東方人形誌   作:サイドカー

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コナン映画のマイベスト1が更新されました。
今までは迷宮の十字路がトップでしたが、今回のやつヤベーわ ←レンタルDVDで観た人

土曜の夜にサイドカーでございます。
過去編は終わって物語もついにゴールが見えてまいりました。
ここまでお付き合いくださった皆様に今一度感謝を。ありがとうございます!

そんなこんなで最新話でございます。
今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


第六十九話 「から紅の置手紙」

「ったく、酷い目醒めだぜオイ。二日酔いの方がまだマシってもんだわ……」

 のそりとベッドから起き上がるなり重苦しい溜息を吐く。新しい朝を迎えるには似つかわしくないのだが、イヤな夢を見たばかりなので勘弁してほしい。

 苦々しい気分だ。せっかくの風呂上りに間違えて洗濯前のパンツを穿いてしまった年末大晦日の夜のようによォ。一応言っておくけど、別にこの歳でオネショしたとかじゃないから。そーゆー夢をみてアレしちゃったワケでもないから。勘違いしないでよね!

 とりあえず起きるとしよう。とてもじゃないが二度寝する気にはならない。

「顔洗ってくるか」

 かくなるうえは、この悲しみの連鎖を断ち切るには、アリスに癒してもらうほかない。我々に残された道はそれしかないんだ。絶望を退ける勇気を持て。

 シャッとカーテンを開けば晴れた青空がどこまでも広がる。今日も良い天気だ。おかげで少しだけ気分も晴れた。ウソ、俺ってばチョロすぎ?

 なんておバカ発想をしつつ、手早く着替えを済ませてドアノブに手をかける。

 いざゆかん。金髪碧眼の美少女とモーニングカフェなひとときを味わうべく、可愛いあの娘が待つリビングへ。

 

 

 なんということでしょう。

「神は……死んだ……ッ!!」

 『いや死んでないよ!?』と守矢二柱のツッコミ声が聞こえた気がしたが、今はそんなこたぁどうでもいい『よくないよ!?』

 アリスはいなかった。リビングにもキッチンにも彼女の姿はなかった。念のため、彼女の部屋を訪れたがノックしても返事は来ず。どうやら朝早くに出かけてしまったらしい。終ぞ望みは断たれたのだ。人に夢と書いて儚いと読みます。悲しいね、バナージ。

 先日の諍いと昨晩のトラウマ悪夢がダブルで蘇る。ついにはテンションまでイマイチ上がらなくなる始末に頭を抱える。おお、神よ。救いはないのですか。

 いかん、いかんですよこいつぁ。前日徹夜してコミケに臨んだばかりに肝心な時に本調子じゃなくなるくらいイカンですよ。誠にイカンである。

 よし、ここは一つ気持ちを切り替えようではありませぬか。切り替え大事。スイッチオンオフ、ピタ・ゴラ・スイッチ。

「うっし、掃除でもすっか!」

 テスト勉強しなきゃいけないと思うと無性に部屋の片付けがしたくなるアレですね分かります。類似例として、読み飽きた筈の本を何故だかじっくり読み返してしまう症状などが挙げられます。

 いざと挑んでみたものの、なんと早くも問題が発生。むしろ冷静になって考えてみれば至極当然の状況。つまり何が言いたいのかというと、几帳面な性格の人形遣いが日頃から整理整頓を怠るはずもなく、わざわざ俺が気合い入れて片付けるまでもなくアリス邸はキレイだったのである。ナ、ナンダッテー!?

 これが近所に住む白黒魔法使いのお宅だったなら片付ける余地はあった。いっそやり甲斐すらあっただろう。綺麗好きの人形遣いに感服の念を抱かざるを得ない。さすがアリスさんやでぇ。

 出鼻から盛大に挫かれたが諦めたらそこで試合終了だ。まだだ、まだ終わらんよ。止まるんじゃねェぞ。何かないかと部屋中を探索して回ると、丁寧に折り畳まれた新聞紙が山積みになっているのを見つけた。

「うぅむ。ま、暇つぶしには丁度いいか」

 あっさり掃除から読書へとシフトチェンジ。適当に真ん中あたりに挟まっている一束を抜き取る。「文々。新聞」がほとんどだが「花果子念報」もちょっとだけ交ざっていた。やはり発行スピードは文が一枚上手のようだ。しょっちゅう飛び回っている姿を見ればさもありなん。

「うぉ、懐かし」

 しかもまた何という偶然の賜物か、たまたま手に取った新聞のどれもこれも俺やアリスに関する記事が盛り込まれていた。懐かしさについ顔がニヤける。さながらアルバムのページを捲る感覚で紙面を広げて読み耽ってしまう。

 

 初めて取材を受けたときの記事を見つける。

 幻想郷に来てまだ日も浅く、この日は他の外来人にも会いに行こうと守矢神社に向かう途中で、清く正しい鴉天狗に質問攻めにされたんだっけか。記事には動揺したアリスに突き飛ばされて木の幹に頭突きをかましている俺の姿もあった。地味に痛かったなぁ。

 永遠亭に入院していたときの記事を見つける。

 鈴奈庵の看板娘がうっかり妖魔本の封印を解いてしまったドタバタ騒動。読んでみると、名誉の殉死かと思われたが奇跡的に一命を取り留めたというドラマティックな展開になって書かれていた。しかし残念なことに、任侠映画ばりの渋いキメ顔でサムズアップする俺と、その後ろで額に手を当てて首を横に振る人形遣いの呆れ顔で、せっかくの感動が台無しだった。いや文章と写真の落差おかしくねぇかい。

 ちょっとした擦れ違いがあったものの無事に仲直りしたときの記事を見つける。

 アリスにサプライズを仕掛けようとしたが、変な勘違いをさせて却って彼女を怒らせてしまった苦い記憶だ。ちなみに記事はすべて丸く収まって博麗神社で宴会したときのものだった。吸血鬼姉妹と麗しき銀髪メイド長も加わって、賑やかな様子が写真から伝わってくる。

 さらには妖怪の山で俺が川に沈没したときの記事まで出てきた。リンゴみたいに耳まで真っ赤になった金髪少女が錯乱しながらずぶ濡れの俺に往復ビンタしてる。派手に痛かったなぁ。

 記事の写真を眺めるたびに、同じところで視線が止まる。どの写真にも共通しているところ。俺の近くには彼女が写っていた。

「アリス……」

 

 いつも俺の傍に居てくれた心優しい少女。煌めく鮮やかな金色のショートヘアと青く澄んだ瞳が特徴の、まるで人形のように綺麗な容姿の可愛らしい女の子。

 彼女は俺に沢山の表情を見せてくれた。

 

『優斗!』

 ――楽しげに笑った顔も。

 

『優斗のバカッ』

 ――拗ねたように怒った顔も。

 

『もう、優斗ったら……』

 ――仕方ないなと呆れられてしまった顔も。

 

『ななな何言ってるの優斗!?』

 ――恥ずかしさのあまり赤面して慌てふためく顔も。

 

『ゆうと、ゆうとぉ……』

 ――子どもみたいにしがみついて泣きじゃくる顔も。

 

『優斗……』

 ――そして、頬を仄かに赤らめて潤んだ瞳で俺を見つめる切なげな表情も。

 

 アリスの笑顔が、泣き顔が、照れ顔が、まるでシャボン玉のように次から次へと浮かび上がる。彼女と過ごした日々の証。

 大切だった。特別だった。失いたくなかった。絶対に、悲しませたくないと思った。

 

 一方で、別の声が脳内に割り込む。

 

『乱暴な人は……嫌いよ……』

 

 もう嫌なんだ。

 俺のせいで誰かが傷つくのが、俺のせいで誰かを傷つけてしまうのは。あげくには俺自身も傷つきたくなくて。また差し伸べた手を振り払われるんじゃないかと不安に駆られた。

 それでも、やっぱり希望を捨てきることもできなかった。兄貴みたいな一匹狼にはなれなかった。

 矛盾や葛藤に何度も悩んでいって、いつしか俺は気分屋な性格に落ち着いた。傷つくことも傷つけられることも多少は抑えられる、おそらくは最適な解答だった。違和感が全くないくらいピッタリと性に合っていたのは皮肉な冗談だけど。

 思い立ったら、気が向いたら、そんな感じの行動が俺らしさとなった。

 「初めまして」を繰り返し、「またいつか」を繰り返す。その場で楽しく盛り上がって、終われば後腐れせずあっさり別れる。近すぎず離れすぎずの心地良い距離感。過度な期待もなければ、裏切られる心配もない。

 大学デビューしてもその辺は変わらなかった。本格的にダチといえたのはあの二人くらいじゃなかろうか。よく三人で飲みに行ったのが今や懐かしい。

 そうそう、合コンなんかはまさしく俺のスタイルにドンピシャだったんだよな。まぁ、可愛い女の子たちと遊ぶってのが大きかったのかもしれないけど。飲み屋とかカラオケでパァーッとやって、あわよくばキャッキャッウフフなアレコレを期待したりなんかもしちゃって。悪友どもと一緒になって盛り上げまくったものよ。

 だけど結局は同じで、解散したらあとはおしまい。そこから先への発展は望まなかった。合コンに参加しておきながら彼女を作ろうとはしなかったなんて、本末転倒にもほどがある。しかも理由が情けなくて泣けてくる。

 

 特別な関係になってしまうのを躊躇った。相手との距離が近くなりすぎてしまうから。深いところまで関わってしまうから。もしそうなったら、俺のせいでまた女の子を傷つけてしまうかもしれないから。つかず離れずの居心地の良い関係が、俺には性に合っているから。

 ほんのひとときの間だけ楽しく過ごせれば、俺はそれで十分だから。

 だというのに、

「十分だった、はずなんだけどなぁ……」

 そう呟いて自嘲する。どうしてこうなったのやら。

 幻想郷に来て、アリスと出会って、ハチャメチャでドタバタでファンタジーみたいなブッ飛んだ日常を経ていくうちに、俺は「もっと」を求めた。求めるようになってしまった。

 そして何よりも、誰よりも、あの娘の隣に立つことを。

 

 

 幾つもの声が頭の中で反響する。さぁ答えろと迫ってくる。

 

 まだ現代に居た頃、ある少女は言った。

『乱暴な人は……嫌いよ……』

 

 ああ、もう間違えたりなんかしないさ。そう何度も同じ過ちを繰り返してたまるもんかよ。

 

 紅魔館で、ある吸血鬼は言った。

『運命は二つ。一つはいずれ大きな困難が立ち塞がるということ。もう一つは、これまでのようにはいられなくなるということ』

 

 確かにとんでもない壁が現れやがったぜ。兄上様のお出迎えってやつが。でも、そうだな。いつまでもこのままってワケにはいかないよな。

 

 太陽の畑で、あるフラワーマスターは言った。

『守るために振るった力は暴力とは言わないわ』

 

 そんな簡単なことすら言われるまで気付けなかった、バカか俺は。どんだけ見誤ってんだ。中二病より性質が悪いわ。だが、おかげさまで目が覚めたぞ。

 

 人里で、ある少女たちは言った。

『だって、私たちのこと守ってくれたでしょう?』

 

 思えば、君たちがそう言ってくれたのが前を向くきっかけだったのかもしれない。ありがとう。守ってくれたというけれど、実のところ俺の方も救われていたんだよ。

 

 

 だけど――

 

 

『ねぇ、優斗。まだ一緒にいれるよね……?』

 

 俺だって、まだまだ君と一緒にいたい。幻想郷を去るのはあまりに惜しい。ここでの生活は、思いっきり全力で生きてるって感じがして、すっげーワクワクするんだよ。毎日がメッチャ楽しいんだ。充実している。この日々を、こんなところで終わらせたくない。

 

 

 だから――

 

『うん……約束だから、ね?』

『ああ、約束だ』

 

 アリスと交わした言の葉の契り。

 悲しませたくなんかなかった。辛い目に遭わせたくなんかなかった。どうか泣かないでほしいと、いつものように笑っていてほしかった。彼女に、幸せになってほしかった。

 カッコつけとバカにされても良い。からかわれたって構いやしない。だがしかし、この気持ちに嘘や偽りは断じてない。こればかりは誤魔化すつもりもなかった。

 男の意地。この俺、天駆優斗の本心として。

 

 

 だからこそ――

 

 

『いい加減、覚悟を決めろ』

 

「……なーんだ。覚悟もクソもないがな。最初から答えなんぞ決まっていたんじゃないか」

 すとん、と。難解な謎が解けてすべて腑に落ちたような感覚を覚える。達成感というよりかは納得感と呼ぶのが近い。例えるなら、何本もの糸が複雑に絡まっているように見えたのに、いざやってみたら簡単に解けた瞬間か。実際、色々と拗らせていた呪縛が解けたワケだし、あながち間違いでもあるまい。

 まったく、常日頃から言っていただろうに。

 

 

 なぁ、俺よ。いつもお前は何を自称していたっけ?

 

 

 思い立ったらが我が信条。俺はダッシュで自室に戻り、すぐさま必要な道具を持って再びリビングに駆け込んだ。早速とばかりにテーブルに向かい、白紙の便箋を広げていそいそとペンを走らせる。

 記すのは人形遣いに宛てた手紙。それもたった一言だけのシンプルなメッセージ。だが、これで十分だ。伝えたいことはハッキリと書いてある。

 

「…………これでよし、と」

 書き終えた手紙が風で飛んでいかないようにペンを重石代わりに置き、テーブルの上に残す。その後、外出の身支度を軽く済ませてから、俺は家を出た。

「うぉ、眩し」

 外に出るとすぐさま夏の日差しが俺に降り注ぐ。幻想郷のお日様は本日もバリバリ元気でした。手で日差しを遮りながら青空を仰ぎ見る。が、いつまでもそう呑気していられない。

 玄関の扉を閉める。パタン、と呆気ない音がどことなく今の心境を表しているみたいで苦笑してしまった。いやホント、我ながらあっさりしてんなぁ。

「さーて、行きますか」

 誰にでもなく呟いて、アリス邸に背を向けて歩き始める。なんてことない、いつも通りの軽い足取りで。

 

 これが、気分屋たる俺の導き出した答え。

 

 

 ――お別れだ。

 

 

つづく

 




次回、最終回!

………とはならないんですねコレが(フェイント)

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