東方人形誌   作:サイドカー

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次回投稿は早いといったな、ありゃマジだ。
見よ! コレがサイドカーの本気だぁああ!!


分割していただけとか言っちゃいけない


そんなわけで早くも前回の続きです。
ごゆるりとお楽しみいただけると嬉しいです。


第四十四話 「君でなきゃダメみたい」

『それで、相談っていうのは何かしら?』

『実は、うどんげのことで一つ気になって』

『鈴仙の?』

『貴女もあの子が月から来たのは知っているでしょう? 理由まで知っているかはわからないけど、ちょっとした事情があってね。今でもたまに一人で月を見上げては悲しげにしているのよ……本人は隠しているみたいだけど。彼女なりに思うところがあるのでしょうね』

『そうだったの……でも、どうしてそれを私に?』

『本題はここからよ。もし、うどんげがそういう風になっているのを見かけたら、貴女からあの子の気持ちを聞いてあげてほしいのよ。アリスになら話してくれるかもしれないから』

『話してくれるかしら? 彼女があなたたち家族にも話せない内容について他人の私が関与するなんて……』

『そうでもないわよ。他人だからこそ身内には言えない内容もあっさり言えたりすることもあるでしょう?』

『もしもの話よ? それで鈴仙が月に帰りたいって言ったらどうする気?』

『その時は、そうねぇ……あなたの想い人ならこう言うかしら――成せば成るって』

 

 

「……はぁ」

 優斗を病室まで運び布団に寝かしつけた後、アリスは自室で膝を抱えて溜息を吐いた。むすっと頬を膨らませているあたり、彼女がちょっぴり拗ねているのが見て取れた。膝に顔をうずめて小声で文句を漏らす。

「永琳のバカ、なんで惚れ薬なんか飲ませちゃうのよ……しかも節操なしに拍車がかかっただけじゃないの」

 製作者が言うには今日中には効果が切れるから放っておいても問題ないとのこと。とはいえ油断はできない。今は眠っているが、目を覚ましたときにまだアレが続いていたらどうなるのかは言うまでもない。とにかく、彼が女の子と鉢合わせする事態は何としてでも避けねばならない。

 よし、とアリスは静かに決意を固めた。

「それだけは絶対にダメなんだから」

「何がダメなんだぜ?」

「きゃあ!?」

 いつのまにか隣にいた第三者に驚いて悲鳴を上げてしまう。声のする方を見ると、「よっ」と朗らかに片手をあげる白黒魔法使いとその後ろに佇む紅白巫女がいた。どちらも我が物顔で部屋に上がり込んでいるあたり、本日も相変わらずだった。

「魔理沙に霊夢。どうしてここに?」

「小鈴から聞いたんだぜ。優斗が下級妖怪と戦った怪我で永遠亭に運び込まれたって。アリスも家にいないみたいだったし、一緒だと思ってさ。見舞いがてら様子見に来たぜ」

「で、一人でうずくまっていたみたいだけど何がどうダメなのよ? どうせまた優斗に何かあったんでしょ? 話してみなさいよ」

「う、うん……えっとね――」

 これまた相変わらず勘の鋭い霊夢に言い当てられ、アリスは親友たちに順を追ってこれまでのあらすじを話していった。八意印の惚れ薬を優斗が飲んでしまったのが本件の始まり。そのせいで彼がいつも以上に異性に対して情熱的な性格になったこと。念押しに、危ないから優斗に近づいちゃダメ(二人とも可愛いから)等々。

 ひとしきり状況を説明し、アリスは霊夢と魔理沙から知恵を借りることにした。

「優斗が変なことしないためにも、何か良い対策はないかしら?」

「そんなの簡単だぜ。優斗がアリスだけを見るように自分からアタックしちゃえばいいじゃないか」

「で、できるわけないでしょ!? そもそも私と優斗はそういうのじゃないんだから!」

「え~」

 アリスは顔を赤らめて魔理沙の提案を却下する。矢継早に自分たちの関係を否定する彼女に、今度は霊夢が問いかける。

「じゃあ、アリスには名案があるわけ? あ、言っておくけど私も魔理沙と同じ意見だから」

「霊夢までそんな……うぅん、優斗に部屋から出ないように言うのは? いえ、それだと気まぐれで勝手に出ちゃうかも。なら、薬が切れるまで眠っていてもらう? 催眠魔法は準備に時間がかかるから、永琳に睡眠薬を準備してもらう必要があるわね。ダメ、どのみち時間がかかるわ。ああ、それならいっそ糸で縛り上げて動けなくしてしまえば!」

「落ち着けアリス! 発想がおかしくなってる!」

「戻ってきなさいアリス! それ以上はよくないわ!」

 後半に行くにつれて早口になり目のハイライトが消えて虚ろな色になっていく人形遣いを、紅白巫女と白黒魔法使いは冷や汗を流しながら全力で阻止した。このまま放っておいたら彼と心中するとかブッ飛んだ結論に行きかねない。これが噂のヤンデレかと親友二人はかつてない危機感に体を震わせるのだった。

 

 

 目が覚めると、なぜか俺は布団に寝かされていた。とりあえず、

「知らない天井だ」

 このシチュエーションに遭遇したら誰もが言うであろうセリフを言ってみた。まあ、俺が充てられた病室なのはわかっているんですがね。言いたくなるのよ、男だもの。

 のそのそと身を起こす。どうしてこうなったのか記憶を巡らせるがいまいちハッキリとしない。唯一わかるのは後頭部が妙に痛いことだけ。もしや、何者かに背後から殴られて気絶されられたとかだったりして。まさか、さすがにそれはないか。黒ずくめの怪しげな取引を見た覚えもないし。バーロー。

「とりあえず、布団たたむか」

 思考をひとまず切り上げ、折りたたんだ寝具を部屋の隅まで運ぶ。すると、まるで片付け終わったタイミングを見計らったかのように、乾いた音を立てて襖が開いた。

「あ……」

「ああ、アリスか」

「お、起きたの?」

「たった今な。いつから寝てたのか覚えてないけど」

 たはは、と笑って誤魔化す。アリスはなぜかその場に立ち尽くして、中に入ろうとしない。胸の前で両手を重ねて、どこか気まずそうにチラチラと目を逸らしている。ほんの少しだが、顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。しかも「薬のせい……薬のせいだから……」とかよくわからない独り言を呟いている。

 彼女の態度がどうにも不可解で、俺は疑問を抱かずにはいられなかった。事情を聴くべくアリスに近寄る。立ち話もなんだし、ひとまず座って落ち着いてもらおう。

「アリス、どうしたんだ? 様子が変だぞ?」

「ダッ、ダメ! きちゃ――きゃあ!?」

「危なッ――!?」

 俺が近づくとアリスはこっちがビックリするくらい狼狽えながら後ろへ一歩下がった。だが、気が動転していたせいで足をもつれさせてしまう。バランスを崩し倒れそうになった彼女の腕を咄嗟に掴む。が、人ひとりを引っ張る重力に対抗するだけの力を発揮する暇もなく、あっけなく二人仲良く床に転がってしまった。

 

「いてて……」

「ゆ、優斗……」

「へ……? ほわぁっ!?」

 

 情けなく呻いていると、いきなりアリスが艶っぽい声で俺の名を呼んだ。どうしたのかと怪訝に思ったのも束の間、今の俺たちがどのような状況になっているのかを知ったもんで変な叫びが出た。

 畳の上に仰向けになっているアリス。彼女に覆いかぶさるような形で重なっている俺。転んだ時に反射的に両手をついて自身を支えたおかげでアリスを押し潰してしまわずに済んだが、その代わり二人の吐息が混ざり合いそうなほどに相手の顔が近くにあった。すぐ目の前にある群青色の瞳が潤いを帯びて揺れている。そんな彼女のどことなく扇情的な表情に俺は悟った。

 

 あ、コレどう見ても俺が押し倒しているポーズにしか見えんわ。

 

「ダメ……ゆうとぉ……」

 アリスの口から零れ落ちる切なげな声音が俺の鼓膜をくすぐる。言葉では拒絶しているものの、わずかに身じろぎするだけで抵抗の素振りというには程遠い。恥じらいと緊張の中に微かな期待の色を覗かせている、なんて妄想じみた錯覚が俺の理性を奪いにきていた。

「アリス……俺は……」

 まるで夕焼けのように赤面している金髪碧眼の美少女。かくいう俺自身も顔から火が出そうになっており、心臓の音がやたら大きく響いて他の音がかき消されてしまいそうだった。

 アリスはポーッとしていて周りが見えていない。それは俺も同じだった。他には誰もいない、二人きりの世界がいつまでも続く――

 

「薬の効果が切れる頃だと伝えに来たら、お邪魔だったかしら?」

『…………え?』

 

 かと思いきや、その幻想は絶妙なタイミングで登場した永琳先生の手によってあっさりと打ち砕かれた。

 永琳先生は診察のときと変わらない落ち着いた表情で俺たちを見下ろしていた。目の前に人がいるというシンプルな話なのに脳の処理が追い付かず、俺もアリスも彼女を見上げてただ固まるしかなかった。と、

 

「ちょっと永琳、何でこのタイミングで出てくるのよ」

「まったくだぜ。あとちょっとだったのに」

 

 今度は押入れからメッチャ聞き慣れた声が二つしたかと思えば、扉がスライドし中から霊夢と魔理沙が不満げに唇を尖らせながら姿を現した。いやいやいや、青い猫型ロボットかお主等は。

 次々と現れる介入者に心でツッコミを入れるしかない俺とは対照的に、永遠亭の管理者は「あら」と普通のリアクションを示した。

「てっきりお見舞いを終えて帰ったのかと思ったら、こんなところにいたのね」

「へへ、帰ったフリしてアリスたちがどうなるか見守っていたんだぜ」

「盗み見の間違いじゃなくて?」

 バチコン☆と悪戯なウインクを決める白黒魔法使いに月の頭脳が真っ当な指摘を入れる。彼女たちの掛け合いを目の当たりにし、ほんの少し前までの空気は嘘のように消えていた。そんな中で、俺は間抜けな顔で問いかけるしかなかった。

「あのー、皆さん? これは一体どうなっているのでしょーか?」

「その反応だと元に戻ったみたいね。天駆君、診察のあとに何があったか覚えてる?」

「へ? えっと、言われてみれば……あれ? どうしたんだっけ?」

「ふむふむ、本人の記憶にも残らないと。これは改良の余地ありね」

「何がっすか?」

「いえ、こちらの話よ。おほほ」

 どっかのオブジェクト乗りみたいな笑い方をする永琳先生。事情がさっぱり読み取れんのだが、なんとなく誤魔化された気がする……ん?

 ふと、先ほどとは違う雰囲気の視線を感じ取った。そちらを見ると、

 

「もとに、もどって……?」

 

 俺たちのトークを聞いていたアリスが、いまいち呂律が回っていない状態でぼんやりとこちらを眺めていた。

 しかもよくよくみると彼女の目に徐々に理性の光が灯りつつある様子。まだどこか熱っぽく蕩けた表情をしているが、回復するのも時間の問題なのは明らかだった。

 そして、続いて放たれた霊夢の一言が決定打となった。

 

「ところで、あんた達いつまでそうしてるつもり?」

「ふえ……?」

「……あ」

 

 言われてみればそうだった。霊夢と魔理沙、それと永琳先生に囲まれている真っ只中であるにもかかわらず、エッチぃ雰囲気が漂う体勢のままになっていましたワタシタチ。誤解待ったなしです。

 親友の言葉にアリスはゆっくりと周囲を見渡す。やがて目の色が完全にいつも通りのものになる。ついに正気を取り戻した彼女は、今の状況を把握するや否や大きく目を開いた。間髪入れずに先ほどとは比べ物にならないほどにボッと顔が真っ赤に茹で上がる。そこから先は弁解する余地などなかった。

「き……」

「アリス待て落ち着」

 

「きゃぁああああああ!!」

「巴投げですとぉおおお!?」

 

 いたいけな少女の悲鳴と共に繰り出された豪快な投げ技によって宙を舞う。そのまま昔のお笑い番組さながらの勢いでバリーン! と障子をブチ破って外まで放り出されたのだった。我々の騒ぎを聞きつけて駆け付けた鈴仙に「怪我人が暴れないでください!」と怒られた。解せぬ。

 

 皆さんも薬の説明はきちんと聞きましょう。

 

 

つづく

 




次回で永遠亭編は完結……予定!

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