東方人形誌   作:サイドカー

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いつの間にか、三十名以上の方がお気に入り登録してくださってました!
いやもうホント、ありがとうございます!
これからも、自分で楽しみつつ、読んでくださっている方にも楽しんでいただける、そんな作品を作っていけたらいいなぁ……と思っております。

では、今回も読んでいただけると、嬉しいです。


第八話 「そこに山があるからさ」

 幻想郷の朝は早い……のかどうかは知らないが、アリスの家で世話になっているこの頃は、規則正しい生活をしている気がする。大学生というのは、無駄に徹夜しては「俺寝てないんだぜ? ワイルドだろ?」なアピールで自己満足に浸るという痛々しい側面を持つ者が多いため(俺もその一人だったことは否定できないが)、生活リズムが不規則になってしまうものなのだ。

 まぁ、何はともあれ、今日も長閑な幻想郷ライフの幕が上がる――

 

「おー、イイ感じに乾いているじゃないか」

 俺は一晩中外に干しておいた、愛用しているグレーのジャケットを纏う。本当だったら日中に干しておきたかったのだが、すっかり忘れていたのだから仕方あるまい。ちゃんと乾くかどうか心配だったが、杞憂だったようだ。

 寝癖はついていないが、井戸水を使ってブラウンカラーの短髪もしっかりセットする。決してナルシストというわけではない。そこは勘違いしないでいただこう。

 身だしなみをある程度整えていると、軽く開いた窓から朝食のいい匂いが漂ってきた。キッチンがある方からだ。どうやらアリスはもう起きているようだな。アリスの手料理で一日がスタートするとは、何とも嬉しいことである。やったね!

 

 

「今日はどこに行くの?」

 ポタージュが入ったマグカップを両手で持ち、それを口元に運びながらアリスが聞いてきた。アリスお手製の目玉焼きが乗ったトーストをしっかり味わったうえで、飲み込んだ後、俺は質問に答えた。

「もちろん、まだ見ぬ世界へ」

「ほとんど行ったことないでしょ。まだ幻想郷に来たばかりなんだから。……そうね、守矢神社なんてどうかしら?」

「博麗神社の他にもあったのか。どんなとこなんだ?」

「博麗神社よりも大きな神社よ。『外』から来た巫女と二人の神様が暮らしているわ。巫女は真面目で良い娘よ。ちょっと天然だけどね」

「ほう、それはポイントが高いな。どこにあるんだ? その守矢神社ってのは」

「妖怪の山よ」

 

 

 青年登山中。誰々何々中って最近よく見かけるが、どこから来たのだろう?

 というわけで、幻想郷で一際大きな山にあるという神社を目指し、俺とアリスは勾配を上っていた。

「アリス、歩き疲れてないか? 辛かったら飛んでも良いんだぞ?」

 やや心配になった俺は、アリスに声をかける。華奢な身体の魔法使い、やはり体力仕事はキツイんじゃないか。魔法使いって言ったら、体育会系よりも文化系だろう。

「ありがとう、でも大丈夫よ。それに、飛んだらスカートの中見えちゃうもの」

 イタズラっぽい笑みでウインクを決めるアリス。可愛い。

「心配するなって。見たいけど見ないさ。アリスに嫌われたくないからな、我慢する」

「もう、バカ……」

 アリスの頬がほんのり桜色に染まる。どことなく嬉しそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか?

 

「あやや? そこに居るのはアリスさんと、噂の外来人では?」

 

 アリスの照れ顔を堪能していたら、上空から声がした。見上げると、カラスのような黒い翼を羽ばたかせた、黒髪で短髪な女の子がこちらを見下ろしていた。魔理沙の時もこんな感じだったっけなぁ。っていうか噂になっているのか、俺は。

 彼女は飛行高度を下げ、俺達の目の前にトンッと着地した。白いブラウスと黒いミニスカートから、活発そうな印象を受ける。

「毎度お馴染み、清く正しい射命丸です。あなたのことは霊夢さんから聞きました。天駆優斗さんですね?」

「んだ」

「なんで田舎者口調なのよ」

「アリス、こいつは?」

「彼女は射命丸文。新聞記者をしている鴉天狗よ。鴉天狗はこの山に住んでいて、河童や白狼天狗を部下にしているの」

「あややー、ご丁寧な説明ありがとうございます。というわけで早速、取材しても良いですか?」

 俺達の返事を待つこともなく、彼女は既にペンとメモを取り出してスタンバッている。断るという選択肢はなさそうだ。「わかった」と了承すると、立て続けに質問が飛んできた。

「名前は事前に聞いているので。ではまず、今日は何をしに?」

「守矢神社に行こうと思ってな」

「幻想郷に来てから、何処に行きましたか?」

「博麗神社、人里、香霖堂、あとは紅魔館にも行ったな」

「アリスさんは?」

「俺の嫁」

「何言ってるのよ!?」

「そげぶぅッ!?」

 アリスに突き飛ばされ、思いっきり木に激突する。俺がぶつかった衝撃で、葉が数枚パラパラと舞い落ちた。それと同時にパシャッという乾いた音がする。そちらに顔を向けると、さっきまでふむふむとメモを取っていた文が、いつの間にかカメラに持ち替えていて、俺達を撮影していた。っていうか、マジでいつの間に持ち替えたんだ? マスコミの底力の一端を見た気がした。

 彼女は満足そうにそれをポケットに入れると、ふわっと宙に舞い上がる。

「ご協力ありがとうございました! 新聞ができたら届けに行きますね。ではまた!」

 そのまま勢いよくシュバッと飛んで行った。――見えたっ! と言いたいところだが、文があまりに速かったせいで見ることができなかった。何が、なんて言わなくても紳士な皆様ならきっと分かってくれると信じている。

 悔しさを噛みしめていると、アリスがジト目&どことなく低い声のトーンで、

「見たでしょ?」

「見てない見てない」

「見ようとは?」

「した」

「……………(怒)」

「……………(土下座)」

 女の勘は恐ろしい。

 

 

「おお、立派な神社だな」

 文と別れ、アリスにひたすら土下座で謝罪しまくった後、ようやく俺達は目的地である守矢神社に到着した。事前に聞いてはいたが、敷地面積もさることながら、本殿と思しき建築物も、博麗神社のそれと比べると大層なものだ。何となく、新しい印象を受ける。つい最近できたばかりなのだろうか?

 境内を進んでいくと、竹箒で掃除をしている巫女姿の少女を発見した。俺達が近づいていくと、向こうもこちらに気付いた。

「早苗、こんにちは」

「アリスさん、こんにちは。良い天気ですね。そちらの方は?」

「彼は優斗。あなたと同じ『外』から来た人間よ」

「へぇ、そうなんですか? 初めまして、東風谷早苗です。この守矢神社の巫女をしています」

 ペコリとお辞儀をする早苗。育ちが良さそうな、清楚な印象を受ける。緑色の長髪に、赤ではなく青を基調とした巫女服が個性的だ。っていうか、この娘の巫女服も脇を露出している。まさか、巫女の間でボカロが流行っているのか?

「よろしくな。ところで、ここに神様が暮らしていると聞いたんだが」

「あ、はい。それなら――」

 

『私が神だ』

 

「あ、神奈子様。諏訪子様も」

 突如、二つの声がしたかと思うと、片や宝塚にでもいそうな凛々しい風格の女性が、片や小学生くらいの幼い風貌の少女が、腕を組み仁王立ちしていた。マンガだったら、ドーンという効果音でも付きそうだな。

 女性の方は、輪を形作った注連縄をバックパックみたく背中に装着し、円形の鏡をペンダントのように胸元に飾っている。少女の方は目玉のようなものが付いた、バケツっぽい麦藁色の帽子を被っているのが特徴的だ。そして何より二人とも、只者ならぬオーラを身に纏っていらっしゃる。さっき二人が言っていた内容から察するに……

「あなた方が神か」

『そうだ』

「舵を操って船の針路を保ち、または方向を変えることは?」

『操舵』

「無機塩類を加え、二酸化炭素ガスを飽和させた清涼飲料水は?」

『ソーダ』

「いやはや、さすが神。お見逸れしました」

 感服した俺は、お二方に深々と頭を垂れる。

 アリスと早苗は呆然とした様子で、俺達を見ていた。

 

「いやぁ、ノリが良いね」

 謎の問答を終えると、背の高い女性の神様が愉快そうに笑いながら、俺の肩をポンポンと叩いた。急にフランクになったな。というか、こっちが素なんだろう。

「恐縮です。条件反射とはいえ、神様相手にご無礼を。申し訳ない」

「気にしな~い」

 俺が再び頭を下げると、今度は幼い見た目の方の神様が、ケロケロと笑いながら俺の背中を叩く。こっちもこっちで軽いっすね。何だか、目の前に神様がいるという実感がなくなってきた。まぁ、ぶっちゃけると最初からそれほど緊張してなかったんだけどね!

「改めて自己紹介しよう。私は八坂神奈子、軍神さ。で、こっちが洩矢諏訪子。土着神だ」

「よろしく~」

 自己紹介が済んだところで、早苗が気になっていたことを神二人に尋ねる。

「お二人とも、いつから見ていたんですか?」

「天駆が『おお、立派な神社だな』って言ってた辺りからかな」

「ほぼ最初からじゃない」

 洩矢様のケロッとした返答に、アリスがもっともな感想を述べた。

「そうだ。皆さん揃ったところで、お茶にしませんか?」

 ふと、閃いた早苗がぽんと手のひらを合わせて、そんな提案をしてきた。こちらとしても嬉しいお誘いだ。ご馳走になろう。

「おお、ありがてぇ。さすがに歩き疲れたし、一休みしたかったところだったんだ」

「そうね。それじゃ早苗、お邪魔するわね」

「はい!」

 

 

「――つまり守矢一家様方は、自らの意志で此処に来たと?」

「そういうことさ。『外』じゃ信仰は得られないからね」

 俺の確認に、八坂様が頷く。

 俺達は案内された居間でお茶をいただきつつ、守矢一家が幻想郷に来るまでの経緯を聞いていた。

 詳しい説明は省略するが、俺や早苗が元々暮らしていた世界では、神様への信仰が昔と比べてかなり減ってしまっていたことが原因で、八坂様と洩矢様は自らを維持するのが困難になっていたらしい。そのため、力と存在を保ち続けるために、唯一、彼女達を認識できていた早苗と共に、妖怪やらなんやらが当たり前のように存在する、この幻想郷に神社ごと引っ越してきたとのこと。簡単に言ってしまったが、ちょっと切ない話だ。

 守矢一家の話が一段落ついたところで、今度は俺の話になった。まず、洩矢様が口を開いた。

「天駆が幻想郷に来たのは、偶然なんだっけ?」

「ええ、偶然というより奇跡ですね」

「ふふ、そうですね」

 奇跡、と聞いて早苗が可笑しそうに笑う。聞けば、彼女の能力は「奇跡を操る程度の能力」だそうだ。これまたぶっ飛んだ能力である。「それで」と今度は早苗が俺に質問する。

「優斗さんはいつまで幻想郷に?」

「うーむ、気が済むまで……ってところだな」

 帰りたくなったら帰れるし、と付け加えると、それを聞いた八坂様が「ふむ……」と何やら考え込んでしまった。そして、とある忠告をした。

「その逆は難しいよ」

「どういうことです? 逆とは?」

「『外』に帰った後、また幻想郷に来るのは難しいってことさ。あっちでスキマ妖怪に会える可能性はどのくらいだと思う? あいつは気まぐれな奴だ。可能性は極めて低い。ゼロと言って良い」

 つまり、俺が幻想郷で過ごせるのは、後にも先にも今回だけということか。まぁ、もともと此処に来れたこと自体イレギュラーだし、何度も往復できる方が変だよな。本当にいくつもの偶然と奇跡が合わさって、この状況があるんだと、今更ながら感心してしまった。

「まぁ、その時はその時ですよ。今考えるつもりはないです」

 俺の返事に、アリスも同意してくれた。

「そうね。帰る目途がつくまでは、うちにいるといいわ」

「おう、ありがとな」

「ええ、どういたしまして」

 

 にこやかに笑い合う俺とアリスを見て、早苗は八坂様に微笑みかけた。

「神奈子様、きっと大丈夫ですよ」

「何がだい? 早苗」

『??』

 早苗の言いたいことが分からず、八坂様は怪訝そうな顔をする。俺とアリスもほぼ同タイミングで湯呑を口元に運びつつ、疑問符を浮かべた。突然何を言い出すんだ?

 そして、早苗は朗らかな笑みを浮かべつつ、自信たっぷりに――

 

「きっとお二人は、赤い糸で繋がっていますから!」

『ぶぅーーーーーーーーっ!?』

 

 爆弾発言をしやがった。おかげで霧状になった緑茶が、二ヵ所から同時噴射した。

 俺は咽ながらも、早苗に全力のツッコミを入れる。

「げほっ、ごほっ!! な、な、何が!?」

「え? ですから、優斗さんが現代に帰って、アリスさんと離れ離れになってしまったとしても、きっと二人は結ばれますよ、と」

「~~~~~っ!!」

 あ、やべ。アリスが耳まで真っ赤になって俯いてしまった。げに恐ろしき天然娘の無自覚発言。もはやテロ級の破壊力を秘めていやがる。さすがの俺も意表を突かれてしまった。

 そんな俺とアリスのリアクションを見て、神二人はニヤリと笑うと、それぞれアリスの左右にどかっと腰掛けた。そしてアリスに何か耳打ちする。

 

「ふふふ、ライバルが現れたら戦い方を教えようか? なにせ私は軍神だからね」

「な、なななっ!?」

「あーうー。子作りのヒケツ、教えちゃおうかなー?」

「ふぇえええ!? こっ、こづ……!?」

 

 これまでの記録を塗り替える勢いで、アリスの顔がどんどん紅色に染まっていく。あかん、湯気まで出てる。今触れたら火傷でもするんじゃなかろうか。

 というか一体何を吹き込まれているんだ? 俺も詳しく聞こうと、接近を試みるが、

「ダメですよ、優斗さん。女同士のヒミツなんですから」

「……了解」

 早苗に窘められてしまったので、すごすごと引き下がった。

 

 

 その日の晩。

 自室のベッドの上に寝っ転がりながら、俺はぼんやりと天井を眺めていた。

「…………」

 考えていたのは、元々居た世界のこと。そして、いつか来るであろう帰る日のこと。八坂様にはああ言ったが、やはり少しだけ気になっていた。今のところは、幻想郷のファンタスティックっぷりが刺激的で退屈することはない。だが、放浪癖のある俺の性格上、いつかは別の場所を求めてこの地を去ることも、十分ありえる。

 ……さよならの時、アリスとはどうなるのだろう。お互いに笑顔で「じゃあね」と言えるだろうか。それとも、別れを惜しんで泣きながらの「バイバイ」になるのだろうか。アリスが泣いているところを想像したら、チクッと心が痛んだ。

 俺は頭をぶるぶると振って、落ち込みかけた思考を隅っこに追いやった。

「あーもう、やめやめ。為せば為る。なるようになるさ」

 少なくとも今すぐ帰る気は更々無い。それでいいじゃないか。

 そう結論付けて、俺は布団をかぶり、眠りに落ちていった……

 

 

 翌日、文が届けに来た「文々。新聞」に、俺とアリスの熱愛報道(もはや過大解釈というより捏造レベル)が大々的に書かれ、記事を見たアリスの顔から火が出て、そのまま思考回路がショートして倒れてしまったのは、また別のお話。

 

 

つづく

 




ハピハピバースデー♪ ←とある動画を観ながら

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