東方人形誌   作:サイドカー

70 / 90
グッドスピードでサイドカーでございます。

番外編とはいえ二話連続でアリスが出ないという異常事態(痙攣)
その代わり彼女に焦点があてられています(復活)

クライマックス前の箸休めとして、此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しゅうございます。


追記
ご指摘があり冒頭を修正いたしました


第六十一・五話 「覚えていますか ~前回のあらすじを part2~」

「風と一緒にまた歩き出そう」

「脈絡もなく一体何を言い出すのかしらこの男は」

「気にしたらそこで試合終了ですよ。要は気分の問題さね」

 軽い足取りで旧都の街並みを犬連れで歩く。

 ほんの数分前までケルベロスに蹂躙される囚人だったのは綺麗サッパリ水に流しておこう。犬たちも今や聞き分けが良くなり、ちゃんとこちらのペースに合わせている。

べらぼうに気分が良い。ついつい顔がだらしなく緩むくらいに浮かれているのが自覚できる。すべては隣に彼女がいるからなのは言うまでもなかった。

「何よ?」

 知らず知らずのうちにじっと見てしまっていたらしく、パルスィが訝しげにジロリと軽く睨んできた。凛とした端正な顔立ちもあってクールな返事に違和感がない。もっとも、不愛想に振る舞うけど実際は世話焼きタイプなのは周知の事実。そこもまた彼女の魅力でもあるギャップ萌え。

 ツンとした態度に臆することなく、お調子者のヘラヘラ笑いで肩をすくめた。

「何でもないさ。ただ、パルスィと一緒にいられるなんて今日は全くもってツイてると思い、密かに喜びを噛みしめておりました」

「あーそう、相変わらず口が軽いわね。妬ましいわ」

「はっはっ、可愛い女の子と並んで歩けて嬉しくない男なんていないぞ? ついでにいうと、口が軽いのは俺も認めるが少なくとも本心だからな。ましてや相手がパルスィなら喜びもマシマシやで!」

「……はぁ、あなたって人はどうしてこう……」

 イイこと言ったつもりなのに何故か嘆息されてしまった。誠に遺憾である。

 だけど俺は知っている。経験則で知っている。こうして軽くあしらわれている間にも、先ほどのアレで俺がケガをしていないか密かに目配りしてくれているのを。初めて会ったときに負傷していた前科があるから仕方ないね。今回は大丈夫なんだけど、もしケガを隠していたとなれば再び彼女の家まで連行されていたであろう。それはそれであり。

「サンキューな。色々と」

「別に。何もしてないわよ」

 またまたぁ、謙虚ってよりかは本気で自分は大したことしてないと思っているのやもしれぬ。タヌ吉と地底をウロウロしていたときも、こいしに突き落とされたときも、ヤマちゃんに緊縛されたときも彼女が助けてくれたというのに。うそ、俺ったら登場の仕方ダサすぎ?

「ワンッ」

「お?」

 前方を歩いていたうちの一匹が不意に足を止めた。つられて他の犬たちも次々と立ち止まる。皆して鼻をひくつかせて何やら匂いを辿り始めた。なんぞ?

しばらくその様子を眺めていると、出だしの彼(たぶんオスだと思う)は匂いの発生源があると思しき方向へと顔を向けた。その先には店が一軒ばかし佇んでいる。正面に立て掛けられた看板には「肉屋」の二文字。

 ひたすら前を見据えていた犬たちがおもむろにこちらを振り返った。そのつぶらな瞳は懸命に思いを訴えようとしている。ハッハッと犬特有の息遣いと尻尾をブンブン振りまくって俺を見上げる。彼らが何を期待しているかなんて、わざわざ答え合わせする必要もなかった。

「食べていくか?」

 俺がそう問うと動物たちが一斉に元気よく吠えた。さながら「キターッ!」と言わんばかりのハイテンション。まったくゲンキンな奴らだぜ。だがそのノリ、嫌いじゃない。

「わかった、わかった。どうせバレるとは思うけど一応さとりんには内緒やで? 勝手に間食して怒られても自己責任でヨロシク」

「買い食いする気?」

「まぁまぁ、ええじゃないか。コレも散歩の楽しみってもんよ。あ、金は俺が出すから大丈夫っす」

「そんなこと心配してないし私も半分くらい出すわよ。というか、いつの間にこの子たちと意思疎通ができる間柄になったのよ。さっきまで一方的に引きずられていたってのに」

「体を張った成果だな。タヌ吉のときも拳で語り合ったし」

「他に方法はないわけ? そんな調子じゃいつか大ケガするわよ。そしたら人形遣いが悲しむんじゃないの?」

「耳がアウチ」

 アリスの名前を出されたら反論の余地がない。カンペキなまでに俺の弱点を見抜かれている。

 すっかり呆れ顔のパルスィに対し、彼女がリードを持つ方の犬たちまでもがワンワンと訴え出す。このままではオヤツを却下されると危惧したのか。全力で抗議する彼らを「わかったから」と宥める橋姫。そもそも、面倒見の良い彼女なら彼らの期待を無視したりなんてしないはず。なんだかんだで彼女は世話焼きなだけじゃなくお人好しでもあるのだから。

 ぞろぞろと御一行でお肉屋さんへ足を進める。やがて店の前まで来ると、待ち構えていた店主らしき大男がデカ声を張り上げた。

 

「よぉおこそ地獄の入り口へ!」

「ってさっきのおっちゃんじゃねぇの!?」

 

 思わずツッコミが出た。

「ほう、あんちゃんか。よもやここまで辿り着くとは、ひょっとするとお前さんこそが……いや、考え過ぎか」

「何その謎に意味深なセリフ。めっちゃフラグ臭がするんですが、とうとう俺も主人公になれる時が来ちゃった?」

「あなたここの店主と知り合いなの?」

「まぁな、驚いたか? おっちゃん、ソーセージとかジャーキーとか干し肉とか適当に詰め合せてちょうだい。あ、犬が食っても大丈夫なやつでね」

 俺の注文に彼は「任せろ」とやっぱり渋い声で応じて商品をいくつか包み始めた。しかし、まさか肉屋さんだったとは。これで機織り職人だったら某キャラと被っていたぞ。安心したような、ちょっち惜しいような複雑な心境である。このすば。

 待っている間もパルスィの質問タイムは続いた。

「で、どういう繋がりで地底の肉屋と知り合いになるのよ?」

「んー、言うなれば男同士の繋がりってやつで。そうそう、おかげでイイもん貰ったんだ。えーっと……」

 愛用する上着のポケットに片手を突っ込む。決して自慢するわけではないが、せっかくだし彼から餞別にと渡された写真をパルスィにも見せてあげよう。タララタッタラー。

 ところが出てきたのはもう一枚、さとりんとパルスィのツーショットの方だった。二分の一の確率で外すとは、俺もまだまだ修行が足りぬ。

「あ、違った。これじゃなくて――」

「ちょっと待ちなさい」

 出てきた写真をしまおうとすると、有無を言わせない圧で手首をガシッと掴まれた。 何事と思い彼女を見れば、すっごい疑わしげな表情をしているではありませんか。握る力が思いのほか強くて、心なしか声が硬いようにも見受けられる。

 いきなり団子で動揺する俺に、橋姫が起伏のない声色で静かに問う。

「その写真どこで手に入れたのよ?」

「へ? お燐が犬の散歩を代わってくれたお礼にってくれますた」

「あぁそうなの……じゃコレは私がもらうから」

「なんやて工藤!?」

「だから誰よ工藤って。私だって散歩の手伝いしているんだから権利はあるでしょ。文句ある?」

「ぐぬぬ……」

 ここにきて報酬を没収されてしまうとは、なんたる仕打ち。よもやあの写真を彼女が欲しがるとは思わなんだ。さとりんとの仲良しツーショットを欲しがる理由とは何だろうか。プリクラみたいな感覚とか? 俺もパルスィとプリクラでツーショットしたい。

 ショックに打ちひしがれている俺に、包装を終えた肉屋の店主が品物を放り投げてきたのでキャッチする。いや投げんなよ。

「ふっ、ざまぁないな。だが俺が渡したさとりちゃんの写真はあるんだろう新入り。そいつで我慢しておけ」

「そりゃそうなんだけどよ。まぁいいや、全部でいくら?」

 俺と男の会話に目ざとく気付いた橋姫がピクッと眉を吊り上げる。

「さとりの写真? しかも新入りって……あなたもしかして」

 パルスィの反応に今度は男が怪訝な顔をする。直感に近い何かが得も言われぬ嫌な予感を告げる。だが、俺がストップをかける前に彼は全てのネタばらしをぶちかましてくれた。

「なんだ、橋姫様には言ってなかったのか。そうだぜ、こいつは俺たち古明地さとりファンクラブの新入りだ。まさか地上の人間がはるばる来るとは、大した根性してやがるぜ。とんだ命知らずよ」

「ふーん、へぇ……そうなの」

 感情の籠ってない相槌で頷きながら少女が俺の方に視線をぶつける。背筋を凍らせるほどに冷たくて刺々しい、まるで氷点下の氷柱を思わせる鋭い眼差しを浴びる。なんだろう、この居心地の悪さは。

 冷や汗が伝うのを感じながら、恐る恐ると彼女の顔を窺った。

「あのー、どったのパルスィ? お気に召さないことでもありもうしたか?」

「別に。あなたって本当にバカなのねって呆れてただけよ。あと前言撤回、代金はあなたの全部持ちね。先行くから後は任せたわ」

「いきなりの置き去りプレイ!?」

 スタスタと足早に歩き去っていく橋姫にビックリが止まらない。急いで彼女を追いかけようにも支払いがあるのでそうもいかない。あろうことか犬たちまで全員彼女についていった。オヤツよりもパルスィを優先しやがった。同志かよチクショウ。

 こちらに目もくれず行ってしまう彼女に焦りつつも全力のハイスピードでお会計を済ませて、俺は店を飛び出した。

「早く行きな。今ならまだ可能性は残っている」

「土下座でひたすら謝れってことですねわかります!」

 

 

 走る走る俺単品、彼女のホームグラウンドともいえるあの橋まで来たあたりでようやく追いついた。正確には待っていてもらえたんだけど。見捨てられなくて本当に良かったと泣き崩れるところだった。

 橋の上で包み紙を広げてお肉の詰め合わせセットを犬たちに与える。その傍らで俺と彼女もオマケでもらったメンチカツを頬張った。さりげなくサービスがイイお店であった。謝謝。

「なんで私たちまで買い食いしているのかしら?」

「細けぇこたぁいいんだよ。よく言うっしょ、みんなで食べるともっと美味いって」

「まったく、能天気で羨ましいわ。美味しいのは否定しないけど」

「だろ?」

見事な食べっぷりでガツガツと貪っている犬たちを尻目に最後の一口を放り込む。

「むう、揚げ物食ったら喉乾いてきたな……」

「ん」

 俺の何気ない呟きにパルスィが竹筒をぶっきらぼうに突き出す。その拍子に中からチャプンと水音がした。どうやら水筒のようだ。なかなか乙なデザインである。しかしながら、いつの間にそんなもの用意していたのだろう。

 疑問が顔に出ていたのかパルスィが答えを告げる。

「どうせそうなると思ってついでに買っておいたのよ。飲みたいなら好きなだけ飲みなさい」

「おお、サンキュー! やっぱりパルスィは気が利くなぁ」

「余計なこと言うんじゃないわよ妬ましい」

 だってパルスィが可愛いから。なんて言おうものなら睨まれそうな気がしたので大人しく水分補給に勤しむ。勇義姐さんならともかく彼女なら中身が酒というオチもない。思った通り、中身は美味しい水でした。

 

「おーい! お兄さーん!」

 

「お、ようやっとお迎えが来たか」

「まったく待ちくたびれたわ」

 声とセリフからお察し、遠くからこちらに駆けてくるお燐の姿を捉えた。用事は無事に終わったらしい。我々もこれにてミッションクリア。なお報酬は奪われた模様。無念。

 俺たちの元まで走ってきた猫娘は息を切らせた様子も見せず、朗らかに笑った。

「いやいや、待たせちゃったね。もしかしてとは思ったけどやっぱりパルさんも手伝ってくれてたんですね。ありがとー!」

 スマイル割り増しで橋姫の手を取って感謝の気持ちを伝える火車に、パルスィもやけに明るい笑みで返した。ただし声は笑っていなかった。

「ねぇ、お燐。この男に渡した写真について詳しく聞きたいんだけど?」

「ギクッ!」

 おい今ギクッていったぞこの猫娘。これだけのベストショットをよく撮れたもんだと感心したけど、実は隠し撮りだったというのか。

 滝のようにダラダラと冷や汗を流すお燐。どう見ても言い訳を考えているようにしか見えない。いよいよもってクロの疑いが出てきた。俺の刑事の勘が告げている。

「いやいやいや違うんですよパルさん。もともとはこいし様があたいにくれたもんなんです。あたいもよく撮れてるなーって感心したもんですよ。聞けばこいし様がカメラを手に入れたそうで、ご自身の能力と合わせてごく自然な一枚が撮れるんですって。で、さとり様とパルさんのお茶会の様子があまりに絵になるから無意識にシャッターを押したとかなんとかで。あっそうだ今度はさとり様に用事があるんだった大変だ急がなきゃそれじゃお二人さんありがとね失礼しまぁーすッ!! 行くよみんな!!」

『ワォーン!!』

 途中から息継ぎ不明のマシンガントークで一気に捲し立てたかと思えば間髪入れずに走り去って行った。疾風怒濤と表現するに値する見事な逃走であった。もはや追いかける気も起きない。かのケルベロスの突進はここから生まれたのか。

あっという間にお燐と犬たちが遠くまで行ってしまう。というか写真の犯人はこいしかい。確かにあの子の無意識能力なら被写体に意識されずに自然な一枚を手に入れられる。考えたな、こいし。お姉ちゃんを隠し撮りするのは妹としてどうかと思うが。被写体が俺だったら可愛いから許すけど。

 面白いことに偶然とは重なるもので、それから数分と経たずに今度は反対方向から声が飛んできた。

 

「あやや、ここに居ましたか。探しちゃいましたよ」

 

 仰げば尊し、振り向けば清く正しい鴉天狗がちょうど橋の上に着地するところだった。

「オッス、文。わざわざすまんね」

「いえいえ、優斗さんには取材で何度もお世話になりましたから。それよりも、これはどういう状況で? ハッ、まさかパルスィさんとの秘密の逢瀬ですか!? アリスさんを交えて三角――」

「焼き鳥をご所望かしら?」

「あややや! いやだなぁ冗談ですって冗談!」

 橋姫の緑色の瞳が攻撃的に染まったのを見て文が慌てて撤回する。俺よりも彼女の方がよっぽどテンション高いと思います。

 苦し紛れの話題転換に文が俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張り始める。痛い痛い。

「さあさあ帰りますよ! 私としても勇義さんに見つかってしまう前にお暇したいんです。鬼との飲み会は命懸けですから不意打ちはできれば避けたいんですよ。優斗さんならその辺わかってくれますよね?」

「わぁーった、わぁーった今から帰るから! それじゃなパルスィまた来るぜ。あとコレありがとな。アイルビーバック!」

 水筒をパルスィに返したすぐ後に足から地面の感触が消える。あまりに急展開に唖然としている少女にどうにか早口で別れを告げて俺は空へと旅立った。

静止画で見ればネロとパトラッシュの最終回のような構図だが、実際は遊園地にある超速度で上昇と下降を繰り返すアトラクションに近い。超エキサイティング。数秒とかからずに橋姫が豆粒サイズより小さくなっていった。

 

 

「まったく、どいつもこいつも騒がしいったらないわね」

 お燐に続いて文の登場でそれぞれの連れがいなくなり、散々騒がしかった橋もすっかりいつもの静けさを去り戻していた。台風のような慌ただしさに本日何度目かの溜息が零れる。

 ふと、青年から奪った写真を取り出してみる。まさかあの場にこいしがカメラを持って潜入していたとは油断した。しかもよりによってこの瞬間の一枚が彼の手に渡るなんて。幸いにもあの男には知る由もないのだけれど……

 

さとりから彼の話を振られたときの場面だなんて、言えるわけがない。

 

 もう片方の手には道すがら買っておいた水筒。別に全部飲んでくれてもよかったのに、わざわざ半分近く残したのはこちらの分を気遣っていたのか。変なところで律儀な男だ。

 写真を再び懐にしまって水筒の蓋を取る。

「…………」

飲み口に自分の口が触れる手前で、ほんの一瞬だが手が止まった。彼女自身も意識していなかった僅かな間が生まれる。しかしそれも束の間、彼女はそっけない表情で何事もなかったかのように口をつけた。

 コクリ、とほんの少しだけ喉に流し、小さな声で呟いた。

「……妬ましい」

 

 

おまけ

「ところで優斗さん、一つ取引をしませんか?」

「取引?」

「さとりさんの写真を手に入れたんでしょう? 私に譲ってください。どうもあの人写真に写るのが嫌みたいで、私が行っても狙いを読まれてシャッターチャンスが訪れないんですよ。おかげでさとりさんの写真は少ないんですよねぇ。もし応じてくれれば優斗さんには対価としてこれを差し上げます。じゃじゃーん!『子猫を膝に乗せて戯れるアリスさん』の写真です!!」

「ふぉおおおおお!? かっ、可愛いぃいい!!」

「ふふふ、いかがです?」

「いいだろう、乗った!」

「取引成立ですね! 毎度あり~♪」

 なお、その写真が人形遣い本人に没収されることを、この時の僕はまだ知らない。

 

 

番外編 完

 




人混みに飛び込んでモミクチャにされた挙句、無造作に放り出されることに喜びを感じるようになっている自分に気づいた(懺悔)

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