皆様、年の瀬はいかがお過ごし予定でしょうか。サイドカーでございます。
外が吹雪いているときは自室でアニメチェックするに限りますの
今回はアリス視点の話となります。前回の終わり方がアレなのにお前……
そんなこんなで着実にエンディングに向かいつつ、此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。
追記
多くの方のご指摘により前書きのミスに気付けました
2107年なんてなかった、いいね?
ザッザッザッ
木々が生い茂る道を、アリスは前へ前へと突き進んでいく。しかしながら、歩くと表現するには足の動きは幾分か早く、さらにブーツが土を蹴るたびにザクザクとやけに力強い音を立てた。つまるところ彼女は怒っていた。激おこプンプン丸だ。可愛らしい顔も今や目が吊り上がっており、まるで睨み付けているかのようであった。
あのあと、アリスは優斗の兄に啖呵を切ってすぐにその場を去った。こっちが言い返しても向こうは微塵も態度が変わらず。それが余計に腹立たしく、憤りを口にせずにはいられない。
「優斗は弱くなんかないもん……!」
自らの弟を悪く言った男性の、冷静を通り過ぎてもはや冷酷な目つきが思い返される。敵とまではいわないが、このままあの人の言いなりになるなんてまっぴらゴメンだ。
とにかく家に帰ろう。優斗と話してお兄さんを説得させる作戦を練らないと。こんなところで無理矢理に終わらされてたまるもんですか。
アリスの心に闘志が宿る。譲れない想いを抱いた乙女のパワーは無限大だった。
まさしく戦乙女といわんばかりの気概で勇ましく歩み続ける。その途中、
「お?」
「あっ」
同じく魔法の森に住まう魔法使いの親友と出くわした。
どうやら向こうもここで会うとは思わなかったらしく、意外そうにパチクリと目を瞬かせる。白黒ファッションを着こなし、人形遣いよりも色の濃い金髪を長く伸ばした少女は、何やら大きなカゴを背負っていた。その姿は山へ芝刈りに行く某有名な日本昔話のお爺さんを彷彿とさせる。もっとも、彼女の嗜好や趣味を鑑みれば、中身はキノコとみてほぼ正解だろう。
カゴを背中に装着したまま、霧雨魔理沙が陽気に片手を上げる。
「ようアリス。いつになく随分とご機嫌斜めそうじゃないか。ははーん、さては優斗と口げんかでもしたか?」
「違うわよ!」
「お、おう。そうか」
だがしかし、アリスが放つ怒りの波動にたじろいでしまった。若干引き気味でさえある。軽くからかうつもりが予想以上にマジな反応が返ってきたのだ。仕方ないといえば仕方ないといえよう。
魔理沙が口の端をヒクつかせて微妙な表情をしているのを目の当たりにして、それまで頭に血が上っていたアリスも少しずつ冷静さを取り戻していった。いけない、少し我を見失っていたようだ。
胸に手を当てて深呼吸を一つ。落ち着きなさいと自分に言い聞かせる。
「ごめんなさい。ちょっと気が動転していたみたい」
「気にするなって。それよりも、一体どうしたんだぜ?」
「……さっき優斗のお兄さんに会ったの」
「うげ、アイツかぁ」
相手を聞いた途端に魔理沙の顔が渋った。先日の博麗神社で起きた一悶着がまだ尾を引いているようだ。良くも悪くも裏表のない魔理沙らしいハッキリした性格に、アリスも苦笑してしまう。そういう自分に素直になれるところは羨ましいと思う。
わかりやすい反応にくすっと零しつつ、ほんの数分前までの出来事を話そうと口を開きかける。が、不意に人形遣いの動きがピタリと静止した。何か大事なことを忘れているような。
(そういえば……)
さっき、その場の勢いに任せて優斗のことを……
『特別な人だから!』
「キャァアアアアアアアア!?」
「にょわぁあああああああ!?」
瞬く間にボッと顔を紅潮させて恥じらいの悲鳴を上げるアリスと、それにビビって年頃の女の子にあるまじきヘンテコな絶叫を上げる魔理沙の声が、さながらデュエットのごとく見事なまでに重なった。大気を震わす黄色い声が、光る雲を突き抜けフライアウェイ。
乙女二人のスクリームが森中に響き渡り、そこらにいた鳥たちがバサバサと一斉に空へ避難していった。
「どどどっ、どうしたんだぜ!?」
他愛のない会話をしていた最中に脈絡もなく悲鳴を上げられたら、さすがの白黒魔法使いも腰を抜かすというもの。あと、親友が色々と大丈夫なのか心配になってきた。よもやアリスが壊れる日がこようとは、と何気に失礼なことを考え出す始末。
狼狽える魔理沙をよそに、アリスの脳内は別の意味で大変な事態になっていた。早い話がどうしようもないくらいテンパっていた。
(わ、わたっ、私ったら何言っちゃってるのー!? いくらなんでも飛躍しすぎじゃないの! あの流れで、とっ……特別だからだなんて、これじゃまるで――ダメダメっ、余計なことは考えちゃダメよアリス! 気をしっかり持って!)
顔中に集まる熱をブンブンと首を左右に何度も振って追い払う。だけど耳まで真っ赤になっていたのでは、そう簡単に治まりそうもない。
思わず口走ってしまった大胆な発言を思い出し、アリスは顔全体を両手で覆い隠して悶える。隠された表情から湯気が上っているのは気のせいではあるまい。
恥ずかしすぎて穴があったら入りたかった。このまま帰って彼に会おうものなら、挙動不審に陥るのは避けられない。そうなったら絶対に怪しまれてしまう。かくなるうえは、
凄まじい速度でガシッと親友の両肩を掴み、真剣な眼差しをもって彼女を正面から捉える。
「魔理沙!」
「は、はいっ!」
いきなり両肩を押さえつけられながら名前を呼ばれて、動揺のあまり敬語で返事をする白黒魔法使い。いとあわれなり。
もはや怯えが混じりつつある魔理沙の心境に気づいた様子もなく、アリスは頼みを伝える。
「今から遊びに行ってもいいかしら?」
「あ、ああ。別に構わないぜ。というか、やっぱり優斗と何かあったのか?」
「う……そうじゃないけど。でも今はちょっと心の準備ができていないというか……とにかくお願い! 匿ってほしいの!」
勢いよく両手を合わせてお願いされてしまっては、魔理沙も断るわけにはいかない。事情はイマイチ読めないけれど困っている彼女の頼みだ。アリスがここまで切羽詰まるなんて余程の事態があったのだろうと推測する。
今度は魔理沙がアリスの肩に軽く手を置いて、頼もしくも朗らかに笑いかけた。
「わかった。その代わりに話せるところは全部聞かせてもらうぜ?」
霧雨魔法店、本日最初のお仕事は人生相談になりそうだ。
借りてきた本やら採取した素材やらが散乱する、ある意味いつも通りな部屋にどうにか座れる空間を確保して、よっこらせとテーブルを挟んで椅子に腰かける。ついでに用意しておいた二人分のマグカップから焙煎した豆の香ばしい湯気がわずかに漂う。
先に一口含んで唇を湿らせてから、魔理沙が話を促す。
「さてと。んじゃ何があったか話してもらおうか」
「うん……」
匿ってもらった手前さすがに嘘を吐くわけにもいかず、アリスが一度だけ小さく頷く。彼女もまた手前のマグカップを引き寄せ、指で弄りながらポツリポツリと言葉を紡ぎ始める。
「さっき優斗のお兄さんに会ったのは言ったわよね」
「聞いたぜ」
「それで、ね。あの人が言ったの……」
かいつまんで経緯を説明していく。兄が弟に向けていた静かな怒り。彼の不甲斐なさを自らの手で矯正する、それが連れて帰る理由であることも。話して良いものかどうか悩んだけれど、説明するうえで避けられなかったので優斗の過去についても差しさわりのない程度に触れておいた。本人の許可なく喋ってしまったことを、心の中で彼に詫びた。
彼奴の行動が身内を弱虫とみなしたうえでの強行手段であると知るや否や、またもや魔理沙の眉間にしわが寄った。
「なんだそりゃ、そんな勝手な言い分で優斗を連れて帰るってことかよ。冗談じゃないぜ」
「うん。それで私も怒っちゃって、感情的に言い返してそのまま飛び出してきちゃったのよ」
「なるほどなぁ」
背もたれに仰け反り天井を仰ぐ。アリスを介して事情を聞いたからこそ、多少なりとも落ち着いて状況を整理できた。もし魔理沙がその場にいたのなら、先日のように食って掛かっていた可能性は高い。
そして、客観的になれたからこそ気付けたところもあった。
「でも、それだけじゃ全ての説明はつかないぜ? 大事なところが一つだけ抜けている。具体的にいうなら、アリスが顔赤くして悲鳴あげた原因がまだだろ? ん?」
意味ありげに言われ、少女の肩が縮こまる。実のところ、優斗について悪く言われて彼女が怒ったというあたりで、魔理沙も薄々察していたりする。その証拠にイタズラ染みた笑みを浮かべているのがなんとも性質が悪い。
アリスもその辺を分かっているので、どうしても言うのを躊躇ってしまう。
「言わなきゃ、ダメ……?」
「匿った代金だぜ」
「うぅ……」
しばらく俯いて唸る人形遣いだったが、とうとう観念してかろうじて聞き取れるくらいの小さな声で白状した。
「い、言っちゃったの……優斗は特別な人だから――」
「マジか!?」
「ひゃあっ!?」
言い終わる前に、ガタッとテーブルから身を乗り出して彼女に迫る。期待を超えた急展開に瞳が星のように眩しく輝いていらっしゃる。
好奇心フルスロットルな魔理沙のイイ笑顔が至近距離まで詰め寄ってきて、カァアアッと赤面したアリスが早口で言い訳を捲し立てる。
「ち、違ッ! 確かに優斗は大切だし特別だけどそれは一緒に暮らしている相手だからであって別に何か深い意味があるとかそういうのじゃなくてッ…!」
身振り手振りで弁解すると咄嗟にマグカップを持ち上げコーヒーを一気に飲み干す。少し時間が経っていたおかげで火傷せずに済んだのは幸いだった。
いつもなら照れる乙女に生暖かい笑みを向ける場面なのだが、意外にも今日の魔理沙は違った。彼女は再び椅子に身を沈めると、
「はぁ~~~」
「な、何よ……?」
大げさな溜息を吐いて頭を振る親友に、人形遣いがわずかに身構えつつ訝しげに見やる。
仄かに頬を赤らめたままジト目を向けるアリスに対して、魔理沙は頬杖をついて視線を送り返した。
「アリスをそんな意地っ張りな子に育てた覚えはないんだぜ」
「魔理沙に育てられた覚えもないんだけど」
こんな時でも相変わらずの的確なツッコミが入る。それをスルーして魔理沙が指でピストルを型作り、「いいか、よく聞け」と先っぽを突きつけた。
「そろそろ素直になってみたらどうだぜ?」
「う……悪かったわね、素直じゃなくて」
「拗ねるな、拗ねるな。アリスのそういうところも可愛いから私的にはありだぜ。でも優斗の兄貴にも聞かれたんだろ? 『優斗をどう思うか』って。そんでちゃんと答えられたんだろ? その過程をもっと掘り下げて考えてみればいい。例えば、そうだな……いつからそう思うようになったか、とかな。そうすれば自ずと答えが見えてくるはずだぜ」
「……うん」
いつからだっただろう。
魔法の森を散歩していたとき、偶然の出会いが彼との始まり。それまで男性から面と向かって「可愛い」なんて言われたことなかったから、すごく顔が熱くなったのを覚えている。
当たり前のように上海と話していたし悪い人ではない、むしろいい人だと思った。この人は信用できると感じた。そして彼もまた、初対面にもかかわらず私のことを信じると迷いなく言ってくれた。同時に、また顔が熱くなったけど。やっぱり、可愛いと言われることに慣れていなくて。
変わっているなとも思った。幻想郷という外来人には到底信じられないであろう未知なる環境に迷い込んだのに、彼は焦ることもなければ途方にくれたりもせず、それどころか「面白くなってきた」と笑っていた。明るくて前向きだった。なんとなく魔理沙に似ているようで、でもどこか違う印象を受けたのは男の人だったから? きっと違う、そこに居たのが他でもなく彼だったから。
もっと話したいと思った。彼のことをもっと知りたくて、幻想郷について教えると口実を作って家に誘った。やがて一緒に暮らすようになって、一緒にご飯を食べたりお出かけしたりしていくうちに、彼に抱く気持ちがどんどん大きくなって。ふと気づいたら、そうなっていた。
けれど、あるいは……
初めて出会ったその時から、私は彼に惹かれていたのかも。
今でも可愛いと言ってもらえるたびに顔が赤くなって胸がドキドキする。彼が他の女の子に鼻の下を伸ばしてデレデレしているところを見ると、面白くなくてうっかり手が出てしまう。やっぱり、そういうことなのかな。
「あのね、魔理沙」
「何だぜ?」
いつもと変わらない親友に、意を決して一つだけ聞いてみる。
「えっと、ね? 一目惚れってあると思う……?」
自分で聞いておきながら無性に恥ずかしくなってきた。思わず俯いてしまう。でも、聞いてしまった手前、もう後戻りはできない。
アリスの突拍子もない質問にはじめは魔理沙も口を開けて呆けていたが、すぐさまその意図を察すると自信ありげに口角をクイッと上げた。
「そういう言葉が存在するってことは、やっぱりあるんじゃないか?」
「そっか……そうよね」
噛みしめるように反芻する。返ってきた答えは、すんなりと自分の胸の内に溶け込んでいった。
ゆっくりと椅子から腰を上げる。花も恥じらう可憐な微笑みで、人形遣いは白黒魔法使いに礼を言った。
「ありがとう、少しだけ分かった気がするわ。ううん、正しく言うなら素直になれそう、かしらね」
「そりゃよかったぜ。ま、優斗が絡むと素直じゃなくなるのもアリスらしいといえばらしいけどな」
「も、もうっ、からかわないでよ……じゃあ帰るわね。コーヒーご馳走様」
「またなー」
椅子に座ったままプラプラと右手を振って送り出す魔理沙に背を向けて、アリスは霧雨魔法店から外に出た。彼女のおかげで気分がだいぶ楽になった。
帰ったら彼と沢山お話しよう。これからのこと、そしてこの気持ちのことも全部。
そしてアリスは再び歩きはじめる。
やがて見えてきた我が家に自然と歩調が速くなる。期待や嬉しさで鼓動も高鳴って、溢れんばかりの想いが全身に行き渡っていく。
ようやく辿り着いた玄関。アリスはとびっきりの笑顔で扉を開けた。
「ただいま! ……あら?」
結構大きな音をたてたはずなのに、なぜだか返事はなかった。ひょっとして、まだ寝ているのだろうか。首を傾げつつも、とりあえず彼の部屋へ行ってみる。
彼の部屋の前で足を止めて、ノックと合わせて扉越しに声をかける。
「優斗? 起きてる?」
またも静寂が返ってくる。さすがにアリスも違和感を覚え、「入るわよ」と一声かけてから躊躇いがちにドアノブを捻った。
扉を開いた先に、彼の姿はなかった。
ベッドの上にあるタオルケットはキチンと畳まれてある。既に起きているのは確かだ。
リビングへ移動してみるが、やはりそこにも彼は居なかった。自分が出かけている間に彼も外に出たのだと結論付ける。今日は香霖堂でアルバイトの予定はなかったはずなのだけれど。じゃあ、一体何処へ行ったの?
「……?」
ふと、視界の端に見覚えのないものが映って振り向いた。テーブルの上に置かれた一枚の白い紙。大きさからいって便箋の類い。風で飛んでいかないための配慮か、ペンが重石の代わりに乗せられている。彼が書き残していったものだと想像がついた。
便箋を拾い上げて中身を読む。メッセージはたった一言だけ――
「――ッ!?」
次の瞬間には、アリスは手紙を放り捨てて家を飛び出していた。
「はぁッ、はぁッ……!」
息を切らせながら脇目も振らずに魔法の森の中を駆け抜けていく。おぞましい寒気と動悸に蝕まれ、不安に押しつぶされそうになっても、絶対に足を止めてはいけなかった。なぜなら、急がないと取り返しのつかないことになりそうだったから。
青い瞳に滲む涙を堪えながら、アリスは彼の元へ辿り着こうと懸命に走り続けた。きっと彼はあの場所に居る。根拠はないけれど確かな予感が彼女の背中を押した。
祈るように、すがるように、少女は声を絞り出す。嘆きにも似た願いを乗せて。
「お願い……間に合って……!」
運命が導き出した結末が、間もなく下されようとしていた。
つづく
完結まであと二~三話くらいかもしれぬ
ひょっとしたらこれ年内に完結できるんじゃねぇかな ←フラグ