進撃のほむら   作:homu-raizm

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 前話ではしょっぱなから恥ずかしいミスをしていました、銃の名前だけ調べて満足しちゃダメですね。ご指摘ありがとうございます。

<現在公開可能な情報>
・マジカル☆グレネード タイマーで爆発するタイプのグレネード。もちろんお手製。進撃世界にあわせて造ったわけじゃないので、使うとその辺一帯が大迷惑を被る一撃必殺だけれども困ったちゃん。ほむらはよく巨人に食わせているが、決して巨人の餌ではない。


第7話 Going nowhere

 窓から差し込む日の光によって意識が覚醒していく。昨日の早朝、日の出と共に無理矢理叩き起こされた事態から考えれば随分と平和な朝である。

 

「……九時前、学校行ってたら遅刻確定ね」

 

 普段はあまり意識しなくとも七時半前後には目が覚めるのだが、それだけシガンシナを出てからの睡眠不足が祟っていたということで見逃してもらいたいところである。誰が見咎めるわけでもないのだけれど。

 それはさて置き、未だ睡眠を求める頭を振り回して眠気を飛ばしつつ周囲を確認するも、そこにハンネスの姿はない。寝室を出て居間に行ってみても、やっぱりハンネスは居ない。昨日と同じルーチンをこなしているのだとすれば、昼前まで詰め所で作業をしてそこから帰ってくると考えるのが自然だ。

 

「装備品の確認をしている暇はないわね……ハンネスは帰って来たらまた夜勤に備えて寝るでしょうし、本格的なチェックはそのときにしましょうか」

 

 あまり後回しにするわけにもいかないが、使った銃器の整備等も同時に行わなければならない以上、どうしたって纏まった時間は必要になる。昼前まで長く見積もっても三時間前後、全て終わるかどうかは微妙な線だが、銃器の類は絶対に見られてはならないから無理に博打を打つ必要もない。

 それよりも重要なのはソウルジェムだ、これの確認をしないといけない。私にとっての生命線であり、同時に最大の急所でもあるそれ。なるたけ活動している人間が少ない夜に見ようかとも思ったが、光に乏しいこの世界であの紫に輝くジェムは目立ちすぎるために初日の夜も昨夜も諦めた。もうこれ以上先送りには出来ない。昨夜はただ力尽きて寝てしまっただけ、というのは内緒だ。

 

「さて……無駄に緊張するわね」

 

 精神を集中し、ソウルジェムを具現化する。慣れ親しんだ、最早呼吸と同レベルで行える動作にもかかわらず、数日振りということもあって少しだけジェムを見るのを躊躇ってしまう。今までの経験と体感からいってもまだそこまで問題ないだろうとあたりはついていても、やはり万が一は怖いのだ。目を閉じ一旦大きく深呼吸し、気を落ち着けてから少しずつ薄目を開いてジェムの輝きを確認する。

 

「……ふう、大体予想通りかしらね。よかった」

 

 グリーフシードで浄化した直後の状態をゼロでリミットを百だとすると、大体三十になるぐらいか。まだ余裕があるとはいえ、先の読めない現状では放置しておくのも少し怖い。どうしようかとしばし逡巡したものの、直前のワルプルギス戦にて、使おうと思っていたグリーフシードを結局使い切れないままに倒されたことを思い出す。だからストックは結構あったはず、ならば無用なリスクは排除しておいたほうがいいだろう。

 盾に手を突っ込み、グリーフシードを探す。といっても中身が分からなくなるような代物でもなし、目当てのものはすぐさま手の中に出てくる――筈であった。

 

「……え、ちょっと、冗談、よね?」

 

 出てこないグリーフシードの代わりに出てきたのは焦り声。盾を引っ掻き回す手の速度が上がるも、一向にグリーフシードが見つからない。そんな馬鹿な、確かにワルプルギスで一番多かった瞬間からは結構使ったけれど、余りの数は一つや二つじゃなかった、管理はしっかりやっていたから必ず残っているはずなのに。

 

「……ハンネスはまだ帰ってこない、わよね」

 

 あまりの衝撃に一瞬我を忘れたが、朝起きてからまだ十分も経ってない。ハンネスが帰ってくるまでに後二時間は余裕を見れる、ならば、片付ける時間は十分にあるということだ。

 

「そぉい!」

 

 盾の中身を部屋中にぶちまける。夥しい数の銃器に各種弾薬、爆薬、ナイフに刀といった武器類と、色々使った各種潜入用装備の数々。我ながらよくもまあここまで集めたものだと感心するが、今はそれどころではないので眺めて悦に入るのはやめておく。

 ソウルジェムを手に持ち、グリーフシードの波動を探索する。だが、現実は無情。私の生命線であるグリーフシードはその痕跡の一欠けらすら見つからない。

 

「……痛い」

 

 おもむろに頬を抓ってみるが、これ以上目が覚める様子もない。これは、本格的に拙いかもしれない。心に焦燥と絶望が広がっていく。

 

「ぐっ……落ち着けほむら、冷静に、冷静に。絶望を抱くな、私にはまだできることがある、絶対にある」

 

 ソウルジェムは魔法の使用のほかにも私たちの感情に強く左右される。美樹さやかが魔女化する際、たいてい最後の一押しは魔法の使いすぎではなく本人が抱いた圧倒的な絶望だった。魔法少女にとって、自身の絶望は何にも勝る劇薬だ。

 目を閉じて大きく深呼吸、ざわつく心を押さえつける。嘆いたって現実は変わりはしない、嘆く暇があるのなら今後のことを検討しろ。内心で自身に強く言い聞かせつつ、大きく息を吐いてソウルジェムを体内に仕舞う。

 

「さて、とは言ったものの、どうしよう……」

 

 というか、何故グリーフシードが、グリーフシードだけがなくなっているのだろうか。正確に調べたわけじゃないが、銃器の類は全部ある。それ以外の装備に道具も全部ある。私以外の誰かが私に気付かれずに盾の中に干渉できるわけもなし、グリーフシードだけがなくなっているのには理由があるはずだ。

 

「……いえ、それは後ね。考えなければいけないことだけれど、考えるにしたって情報がなさ過ぎる。今はグリーフシードをどうにか入手する方法を考えなくては」

 

 グリーフシードは魔女の卵、魔女を狩ればいいのは間違いない。まずはそこからか、こんなときあのいけ好かない白いナマモノが居れば、と思ってしまう自分が情けない。

 

「今すぐにでも装備のチェックを始めるとして、恐らく昼までには終わらない。ハンネスが帰ってきて眠った後、急いで装備を整えて夕方。ハンネスが出た後にもう一回り、今日はそれが限界かしら」

 

 明日以降は、前日に銃器を使わなければ午前中も見回りに充てられるだろう。現代装備をフル活用して魔法の使用を限界まで抑えれば、まだ暫くは大丈夫だ。そうと決まればするべきことは一つ、ばら撒いた装備を一旦全て収納し、酷使してきたショットガンから整備を始める。

 

「どこまで出来るかしらね……はぁ、まどか、生きるだけでも難易度が中々にハードよ……」

 

 だが、私は決して諦めない。どんなに細く脆い糸であっても、必ず手繰り寄せてみせる。鈍色に光る銃身を握り締め、誓いを新たにするのだった。

 

 

 

 

「名前を決めようか」

「……ほむ?」

 

 整備も半分を終えた頃、戻ってきたハンネスがテーブルに食事を置きつつ唐突に言い放った言葉に私は反応できなかった。何度か言われたことを頭の中で咀嚼してみるも、名前を決める? 意味が分からない。

 

「……どういうこと?」

「そりゃお前、一応俺の親戚の娘ってことになってっからな。それっぽい名前にしないと拙いだろ」

「ああ……そういえばそうだったわね。まあ確かに、理に適ってるわ。でもどうするの? 私はそれっぽい名前とか言われても分からないわよ」

「安心しろ。夜中の壁上で考えてきた」

「仕事は真面目にやりなさいよ……」

 

 味のしない硬いパンをもそもそ齧りながら溜息混じりに返す。そりゃ、確かに夜は連中の動きもかなり鈍いけれど、全部が全部止まっているわけでもないだろうに。まあ、大型が出てこない限り壁を破られることはないだろうけども。

 

「まあ細かいことは気にするな。でだ、こんなのはどうだ?」

 

 のそり、とテーブルに身を乗り出したハンネスが無駄に厳かに告げる。その無駄な威厳に私の喉も知らず、ゴクリと鳴る。果たして、一体どんな名前が。

 

「――ホームラン・アッケーミン」

「却下」

「おい!? お前俺の休憩時間中のあれこれを一撃かよ!?」

「……色々言いたいことはあるけれど、アッケーミンはまだしもホームランはないわ」

 

 私は野球選手か。いやまあ、確かにほむらを並びを変えずに横文字っぽくしたらそうなるのも分からなくもないけれども。そんな私の即断に気分を悪くしたか、ハンネスが頬杖を突きながら私をなじる。考えるのにどれだけかかったか知らないが、その程度で拗ねないで欲しい。

 

「じゃあどんなんならいいんだよ。ホムーラーとかか?」

「却下。アッケーミンの元は私の苗字の暁美とミカサの苗字のアッカーマンでしょう。ならミカサだってアリなんだから普通にほむらでいいじゃないのよ」

「ほむら・アッケーミンか。まあ、対外的にはそれでも悪くはないんだが……俺の親戚って触れ込みだし、何よりお前は目立ちすぎるからなぁ」

「……そうかしら?」

 

 ハンネスと最初に会ったときの格好は確かに目立つだろうが、今は見滝原の制服、魔法少女の格好よりは大分大人しいと思う。それに今日街を歩いていたときは確かに周囲からそれなりに見られていたが、それはハンネス、というよりも兵士と連れ立っていたからだろう。

 だが、ハンネスはそんな私の意見を首を振りながら一蹴する。するのは構わないのだが、そのお前本当に何も分かってねーな的な視線は腹立たしいからやめて欲しい。

 

「昨日も言ったが、地味とか派手とかそういう問題じゃねえ。俺みたいな奴が見たって一発で分かる程度には仕立てが良すぎるんだよ。それに、確かにシガンシナで会ったときの格好よりは大人しいが、十分派手だと思うぞ。特にその短いスカート」

「…………」

 

 その言葉に思わず膝を閉じてスカートを握り締めつつ、私はこの家に居て本当に大丈夫なのだろうか、そんな疑問が頭をよぎる。だが、ハンネスはそんな仏頂面になっただろう私を完全にスルーして壁の上着掛けに引っ掛けてあったコート、というよりもローブに近い外套を指差す。

 変に意識させられた自分が間抜けに思えてきて無性にイラッとしたが、藪を突っついて蛇を出すのもどうかと思い、ハンネスに習ってさらっと流すことにする。

 

「一応目立たないように羽織るもんを買ってきた。どれだけ暑くても外出るときはそいつ着ていけよ」

「……そうね、ありがとう」

「話が反れたな。で、名前だ名前。どうすんだよ」

 

 どうすんだと言われても、さっきのではダメなのだろうか。一応考えてみるも、やはりまどかにもカッコいいと言われたこの名前には愛着がある、偽名とはいえ、あまり別の名を名乗りたいとも思わない。

 

「……ほむら・アッケーミンでいいわ。他の呼び方をされても反応できるか怪しいし」

「分かった、ホームランでもホームラーでもいいけど、それを縮めて愛称ほむらにしよう。で、普段からそうやって呼ばれてるって言っておけば大丈夫だろ、多分」

「どうしてそこまで名前にこだわるのよ」

「そりゃお前、兵士用の宿舎、しかも男用の方に住むんだ、隊長にきちんと説明しとかないと後々面倒だろうよ。そんときにわざわざ目立つ名前を名乗る必要もねーだろ」

 

 なるほど確かに、ただでさえ目立つだろうというのは確定しているというのに、わざわざより印象を深くする必要もないか。けれども、偽名を使うことで負う必要のないリスクを背負うことにはならないだろうか。万一ばれたときには印象は最悪、それどころか偽証や偽装でしょっ引かれることが容易に想像できる。

 

「下手に偽名なんか使ったことがばれたらそれこそ面倒じゃないのかしら」

「大した関りを持たなきゃ大丈夫さ。どっか山奥の村出身とでも言っておけば調べようがねーし」

「……ふむ」

 

 市街地ならともかく、山奥の寒村まできちんと網羅するほど戸籍管理はしっかりしていないということか。現代日本では戸籍の偽造なんかには多額の資金が必要になるから考えもしなかったが、あれだけ巨人に荒らされてしまえば判断のしようもないから仕方ないだろう。

 だが、この現状でその村の出身の人が一人でも居ようものなら容易にバレ得る嘘をつくのはいかがなものかと思うのだが。

 まあ、出身地の偽りが明るみになったのなら必然的に偽名についても明らかになるわけで、逆にそこまでこだわる必要もないということか。東洋の血がミカサにしか残っていないという情報がどこまで知られているのかは知らないが、仮にハンネスの隊長が知っていたとするならば東洋風のほむらと名乗るのはどう考えてもよろしくないわけだし。

 

「そういうことで、ホームランでいいか?」

「やけにホームランに拘るわね……却下だと言ったでしょう。私は野球選手じゃないわ」

「野球?」

 

 ハンネスの怪訝な表情を見るまでもなく、今のは明らかに失言だった。動揺を顔に出さないよう努めつつ、髪をかき上げ言葉を濁す。ホームランホームラン連呼するハンネスが悪いのは間違いないのだが、そのことを指摘できないのが少し腹立たしい。

 

「……なんでもないわ。とにかく、ホームランは却下。そうね……ホムリリー、これでどう?」

「縮めたってほむらにはならんぞ」

「愛称なんてそんなものでしょう。ホムリよりはほむらの方が響きがいいとかそんな感じよ。別に縮めて愛称にする必要はないわけだし」

「まあ、お前がいいってんならそれでいいか。んじゃ、対外的にはそれで決定ってことで」

 

 というわけで今後、機会がそうそうあるとも思えないけれども、正式に名乗る名前がホムリリー・アッケーミンとなった。こうやって字面だけ見ると突っ込みどころ満載なのだが、まあどうせ使わない名前だから形だけでよしとしよう。

 さて、これでハンネスの懸念事項も一つ消えたわけで、隊長さんとやらに相談すればあるいは女性宿舎の一室でも開けてもらえるかもしれない、存在するのかは知らないけれど。だとすれば善は急げ、早速立ちあがろうとしたのだけれど、ハンネスが明らかにやる気なさそうにあくびをしていたために出鼻を挫かれた形になってしまう。

 

「……説明に行くんでしょう?」

「体調が優れなかったとか言っとけば一日ぐらい大丈夫だろ。つーわけで俺は今日も夜勤だからもう寝る。今から行ったところで夜勤が免除になるわけじゃねーしな」

「貴方が出たくないだけじゃないの……」

「はははバレたか、つーわけで明日の昼の鐘ぐらいの時間に今日と同じ場所で待ち合わせな。んじゃ、おやすみ」

 

 外套があるからって無闇に出歩くなよ、と言ってハンネスは寝室へと消えていった。しかたない、私は私で今できることをしよう、無駄にしていい時間なんて一秒たりともない。ハンネスが眠ったのを確認し、整備の途中だったアサルトライフルを取り出すのだった。

 

 

 

 

 

「……はぁ、まあ初日から成果が出るとは思ってなかったけど、この状況で焦らず冷静にっていうのも中々難しいわね」

 

 テーブルに座り、ハンネスに描いてもらったトロストの地図――ものすごく大雑把な、大きさと各地区が描いてある落書きと言われても納得してしまうようなものだが――に今日見回った部分のチェックを入れていく。整備を終えて出発した三時から六時ぐらいまで、約三時間。歩けた部分はトロスト全体から見れば極僅かに過ぎない。

 

「この街の道が複雑すぎるのが悪いのよ……」

 

 大通りはまだしも、一本入ってしまえばもう完全に迷路だ。この街に慣れ親しんだ人達ですら、ちょっと知らない地区に行けば迷うこと間違いなしなんじゃないだろうか。何度壁を駆け上って屋根の上を歩こうと思ったことか、こんな真昼間からやろうものなら一発で兵士が飛んでくるだろうからやらなかったけど。

 かといって、魔女はやはりそういった路地裏やデッドスポットといった場所に多く巣食うから、迷路じみているからといって避けて通るわけにもいかない。これからもトロストで迷い続けるんだろうなと思うと頭が痛かった。

 

「ふあーあ……おはようさん」

「……今の時間を言って御覧なさい」

「仕事の二時間前。いやー、俺って早起きだよな」

「……そうね」

 

 今の時間は腕時計で夜七時、ということはハンネスの夜勤は恐らく九時五時だろう。であるならば、私は十時四時の間で自由に動けるわけだ、覚えておこう。テーブルの上に広げた地図を片付けながらハンネスの様子を盗み見ると、視線は私が仕舞おうとしていた地図に向いていた。

 

「どうかしたの?」

「いんや、使ってるんだなって思っただけだ」

「……まあ、ないよりはマシだもの」

「しょうがねえだろ、詳細な地図なんざ持ち出せるわけがねえ、つーか俺だって詰め所で申請しないと見れないんだぜ」

 

 はるか昔から、詳細な地図というのは最高機密の一つだったと聞く。そうじゃなくなったのは測量技術が発達し、さらに宇宙から一方的に見えるようになってからだ。本来ならこんな落書きレベルの代物ですら入手するのは容易じゃないはず、壁の上から見た街並みを覚えてる限り描いてくれたハンネスにはこれでも感謝しているのだ。

 まあ、もっと絵が上手かったらと思っているのは間違いないのだが。いつか自分で地理を確認したら私の無い絵心を総動員して可能な限り正確に地図を書き足そうと決めている程度には酷いし。

 

「分かってる、別に責めたわけじゃないわ。それよりも、聞きたいこと、というか頼みがあるの」

「一日一つ、ハンネス先生の面白授業ってか。今度は何だ?」

「……その腰の装置、欲しいのだけれど」

 

 半分茶化したような物言いに多少イラッとするが、ハンネスからの質問にはロクに答えない、答えられないのにこちらから一方的に色々聞いている自覚があるだけに、文句を言うことも出来ないし言うつもりもない。一旦呼吸を置いてから、今日の面白授業をお願いする。

 

「立体機動装置が欲しい? 何だお前、兵士になるつもりか」

「そう、立体機動装置と言うのね。それで別に私は兵士になるつもりはないけれど」

「じゃあ無理に決まってるだろ。こいつは兵士に支給されるもんだぞ、兵士じゃないお前に渡すわけにはいかねえよ」

 

 毎度毎度何言ってんだこいつ、みたいな視線をスルーしながら考える。装置は兵士にならければもらえない、だが兵士になるということは行動を制限されるということ、だとするなら装置は諦めるしかないか。もっとも、重要なのは装置よりもそこに付随する剣のほうだ。こっちはどうだろうか。

 

「わかった、じゃあ装置は諦める。その代わり、腰の剣をくれないかしら。替刃はたくさんあるんでしょう?」

「……こいつを見ろ。ブレードの柄は機動装置のトリガーだ。こいつにくっつくように作ってあるんだから、装置がなけりゃ使えねえよ」

「壊れた装置のまだ使えるトリガー部分とかはないの?」

「ない。装置は機密の塊だからな、俺たちだって詳しい内部構造は知らんし、壊れた装置はしっかり回収してるぞ」

 

 回収しているというのならばどこかにはあるのだろうが、恐らくハンネスはその場所を知らないだろうし知っていたとしても教えてはくれないだろう。やはりシガンシナで入手すべきだったか、だがその方法で入手したところで結局正規の手段じゃない以上補給が続かずにいつか尽きることは目に見えている。

 詰め所から拝借するにしても、そう何度も何度も使える手段ではないだろうし、在庫を根こそぎなんてしようものならトロストの兵士達全員にとんでもない迷惑をかけるだろう。

 

「……なんとかならない?」

「ならねえよ、つか何に使うんだ」

「シガンシナで見せた私の剣、あれ結構ガタが来てるのよ。予備が欲しいの」

「……この前も言ったが、何でお前が戦う前提で物事を進めてるんだっての。そんな必要はねえよ」

 

 この様子ではどう言おうが融通はしてもらえなさそうだ。仕方ない、近いうちに無断で頂戴に行こう。だが、妙に鋭いハンネスのこと、ここであっさり諦めたらまた何か嗅ぎ付けるかもしれない、もう少し会話を引き伸ばすか。

 

「……兵士になれば貰えると言ったわね。簡単になれるものなの?」

「あー……歳はいくつだ」

「十四」

「なら大丈夫だ。っても……そうだな、ちょっと説明すっか」

 

 がしがし頭をかきながら説明を始めたハンネスの言葉を要約すると、兵士と呼ばれる人たちには三つの所属先があるとのこと。兵士達はそれぞれ、駐屯兵団・憲兵団・調査兵団と呼ばれているそれらのどれかに必ず所属していて、その三つの所属先を選ぶ前にまず訓練兵団という所謂養成所で三年間みっちり鍛えられるらしい。よっぽどの例外ならば訓練兵の時間を短縮することぐらいはあるかもしれないが、そこをすっ飛ばしてというのはハンネスは聞いたことがないそうだ。

 三年、という時点で私が兵士になる道はなくなったのだが、ついでだし兵士について色々聞いておこう、何か有意義な情報があるかもしれない。

 

「三年……」

「ああ。立体機動装置の使い方もそうだし、他にも色々覚えることはあるからな」

「ハンネスはどこ所属なの?」

「俺は駐屯兵団だ。そうだな、見分け方も教えとこうか」

 

 おもむろに上着を脱いだハンネスが脱いだ上着をテーブルに広げ、ワッペンの部分を指す。

 

「盾に薔薇があしらってあるだろう、これが駐屯兵団のマークだ」

「ここで見分けがつくのね。他の兵団は?」

「憲兵団は盾にユニコーン……角の生えた馬の顔だな。調査兵団は盾に一対の翼。ついでに、訓練兵団はただの盾だ」

「ほむう……」

 

 どういう基準でそれらのマークになったのかが気になるところだが、見分け方だけ分かっていればいいか。薔薇に馬に翼、全く関連が思い浮かばないが、きっと私には分からない理由があるんだろう。

 

「各兵団はどんなことをしているの?」

「ああ、まあ訓練兵団はさっき話したとおりだな。で、他の三つなんだが」

 

 まずはハンネスの所属する駐屯兵団。駐屯の文字通り各地区に駐屯し、壁と共に守りに就くための兵団で、三つの兵団のうち最大の人数を誇っているらしい。

 そして憲兵団、基本的にウォール・シーナの内側、所謂貴族・王族街にいる、所謂近衛兵に近いもののようだ。それ以外にも街の治安維持なんかは基本的には憲兵団の管轄、ただし最近は汚職と贈賄が酷いらしい、閑話休題。

 最後に調査兵団、壁の外に出て人類の活動圏を広げるのと同時に巨人や外の世界について調査・探索をする兵団らしく、三つの中では一番死に近い兵団ということだ。なんでも、入団して五年以内に死ぬ確率が九割を超えるらしい、それはどう考えても組織として破綻しているだろう、常識的に考えて。

 

「異動とかはないの?」

「あー、地区間は結構遠いからあんまりないな。もちろん全くないわけじゃないが」

「そっちの移動じゃないわ」

「ああ……兵団間での異動か。一応駐屯から憲兵に行くことは極稀にあったりするが、基本はないな」

 

 五年で九割死ぬ、そんな滅茶苦茶な状況でなお調査兵団が存続している、ということはそれだけ重要視されている兵団なのだろうと考えるのが自然だ。とすれば、各地の強力な兵士はそのうち調査兵団へと行くんじゃないかと思ったが、ハンネスが言うにはそれはないらしい。

 

「調査兵団がほぼ壊滅状態になったりしてもどっかから補充しないの?」

「しねえよ」

「しないの? 調査兵団が活動領域を広げようとしているのはどこかからの命令でしょう? それを成すためにも調査兵団の維持は重要事項だと思うのだけれど」

「おいおい、明日死ねって命令受けて誰が聞くよ」

「兵士はそういうものでしょう、命令で動いて命令で死ぬ」

 

 普段、兵士や軍が一切生産性のある活動をしなくても許されるのはいざとなったときに真っ先に盾となるからだ。その盾が死にたくないと真っ先に逃げるようではその盾を維持してきた民を真っ向から裏切ることになると思うのだが。

 

「そりゃ、こないだみたいな事態になったら俺だって戦うさ。でも、無理に外に出て行く必要もねえだろう」

「……まあ、いいわ」

 

 それは違う、それは絶対に間違っている。だが、きっと私の考えはこの二日で何度も指摘されたようにここでは異端なのだろう。ウォール・マリアが健在だった頃ならいざ知らず、壁の中が安全ではないと証明されてしまった今、受身に回っているだけではいつか必ず巨人に押し込まれる、少なくとも私はそう考える。けれど、ハンネス、というよりはこの世界の住人は根っこのところで壁の神話に憑りつかれていると言っていいのかもしれない。

 

「ねえ、訓練兵団を卒業した後に各兵団に配属されるって言ったわね? ハンネスはどうして駐屯兵団に選ばれたの?」

「選ばれた? 違えよ、俺が駐屯兵団を選んだんだ。まあ、他に選びようがなかったからなんだが」

「選びようがない?」

「ああ。言ったとおり訓練兵は卒業と同時に自分の所属兵団を自分で選ぶ、訓練兵になった当初は大体全員が内地にいける憲兵団希望なんだが、憲兵団に入れるのは成績上位十人だけだからな。成績がそこまで良くなかった俺の選択肢は駐屯か調査かの二択だった、実質駐屯一択だよ」

 

 希望を出せばそれが必ず通る、そんな馬鹿な。確かにある程度は考慮されるだろうが、部隊編成の問題などは一般兵の関知できるところではない、だとするならば上級将校たちの立てた部隊運営方策に則って各兵団に最低限の人数振り分けぐらいはあるはずなのに。

 

「……仮に百人卒業して、十人が憲兵団、残りが駐屯兵団希望だったら調査兵団はどうなるの?」

「多分だがその年は新人なしだな」

「なにそれ有り得ない」

 

 五年で九割死ぬなら尚更のこと強制してでも優秀な新人を多く入れて組織を維持しないことにはお話にならないと思うのだが……実はそこまで調査兵団は重視されていないのだろうか。ウォール・マリアが破られてまだ間もなさ過ぎるから分からないだけで、元々マリアの外にまで興味がなかった、ただ対外的に組織を置いておいたというだけ、というなら理解できるけれど。

 

「……憲兵団は成績優秀者、って言ってたわね。判断基準は座学メインなの?」

「んなわけねえだろ。メインは立体機動を筆頭にした戦闘力だよ」

「その上位十人が内地に行くの? ということは内地には突発的に巨人が出現したりするの?」

「そんなんだったら大問題だな。なんでって、そりゃ誰だって安全な内地に行きたいだろうよ」

「それじゃあ憲兵団は巨人と戦うことなんてまずないということよね……益々有り得ない」

 

 その年の新人で巨人と戦う力に秀でていると評価された人間が上から十人、一番巨人と戦う可能性の低い場所に行ける。こんな矛盾があっていいのだろうか。

 

「訓練を頑張った連中がいいところにいくのは普通じゃないのか?」

「だったら内地でこそ役に立つ技術なり知識なりを優先して身に着けるべきじゃないかしら」

「なんだよそれ」

「さあ、私は内地を知らないからなんとも。ただ、貴族やその上の人達と係わるんなら例えば貴族の歴史だったり社交マナーだったり特殊な礼儀作法だったり、色々あるんじゃないかしらと思っただけよ」

 

 だがまあ、いいことを聞いた。憲兵団は巨人と戦わないというのであれば、憲兵団の詰め所から装置は難しくともブレードを頂戴したところで駐屯兵団や調査兵団よりは直接的な被害は少ないだろう。

 

「憲兵団ってウォール・シーナにしかいないの?」

「そんなことはねえよ、特に今みたいな非常時にはあいつらも出てくるさ。さっきも言ったが治安維持に関する権限は基本的には憲兵団の管轄だからな。人数が足りないから俺たちも協力してるけどよ」

 

 だとすれば、今このトロストのどこかには憲兵団の支部なり詰め所なりがあるはず、当面の目標はそこね。臨時詰め所、かどうかは知らないけれど、現状この街は巨人に対する最前線だ。可能性が低いからといって、詰め所に装置やブレードを置いておかないってことはないだろう。

 

「……もういいか? ぼちぼち出ないとドヤされちまう」

「ええ、いつも色々と悪いわね」

「ああ……それは別にいいんだがな。俺としてはお前の常識のなさが心配でしょうがねえよ」

 

 調査兵団とか憲兵団とか、さすがにガキでも知ってるぜというハンネスの言葉に喉まで出かかったありがとうの言葉を飲み込む。こんな、所謂常識知らずと言われることを逃れられない質問を色んな人にして回るわけにもいかない、ハンネスに疑われるのはもう諦めて、これ以上疑いを持つ人間を増やさない方向に行くべきだろう。

 つまり、暫くはこの部屋でハンネスと行動を共にしたほうがいいということと、なるたけ他の住人と関わらずにこっそりと生活するべきだということだ。グリーフシードの件も相まって先が思いやられることこの上ない、暫く心休まるときはなさそうで、内心大きく嘆息する。

 

「んじゃ、行ってくるぜ。もう外に出ることはないと思うが、一応気をつけろよ」

「誰か来ても無視しとくから安心して。行ってらっしゃい」

「ああ。明日の昼、忘れんなよ」

 

 ガチャリ、と扉が閉まる。それを確認して暫くした後、テーブルに一旦片付けた地図を再度広げて今夜の巡回箇所を吟味する。心細いときの暗闇は悪夢を思い起こさせ、悪夢が絶望を呼び起こす。その絶望を呼び水に魔女が発生し跋扈する、というシナリオを容易に思い描ける以上、シガンシナの難民キャンプエリアを重点的に回りたいが。

 

「……遠いのよね」

 

 不慣れなこの街で屋根の上を飛び回らずに、なおかつ兵士に見つからないようにシガンシナのキャンプまで行ける自信がこれっぽっちもない。地上の道のりの確認は明日の朝やることにして、今夜は兵士の夜間巡回の練度確認を兼ねたこの建物の近辺、トロストの中でも比較的安全なエリアを見回ることになるだろう。

 そうと決まればじっとしている時間も惜しい、私は盾からいつもの潜入装備――黒いヘルメットに軍用マルチスコープ、そして暗所での視認を限りなくしにくくする黒のジャケット――を取り出し身に纏い、ハンネスが閉めた向こうから扉に細工しているであろう小さな可能性すら考慮して窓から闇夜のトロストへと飛び出すのであった。




 これでも削ったんですけどね……(二回目)
 さすがに繋ぎ回というか説明回が長いので、少しだけ。ほむらが現状認識を(漸く)終えてくれたので、次回から動きます。はい。


 あと、結構前ですけどUAが10000を突破していたようで。多くの方に読んでいただいて感謝しています、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

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