東方人形誌   作:サイドカー

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マジで長かった(語彙力)

皆様、サイドカーでございます。
長らくお待たせしました。最後までこのザマである(自嘲)
初投稿から4年も過ぎた東方人形誌も、ついにこの回を迎えました。

というわけで最終回!
分割なしの9000文字オーバーでお送りいたします。
最後までごるゆりと楽しんでいただけると嬉しいです。


最終話 「君と歩く陽だまりを」

「―――……」

 お祓い棒を振りながら霊夢が呪文らしきものを唱える。その傍で紫さんが祈祷を見守っていた。あるいは、彼女もまた自らの能力を使って結界を調整しているところなのだろう。

 さっきから霊夢がブツブツ言っているアレ、正確には祝詞っていうんだっけか。かしましとかかしこみとか。

 なお、霊夢や早苗のおかげで普通の巫女服のデザインが記憶から薄れ始めている今日この頃に危機感を抱かざるを得ない。このままではいけない。由緒正しき日本文化を失わぬためにも、できればアリスに巫女服を着てもらいたいですねぇ。

 一縷の期待をかけて彼女を顔を窺うと、ちょうどこちらを見ていた青い瞳と目があった。

「優斗、傷は痛くない? 辛かったら我慢しないで言ってね……?」

「ん、痛くないと言ったらウソになるけどダイジョーブイ」

 心優しい女の子の思いやりに心が浄化される。感動のあまり全俺が泣いた。むしろ天に召されそうです。喜びの歌が晴れてハレルヤ。

 ガーゼと絆創膏がペタペタと貼られているのもなんのその。自信に満ちた勝利のVサインを決める。青痣付きドヤ顔をみてアリスも表情を緩める。ついでにチョキの片割れをデコピンするみたいに軽く弾いてきた。

 お互いの指先が微かに触れるのがなんだかくすぐったい。穏やかな笑みに涙はもう零れていなかった。

 

 場所は博麗神社。

 いよいよもって兄貴をお見送りする時間だ。

 

 

 我ら御一行がスキマを通じて只今参上したときの霊夢の反応たるや、大きく見開いた目を点にして湯呑を持ったままフリーズしてしまった。いとおかし。

 もっとも、それもしゃーなし。スキマから出てきたのが紫さんだけならまだしも、あたかも集団リンチに遭ったのかと疑われるレベルでズタボロ状態な俺に、思いっきり泣いたときの痕がまだ少しだけ残っているアリスが連れ添い、さらにさらに半ば敵とみなしていた兄貴が続いたのだ。そんなのが一服している最中に突如出てきたら誰だって驚くわな。

 アリスの呼びかけが功をなし、遠くへ旅立っていた意識が現実に帰ってきた巫女さんにカクカクシカジカと事の顛末を話す。すると、彼女は真っ先に人形遣いに「おめでとう!」と抱きついてキマシタワーを建設した。その後も色々とゴタゴタがあったりもして……

 ともあれ、やっとこさっとこ今の状況に至るのでありんす。

「紫」

「ええ」

 霊夢と紫さんが合図を交わす。

 博麗神社の入り口、赤い鳥居が額縁となる空間がまるで石を投じた水面のように揺らぐ。白色の光が少しずつ溢れ出していき、ほどなくして「いかにも」といわんばかりの異世界転移のワープゲートが出来上がった。なるほど、紫さんのスキマとはだいぶ印象が違う。

「ここを潜れば『外』の世界に出られるわよ」

「そうか」

 霊夢の短すぎる説明に兄貴もまた簡潔に答える。いや、いくらなんでもドライ過ぎやしまいか。アサヒの生ビールじゃないんだから。

 しかしながら、かくいうこっちも似たようなもの。男と男のさらばとなれば、あっさりしている方が良い。ましてや俺とこの男となれば尚更だ。

「悪いな、兄貴」

「愚弟の尻拭いも長男の務めだ。大学とアパートの手続き程度、大した問題ではない」

「おう、任せたぜ。アパートにある家具とか売り払った金はやるから。せめてもの報酬ってことで」

 俺がこの土地に残るにあたって兄貴にしていた頼みごと。

 かつて居た世界に残された自分自身に関するアレコレを放置するワケにもいかない。立つ鳥跡濁さず、心残りはわりと現実的な問題だった。三番目の引き出しに隠されたパンドラの箱とパソコンのハードディスクは決して中身を見ずに完膚なきまでに破壊してくれと念を押したから、きっと大丈夫……なはず。

 おもむろに兄貴が視線をすっと横にずらした。その先にいた少女を捉える。

「この馬鹿者を頼む」

「はい、優斗は私が責任を持ってちゃんとお世話しますから」

 人形遣いがしっかりと頷く。決意が込められた真っ直ぐな声だった。

 ちょっとちょっと、お二人さん。なんだか犬か猫を余所に預けるときみたいな言い方になっているのですが。一応これでも人間なんですよ――

「あ…………」

 そう言いかけて、ふと、先ほどあった出来事を思い返した。そういえば、

 

 ――俺、一般人じゃなくなったんだっけか。

 

 

 さらりと明かされたビックリ事実。続きはCMの後なんて言ってられねぇ。

 それでは時間を三十分くらい前まで遡りませう。いざ、キングクリムゾン。

 

「んで、兄貴は何を考えたと?」

 博麗霊夢とアリス・マーガトロイドの和洋ダブル美少女に手当てしてもらったり、汚れた衣服を半ば無理矢理に着替えさせられたり。されるがままの展開がしばらく続いたが、ようやく一息ついた頃合い。

 俺は兄貴に気になっていた内容を尋ねることにした。いわずもがな、例の仮説とやらについて。

 俺とは対照的にほぼノーダメージなその男は、こちらの質問に対して普段と変わらぬ冷静さでキッパリと言い放った。

「お前は普通の人間ではなくなった」

「お前は何を言っているんだ」

 この間わずか二秒足らず。あっちの真顔ならこっちも真顔という異様な状況に陥った。

 血の繋がった兄弟から自分が人間であることを否定された時の気持ちが、はたして皆さんには想像できるだろうか。脳が、震える。

 だがしかし、この男はこういう冗談で笑いを取るタイプでは断じてない。しかもヤツが仮説を立てた場合、大抵が的を射ているのだから余計に性質が悪い。つまるところ本気と書いてマジなのだ。俺は人間を辞めるぞ、ジョジョーッ!

 とりあえず、隣に可愛らしく女の子座りする少女にヘルプを求める。

「アリス、俺人間辞めてるってよ」

「ごめんなさい。私も混乱しているから少し待って欲しいの」

 さすがの彼女もどんでん返しな事態に理解が追い付いていないらしい。額に手を当ててうんうんと唸っている。そういう悩んでいる顔も魅力的だ。頬が、ニヤける。

 なんとも言い難い空気が漂う。すると、霊夢が急須から湯呑にお茶を注ぎつつ、呑気に質問を投げてきた。

「なによ、まさか優斗が仙人になったとでも言うの?」

「いいえ、似ているけれど違いますわ。ここからは彼に代わって私がお話ししましょう」

 博麗の巫女の問いに、紫さんが先んじて答える。兄貴も異論は無いようで口を挟まなかった。今さらツッコまないけど、紫さんホンマに何でも知っているのね。

 その先は妖怪の賢者による独壇場だった。

「そもそものきっかけは幻想入りした時点で既に生じていたのよ。優斗くん、自分がどうやって此処に来たか覚えているかしら?」

「そりゃもちろんですよ。とある樹木が幻想入りするのに俺もハッピーセットされちゃったんですよね」

「その通り。あの樹木は存在の概念が移り変わった、現代から幻想へと。博麗大結界の効力によるものであり、いわば自然に行き着いた結果。それだけなら問題はなかったわ。でも、その過程に優斗くんという別物が混ざってしまった」

 彼女はそこで一旦言葉を切った。

 卓袱台に置かれたお茶請けの中から煎餅を一枚取って、まるでトランプのようにそれを俺とアリスの前に出す。何の変哲もない普通に丸い醤油味の煎餅ですが。

 焦げ茶色の米菓を凝視する俺に言い聞かせるように、紫さんが続ける。

「ここからが本題よ。誰からも忘れ去られたわけでもない、百パーセント『外』の存在である人間。本来であれば結界の効力を全く受けない筈の貴方は、他者が幻想と化す瞬間に紛れ込み、半ば強引に幻想入りを果たした。言うまでもなく相当な荒業ね。その所為である影響を受けてしまったの。具体的には――」

 紫さんが煎餅の端っこをパキッと割る。割ったというより欠けたといった方が近いか。彼女は二つのうち欠片の方を示しつつ、

「存在概念の一部が幻想に移り変わったのよ。あくまでほんの一部ですけれど」

 そう言って二つに割った煎餅のうち、大きい方を霊夢に食べさせて一口サイズの方は自分の口に入れた。美人の食事シーンって絵になるよね。閑話休題。

 俺はと言えば気の抜けた相槌を打つ他ない。

「はあ、さいですか」

「優斗、ちゃんと理解してる?」

 いやいや、ちゃんと聞いてましたって。だからそんな疑わしげな顔しないでください、アリスさん。

 イマイチ抽象的ではあるが、要するに例のご神木(仮)の延長として扱われて幻想入りしちゃったから俺自身の一部もまた幻想の存在となったって解釈でオーケー牧場?

 はー、なんという密入国スタイル。貨物船のコンテナに紛れ込んだ気分ですわ。

 しかしながら、いくらなんでもこのくらいで人間否定までされるのは可笑しいとも思うの。何かが変わった自覚症状は全く言っていいほど無いのだし。実際に手を前にかざしたところで弾幕も豚汁も出ない。

 そんな疑いの心情が顔に出てしまったのか、紫さんが分かりやすくヒントを出す。

「優斗くん、本当に心当たりはない? 例えば体質が変化したとか、今までなかったことが起きているはずよ」

「いやいや。いくら紫さんのお言葉といえど、人間そげなカンタンに体質が変わったりなんて――」

 

 言いかけてピタリと止まる。まさにフラッシュバックというやつか、かつての記憶が急スピードでドリフトしながら頭の片隅を過った。

 

 幻想入りした初日に、リンゴらしき果実を齧っている俺を見てアリスは何と言った?

『どうして、それを食べて平気なの? 毒性の果実のはずなのに』

 

 永遠亭に入院しているときに、永琳先生が診察後に何て言っていたっけ?

『思った以上に回復が早くて驚いたわ。まるで体が慣れているみたい』

 

「……………へひっ」

 変な汗が額と背中にじっとりと滲み出す。え、待って。ガチなの?

 もしや同じことを思い出したのかアリスも口の端を引きつらせている。お互いに顔を見合わせて乾いた笑いを零してしまう。なんということでしょう、伏線はとっくに用意されていたのだ。待て待て落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。

 シリアスな雰囲気なのもあってうっかり早合点しそうになるが、往生際が悪くも異議を唱える。

「いやいやいやいや! たまたま体の調子が良かっただけかもしれないですしお寿司!」

「ならば明確な違いを示そう。優斗、お前の頭髪の色を答えろ」

「いきなり何を言い出すかねこの兄貴は……誰がどう見たってブラウンカラーじゃろ」

「違う、それは染色したからだ。本来の色を聞いている」

「そんなん聞くまでもなく黒っしょ。だから、それがなんだってんだ――」

 文句を垂らす途中で、ふと気付く。

 そういえば髪染めたのっていつだったっけ。此処に来る前だから確か春先だったと思う。あれから結構な日数が経過しているだろうし、ほんの少しだったとしても実際に髪も伸びた。ここで一つだけ疑問が生じる。

 で、未だに黒と茶色のツートンカラーになっていないのはよくよく考えなくても変じゃねぇかい――

「ンンマァアアアアアアアアアアアア!?」

「優斗落ち着いて!!」

 天井を仰いでライオンキングもビックリな甲高い叫びを上げる。奇行に走った俺を慌てて人形遣いがどうどうと背中をさすって宥める。霊夢は顔をしかめて人差し指で耳を塞いでいた。

 俺が正気に戻るのを待ってから、紫さんが確かめてくる。

「まだ話しの続きがあるのだけれど、心の準備はよろしくて?」

「う、うぃっす。騒がしくして申し訳ないです」

「お願いだから良い子にしててね……」

「大丈夫だ、問題ない」

 アリスに心配されてしまった分、キリッと表情を引き締めて第二波に構える。平気平気、さすがにこれ以上のビックリなど、そうそうあるまいて。

 またもや紫さんが煎餅を摘まむ。再び目の前に差し出された円形の焼き菓子が、今度はほぼ均等なサイズに真っ二つに割られる。

 なんでも鑑定団のごとく煎餅を見比べている俺に、境界を操る賢者が優雅に微笑みながらオープンザプライス。

 

「先ほどの戦いで優斗くんにも能力が目覚めました。その反動で存在概念のおおよそ半分が幻想郷寄りに大きく傾いてしまった。正直にいって、今の貴方はこのまま『外』の世界に帰るには少々危うい立場になっているのですわ」

 

「ンナァアアアアアアアアアアア!?」

「うるっさいッ!!」

「ホグゥッ!?」

 霊夢が怒鳴り声と共に放った指弾の落花生が喉の奥に刺さった。そのまま勢い余って畳に後頭部を打ちつける。のた打ち回る俺を犯人はフンッと鼻を鳴らして知ったことかとそっぽを向く。なんて恐ろしいマネしてくれるのだこの娘は! 可愛いから許すけど!

 一方で、アリスは俺が豆鉄砲(直表現)を喰らったことよりも、紫さんの発言に動揺を隠しきれない様子だった。倒れている当事者さえ放置して狼狽えている。

「うそ!? どうして!?」

 驚愕に取り乱す人形遣いに対して、幻想郷の管理者が半分こした煎餅を渡しつつ妖しげな微笑を浮かべる。

「ひとえに能力が表れる理由といっても多種多様です。そして、彼の場合は貴女と共にいる未来を心の底から願ったから。ただ真っ直ぐに、たとえ己の限界を超えてでも、絶対に成し遂げるという確固たる意志。それこそが起爆剤、尋常じゃない精神力が彼の中にあった常識を覆した。はたして彼をそこまで奮い立たせたのは、何を目にしたからでしょう?」

「ふぇっ!? え、ぇっと、じゃあ……その……」

 アリスの頬に赤みが差していく。まだ畳の上にひっくり返っている俺をチラッと見たかと思えば、恥ずかしそうにサッと逸らされてしまう。

 照れてうつむく少女に、賢者が耳打ちするように顔を寄せてこそっと囁いた。

 

「きっと貴女の考えている通りですわ。アリスを本気で想う気持ちが形を成したのよ。事実、彼は厳しい試練を乗り越えて貴女のもとへちゃんと帰ってきたでしょう?」

「~~~~~~ッ!!」

 

 紫さんが言葉を伝えた途端、アリスの顔が瞬く間にボッと真っ赤に染まった。耳まで紅潮させて湯気が立ち上っているのを両手で覆い隠す。小声で聞き取れなかったので、一体どんなことを吹き込まれたのか気になる。私、気になります!

 羞恥に悶える人形遣いを博麗の巫女がめっちゃニヤニヤした顔で見つめながら、紫さんに問いを投げかけた。

「んで、どんな能力が目覚めたのよ? 能力は自己申告がほとんどだけど、さすがに本人に自覚がないんじゃどうしようもないわ」

 予想外にまともな質問で驚いた。真面目な内容になりそうだし、ぼちぼち俺も起きよう。アリスも姿勢を正して場の雰囲気を仕切り直す。まだちょっぴり頬が朱い。

 全員を順番に見渡してから、紫さんが俺の能力を語った。

「彼の能力は己の意志の強さに起因するもの。瀕死で意識を落とす瀬戸際から這い上がってくる執念深さ。名付けるとすれば……『為せば為る程度の能力』」

「為せば為る……」

 それは紛うことなき我が座右の銘。

 言われてみれば確かにあの時、とんでもなく力が漲っていた気もするけれど。気合とか根性だと思っていたが、まさか覚醒する瞬間だったとは。あらやだ、俺ってばガチで能力者になっちゃったっぽい。

 じわじわと歓喜が湧き上がってくる。ここにきて異能を宿すという中二展開に男のロマンが止まらない。何かこう、クールでカッコいい感じのイケメン主人公みたいな自分を思い描く。俺の時代キタコレ。

 やや興奮気味になって紫さんに期待の眼差しを向ける。

「もしやイメージしたものがリアルとなって顕現するチート能力ですかァ!?」

「いいえ。優斗くんのそれは言うなれば強烈な自己暗示ですわ。外部への干渉はできないでしょうね」

「……え、ええぇえ? じゃ、じゃあ! 強く念じれば飛べるようになったりとか!」

「質問で返させてもらうけど、優斗くんは本気で信じ込むことができる? 鳥のような翼もロケットのような爆発的なエネルギーも一切用いない。ただ自分が飛べと念じただけ。たったそれだけで自由自在に空中を移動できると、今まで学んできた常識もメカニズムも全て無視して、かつ微塵も疑いを持たずに自分を騙せる?」

「ごめんなさいこれ以上は勘弁してください」

 あまりの現実の厳しさに土下座で許しを乞う。全国の青少年男子が一度は抱くであろう「メッチャ強い自分」のイマジンは跡形もなくブレイクされてしまった。そげぶ。

 二十年近くも科学と一般常識のリアルワールドで生きてきたんだ。そら無理やわ。大学生にもなって「僕は思っただけで空が飛べるんだ」とか真剣に言っていたら危ない薬をキメているとしか思えん。頭の中ならお空飛んでるわね、なんつって。

 見れば霊夢が顔を背けてプルプルと震えている。口元を押さえているところから察するに必死に笑いを堪えているらしい。我が異能のショボさがツボった模様。兄貴はいつも通りの仏頂面だ。アリスは良いフォローが思いつかず、逆に彼女の方がお困りのようです。これはヒドイ。

 というか、それって能力とかじゃなくて俗にいう火事場の馬鹿力ってヤツじゃなイカ? 逃げちゃダメだを連呼して逃げなくなった類では。理不尽なう。

 まるで女神が慈悲を授けるような柔らかな笑みで、幻想郷の賢者が俺にトドメを差した。

「今の優斗くんは仙人でも蓬莱人でも現人神でもない、新たなヒトの存在を表した。普通の人間をわずかに上回る人間――いうなれば強化人間ね」

「せめてニュータイプと言ってほしかった……ッ!!」

 ついに泣き崩れた俺を、アリスだけが唯一慰めてくれた。

 

 

「…………ふっ」

 おっと、思い出したらまたしても視界が歪んできやがったぜHAHAHA。

 そんなこんなで拙者、そんじょそこらの凡人よりもちぃとばかり物理的に打たれ強くて、変なモノ食べても腹を下しにくくて、火事場の馬鹿力がわりと発動しやすい人間(修正パッチ充て)となり申した。

 兄貴が言いたかったのはあくまで「普通」ではなくなったって意味だったらしい。紛らわしい言い方すんなや。

 ちなみに、それこそがまさに面倒になっている原因ともいわれた。なにせ、極めて稀なケースなので前例がなく、このまま現代に帰って無事でいられる保証はないそうな。

 結界の効力で幻想郷に引き戻されるなら御の字。下手すれば、現代で信仰を失った神と同じ末路、すなわち消滅もありえるらしい。帰還と同時に滅とかご冗談でしょう? いいえ、マジです。

 そういう事情もあって、ますます俺は幻想郷に残るべき男となったのだ。ある意味、幻想郷に認められた存在ともいえなくもない。やったぜ。

「結局、俺ってどういうポジションなんだべな?」

「うぅん……強いて言うなら幻想郷寄りの外来人、かしら? まだ半分くらい『外』の存在概念が残っているみたいだし」

「あくまで外来人ってことか。ま、その方がなんとなく俺らしいかもなぁ」

「でもね、優斗」

 アリスが上目遣いで俺を見つめる。澄んだ青い瞳と、少女から伝わる温かくて優しい雰囲気にドキリとさせられる。か、可愛い。

 俺のドギマギにも気づかぬまま、少女はくすぐったそうに微笑みながらそっと片目を閉じた。

「どんなときでもあなたが優斗であることに変わりはないわ。私がよく知っているあなたなの……それだけは忘れないで、ね?」

「お、お、おうよ」

 不意打ちのウインクもあわさって思わず顔が熱くなっていく。心臓の高鳴りが止まらない中、俺は一つ確信した。

 きっと俺の能力は彼女の笑顔を守るためなら間違いなく発動するだろう、と。はいそこ、恥ずかしいセリフ禁止。

 

「そろそろ行くとしよう」

 兄貴の声でハッと我に返る。危ない危ない、皆が見ている前で理性が飛ぶところだった。

 歩き始めた身内の背中に向けて、アリスと一緒に最後の言葉を送った。

「ああ、じゃあな」

「さようなら。どうかお元気で」

 別れの挨拶を受けながら、兄貴が転移門の中へ身を投じる。それに合わせて空間がより一層に眩い光を放った。つい目を閉じたくなるのを堪えて、たった一人の兄弟の帰還をしかと見届ける。

 光が徐々に薄れて始める。兄貴の姿もあわせて霞んでいった。やがて、光の粒が弾けるのと同時に、見慣れた後ろ姿は跡形もなく消え去った。しん、と静けさだけが残る。

 

 赤い鳥居の先に広がる景色は、幻想郷の豊かな自然と青い空。鳥居を潜ったそよ風が神社の境内を通り抜けていく。

 すっかり馴染んだ風景をしみじみ眺めながら、俺もアリスも小さく息を吐いた。

「……行っちゃったわね」

「んだなぁ。ま、兄貴のことだから心配いらんさ」

 肩の荷が下りた安心感というか解放感というか、なんか気が抜けてしまった。あ、そうそう。あちらの二人にも感謝しないとな。

 博麗の巫女と幻想郷の管理者に頭を下げて礼を言う。

「霊夢、それに紫さんも。ありがとうございました。おかげで兄貴を無事にあちら側の世界へ送り届けることができました」

「葬式の挨拶みたいな言い方やめなさい」

 俺なりにマジメにやったつもりだったのに巫女様に叱られてしまった。誠に遺憾である。

 俺と霊夢の漫才を横目に、紫さんはスキマを開いて入ると、なにやら意味ありげにこちらを向いた。

「それでは優斗くん、また後で」

「あ、はい。お疲れ様です」

 あまりにもさらっと帰っていくものだから疑問はなかった。だが直後、紫さんの発言に違和感を覚えて首を傾げる。

 去り際、彼女は俺たちに「また今度」ではなく「また後で」と言葉を残していった。その意図たるや如何に。

「なぁ、アリス。今日このあと何かあった――あいや待たれぃ、皆まで言うな。謎はすべて解けた」

 人形遣いに聞こうとして思い当たる節に気付く。なんてことない。こういう時に此処で開かれる催しといえば決まっている。ついでに言えば、大学でも頻繁にやっていたじゃないか。そうか、そうか。そういうことですね分かります。

 楽しげなアリスと顔を見合わせる。

「ふふ、それなら答え合わせしてみる?」

「オフコース、せーので言おうぜ」

 せーの、一拍置いてから同じタイミングで答えを言う。

 

『宴会!』

 

 キレイにハモった声が可笑しくて、そのまま二人して吹き出してしまう。

 笑いながらお互いを見つめる俺たちを、すでに母屋に上がっている霊夢が催促するように呼びかける。さすが主催、気が早いというか手際が良いというか。

「仲良しなのは良いけど、ちゃんと準備も手伝ってよねー!」

 親友の声にアリスが手を振って応える。それから、くるっとこちらを振り返って可愛らしく微笑んだ。

「行こ、優斗」

「あいあいさー!」

 夏色に彩られた陽だまりを七色の少女と一緒に歩き出す。

 さてと、今夜は忙しくなりそうだ。けど、そうこなくっちゃ面白くない。人も神も妖怪も集いしお伽噺。酒に肴に弾幕と、ドンチャン騒ぎはお約束だ。なんてったって、此処は全てを受ける幻想郷なのだ。行くしかないでしょ、この先も。

 そんなわけで、またいつか。僕らが君に語るのは、たとえばそんなメルヘン。

 

 ――なんてな。

 

Epilogue

 




残すはエピローグのみ

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