皆様お久しゅうございます。またまた一カ月ぶりのサイドカーでございます。
今回の話は前話の終わり方からお察し、主人公の過去回となります。
東方要素もアリスもなく、さらにタグにある残酷な描写や不快な展開もあるやもしれません。マジすまねぇ ←土下座
以上をご理解のうえ、此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。
懐かしい夢を見る。
忘れたかった。忘れなかった。忘れられなかった。自分が犯した失敗の記憶。
所詮よくある話だ。あの時こうしていれば、他の選択肢をとっていれば。もしも、やり直せるならば。誰もが一度くらいは考えたことがあるんじゃなかろうか。とはいっても、そんなものは結果から見たたられば話にしか過ぎない。電話レンジも運命探知(リーディングシュタイナー)もこの世界線には在りはしないのだ。誠に遺憾である。
懐かしい夢を見る。
あのときの俺は出来得る限りの最善を尽くしたつもりでいた。いいや、違うか。そんな余裕すらなかった。ただガムシャラに、むしろヤケクソで、兎にも角にも一杯いっぱいだった。助けなきゃ、なんて笑ってしまうくらい大それた善意を心に宿して。
でも、辿り着いた結末は散々たるものだった。
なにせ、善意がきっかけで行動を起こしたのに、逆に相手を傷つけてしまったのだから。他ならぬこの俺の手で。
夢を通じて語られるは、ある大学生がまだ高校生だった頃の与太話――
「んー、やっぱりアーケードゲームこそが文化の基本法則ですなぁ」
学校の帰りにゲーセンに寄って、いつもの格ゲーでドンパチやるのが放課後のお決まり。百円玉を投入し、赤い球付きレバーとプッシュボタンの手触りを確かめたときの「さあ始めようか」という感覚は、テンションが上がってたまらんですたい。
連コイン(正しくはインターバルを挟む。マナー大事)と顔馴染みな常連たちとの下らない駄弁りがついつい白熱してしまって、店を出る頃にはすっかり日も落ちていた。つっても、俺の帰りが遅くなつたところで心配する両親ではあるまい。どうせ兄貴が家に居るだろうし。故にわちきはフリーダム、カップヌードル。
道往く人を妖しく誘うネオンライトが灯る夜の繁華街を、さながらシティハンターを気取って悠々と歩く。表通りの商店街は軒並みシャッターを下ろす時間帯だ。さらに一本通りをずらせば大人の世界が広がる。あいにくアカギみたいな独特なオーラは持っちゃいないが、せめてもの背伸びでござる。憧れてしまうのだ、坊やだからさ。
「まぁ、酒の銘柄も知らんけど。ビールは苦いというが、世のお父さんたちは何故にそげな苦いものを旨そうに呑むのやら。わからんねぇ」
俺も成人したら酒を飲んだりタバコを吸ったりするのだろうかと、立ち並ぶスナックやら居酒屋やらの看板を見上げてぼんやりと空想に耽る。可愛い女の子たちに囲まれて宴会をするとか、空想というか妄想の域だが気にしない。
だから、その声が聞こえたのは紛うことなき偶然だった。
「放し……い……ッ!」
「いいじゃ……から……」
「おん?」
微かに流れてきた会話の切れ端が、立ち止まっていた俺の耳にかろうじて届いた。
ちょうど通りかかった路地裏の奥、ここからはまともに見えない薄暗がりから男女複数の声が零れ出てくる。どうにも揉め事らしい。ネオンライトがやけに眩しいアダルティな通りのさらにそのまた外れで、良くない噂をクラスでもちょくちょく聞いたことがある。所謂ワケありスポットだ。
外灯もなく、店の裏口がいくつか点在するだけの暗くて小汚い狭い路地。使い古されたビールケースや不潔に黒ずんだ業務用のゴミ箱、ポイ捨てされた空き缶が散乱する。いかにもアウトローのたまり場。
普通ならば近付こうともしない危険地帯。とはいえ、そいつもあくまで夜ならのハナシ。日中は全く問題もない。それどころか、ここを通れば学校までのショートカットコースになるのはうちの生徒なら大半が知っているし、実際に使っている人も多い。
もっとも、先に述べた通り安全なのはせいぜい夕方まで。そんでもって今はバッチリ夜だ。いくら近道とはいえこの時間に路地裏に入るような輩といったらせいぜい不良か怖いもの知らず。はたまた図書室で遅くなるまで勉強して、急いで帰らなくちゃいけない門限ありの優等生さんとか。最後だけえらくピンポイントだなオイ。
さて、と。途切れ途切れに聞こえる声の様子と男女比からみるに、
「ま、後者だろうな。女の子を路地裏に連れ込むにはさすがに通行人の目もあるし」
一人で勝手に納得して然りと頷いてみせる。
自慢にもならんが、頻繁に面白イベントや厄介事に首を突っ込む性分のせいで、こういう事態を前にしても慌てふためいたりもしない。
やれやれ、と頭を振ってわざとらしい溜息を吐く。
上条ちゃんみたいなフラグメーカーではないが、明らかにヤバげな気配を察したからには無視するのも寝覚めが悪かろう。ましてや女の子のピンチとなれば、俺が行かなきゃ誰がやる。まぁ、好奇心というか怖いもの見たさもあるのは否定しないが。自覚はあれど直しようがない俺の悪い癖だ。
「ま、とりあえず行ってみましょうや」
決意と呼ぶには程遠い軽いノリで、俺は暗がりの中へと足を踏み入れた。この後に自分がどうなるか一切予想だにせず。
カラスや野良猫のエサ場と化した汚らしい通路を、さも通りすがりを装って歩く。繁華街にある外灯の光は届かず、生ゴミが放置された感じの鼻を衝く異臭も加わって思わず顔をしかめる。
それでも足を止めずに先を進む毎に、微かだった喧噪が着実にハッキリと聞こえてくる。
「……居た」
かくして、やがて絵に描いたようなテンプレともいえる事件現場に出くわした。
「あ、あまりしつこいと警察呼びますよ!?」
「つれないこと言わないでさぁ~、ちょっとだけ俺らと遊ぼうよー」
「カラオケとかどう? おごっちゃうし!」
私服姿の男が三人がかりで、一人の女の子(こちらは制服姿。うちの生徒ではないが他校の女子高生)の進行方向を阻んで塞いでいる。少女は毅然と相手を睨みつけているものの、怯えているのは明らか。なかなか可愛らしい顔立ちもあって、まったくもってこの場に似つかわしくない。やはり近道を使ったばかりに不運に巻き込まれたクチか。南無三。
対して男たちの方はこれまた分かりやすいチンピラもどきの不良だった。俺と歳近そうだけど、君たち学校行ってる?
「夜はこれからっしょ、行こうぜぇ」
「いやッ! 離して……!」
三人のうち一人が女子の腕を半ば強引に掴んで迫る。誰がどう見たってカラオケで数曲歌ってバイバイする雰囲気じゃない。けしからん、こいつらナンパの仕方も知らんのか。
憤慨も込めて足元に転がっていたコーラの空き缶をわざとらしく蹴り飛ばした。カランカラン、と中身のない音がその場にいる全員に聞こえる大きさで反響する。
『あ゛ぁ?』
途端、不良どもの眼光が一斉にこっちに向けられる。お楽しみを邪魔された苛立ちを前面に押し出したガン飛ばし。ここまでくるとネタ過ぎて逆にドッキリなんじゃないかと疑ってしまう。が、カメラ係もいなければネタばらしの看板も隠されていない。何より彼女の表情を見る限りマジでピンチなのは言うまでもなかった。
向こうの数は三人。どれも似たり寄ったりの体格で、厳ついガチムチとか厄介そうなのはいない。ミッションの勝利条件は、逃げ切れるかどうか。こちとら何も喧嘩しにきたわけじゃないのだ。そもそも、三対一で正面からぶつかるなんて分が悪すぎる。
ひとまず、不良どもの特徴からそれぞれをニット帽、ピアス、サングラスと名付けよう。というか夜中にサングラスする意味あるのかしら。
作戦は上条が御坂にやったのと同じ「知り合いのフリしてさりげなく連れ出す」を用いる。大丈夫、俺ならできる。為せば為る。
ヘラヘラと、この状況に不釣り合いな気軽さを纏ってするりと輪の中に入り込む。
「あぁ、いたいた。いやー、帰りが遅いから迎えに来ちゃったよ。さーさー帰りましょ。今日の夕飯はリンゴと蜂蜜のカレーですよ」
あまりにも拍子抜けする第三者の登場に、女の子を含めて誰もが「何だコイツ?」といわんばかりに呆気にとられた。芸人みたいな変なノリを保ちつつも、狙い通り、少女の腕を掴んでいたニット帽の力が緩んだ隙を見逃さない。
今です! と俺の中の孔明が鬨の声を上げた。
すかさず空いている方の腕をグイッとこちらに引き寄せながら叫ぶ。とっくに足はUターンで走り出していた。
「――走れ!!」
「えッ、きゃあ!?」
突然すぎて何がなんだか分かっていないながらも、助けが入ったと察したのか少女もどうにか足を動かす。
もちろん不良どもだって馬鹿だとしても間抜けじゃない。「んなっ、テメェ!」「コラァ!」など声を荒げて追いかけてくる。いちいち振り返って確かめる暇もなく、怒号や足音を背中に受けながらとにかく逃げ続ける。
下手して行き止まりに突き当ったりしないよう、出来の悪い迷路みたいな路地を右へ左へとルートを変えながら少女の手を引っ張る。構造は知り尽くしている。日頃から好奇心で探索しているのが功を成した。
「もうちょっとだから踏ん張れよ!」
「……っ! は、はい!」
あとは彼女とともに路地裏の外にさえ出てしまえば……!
だが、時に運命のサイコロは無慈悲且つ残酷なまでにイタズラを施す。
日頃から素行の良い女子高生が一人で、それも人通りのない路地裏でガラの悪い男たちに絡まれた恐怖とは如何ほどのものか。助けが入ったとして、すぐに恐怖から抜け出せるワケもない。
ついさっきまで力なく震えていた足を無理矢理に動かしているせいか、いくら走っても奴らを撒けるほどの速度が出ない。それどころか段々とこちらと向こうの距離が詰まってくる。さすがの俺も焦りが生じ始めた。
そして、一瞬だけチラ見で後ろを確認したことが、俺と彼女の命運を分けた。
「――ッ!? 危ねぇ!」
「きゃあ! 痛ッ」
咄嗟の行動。持ちうる力を総動員して女の子を俺の前に引っ張り上げ、さらに前方目がけてその背中を突き飛ばした。いきなり乱暴な動作を受けた彼女は二、三メートル先まで押しやられ、そのまま体勢を崩して尻餅をついてしまう。
だが、彼女の安否を確かめることはできなかった。
「ガッ!?」
直後、背中に襲い来る硬い衝撃と痛みに、俺はその場で前のめりに倒れた。女生徒が尻餅をついたまま目を見開いて固まる。薄暗がりでなければ下着がハッキリ見えていたかもしれない。
ターゲットとの距離が詰まったのを好機と見た不良の一人――たしかピアスが、その辺にあった空のビールケースをスイングするモーションが見えたのは、本当に偶々だった。より厳密には今まさに投げつけようとする瞬間だった。
大した飛距離は出せずとも、当たれば十分な凶器となる。そして、不幸にも俺たちは射程圏内まで追い詰められていた。まして、奴らからみて手前にいるのは女生徒の方だった。
「ァ……ぐ……」
背骨が砕かれたのではないかと錯覚に陥る。これが女子高生の身体に当たっていたかもしれないと思うとゾッとする。あの娘が無傷で済んだ。ダメージの代償としては十分じゃないか。
たとえ、ゲームオーバーだったとしても。
獲物が足を止めれば捕まるのは必至。
ゼェゼェと息を切らせた不良三人は俺を取り囲むや否や、うつ伏せから起き上がろうとしていたところを汚れた靴裏で荒々しく踏ん付けた。中には蹴りも入り混じる。
「ゴッ!? が、はっ……!」
「調子乗ってんじゃねーぞ」
「ナメてんのか」
鬱憤を晴らそうと口汚い罵声を吐きながら何度も何度も勢いつけて靴裏を押し付けてくる。もはやボロ雑巾と大差ない有様に、情けなく歯を食い縛って耐えるしかできない。
せめて、俺がやられている間に彼女が逃げてくれれば。その時間稼ぎだけでも……!
「…………ッ」
そう思いかろうじて顔を上げるが、女生徒は目の前で繰り広げられる一方的な暴行に怯え、足がすくんで動けない。悲鳴を上げる余力も残っておらず、へたり込んだまま悲痛に顔を歪めて震えている。
頼む。今のうちに逃げてくれ。
どうにかして、あの娘だけでも安全なところに逃がさなければ。
もはや痛覚すら怪しくなりかけた意識の中で突破口を探る。すると、容赦のない蹴りを執拗にぶつけていたサングラスが「おい」と他の仲間に声をかけた。
「こんな虫けら放っておいて本命いこうぜ?」
「お、いいねェ」
「待ってました!」
醜いゲスな笑いを浮かべて厭らしい視線を浴びせてくる連中に、女子高生が「ひっ……」と息を詰まらせてわずかに身を退く。可愛らしい顔が恐怖に染まる。
無様に倒れ伏す俺を放置して近付くケダモノたちを前にして、とうとう堪えきれずに零れた一筋の涙が彼女の頬を伝う。
「ゃ……こな、いで……」
逃がさないと。逃がさないと。逃がさないと――!
守らないと。守らないと。守らないと――!
助けないと。助けないと。助けないと――!
もう手段は選んでいられない。
泣いている女の子が傷つくなんて、あってたまるか――!!
俺の中で何かのスイッチが入る。カッと燃え滾るように熱く、ゾッとするほど冷酷に。痛みなどとうに範疇になく、揃ってガラ空きの背中を晒す標的を見据える。
背後で起きている事態にも気づかず愉悦に浸るバカどもの後ろで、死に損ないが音もなく起き上がる。それはさながら地の底から這い出る死神の如く。
よろめきながらも立ち上がり、足元にあった先ほど自分を襲った凶器を拾い上げる。ゆらり、ゆらり、と亡者の足取りで不気味にピアス男の真後ろに憑りつく。
そして、己がされた仕返しとばかりに回転力を加えた横薙ぎの一撃を、後頭部目がけて直に叩き込んだ。重量一キロの立方体をヘルメットなしで頭に受ければどうなるかは想像に難くない。
「アガッ!?」
ピアス男が白目を剥いてその場に崩れ落ちる。当たったのが角でなかったのが彼にとって唯一の救いといえよう。
完全に予想外の奇襲にニット帽とサングラスがどよめき、たじろぐ。もう動けないと思っていた奴からの反撃で仲間が殴り倒されたのだ。
残り、二つ。
確かに何度も踏みつけられたのは痛かった。しかし、全力で走った直後で息が切れていたうえに頭に血が上った大雑把な動きじゃ、見た目こそ派手だが威力はそこまででもなかった。
あと、一撃一撃が冗談抜きで重い腕っ節の強いヤツが身内いるんだよなコレが。
敵の動きが止まっている機を逃す理由は一つもない。立ち尽くすサングラスにすかさず足払いをかける。
「うわぁ!?」
まともな受け身などとれるはずもなく、夜中にサングラスをかけた男は情けない声をあげながら転倒する。まるで隙だらけだ。
まだ持っていたビールケースを掲げ、今度は重力をつけて上から下へ、ガラ空きの腹部に振り落す。俺の手を離れた硬いプラスチックの塊がノーガードの腹に減り込んだ。
「オ゛ェッ……ゴホッ、ゴホッ!?」
筆舌に尽くしがたい鈍痛にサングラスが腹を押さえて蹲り、涎を垂らしながら咳き込む。残念だが、まだ終わりじゃない。追い打ちとして奴の足首を狙って全体重を乗せて踏み潰す。
「ギャァアアアア!!」
力任せに足首を挫かれサングラスが絶叫を上げて転げまわる。これでしばらくはまともに立てはしない。
「こ、この野郎ぉ!」
「ぐあっ」
二人も立て続けにやられてようやく我に返った残り一人――ニット帽がなりふり構わず俺の背中にタックルを仕掛ける。そのまま二人とも煤だらけの地面に倒れ込んだ。
俺の上にニット帽が跨るマウントポジション。一対一にまで追い詰められてパニックに陥った男が喚き散らしながら闇雲に左右の拳を振り下ろす。
「死ね、死ねッ!!」
「ぐっ、ゴハッ……!」
執拗に顔を殴られ視界がチカチカと点滅する。痛みと熱が混在して気持ち悪い。チャラっぽくシルバーの指輪アクセなんぞしてやがるおかげで、口の端が切れたらしい。マズイ鉄の味がする。
しかし、こんなもん兄貴の右フックに比べれば屁でもない。
「おぉおおおお!」
「なっ!?」
反動をつけて上体を起こし不意打ちの頭突きを一発、次いで胸ぐらを掴み反対に地面に押さえつける。が、奴も抵抗を諦めない。ゴロゴロと横に転がり、手足をバタつかせて上下が何度も入れ替わる。
再び自分が上になった瞬間、間髪入れずに奴の頬に拳をブチ込む。そこから先は攻守逆転。今度は俺がマウントポジションを取って只管に殴って殴って殴り続ける。
そして俺は気付いていなかった。
馬乗りで拳を振るい続ける俺を、その一部始終を見せつけられた女生徒がどんな顔をしていたのかを。
つづく
悲報 主人公の過去回が一話分で片付かなかった
速報 次回投稿まであと一時間半くらい(可能性)