城。

 

「ほう、随分お楽しみだった様だな暁」

「な、那月ちゃん!?」

 

いつの間にやら教室にいた那月がゴミを見るかの様に古城を見下ろしていた。その後ろではアスタルテがシャドーボクシングをしている。

 

「お前達、殺れ」

 

那月が右手の親指を首の前に持っていき、掻っ切る様に横へ動かすと、皆一斉に古城へと襲いかかった。

快晴な青空に一人の少年の絶叫が響き渡った。

 

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 

基樹は親友のために線香を上げて念仏を唱えるのだった。

 

 

 

 

 

「あーヒデェ目に会った」

「自業自得だね。反省しなよ」

 

疲れ果てた顔で学園裏の修道院へ続く道を歩いている古城と、ふくれっ面でそっぽを向いている勇。

あの後クラス中で白い目で見られながら授業を受けるハメになり、放課後にんると話を聞いた凪沙に引っぱたかれるは、雪菜にアッパーカットをかまされるはで散々な目にあった古城であった。

そのまま二人はどこかへ行ってしまい、浅葱には口を聞いてもらえず、基樹や倫も用事があるとのことで、やることも無かった古城は、後輩である夏音が拾ってきている子猫の世話をする勇を手伝うことにしたのだ。

丘の上の公園そのさらに奥に足を運ぶと、寂れてしまっている修道院が見えてくる。

歪んでいる扉をゆっくりと開け中に入ると、いたるところで子猫が寛いでおり、その中心に夏音がいた。

 

「おーい、かーのーんー」

「あ、お姉ちゃん!」

 

勇が声をかけると夏音が嬉しそうに駆け寄り、その後を子猫たちが続いた。

 

「お姉ちゃんって…」

「?」

「いや、もういいや」

 

姉と言われたことにツッコミを入れようとしたが、可愛らしく首を傾げる夏音を見て、別にいいかなと考え出す勇。

 

『ニャーニャー』

「おーよしよし、皆いい子にしてたかい?」

 

足元にたむろっていたこの子達とじゃれつく勇。その姿はとても愛らしさを感じさせられた。

 

「素晴らしい。楽園とはこのことを言うと思えわないかい第四真祖?」

「ああ、そうだなってヴァトラー!?」

 

勇に見とれていた古城の隣に、いつの間にか立っていたヴァトラーに驚愕する。

 

「ギャァァァァァァァァァァァ!?!?変態が出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ヴァトラーの出現に、悲鳴を上げて古城の背後に隠れ、子犬のように怯える勇。

 

「いいねぇ。普段の勇ましい君も素敵だが、子犬の様に怯える君もそそるヨ」

「いやー!来るなぁ!!!古城、レグルス!レグルス呼んで!アルナスルでもいいから!こいつ消してぇ!!!」

 

舌なめずりしながら歩み寄って来る変態(ヴァトラー)に、今にも泣き出しそうになりながら、古城に助けを求める勇。

 

「いいたろう第四真祖!ボクの前に立ちはだかるのなら受けて立とう!」

「え!?いやいやいや!こんなところで戦ったら不味いって!落ち着けって、な!」

 

瞳を真紅に輝かし、魔力を放出し始めるヴァトラー。今にも眷獣を召喚しかねない勢いである。

そんなヴァトラーに両手を前に突き出しながらなだめ様とする古城。こんなところで眷獣なんかを出されたら、修道院が確実に吹き飛ぶだろう。

 

「だいたい、何でお前がここにいるんだよ!?」

「勇がいるからだけど?」

「あ、さいですか…」

 

答えになっているのかよく分からないことを真顔で言うヴァトラーに、疲労度が加速していく古城。

 

「えーその、あれだ。お前女の勇もいいってことは、男が好きってわけじゃねえのか?」

「ボクが愛した人がたまたま男だったってだけさ。別に性別はどちらでも構わないヨ」

「じゃあ男色家じゃないのか?」

「……」

「何か言えよ!?」

 

急に黙ってしまったヴァトラー。否定しないということは、そういうことなのだろうか?もうさっきから、古城の体中から冷や汗が溢れ出ていた。こいつの側にいてはいけないと、本能がけたたましく警鐘をならしているのだ。

 

「さあ、勇ボクの船でゆっくり愛を「うおりゃぁ!!!」おぅふ!?」

 

両手を広げてさらに迫るヴァトラーに、渾身の飛び蹴りをかました勇。そして、吹っ飛んだヴァトラーが扉に叩きつけられる前に追い越すと、頭を掴み扉を開けて外へと引き摺って行った。修道院を壊さないための配慮だろう。先程古城に眷獣を召喚させようとしていたが…。

扉が閉まり暫くすると、激しい打撃音が連続して響き始めた。時折「オラオラオラ!!!」と勇掛け声が聞までこえてくる。

間違いなく夏音には見せられないことが起こっているので、その場で待っている様に伝えると、扉を開けて外を除き見る古城。

 

「うわぁ…」

 

目の前で繰り広げられている光景に、全力で後悔した。

地べたに仰向けに倒れているヴァトラーに、マウントポジションを取った勇がひたすらに顔面を殴り続けているのである。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

 

もはや原型を留めていないヴァトラーの顔面を、一心不乱に殴り続ける勇。完全に18Gと描かれたシールが貼られるであろう光景が、目の前に広がっていた。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

「もうやめろ!勇!」

「HA☆NA☆SE!!」

「そいつのライフはゼロだ!これ以上はR-18タグがついちまうから!」

 

全力で逃げ出したかったかったが、止めない訳にもいかないので勇を羽交い絞めにして抑える古城。しかし、物凄い力で暴れるので、吸血鬼の力を持ってしても弾き飛ばされそうである。

 

「アルデアル公!出歩くなら私に一声かけてからにって、うわっ何これ!?」

 

監視対象であるヴァトラーを探しに来た紗矢華が、余りに凄惨な光景に驚愕する。

 

「おお、煌坂!いいところに!一緒に勇抑えるの手伝ってくれっ!」

「うがあああああああああああ!!!」

「え?あ、うん」

 

数分後――

 

「いやーごめんごめん。つい、カッとなっちゃったよぉ」

「たくっ勘弁してくれよ。こっちは唯でさえ疲れてんだからよぉ」

 

てへへと可愛らしく笑いながら古城と紗矢華に謝る勇。絶対反省してないだろと軽く睨む古城に、口笛を吹いて誤魔化す勇。

 

「てか、何であんた女物の服きてるのよ?」

「かくかくしかじかまーるまる」

「成程ね。にしてもほんっと違和感無いわねぇ」

「(何で今ので通じたんだよ…)」

 

余りに簡潔なやり取りにツッコミたかったが、面倒臭くなったので止めた古城であった。

 

「え~そう?変じゃない?」

「寧ろ男物着てる方が違和感感じるわよ」

「(泣)」

「あーもう、泣かないの!ほら、飴玉あげるから!」

「(幼稚園児じゃねえんだから)」

 

涙を流し始めた勇に、なぜか持っていた目玉を差し出す紗矢華。完全に子供扱いしていた。

 

「わーい!ありがとう煌坂!」

「(そういや女装するとやたら子供ぽくなるんだった…)」

 

子供の様にはしゃぎながら、飴玉を口に含み喜んでいる勇。

どうしてか女装すると性格が幼くなり、その間の記憶も一部曖昧になってしまうのだと話していたのを思い出す古城であった。

 

「じゃあ、私アルデアル公を連れて帰るから」

「ああ、じゃあな」

「まったねー!」

 

ヴァトラーの足を掴んで引きずっていく紗矢華。仮にも戦王領域の貴族なのだが、それを咎める者はこの場にはいなかった。

 

「大変ですお姉ちゃん!」

「ん?どったの夏音?」

 

修道院から夏音が慌てた様子で出て来た。普段滅多なことでは動じない彼女が慌てているとは、ただごとではない様である。

 

「ミー君がいなくなってしまいました!」

「な、何だってー!?」

「ミー君?ああ、子猫のことか。そんなに慌てなくても、すぐ戻ってくるんじゃねえか?」

「馬鹿野朗!!!」

「ぐぇ!?」

 

容赦なく古城の顔をを殴り飛ばした勇。首が千切れんばかりの衝撃に、悶絶する古城。

 

「いいか、ミー君はとっても好奇心旺盛なんだよ!下手したら迷子になって帰ってこれなくなるかもしれないんだぞ!夏音は他の子達を見てて、探してくるから!行くよ古城!」

 

古城の首根っこを掴んで森へと駆け出す勇。ちなみに古城は首を絞められて窒息しかけていた。

 

 

 

 

「なあ、ホントにこっちであってるのか?」

 

勇を先頭に森の中を歩く古城。迷い無く進み過ぎているので、逆に心配になってくる。

 

「うん、こっちからミー君の匂いがする」

「お前は犬か」

 

実は警察犬に勝ったことがある勇である。

 

「ねえ古城」

「ん?どうした勇?」

「えっと、ごめんね。こういう時、迷惑ばっかりかけちゃって」

 

古城の方を向いて、上目遣いで見上げてくる勇。

勇が女装すると何かとトラブルが起きてしまい、その度に古城にを頼ってしまっていることを申し訳なく思っているのだろう。

普段見せない仕草に、思わず胸が高鳴る古城。開けてはならない扉が開きかけた気がした。

 

「い、いや気にすんなよ。お前にはいつも助けてもらってばっかりだしさ、これくらいどうってことねえよ」

「ふふ、やっぱり優しいよね古城って」

「何だよいきなり?」

 

頬を掻きながらぶっきらぼうに答える古城を見て、楽しそうに笑う勇。

 

「覚えてる?僕が中学に入るまで一人ぼっちだったって話したの」

「ああ、自分が他の奴と違う力を持ってるからって、距離を置いてたってやつか」

「うん、正直自分の力が怖かったんだ。自分が化け物みたいで、いつか誰かを傷つけちゃうんじゃないかって、一人で怯えてたんだ。そんな時、君に出会って「そんなの関係ねえよ。お前はおまえだ、俺と同じ人間だろ?だから友達になろうぜ!」って言ってくれて本当に嬉しかったんだ」

「あーそんなこと言ったけか?」

「そうだね。今の(・・)君は覚えてないんだよね」

 

そう呟いて悲しそうな顔をする勇。その姿を見て、なぜだか分からないが、思い出さなければならないことがある様な気がしてならなくなった古城。

 

「ごめん、何でもないよ。とにかく、初めて家族以外で守りたいって思える人ができたんだ。僕の力でも守ることができるんだって、教えてくれたのは君なんだ。だから、ありがとう古城!」

 

満面の笑みを浮かべる勇に、禁断の扉がさらに開いてしまった気がする古城。

 

「(落ち着け俺!あいつは男だ!そう、男なんだ!うん、そうだ!)」

 

勇に背を向けて、大きく深呼吸する古城。このまま二人きりでいると、どこからか戻れなくなりそうな錯覚に襲われる。

 

「どうしたの古城?具合悪いの?」

「な、何でもない!大丈夫だ!」

 

回り込んで心配そうに覗き込んでくる勇から目を逸らして、誤魔化す古城。早急にミー君を見つけて戻らないと、とんでもない過ちを犯しかねないと危機感を募らせる。

 

ガサッ――

 

不意に近くの茂みが揺れる。

 

「あ、ミー君かな?」

 

探している子猫かと思った勇が近づくと、茂みから何かが飛び出してきた。

 

『ゲコッ』

 

それは蛙だった。なぜ森に蛙が?と思ったが、それ以上に忘れてはならないことがあった。

 

「い、いやああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」

 

耳をつんざく様な悲鳴を上げると勇が古城へと突進して抱きついてきた。

腹部に受けた強烈な衝撃からくる吐き気を堪えて、何とか勇をなだめようとする。

 

「お、おい。落ち着けって勇!」

「やー!蛙やー!怖いよーー!」

 

怖い者知らずの勇だが、唯一蛙だけは苦手としているのである。

完全にパニック状態となった勇が、古城を思いっきり抱きしめると、女子としか思えない柔らかな感触に包まれる古城。

 

「(ヤバイ!何かもう色々とヤバイ!)」

 

徐々に禁断の扉が開いていく感覚に、本能が必死に警鐘を鳴らしていた。

 

「やー!やー!やー!」

「こら、暴れるなって!うおぉぅ!?」

 

暴れまわる勇にバランスを崩して、もつれながらに倒れる古城。

 

「いてて――って、またかよ!?」

 

再び勇を押し倒す体勢になっていることに驚愕する古城。こうなってくると、さすがに神様を呪いたくなる。

しかも勇は気を失っている様で、その姿はまさしく眠れる森の美女であった。

さらに、暴れたせいか上着のボタンがいくつか外れ、はだけた制服から豊満な胸の谷間が顔を覗かせていた。

誰もいない森の中で、完全に無防備な姿を晒す勇。今なら何をしようが咎める者は誰もいない。

 

ドクンッ――!!

 

不意に激しい心臓の高鳴りと喉の渇きが古城を襲った。

吸血症状。吸血鬼が起こす性的興奮である。――いやいやいや待て待て待て!!!こいつは男だぞ!それは不味いなんてもんじゃない!完全に(吸血鬼)として終わるぞ俺!?

必死に自身と戦う古城。ここで過ちを犯せば、確実に豚箱行きは免れない。最早今での日常は帰ってこないだろう。と言うか自殺する。

 

「んぅ…古城ぉ…」

 

古城の耳元で勇が甘く切ない声で求める様に囁いた。

理性と言う名のダムが決壊した。後は身を任せ流され、そして開かれた禁断の扉をくぐるのみ!

勇の首元へと顔を近づけ、鋭く尖った牙を突き立てようとする古城。いざ、新たな世界へ――!

 

「先輩?」

 

背後からかけられた絶対零度の声にダムは凍り、扉は何事もなかったかの様に閉まった。

錆び付いた機械の様な音を立てながら後ろを向くと、表現するのも恐ろしい表情をしている雪菜が仁王立ちしていた。

 

「ひ、姫柊!?」

「何をしているんですか先輩?」

 

ゴミ以下の物を見るかの様な目で古城を見下ろす雪菜に、身体の震えが止まらなくなる。

 

「ま、待て!話を――」

「まさか、神代先輩にやらしいことはしないだろうと信じていたんですよ?」

 

抑制の無い冷え切った声で話す雪菜の手には、既に雪霞狼が握られていた。取り出す動作なんて全く見えなかったのにだ。

 

「まさか、男の人に興奮するなんて見損ないました」

 

侮蔑のたっぷり篭った目で槍を振り上げる雪菜。裁判無しの有罪判決である。

 

「覚悟はいいですね?」

「お、お命だけは――」

 

古城が言い終える前にギロチンは降ろされた。

森の中、少年の今までで一番の悲鳴が響き渡るのであった。

ちなみにミー君は自力で戻ってきたそうな。

 

 

 

 

翌日――

 

「あー昨日は大変だったねぇ古城」

 

教室で男性用の制服を着た勇が古城に話しかける。

 

「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」

 

真っ白に燃え尽きて、うわ言の様に呟いて何かに怯えている古城。暫くそんな状態が続いたそうな。


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