東方人形誌   作:サイドカー

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いつもより文字数が少ないとき、奴は隠し玉(ストック)を持っている


連日投稿したのって初投稿のとき以来かも……
本当は昨日のうちにコンボをつなげるつもりでしたが、ひだまりスケッチ☆☆☆みてたらタイミング逃してました


第五十九話 「幻想入りの定番ネタをやってみた 其の二」

 後半、アリスのターン。

 ホログラムくんを泣く泣く撤去し(とりあえず職員室に置かせてもらった)、教室に戻るとアリスが教科書を朗読していた。一人一人の顔を窺いながらゆったりと歩く彼女の姿はまさに教師のそれだった。なんというか、すごく……イイ。

 人形遣いの透き通った声が書物に綴られた詩を読み上げる。

「子供の頃の夢は色あせない落書きで――」

 彼女たちの邪魔にならないようコソコソ迂回して、窓際の壁を背もたれにして静かに腰を下ろす。そのまま、アリスの授業風景をぼんやりと眺める。おそらく今、俺の顔はだらしなく緩みきっているのだろう。仕方ないね。

 人形遣いの綺麗な声に聞き惚れつつも、無垢な瞳は一生懸命に自分の教科書を追いかけていた。

 ふいに、アリスが読み聞かせを止めて、一人の女の子に声をかける。

「この続きをあなたが読んでくれる?」

「は、はいっ」

 急に話を振られた女の子がやけに緊張した様子で立ち上がった。教科書をまっすぐに構え、彼女が中断したところから読み始める。

 どうやらその子は引っ込み思案な性格らしい。自信なさげな小さい声が上ずっている。さらに途中で何度もつっかえたり止まったりしてしまう。それでも、アリスが「大丈夫、ゆっくりでいいから」「あなたならできるわ」「あと少し、頑張って」と微笑みかけるとコクリと頷いて、たどたどしくも懸命に音読を続けていく。俺も無言のエールを送って少女を応援する。ガンバルゥェエエ!! と叫びたいところだが、んなことしたら教科書の角が飛んでくるかもしれないので自重する。念力で我慢だ。

 そしてついに、その子は最後の一節までたどり着いた。

「お、思うまま書き滑らせて、描く未来へとつながる」

「はい、よくできました。頑張ったわね」

 アリスが少女の髪をサラサラと撫でる。少女は恥ずかしげに顔を赤らめて人形遣いの手を受け入れた。くすぐったそうに口元を緩めている。よくやったな、おっちゃん感動した!

 すると、アリスに褒めてもらえたのが羨ましかったのか他の子たちが次々と手を上げた。

「アリスせんせー、次はおれが読む!」

「ぼっ、ぼくも!」

「アタイもー!」

「あらあら、じゃあ今度はみんなで一緒にやりましょうか」

 すっかりクラスの人気者なアリス先生を中心に、子供たちによる夢想の歌が紡がれる。この光景に色を付けるならば、きっとお日様のような優しくて温かい色で彩られるだろう。

 いくつもの声が重なる中。やっぱりというか、俺が一番印象の残ったのは他ならぬ彼女の声で。

 その声が耳に届く度に心が温かくなっていき、俺はまたしても顔がニヤけていたのだった。

「これはこれは、見出しは『七色の旋律、寺子屋を温かく包む』ですかね」

「いやはやまったく。というか、いつから居たんだ射命丸さんよ?」

「あややや、私はいつでもお二人を見守っていますよ」

「心意気は大いに結構だが、カメラを構えながらそのセリフを言うのはやめれ」

 いつの間にか窓からひょっこり顔を出していた鴉天狗に至極真っ当なツッコミを入れる。一歩間違えればストーカーやで。あと、その写真いくらで譲ってくれる?

 

 

 「ネタが決まりましたよぉおお!」と文字通り疾風のごとく飛び去って行った文を見送る。明日か明後日ぐらいにはアリス先生の授業風景が幻想郷中にばら撒かれているのやもしれぬ。気が付けば授業も終わりに差し掛かっていた。

 何か聞きたいことある? と問うとこんな質問がきた。曰はく、「外の世界ってどんなの?」と。

 アリスからアイコンタクトを受けて頷き返す。こればかりは彼女より俺の方が適役なのは言うまでもない。質問した彼も俺が外来人であると慧音さんあたりから聞いたのだろう。

 年端もいかない少年の疑問に、俺は子供にもイメージしやすい言葉を選びながら答えていった。

「一言でいえば、とにかく大きい。んで、その大きい世界の中に色んなものがギッシリ詰まっているんだ。数え切れないくらい人も動物もいっぱい居て、美味い飯も不味い飯もたくさんあって、諸君が見たことない玩具や遊び場だって幾つもある。しかも続々と新しいのが生まれていって、世界が物凄い早さで成長しているのよな。けど、新しいのがドンドン出てくる一方で、古いのが次々と皆から忘れられていっている。特に道具は。皆から忘れられるってのは寂しいよな。それは人だけじゃなくて道具だってそうさ。ところで、この中で無縁塚に行ったことがある人はいるか?」

 俺が生徒たちに問いかけたところ誰も手を上げなかった。当たり前か。幻想郷で特に危険とされている場所だし。そんなところへただの人間の子供が行ったとなれば問題だ。間違いなく慧音先生に怒られる。

 さっと目を逸らした男の子が数人ほどいたが……黙っておいてあげよう。男だもの、冒険したくなるさ。気持ちは分かるから安心せい。

 ともあれ、せっかく「外」の話をするならば、少しくらいは彼らのためになるオチで締めくくりたい。そんな風に思いつつ俺は話を続けた。

「無縁塚には現代の物が流れ着くのは諸君も知っていると思う。それはなぁ、あっちで忘れられて居場所がなくなった物たちに『ちゃんと居場所があるんだよ』『此処に居て良いんだよ』って幻想郷が呼びかけているんだ。そう考えると、幻想郷ってのはとっても優しい世界だと思わないか?」

 再び俺が問いを投げると、今度は全員が一斉に首を縦に振った。幼いながらも真剣な顔つきでこちらの話に耳を傾けている。良い目をしてやがるぜ。慧音先生、あなたの教え子たちは立派っすよ。

 ラストに、ちょいとパクリだがこのセリフを借りよう。

「そんな優しい世界に住んでいる君たちに、一つだけお願いがあります。時々で良いから、幻想郷にやってきたものたちのこと思い出してあげてください」

『はい!』

 よし、良い返事だ。

 正直いうと、またしてもガラでもないこと語ってしまった感じはあるが……まぁ、今回くらいは見逃してくれや。と、誰にというわけでもなく言い訳をしてみたり。

 

 俺が話し終えるのに合わせて、それまで離れた場所で聞いていたアリスが俺の傍まで歩み寄る。彼女は俺の耳元に顔を近づけると小声でそっと囁いた。仄かに香る甘い匂いにドキッとした。

「優斗」

「アリス?」

「私、忘れない。優斗が今言ったコトバずっと覚えているからね」

「うぐ、それはそれでハズイから忘れてくれ……」

「もう、どうして照れるの? 自分から言ったのに」

「いやぁ……だって、ねぇ?」

 急に冷静になって、アリスも居るところでクッサイ語りをしていた己の姿を思い出してしまう。さっき開き直ったばかりなのだが、床の上を転げ回りたくなってきた。子供たちの成長のためとはいえ俺ってば何言っちゃってるんだ……

 いやー! やめてー! そんな生暖かい目で見ないでー!

 くすくすと笑みをこぼすアリスに見つめられ、恥ずか死ぬ寸前の俺は堪らず彼女から顔を逸らして顔を隠したのだった。ちくせう、コレ絶対赤くなってるだろ。

 

 

 教室の入り口から拍手が鳴る。

「やっぱり君たちに任せて良かった。子供たちのためになる非常に良い話だった」

「へ?」

 立て続けに聞こえた声に思わず振り返れば、本物の先生が満面の笑みで立っていた。いや待て、もしかしなくても彼女にも聞かれていたというのか。もうだめだ、おしまいなんだぁ。もうオムコに行けない。

 アリスが慧音さんを出迎える。

「おかえりなさい、慧音。会合はもういいの?」

「ああ、おかげで大幅に進展があった。予定より余裕をもって準備が整いそうだ。二人とも本当にありがとう」

 深々と頭を下げる女教師に人形遣いが「こちらこそ」と礼儀正しく応える。

 役に立てたのなら幸いだ。祭りの日に人形劇がない代わりの特別授業ってコトで子供たちも納得してくれたし。

 アリスに次いで、俺もキリッとキメ顔で慧音さんの前に進み出る。決して先ほどのを誤魔化そうとしているわけではない、断じて。

「他にも手伝いが必要なときは呼んでくださいっす。人里の外まで資材調達なんかがあれば俺が行くんで。魔法の森はもちろん、霧の湖も地底も冥界も迷いの竹林も妖怪の山も太陽の畑も無縁塚にも既に訪問済みなんでオールライトっすよ」

「とても空を飛べない者とは思えない行動範囲だな……でも、あまり無理をするな。この間から、里の外で外来人が目撃された噂をよく耳にする。知っての通り、外来人は特に妖怪から狙われやすいのだから、君も気を付けるんだぞ」

「ふっ……大丈夫だ、問題ない――」

「優斗?」

「ゴメンナサイ気を付けます」

 人形遣いの重圧を帯びた声色に、目にも留まらぬ速さでキッチリ九十度腰を曲げる。弱いとかいうなよ。

 思えば、俺や早苗以外の外来人と未だに会っていない。本当に外来人いるのってレベルだ。実は結構なレアキャラの立ち位置なのか。メタルスライムと同じくらい?

 土下座の下位変換を維持したまま考えに耽っていると、近くに座っていたやんちゃそうな男の子が威勢よく声を上げた。

「おれ会ったことあるよ! にーちゃんぐらいの男の人が無縁塚にいたんだ!」

「貴重な情報サンキューな。だがしかし少年、チミは一つだけミスを犯した。せっかく俺が黙っていたのに無縁塚に行ったと自らバラすとはね」

「…………あ゛」

 俺の指摘にヤンチャボーイがサーッと顔を青くする。そんな彼の前に立ちはだかる影。少年が恐る恐る顔を上げると、我らが上白沢慧音先生が腕を組み仁王立ちで見下ろしていた。目と目が合う瞬間、美人が浮かべる笑顔に怒気が宿ったのを肌で感じた。

「お前、無縁塚に行ったのか? 危ないから行っちゃダメだってあれほど教えたのに?」

「あ……あぁあ……」

 俺もアリスから似たような表情を向けられた経験があるから分かる。アレはあかんやつや。

 ガクガクと震えながら冷や汗を流し、少年が乾いた声で俺に本日最後の質問をぶつけた。

「優斗せんせー……こういうときはどうすればいい……?」

「…………諦めろ。大丈夫だ、先生も同じ経験あるから」

 

 

 教師の咆哮と生徒の断末魔と人の頭からしてはいけないような震えんばかりの打撃音を右から左に聞き流す。寺子屋じゃよくある光景らしいから気にしないキニシナイ。とりあえず、あれだ。慧音さんに心配かけるのはほどほどにな、ボーイ。

 それにしても、

「外来人、か」

「どうかしたの?」

「んー、ちょっとな」

 阿求様から聞いた通りであれば、これからも「外」の人間が幻想郷にやってくるのだろう。幻想郷に招かれて。あるいはスキマに落とされて。あるいは結界の事故に巻き込まれて。

 

 もしかしたら、だけど。

 万が一どころか億が一ぐらいの確率かもしれないけど――

 

 そこまで考えて、頭に浮かんだ内容のバカらしさに失笑して思考回路からさっさと打ち消した。

「……いやいや、そらないわー」

「どうしたの本当に?」

「うんにゃ、何でもない」

「そう? 変なの」

 アリスが怪訝な顔をして俺を覗き込む。中途半端に口に出ていたのがいけなかったか。とはいえ、わざわざ口にするほどのものでもないので肩をすくめて誤魔化した。

 そりゃ、なぁ……

 

 

 ――此処でも知り合いに会うかもしれない

 

 

 そんなまさか。

 一体どんだけの偶然が重なったらそうなるんだってハナシだよな、まったく。

 

つづく

 




フラグ? 知らんな。

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