前回のあらすじ
精神と時の部屋
太平洋に生まれた氷の島で連鎖的に爆発が起こっていた。
空に浮かぶ漆黒の天使が、羽に生えている眼球から黒き閃光を放つたびに氷の大地が割れ軋んでいく。
「うおっと!?」
足元に飛んできた閃光を避けると、爆発で生まれた塹壕に滑り込む勇太郎。
それに続いてラ・フォリアら三人も滑り込んで身を隠す。
「ええい、とことん無差別だな!」
見境なく暴れる堕天使に悪態つく勇太郎。
先程から無作為な攻撃しかしていないが、一撃で致命傷になりかねないので迂闊に近づけないのだ。
「不味いな、このままだと手遅れになっちまうぞ」
「何か手はありませんかお義父様?」
膠着している状況を打開する手段がないか、問いかけるラ・フォリア。
「力づくで止められんこともないが、加減できる相手じゃないから、命の保証はできんな」
「そんな…」
自分では夏音を殺すことでしか止められないと答える勇太郎。絶望的な未来に唇を噛み締めるラ・フォリア。
「諦めるな、まだ
ラ・フォリアを励ますように肩に手を置きながら、氷の塔の頂上に視線を向ける勇太郎。
「勇…」
暗闇で泣いているしかできなかった自分を救ってくれた人。暗闇しかなかった未来に光を照らしてくれた人。誰よりも信じられる人。彼ならこの絶望という名の鎖を断ち切ってくれる。
「あいつが帰ってくるまで踏ん張ろうや。君は援護頼む」
「はい!」
力強く頷くラ・フォリアを見て満足そうに微笑むと、アスタルテとユスティナへと向き直す。
「とにかく時間を稼ぐぞ。今まで通り俺が注意を引きつける、その間に二人は攻撃してくれ」
「分かりました」
「承知!」
打ち合わせを終えると、勇太郎が塹壕から飛び出し夏音へと駆け出す。
それに合わせてラ・フォリアが上半身のみ塹壕からだし、呪式銃を構えると発砲する。
銃口から放たれた閃光が夏音へと迫るが、障壁に阻まれて四散してしまう。
「ぬおらぁ!」
それでも僅かに動きが止まったので、その間に接近した勇太郎が振り上げた足を叩きつけ、障壁ごと夏音を地面に激突させる。
そして夏音が起き上がる前に、アスタルテが背中から生やした薔薇の指先の腕で押さえ込む。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
だが、咆哮と共に強引に薔薇の指先の腕を引きちぎって拘束から逃れる夏音。
そのまま鋭利な爪でアスタルテを切り裂こうと襲いかかるが、背後に回っていたユスティナが斬りかかる。
「御免!」
上段から振り下ろされた剣が、甲高い音と共に障壁に弾かれてしまう。
やはり古城の眷獣ですら傷つけられない夏音に、並大抵の攻撃では効果が無かった。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
全てを薙ぎ払うかの様に夏音が放った閃光が、あちこちで爆発を起こし、四人が吹き飛ばされる。
「ぐぬぅ!?」
唯一勇太郎のみ軽傷のため、素早く体勢を立て直せたが、他の三人は立ち上がれない程のダメージを受けてしまった。
そして、夏音が頭を抱えて苦しみだした。
「G,guuuuu…ッ!」
その姿はより禍々しくなり、最早天使の面影すらなくなりだしていた。
「夏音!?」
ラ・フォリアが呼びかけるも、夏音の変貌は止まることは無かった。
「堕天化が予想以上に進行しているだと!?ええい、これ以上は限界か!」
これ以上の時間稼ぎは危険と判断しようとした時、轟音と共に氷の塔の頂上から膨大な霊力が溢れ出し、島全体が揺れだした。
「これは…」
ラ・フォリアが塔の頂上へ視線を向けると、一つの人影が見える。
その影は黒き甲冑を身に纏い、獅子を思わせる兜を被り右手には日本刀が握られていた。
それは自分達が待ち望んだ人だった。
「勇?」
ラ・フォリアが名を呼ぶと、勇はそれに答えるように八相に構えを取り叫んだ。
「武神装甲見参!!」
叫び声と共に、今まで立ち込めていた暗雲が晴れていき太陽の輝きが降り注いだ。
勇が目覚めた頃、氷の島の海域に一隻の船が停泊していた。
「オシアナス・グレイヴII」戦王領域の貴族である、ディミトリエ・ヴァトラーが保有する豪華客船で、黒死皇派との件で破損していたが完全に修復されていた。
その甲板から島を眺めていたヴァトラーが歓喜の声を上げた。
「ふふ、やっと目覚めたんだね勇」
島から溢れ出す膨大な霊力を肌で感じ、恍惚な微笑みを浮かべるヴァトラー。
かつて自分に死への恐怖を味あわせてくれたその力に。そして最愛の者の復活に喜びを隠せなかった。
「君に乾杯」
そう言って持っていたグラスを掲げるのであった。
…何かとてつもない悪寒がしたが、気にしないでおこう。
状況を確認すると、傷だらけのラ・フォリア達に、苦しんでいる夏音。
一先ずリア達と合流するために
「大丈夫か皆!」
「ええ、勇こそ大丈夫なのですか?」
皆と合流すると、リアが心配そうな顔をしていた。
「おう!見ての通り元気一杯よ!」
不安を吹き飛ばせるようにサムズアップしながら答えると、一人で黄昏ていた賢生のおっさんの方を向く。
「おい賢生さんよ!夏音を助ける文句はないよな!」
そう呼びかけるとゆっくりとだが、こっちを向いてくれた。
「最早私に父を名乗る資格は無い。好きにすればいい…」
「おいおい、馬鹿なこと言ってんじゃねえぞ!あんたの周りをよく見てみろ!」
「?」
何を言っているのか分からないって顔をしていたが、自分の周りを見てみると理解したようだ。
「これは!?」
「夏音は今まで一度たりとも、あんたの周りには攻撃しちゃいない。それだけあんたが大切だってことだよ!」
そう周りはクレータだらけなのに、賢生のおっさんの周りには攻撃の跡が一つも無い。夏音が無意識にでもおっさんを守ろうとしていたんだ。
「確かにあんたは間違ったことをしちまった。でも、あんたが夏音を守ろうとしてたって気持ちは伝わってたんだよ!夏音にとってはかけがえの無い家族なんだ!それでも、あんたはどうでもいいっていうのかよ!?」
「…ならば、できるのかお前に?今もこれからも夏音を守れるのか?」
「おうよ!妹を守るのが兄の役目ってもんよ!」
夏音は俺にとっても大切な家族だ。だったら命をかけて守ってみせらぁ!
「なら、頼む夏音を娘を救ってやってくれ」
「おう!」
力強く応えると夏音へと向き直る。
「夏音。お前を縛る鎖、俺が断ち切る!」
夏音に呼びかけると、俺の存在を本能的に危険と判断してしまったのか、猛烈な勢いで襲いかかってきた。
天使とは意思を持つ存在ではなく、熱や光と同じただの現象である。
人が天使になるということは、生命を単なる現象にまで貶めるということと同義なのだ。堕天してもそれは変わらない。
獅子王を通じて、イサムが教えてくれたことだ。
それを救いと言う者もいるのだろう。苦しみからの開放だと。
確かにそうとも言えるのかもしれない、俺が間違えているのかは分からない。
それでも、夏音は泣いているんだ!そんなのを幸せとは思わないし、誰にも認めさせない!
「やっぱ、今のままじゃ声も届かないか!」
鋭利な爪が振り下ろされてきたので、右手に持っている獅子王で受け止めると、もう片方の爪を振り下ろしてきた。
それを篭手に包まれた左手で受け止めると、力任せに押し返す。
「ちっとばかし痛いけど我慢してくれよ!」
夏音が体勢を整える前に廻し蹴りを放つと、羽で自身の体を包んで防がれるも、これまた力任せに蹴り飛ばすと氷塊に激突した。障壁?んなもん関係ねぇ!
追撃しようとしたら氷塊が砕け散り、夏音が空へと飛んだ。近づくのは危険と判断したのだろう。
追いかけるために空を
「勇が空に浮いている?」
空中で激突している勇を見てラ・フォリアが疑問の声を上げた。
そう、現在勇は空を飛んでいる夏音と同じ土俵で戦っているのである。
「ああ、あの鎧の力だよ」
「鎧ですか?お義父様」
「そ、今あいつが纏っているのは獅子の鬣って言ってな、あらゆるものを受け止めて装着者を守るのさ。簡単に言えば、この世に存在するもんならなんでも触れられるのさ、神だろうが悪魔だろうがな」
「なら、今勇は…」
「空気を足場にして走ってるんだ。別に飛んでる訳じゃ無い」
それでも十分とんでもない能力だが、勇ならと納得している自分がいた。
「どこまでも常識外れの人ですね。あの人らしいですが」
「さすが勇殿です!」
アスタルテは呆れ気味だがどこか誇らしげで、ユスティナは目を輝かせていた。
「ま、俺から言わせれば、まだまだ荒削りだがねぇ」
あれでまだまだなら、一体どれほどの力を秘めているのだろうか?
とにかく、今は彼を信じることしかできないだろう。
「負けないで勇」
彼が笑顔で帰ってきてくれるのを。
ええい、埒が明かん!
接近戦が不利と悟や遠距離攻撃に徹してきおった!余程俺が怖いのだろうか、無意識とはいえ傷つくなぁ…。
「こうなりゃ、強引に行くっきゃない!」
獅子王を大剣形態に変え、盾の様に構えながら夏音へと突進していく。
防ぎきれなかった閃光によって、鎧の一部が削り取られ血が噴き出していくが、構わず突き進んでいく。
「斬環刀――」
射程圏に入ると同時に、駒の様に体を回転させた勢いで刀を下から振り上げ、片側の羽を切り落とす。
「雷光切り!」
そのまま勢いを殺すことなく、逆Vの字にもう片方の羽を切り落とした。
だが、それでは夏音を救えない。
今のは高次空間にいる夏音を同じ次元に引きずり下ろしただけだ。夏音を救うには高次空間からの神気の流入は続いていた。その証拠に、切り落とした羽がもう再生を始めていた。
断ち切るには、体内にある霊的中枢を破壊する必要がある。
それには夏音を傷つけねばならないが、そんなのは論外だ。
ならばどうするか?そんなの簡単だ、夏音に浮かんでいおる魔術文様はおっさんが、霊的進化を促すために施したものだ。用はそれだけ壊せばいい。
持ち主が断ちたいと願った物だけを斬るこの獅子王ならできる!後は俺次第だ!
意識を集中させ感覚を研ぎ澄まし、獅子王を振り上げる。俺が断つのは夏音を縛る鎖のみ!
「チェストォォォォォォォォォォォオオオ!!!」
夏音へと振り下ろされた刃は、その体を傷つけることなく、刻まれていた術式のみを断ち切った。
魔術の呪縛から解き放たれた夏音が、本来の人間の姿を取り戻していく。
意識を無くして、落下しそうになった夏音の体をそっと抱き止めるのだった。