東方人形誌   作:サイドカー

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台風の接近とともにサイドカーでございます。

Fate桜ルートに興奮しすぎて映画館で失禁するところでした。
観終わった後、無性にホロウがやりたくなったのはここだけの話。


前置きはここまでにして最新話投稿でございます。
今宵もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


第六十六話 「ご注文はウナギですか?」

「――ファッ!?」

 奇声を上げながら目を覚ますとまず木目の天井が視界に広がった。次いで首を横に動かせば襖と畳を認識して、ようやくここが和室の一間であると理解した。こんな分かり切った内容にさえ時間を要したところ、まだイマイチ寝ぼけているらしい。軋む体をどうにか起こすと、掛布団がずるりと落ちた。俺の他には誰もいない。静寂に支配された空間が物寂しさを生む。

 多少は覚醒した頭でもう一度だけ辺りを見渡す。障子越しに焼付くような橙色の光が差し込み、白い障子が夕焼けに染まる。

「むむむ……なして俺は寝ていたんだっけ?」

 寝癖のないツンツン頭を小突いて、記憶を掘り起こす作業に入る。アリスと一緒に魔法の森を散歩。途中で魔理沙と合流。そして、俺が幻想入りした例の場所で……あ。

 歯車がカチリと噛み合ったアハ体験に喜ぶ余裕もなく、最悪な災厄を思い出してげんなりとテンションが急降下する。

「そうだった……あの野郎、いきなり人のこと殴りおってからに」

 腹をさするが痛みはとっくの昔に引いている。博麗神社に来たのが昼過ぎかそこらだったから、ざっくり計算でも二時間か三時間くらいは気を失っていたのか。いかんな、完全に寝過ごした。

 しかも美少女たちの前にもかかわらず一撃KOで気絶させられるとは、なんたる不覚。これでは文化的二枚目半ではないか。もっとも、再会を果たした兄弟から不意打ちで当て身をくらうなんて予想できるはずもないのだが。

 ともあれ、こうなりゃ文句の一つでも言ってやらねば気が収まらんというもの。さくさくと適当に布団を片付けて、部屋を出るべく襖を開く。案の定、茜色に染まる坂じゃなかった空が開幕一番に俺を出迎えてくれた。日本風景を象徴する美しい夕焼けだが、感傷に浸っている暇はないのでござる。

 さぁて、これからあいつを殴りに行こうか。

 

 まだ皆が集まっていると思しき居間を目指して廊下を突き進む。頻繁に宴会をするだけあってこの神社もそこそこ広いのだが、さすがに紅魔館ほどではない。五分と経たずにゴールに辿り着く。どのように登場するかしばし作戦を練ってから、気の抜けた一声とともに引き戸に手をかけた。

「うぃーす。WAWAWA忘れ物ぉ~、俺の忘れも――」

「優斗! よかった……もうお腹痛くない? お薬いる?」

「大丈夫だ、問題ない。心配かけてすまんかったな。だがもう平気よ、ご覧のとおり完全回復したぜぃ」

 金色のショートヘアにカチューシャを飾った可憐な少女がすぐさま立ち上がり、俺のもとに駆け寄ってきた。ガラス玉のように澄んだ青い瞳を見つめ返して、やけに仰々しく頷いて無事を伝える。アリスの顔がふわりと綻んだのをみて、俺も頬がだらしなく緩んだ。

「おー、ようやく起きたか」

「とんだ寝坊助ね。もう少し遅かったら叩き起こしていたわよ」

「お目覚めコールするならお手柔らかにオナシャス」

 残り二人から茶化されながらも、卓袱台の近くまで足を進めて腰を下ろす。アリスも俺の隣にちょこんと座った。顔を見合わせてどちらからともなく笑みがこぼれる。が、それを見ていた霊夢と魔理沙がニヤニヤとこちらに眺めているのに気付き、取り繕うように居住まいを正した。

 この辺まではいつものやり取り。だが、どうしても無視できない問題が一つだけ残っていた。わざとらしく周囲をぐるりと一瞥し、口を開く。

 

「ところで、あの不意打ちマンは何処に行ったんだ?」

 

 数刻前と明らかに違う点、肝心な彼奴めが忽然と姿を消している状況を除いては。

 俺が尋ねると人形遣いの表情が暗く曇った。目を伏せ、膝の上に乗せた綺麗な手をぎゅっと握りしめる。躊躇う彼女に代わって紅白巫女がぶっきらぼうに答えを言った。

「あのあとすぐに出て行ったわよ。次に来るときまでには全て片付けておけって勝手な捨て台詞を残してね」

「まったくホント何なんだぜ? お前の兄ちゃん」

 霊夢だけでなく魔理沙もぶすーっと不貞腐れた様子で唇を尖らせる。彼女たちには兄貴の情報タグに冷血漢が追加された模様。身内なら奴に悪意がないと察せても、初対面からすればそうもいかない。

 やれやれ、文句を言いたいのは俺も同じな筈なのに、なんで兄貴のフォローせにゃならんのだ。ついつい嘆息してしまう俺を誰が責められよう。

「すまんのぅ、人付き合いがアレな一匹狼なんよ。許したってや」

「むー……ブン殴られた張本人がそう言うなら、まぁ仕方ないぜ」

「あー、できればブン殴られていたところも忘れとくれ……」

 しぶしぶ引き下がる白黒魔法使いに苦笑せざるを得ない。

 すると、なぜか今度は霊夢がジロリと鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。まるで異変解決に臨むかの如き真剣な声で、

「で、まさかとは思うけど今から帰り支度始めるなんて言い出したりしないわよね?」

 瞬間、俺の傍にいる金髪少女の肩がビクッと震えた。まるで置いて行かれた子どものような、不安で強張った顔で俺を見上げる。きめ細やかな白い肌から血の気が失せて、もはや青白く痛々しい。片や有無を言わせぬ覇者の波動を放つ博麗の巫女。魔理沙も顔を引き締めてこちらを見据えていた。

 

 覚悟を決めろ、あの男は確かにそう言った。その言葉の意味するところとは何か。

 

 幻想郷を去り、現代に帰れというのか。余所者がいつまでも居座ってないで、いい加減に元居た場所に戻るべきときが来たと、そう言いたいのか。結局のところ、此処もまた、俺の居場所とは為り得なかったのだろうか。

 渡り鳥を気取る気分屋らしく、一箇所に留まらず次の行き先へ向かう。俺自身、これまでずっとそうやって生きてきた。あっちへこっちへフラフラと、風の吹くまま気の向くままに何度も何度も寄り道を繰り返してきた。他ならぬ自分自身がそうしたくて選んだ道だ。今になって躊躇うのも可笑しな話だ。

 

 でも、それでも、だからこそ。

 

 気分屋を称する故にこそ、旅立ちのタイミングは自分で決めずしてどうするってんだバーロー。

 

「それこそマッカーサー。俺の道は俺が決める。『道』というものは自分の手で切り開くものだ」

「優斗……」

 揺れる瞳で覗き込んでいた人形遣いが安堵の息を吐く。ただ、まだ心配事があるようで躊躇いがちに聞いてきた。

「本当にいいの? 家族が迎えに来たのに……」

「おうともよ。……え、ひょっとしてコレ帰った方が良い流れだったりするべか?」

「そんなわけないじゃない!! わ、私ッ、わたしは――!!」

「どわぁっ!? ごごごごゴメンって! 意地悪したつもりはなかったんだ! だから泣かないでくれ、な? な!?」

「…………ぐすっ」

 青い瞳に涙が浮かんだのを目の当たりにして大慌てで彼女をなだめる。

 我ながら冗談にしても性質が悪かった。猛省せねば。ほら、紅白巫女と白黒魔法使いがそれぞれ得物の切っ先を俺に向けていますもの。怖ぇーよ。顔がマジだよ。

 

「まぁいいわ、辛気臭いのは止め止め。もういい時間だし今から夕飯にしましょ。どうせ全員食べていくでしょ?」

 霊夢が俺に突き付けていたお祓い棒をポイッと放り投げ、その場にいるメンツに聞きながら腰を上げる。というか神事に使う道具をぞんざいに扱ったらアカンやろ。バチ当たんぞ。

 内心ツッコミを入れつつも、無論俺に断る理由など一つもない。のんべんだらりとしたいつもの空気に戻り、力なくプラプラと手を振って応える。

「そら女の子の手料理をいただけるなら是非ともご相伴に預かりますとも」

 己の言葉に反応するかのごとく、腹の虫までもぐぅと音を鳴らして賛成の意を示す始末。そんなに大きな音ではなかったのだが、アリスにはバッチリ聞こえていたらしい。くすくすと可愛らしい声で笑われてしまう。うぅむ、カッコ付かない。むしろ平常運転ですねわかります。

「優斗がそう言うなら私も。でも霊夢、食材は足りそうなの?」

「そこまで切羽詰まってはいないわよ。魔理沙がこの前大量に持ってきたキノコも残っているし」

「なんだ、まだ消化しきれてなかったのか? 早く食べないと腐っちまうぜ」

「毎日三食キノコ単品なんて冗談じゃないわ。ま、そういうことだから協力してほしいわけ」

「ふふっ、じゃあ飽きないように色々レパートリーを増やさないとね」

「任せとけって。なんてったってキノコ料理専門家の魔理沙様がいるんだからな!」

 少女たちが華やかに談笑しながら台所に向かう。つられて俺も手伝おうと腰を浮かしたが「病み上がりは待ってて」とアリスにやんわりと止められ、大人しく座り直す。天使の微笑みを前にしたら素直に従うしかない。彼女の優しさに涙が止まらないね。

「どっこいせ、と。ふぁ……」

 欠伸を隠すことなくそのまま畳の上に寝ッ転がる。せっかくだ、夕餉の支度ができるまでもう一眠りさせてもらおう。

 微かに耳に届く美少女達のお料理シーンを子守唄に、俺はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 翌日、アリスは一人で魔法の森を歩いていた。

 彼のマネではないけれど、ちょっとだけ気分転換をしたくて朝早くにこっそりと家を抜け出した。さらさらと流れる涼しげな微風が鮮やかな金髪をなびかせる。

 同居人はまだ自室で眠っている頃だろう。そういえば昨日も夕ご飯ができるまで二度寝していたっけ。

「優斗……」

 ぽつり、と思わず彼の名前が口に出てしまう。

 分かっていたはずなのに、彼が「外」に帰るかもしれない戸惑いを隠せなかった。心のどこかで、期待してしまっていたのかもしれない。きっと、あるいは、もしかしたら。これからも当たり前のように一緒にいられるかも、なんて。

 でも、実際は違った。無慈悲なほどにあっけなく。

 分かっていたはずなのに。優斗は幻想郷に迷い込んだ外来人で、本来あるべき場所に

戻るのが正しい選択なのに。

 居心地の良いひとときに甘んじているご都合主義な自分を叱ろうと、常に理性的であろうとする魔法使いとしての自分が現実を告げてくる。

(ううん、違う)

 頭を振って自らの考えを否定する。本音はそんなものじゃない。魔法使いだからどうかは関係ない。原因なんて分かりきっていた。

 素直になれなかったから。行かないで、そう言いたくて、でも言えなくて。彼の兄が帰り支度をするよう冷たく言い放ったとき、心が張り裂けそうなくらいに辛くなった。思わずその場で泣いてしまいそうだった。

 でも、優斗はまだ帰る気はないとハッキリ言ってくれた。不安で震えていた私の手を優しくもしっかりと握ってくれた。包み込んでくれた頼もしい手の感触が記憶に蘇り、心臓の鼓動が高鳴る。

(私……どうしたらいいのかな……)

 彼を考えるとドキドキする。頬が熱を帯びて朱に染まっていくのが抑えられない。うららかな陽だまりのような温かさに、一粒の切なさが混ざり込む。でもそれだって嫌じゃなくて。一緒にいると嬉しい、気が付いたら姿を目で追っていたことも何度もある。

 いつだったか、地底の温泉でパルスィにも言ったけれど。もし、わがままが許されるなら、

「やっぱり、まだ離れたくないよぉ……」

 

 

 考え込んでいたせいか、知らず知らずのうちに足が昨日と同じ場所を選んでいたことにさえ気づかなかった。古明地こいしの能力は作用していなくとも、無意識というのは出るものだ。

 鬱蒼と生い茂っている木々に囲まれる中に、周りと代わり映えしない一本の樹木。それと相対してこちらに背を向けている男性がいた。気配を察したのか無造作に振り返る。

 男性――優斗の兄がアリスを見て独り言じみた台詞を口にする。

「……昨日のお嬢さんか」

「あ……」

 すぐに言葉が出てこなくて挙動不審になってしまう。昨日の展開からいって、しばらく会うことはないと思っていただけに意表を突かれた。まさか一日と経たずに鉢合わせするとは。だからといって挨拶もしないで呆然と相手を見ているのも失礼極まりない。人形遣いが慌て気味にぺこりと頭を下げると、相手も微かに頷いて返してくれた。

 沈黙を破ったのは、意外にもあちらからだった。

「愚弟が世話になっている」

「い、いえっ。私の方こそ優斗が来てくれてもっと楽しくなりましたから!」

「そうか、なら良いのだが」

 しかし早くも会話が途絶える。わざわざ此処まで家族を捜しに来たりするし、少なくとも悪い人ではないはず。優斗からも少しだけ聞いたことがあったけど、嫌っている様子はなかった。そのときに垣間見えた達観に近いどこか諦めたような乾いた笑みが脳裏をかすめる。

 色々と聞いてみたい。なのに、変に緊張してしまって上手く言葉がまとまらない。気まずい空白の時間がただ闇雲に過ぎ去る。

「あいつをどう思う?」

「――え?」

 不意の問いかけに驚いて顔を上げる。まるで機械を思わせる冷めた視線と正面からぶつかった。

 アリスは今の言葉を反芻して、質問に対する答えを頭の中で整理する。

(私が、彼をどう思うか……)

 彼と出会って、一緒に過ごして、これまであった出来事を思い出していく。想いが芽生えて、気持ちが培われていって、いつしか胸の内に在った特別な感情。それに気づいたのは、思えばいつからだったのだろう。

 小さな手のひらで一つ一つを丁寧にすくい上げるように、少女はポツポツと語り始める。

 

「いつだって優しくて温かくて、一緒にいるとなんだか安心できて。私だけじゃなくて優斗と関わってきたみんなが彼のおかげで笑顔になれたんです。そりゃ、すぐに調子に乗ったりするし、女の子を相手にするといっつもデレデレしてだらしない顔になったりするし、カッコつけて危ないことして怪我したりもするしで目が離せないんだけど。でも、やっぱり誰かのために一生懸命になれる人だから……だから信じているんです、優斗のこと」

 

 あと一つ、大切な気持ちを隠しているのだけれど、ここで言うには恥ずかしいから内緒にしておこう。まだ誰にも言えない女の子のヒミツ。もっとも、親友をはじめとした面々からしょっちゅう弄られるけど、今は認めるわけにはいかない。やっぱり、素直になるのはもうちょっと先になりそう。

 少女の話に静かに耳を傾けていた男は、最後まで聞き届けるとまたもや短い質問を投げた。それもドストレートに、

「お嬢さんは優斗の恋人か?」

「ふぇええええ!? ちッ、ちちち違いますッ!」

 真顔で放たれた直球に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。アリスの顔がみるみるうちに火照り、瞬く間に耳まで紅潮する。向こうからすればただの質疑応答のつもりでも、彼女にとっては爆弾を投下されたようなものだ。

 カァアッと赤面して俯く人形遣い。だが、立て続けに前方の男から告げられた容赦のない一言が、周りの空気もろとも冷酷な色で塗り潰した。

 

「あいつは今も変わらず気分屋を気取っているようだが、単なる言い逃れに過ぎない。あれは目の前から顔を背けて逃げ回っているだけの――臆病だ」

 

「な、何を、言っているの……?」

「愚弟が気分屋などと名乗りだした原因、過去に何があったのか。知りたいのであれば語るが、どうする?」

 いきなり身内を臆病者呼ばわりする男性の意図が掴めない。いや違う。身内だからこそ見てきたものがあるのだ。それこそ、幻想郷に来る前の彼について決定的な何かを。

 彼は事あるごとに自らを気分屋と称していた。まるで口癖のように、さながら自分に言い聞かせるように。ひょっとしたら、ただ単に自分の性格を表していたのではなく、自己暗示も含まれていたのではないか。薄暗い邪推が這い出るように、少女の心を蝕もうと手を伸ばす。

 

 だけど、やっぱりあの得意げなお調子者の笑顔が嘘だとは思えない。あの手の温もりは絶対に偽りなんかじゃないから。何よりも、たった今、彼を信じていると言ったばかりなのだから。

 

 優斗に何があったかは知らない。不用意に本人に聞いて良い内容でもないからこれまで躊躇われた。だが、もう避けるわけにはいかない。否、自分が求めたものだ。

 だからアリスの答えなど最初から決まっていた。

 

「教えてください。私だって優斗のこと、もっと知りたいから」

 

 

つづく

 




FGOやってないけど「色彩」を聴いて神曲すぎて失禁しかけた(二回目)

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