東方人形誌   作:サイドカー

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劇場版SAOオーディナル・スケールおもろかった
特典の小説も手に入ってボク満足
レイトショーで観たから映画館を出た頃には午前0時でした


ってなわけで最新話、ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。
※前書きと今回の話は一切関係ありませぬ


第五十八話 「幻想入りの定番ネタをやってみた」

 カッカッと黒板にチョークを走らせる音だけが通り抜けて行く。ほんのちょっと前まで騒がしかったのがウソのように静まり返っていた。日頃の教育が行き届いている証拠だ。ただし、口はチャックできても目はそうもいかず。こうしている間にも、さながら虫眼鏡を使って日光を一点に集めるかのごとく、数多くの興味に満ちた視線を背中に受ける。

 黒板にデカデカと自分とアリスの名前を書き終え、くるりと正面を振り返る。案の定、オラワクワクしてきたぞと言わんばかりの好奇心いっぱいな目が、ひとつ残らず俺と隣にいる少女を捉えていた。

「ごほん。えー」

 咳払いで前置きしつつ、全体を見渡す。アリスはニコニコと愛想の良い笑顔を子供たちに送っていた。人形劇でこの手の純真な眼差しには慣れているのだろう。なるほど、彼女が適任といわれたのもよくわかる。

 とりま、始めましょうかね。

 

「ってなわけで慧音先生の代打で本日限りの臨時講師としてきました天駆優斗です。ハッピーうれぴーよろぴくねー」

「同じく臨時講師のアリス・マーガトロイドです。みんな、よろしくね」

 

 よろしくおねがいしまーす! と活気あふれる返事が教室中に響き渡る。子供は風の子、元気な子。元気があれば何でもできる。ってどこかの格闘家も言っていた。

 さて、なしてまた俺とアリスが寺子屋で教師なんぞをやっているんだウソだドンドコドーン! と疑問を抱かれた方もいらっしゃるであろう。なので、ちゃんと説明しておこうと思うので安心したまへ。

 話をしよう。あれは、今から七十二時間、いや百二十時間ほど昔だったか……

 

 

「人形劇の代わり?」

 慧音さんが首を傾げる。水色のロングヘアーをもつ知的な美人は今日も麗しかった。

 かつて阿求様を加えた四人で団子を食した甘味処。授業を終えた慧音さんをお誘いし、俺たちは再び席を同じくしていた。きっかけはアリスだ。慧音さんに相談があるという。

 その内容とは、祭りの日に人形劇をしない代わりに何かできないかというものだった。ほどよく冷たい緑茶で喉を潤しながら、俺は先日の稗田邸であったやり取りを思い返した。

 卓上の湯呑を両手で包んで、人形遣いがまっすぐに慧音さんを見据える。

「うん。慧音も関わっていたんでしょう? お祭りのこと、阿求さんから聞いたの。すごく綺麗な布地まで貰ったんだから」

「ああ、その件か。アリスが気にする必要はないよ。これまで何度も人形劇で行事を盛り上げてもらっているのだし、たまにはゆっくり羽を伸ばしても良いんじゃないか?」

「ありがとう。もちろん当日はそうさせてもらうわ。でも、やっぱりどこか申し訳ない気持ちもあって……だからせめて、私にできることでフォローさせてほしいの」

「本当に気にしなくてもいいのだが……いや、そこまで言われたら断るのもかえって失礼か」

 熱心な説得に慧音さんが苦笑じみた表情をみせる。その反面、人形遣いの思いやりを目の当たりにしてとても穏やかな雰囲気だ。

 相変わらず優しいというかマジメというか、アリスらしいねぇ。しかも可愛いしホントに天使なんじゃなかろうか。ひだまりスケッチのゆのちゃんも天使なのではないか。

 無論、アリスの気持ちを知ればこそ、こちらも名乗りを上げないわけがない。むしろアリスのいるところ我ハココニ在リ。

「もちろん俺も手伝いますぜ。会場の設営でも資材の調達でも、八百屋の店番からジャイアント・トードの討伐まで、どんなクエストもどんとこいっすよ」

「ふむ……なら、こういうのはどうだろう。私が寺子屋を不在にしている間、生徒たちの勉強をみてくれないか? 聞けば君は外で学生をしていたそうじゃないか。アリスも聡明で頼りになる。二人に適任な仕事だと思うのだけれど」

「慧音はいいの? 大事な教え子を私たちに託しても」

 アリスがそう尋ねると、慧音さんは「何を言う」と朗らかに表情を和らげた。

「君たちの人柄の良さは良く知っているつもりだ。実を言うと、打ち合わせが少ないせいで祭事の準備か遅れ気味でな。里の者たちと会合を行う時間が欲しいんだ。引き受けてくれると非常に助かる」

「なるほどね。そういう事情なら喜んで代役を務めさせてもらうわ」

 いかん、そいつぁ確かに一大事だ。もし準備が間に合わず中止となれば、アリスと二人でお祭りに行く計画がおじゃる丸、じゃなかったオジャンになってしまう。しかも美人がお困りとなれば、もはや俺が動かぬ道理はナイツ。

 慧音さんの提案を俺たちは二つ返事で引き受けた。塾や家庭教師のアルバイトみたいなもんだと思えば、やってやれないことはない。むしろやれる。

「そんで、俺たちは何を教えればいいんすか?」

「ひとまず簡単な読み書きを。使う教材はこちらで用意しておこう。あとは、あの子たちから質問が来たら答えてやってほしい。好奇心の塊みたいな子ばかりで少々手を焼くかもしれないが、よろしく頼む」

「ふふ、任せて。勉強の楽しさを教えてあげるわ」

 やっぱりアリスって子供が好きなんかな。

 可愛らしく声を弾ませる彼女の横顔に見惚れつつ、みたらし団子の串に手を伸ばした。

 

 

 という経緯があって今に至るのでした、まる。

 慧音さんは俺とアリスを紹介するとすぐさま、会合に向かうべく教室を後にした。いそいそとした足取りから余程忙しいのだと思われる。アリスの申し出は彼女にとっても僥倖だったに違いない。

 ちなみに、俺たちが教室に足を踏み入れたときはそれこそお祭り騒ぎだった。なにせ、アリスは子供たちからも有名なので彼女を見るや否や「アリスお姉ちゃんだ!」と大賑わい。そこまでは良かった。俺を指差して「ナンパのお兄ちゃんだ!」と叫んだり、メイドのお姉さんとかウサギのお姉ちゃんとか半分ユーレイのお姉ちゃんの名前を出したり、あげくには「でも本命はアリスお姉ちゃんなんでしょ?」とか言い出してあたりで、かつてない真顔で「それ以上いけない」と言った俺は間違ってないはず。

 そんな子どもたちの発言に俺たちは見事に振り回された。むっと頬を膨らませたアリスに詰め寄られたかと思えば、カァアアッと顔を真っ赤にして俺が突き飛ばされてしばらく収拾がつかなかった。

 いつの時代も子供はパワフル、はっきりわかんだね。

 

 授業は前半と後半に分ける方法とした。前半は俺が書きを教えて後半はアリスが読みを教える。そんなわけで先方、俺のターン!

 再び白いチョークを手に取って黒板に滑らせる。今更だけど、幻想郷にもあったんやね。てっきり先生がテキストを読み上げる講義形式だと思っていた。おかげで本格的に教師になった気分でござる。

 俺が彼らに教えるのは小学一年生でも書けるシンプルなもの。此度の仕事を引き受けた際、漢字をやるならコレは絶対にやらねばならぬと決めていた。

 二つの斜線からかたどられる字を記し、踵を返す。

 

「はいっ、いいですかぁ、『人』という字は、人と、人が、支え合ってできてるんです」

 

 コレだけは欠かせなかった。大事なことなので以下略。このばかちんがぁ。

 俺の全力のモノマネは華麗にスルーされた。誠に遺憾である。と、三年B組(仮)の生徒の一人が「せんせー」と手を上げた。

「なんでそれで支え合ってるの?」

「良い質問だ。ならば先生が実際に見せてしんぜよう。こんなこともあろうかと、カッパさんからスペシャルアイテムを作ってもらっていたのさ」

 スペシャルアイテムの響きに生徒の関心が一層高まる。

 そう、俺はこのときのために前々から妖怪の山へ赴き、にとりにある道具の製作を依頼していた。こういうのを作りたいんだけどできる? というお願いに、水中エンジニアはマジ余裕だし屁の河童だと親指を立てた。ゴメン嘘。「できるよ」と言ったのはホント。

 のびーるアームや光学迷彩スーツなど一部オーバーテクノロジーを持つ彼女は、もしかしたら幻想郷のドラえもんなのかもしれない。

 下手に目立たぬよう教室の隅っこに隠しておいた道具を運ぶ。スタンドミラーとシーリングライトをコードで繋いだ形状の機械だ。照明器具を床に、姿見を仕切り板の要領でその横へ置く。パチン、とスイッチを入れると照明が薄緑色の光を放ち始めた。

 正常に作動しているのを確認し、鏡の真横に立つ。

 

「よーし、全員注目ー!」

『おおー!』

 

 子供たちからどよめきと歓声が上がる。

 さもありなん。彼らの目の前には俺が二人立っているのだから。これぞ名付けて「立体ホログラムくん ~映るんどす~」。鏡に映った物体を立体的に読み取って、照明が放つスクリーンに虚像を投影するというハイテクなマシンなのである。どやぁ。

 すべては先の質問が来たときに実例をもって解説するため。そのために霖之助さんからも知恵を借り、さらにバイト代の一部を使って河童にキュウリを献上した。さらにさらに、サプライズにしたかったのでアリスに隠すのにも全力を注いだ。もはや徹夜明けのテンションみたいな謎の勢いである。閑話休題。

 片手を腰に当て、人差し指をビシッと突きつける。鏡の向こうではコピーの俺が左右対称で同じポーズをとっているはずだ。

「今から人という漢字の元ネタを再現するから、しっかり見ておくんだぞー」

『はーい!』

 完全に一致した動きがなければ「アレ」は成功しない。だが、この機械を使えば成功率百パーセントだ。だって両者がリアルタイムで同一人物なのだから。

 まずは二人が並んで立つ。間隔はおおよそ三歩分だ。次に、左右の腕を真っ直ぐ横――相手がいる方とは逆向きに伸ばす。この時、手の形はパーだ。

 

「フュー……」

 

 頭上に弧を描いて両腕を反対にしながら二人が近づく。移動はガニ股歩きでススッと素早く。腕の角度にも気をつけろ。

 

「ジョン!」

 

 手をグーの形にして左右の腕を元のポジションに、あわせて片足も膝を曲げて同じく外側に向ける。仕上げに――

 

「ハァッ!!」

 

 両手を斜め上に伸ばして二人の指先を合わせる! またまた腕の角度に気をつけろ! 最後はグーから人差し指を伸ばすんだぞ! あと足の角度にも要注意、左足をピーンと伸ばすのを忘れるなァ!

 そして描かれるフュージョンのポーズ。頂点の指先から左右斜め下に引かれる線の形を、体全体を使って表す。それは偶然にも真後ろの黒板に書かれた「人」の文字とピッタリ重なった。

 先ほど以上の大喝采が教室中を駆け巡る。

『すげー!』

『ほんとだー!』

「括目せよ! 強敵を打ち倒すためにサイヤ人が力を合わせたこのポーズこそが! 人という字の始まりなのだぁ!!」

「デタラメ教えるんじゃないのッ!!」

「んあ゛ぁああ!?」

 直後、素っ飛んできたアリスの拳骨が容赦なく俺の頭を打ち抜いた。

 

 余談。

 しばらく子供たちの間で「フュージョン!」と叫んで互いの指先を合わせる謎の遊びが流行ったという。

 

つづく

 




次回更新は予想外にいきたい

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