構想に行き詰ってしまったので、息抜きに別の小説を書いていました。
また、ボチボチ書き始めていこうと思います。
前回のあらすじ
北○百烈拳
遂に目的の島へと近づいた古城達は、上陸のため甲板で準備を行っていた。
「そう言やさ勇太郎さん」
「ん?何だい古城君?」
「ダミ声やめろ。俺と姫柊を拉致ってから、那月ちゃんの姿が見えないんだけど…」
「ああ、あの子は上
腕を組みながら肩を竦める勇太郎。絶妙なダミ声が無性に腹立たしい。
「本部長!メイガスクラフト社所有と思しき船が見えます!」
双眼鏡で島を監視していた部下の声に一同島の方を見ると、1隻のエアクッション型の揚陸艇が上陸していた。
「ふむ、やはり先回りしていたか」
「でも、1隻だけだな」
もっと、大人数で押しかけていると思っていた勇太郎達は、注意深く島を見てみる。
「む?」
「どうした勇太郎さん?」
島を見渡していた勇太郎が何かに気がついたのか、目を凝らしていた。
「あれを見てみろ」
「あれ?」
勇太郎が指さした方凝視してみると、男性と見られる人影が、何かを振り回していた。
「白旗?」
「だな」
それは停戦の意思を示す、白い布を括りつけられた棒だった。
氷の大地に、二つに別れた複数の人影が並び立っていた。
片方はメイガスクラフト所属の二人の男女が立っていた。
もう片方は勇太郎達である。アスタルテやユスティナに部下達は念のため船に待機させている。
そして勇太郎が代表として前へ踏む出す。
「アイランド・ガード本部長の神代勇太郎だ。そちらの代表は?」
「私よ」
勇太郎の問いかけに、先頭にいた女性が歩み出る。
「メイガスクラフトに雇われたベアトリス・バスラーよ。よろしく本部長さん」
ベアトリスが妖艶な笑みで話しかけるが、鋭い視線で睨みつける勇太郎。
「そんな怖い顔しないでよ。私達はあなた達と敵対したくないのよ?」
「ふん、アルディギア王国所有の船を襲撃しておいてよく言う。他にも違法である軍用
「ええ、もうメイガスクラフトはおしまいでしょうね。だから、どうでもよくなっちゃったのよ」
観念したように両手を上げながら話すベアトリスに、訝しむ勇太郎。
「どうでもよくなっただと?」
「ええ、ここには命令で
「それはどういうことだ?夏音ちゃんはどういう状態なのだ?」
「今、あの子は心情風景の投影による表層人格の破棄と再構築を行っているのだ」
不意にベアトリス達の背後から一人の男性が姿を現した。
年齢は勇太郎と同じくらいだろう。もっとも、神代の血を継ぐ勇太郎の場合20代のまま肉体が衰えていないが、現れた男性は白髪混じりで、峻厳な顔つきなので傍から見れば同年代とは思えないだろう。
「賢生…」
男の顔を見た瞬間、勇太郎が悲しそうに男の名を呼んだ。
「知り合いなのか勇太郎さん?」
「ああ古城、あることで知り合ってな。こんな形で合うとは予想外だった。」
「私もだよ勇太郎。いや、ある意味必然だったのかもしれんな」
表情には見せないが、悲しさを滲ませる声で話す賢生。
「久しぶりですね、叶瀬賢生」
今度はラ・フォリアが前に出て、賢生を見つめる。
自分の胸に手を当てて、賢生は恭しく礼をする。
「殿下におかれましてはご機嫌麗しく…七年ぶりでしょうか。お美しくなられましたね」
「わたくしの血族をおのが儀式の供物にしておいて、よくもぬけぬけと言えたものですね」
冷ややかな口調でラ・フォリアが答えるも、賢生は表情を変えなかった。
「お言葉ですが殿下。神に誓って、私は夏音を蔑ろに扱ったことはありません。私があれを、実の娘同然に扱わねばならない理由――今のあなたにはお分かりの筈」
「実の娘同然の者を、人外の者に仕立て上げようというのですか」
非難めいた口調で、ラ・フォリアが声を響かせる。
後ろで控えていた雪菜や煌坂も非難の眼差しを向けていた。幼い頃に親に捨てられた彼女達には、到底許せられることではないのだろう。
「いえ、むしろ実の娘同然なればこそ、と申し上げましょう」
「何だよそれ、意味わかんねぇよ!だったらどうして、叶瀬に人間を捨てさせるようなことをすんだよ!ただ、てめぇの研究を完成させたいだけじゃねぇのか!?」
悪びれない賢生にの言葉に堪らず叫ぶ古城。怒りの余りに目が真紅に輝いていた。
そんな古城を落ち着ける様に、肩に手を置く勇太郎。
「そうではない古城。賢生が夏音ちゃんを愛しているのは本当だ。あの子の母親があいつの妹であることもそうだし、なにより勇と二人でデートしている時、俺と一緒に尾行する程にな」
「え?」
勇太郎が発した言葉に古城達の目が点になる。
「そのことは誰にも言うなといっただろう勇太郎」
そう言ってズレた眼鏡を直す賢生。眼鏡が反射していて表情は見えないが、恥ずかしいのか頬が僅かに赤く染まっていた。
「いいじゃないか、子が心配で尾行する。親として当たり前のことじゃないか」
「いや、その理屈はおかしいです勇太郎さん」
至極当然と胸を張って言い放つ勇太郎にツッコム雪菜。
「…確かに」
「言えてるわね…」
「何で納得してるんですか、先輩と紗矢華さん!?」
どこか感心した様子の古城と紗矢華。生粋のシスコンである二人には共鳴できる様である…。
「賢生あんた…」
「そういや、突然休むとか言って、どこかに出かけてたことあったな」
「…とにかく。天使になることは夏音のためでもあるのだ。決して自分の欲望のためでは無い」
暖かい目を向けてくるベアトリスとロウ・キリシマに、背を向けながら強引に話題を変えた賢生。
「本当にそう思うか?それがあの子の幸せになると?」
「ああ、夏音は人間以上の存在へと進化する。あれを傷つけられる者はもうどこにもいない。やがてあの子は神の御許へ召されて、真の天使となる――それを幸福と呼ばずなんと呼ぶ?」
勇太郎の問いかけに、何の迷いも後悔も感じさせない口調で答える賢生。
「…叶瀬がそう言ったのか?人間を超えた存在になるのが、自分の望む幸せだって」
「何?」
古城の言葉に揺らぐことのなかった賢生の表情に、初めて動揺の色が見えた。
古城は憐れむような瞳で彼を見下ろす。これではっきりと確信できた。この男はなにも分かってなどいなかった――!
「そんなものが、本当にあいつの望んでいた幸福なのかよ。あんたが勝手にそう思い込んで、勝手に押し付けてるだけじゃねーのか。世間じゃ、そういうのを道具扱いって言うんだよ!」
「…黙れ、第四真祖…」
賢生が声を震わせた。信念の揺らいだ彼の表情には、憎々しげな苦悩と混乱が浮かんでいた。
「貴様にそれを口にする資格など、ありはしない。アルディギアの英雄同様、自分自身のことすら何も分かっていない貴様には!」
思いがけない賢生の言葉に、どういう意味だ、と古城が戸惑う。と、そのとき――
ドゴォォォォォォォォォォォォンン!!!
氷の塔の頂上部で激しい爆発が起こった。
「な、何だ」
降り注ぐ氷解から身を守りながら、古城が呻いた。
「先輩あれを!」
「あれは叶瀬、なのか!?」
雪菜が指さした先を見ると、吹き飛んだ頂上に夏音と見られる少女が座り込んでいた。何かを愛しそうに抱えながら。
「勇!?」
夏音が抱えていたものをみてラ・フォリアが声を張り上げる。彼女が抱えていたのは行方不明となっていた勇であった。
夏音がゆっくりと勇を地面に降ろすと、立ち上がる。
同時に曇っていた空から雨が降り出し、やがて嵐の様な豪雨と暴風が吹き荒れだした。
「何よあれ…。あれが天使だっていうの!?」
夏音の姿を見た紗矢華が息を飲んだ。
その全身は黒く淀み、瞳と翼に浮かぶ眼球は血のように真っ赤に染まり、血涙が流れ出ているような模様が浮かんでいた。爪はナイフのように鋭く尖っていた。その姿はまるで――
「堕天したというのか…!?」
「堕天?何だよそれ?」
驚愕の面持ちで、勇太郎が漏らした呟きに古城が聞き返す。
「天使が魔の存在へと堕ちる現象のことだ。俺も見るのは初めてだがな」
「叶瀬を元に戻す方法は無いのかよ!」
「あの子の人格が残っていればあるいは…。む!いかん、散れ!!」
「え?」
Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!
一瞬、勇太郎の言葉の意味が分からなかったが、鼓膜を激しく揺する絶叫に思考がかき消される。
音がした方を見ると、夏音の体がドス黒く輝き、翼面の眼球から漆黒の光が古城達に無数に打ち出された。
「ぐぅおぉぉう!?」
全員咄嗟にその場から飛び退くと、古城達が立っていた場所にビームと言える漆黒の光が降り注ぎ、氷の地面を粉々に砕いた。
「やめろ叶瀬!俺達が分からないのか!?」
「どうやら俺やお前の力に、本能的に反応しているようだな」
「それじゃどうすんだよ!?」
「戦うしかあるまい」
勇太郎の言葉に奥歯を噛み締める古城。あの聖女のような優しさを持つ夏音と、戦うことに抵抗を感じてしまうのだ。
「先輩!」
雪菜の声にハッとなって空を見ると、夏音が自分へと漆黒の光を放とうとしていた。
「ッ――!!
古城に最早選択の余地はなかった。このまま夏音の攻撃が続けば、遠からずこの島そのものが消滅することになるだろう。まずは眷獣を使ってでも夏音を止める。でなければこの島にいる皆が巻き込まれて命を落とすことになる。
「叶瀬っ!」
雷光を纏った黄金の獅子が、そして振動の塊である緋色の双角獣が、宙を舞う堕天使へと突撃した。それぞれが天災にも等しい力を持つ”真祖”の眷獣の攻撃である。
膨大な魔力を帯びたその攻撃は、しかし夏音の体を傷つけることはなかった。
蜃気楼の様に肉体を揺らめかせただけで、すべての攻撃は堕天使をすり抜けていく。
引き裂かれた大気が軋み、稲妻が悪天を貫くが、夏音は無傷のまま悠然と飛び続けていた。
「無駄だ、第四真祖…」
賢生が古城に呼びかける。
彼は絶望に染まった表情で、地に膝を着いて俯いていた。
本来望んだ姿からかけ離れた娘の姿に、心が折れてしまったのだろう。
「今の夏音は、既に我らとは異なる次元の高みに至りつつある。君の眷獣がどれほど強大な魔力を誇ろうとも、この世界に存在しないものを破壊することはできまい――」
「何諦めてるんだよ!あんたが諦めたら誰が叶瀬を助けるんだよ!」
「もう、手遅れだ。ああなっては夏音は神の御許へ召されることも許されず、ただ破壊と殺戮を繰り返すだろう。そして最後は自身をも…」
全てを諦めてしまった賢生に、古城は言い返したかったが、そんま余裕はなかった。
夏音の翼が再び古城に巨大な眼球を向けたからだ。
日食のような暗がりが、一片の影すら残さず古城を飲み込んでいき、眼球から放たれた閃光が古城の心臓を貫いた。
全ての音が消滅した。
古城の心臓に突き立った光は、苛烈な衝撃と炎を伴って、人々の視界を真っ黒に染める。
その漆黒の世界の中で、古城の身体がゆっくりと倒れていく――
「先輩!?」
「暁古城!」
雪菜と紗矢華が、吹き荒れる暴風に逆らいながら、倒れた古城に駆け寄ろうとする。
夏音の攻撃の爆心地は半球状にえぐれ、高温で蒸発した氷が蒸気を吹き上げていた。
古城の肉体はズタズタに引き裂かれ、原型を留めているのが不思議なくらいだ。
「先輩!暁先輩――!」
「ちょっと返事しなさいよ!あんた不死身なんでしょう、暁古城――!」
二人の少女が、倒れた第四真祖に取りすがって彼を呼び続けていた。
「OAaaaaaaaaa――!」
「叶瀬夏音…あなたはそこまで勇を…」
異国の銀髪の王女は、頭上で血の涙を流しながら慟哭する堕天使を眺めている。
そして氷の塔の頂上で、若き獅子は今だに眠り続けていた。