進撃のほむら   作:homu-raizm

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皆さんはじめまして、こちらに投稿するのは初めてになります。ぼちぼち頑張りますので、よろしくお願いします


第1話 Awakening

 逆位置から正位置へ、たったそれだけのことで今の今まで周囲を吹き荒れていた強風は暴風を通り越して竜巻をすら超えんばかりに周囲もろともを吹き飛ばし、それでもなお飽きたらんとばかりに暴虐の夜へ逆らう私へとその破壊のすべてが差し向けられる。

 ワルプルギスの夜、その――私が勝手に第二形態と呼んでいるが――真の姿。逆さに笑っている状態ですら、並みの魔法少女どころかベテラン筆頭といって差し支えない巴マミさえも寄せ付けない最強の魔女、といっても私にとってみれば、逆さ形態――逆説的に第一形態と呼ぶことにしたが――は単なるウォームアップにすらならないわけなのだが。

 

「……ごふっ」

 

 抗いようの無い烈風に吹き飛ばされ、周囲の瓦礫ごと大地に叩きつけられ押しつぶされて。内から溢れ出てきた血を吐きながら、今度もまた駄目だったと瞳を閉じる。

 何回繰り返しただろうか、十を数えた頃はまだまだ反逆の魂は轟々と燃え盛っていたように思う。それが二十を超え、五十を超え、百を超える頃にはただただ惰性でワルプルギスとの戦いを行うようになっていたのではないだろうか。最初の数回のことこそ鮮明に覚えているのに、そこから先の繰り返しをほとんど覚えてないというのは、きっとそういうことなのだろう。

 

「――!!」

 

 ぐしゃり、と吹っ飛んできた瓦礫に右足が押し潰され、千切れ飛ぶ。痛覚操作を軽減に留めていたことが災いし、脳髄を貫く激痛に悲鳴すら上げられないまま奥歯が砕けんばかりにかみ締める。勝手にあふれてきた涙で霞む視界の中、最早無意識のレベルにまで刷り込まれたまた過去へ飛ぶための動作を体が勝手に行う。右手を盾のギミックへと伸ばし、けれどその右手がギミックへたどり着く前に、超高速で突っ込んできた瓦礫が私の左腕、その肘から下を吹っ飛ばした。

 

「……あ」

 

 きっと、ほんの僅かな差だったのだろう。だが、これで私は過去へ飛ぶ手段を失った。

 

「……ごめん、まどか。ごめんね、ごめんね、ごめんね」

 

 何度も繰り返すうち、皆をワルプルギスまで生かすことが作業になった。一人だけ繰り返し続けた結果、積み重なった経験が私の圧倒的な礎となって、巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子の三人を同時に相手してかすり傷一つ負わずに全員を無力化できるほどには強くなった。

 けれど、それでもワルプルギスの夜は超えられなかった。他の魔女は一切変わらないが故にある程度してからは私にとって一切得るものが無くなり、しかしワルプルギスだけは回を重ねるごとに凶悪になった。だから、そのうち他の三人をワルプルギスに連れてくることも無くなった、むしろ邪魔だからと自ら排除したことすらあった。

 私は魔法少女としての成長が止まってしまった。

 もともと火力を魔法に頼らない私の強みはことワルプルギスの夜に対しては完全にデメリットに成り下がった。これ以上の火力を求めることは出来ない、そして私は魔法少女としての基礎スペックは総じて高くないのだから。だから、いつかこうしたこの長い道の果てにしてはあまりにも間の抜けた終わりが来ることは、分かっていた。分かっていたのだ。

 

「……魔女に、なる、ぐらいなら」

 

 ジェムが濁っていく、それがはっきりと知覚できる。今まで何度も何度も何度も何度も魔女になりかけた経験から鑑みて、この濁り方は致命的だというのがはっきりと理解できる。

 

「さよ、なら。まどか、私の、たった一人の――」

 

 震える右手で慣れ親しんだベレッタを、自身のジェムへとポイントする。躊躇いは、最早なかった。

 

「――――」

 

 渇いた発砲音とジェムが砕け散る硬質な音、そして意識が消し飛ぶ寸前、ぐしゃり、という音を、最後に聞いた、気がした。

 

 

 

 

 

 

 

第一話 Awaking

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬を何かがくすぐっている。それと同時に、今までの暴風からは考えられないほどに柔らかく、そして爽やかな風が前髪を躍らせているのを感じる。まぶた越しにも感じられる太陽の光、刺すような強い光ではなく、包み込むかのような暴虐とは正反対の慈愛の光。

 意識が目覚めようとしている、取り留めの無い思考が乱舞するまどろみの中、いつの間にか自分が寝ていたことを今更ながらに理解しつつ、優しい光に導かれるままに意識をゆっくりと覚醒させていく。

 

「――――」

「……まど、か?」

 

 聞き間違うはずも無い、私のたった一人の友達。その声が聞こえた気がして目を開いてみれば、ワルプルギスの夜は既に去っていて――

 

「――っ!?」

 

 ――いやまて、そんなはずは無い。慌てて飛び起き、周囲を見回してみれば、およそ見滝原とは思えないほどに長閑な草原が広がっていた。

 

「……なに、え、ちょっと、どういう、こと?」

 

 いつだったか、あの憎き白い悪魔が言っていた台詞が頭の中を巡る。全く、訳が、わからないよ。

 正しくワルプルギスの夜を超えたのならば、周囲にあるべきは見滝原であり、まどかの笑顔であり、そしていつもみたいに返り討ちにあったのならば、目覚めたときに居るべきは第二の家と言っても過言ではないだろう、あの病室だ。

 だというのに、周囲の光景はそのどちらもを否定している。というよりも、私にとってもこの光景は未知のもの、少なくとも見滝原周囲でないことは明らかだ。

 

「…………」

 

 そもそも、私はワルプルギスの夜に完膚なきまでに叩きのめされ、過去に戻る手段をあの瞬間失い、そして自身のジェムを自らの手で撃ち砕いたはずなのだ、死んだはずなのだ。だというのに、感じる風は優しく、指先に触れる草は柔らかく、差し込む日差しは暖かい。

 思わず空を仰ぎ見て、太陽の眩しさに目を細める。思わずかざした左手がなぜか再生していることに驚き、そしてその前腕に付いた盾で日差しを遮る。と、そこには見慣れない紙切れが一枚挟まっていた。

 

「……まどかの字ね」

 

 そこにはたった一言。

 

『生きて』

 

 たった三文字に込められたまどかの想いが伝わってくる、ああ、なんてことは無い。結局私はまたしてもまどかに救われたのだ。その他の現象の全てが理解の範疇を超えていても、およそ理論では説明できないはずのそのことだけはすとんと胸に落ちた。

 あのインキュベーターをしてたった一人で宇宙を救うだけの素質があると言わしめたまどかならば、きっとどんな願いだって叶えることが出来るだろう。あの優しいまどかならば、そんな圧倒的な力を私なんかのために使ったとして――使わせてしまったとして――不思議は無い。

 

「……ごめんねまどか」

 

 凄く、凄く嬉しい。けれど、隣にあなたがいないのなら、私だけしかいないのなら、そんな生に意味は無い。躊躇無く盾のギミックを作動させる。正しく作動したなら、きっとこの優しい空間はまどかの想いごと踏みにじり、またあの無機質な病室へと戻るはず。

 

「……その可能性も考えなかったわけではない、けれど、こうもあっさり現実を突きつけられるとさすがに少しへこむわね」

 

 しかし、私の願いは届かなかった。カチリという動作音こそしたものの、ギミックに込められた時間遡行は発動せず。半分予想通りの結末に盾の中身を確認してみると、砂時計の砂はいつも時間遡行した直後の状態に戻っていた、これでは遡行の魔法が発動するわけも無い。

 強張った体から力を抜き、その場に大の字に転がる。まどかの願いは私の願い、生きてと言われたならば生きないといけない。けれど、私は一体何のために生きればいいのだろう。

 

「一回がおよそ一ヶ月、百回繰り返せば百ヶ月、八年弱。さて、私は一体何回繰り返したっけ……」

 

 正確な回数は覚えてない、けれど、少なくとも魔法少女になる前の人生よりは長いことだけは確信を持てる。

 

「なんだ、簡単じゃない」

 

 今までがそうだった、そしてこれからもそうなるだけだ。

 

「必ず見滝原に帰る、そして今度こそ私がまどかを助ける」

 

 最早見滝原では成長の望めなくなった、ひいてはワルプルギスへの勝ちの目を失った私に与えられたまどかからの贈り物、そう考えれば、この状況も決して悪くは無いだろう。なにせ、見滝原ではこれ以上経験を積めないが、きっとここなら新しい経験を積める。どんな些細な経験でも、積んでいけばきっと私の魔法少女としての力になる、そう信じる。

 やるべきことは決まった、休憩はここまでだ。まずは情報収集から、見滝原ではあまりに慣れすぎて久しくやっていなかったが、対人スキルはきっとまだ生きてるだろう、うん。

 

「うーん……っと」

 

 立ち上がり、大きく深呼吸しながら体を伸ばす。どのくらい眠っていたのか、私の体からゴキゴキといい音がする。そんなことにすら少しばかりの楽しみを感じながらゆっくりと体をほぐしつつ改めて周囲を見回してみて――

 

「……ほむ?」

 

 ――思わず、変な声を出してしまった私を一体誰が責められよう、それほどまでに状況は私の想像の斜め上をカッ飛んでいた。

 

 

 

 

 シーナ、ローゼ、マリアの三つの壁が人類を守る砦である。

 およそ何一つ想像すら付かなかった周囲を覆う巨大な壁についてまず情報を集めだした結果、全知全能の神が云々と大声で演説していた胡散臭い坊主の話を物陰から九割近く聞き流し、得た結論が先の一言というのは如何なものかと思わなくも無い。幾ら私が魔法少女で、実は食事も睡眠も肉体的には必要ないからとはいえ、時間は貴重であり体力もまた貴重であり、そして何より重要な精神力がごっそりと削られたのが自身でも容易に把握できる。

 まだ魔女の結界だといわれたほうが信憑性があるだろうに、残念ながら私のソウルジェムは魔女の反応を一切感知していないのでその可能性もないのだった。

 

「……キュゥべえ、キュゥべえ」

 

 返事が無い。

 

「QB、淫獣、毒虫、ゴミクズ、インキュベーター」

 

 ……どうやら本当にいないようだ。あんなやつでも聞いたことには嘘をつかないので、おおざっぱにでも状況をつかめればと思ったがどうやらそれすら不可能らしい。あんまりぶつぶつ呟いていると近くを通るお姉さま方の視線が痛くなるので、この辺でこちらからコンタクトを取るのをすっぱり諦める。

 出てきたらそのときはとりあえず蜂の巣にしてから一方的に質問をぶつけて、満足いったらもう一回蜂の巣にしてやればいいだろう。

 

「というか、巨人って何よ巨人って」

 

 なんでも、人類は巨人とやらに追い立てられるようにこの壁の中に逃げ込んだ、それがおよそ百年前ということだそうだ。私の完璧なる潜入技術をもってすれば、この程度の情報を得ることなど朝飯前で――どうにもすれ違う人すれ違う人全員がこちらを驚愕と共に凝視している気がしなくもないが――ある。転校を繰り返し続けた結果、他者の好奇の視線に慣れっこになってしまった私にとってはたいしたことではないが、今はそんなことはどうでもいい。

 

「そもそも、ここどこなのよ」

 

 しゃくり、と佐倉杏子よろしく林檎を齧りながら一人毒づく。幾ら中学を繰り返し続けていた私とは言え、さすがに世界の地理の多少程度は知っている。こんな馬鹿でかい壁に囲まれた都市があるのなら習わないわけが無いし、そんなトンでも都市など一度聞いたら絶対に忘れない自信がある。

 

「三つの壁、そしてそこに区切られた市ではなくて区、さらに眉唾の巨人。しかも住民は自分の住む国の名前すら知らない、と」

 

 さすがにここまで本当に訳の分からない状況は想像していなかった。魔女の結界じゃないのなら私が死ぬ間際に見てる夢なんじゃないか、とそっちのほうがよっぽど救いがある。溜息をつきながら頬を抓ってみるが、当たり前のように痛いだけで目は覚めなかった。

 

「……日本を知らないのに日本語が通じてる時点でまともじゃない、か」

 

 まどか、早くも折れそうだよ……。

 はぁ、と再度溜息をつくと、再び足を進める。とりあえず目指す先はここから見えるあの丘の上にでもしようか、とりあえずこの街の全体像を把握しておきたい。いや、それよりは先に今日の宿を取るほうがいいか、街灯が見当たらないことからも夜になれば街から人が消えるのは目に見えている。目覚めたときと比べて太陽は大分傾いている、まだ夕暮れというには遠いけれど、かといってこの不慣れな街を歩くだけの時間がそうそう無いことは確かだ。

 

「……まだ気温は寒くない、最悪一晩の野宿程度ならどうにでもなるわね。はぁ……こんなとき、魔法少女の体でよかったと思ってしまうのが悔しいわ」

 

 右手で髪をなびかせながら丘へ向かって歩く。入り組んだシガンシナの街ではあるが、迷ったときは屋根の上にでも登ればいいだろう。どうせ、ここで私を知っている人間などいやしないのだから、誰かに見られたって構いやしない。

 人目のつかないところについたら残ってる装備品の確認もしなくてはいけない、ワルプルギス後のことは一切考えていなかったから銃弾はともかく、爆薬や榴弾系はストックに不安がある。最悪の場合昔みたいに自作する必要があるかもしれないが、そもそも街灯も無い上に家のつくりを見る限り贔屓目に見ても技術レベルが全くといっていいほど足りていない。お手製グレネードを造る材料すら手に入るかはわからなかった。

 前途多難ね、と呟きながら人ごみを掻き分ける歩くその足取りはなぜか思いのほか軽かった。

 

 

 

 

 

 丘の上にそびえる大樹、その上から街を俯瞰する。その結果、私が得た感想がいくつかあるが、そのどれもが今後に不安を抱かせるには十分すぎるものだった。

 

「っていうか、本当に壁に囲まれてるのね……物流とかどうなってるのかしら」

 

 自動車の類が走ってる様子も無い、ライフルのスコープを通じて辛うじて中央にある大通りとも呼べない石畳作りの道を馬車が通っていったのは確認できたが、それすらも車輪にゴムすらついてなく、また馬車自体にもサスペンションすらないような代物だった。

 壁の上には対巨人用なのだろうか、大砲らしきものが据え付けられていたが、それも私の目から見れば博物館にでも飾られているべき骨董品。なんというか、ここまでコテコテだと巨人とやらもさることながら私自身に魔女狩りの危険性まであるような気がしてきてならない。

 

「……先行きが不安でならないわね。まあいいわ、日も翳ってきたし今日はもうここで一晩を明かしましょう。街で色々調べるのは明日でも遅くない」

 

 右手に持っていたスコープをライフルに付け直し、盾へと収納する。そのついでに盾からペットボトルを取り出そうと中をまさぐっていたそのとき、何に誘われたか私の視線は日が沈もうとする壁を捉えていた。

 次の瞬間、晴れているはずの空から突然轟音と共に雷が落ちるというありえないはずの事態、暫くの後に揺れる枝の上でぼんやりと見ていた私の目が驚愕に見開かれ、盾に突っ込んだ右手の動きが止まり、間抜けな声が口から漏れる。

 

「……は?」

 

 にょき、っと。

 

「……何あれ」

 

 何か――いやよそう、あれは間違いなく、サイズこそ狂っているが人の顔だ――が。

 

「……ああなるほど、巨人、ってやつね」

 

 壁の向こうから、覗いていた。

 

「……でかすぎるでしょ、いくらなんでも」

 

 落雷の音に振動は光が落ちてから私に届くまでいくばくかの時間差があった、それだけ距離が離れていて、しかもスコープすら使っていないのにはっきりと見て取れる馬鹿でかさ。壁の高さを正確に測ったわけじゃないからなんともいえないけれど、三十、いや、五十メートルぐらいはありそうだ。

 そりゃあんなのに追っかけまわされてれば壁の内側にも逃げたくなるか、しかし、壁の上まで顔が覗いていて手が淵に引っかかってるってことはあの巨人なら壁をよじ登ることが出来るんじゃないかと思うわけだが、そこのところはどうなんだろうか。いや、重要なのはそんなことじゃない。

 

「……ああ、そうかそういうことか。あれででかいのを相手にする経験を積めって訳ね? 言われてみれば確かに私には巨大な魔女と戦う経験が足りなかったわ」

 

 ずずん、という重く腹に響く低音に続いて何かが砕け散る耳に障る破砕音、どうやら爆砕したのかさせられたのか、凄まじい量の噴煙と共に外壁の一部が瓦礫の流星となって街に降り注いでいる。

 そんな光景を見ながら、私は今まで戦ってきた魔女の姿を思い出す。圧倒的巨大さを誇るワルプルギスの夜に比べ、他の魔女の何たる小ささか、そりゃ、ワルプルギスの夜が作り出す乱気流なんかに対応できるわけも無い。なら、その対策にあのサイズの相手はもってこいだろう。

 私は大きく息を吐くと、未だ壁に張り付いて動かない巨人の下へと駆け出した。

 

「待っててまどか。私はもっと強くなって必ずあなたを助けに行く!」

 




お読みいただきありがとうございます。ほむほむが色々言っとりますが、私はQBもさやかも大好きです

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