東方人形誌   作:サイドカー

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ヒャア! マジで連続投稿しやがったぜこのサイドカー! ←テンション崩壊

主人公の過去回なんぞまとめて倍プッシュでございます。
今宵は豪華?二本立てでお送りいたしましょうぞ(キリッ)

というわけで本日続けて最新話
ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


第六十八話 「彼の過去、彼女の想い」

「ハァ……ハァ……」

「も、もぉかんべんしてくれよぉ~……」

 涙と鼻水でグシャグシャになった痣だらけの顔で、ニット帽が掠れた声で許しを乞う。報復の意思など微塵も感じられない、弱り切った敗北者のツラを晒していた。

 正直いうとこちらも結構ボロボロなのだが、悟られてはいけない。胸ぐらを掴んだまま威圧する。

「あの娘にもう手を出さないか? 言っておくが、お前らの顔と特徴は覚えたから何時でも通報できるんだぞ」

「出さねぇ! 出さねぇよぉ! だから見逃してくれよぉ!」

 大の男が駄々をこねるように泣き喚く。降参したと見せかけて騙し討ちの心配もなさそうだ。

 俺はニット帽から退くと、手近にあったビールの空瓶を拾ってそいつの鼻先に突き付けた。さすがに割れた瓶を向けるほどの鬼畜ではない。

「お前の足は潰さないでおいてやる。反省したならお仲間連れてさっさと帰れや」

 自分からこんなドスの効いた声が出たことに内心驚いた。まったく、我ながら酷い声してやがる。

 あとは早かった。ズタボロのニット帽が気絶したピアスと片足を挫いたサングラスにそれぞれ肩を貸して逃げ去っていく。三人の姿が完全に暗がりに消えるまで、俺は彼女を背に庇っていた。

 

 危機が去ったことにようやく安堵しつつ後ろを振り返る。俺は未だに立とうとしない少女に笑いかけながら手を差し伸べた。

「無事か? もう大丈――」

 

 

 バシッ

 

 

「…………え?」

 

 呆然と、乾いた痛みを発する掌を見やる。

 その音が、彼女が俺の手を振り払ったものだと気付くまで数秒かかった。

 

 今なお地面にへたり込む少女を見下ろす。俯いて前髪で表情が隠れてしまっているが、震える肩と息遣いがやけに印象に残った。

 

 拒絶の意思。

 なんでだ。危機は去ったはずだ。もう大丈夫なはずだ。不良どもだっていなくなった。もう、何の問題もないはずだ。なら、どうして彼女は拒むんだ?

 その答えは、本人の口から聞かされることとなる。

 最後まで決して顔を上げないまま、女生徒は悲しみに僅かな怒りが混ざった声を絞り出した。

 

 

「乱暴な人は……嫌いよ……」

 

 

 素行の良い女子高生には見るに堪えない光景だった。

 

 一体俺は、彼女の前で何をやった?

 

 背後から凶器で相手の後頭部を躊躇うことなく殴打した。

 腹を押さえて蹲る相手の足を容赦なく踏み潰した。

 相手が泣いて降参するまで徹底的に拳を叩き込んだ。

 

 殴り殴られ傷だらけになった己の姿で思い知らされる。

 彼女が傷つけられそうだったから、何としてでも助けるつもりだったのに。

 顔を覆いたくなる惨状を目の前で見せつけて、トラウマになりかねない苦痛を与えてしまったのか。精神的な傷を負わせてしまったというのか。

 

 恐らく本人も俺に助けられたと理屈では分かっている。だとしても、その方法がどうしても許せなかった。

 だって理由がどうであれ、暴力で以て解決したのだから。

 

 少女にとって恐ろしかったのは、不良どもと俺と果たしてどちらだったのだろう。いや、どちらも同類か。乱暴な男であることに何の違いもない。もうこんな連中と関わりたくもないのは聞くまでもなかった。

 これ以上、この娘の前にいてはいけない。

「……………すまない」

 返事が来るとは思っちゃいないが、どうしてもその一言だけは残しておきたかった。

 未だ腰を上げない女の子に背を向け、重い足取りで立ち去る。実をいうと、その辺の記憶はあまり覚えていない。空っぽな思考で彷徨い歩き、いつしか気が付いたら自宅の玄関前に立ち尽くしていた。

 多分、あの娘も無事に家に帰れたと思う。そう信じたい。信じないと、やってられない。

 

 

「……ただいま」

 出迎えはおろか照明すらついていない暗がりの中で靴を脱ぐ。親父とお袋は部屋にいるようだ。ひょっとしたらもう寝ているのかもしれない。今の格好は見られたいものではないので、こちらとしてもその方がありがたい。

 残された力を振り絞って、どうにか自室を目指して体を引き摺る。

 階段を上りかけたところで、リビングへ通じる扉がガチャリと無機質な音を立てて開いた。そして中から一人の男が出てくる。

「兄貴……」

 兄貴は傷と埃に塗れた俺を一瞥し、顔色一つ変えることなく簡潔に言った。

「喧嘩か」

「……まぁ、な」

 ただいまもおかえりもない本題だけの会話が交わされる。

 もし、あの場に居たのが俺じゃなくてこの人だったら、非の打ちどころがない完璧な答えを出していたのだろうか。

 自分が思っていた以上に堪えていたらしく、ありもしない「もしも」にさえ貶められる。何かもう色々と限界だった。意図せずとも口から言葉が次から次へと溢れ出る。

「はは、やっちまったよ。助けたかったのに、助けられなかった。怖がらせてしまった。俺が深く関わったせいで余計なトラウマを植え付けたんだ。あぁチクショウ、あそこで連中の注意を逸らせればそれで十分だったじゃないか。俺がド真ん中に飛び込む必要なんてなかっただろうが。もっと安全に逃がすやり方なんていくらでもあっただろうが。俺が近付きすぎたせいで、あの娘をもっと危ない状況に晒したんだ……!!」

 懺悔か自分への憤りか分別つかない卑屈な中身が後を絶たない。誰かのためにと言いながら俺自身の手で跡形もなくブッ壊した。それも他人を危険に巻き込んでまで。

 鷲掴みにするように顔面を手で覆い、支離滅裂で要領を得ない妄言を捲し立てる俺を、兄は黙って聞いていた。やがて俺が全て吐き出し終えると、「そうか」と一言だけ告げて先に階段を上っていった。

 結局、翌日には両親にもバレてしまった。そりゃ当然だ。制服をボロボロにして、顔も身体もケガしまくりじゃ隠し通せるなんて出来るわけもない。もともと大して関心は寄せられてなかったおかげで大事にはならなかったんだから、もういいだろう。

 良くも悪くも問題ない平凡な息子が、街中で喧嘩する平凡以下に落ちた、たったそれだけの話だ。

 

 

「――以上が顛末だ。以来、愚弟は広く浅い人付き合いを繰り返す手段を選び、特定の人物と深く繋がることを避けるようになった」

「そんな……」

 アリスは言葉を失った。聞かされた真実、その内容のあまりにも残酷さに。

 どうしようもなく悲しかった。彼は誰かを助けようとしただけなのに。どうして彼が辛い目に遭わなければならないのか。言いようのない悲哀が頭の中を巡る。今すぐにでも、彼の元に戻りたかった。話しがしたかった。

 人形遣いの心境に構わず男性の説明が続く。そんな折、ふと俄かに間が開いた。

「ただ、一つだけ例外が発生した」

「え?」

 小首を傾げる少女を、彼の兄が冷たい眼差しで捉える。

「あんただ。お嬢さんに対しては他の者と比較して距離が近い。珍しい傾向だ。推論だが、愚弟にとって特別な何かがあると思われる」

「わたしが……とく、べつ?」

 無機質な物言いのせいですぐには理解できなかった。優斗にとっての特別な存在と言われた。けど、それはどういう意味での発言なのだろう。

 人形遣いは答えを求めて考えを広げていく。

 幻想郷の住民だから? 此処で初めて出会った相手だから? それとも、女の子だから?

(もし、優斗にとっての私が……)

 ()()()()()()での特別なのだとしたら……

「~~~~~ッ!!」

 自分が思い描いた想像に耐えられず、アリスの顔がみるみる紅潮していく。すかさず両手を頬に当てて隠そうとしても、頬が熱くなるのも心臓の高鳴りも止められない。ブンブンと首を左右に振って浮かんだ想像を追い払う。霊夢か魔理沙でもいれば素敵な笑顔でからかってくること待ったなしである。

 実に恐ろしきは、恥ずかしさに身悶えしている乙女を前にしても、この男が怪訝な顔さえ見せなかったことか。

「よって、あと少しの間はお嬢さんに愚弟の面倒を任せたいと思う」

「どうしても――」

「む」

「どうしても、優斗は帰らなくちゃいけないの?」

 人形遣いの青い瞳が男性に向けられる。不安に揺れながらも、どうしても確かめたかった質問をぶつける。

 ワガママなのは分かっている。これが優斗本人の意思だったのなら、きっと本心を隠して送り出していたと思う。けど、彼の意思によるものではないのなら。それどころか彼自身はまだ帰る気はないと言っているのなら。無理矢理にでも彼を連れ帰らなければならない事情が、この男性にはあるのか知りたかった。知る必要があった。

 じっと相手の顔を窺う。やがて、彼の兄はおもむろに語り始めた。

「愚弟は逃げ続けるばかりで己を鍛えて強くなることを放棄した。件の失敗は己の弱さが招いた結果であると理解していない。腹が立った。他人など知ったことではないが、あいつだけは看過できない。言わば血縁に基づくある種の同族嫌悪だと考察している」

 今まで自身の感情を口にしなかった男性が初めて表に見せたのは、静かな苛立ち。彼は落ちていた太い木の枝を拾うと、ベキッと難なく圧し折った。

 アリスは何も言わず、話の続きに耳を傾ける。

「実家を避けて夜遅くまで遊び回り、先の一件も加わり進学は県外の大学、あげくには留学の計画も立てていた。向上心など一切ありはしない、どれも臆病に屈した行動だ。一方で他人との関わりを切り捨てて自己研鑽に努めるわけでもない。無意味な表面だけの人付き合いに時間を割く始末。ましてや、己が弱さにさえも向かい合わず、気分屋を自称するなど冗句にもならない。どれをとっても実に下らん」

 ただでさえ冷たい物言いがより一層に冷酷なものになっていく。

 知らず、アリスは自分の手を強く握りしめていた。

 この人は確かに家族を気にかけて迎えに来た。けれど、それは心配だったからではなく、弟の不甲斐なさに憤りを覚えたから。何事にもストイックに向かい続けて力をつけていった兄にとっては許しがたい愚行だったから。自分とは似ても似つかぬ行動ばかり繰り返すから。

 まるで他人に興味がない男にとって唯一のイレギュラー。それが優斗だった。

 アリスは知る由もないことなのだが、いつしか優斗がフランに兄について語ったとき、彼は心の中でこうも思っていたりする。兄は偏った思考回路の持ち主だと。

 顔を伏せて押し黙る金髪少女に、男性は最後にこう告げた。

「これは兄としての義務だ。逃げ回るだけの愚弟の腐った性根を叩き直さねばならな――」

 

「いい加減にして!!」

 

 最後の台詞を遮って、アリスの怒声が周囲に響き渡る。

 俯いていた少女は今や完全に怒りを露わにしていた。いや、そもそも俯いていたのは聞いているうちに沸々と湧き上がってきた感情を抑えていたからか。それがついに臨界点を突破したのだ。

 人形遣いの端正な顔立ちは誰の目から見ても明らかな怒気が込められている。オーシャンブルーの澄んだ瞳が、キッと男性を睨みつけて離さない。

「さっきから悪いところばかり言って! どうして良い方向に捉えようとしないの!?」

「客観的な事実だ」

「ならこっちも客観的な事実を言わせてもらうわ。優斗はあなたが思うほど弱くなんかない。何でもかんでも『逃げ』と捉えないで。優斗は幻想郷で沢山の人と関わったわ。でもそれは決して上っ面の繋がりなんかじゃない。困っている人がいれば手を貸して、悩んでいる人がいたら真剣に話しを聞いて、時には体を張って誰かを守って、楽しいことがあれば宴会で一緒に笑って。あなたは優斗を逃げ回るだけの臆病者だって言っているけど、私には彼が自分の世界をどんどん広げていく前向きな人に見えるわよ。確かに始まりは逃げだったのかもしれない。でもね、今の優斗はあなたが思っているような人じゃないの。優斗と、幻想郷にいる私たちとの繋がりを否定しないで」

「あんたに愚弟の何が分かる?」

「分かるわ!」

 悲しい真実を聞かされて狼狽えていた女の子はもういない。そこにいるのは幻想郷に住む都会派魔法使い。

 目の前にいる男性の偏屈な思い込みで好き勝手されるなんて、彼と一緒にいる日々に終止符を打たれるなんて、そんなの冗談じゃない。

 確固たる意志を胸に宿して、乙女はまっすぐ立ち振る舞う。

 

 これからも優斗と一緒に居たい。

 優斗がホントに自分を特別な存在と思ってくれているか分からないけれど。

 

 私だって――

 

「優斗は特別な人だから!」

 

 

つづく

 




次回は主人公視点に戻ります

シリアス展開ばっかりで発作が起きる ←深刻
安西先生……ネタ回が……やりたいです……

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