東方人形誌   作:サイドカー

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真夏の夜にサイドカーでございます

ハヤテの如くが13年かけて完結しました(感動&放心)
東方人形誌も3年かかってようやくここまでやってまいりました。
これ今年中に完結できるのか? やるしかないんだよッ!(気合)

というわけで最新話でございます。
ごゆるりとお楽しみいただけると嬉しいです。


第六十三話 「君が居るから」

「ワタクシをお呼びですかなプリティなお嬢さん?」

「むっ……!」

「あだだだだ!? あッ、アリスッ、それシャツの袖ちゃう! 俺の手や!」

 女の子の声に条件反射でキラリン笑顔と颯爽とした足取りになる。直後、不機嫌そうなアリスに手の甲をギリッと抓られた。この間わずか二秒。令呪が刻まれたのかと思うくらい痛かった。

 出店の前で痛みに喚く俺を、前に所狭しと飾られた表情豊かな顔たちが一斉に凝視する。能で使いそうな白いキツネや般若などのガチなものもあれば、チビッ子に受けそうな犬猫の可愛らしいデザインもあった。案の定、店には「お面」と書かれていた。なるほど納得、確かにこれも祭りの定番だ。

 客引きしてきたのは、表情が乏しいを通り越してもはや無表情な少女だった。クセのない薄紫色の長い髪。その上に柔和な翁のお面を斜めに被りけり。髪と同じ色の瞳からは微塵も揺らぎが感じられず、完全無欠のポーカーフェイスを決めている。服装は群青色を基調としたチェック柄の長袖と、カボチャか風船のように丸く膨らんだピンク色のスカート。下に至っては弧の切れ目が幾つも刻まれており、素足が微かに見える。チラリズムの魔力に逆らえず、ついつい目が行ってしまう俺を誰が責められようか。俺は悪くねぇ!

 店員の少女を見て、ツンとそっぽを向いていたアリスがようやく口を開く。

「あら、あなたは確か面霊気の……」

「秦こころ。お面の付喪神にして今はしがないお面屋さん。あとで能楽もやる予定」

「やっぱり能楽もやるのね」

「私の生きる道だから」

 淡々と自己紹介を済ませるお面屋さんもとい秦こころという女の子。聞くと、どうやら少女は己の表情ないし感情を身につけているお面を通じて表現しているらしい。優しそうな爺さんのお面をつけているのは彼女なりの営業スマイルだったというわけか。

 いやはや、喜びも悲しみも知らない無感情な娘じゃなくて安心した。「笑えばいいと思うよ」とシンジ君のセリフを言わずに済んだ。あと他にどんなセリフがあったっけな。「ヒャア! 知らない天井だァ!」なんか違う気がする。

 ちなみに石仮面は置いてなかった。誠に遺憾である。

「ふむ、せっかくだし何か買っていくか。こころのイチオシはどれだね?」

「毎度あり。今日は特別にお面以外も用意してきた。きっとアリスに似合うと思う」

「え、私?」

 いきなり話を振られてアリスが戸惑う。そんなのお構いなしにちょいちょいと手招きする付喪神に流されて、人形遣いが彼女の元へ近寄る。

 こころは物陰に置いていた木箱の中身をゴソゴソと漁り、ヘアバンド状の物を引っ張り出すと間髪入れずアリスの頭にセットした。ちょ、おまッ!?

 俺のツッコミよりも早く、こころの目がキランと光った(ような気がした)。

「そこですかさず猫の鳴き声」

「え、ええ!? あ、う、にっ……にゃあ?」

「完璧」

 無表情でグッと親指を立てるお面屋さん。頭のお面が陽気そうなサルに変わっていた。囃し立てているっぽい。

 一方で俺はといえば、鼻を摘まんで決壊を留めるのに命がけのてんやわんや。ちくせう、こんなの反則過ぎるだろう。

 一人だけ状況がわかっていないアリスが、疑問符を浮かべて俺と面霊気を交互に見やる。

「もう、何なの? とりあえず外すからね……きゃあ!? 何よコレぇええ!?」

 それを見た瞬間、絶叫に近い大声がアリスの口から放たれた。プルプルと肩を震わす彼女の手には、先ほどつけられたヘアバンドが握られている。当然ただのヘアバンドではない。動物の耳を模したアクセント付きの――いわゆるネコミミだったのである。ついでにいうとアリスの金髪と同じ色だったので一体感がパなかった。

 いかん、思い出し鼻血が。ネコミミが生えたアリス、いうなればニャリスの萌えの破壊力たるや推して知るべし。浴衣との組み合わせがより一層の魅力を引き立てていました。ブラボー、おおブラボー。

 そして、面霊気の勢いに乗せられてネコミミを装着したあげく猫のモノマネまで披露していたと彼女が気付いた時にはすでに手遅れ。人形遣いの顔中が瞬く間に真っ赤に染まってついにはボンッと湯気まで立ち上り始める。

「~~~~~~~~ッ!!」

 衆目の前でコレはハズイ。このままでは恥ずかしさのあまりアリスが逃げ出してしまう。とにかくフォローしなければ!

「大丈夫だって気にするなアリス! スゴイ似合っていたしメチャクチャ可愛くて俺もすっかり見惚れてたしそれどころか危うくキュン死するところだった――んぎゃあああああああ!?」

「バカバカバカバカ優斗のバカぁあああ!! お願いだから忘れてぇええええ!!」

 リンゴ飴よりも赤面したアリスの連続パンチが怒涛のラッシュで浴びらせられる。羞恥のあまり錯乱状態のオラオラに吹っ飛ばされながら、俺は一つの事実に気付いた。

 ウソ、俺のフォロー駄目すぎ?……と。

「買う?」

「買 い ま せ ん!」

 その後も性懲りもなくネコミミを勧めてくるこころは大した根性してやがると思いました。

 というか箱の中にあった時点で売り物じゃなかったんだろうに。すっかりオモチャにされてしまっていたようだ。悔しいです!

 

 

「うぅ……恥ずかしい」

「あー、ドンマイ?」

「……ばか」

 ジト目で睨まれてササッと両手をホールドアップする。うぃっす、余計なことは言いませぬ。

 せめて気を逸らせそうな出店はないかと目を走らせる。すると、面白そうなのが丁度すぐ近くにあった。俺の視線を追ってアリスもそれに気づく。

「へえ、面白い品揃えね」

「せっかくだし見てみるか」

「いいわよ」

 店先に並ぶ品々は一見バラバラなようでちゃんと共通点を持つ。透明なガラスで作られた涼しげな風鈴、力強い筆使いで「祭」と書かれた丸い団扇、あとは色取り取りの風車が立てられる。そう、どれもが風にまつわるものばかり。まさに風流といえる、良いセンスだ。

 店の人(鴉天狗かと思いきや人間のオッサンだった)に断りを入れてじっくり鑑賞させてもらう。今は風がなく、風鈴も風車もシーンと黙りこくったままなのが惜しい。

「とりあえず団扇でも買っておくか。アリスはどうす――」

 言いかけて動きが完全に静止する。

 

「ふー……」

 紅色の風車に端正な顔を近づけて、アリスがそっと吐息を吹きかける。息吹を受けた四枚の羽がクルクルと回り出す。まるで水を受けた草花のように生き生きと回っているのを愛しげに見つめ、少女はくすりと笑みを零した。

 

「Oh……」

 天使が見えた。あどけない仕草にまたもや意識がもっていかれる。あと風車が羨ましいと思った俺は末期なのだろうか。

 俺の視線に気づいた様子もなく、アリスがその風車を持って振り向いた。

「私はコレにしようかしら。優斗は何か買う?」

「あ、ああ。俺は団扇にしとくかな。そいつ気に入ったん?」

「なんだか可愛いじゃない? こうクルクルって回るところとか」

「うぅむ。分かるような、分からんような……?」

「そうなの」

 自信ありげにウインクされてしまっては頷くしかない。風車よりもアリスの方が何倍も可愛いと思います。

 店のオッサンが生暖かい眼差しで「青春だねぇ」と愉しげな声でからかってきて、気恥ずかしさから逃げるように立ち去ることになるのは、もう少し後の話である。

 

 

 あらかた巡ったところで、ひとまず人の波から外れて休憩することにした。ほどよいところに石段があったので腰掛ける。少し狭い。二人の肩が触れ合いそうになる。

「いやぁ、遊んだ遊んだ。お、そうだ。今のうちにさっき買ったお好み焼き食べようじゃん?」

「それもそうね。ようやく座れたところだし」

 さすがにこればかりは歩き食いできない。お好み焼きをそれぞれ膝の上に乗せて蓋を外す。まださほど時間が経ってなかったおかげで微かに湯気が残っていた。割り箸を割って、いただきます。

 道行く人々を眺めながら、ソースたっぷりの炭水化物をガツガツと頬張る。遠くからでも見知った顔がちらほらと確認できた。できれば声ぐらいかけておくべきなのかもしれないが、だいぶ離れているし今はやめておこう。あとでまた会ったらでいいや。

「あ、優斗。ソース付いてるわよ」

「なぬ?」

「もう、急いで食べたりなんかするから。ちょっと待ってね」

 アリスは懐からハンカチを出すと身を乗り出して俺の口元に当ててきた。なんか前にもこんなことがあったような。というか顔が近いし身体も近い。ただでさえ幅の少ない石段に二人掛けしているというのに、もっと寄ってこられたら彼女のイイ匂いまで伝わってくるわけで。柑橘系の香水を使っているのか、ほのかに甘酸っぱい爽やかな香りにドキリとした。

 

 突如、上空からドォンと重みのある破裂音が響き渡る。

 この場にいた誰もが足を止めて一斉に上を向いた。

 夜空に大輪の花が次々と咲き誇る。数秒遅れて尺玉が爆ぜる重音が轟いて耳に残る。埋め尽くさんばかりに開いた大輪は徐々に光のシャワーへとその形を崩し、地上に降る途中で闇に溶けて、やがて跡形もなく消えていく。そして次に弾けた新しい打ち上げ花火が、人々を自らの輝きで照らす。大きいのが上がると、たまや、かぎや、と合いの手が入った。

「綺麗……」

「ああ……」

 隣に腰かける金髪の少女もまた、宵の空を豊かな彩りで染めていく大輪に目を奪われていた。白い肌が花火の色を受けて、時には赤に、時には黄色へと映ろう。本当に綺麗だ。

 夏の思い出を飾るにはこれほど相応しいものはない。夜空に描かれる光の絵画を記憶のアルバムへ綴っていく。

「あのね、優斗」

「ん、どした?」

 ふいに名前を呼ばれて花火からアリスへ視線を移す。

 その時の彼女の顔を、俺はきっと忘れはしないだろう。

 青い瞳が切なげに濡れている、それこそ花火のように儚く消えてしまいそうな寂しげな微笑み。

 少女が言葉を紡ぐ。

 

「―――……」

 

 だが、その言葉は、今夜の中で一番大きな花火の音に掻き消された。

 

「すまん、花火のせいで聞こえなかった。何だって?」

「ううん、何でもないの」

「……本当か?」

「ええ。本当に何でもないから」

「…………そっか」

 もう一度言ってもらおうと聞き直してもアリスは首を横に振るだけだった。それから彼女は花火に視線を戻して会話を切り上げてしまう。

 なんだか大事なことを言われた気がしてならない。かといって、しつこく聞いて嫌われては元も子もない。もしかしたらまた聞けるかもしれない。その時こそ聞き逃さないようにしよう。

 そう自分に言い聞かせて、俺も彼女と同じく花火鑑賞に気持ちを切り替えた。

 

 

 青年は知らない。

 

 少女の声に乗せられた淡い願いを。

 

 

『――来年も、一緒に見たいな……』

 

 

 

 さてさて、打ち上げ花火で幕引きかと思いきや、まだまだ夏祭りは終わる兆しを見せなかった。それどころか、あっちゃこっちゃで酒盛りまで行われている始末。もしやこれ朝まで続くんじゃあるまいな。

 そろそろ帰ろうと意見が一致した俺たちは、スタート地点である人里の入り口へ向かっていた。さすがにオールナイトはご遠慮いたそう。

「楽しかったわね」

「おうよ。腹も一杯だし言うことなしだべ」

 記念すべきアリスと夏祭りデートは大成功。これで我が軍はあと一週間くらい戦える。

 他愛のない話をしつつ一向に減らない人混みの中を遡る。川の流れじゃないんだからせめて一方通行じゃなくて上りと下りがあってほしいものだ。いや、近いからって最短ルート選んだこちらのミスか。ちゃんと自然の流れに沿うべきだったな。

 やれやれと溜息を一つ零し、何となく周りに視線を巡らす。

 

 視界の端に『それ』を捉えたのは紛れもなく偶然だった。

 

 

「な……ッ!?」

 

 

 一瞬、息が止まった。

 

 見間違いなんじゃないかと目を疑った。

 

 けれど同時に見間違いなんかじゃないとも本能が悟った。

 

 

 なんで、どうして、そんなバカな――

 

 

『あの人』が此処に来ているというのか――!?

 

 

「優斗?」

 急に立ち止まって黙り込んだ俺に違和感を覚えて、アリスが怪訝そうな顔で覗き込んでくる。

「……すまん、アリス。急用ができた。気にせず先に帰っていてくれ!」

「え……ちょ、ちょっと優斗!? どこに行くの!?」

 アリスの困惑した声を背に俺は走り出した。人混みの隅間をかき分けて体を捻じ込み、無理矢理にでも奥へ押し進む。いまだに彼女が俺を呼ぶ声が途絶えないのに罪悪感を抱きつつも、振り返る余裕も残されてはいない。

 嫌な汗が噴き出る。呼吸も荒くなってきた。頭の中が焦燥感と疑念と混乱で掻き乱されて、自分でも何が何だか分からなくなる。それでも一歩たりとも足は止めない。ただ一心不乱に、前へ前へと執念深く。

 だが、いくら人の流れをかき分けても思うように進まない。もどかしさに苛立ちさえも募り始めた。

「はぁッ……はぁ……ッ!!」

 

 結局、ようやく開けたところに出た時には既にその姿は影も形もなかった。

 完全に見失ったのだと自覚した瞬間、全身の力がガクンッと抜け落ちる。立て続けにドッと襲ってきた疲労感に抗えず、手近にあった民家の壁に寄りかかった。

 やるせなさを込めて、額の汗を乱暴に拭った。柄にもなく口汚い悪態もついてしまっていた。

「はぁ……はぁ……なんでだよクソッタレが」

 

「優斗!!」

 

「え……?」

 よく知った少女の切羽詰まった声が喧騒を突き破って俺の耳まで届いた。見ればアリスが人の波を抜けてこちらに駆け寄っている最中だった。わざわざ追ってきてくれたらしい。あーあ、折角の浴衣が着崩れしているじゃないか。勿体ない。

 まだ整わない呼吸で苦笑を漏らす。そんな俺に彼女は心の底から心配そうな表情を浮かべて歩みを緩めた。

「ねえ、急にどうしたの? そんなに汗だくになってまで一体何があったの……?」

「あー……言わんとダメ?」

「ダメ」

 有無を言わせない言葉の圧力にまたも苦笑い。どうやら誤魔化しは効きそうにない。かつてない真剣な眼差しが絶対に見逃さないと訴えかけてくる。そりゃそうか。黒ずくめの組織を追いかけるコナン並みのガチ追跡をしてしまった以上、何でもないだなんてセリフが今さら通じるはずもない。

 後頭部をカリカリと掻いて俺は正直に白状した。

「知っているヤツによく似た人を見かけたんだ」

「ただの知り合い……というわけではないわよね」

「ああ、ぶっちゃけ普通じゃない。なんてったって此処で会うはずがないんだからな」

 此処、という部分をあえて強調する。あからさまなヒントに、聡い彼女は早くも薄々察したようだ。サファイアを彷彿とさせる青い目が大きく見開かれた。

 そして、アリスが核心に迫る質問をぶつける。

「誰なの?」

 

 

 なぁ、あんたが此処に居るわけないよな――?

 

「………俺の、兄貴」

 

 タイムリミットは、俺の想像の斜め上を行く形で、音もなくけれど確かにすぐそこまで迫ってきていた。

 

 運命のカウントダウンは、すでに始まっている。

 

 

つづく

 




急展開? いいえ、当初のプロットどおりです。

今だから言える唐突な裏話
一度でいいから他者様の作品にコラボで出てみたいというメッチャ他力本願な願望を持っていた時期が僕にもありました。

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